覆面記者の目

2018年展望

「CHANGE」
 これが2018シーズンのヴィッセルにおける最大のテーマであり、キーワードでもある。
去る1月19日に行われた新体制発表会の席上、立花陽三社長は「アジアナンバーワンクラブを目指す」と力強く宣言した。
高い目標と、そこに辿り着くための道程を考えたとき、様々な面で変革(CHANGE)が必要になるという判断は当然の帰結点ともいえる。
思い返してみると、2004年に三木谷浩史会長が経営に乗り出して以降、ヴィッセルは常に変革(CHANGE)を繰り返してきた。
その結果、かつての『残留争いの常連』というイメージは払拭された。
しかし上位進出という目標については、その壁を乗り越えるには至っていない。
その壁を突破するために、より大きな目標を掲げ、全ての行動をそこに収斂させていくというのは正しい経営判断だ。
そしてスタジアム、そしてトレーニング場の改修から今季の補強策まで、全ての行動がそこに根ざしている。
今回の原稿では補強策を中心に、2018シーズンのヴィッセルを見ていく。

 「変革(CHANGE)」というキーワードで考えたとき、今季の体制で大きな意味を持っているのが三浦淳寛スポーツダイレクターの存在だ。
トップチームからアカデミーまで、ピッチ内のことは三浦ダイレクターが統括するということなのだろう。
昨今、アカデミーから優秀な選手を輩出することの多いヴィッセルだが、そうした選手たちが戸惑うことなくトップチームに合流し、速いタイミングで戦力となるためにも、全てのカテゴリーを一元に統括する責任者が定められたことの意味は大きい。
現役引退後、解説者として外からJリーグ、そしてヴィッセルを見続けてきた三浦ダイレクターがどのようなチームを作り上げていくのか、興味は尽きない。
 2005年のJ2降格という危機に、自らの夢(ドイツW杯)を犠牲にしてまでもヴィッセルのために奮闘した「キャプテン・アツ」の姿を覚えている人は多いことだろう。
今にして思えばこの時期(2006年から2008年に至るまで)が、ヴィッセルにとって最初の変革期だった。
それまでのスタイルを一新し、スチュワート・バクスター監督、そして松田浩監督の下で「堅守速攻」というチームスタイルを希求した。
今季は、三浦ダイレクター、吉田孝行監督、内山俊彦アシスタントコーチという、この時期に主力選手として戦ったかつての戦士たちが、今度は指導的立場から変革(CHANGE)を主導する。
これは、ヴィッセルの歴史や精神を継承するという点においても有意義だ。

 ヘッドコーチには経験豊富なゲルト エンゲルス氏が就任した。
かつて三浦ダイレクターや吉田監督を擁した横浜フリューゲルスを率いて天皇杯を制したエンゲルス氏が、今度は三浦ダイレクター、吉田監督をサポートする。
チーム消滅~天皇杯制覇という極限状態を経験した彼らは、戦う上で大事な「気持ち」を熟知している。
Jリーグを揺るがしたあの騒動も「歴史の一頁」となりつつある中、サッカーができる喜びを、次代を担う若い選手に改めて伝えて欲しい。

 今回のチームスタッフの中で最も注目を集めているのが、咲花正弥フィジカルコーチだ。
ドイツ代表を皮切りに海外で活動してきた、実績十分の咲花コーチの手腕には大きな期待が寄せられている。
昨季、負傷者の続出に苦しめられたヴィッセルにとっては「ケガをせず、一年間戦い抜くコンディション作り」は急務だ。
30歳を超えた選手が約3分の1を占める今季のヴィッセルにとって、選手のコンディション管理は、チーム浮沈の鍵を握っている。
すぐに目に見える結果が出る話ではないのかもしれないが、咲花コーチが今季のヴィッセルのキーマンであるといっても過言ではないだろう。
 
 次に選手を見ていく。
今季のヴィッセルの補強について、かつてヴィッセルのGM補佐を務めていた佐藤英男氏と話す機会があった。
佐藤氏は「いい補強だね。確実にチームの底上げはできているよ」と、今季のヴィッセルの補強策を高く評価していた。
この意見には、筆者も概ね同感だ。
ルーカス ポドルスキを獲得した時のような派手さはないのかもしれないが、確実に仕事のできる選手たちが戦列に加わったという印象だ。

 中でも筆者が最も注目しているのが那須大亮だ。
昨季のリーグ戦出場は9試合に留まるなど、この2シーズンは出場機会を減らしていたが、その実力に疑いはない。
データスタジアム株式会社が公開している「Football LAB」(http://www.football-lab.jp/)のデータに拠れば、一昨年まで守備力、空中戦などほぼ全ての分野で、ディフェンダーとしてはリーグトップクラスの高い数値を叩き出している。
中でも注目したいのがビルドアップにおける高い数値だ。
これは、那須が吉田監督の標榜する「攻撃的なサッカー」にマッチした選手であることを示している。
単純な比較では全ての分野において、昨季までヴィッセルの守備の要だった岩波拓也よりも高い数値を残している。
その意味では、岩波の穴を補って余りある補強といえるだろう。
コンディションさえ整えば、渡部博文とともに守備の要として最終ラインに君臨することになるだろう。
また那須といえば、熱い気持ちを前面に出してプレーできる点にも特徴がある。
大人しい選手が多いヴィッセルにとっては、最も必要な要素を持った選手なのだ。

 もう一人守備陣に加わったのが、現役のタイ代表でもあるティーラトンだ。
映像でプレーを見る限りは、攻撃面で力を発揮する左サイドバックのようだ。
キックの正確性などは、リーグのレベルとは無関係であり、映像で観られるものをそのまま信じても良いのだろう。
昨季のAFCアジアチャンピオンズリーグの鹿島戦で直接決めたフリーキックなどは、その左足が特別なものであることを示している。
アジアナンバーワン左サイドバックの呼び声が高いティーラトンだけに大きな期待をかけてしまうが、まずはJリーグに馴染むことだ。
サッカーの違いはあると思うが、逆に慣れてしまえば日本人にはないプレーで相手を翻弄することもできるのではないだろうか。

 中盤において大きな補強となったのが、現役韓国代表でもあるチョン ウヨンの復帰だ。
以前のヴィッセル在籍時には中盤の軸としてチームを支え、主将も務めたチョン ウヨンの実力については、今さら説明の必要はないだろう。
相手を止める強さ、相手からボールを奪い、握る力、そして視野の広さとボールを散らすキック力など、ボランチに必要な能力を全て兼ね備えた素晴らしい選手だ。
中国スーパーリーグを経験したことで、プレーの幅も広がっているようだ。
昨年行われた東アジアE-1選手権において、日本代表を相手に素晴らしいフリーキックを決めた姿は記憶に新しい。

 もう一人中盤に加わったのが三田啓貴だ。
古巣であるFC東京からの誘いもあった中で、タイトルへの挑戦としてヴィッセルを選んだという三田だが、最大の特徴はビルドアップ能力の高さにあるようだ。
また昨季ボランチながら5得点挙げていることから判るように、シュート力も兼ね備えている。
また、守備においてのボール奪取能力も高い。
ボール奪取とビルドアップの数値だけ見れば、2015年にヴィッセル在籍時のチョン ウヨンが残した数値をも上回っている。
こうした高い能力を持つ三田が、その持てる力を発揮すれば、ヴィッセルの攻撃は劇的に変わる可能性が高い。

 攻撃陣に加わったのはウェリントン。
福岡のエースとして圧倒的な存在感を放っていたウェリントンの武器は、何といってもその高さにある。
敵陣での空中戦の数値は、最高値を叩き出している。
過去に2シーズン、J1でプレーした際は得点こそ、そう目立った数字を残してはいないが、空中戦の強さにおいては、やはりリーグ最高値を記録している。
その特性を考えると、ヴィッセルにはルーカス ポドルスキや渡邉千真といったシュート技術に優れた選手が多いため、前線でのポスト役を期待してしまう。
そしてウェリントンに関してもう一点注目したいのが、その守備力だ。
前線からの守備を厭わないプレースタイルで、ボール奪取もなかなかの数値を残している。
ファーストディフェンダーとしての働きにも期待したい。

 10年半振りにヴィッセルに帰ってきたのが、GKの荻晃太だ。
荻といえば2006年の活躍が思い出される。
J2リーグでの戦いにおいて、正GKとして活躍し、1年でのJ1復帰に貢献した。
あのときの若武者も歳を重ね、立派なベテラン選手となった。
前川黛也、吉丸絢梓という若いGKにとっては、良きアドバイザーともなるだろう。
もちろんプレー面でもキム スンギュを脅かすような活躍を期待している。
バクスター監督をして「うちのディフェンダー」と言わしめた、あの大胆な飛び出しをまた見たいと思っているサポーターも少なくない筈だ。

 こうした実績十分の選手に加え、才能豊かな若い選手も加わった。
びわこ成蹊スポーツ大学から加入した宮大樹は、強さのあるセンターバックだ。
ユニバーシアード代表にも選出されている宮は、2017年の関西学生サッカー年間最優秀選手にも選出された実力者だ。
186cmという高さに加え、自身が武器と語るフィードの正確性は大学生ではピカイチ。
即戦力としての期待がかかる宮だが、本人も「試合に出場して、チームに貢献したい」と語るなど、その自覚は十分なようだ。

 高校ナンバーワンとも評される選手が、青森山田高校から加入した郷家友太だ。
U-18日本代表にも選出されている郷家の魅力は、何といっても高いテクニックとユーティリティー性にある。
ボランチから前線までをこなす選手だが、183cmと大柄な体躯ながら器用さを持ち合わせているようだ。
プレミアリーグEASTで得点王になったことからも分かるように、シュート技術も高い。
どんなポジションで育てていくかは不明だが、複数のポジションをこなすことのできる郷家ならば公式戦でその姿を見る日は、意外と早いかもしれない。

 ヴィッセルアカデミーから昇格したのが、郷家と同じくU-18日本代表に選出されている佐々木大樹だ。
ヴィッセルU-18をプレミアリーグWEST優勝に導いた立役者は、高い得点能力を持っている。
加えて柔らかいボールタッチで巧さを見せるなど、非常に器用な選手だ。
新入団選手の紹介で自らの風貌をネタに笑いを取るなど、心臓も強そうだ。
これは、アマチュアとは桁違いのプレッシャーの中で闘わなければならないプロの世界では大きな武器となるだろう。

 こうして新加入選手を見てくると、チームに必要なパーツをしっかりと見極めて、的確にそこを補強したと言えるだろう。
評論家諸氏の間では今季のヴィッセルの戦力については、それ程高い評価は為されていないようだが、筆者の私見では昨季のチームよりも戦力的には確実にアップしている。
立花社長が体制発表会で口にした「ACL出場権獲得、そしてタイトル獲得」という目標に向けて戦う準備がまずは整ったといえるだろう。

 目標達成に向けてのポイントは2つある。
1つは控え選手の底上げだ。
まだレギュラーも決まっていないが、レギュラー以外の選手がどこまでレギュラー選手を脅かすかによって、チームの厚みは決まってくる。
全ての選手がピッチ上では対等であるという自覚を全員が持って、トレーニングから厳しさを求めて欲しい。
 そしてトレーニングでは、その精度はもちろんだがスピードにもこだわって欲しい。
三浦ダイレクター、吉田監督とも「攻撃的サッカーへの転換」を口にしている中では、如何にしてボールを握り、相手を崩していくかという点には拘らざるを得ないだろう。
吉田監督が言う通り、昨季はポゼッション率こそ高まったが、アタッキングサードで効果的にボールを動かしきれなかったことも、また事実だ。
そこで問題となったのは、相手の動きを翻弄するスピードだった。
守備に戻る相手よりも速いスピードで攻撃を完結させることができなければ、相手を捻じ伏せるサッカーはできない。
トレーニングの中でパスをつなぐだけであれば、プロ選手にとっては、それ程難しいことではない。
しかし実戦の中で相手を上回るためには、「より速く、より正確に」という点が求められる。
そこで大きくものをいうのがルーカス ポドルスキの存在だ。
ルーカス ポドルスキが周りに合わせるのではなく、トレーニングの中からルーカス ポドルスキのスピードを基準として、そこに周囲が合わせられるようになれば、自ずと厳しい局面の中でも相手を上回ることができるだろう。
それですら、トレーニングでは完ぺきにできたことができなくなるのが、公式戦の怖さでもある。
だからこそ、トレーニングでは「このくらいのミス」という考えは捨てなければならない。
その厳しさを持てるかどうかが、ヴィッセルとタイトルの距離を決める。

 そしてもう1つは吉田監督の成長だ。
昨季はシーズン途中の就任ということもあり、自身が描いたような采配を振るえたとは思えない。
「監督とコーチは全く違う。何年コーチを務めても、いざ監督になると想定していたようには振舞えない」と多くの監督経験者が口にするように、監督として最初は難しさに直面するのは当然だ。
しかもチームを作る時間もなかったということを考えれば、寧ろ、よく凌ぎ切ったと言うべきなのかもしれない。
しかし今季はシーズン最初からの監督だ。
自分で描いているチーム作りに向けて、思い切って舵を切ってほしい。
良質な素材は十分に揃った。
これを使いどのような料理を作るかは、吉田監督にかかっている。
これまでの戦術や選手起用に囚われることなく、自由な発想でチームを作り上げて欲しい。
 そしてもう一つ吉田監督に意識して欲しいのが、「兄貴分からの脱却」だ。
現役選手と年齢の近い「若さ」は吉田監督の武器でもあるが、上位を目指すために、時には厳しさも必要になる。
選手に対して厳し過ぎる要求をしなければならない場面も出てくるだろう。
急にキャラクターを変えることは、難しいかもしれない。
しかし「君子は豹変す」とも言う。
吉田監督自身の変化こそが、ヴィッセルにとって最も大きな変化をもたらすと信じ、これまで以上に強い気持ちで指揮を執って欲しい。

 体制発表の場で立花社長は、アジアナンバーワンという目標を達成するためにFCバルセロナをベンチマークとしていくと語った。
その世界最高のフットボールクラブの姿は、今はまだ遥か遠くにある。
しかし三浦ダイレクターが言った通り「挑戦しなければ始まらない」のも、また事実だ。
今季を皮切りにスタートする「アジア最高のクラブ」を目指す戦いに期待している。