覆面記者の目

明治安田J1百年構想リーグ 第20節 vs.鹿島 メルスタ(6/6 14:00)
  • HOME鹿島
  • AWAY神戸
  • 鹿島
  • 2
  • 0前半0
    2後半0
  • 0
  • 神戸
  • 林 晴己(68')
    知念 慶(70')
  • 得点者


流れをつかむ

 シーズン移行に伴い開催された「明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)」が終了した。そしてこの一度限りの特別な大会において、ヴィッセルは王者としてその名を刻んだ。
 5-2。これが2試合を通じてのスコアだ。試合後にGKの権田修一がコメントしたように、ノエビアスタジアム神戸で行われた初戦で得た5点のアドバンテージが大きくものを言った。初戦で見せた効果的なハイプレス、前線の選手たちが見せた打開する力と決定力、そしてこの日の試合でも見せた粘り強い守備など、「ヴィッセルらしさ」を存分に発揮したプレーオフであったと言えるだろう。
 この日の試合前、多くのメディアやサッカー関係者は第1戦の結果を受けて「ヴィッセルが圧倒的に有利」と報じていた。5点という、サッカーにおいては大きなリードをもって試合に臨むという状況を考えれば、当然の判断だ。しかしヴィッセルの選手たちには、違う緊張感があったように思う。選手たちが「リードのことはいったん忘れて」、「守りに入ることなく、前に出て勝ち切る」と口を揃えていたのは、試合を前にしたファイティングポーズではなく、このリードを守ることが難しいということを理解していたためだろう。
 一見すると5点を守り切るというのは、決して難しいことではないように思われるだろう。サッカーの公式試合で1試合あたりに生まれる両チーム合計の平均得点数は 2.5~2.8点と言われている。実際に近年のJ1リーグの平均も2.4~2.5点で推移している。ちなみにF.C.バルセロナのような高い攻撃力を誇るチームであっても、この数字は2.7~3.1点に留まっている。こうした数字を見れば、第1戦でヴィッセルが記録した5得点という数字が異質なのであり、普通に戦えば5失点することはないように思えてしまう。
 しかしサッカーの試合には「流れ」という数値化できない要素がある。第1戦で鹿島が5失点を喫したのも、「流れ」に拠る部分が大きいことは事実だ。そしてヴィッセルの選手たちはその数値化できないものの怖さを知っていたからこそ、前記したような発言を繰り返していたのだろう。
 試合後に鹿島を率いる鬼木達監督は、思い描いていた逆転へのシナリオとの差を尋ねられた際に「1点目がどの時間帯に入るかがキーでした。前半のチャンスでどんな形でも押し込めていたら、違った展開になっていたのではと思います」と答えた。この言葉には鬼木監督の、早い時間の得点で「流れ」をつかみたかったという思いが表れていた。早い時間帯に得点を奪えれば、選手には自信と勢いが生まれ、ホームの利でスタジアム全体のムードを醸成させることができる。そうすればヴィッセルにも焦りが生まれ、それによって起きるであろう布陣のズレを衝いて得点を重ねていくことが、鹿島にとっての唯一の逆転へのシナリオだった。
 この鹿島の考え方をミヒャエル スキッベ監督は理解していた。試合後の会見の中で鹿島が見せた戦い方について「試合の開始から鹿島さんが素晴らしい熱量で来ることは分かっていましたし、本当に向こうは不可能なことを可能にするためにすべてやってきたのかなという印象です」と語った。その上で「試合開始から試合が終わるまで、とにかく相手に立ち向かっていってくれた」と、選手たちを称えた。指揮官の言葉通り、ヴィッセルの選手たちは鹿島の攻撃に対して守勢に回ることなく立ち向かい、ゴールを守り続けた。その結果、鹿島に最初のゴールが生まれたのは68分だった。鹿島の狙いだった「早い時間帯の先制点」を防ぎ続けたことが、鹿島がつかもうとした「流れ」を与えなかった要因だったと言えるだろう。

両チームの思惑
 前段で書いたように、鹿島は早い時間帯の得点を狙い、試合開始直後から猛攻を仕掛けてきた。地域リーグラウンドで見せていたようなボールを保持しながら試合を支配する戦い方を捨て、長いボールでヴィッセルの守備の裏を狙うという「鹿島らしからぬ」シンプルな戦い方を鬼木監督は選択した。これは、試合後に鹿島の得点源であるレオ セアラが「相手の裏を狙うことを意識したトレーニングを積んできた」とコメントしていることからも、これが5点のビハインドを跳ね返す方法だと鬼木監督が判断したことが窺える。
 このように大差がついている試合においては、ビハインドを負っている側の方が割り切って戦える。これはサッカーに限った話ではない。古い話で恐縮だが、かつてプロ野球において大逆転が起きたことがある。1989年の日本シリーズで巨人と対戦した近鉄バファローズは3連勝からの4連敗を喫し、球団史上初の日本一を逃した。このシリーズでは近鉄投手による発言が話題になったが、当時近鉄で投手コーチを務めていた権藤博氏は4戦目の先発変更が勝負の綾だったと語っている。近鉄を率いていた仰木明監督(故人)は当初予定されていたエースではなく、シーズン終盤に故障で戦列を離れていた投手を起用した。権藤氏は「3連勝で監督に余裕が生まれてしまったのではないか」と起用理由を推測していたが、いずれにしてもここで巨人打線に火が点いてしまい、そこからは流れを取り戻せないまま近鉄は敗退した。逆に巨人はミーティングにおいて「今は相撲で言えば徳俵に足がかかった状態だ。しかし徳俵というのは意外に丈夫で、押し返す力があるんだぞ」という話をした上で、平常心でいつもどおりに戦おうということだけが話されたという。
 こうした事例からは、リードを守るために有効なのは「特別なことをしないこと」だということが判る。そしてスキッベ監督以下、ヴィッセルの選手たちはそれを理解していた。第1戦の試合後に多くの選手が「0-0の気持ちでもう一度勝ちにいく」とコメントしていたのは、その証左と言えるだろう。
 気持ちの上では「いつもどおり」と考えていただろうが、第1戦と同じように戦えると考えていた選手はいないように思う。大量得点を狙う鹿島が、試合序盤からパワープレー気味に前に出てくることは想定内であったためだ。第1戦では4-2-4でのハイプレスが面白いように機能したが、この日の試合では鹿島が前に蹴ってくることを考えればハイプレスを敢行する必要はないという判断が働いていたように思う。そう考える理由は2つだ。
 1つは鹿島の戦い方だ。先に「鹿島らしからぬ」という表現を使ったが、それはリスクを負った戦い方という意味だ。第1戦でヴィッセルのハイプレスに苦しんだこともあり、鹿島がそれを無効化しようと企図することは明白だった。事実、速いボールを縦に送り、この試合では2トップ気味に配置されていたレオ セアラとチャブリッチをそこに走りこませる。またミドルサードでボールを受けた際はサイドに展開し、素早くゴール前にクロスを入れるという戦い方を見せた。これは鹿島にとっては精度を担保できないという意味においてリスキーではあるが、勢いに乗って攻め込む、そしてヴィッセルのハイプレスを回避するという2つの点において利があると判断したのだろう。これに対してヴィッセルは、無理にハイプレスを敢行したとしても、それは上下動を余儀なくされ、結果的に疲労が蓄積するという判断が働いていたのではないだろうか。
 2つ目の理由は立場によるものだ。繰り返しになるが、5点というアドバンテージをもってこの試合に臨んだヴィッセルにとって、最も大事なことは2試合合計スコアで鹿島を上回ることにあった。そのため無理に前線からプレスをかけて、それを剥がされて裏を取られるというリスクを負うことの方がマイナスであるという判断を下したように思う。とはいえ前記したように、この日の試合にも勝って優勝を決めたいという思いが選手間で共有されていただけに、ヴィッセルが自分たちの戦い方を捨てて「引いて守る」というわけではなかった。鹿島の選手が自陣の深い位置でボールを持った際には、インサイドハーフの郷家友太と前線中央の大迫勇也を中心にいつも通りのプレスをかけることで、鹿島に対してプレッシャーを与え続けた。


したたかな試合運び
 この日の試合においてヴィッセルが意識していたものは「攻撃的な守備」と「安定した試合運び」だったように思う。「鹿島の攻撃に対する守備を攻撃の起点とする」、そして「オープンな展開にしない」という2つの狙いをもってヴィッセルの選手たちはプレーを続けていたのではないだろうか。これは一言でいうならば鹿島の勢いを削ぐ「したたかな試合運び」ということになるのだろう。
 この日の試合で目を惹いたのは、ヴィッセルの素早いネガティブトランジションに支えられた強固なブロックだった。鹿島がボールを持つことを容認し、自陣でのブロック形成を優先していたように思う。それによってレオ セアラとチャブリッチの突破を防ぐのが狙いだったのだろう。ボール非保持時には4-4-2の形を形成し、サイドには酒井高徳とジエゴの両サイドバックが蓋をしつつ、中央はセンターバックとボランチで固めるという基本的な形ではあったが、各選手が相手を挟み込めるような距離感を保っていたため、鹿島の猛攻を食い止めることができた。それを象徴しているのが11分のシーンだった。
 この場面はヴィッセルの攻撃から始まっている。左タッチラインから投げ入れたジエゴのロングスローは、ペナルティエリア内の大迫が頭に当てたが、それを鹿島の守備がクリアした。前にこぼれたボールには左サイドハーフの師岡柊生が走りこんだのだが、この時点で師岡を追っていたのは右センターバックのンドカ ボニフェイスだった。ボニフェイスは中央から斜めに走りながら師岡を追い、ヴィッセル陣内に入ったところで師岡の前を塞ぐようにポジションを取り、師岡の足を止めた。これによって師岡は中央に入りながらパスコースを探したのだが、この時中央を上がってきたレオ セアラにはカエターノ、そしてチャブリッチにはジエゴがそれぞれついていた。そしてヴィッセルの右サイドを上がってきた左サイドバックの安西幸輝に対しては、ボニフェイスを追い越して戻った酒井が見るという態勢が整っていた。そして師岡の前に井手口陽介が立ったことで、師岡に残された選択肢はヴィッセルの左を上がってきた右サイドハーフの濃野公人だけとなった。ここで師岡は速いボールを濃野に通し、濃野はペナルティエリア角付近でこのボールを巧く受けた。この時ゴール前に出ていたのはチャブリッチだったが、その背後にはカエターノ、そして安西を離して中に入った酒井がついていた。そしてチャブリッチの背後に控える形になったレオ セアラに対しては、師岡の前から戻ってきたボニフェイスが見ることのできる位置まで戻っていた。さらにはアンカーの鍬先祐弥、井手口、郷家も戻っていたため、ゴール前の人数は確保されていたのだ。
 濃野のクロスは精度が高く、中央に入り込んだレオ セアラが頭に当てたが、これは権田が見事に弾き出した。このこぼれ球はチャブリッチの足もとにこぼれたが、チャブリッチのシュートに対してはカエターノが足を出し、さらにこぼれ球を拾ったボランチの知念慶のシュートはボニフェイスが身体を張ってクリアした。
 この場面で鹿島が見せたカウンターには一切の無駄がなく、スピード・迫力とも十分だったが、ヴィッセルはそれを上回る守備に戻るスピードとゴール前で守り切る強さで失点を防いだ。

攻撃的な守備
 この試合を観た人の多くが「攻める鹿島」対「守るヴィッセル」という印象を持ったように思う。しかしその内容をつぶさに見ていくと、ヴィッセルは決して「守るための守備」はしていなかったことが判る。ゴールを与えないことは最優先事項だが、守備時にもボールを奪ってからの攻撃を意識していた。そしてこれが、鹿島に対して怖さを与えていたように思う。そこで大きな意味を持っていたのが3分に見せたプレーだ。鹿島のスローインに端を発した一連のプレーの中で、ヴィッセルは自陣からボールを動かし、最後は井手口からのスルーパスを受けた右ウイングの武藤嘉紀がピッチ中央を上がり、一気に鹿島ゴールに迫った。5点差をひっくり返そうとしていた鹿島ではあるが、逆に失点したら戦況が一気に暗転することは明白だった。それだけにこのプレーは、鹿島の前に出る気持ちに対して牽制となったように思う。
 この日の試合ではボールを奪った後、ヴィッセルは大迫を目標として縦に蹴り出すだけではなく、自陣からつなぎながら前に進む姿勢も見せた。それは前段で書いたような「適切な距離感」があればこそだが、その中から何度か効果的なカウンターの姿勢を見せたことが、鹿島が踏み出そうとする「最後の一歩」を押しとどめていたように思う。得点を奪うことは叶わなかったが、鹿島にプレッシャーを与えるという点においては十分な効果を発揮した。
 この日の試合では守備ラインを高く保ち続けたことも、高く評価したい。鹿島の前に出る勢いを見たときには下がりたくなったと思うが、そこで権田と連携しながら高い位置を取り続けたことでチーム全体をコンパクトに保ち、攻撃的な守備を可能にした。 


交代選手
 この日の試合でヴィッセルを苦しめた要因の1つは、間違いなく前半のうちに2人が負傷交代となったアクシデントだった。25分に鍬先、そして前半アディショナルタイムにはカエターノが、それぞれ足を負傷した。彼らはいずれも第1戦ではキーマンとなり、勝利に貢献した選手だった。中央の縦のラインともいうべき2人の負傷交代が、スキッベ監督の戦略に影響を与えたことは間違いないだろう。特にカエターノは前半終了まであと数分ということもあり、一度はピッチに戻ったが、やはり試合を続けることは不可能だった。これによってヴィッセルは交代回数3回のうち2回を、前半のうちに使うこととなってしまった。
 ここでヴィッセルを救ったのはその負傷交代で入った日髙光揮、そして山田海斗という2人の選手だった。両者とも緊急投入ではあったが、全く物怖じすることなく試合に入った。そして期待通りの活躍を見せた。彼らの活躍については、試合後にスキッベ監督が「日髙や山田が経験のある選手と合わせてチームを助けてくれた」と名指しで讃えた。逆転を期待する鹿島サポーターが作り出す異様な雰囲気の中でも、彼らは落ち着いて強度の高いプレーを見せ、ヴィッセルの逃げ切りに貢献した。
 まず日髙だがバイタルスペースを埋める動きで、鹿島の縦への攻撃を食い止めた。このポジションはボール保持時には最終ラインからの出口となりつつ、攻撃の起点ともなることが求められる。そしてボール非保持時には脇のスペースを狙ってくる相手に対応しつつ、井手口がボランチの位置まで戻ってくる時間を作り出すという難しい役割を担っている。普段のトレーニングでもやっているとはいえ、強い圧力を受ける特殊な試合で、途中からプレーすることは決して易しいことではない。しかし、日髙はすぐにピッチに溶け込み、その役割を全うした。この試合で日髙はチームから求められていることを正確に理解し、攻撃への関与を最小限に抑えていたように思う。その中で見事なカバーリングを見せ、自陣での守備を助け続けた。そしてボール保持時には後ろに戻れる位置を保ちつつ、密集の中からボールを脱出させる動きに関与するなど、攻撃面でもチームを助けた。
 こうした日髙の動きは技術面での能力だけではなく、状況把握能力の高さもあればこそだ。
 一方の山田だが、こちらは192㎝という長身を活かしたプレーで、ゴール前に入ってくるボールを跳ね返し続けた。今季がJリーグ1年目の山田にとっては、タイトルのかかった試合で、さらに多くのライバルが恐れる鹿島サポーターの作り出す雰囲気など緊張することだらけだったとは思うが、その中でも大きなミスなくプレーできたことを高く評価したい。特に後半、短い時間に連続失点を喫した場面では焦りも生じたことと思うが、周囲の選手と気持ちを合わせて、その後の失点を許さなかったことは、今後に向けての自信となるだろう。
 試合後に大迫は「彼らがこうした試合を経験できたことは、チームにとっての財産だと思う」とコメントしたが、正にその通りだ。同時にこの言葉は、エースが彼らに寄せている期待の表れでもある。

失点
 この日の試合でヴィッセルは2失点を喫した。中でも最初の失点シーンには、今後ヴィッセルが改善すべき事柄が含まれていた。その意味でもこの失点シーンを再確認しておく。
 プレーの始まりは68分のスローインだった。そこからの流れでボールを受けた小池龍太がヴィッセルの左サイドから入れたクロスは中央で山田がクリアしたものの、態勢が十分でなかったため再び左サイドに流れた。これを拾ったレオ セアラがゴール前に速い横パスを入れた。これに対してファーサイドで酒井の背後にポジションを取っていた林晴己が飛び込み、ゴールに流し込んだ。
 この場面には2つのポイントがあったように思う。1つ目は山田の動きだ。クロスに対して動き出した山田と競っていたのは徳田誉だった。動き出しは徳田の方がやや早かったように思うが、それでも山田は徳田の前に身体を入れた。クロスボールは速く低かったため、山田は胸で角度を変えて権田に戻す、あるいはゴールラインを割りたかったのだと思う。しかし徳田と競っていたため、山田は身体をコントロールしきれなかったように見えた。ひょっとすると山田はそのまままっすぐにボールを跳ね返したかったのだが、徳田と接触したことで身体が回転してしまったのかもしれない。その結果として徳田の前に出る格好になり、胸に当たったのだとすれば「運が悪かった」という他ない。いずれにしてもこの場面では、まず相手の動きをコントロールしなければならなかった。山田はまっすぐにボールに向かって動いたのだが、こうした場面ではマテウス トゥーレルなどが良く見せるように、最初から相手を押し出すように動く方が効果的であるように思う。まずは相手の動きを制限した上でボールに向かうことを覚えてほしい。
 2つ目のポイントはファーサイドの守り方だ。小池がクロスを入れたとき、ヴィッセルの守備でもっとも外側に位置していたのは酒井だった。そしてゴールを決めた林は、酒井の2mほど背後にポジションを取っていた。小池のクロスに対して、酒井はボールを見なければならないため、背後の林に対してはノーマークだった。そこから飛び込まれたわけだが、問題は小池がクロスを入れた時の配置だ。ボールサイドでの人数は4対4となっていたのだが、井手口と郷家はボールに関与できる位置にはいなかった。要は「ニアに厚く、ファーに薄い」守備になってしまっていたのだ。これは試合中の流れもあるため、一瞬で解決する問題ではないが、クロスに対してファーの選手が飛び込む形での失点が過去の試合でも複数回見られた事象であることを思えば、この点はチームとして何らかの解決策が必要であるように思う。

収穫の多い4カ月
 シーズン移行に伴って生まれた「空白の4カ月」ではあったが、ヴィッセルにとっては実り多い期間だったように思う。百年構想リーグ優勝という事象も素晴らしいが、それ以外にも収穫はあった。その1つが過密日程の経験だ。
 この4カ月の間、多くのライバルチームは百年構想リーグだけを戦っていたが、ヴィッセルは並行してAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)も戦わなければならなかった。通常のJ1リーグ開催時期であれば、ライバルチームはリーグ戦と並行してJリーグカップや天皇杯を戦うのだが、今回の百年構想リーグの期間にはそれがなかったため、コンディション面の差は大きかったように思う。しかしヴィッセルがこの先、アジアの頂点を目指し、Jリーグを代表する強豪クラブであり続けるためには、こうした過密日程とそれに伴うコンディションの差を「常態」として受け入れていかなければならない。今季がその予行演習だったとすれば、選手はもちろん、クラブとしてもどの程度の強度を維持しなければならないかをつかむことができたという意味において、良い経験だったように思う。
 2つ目の収穫はACLE・ファイナルズの経験だ。今回は中東情勢の影響もあり変則的な開催となったが、その結果、ヴィッセルは中東の強豪クラブとアウェイで戦うという経験を積むことができた。ヨーロッパの強豪にも引けを取らない巨大戦力を誇る西アジアの強豪クラブの底力、そして恐ろしいまでの完全アウェイの雰囲気を体験することができたのは、ACLE26/27を戦う上で大きな意味を持ってくるだろう。この経験によって選手たちも「アジア制覇」という言葉を、よりリアリティーを持って捉えることができるようになったのではないだろうか。
 3つ目の収穫は選手の成長だ。スキッベ監督は過密日程を戦う中で、多くの選手を起用した。そして多くの試合で主力選手たちの中に若い選手を加えていくことで、トップチームが必要とする強度やスピードを若い選手たちに体験させた。その中から、この日の試合で存在感を放った日髙や山田、そして濱﨑健斗など、未来のヴィッセルを担うであろう選手たちが登場した。特に日髙などは、今季に入って出場機会を激増させた。しかも大事な局面での起用が多かったため、明らかにプレーレベルが上がった。
 4つ目はチームの成長だ。既に様々な場所で報道されているが、今回のプレーオフに臨む前、大迫や酒井がスキッベ監督に直談判し、チームは4バックへの回帰を果たした。ACLE・ファイナルズから帰国以降、疲れや扇原貴宏の戦線離脱もあり、ヴィッセルは明らかに調子を落としていた。その状況を打開するためスキッベ監督は3バックを採用したが、これは守備を安定させた代償として、攻撃の流動性を低下させた。この状況を見て大迫や酒井はスキッベ監督と話し合いを行ったのだが、選手と監督がチームを強くするという共通目的を持った上で、真剣に向き合ったということに価値があると思う。結果としてプレーオフ1戦目で見せた戦い方は、それ以前の4バック採用時よりも精度も高く、力強かった。
 日程的には厳しい4カ月間ではあったが、ここでヴィッセルはACLE26/27の出場権も獲得することに成功した。こうした具体的な成果以外でも、ヴィッセルにとっては大きな意味を持った4カ月間だったように思う。

バージョンアップ
 昨年のJ1リーグホーム最終戦終了後に行われたファイナルセレモニーの中で、あいさつに立った三木谷浩史会長は「バージョンアップへの意欲」を口にした。この4カ月間はそこに向けての助走期間だったように思う。スキッベ監督がチームにもたらした攻撃時の自由は、選手たちのプレー幅を広げた。しかしそれはまだ再現性という意味において、決して高いものではない。安定した結果が求められるプロとしては、やはり再現性にはこだわらなければならない。その上で改善すべき点を考えれば、やはりそれは自分たちでボールを動かす術を身につけるということになるだろう。そしてこれは待ったなしの状況にある。
 8月に開幕を迎えるJ1リーグ26/27からは、よりスピーディーな戦いが求められる。スローインやゴールキックの時間制限といった「リスタート迅速化」の新ルールは、ハイプレスを軸とするヴィッセルに大きな影響を与える可能性が高い。これに対応するため、ヴィッセルが身につけるべき課題は3点ある。
 1つは「より明確なゲームマネジメント」だ。試合が止まる時間が減る中では、90分間4-2-4のハイプレスを維持することは難しくなる。そのため局面によってはプレス強度を落とし、全体でブロックを組んで守る時間も必要になる。これをどのタイミングで使い分けるか、その指示は誰が出すのかまでを明確にしておかなければ、相手に攻め込む隙を与えることにつながりかねない。
 2つ目は「イメージの共有」だ。プレーの止まる時間が大幅に短縮される可能性があるため、プレスを敢行するための形を整える時間が激減する可能性が高い。その中でハイプレスを敢行するとなると、即興性が選手たちには求められる。時には、本来自分に課されている役割とは異なる動きを取る必要も生じるだろう。要はより全ての選手が同じ絵を描けるようにならなければ、ハイプレスとは無関係に、チームとしての戦いを維持することが難しくなるということだ。
 3つ目は「控え選手の底上げ」だ。アクチュアルプレイングタイムが延びるということは、フィールドプレーヤーは心拍数の高い状態を続けることが求められるということになる。当然選手たちの体力消耗は、これまで以上に激しくなる。そのため選手交代の重要性は、これまでになく高まるだろう。こうした中でACLEとJリーグを両立させるためには、主力選手にとって変わることのできる選手の育成が求められる。さらに言えば交代カードを切るタイミングも重要になる。より効果的な交代を行うことができなければ、安定した成績を残すことは難しくなるだろう。
 こうした事態に対処するためにも、ヴィッセルの選手たちには「自分たちでボールを動かす術」を身につけてほしい。自陣の低い位置からでも正確につなぎながら前進し、ゴール前に圧力をかけていく術も身につけてほしい。逆にこのルール変更に素早く対応することができれば、それはライバルたちに対する大きなアドバンテージとなる。
 サッカーが大きく変わる中、8月に開幕するJ1リーグがどのようなリーグになるのかは、現時点では全く想像がつかない。しかしいずれにしてもヴィッセルには、その中でも結果を残し、「アジアの強豪」となってほしい。
 この4カ月の間にヴィッセルが見せた成長力は素晴らしいものだった。ACLEベスト4、そして百年構想リーグ優勝という実績はサポーターにとっても誇りだ。この激闘を戦い抜いた選手たちには最大限の敬意を表したい。まずは激闘の疲れを癒すことが先決となるだろうが、その後はチーム・個人ともバージョンアップを果たさなければならない。
 2か月後、どのようなヴィッセルを見ることができるのか。今はそれを楽しみに待ちたいと思う。

今日の一番星
[権田修一選手]

この日の結果だけを見れば0-2での敗戦であり、一番星は選出しないのだが、この日の試合は180分間の後半と考え、逆転勝利を狙う鹿島の狙いを無効化した権田を選出した。本文中でも触れたが、鹿島のゲームプランは早い時間に先制するという点にあった。その意味で2分に訪れたチャンスを決められなかったことは、鹿島にとっては痛恨の極みといったところだろう。このシーンは本文中でも触れた11分のシーンと酷似している。始まりはジエゴのロングスローだった。ここからの流れで鹿島の選手がラフに蹴り出したボールに走りこんだのはレオ セアラだった。レオ セアラは並走した酒井をペナルティエリア内で外し、GKとの1対1を作り出した。この時権田はニア側に立っていたのだが、レオ セアラがファーを狙うことを予期していたかのように跳び、これを弾き出した。もしこのゴールが決まっていれば、鹿島のムードは一気に高まっていたことだろう。また権田は82分にもビッグセーブを見せた。植田直通が中央から蹴りこんだボールがファーサイドに飛び、ここにポジションを取っていた酒井の頭を越えた。その背後から林が飛び込んできたのだが、これも権田が巧く弾き出した。この試合ではビッグセーブにばかり目が向いてしまうが、権田が試合を通じて正確なキックを蹴り続けたことも高く評価したい。難しい体勢からでも確実に前に蹴り続け、サイドを狙ったボールがタッチラインを直接割った場面は皆無だった。試合後には「チームとしてやらなければいけないことが明確になった」と、来季への課題を口にし、既に視線を先のシーズンに向けていることを窺わせた。第1戦での大迫、そしてこの試合での権田と、攻守双方のベテラン選手がチームを救い、前に進むよう促す。酒井を含めたこうした熱いベテラン選手の存在が、ヴィッセルの貴重な財産であることを改めて示した。どんな時も冷静に対処できる経験と、チームを最後方から鼓舞する熱い魂を持つ「GK陣の生きる教本」に敬意を表して一番星。