覆面記者の目

ACL Elite 準々決勝 vs.アル・サッド プリンス・アブドゥッラー・アル・ファイサル(4/17 01:15)
  • HOMEアル・サッド
  • AWAY神戸
  • アル・サッド
  • 3
  • 1前半1
    2後半2
    0延前0
    0延後0
    4PK5
  • 3
  • 神戸
  • ラファ ムジカ(6')
    ラファ ムジカ(61')
    ロベルト フィルミーノ(65')
  • 得点者
  • (24')大迫 勇也
    (74')井手口 陽介
    (90'+3)武藤 嘉紀



ACLEに懸ける気持ち
 AFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)・ファイナルズへ向けて選手たちからは「この試合に懸ける」という言葉がよく聞かれた。この「懸ける」という言葉の意味を調べると、「主に自分の大切なもの(命、情熱、名誉など)を失う覚悟で物事に取り組む、あるいはある目的のためにすべてを注ぎ込む」とある。これを表しているのが「一所懸命」という言葉だ。これは、中世の武士が主君から与えられた一か所の土地(領地)を命がけで守ったことに由来している。当時の武士にとって土地とは生活基盤であり、先祖が命を懸けて挙げた武勲として主君から与えられたものだった。そのため土地を守ることは家を守ることと同義であり、命を懸けるだけの価値があったのだ。時代が下るにつれて、この言葉は変化した。江戸時代には「土地を守る」という意味が薄れ、命がけで何かに取り組むという姿勢を表す表現になったと言われている。その中で「一所」は似た響きを持ちながら、切実さを表す「一生」に置き換わり「一生懸命」に変わったという。

 現代では「一生懸命」がスタンダードな表現として使用されているが、この日のヴィッセルを表すためには、やはり本来の「一所懸命」が相応しいように思う。選手たちは「己のプライド」と「クラブの栄冠」のために全力で戦った。そしてクラブはその舞台を作るために全力を尽くした。アカデミーの選手たちを含む、全てのスタッフが揃いのラバーバンドを身につけて、選手たちとともに戦う意思を示した。そして現地に行くことができなかった多くのサポーターも、遠く離れた日本から声援を送り続けた。神戸市内で行われたパブリックビューイングは平日の深夜開催にもかかわらず、大勢のサポーターがかけつけ、熱い声援を送り続けたと聞く。文字通りヴィッセルファミリーが「一致団結」した結果が、この日の勝利だったように思う。

 視点をピッチサイドに移す。ヴィッセルはこのACLE・ファイナルズへ全ての照準を合わせて準備を進めてきたように思う。それはこの日のメンバーに表れていた。GKに前川黛也。酒井高徳、山川哲史、マテウス トゥーレル、永戸勝也の最終ライン。扇原貴宏、井手口陽介、郷家友太の中盤。武藤嘉紀、大迫勇也、佐々木大樹の前線。この「ベストメンバー」がスタートで顔をそろえるのは、今年2月に行われた明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)開幕節以来だ。6日前に行われた百年構想リーグ・名古屋戦の試合後、武藤はACLE・ファイナルズに万全を期すため、開幕直後の早い時期に足首の手術を選択したことを明かした。また酒井や大迫も、戦線を離脱する時期があったものの、ここに合わせて調子を戻してきた。そして何よりも扇原、そして前川とトゥーレルだ。名古屋戦で彼らにはアクシデントがあったが、メディカルスタッフの献身と本人の努力によりこの試合に間に合わせた。試合後、涙していたトゥーレルの姿は、ここまでの道が決して平坦ではなかったことを如実に表していた。このように考えてくると、この日の試合後に選手たちが見せた喜びの姿も、先の戦いに向けて士気を高める儀式だったように思えてくる。

勝因
 この日の試合を前に選手たちは「これまでとは異なるレベルの相手との試合になる」と、警戒心を露にしていた。その言葉通り、アルサッドは東アジアでは対戦することのないレベルのチームだった。ヴィッセルは旧ACLを含めて4度目の「アジアへの挑戦」となるが、西アジアのチームと対戦するのは今回が初めてだ。過去の様々な大会で証明されているように、ここ数年で西アジアのチームは急速に力をつけている。そこには豊富な資金力を背景とした「国家主導の長期的かつ巨額の投資」と、それによる「世界レベルの指導体制と育成システムの確立」が大きく寄与している。中でもこの日対戦したアルサッドは、西アジアの強豪チームとして知られている。
 カタール国内リーグ(カタール・スターズリーグ)では史上最多の優勝回数を誇り、カップ戦を合わせると80以上のタイトルを獲得している。旧ACLでも2度の優勝を成し遂げている。かつてはシャビ(元バルセロナF.C)やラウール(元レアル・マドリード)といった選手が在籍し、ヨーロッパトップレベルの戦術も身につけている。選手個々のレベルも高い。この試合でも驚異となったカタール代表のエース、アクラム アフィフや、元ブラジル代表のロベルト フィルミーノといった「特別な力を持った選手」も多く名を連ねている。さらに指揮を執るロベルト マンチーニ監督はイタリア代表を率いてEURO2020を制し、マンチェスター・シティやインテルでも数々のタイトルを獲得している名将だ。ヴィッセルの選手たちが「全力を出し切らなければ勝てない」と口にしたのは、決して大袈裟ではなかったのだ。

 ではヴィッセルの勝因は何だったのだろう。前段で書いた、ヴィッセルファミリーの力が大きかったことは間違いないが、それ以外にも3つの理由があったように思う。それは「総合力」と「効果的な戦い方」そして「諦めない気持ち」だ。

 まず「総合力」だが、これは選手起用に表れている。この日の試合の3日前、アルサッドは、同じ西アジアの強豪であるアル ヒラルとのラウンド16を戦っている。その試合は、この日の試合と同様に延長・PKへともつれこんだのだが、マンチーニ監督は交代枠を使わないままだった。そしてそのメンバーが、そのままこの試合のスターティングメンバーとなっていた。その理由は試合の中で判明したように思う。交代を使うたび、アルサッドの強度は下がっていったように感じられたからだ。「主力と控えの差」というのは多くのチームが抱えている問題ではあるが、アルサッドも例外ではなかったということだろう。これに対し、ヴィッセルは交代選手が躍動し、確実にチームに力を加えていった。これはヴィッセルの中長期的戦略の勝利とも言えるだろう。
 昨季までのヴィッセルは、アルサッドと同様の課題を抱えていた。そのため主力選手の欠場は、そのままチーム成績に影響を与えていた。そして今季、ミヒャエル スキッベ監督はその課題解決に取り組んだ。百年構想リーグを中心に様々な選手を起用し、多くの選手に経験を積ませることで、チーム全体の力を引き上げていった。その象徴ともいえるのが、この日の試合でも起用された日髙光揮だ。昨季は年間を通じて公式戦出場が7試合に留まった日髙だが、今季は早くも昨季に並ぶ7試合の出場を果たしている。そしてその多くで存在感を発揮している。この違いはどこから生じているのだろうか。それはチーム作りに際しての「方法論の違い」に起因しているように思う。
 方法論の違いとは、自由度の差と換言できるように思う。例えて言うならば、昨季までのヴィッセルは予め完成形が見えているジグソーパズルのように、選手に与えられた役割は明確だった。逆に言えば自由度はそれほど高くない。しかし今季はそれぞれに役割は与えられているものの、積み木のように選手に自由度が与えられているように見える。そのため起用された選手たちは「自分の力を発揮するために何をするか」という視点で考えるようになっているのではないだろうか。要はチームの成長段階が1つ進んだということだ。その結果、120分という時間の中で疲労の色が隠せなくなっていたアルサッドに対して、交代選手を使うことでチームの力を保ち続けたヴィッセルが勝利したという図式だったと思う。

 次の「効果的な戦い方」だが、これはアルサッドの弱点を突き続けたという意味だ。攻撃時には圧倒的なスピードと高い決定力でヴィッセルを苦しめたアルサッドだが、ネガティブトランジションのスピードは速かったものの、正直に言ってボール非保持時の動きは、それほど整備されているようには見えなかった。最終ラインを含めた個々の選手の力は強く、簡単に破れるような相手ではなかったが、最終ラインの前にはスペースが多く生まれていた。ボール非保持時のアルサッドは4-4で構えていたように見えたが、ボールに対して直線的な守備が多かったため、サイドを使って戦場を広げるヴィッセルの戦い方は、確実にアルサッドの選手たちの体力を削り取っていった。
 こうしたボールの持ち方ができるヴィッセルの戦い方は、体力的に厳しい試合の中では大きな意味を持っている。この日の試合も現地時間で19時キックオフの試合ではあったが、気温30度・湿度54%という厳しい環境下での試合となっていた。アルサッドの選手は、こうした中東独特の気候に慣れているだろうが、暖かくなり始めたばかりの日本から一気に真夏日に放り込まれたヴィッセルの選手にとっては、体力のマネジメントは大きな課題となっていたはずだ。そこでヴィッセルは61%というポゼッション率を、巧く味方につけたように思う。ボールを動かしながら、自分たちの時間を作り出すことで体力のマネジメントにつなげていたように思う。

 そして最後の「諦めない気持ち」だが、これは言葉通りの意味だ。試合後の会見で武藤は「誰一人諦めずプレーしたことが今日の勝利につながったと思います」と語り、スキッベ監督は日本人特有の性質としてこれを讃えた。この諦めない気持ちは、一朝一夕に生まれたものではない。過去にタイトルを獲得してくる中で生まれた「日本一諦めの悪いチーム」という言葉が、ヴィッセルの特徴になってきたことの証左と言えるだろう。勝利へのこだわりは、文字通り世界中全てのチームや選手が持っている。しかしそれを90分間持ち続けることは、決して容易いことではない。ヴィッセルはベテラン選手たちが勝負への執着を見せ、それを日常的に見ることで若い選手も同様の気持ちを持つ。これはヴィッセルの「良き伝統」として、未来に向けて受け継いでもらいたい。

異次元のスピード
 この試合で喫した3失点は、いずれも「ヴィッセルらしからぬ」ものだった。これはヴィッセルに隙があったというわけではない。それだけアルサッドの見せたスピードが強烈だったということだ。最初の失点は3人の選手によって作り出されたものだった。自陣ハーフウェーライン付近からフィルミーノが縦に入れたボールを、アフィフが受けて2タッチで右側を走ってきたラファ ムジカへつないだ。ムジカはこれをダイレクトにまっすぐ蹴り込み、ゴールに突き刺した。この間アフィフには山川が、そしてムジカにはトゥーレルがついていたが、シンプルに縦に向かい続ける中で、足を出すタイミングすら与えてもらえなかった。
 2失点目はクラウジーニョがミドルサードから入れた柔らかいクロスをフィルミーノが胸でムジカへパス。ムジカはボレー気味のダイレクトシュートで、これをゴールに蹴りこんだものだった。クラウジーニョがボールを蹴る時、フィルミーノは永戸とトゥーレルの間、ムジカはトゥーレルと山川の間に立っていた。守り方として間違いはなかったが、ダイレクトプレーで素早くつながれたことで、ヴィッセルの守備は寄せることすらできなかった。またこの場面でフィルミーノはオフサイドギリギリの位置から飛び出しており、前を向いているはずのヴィッセルの守備陣よりも優位性をもって動いた。
 3失点目は最初の失点同様に、3人の選手によって完結された。自陣でボールを持ったアフィフが前線に入れたボールに抜け出したのはムジカだった。そしてペナルティエリア内ゴール左でボールを収めると、そこからGKの前川の前を横切るボールを通し、ここに走りこんできたフィルミーノがこれをダイレクトに蹴りこんだ。この場面でムジカの前には山川が立っていたのだが、山川がアフィフを見ているのに対して、ムジカはボールが出てくることを信じて走り出していた。これによって山川が後手を踏む格好となった。ムジカに対してはトゥーレルが寄せていき、山川は逆サイドを上がってきたフィルミーノを追ったのだが、ボールの流れがスムーズであったため、山川は追いつけなかった。
 この3つの失点に共通しているのは、そのスピード感だ。ネガティブトランジションのスピードに定評のあるヴィッセル守備陣とはいえ、全く追いつくことのできないスムーズさは、3選手の個人能力によって支えられていた。リヴァプールで100を超える得点を挙げた元ブラジル代表のフィルミーノ、スペインでアカデミー年代を過ごしたカタール代表のアフィフ、スペインU-19代表経験のあるムジカ。彼らが見せた「個の力」から生み出された攻撃は、ヴィッセルの急所を正確に射抜いてきた。苦い経験ではあるが、この先のヴィッセルの成長にとって大きな意味を持つ失点であったように思う。この試合で経験したスピード感を忘れることなく、それをクラブの中で基準として捉えることができるようになれば、ヴィッセルはまだまだ強くなることができる。

エースの存在感
 6分という早い時間に失点を喫したこともあり、全体がやや浮足立っている中で、チームに落ち着きを与えたのは大迫だった。120分フル出場を果たした大迫だが、異次元のボールを収める力は、西アジアの強豪を相手にしても十分に通用していた。大迫は自由に動き回りながら後ろからのボールを引き出し、味方に時間とスペースを渡し続けた。これは日本代表として、中東の国々と渡り合ってきた経験に支えられているものだと思うが、やはり未だに前線の選手としての技術が世界レベルにあることを示した。
 この大迫が挙げた最初の得点は、チームに勇気を与えたように思う。酒井が右サイドから入れたクロスを、頭で正確にゴール右に流し込んだ。ゴール前から遠ざかるように動き、相手の守備の逆を取る動き。そこから頭部を正確にゴール方向に向けてまっすぐに当てる技術はさすがだ。そこまでアルサッドのスピードに押し込まれつつあったヴィッセルを、再び前に向けた貴重なゴールだった。



スタミナ忍者
 残り20分を切った時点で1-3と2点のビハインドを負っていたヴィッセルだが、井手口が挙げた2点目はアルサッドに焦りを生み、ヴィッセルには勢いをもたらした。後半のヴィッセルは、アルサッドのスピードに対して対応が定まり、試合の主導権を握りかけたように思われた。しかしその流れの中で61分、65分と短い時間に2失点を喫してしまった。これはどの試合にも共通していることだが、主導権を握りかけた時間帯の失点は、チーム全体に大きなダメージを与える。もちろんヴィッセルに諦めている選手はいなかったと思うが、勝利を現実的にイメージさせたという点において、この2点目は大きな意味を持っていた。74分に自陣左から永戸が入れたロングボールを、ペナルティエリア内で途中出場していたジェアン パトリッキが競り、こぼれ球をこれまた途中出場していた満田誠がつなぎ直し、それを受けたパトリッキからのボールを走りこんできた井手口がゴール左に流し込んだ。
 ここでは井手口の走路の取り方が絶妙だった。永戸が蹴った時点で井手口はセンターサークルの近くにいたのだが、そこからパトリッキをフォローするように左に流れながら上がった。そして満田とパトリッキでボールをつなげると解った時点で中に入ったため、ボールサイドに寄っていた相手の守備3枚の裏を取る格好になったのだ。これが真っすぐにペナルティエリアに入っていたとすれば、相手の守備は井手口をマークしていたと思われる。相手から消える位置に走りこむという点において、この場面で見せた井手口の動きは出色だった。相手守備にとっては、突然そこに井手口が出てきた印象だったのだろう。ゴール後の相手GKの驚いたような顔が、それを物語っていたように思う。
 この日の試合でも井手口は、試合序盤から広いエリアをカバーし続けた。扇原が交代後はアンカーの位置に入り、動きながらボールを前に送り続けた。この無尽蔵のスタミナと相手の視界から消えるセンスがあればこそ、井手口はヴィッセルにとって不可欠な選手となっている。

熱源
 この日の試合で観るものを最も熱くしたのが武藤だったことに異論はないだろう。冒頭で書いたように、武藤はACLE制覇のためにシーズン序盤の手術を決断し、この日の試合に合わせてきた。70分過ぎには疲労がピークを越えていたことを試合後に明かした武藤だが、後半アディショナルタイムに起死回生の同点ゴールを決めた。後半アディショナルタイム3分に、途中出場の濱﨑健斗から、途中出場の広瀬陸斗につなぎ、広瀬からのクロスを一発で仕留め、ゴールに流し込んだ。アディショナルタイムが意外に短い3分と表示されていたことを思えば、文字通り武藤のゴールは土俵際から一気に中央により戻した貴重なゴールとなった。
 このゴールシーンで武藤は、見事な動き出しを見せた。濱﨑から広瀬にボールが渡る時点ではゴール前中央に立っていた武藤は、中央に立つ相手の後ろから追い越すことで、その選手を引っ張り出した。しかもニアに向かって走ったことで、中央を空けさせることにも成功した。もし広瀬からのクロスが高くとも、その背後にいた山川、ファー側にいた大迫のチャンスを残すような動きとなっていたのだ。
 武藤はこうした相手との駆け引きを90分間続けることができる選手だ。これはフォワードならば当然と思われるかもしれないが、それを実直に続けることができる選手というのはなかなかいるものではない。さらにシュートシーンでは首だけを捻り、ボールの方向をゴールに向けている。この高い技術も武藤の持ち味だ。
 試合前、アルサッドについて「僕らが100%以上を出し切らなければ勝てない相手」と評していた武藤だが、自らが100%以上を出し切ることで、チームを勝利に導いた。

飛躍を期待
 この日の試合にカギとなるプレーがあったとすれば、それは33分のプレーだった。扇原が背後から入れたクロスに、左に流れた大迫が頭で合わせた。このボールはバーを叩き、ボールは右にこぼれた。ここに走りこんだ郷家は、これを決めることができなかった。大迫の動きにつられて相手のセンターバックは左に流れていたため、郷家は相手GKと1対1になっていただけに、惜しい場面だった。ここで郷家は足で蹴りこむ選択をしてしまったのだが、ここは頭で流し込むべき場面だった。咄嗟のプレーであるがゆえに無理からぬところではあるのだが、こうした大舞台では1つのプレーが勝敗を決める。相手GKの体勢は崩れており、郷家にいつもの冷静さがあれば、問題なく流し込めていたと思われるだけに悔やまれる場面だった。
 大迫の負担を軽減するために、郷家はこの日の試合でもボール非保持時にはファーストディフェンダーの役割を担っていた。前線でスペースを消す動きは地味だが、チームにとって欠かすことのできない動きだ。これを実直に続けていただけに、ここは決めてほしかったというのが正直な思いだ。
 スキッベ監督の信頼も得ている郷家だが、こうした場面でゴールを決めることができれば、もう一段階の飛躍が期待できる。ヴィッセルを支える選手になるだけの才能の持ち主であることは間違いないだけに、一層の奮起を望みたい。

黛也とトゥーレル
 この日の試合に際して、誰よりも熱い気持ちを持っていたのは前川とトゥーレルだったように思う。6日前の名古屋戦の試合終盤に衝突、両者はそのまま退場となった。それだけにこの日の試合出場が危ぶまれていたが、両者とも元気な姿をピッチで見せてくれた。
 まず前川だが、この日の試合では延長に入ってスーパーセーブを連発した。延長前半の102分には、背後からのクロスに合わせたジャバイロ ディルロスンのゴール右を狙ったボールを、指先に当てて弾き出した。105分にはジオヴァニが右から入れたクロスを、ペナルティエリア内でアフィフがシュート。これを前川は正確に外に弾き出した。そして114分にはディルロスンがゴール左下を狙ったシュートも弾き出した。これらのシュートはいずれも枠を捉えており、1つでも決まっていたらヴィッセルの勝利はなかったかもしれない。ヘッドギアをつけてこの試合に臨んだ前川は、この試合に出場できる喜びをプレーで表した。
 前川にとってACLEはリベンジの場でもある。ヴィッセルが初めて出場した2020年の旧ACL準決勝において、前川は延長戦終了間際に決勝点となるPKを与えてしまったためだ。試合後、ピッチに突っ伏して泣いていた前川は、あれから多くの経験を積んだ。その中でヴィッセルのゴールを守り続け、今や誰もが認める守護神へと成長した。代表にも選出され、親子2代での日本代表も成し遂げた前川だが、今大会ではこれまでの借りを返してくれるものと期待している。

 そしてトゥーレルだが、この試合でもトゥーレルは守備の要として君臨した。3失点を喫したものの、ペナルティエリア内の勝負ではフィルミーノにも全く後れを取ることはなく、アルサッドの攻撃を食い止め続けた。ボール保持へと変わった時には積極的に前に出ることでチーム全体を押し上げると同時に、味方にスペースと時間を渡し続けた。この日の試合ではフル出場こそならなかったものの、6日前のことを思えば、ピッチに立っていることが不思議なほどであり、鉄壁のプレーにはいささかの陰りもなかった。試合後は涙を隠そうとしなかったトゥーレルは、このチームでの戴冠を誰よりも望んでいる。チームのために身体を張り続けるトゥーレルにこそ「アジア王者」の勲章は相応しい。



残り2戦
 無事に4強進出を決めたヴィッセルだが、次戦までは中3日。慣れない土地での調整は、選手にとって厳しい環境であることは間違いない。しかしここまで来た以上、負けるわけにはいかない。ヴィッセルファミリーの力を結集し、残り2試合を勝ち切ることだけに集中しなければならない。そのためにも限られた時間ではあるが、まずはコンディションの調整に全力を尽くしてほしい。
 途中出場した選手が輝きを放ったように、今のヴィッセルは「チーム全員で戦う」ことができる。何としてもアジアの頂点に立ち、「アジアで一番諦めの悪いチーム」の称号を手にしてほしい。



今日の一番星
[永戸勝也選手]

全ての選手が一番星に相応しい活躍を見せた試合ではあったが、試合序盤に大迫と同様にチームに落ち着きをもたらした点を評価し、永戸を選出した。この日の試合では左サイドバックとして出場した永戸だが、左サイドでボールを握った時には、効果的な配球でチームを前に向け続けた。相手の鋭いカウンターを警戒しつつも、自らがサイドに蓋をする動きで前に出て、ポケットを取り続けた。この動きによって相手の最終ラインを低い位置に留めると同時に、相手を引き出してスペースを作るという狙いを明確に示し続けた。この動きを続ける以上、ボール非保持に変わった瞬間には、自陣まで一気に戻らなければならない。それは永戸にとって決して楽な選択ではなかったはずだが、それ以上にチームを前に向けることの重要性を理解していたからこそのプレーだったのだろう。これによって佐々木も動くスペースが明確になり、効果的な動きを見せ続けた。試合終盤まで積極性を失わなかった永戸のプレーは、この日の試合における大きなポイントだったように思う。守備面では粘り強い対応を続け、サイドの起点を潰し続けた永戸の攻守にわたる活躍は、この日の勝利を呼び込んだ一因だ。ヴィッセルにとって課題とされた左サイドを活性化し、キーマンとしても存在感を高め続けている「左サイドの救世主」にさらなる活躍への期待を込めて一番星。