覆面記者の目

2022年展望

 2022年のJリーグ開幕が、いよいよ迫ってきた。この時期、我々はいつも通りに期待を膨らませながら来るべき時を待っているのだが、今季はそこに「これまで感じたことのない緊張感」が加わっているように思う。クラブ史上2度目となるAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)への挑戦が控えているためだ。
 ここ数年間、ヴィッセルの目標は一切揺らぎを見せていない。
「アジアの頂点に立つ」
この目標を達成すべく、チーム、そしてフロントが一体となり、強化を図ってきた。一昨年、初めて挑戦したACLにおいてヴィッセルは、ベスト4という結果を残した。あの時、ヴィッセルに関わる全ての人が、アジアの頂点は決して手の届かないものではないことを実感したはずだ。
 そして昨季、三浦淳寛監督は「ACL出場権獲得」を目標として掲げ、1年間戦い続けた。その結果リーグ戦において「クラブ史上最高位」となる3位という結果を残し、ACL出場権を獲得した。その三浦監督には、今季さらなる期待が寄せられている。再び挑むアジアの頂点。そしてクラブ史上初となるリーグ制覇への挑戦だ。

 今季の戦いを考える上で、大きな要素となるのが新加入選手だ。今季からヴィッセルに加わった選手は5人。GKの坪井湧也、DFの槙野智章、尾崎優成、MFの汰木康也、扇原貴宏だ。ヴィッセルアカデミーから中央大学を経て加入した坪井、ヴィッセルアカデミーからトップ昇格を果たした尾崎は、両者ともその才能には疑いはない。そう遠くない将来、チームを支える選手に成長すると期待しているが、まずはプロの水に慣れることが肝要だ。即戦力という観点からは、やはり経験と実績を持つ槙野、汰木、扇原の3選手に注目したい。
 まず浦和レッズから加入した槙野だが、これほど際立った特徴を持つ選手は珍しい。最大の特徴はデュエルの強さだ。以前からピッチ上でその肉体美を披露することの多い槙野だが、見るたびにその鍛え抜かれた身体には驚嘆させられてきた。決して身体を大きく見せるタイプのディフェンダーではないが、体幹の強さは外から見ていても解る。日本代表での試合などを思い起こしても、外国人選手に当たり負けしていた記憶はほとんどない。特に2019年のACLで、ブラジル代表のフッキを抑え込んでいた姿は印象的だった。世界を代表する「フィジカルモンスター」をも抑え込んだ経験を持つ槙野だが、決してフィジカルだけに頼った守備をする選手ではない。フッキとの対決でもそうだったが、巧く相手との距離を取ることで、自分の間合いに持ち込む技術を持っている。
 もう1つの特徴は、その攻撃力だ。自ら「ディフェンシブフォワード」と名乗るように、ゴール前に積極的に飛び込んでいく姿はよく知られている。それを支えているのが、キック技術だ。どんな体勢からでも強くボールにミートできるのは、ボールとの間合いをつかむ技術に長けているためだろう。これがあればこそ、ディフェンダーながら、J1リーグにおいて通算45得点という記録を残している。
 そしてもう1つの特徴は、言わずと知れた明るさだ。積極的に前に出て、チーム、そしてサポーターを盛り上げる姿勢は、おとなしい選手が多いヴィッセルにおいては貴重な存在となるだろう。
 そんな槙野を見る上で注目したいのが、パスの部分だ。ボールを握りながらゲームを支配したいヴィッセルにおいては、着実にパスをつなぐことが求められる。それも先のプレーを予測しながら、相手の利き足を意識したパスを出す必要がある。これを着実にこなした上で、槙野らしい攻撃的な姿勢を見せてほしい。
 また槙野については、三浦監督がどのような起用をするかにも注目している。世界最高レベルの技術を持つトーマス フェルマーレンがチームを去った(現役引退)今、左センターバックを小林友希と争うことになるのかもしれないが、サイドバックとしての起用も考えられる。絶対的CBであったフェルマーレンとは異なるタイプのユーティリティー性を持つ槙野を一人加えたことで、守備陣は柔軟な布陣が可能になるのではないだろうか。
 次に槙野と同じく浦和から加入した汰木だが、こちらはポジション適性がはっきりしているように思う。昨季の対戦時にも感じたが、汰木は典型的なサイドアタッカーだ。しかもドリブルで持ち上がることができるため、ヴィッセルにとっての課題である「引いた相手を崩す」際に、大きな力となるだろう。その汰木のドリブルは、極めて特徴的だ。相手の守備陣の間を縫うように上がっていくドリブルのスタイルは、かつてヴィッセルでプレーしていた森岡亮太(シャルルロワSC)と似たリズムの持ち主と言えるだろう。汰木について三浦監督は「うちにはいないタイプ」と、その個性を認めた上で、その攻撃センスを高く評価している。汰木にはサイドから中にボールを運ぶプレーも期待されるが、同時にゴール近くで得点に絡むプレーにも期待したい。相手ゴール前で汰木が時間とスペースを作ることができれば、大迫勇也や武藤嘉紀らの強力攻撃陣の迫力も増す。
 個人的に最も注目しているのが、横浜FMからヴィッセルにやってきた扇原だ。昨季までは横浜FMのボランチとしてチームを支えていた扇原だが、一言で表せば「クレバーな選手」という印象だ。決してボールタッチが多いわけではないが、左足から正確かつ的確に配球することができる。そのキックの質も高い。低く速いボールから、滞空時間の長いボールまで、状況に応じて、蹴り分けることができる。高いボールスキルを活かして、味方に時間を作ることもできる。横浜FM時代は、攻撃の起点としての役割を果たすことが多かったが、ヴィッセルではどのような役割を担うことになるのか、非常に興味深い。守備面においては、C大阪アカデミー時代からの僚友である山口蛍同様、球際で強く勝負することができる選手でもある。この球際の強さは、三浦監督が試合の中で、最も重要視するポイントの一つだ。守備面においても、扇原の加入は大きな戦力となる。
 また扇原はユーティリティー性も高い。基本ポジションはボランチだと思うが、185cmの長身を活かし、最終ラインでもプレーできる。超過密日程となる今季は、選手を入れ替えながら戦っていかざるを得ない。となると、扇原のような選手の存在は、弥が上にも大きくなってくるはずだ。互いをよく知る、山口とのコンビネーションにも期待したい。
 ルーキーについても少し触れておく。GKの坪井は足もとの技術には定評があり、判断力に優れた選手だ。目標とする選手として、チームメートの飯倉大樹を挙げているように、ビルドアップに特徴を持っている。ヴィッセルでプレーする上では、この能力は大きなアドバンテージになる。シュートに入るタイミングや足もとの切り替えなど、大学時代とは桁違いの能力を持った選手を相手にしなければならないが、ベースとなる部分は既に持っている選手であるため、ノエビアスタジアム神戸のピッチに立つ日は、そう遠くないかもしれない。
 もう一人のルーキーである尾崎は、早くからその能力には注目が集まっていた。最終ラインでボールを収めることもでき、前にスペースがあればそこを使ってボールを運ぶこともできる選手だ。アカデミー時代には、ゴール前に積極的に上がる場面も度々見られた。ゴール前での高さ、強さとも申し分はなく、センターバックらしいセンターバックという印象だ。素材としては超一級品と言えるだろう。事実、尾崎はU-18では別格のプレーを見せており、対戦相手からもその能力を高く評価する声は聞かれていた。まずはプロのスピードと強度に慣れることが求められるが、そこさえクリアできればレギュラー争いに割って入る可能性すらあるだろう。

 次に、今季の戦いについて考えてみる。今季の成績を左右しそうな最も大きな外的要因としては、「超過密日程」が挙げられる。2022 FIFAワールドカップが11月21日から始まるため、11月初旬にはリーグ戦、カップ戦とも終えていなければならない。感覚的には昨季より1週早く始まり、4週早く終わることになる。250日余りの中でリーグ戦とカップ戦を合わせて40試合以上、間断なく試合が続くことになる。ACLに出場するヴィッセルは、YBCルヴァンカップのグループステージは免除となるが、それ以上に厳しいACLが待ち受けている。リーグ戦開幕から約1ヶ月後のプレーオフを勝ち抜くことが条件となるが、4月15日から5月1日までセントラル方式で集中開催されるグループステージが待っている。そこを勝ち抜いた場合、8月中旬にはラウンド16、そして8月22日に準々決勝、8月25日には準決勝が予定されている。決勝は来年の2月に予定されているが、東地区の代表として決勝に臨むには、このスケジュールを勝ち抜いていかなければならない。当然、この間にリーグ戦、YBCルヴァンカッププライムステージ、天皇杯も待ち受けている。
 この過酷な日程の中で結果を残すためには、2つのことが必要になる。1つは選手のコンディション管理だ。試合の間隔が詰まっている以上、シーズンが始まった後は、回復を優先したトレーニングがメインになってくると思われるが、その中で如何にしてコンディションを高く保ち続けられるかが問われる。ここでは現場のコーチ陣だけではなく、メディカルスタッフまでも含めた「クラブの総合力」が必要となる。昨季も三浦監督はコーチ陣とメディカルスタッフとの連携を密にすることで、シーズンを通じて比較的安定した選手起用を見せたが、その難しさは昨季の比ではないだろう。月並みな表現だが、これまで以上の慎重な対応に期待したい。
 そしてもう一つは、これまた当たり前ではあるが、若手選手の成長は不可欠だ。昨季は中坂勇哉、郷家友太、佐々木大樹、井上潮音、初瀬亮といった選手が成長を見せたが、この中でレギュラーポジションを勝ち取ったと言えるのは初瀬だけだった。代表経験のある選手など、実力者が揃うヴィッセルの中では出場機会をつかむだけでも大変なことであるのは承知している。しかし、それでも彼らにはもう一段階の成長を望む。それがなければ、今季の過密日程を乗り切ることは難しいためだ。ヴィッセルの若手選手は、一様にボールスキルも高く、一つひとつのプレーを見た場合には、レギュラー陣と比較しても遜色ないものは備えている。次はそれを90分間発揮し続けることが求められる。三浦監督は彼らに生活態度、そして練習に臨む姿勢を指導することで、彼らを成長の軌道に乗せたが、それだけでは今以上の成長は望めない。昨季の試合を観ている中で感じていたのだが、彼らに欠けているものがあるとすれば「執着心」であるように思う。それを身に付けるためにも、まずはミドルサードでのプレーを大事にする意識を持ってみてはどうだろう。アタッキングサードやディフェンシブサードでのプレーは、得点や失点に直結するため、当然集中力は高まる。しかしミドルサードはいわば「仕掛け」の段階であるため、意識しなければ緊張は緩和するものだ。しかしアンドレス イニエスタや山口、酒井高徳といった軸になる選手は、このミドルサードでのプレーにも高い強度を誇っている。相手も緊張が緩みがちであることを理解しているからこそ、そこでのプレーで差をつけているのだろう。もちろん彼らとて、プレーの中で自らを緩和させている時間帯はある筈だ。しかしそのメリハリが巧くつけられているため、彼らのプレーには隙が見えない。若い選手たちには、彼らの技術だけではなく、試合中のペース配分なども学び取ってほしい。
 若手選手の成長という部分においては、クラブとしても積極的な取り組みを見せている。その象徴が、今季ヤングプレイヤーデベロップメントコーチに就任したリュイスコーチだ。若手の成長に特化したコーチ職を設置するのは、国内ではヴィッセルが初となる。エスパニョールやビジャレアルといったクラブで、アカデミーを含めた若い選手への指導経験を持つリュイスコーチは、そこにうってつけの人物ということになるだろう。この野心的な取り組みには合理性がある。チームを構成する選手は、その経験や実力にばらつきがある。ましてヴィッセルのように、代表レベルの選手が多く在籍しているチームでは、若い選手とのギャップはどうしても生まれ易い。そこで若い選手の能力を引き出しつつ、必要な知識を授ける専門職の設置は、チームの恒久的な発展を見据えた時、大きな意味を持っている。従来のアカデミーとトップチームの間に位置するイメージだろう。指導域を細分化するのは、選手の段階的な成長に大きく寄与するはずだ。今季、若い選手たちがどのような成長を見せるのか、期待を持ちながら見ていきたい。そこで彼らがアジアの頂点、或いはリーグ制覇に貢献した際には、その実績を自信に変え、さらなる急成長を遂げるだろう。
 繰り返しになるが、今季は過密日程との戦いでもある。これを乗り切るためには、これまで以上に戦い方にも幅を持たせる必要があるだろう。如何に体力を温存しながら、次から次へと迫りくる試合を乗り切っていくかということだ。そのためにも、ヴィッセルの基本である「ボールを握りながら戦う」という部分を大事にしつつ、今季は相手を動かしながら、ゲームをコントロールする戦いを突き詰めてほしい。それを遂行できるだけの選手は、十分にそろっている。ヴィッセルを相手に「ボールの握りあい」を挑んでくるチームは、そう多くはないだろう。多くのチームはある程度低い位置で構え、カウンターを狙ってくると思われる。構えた相手のブロックを崩すために、相手が守備を整える前に攻め切るというのは最も効果的な策ではあるが、今季はそこに「ボールを動かしながら相手を引き出す戦い方」を加えてほしい。ペナルティエリア角やポケットの位置で起点を作りながら、相手を食いつかせるようなパスワークで崩す。これを実現させるために必要なのは、ボールホルダーは時間と空間を味方に渡すという意識だ。今季はここにもこだわってほしい。そして昨季の特徴でもあった「攻守の素早い切り替え」、中でもボールを失った際のネガティブトランジションのスピードは維持してほしい。
 新加入選手たちの口からは、ヴィッセルの練習の強度が高いということへの驚きが一様に発せられている。かつては他チームから移籍してきた選手たちが、「練習が緩い」と発言していたことを思えば、隔世の感すらある。「練習は嘘をつかない」という言葉を好んで発する三浦監督のチーム作りも、いい意味で影響しているのだろう。三木谷浩史会長が経営に乗り出して以降、15年以上の時をかけて、ヴィッセルはその風土を一変させた。あとはここに「タイトル」という実績が伴えば、ヴィッセルは強豪クラブへの道を加速しながら突き進むだろう。それこそが世界の至宝とも言うべきイニエスタを獲得した意味であり、ヴィッセルの成長プロジェクトだ。だからこそ、今季はどのクラブも成し遂げたことのない「4冠」にチャレンジしてほしい。そこに挑戦できるのは、ヴィッセルを含め4クラブしかないのだ。この特権的立場を楽しまないのは、いかにも勿体ない。まだどのクラブも立ったことのない位置を目指すことこそが、ヴィッセルらしさではないだろうか。

 いよいよ2022シーズンが始まる。コロナ禍によって、我々の生活は一変した。しかし変わらないものもある。それは「サッカーを愛する気持ち」と「クラブを応援する気持ち」だ。勝敗はもちろん大事な要素だが、それ以上にヴィッセルがそこにある幸せを、こんな時代だからこそ噛みしめてほしい。そして名手たちがピッチ上で織りなす景色を、筆者もサポーターの皆さんと一緒に楽しみたいと思う。