覆面記者の目

2019年展望

 今季のヴィッセルを読み解くキーワードは、昨季に引き続き「バルサ化」という言葉になるだろう。
昨シーズンの開幕前、三浦淳寛スポーツダイレクターが発した「F.C.バルセロナをベンチマークとして、アジアの頂点を目指す」という言葉を、プレースタイルの変更と密接に関連付けて捉えた人が多かったようだ。
その為、ヴィッセルの試合を解説する中では、「バルセロナを目指して」とか「バルサ化を推し進めるヴィッセル」という言葉が頻出していた。
しかし、筆者はここに若干の違和感を感じていた。
シーズン中にも、何度か書いたことではあるが、ヴィッセルが目指しているのは、「プレースタイルの転換」といった表層的な話には留まっていないからだ。
プレースタイルが変わったことは事実だが、それだけをもって「バルサ化」と評してしまうと、その意図は矮小化してしまう。
 「バルサ化」の本質を理解するためには、ヴィッセルの戦略を読み解く必要がある。
まずはそこから話を始める。

 Jリーグが産声を上げて、早25年が経過した。
その間、関係者の弛まぬ努力もあり、Jリーグはプロ野球と並ぶ日本のプロスポーツとして広く認知されるに至った。
歩調をそろえるように、日本サッカーの実力も長足の進歩を遂げた。
Jリーグ誕生前は、ワールドカップ予選において最終予選進出すら覚束なかった日本だが、今や6大会連続でのW杯出場を果たし、そのうち3大会でベスト16に進出するという快挙を成し遂げている。
さらにヨーロッパのリーグでプレーする選手も、今や数十人という規模にまで膨れ上がっている。
Jリーグ誕生が、この急成長の原動力となったことは間違いない。
 しかし四半世紀の時を経る中で、Jリーグも構造転換を余儀なくされた。
黎明期には世界中からビッグネームがやってきたJリーグだったが、徐々に「内向き」になっていった。
その結果、安定はしているものの、一般社会に衝撃を与えるようなニュースも枯渇していた。
そこに大きな一石を投じたのがヴィッセルであり、三木谷浩史会長だ。
一昨年のルーカス ポドルスキに始まり、昨季はアンドレス イニエスタ、そして今季はダビド ビジャという超ビッグネームを立て続けに獲得し、世間を驚かせてみせた。

 ここに至る最初の布石は2012年にあったように思う。
具体的には、元F.C.バルセロナ副会長のマーク・イングラ氏を取締役に迎えたことだ。
同氏の取締役就任に際し三木谷会長は、「今後はアジア・世界を見据えた新たなステージへとクラブが成長するために、世界の先端的な知見を備えた経営体制に移行することが大切ではないかと考え、新たに同氏を取締役に迎えることといたしました」とコメントしている。
この時点で既に三木谷会長はアジア、そして世界を意識していたのだろう。
その後、2016年には楽天株式会社がF.C.バルセロナのメインスポンサーとなるなど、着実にヨーロッパサッカーの中枢とのパイプを広げている。
 近い将来、アジア経済が世界を席巻することは確実だが、その中で日本が現在と同様のプレゼンスを発揮するためには、これまでのような「内向き」な思考は捨て去らねばならない。
そのときに、世界共通のエンターテイメントである「サッカー」は広告塔であると同時に、世界進出の尖兵足りえる存在だ。
であればこそ、アジアの頂点を決める戦いに出場し、そこでヴィッセル神戸という名前を浸透させなければならないのだ。
それを実現するために、育成部門に至るまでF.C.バルセロナのメソッドを取り入れ、世界基準のクラブに成長させる。
それを判り易い言葉に置き換えたのが「バルサ化」なのだろう。
ポドルスキに始まる大型補強も、その一環に過ぎない。
少々大袈裟にいえば、「バルサ化」というのはサッカーに留まらず、日本経済の将来を背負ったプロジェクトでもあるのだ。
ピッチ上での風景だけを見ながら云々するような話では、決してない。

 ヴィッセルの壮大なビジョンがどこまで理解されているかは不明だが、ヴィッセルの動きが他のJリーグクラブに対して大きな衝撃を与えたことは事実だ。
このオフにもヴィッセルに触発されるように、他クラブも積極的な選手補強が目立った。
Jリーグ誕生時以来の活況を呈していると言ってもよいだろう。
身贔屓に聞こえるかもしれないが、内向きになりがちな日本、そしてJリーグに活力を与えたのはヴィッセルの「バルサ化」だったのだ。
そして、それを間近に見ることのできる我々は、大きな歴史の転換点に立ち会っているのだ。

 プレー面についても触れておく。
1年前、三浦SDは「自分たちでボールを支配して、主導権を握るサッカーに取り組みます」と宣言した。
巷間言われていたような「堅守速攻」というスタイルは既に失われていたように筆者は感じているが、ポゼッションに拘ったサッカーを志向していなかったことは事実だ。
それだけに選手には戸惑いもあったかもしれないが、そのスタイル変更に意欲的に取り組んだ。
その点においては、吉田孝行前監督の貢献を忘れるわけにはいかない。
勝敗面においては、思うような結果を残すことができず、シーズン途中での監督交代となったが、ポゼッションへのこだわりを見せ続けた点は高く評価したい。
試合後の会見の中で、勝敗とは別にポゼッションション率についての発言を意図的に織り込むことによって、選手たちにその意識を植えつけていった。
この時期の取り組みがあったからこそ、その後、フアン マヌエル リージョ監督を迎えたときに、さしたる混乱もなく戦うことができたともいえる。

 ここで、漸く話は二つめのキーワードである「ポジショナルプレー」に移る。
ヴィッセルのサッカーに新しい機軸を持ち込んだリージョ監督だが、そのスタイルをひと言で表現することはできない。
様々な引き出しがあることは間違いないのだが、それらを全て開けて見せるような愚は犯さない。
自らの持っているものを、選手に合わせてカスタマイズし、提供する様は、あたかも腕利きの仕立て職人のようだ。
リージョ監督が強いこだわりを見せているのは、「正しいポジション」。
ボールを前に進めるという目的を忘れず、ピッチ上の状況を正しく把握すれば、選手のポジションは自ずと決まってくるということだろう。
その意味では、かつてヴィッセルの指揮を執っていた松田浩氏に近いタイプともいえる。
 リージョ監督が見せたビルドアップは、実に興味深いものだった。
センターバックを開かせ、その間にGKを進出させ、そこから組み立てを始めていくため、相手に対して人的優位を作りやすい。
これがリスクを負っているかというと、決してそうではない。
リージョ監督の求めは、極めてシンプルだ。
それは「相手が来なければ前に進む」、そして「相手が詰めてきたらそれを一つかわしてからパスを出す」というものだ。
4-4-2や4-3-3といったフォーメーション論を好まないリージョ監督だが、ピッチ上を広く使ってボールを前に進めるという目的がはっきりとしているため、ヴィッセルのサッカーは流動性が高く、それでいて目的がスタンドまで伝わる魅力的なものへと昇華した。
結果的に逆転負けを喫したが、第30節の川崎F戦ではチャンピオンチームを相手に、一時は相手の狙いを外し続ける戦いぶりを見せた。
 こうしたチームの成長の中心に位置したのは、言うまでもなくイニエスタだった。
「スペインの至宝」とまで言われたこのビッグネームは、チームにすんなりと溶け込んだ。
どんな体勢からでもボールを収めてしまう技術、足もとを見ることなく行われる完璧なボールコントロール、密集もすんなりと抜け出してしまう華麗なドリブル、両足から繰り出される正確なパス、そのどれもが超一級品だった。
これだけの技術がありながら、ボールを持ち過ぎることなく、状況に応じた選択の出来るイニエスタの存在は周囲の選手を成長させる。
来日当初は、Jリーグ特有の忙しないリズムに少々戸惑っているようにも感じられたが、そこに自分をアジャストさせるまでが早かった。
超一流選手は、状況にアジャストするスピードが並外れて早いというのは、全ての競技に共通する真理だ。
 そして特筆すべきは、そのメンタルの安定感だ。
レフェリーの初歩的なミスにより大荒れの展開となった第33節清水戦でも、両チームの選手たちが興奮する中、一人落ち着いた態度を崩さなかった。
これこそが「試合に集中する」ということなのだろう。
この名選手を「我がチーム」の一員として見ることができるのは、サッカーファン冥利に尽きるというものだ。

 プレースタイルの変更に伴い、選手補強も積極的かつ的確に行われた。
昨季夏に加入した大﨑玲央、古橋亨梧はいずれも、移籍直後からチームの主力として活躍を見せた。
両選手がそれまでJ2リーグで戦っていたことを思えば、チームの状況を的確に判断し、必要な選手を探し続けた努力があればこそといえるだろう。

 シーズンを通じての結果は10位に終わったが、シーズン終盤に見せた煌きは、やがて大きく光り輝くであろうことを確信させるものだった。
その意味でも2018シーズンのヴィッセルは、大きな目標に向かって順調に「始動」した1年だったといえるだろう。

 次に今季の新加入選手について触れていく。
 まずは何といってもこの人、ビジャだ。
スペイン代表として歴代最多ゴールを挙げている、この世界を代表するストライカーについて、その実力を云々する必要はないだろう。
ビジャの成績を見て驚かされるのは、20年近いプロキャリアの殆どの年に二桁ゴールを記録しているということだ。
環境の変化と無関係に、確実にゴールを射抜き続けてきたその姿は「仕事人」と呼ぶに相応しい。
1月17日に開催された新加入選手発表会の席上、ビジャはFWというポジションについて尋ねられた際「DFからチームが組み立ててきたプレーを最後、ゴールに集結させるポジション」と答えていた。
この言葉にビジャという選手の本質がある。
FWの選手にありがちな自己顕示欲は少なく、責任感が強いからこそ、ゴールまでの僅かなスペースや相手の隙を見逃さないよう、集中力を高めてプレーできるのだ。
高いレベル選手同士が対戦した場合、勝負を分けるのは一瞬の判断であり、集中力であると、よく言われる。
「集中力」という言葉が頻出するのは、サッカーに限った話ではない。
そしてこればかりは、自己研鑽によってのみ手に入る能力であるため、あらゆる選手が様々なトレーニングを取り入れている。
しかし、実際にそれを実践し続けることのできる選手は少ない。
これだけをもってしても、ビジャという選手の傑出した能力がわかる。
ゴールパターンも実に多彩だ。
密集の中で相手選手をかわしてのゴール、後方からのボールに抜け出して一瞬で決めるゴール、時にはハーフウェーライン付近から前に出たGKの背後を狙う超ロングシュートなど、様々な形でゴールを奪ってきた。
これを支えているのが、足もとの高い技術であることは言うまでもない。
ヴィッセルでは、F.C.バルセロナやスペイン代表で培ってきたイニエスタとのホットラインが復活する。
この世界中のサッカーファン垂涎のコンビを日本で見ることができるとは、未だに現実とは思えない。
 次に取り上げるのは山口蛍。
この、日本人有数の能力を持つボランチを獲得できた意味は大きい。
ピンチの芽を中盤で摘み取るプレーは、以前から高く評価されてきた。
加えてチャンスと見ればボールを前に運ぶこともできる。
運動量も豊富で、ピッチ上の危険な箇所を察知して、そこを埋め続けることができる。
これは、リージョ監督が求めるボランチ像に合致している。
加えて、山口の献身的な性格にも注目したい。
新加入選手会見の席上、自らの持ち味を「チームが危ないなと思った時に、常に自分がそこにいるというような、チームを助けられるようなプレーをしたいと思います」と語るように、縁の下の力持ちに徹することのできる選手でもある。
個性の際立った選手が多い今季のヴィッセルにおいては、この黒子的要素こそが逆に強烈な個性となり得るだろう。
C大阪のアカデミー育ちでもある山口だが、ヴィッセルという新しい文化に触れることで、未だ発掘されていない新しい才能が開花する可能性は十分だ。
特に、ボールと味方、相手の位置からポジションを決めていくプレーを習得した時には、日本サッカー史上最高のボランチになり得るだけの存在だ。
代表復帰も十分に視野に入る選手だけに、リージョ監督の下で、新しい山口蛍を見つけて欲しい。
 今回の新加入選手の中で、個人的に最も驚いたのが西大伍の加入だった。
昨季はACLを制した鹿島だが、その過程で最も貢献度の高い選手は西だったと、個人的には感じていたからだ。
サイドバックのイメージが強い西ではあるが、そのプレースタイルを見ている限り、一つのポジションに留まるタイプではないように思える。
サイドを駆け上がってクロスという、これまでヴィッセルに多かったサイドバックのイメージとは異なり、サイドからの深い位置から中央に入り込んでのプレーも十分にこなせるだけの高い技術を持っている。
加えてゴール前での高さや、得点感覚にも期待が持てる。
こうしたある種のポリバレント性を持った西が加わることで、戦い方の幅は広がるだろう。
サッカーを高い次元で解釈することのできる選手であるだけに、リージョ監督が志向するポジショナルプレーは、西にとっては非常に相性の良いスタイルであるように思える。
さらに鹿島で積み重ねてきた「勝利の経験」は、タイトルを獲得したことのない神戸にとっては大きな意味を持つ。
長いシーズンの中で、調子が上がらない時期をどのように乗り切るのか、そうしたメンタル面での経験を若い選手たちに伝えて欲しい。
 もう一人即戦力として期待されるのが、初瀬亮だ。
G大阪アカデミー育ちの初瀬は、左右どちらのサイドバックもこなせる器用さを持った選手だ。
西とは異なり、典型的なサイドバックの選手というイメージではあるが、スピードに優れ、両足を使うことができるその特性は、不足しがちなサイドバックというポジションを考えたとき、大きな意味を持つ。
若くして代表に招集された経験を持つなど、その能力の高さは折り紙つきだ。
初瀬の加入は、同い年の藤谷壮にとって、いい意味での刺激となるだろう。
五輪代表ではチームメイトである初瀬と普段からポジションを競い合うことで、藤谷の成長曲線が上昇カーブを描くことも期待したい。
年齢を考えれば、ここまで順調に成長を続けている両選手だが、そのポテンシャルを考えた時、ここまでに残している実績は十分とは思えない。
相乗効果によって、初瀬と藤谷がポジションを確保するようになったとき、ヴィッセルはさらに強さを増すことになる。
 ヴィッセルのアカデミーからは小林友希が、晴れてトップチーム昇格を果たした。
既にトップチームでの出場経験を持っている小林だけに、昇格そのものは驚くに値しない。
それよりも小林に期待したいのは、開幕のスタメンを狙うくらいの急成長だ。
世代の代表としては不動のレギュラーである小林だが、そのポテンシャルは十分にJ1でレギュラーを張れるだけのものはあると筆者は見ている。
両足からの正確なキックを活かしてのビルドアップは、リージョ監督が志向するサッカーにマッチしている。
さらに、センターバックとしての高さや強さも十分だ。
私見ではあるが、現在代表でレギュラーに定着した冨安健洋にも比肩するだけの能力の持ち主である。
アカデミーを卒業しプロとなった以上、若さは言い訳にはならない。
失敗によって育っていくポジションではあるが、恐れることなくプレーして欲しい。
そして、ルーキーイヤーにレギュラーを掴み取るくらいの成長を見せて欲しい。
 松山工業高校からヴィッセルに加わったのが、GKの伊藤元太だ。
GKというポジションの特性を考えれば、こちらはじっくりと力をつける時期が必要だろう。
ヴィッセルにはキム スンギュを筆頭に、実績のあるGKが揃っている。
プロとして大事なのは、そのスピードに慣れることだと、多くの選手が口を揃える。
まずは先輩のプレーを見ながら、プロのGKとしてのスピード感を養って欲しい。
その意味ではヴィッセルを選んだことは、伊藤にとって福音となる。
昨季、リーグ戦出場を果たした前川黛也が、日常的にポドルスキのシュートを受けることで、成長したことはよく知られている。
ポドルスキやビジャといった世界最高峰の選手と普段からプレーできるということは、最高の環境で練習しているということでもある。
それに慣れた時、中学2年生までフィールドプレーヤーだったという伊藤の足もとの技術が、ポジション争いでものを言うようになるだろう。

 今回の補強によって、ヴィッセルの戦力は確実にアップした。
実に的確な補強だったと思う。
ビジャ、山口、西といった実力者を獲得できた裏側には、しっかりとしたクラブのビジョンがあった。
どのようなクラブになりたいかという目標と、そこに至る明確な道筋を示すことが出来たからこそ、山口が語るように「ビジョンに共感した」といってもらえたのだ。
新加入選手発表会で西は、「ヴィッセルが強くなることは日本サッカーのため」と発言した。
「定められたビジョンに則って、素晴らしい選手を補強していけば必ず強くなる」
この真理を証明するためにも、今季のヴィッセルは結果を出さなければならない。

 とはいえシーズン全体を考えれば、カップ戦を加えた過密日程、日本特有の夏の暑さなど、注意しなければならない条件は多々存在する。
そこで厳しいシーズンを乗り切るために必要なのが、既存選手の更なるレベルアップだ。
かつて落合博満氏が中日ドラゴンズの監督に就任した際、新加入選手よりも既存選手のレベルアップこそが優勝のためには必要と喝破したのは、競技を超えた真理だ。
全ての既存選手が、昨年よりも能力を高めることができれば、シーズン最後の栄冠は自ずとヴィッセルの頭上に輝くだろう。

そこで筆者が特に期待したいのが、湘南へのレンタル移籍から復帰した小川慶治朗だ。
アカデミー所属のまま彗星の如く登場し、高校生ながらチームをJ1残留に導いた活躍から、早9年が経った。
サポーターからの絶大な人気を誇る「ケイジロー」も、今や立派な中堅選手となった。
あの当時の輝きを考えると、現状の小川に物足りなさを感じてしまうことは否めない。
天性のポジショニングセンス、無尽蔵のスタミナなど、優れたものを多く持っているだけに、それを活かすことができれば、巨大戦力となった今のヴィッセルでも輝きを放つ筈だ。
幸いなことに、小川に不足しているものを持った選手が、今はチーム内に大勢いる。
彼らから盗み、自分のものへと昇華し、もう一度あの輝きを取り戻して欲しい。
どれだけ傷ついても、そこから何度でも立ち上がってほしい。
その姿こそが、ヴィッセルの13番には相応しい。

 ここで一人の選手についても触れておきたい。
それは2018シーズン限りでチームを離れることになった北本久仁衛だ。
2000年にルーキーとしてヴィッセルに加わった北本は、19年間ヴィッセル一筋に戦い抜いた。
文字通り身体を張ってヴィッセルのゴール前を守り続ける姿は、観る者の心に訴えかける一途さがあった。
技術的に傑出した選手ではなかったかもしれないが、自らの弱点を補うために考え続け、第一線でプレーし続けた。
ヴィッセルでのラストイヤーはリーグ戦1試合、カップ戦6試合の出場に留まったが、最後まで北本らしいプレーを見せてくれた。
今季、我々は21世紀に入って初めて、北本久仁衛のいないヴィッセルを見ることになる。
しかし北本の実直な魂は、クラブの財産として受け継がれていくだろう。
今季は戦いの場をタイに移した北本だが、彼が全身全霊をかけて愛したヴィッセルがタイトルを獲得することこそが、「港町の鉄人」への餞となる。

 次にリーグ全体を見てみる。
先述した通り各チームともヴィッセルに刺激されたかのように、積極的な補強が目立ったシーズンオフだった。
優勝争いという視点に立てば、やはり最大のライバルとなるのは、ディフェンディングチャンピオンの川崎Fということになるだろう。
しかし、一昨年2冠を制したC大阪が伸び悩んだかと思えば、逆に一昨年、残留争いを最後まで繰り広げた広島が、昨季前半に快進撃を見せ、2位でフィニッシュしたように、前年の実績など殆ど役に立たないのがJ1リーグの現状だ。
それだけ各チームの力は拮抗しており、大事なのはどこで波に乗るかということだ。
以前のヴィッセルであれば、スタートダッシュが大事だった。
タイトルを獲得した経験のある選手も少なく、チーム全体が「勝ち方」を知らなかったためだ。
そうしたチームの場合、最初に飛び出して、その差を守る戦いこそが適している。
しかし今のヴィッセルは、イニエスタやビジャを筆頭に、タイトル獲得経験は豊富すぎる選手がチームの中心にいる。
能力値ではJリーグの中でも屈指の存在であるため、焦ることなく、まずは自分たちの戦い方を確立することを優先すべきかもしれない。
常に上位を窺う位置にさえいれば、いつでもそこを抜け出す力はある筈だ。
その為にも、リージョ監督が目指すサッカーをチーム全体が理解しなければならない。
選手に対するリスペクトを欠かさず、選手の能力に応じたサッカーを提示するリージョ監督がどのようなハンドリングを見せるのか。
今から楽しみだ。

 アメリカ、そして沖縄と続いたキャンプを見る限り、リージョ監督は1年間戦えるチーム作りに重きを置いているように感じた。
トレーニングマッチでは様々な選手の組み合わせを試しながら、チーム全体の最適解を探っているように見えた。
イニエスタを筆頭に軸となる選手は定まっているだろうが、そこに他の選手を組み合わせたとき、チームがどのような姿になるのかを確認していたのだろう。
固定化された戦い方ではなく、選手のキャラクターを最大限活かすための方法を見つけてきたようだ。
プレスカンファレンスの席上では、決して本音を覗かせなかったリージョ監督だが、その裏側にはチームに対する信頼と自信が溢れているように感じられた。

 クラブの明確なビジョン、頼もしい新加入選手、そしてリージョ監督が最初から指揮を執るチーム作りなどを考え合わせれば、今季のヴィッセルには楽しみしかない。
今は亡き三木谷良一氏が残した「一致団結」の言葉を胸に刻み、シーズンを戦って欲しい。
航海の先には栄光が待っていることを確信しながら、今季も応援したいと思っている。