
再びアジアの舞台へ
Jリーグが「春秋制(2月〜12月)」から「秋春制(8月〜翌年5月)」へとシーズン移行を行うにあたり、調整期間となる2月から6月の空白を埋めるために設定された「明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)」における地域ラウンドが、この週末で終了を迎える。ヴィッセルはこの日の勝利によって西地区の首位を確定、プレーオフラウンドにおいて、東地区首位の鹿島と優勝をかけて戦うこととなった。そしてこの日の勝利により、ヴィッセルはAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)26/27への挑戦権をつなぎとめた。
大会規模の拡大によって、ACLE26/27ではJリーグからの出場枠が「ダイレクト3枠」と「インダイレクト(予選ステージ出場)2枠」の計5チームへと増加した。出場クラブの決定に際してのルールは細かく定められているが、現時点で確定しているのは以下の3クラブだ。
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ダイレクト枠:鹿島、柏
インダイレクト枠:G大阪
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百年構想リーグの優勝チームにはダイレクト枠が与えられるため、ヴィッセルが鹿島に勝利すればダイレクト枠での出場となる。万が一、ヴィッセルが準優勝に終わった場合には、昨季のJリーグにおいて3位となった京都がダイレクト枠に入り、ヴィッセルはインダイレクト枠にまわることになる。ダイレクト枠での出場を願っているのは当然だが、大事なのはヴィッセルが3大会連続でのアジアNo.1への挑戦権を手に入れたという点だ。これは大きな成果と言うべきだろう。
日本を代表する演出家の蜷川幸雄氏(故人)は生前、若手俳優たちに対して「とにかく舞台に立ち続けろ、恥をかき続けろ。そうしなければ役者として本物にはなれない」と言い続けたと聞いたことがある。「舞台上にいなければ成功はない」という趣旨の言葉ではあるが、本質をとらえていると思う。ヴィッセルがアジアの頂点を狙うためには、ACLEに出場し続けなければならない。その中では悔しい思いもするが、そのピッチに立ち続けなければ、頂点に立つことはできない。そしてACLEに出場するためには、常にJリーグで優勝を争う立場にいる必要がある。これは口で言うほど簡単なことではない。長距離遠征を伴う海外クラブとの試合をJリーグと並行して戦うことは、確実に選手を疲弊させる。ACLEが「クラブの力が試される」と呼ばれる所以は、そこにある。
この日の試合後に武藤嘉紀は、ACLE後の過密日程について「考えることができないくらい疲れていた」と吐露した。代表経験や海外リーグなど、様々なキャリアを積み重ねてきた武藤をして「苦しかった」と言わしめるほど、ACLEとJリーグの両立は難しい。それでもこれをヴィッセルが成し遂げたのは、「もう一度アジアの舞台で戦い、リベンジを果たす」という強い気持ちを、全ての選手が持ち続けた結果だ。そしてクラブも全力でそれを後押しした。多忙を極める三木谷浩史会長が、この日福岡のスタジアムを訪れたのは、その象徴とも言える。そしてサポーターも選手たちを鼓舞し続けた。アウェイゲームにもかかわらず、ゴール裏を埋め尽くしたヴィッセルサポーターの姿は圧巻だった。
この日の試合でヴィッセルが見せた姿は、様々な経験を積み重ねたクラブの成長を体現していたように思う。

緊張
この日の試合に西地区1位がかかっていたヴィッセルに対して、福岡がモチベーションを保ちにくい状況にあったことは事実だ。試合前の時点での福岡の順位は9位。百年構想リーグには降格がないため、この日の試合に対する目的意識という点においては、ヴィッセルが上回っていたことは間違いない。しかし蓋を開けてみれば、最初にペースを握ったのは福岡だった。ホーム最終戦ということも影響していたのかもしれないが、積極的に前に出るサッカーでヴィッセルを押し込んでいった。福岡の攻撃は見事だったが、こうした流れになった理由はヴィッセルの側にあったと見るべきだろう。キックオフ直後から、ヴィッセルの選手の動きには固さが目立っていた。縦につなぐボールが相手に引っかかる、トラップが大きくなりボールをコントロールしきれない、といった状況が散見された。
ヴィッセルの選手がこうした状態に陥った原因が「勝たなければならない」という、過度のプレッシャーにあったことは間違いないだろう。これは福岡の選手へのリスペクトを持ったうえで言うのだが、両チームのメンバーを比較したとき、能力的にはヴィッセルの側に分があったことは間違いない。しかしそこにプレッシャーという要素が加わったことで、ヴィッセルはその差を活かすことができなくなった。こうした状況は決して珍しいことではない。
古い話で恐縮だが、昭和48年のプロ野球において阪神タイガースが同様の状況に陥ったことがある。1つ勝てば優勝という状況で迎えた中日ドラゴンズ戦で阪神の前に立ちはだかったのは、後に阪神や楽天イーグルスなどで監督を務めたエースの星野仙一氏(故人)だった。既に自軍の優勝可能性は消滅していたこともあり、星野氏は「もう好きに打て」と思いながら投げたというが、阪神の選手は明らかに緊張しており、凡打を繰り返した。終わってみれば星野氏は完投勝利を挙げ、結局阪神はこの年、優勝を逃した。
適度な緊張はパフォーマンスを高めるが、過度な緊張は実力を発揮できなくするということは広く知られている。そのメカニズムについては、心理学やスポーツ科学の分野で研究が進み、過度なストレスによる自律神経の暴走と脳の機能低下が身体と心に変化をもたらすためとされている。脳内で論理的思考を司る前頭前野の鈍化、交感神経の過剰優位による筋肉の硬直や視野の狭窄、心拍数の急上昇による疲労といった状況が発生し、パフォーマンスを低下させているのだという。
参考までに、過度な緊張から逃れる方法も紹介しておく。筆者の知人である医師によれば思考を変えるのではなく、自律神経を強制的にリセットすることが有効とされているそうだ。よく知られている「長く時間をかけた深呼吸」などは、息を吐く時間を長くすることで暴走している交感神経を抑え、副交感神経を優位にするために効果的だという。その上で身体を大きく動かすことで、脳が感じる「失敗の恐怖」から自らを解放することで、ある程度思い通りに身体を動かすことが可能になるようだ。
話を試合に戻す。序盤の福岡は、ヴィッセルの隙を突くように積極的に前に出てきた。2分には見木友哉が後ろ向きに蹴った浮き球を、最終ラインの裏に抜け出した辻岡佑真が左足で合わせた。至近距離からのシュートのような形になったが、これは3試合ぶりの先発起用となったGKの権田修一がキャッチしたが、この流れが福岡の勢いを加速させた。4分にはカウンターで見木からのボールを受けた藤本一輝がドリブルからミドルシュートを放ち、7分には碓井聖生が中央右からミドルシュートを放つなど、ヴィッセルゴールに次々と襲い掛かってきた。これらの攻撃はヴィッセルの守備陣が防ぎ続けたものの、そこからのパスをつなぐことができないため、試合序盤は「守るヴィッセル」対「攻める福岡」という図式となった。
解放
ヴィッセルの選手から固さが取れるきっかけとなったのは23分のプレーだったように思う。北島祐二が蹴った右CKは、ファーサイドでンドカ ボニフェイスが頭でクリアした。これが中央左寄りにポジションを取っていた山脇樺織のもとに飛び、山脇は右足でボレーシュートを放った。鋭い弾道のボールがヴィッセルのゴールネットを揺らしたが、これは山脇のシュートが見木の腕に当たっていたため「攻撃側のハンド」としてゴールは取り消しとなった。ヴィッセルにとっては九死に一生を得た場面だったが、このビデオ判定を待つ間にヴィッセルの選手たちはそれぞれ集まり、話し合っていた。ここまで福岡に押し込まれる展開が続いていただけに、この時間はヴィッセルにとって大きな意味を持っていたように思う。このプレーをきっかけに、ヴィッセルのボールが少しずつではあるが、前へと動くようになった。
この対応こそが、ヴィッセルの強さでもある。試合が中断した時間に話し合うのはどのチームにも共通していることだが、それを即座にプレーに反映できるのは選手の力量があればこそだ。具体的には無理に縦に差し込むのではなく、確実にボールをつなぎながら、福岡の出足をかわしていくというプレーを確認したように思う。
勝利が必要とされた試合特有の緊張感については前段で記したとおりだが、決定的なピンチがショック療法的な効果を発揮したのかもしれない。ここでヴィッセルが息を吹き返したとすれば、福岡にとっては皮肉な結果だったという他ない。
ヴィッセルが息を吹き返したとはいえ、その後も試合の主導権が福岡にあったことは認めざるを得ない。福岡が見せたスピードを活かした縦の突破はシンプルではあったが、ヴィッセルはその対応に追われた。このシンプルな攻撃に苦しんだ理由は2つあるように思う。1つはコンディションの差だ。ヴィッセルが中5日でこの日の試合に臨んだのに対して、福岡は中12日と倍以上の開きがあった。ヴィッセルがACLEから帰国後連戦をこなしてきたことを考え併せれば、両チームのコンディションには明らかな差があったと見るべきだろう。もう1つは気温だ。26.6度というのがこの試合の気温だが、日差しも強く、ピッチ上の体感温度は30度近いものだったと思われる。これは両チームにとってのネガティブファクターではあるが、コンディションの差と併せて考えると、ヴィッセルにより不利に働いていたことは想像に難くない。
こうしたコンディションに差がある中では、この日の試合で福岡が見せたようなシンプルだがスピーディーな攻撃は、効果を発揮する。これがボールをつないでくるテクニック重視の攻撃であれば、ヴィッセルには違った守り方もあったと思うが、結果的にヴィッセルの選手たちは何度もアップダウンを繰り返すこととなり、その疲れがプレー精度の回復を阻害するという難しい展開に持ち込まれていたように思う。
先制
福岡が主導権を握っていた試合ではあったが、ヴィッセルは先制点を奪うことに成功した。前半アディショナルタイムの45+5分にジエゴが右から投げ入れたロングスローは、ニアにポジションを取った佐々木大樹の頭を正確に捉えた。佐々木はこれをファーサイドの大迫勇也に流したが、大迫と競った上島拓巳が跳ね返した。左にこぼれたボールに反応したのは武藤だった。武藤はこれを追ってきた北島を見ながら時計回りにターンし、左足でクロスを入れた。そして中央でこれに合わせたのは、背後から走りこんできたマテウス トゥーレルだった。
このゴールを奪ううえでは、4つのポイントがあった。1つはジエゴのロングスローだ。このところヴィッセルの得点源となりつつあるジエゴのロングスローだが、弾道は低く、コントロールも正確だ。それによってペナルティエリア内のポジショニングを活かすことができるため、ファウルが許されない相手守備にとっては、守りにくいものとなっている。
2つ目のポイントは大迫と佐々木の存在だ。トゥーレルが背後から飛び込んでくる前、福岡のゴール前で相手の間に入り込んでいたのは大迫と佐々木だった。武藤がクロスを蹴る際には、福岡の選手5人がゴール前を固めていたが、彼らは大迫と佐々木の存在に引っ張られていたため、背後から飛び込んでくるトゥーレルに対しては無警戒だった。クロスを入れた武藤と合わせた彼ら3人は高さ、強さ、技術を兼ね備えている。そのため相手の守備を引っ張り出すことができる。
3つ目のポイントは武藤の動きだ。武藤は左に流れながらボールを拾った後、追ってきた北島を見ながら、マイナス方向に目を向けた。そのため北島は飛び込むのが一瞬遅れ、その間に武藤はターンし、クロスを入れる態勢を整えた。この武藤の動きこそが、相手を目でコントロールするプレーだ。北島と目を合わせたうえで、目線を意図した進行方向とは異なる方向に向ける。これだけのことで、一瞬の間を作ることができる。シュート技術だけではなく、こうした細かなテクニックを持っている武藤の存在は、ヴィッセルにとって大きな武器となっている。
そして4つ目のポイントは広瀬陸斗のセンスだ。武藤がマイナス方向に目を向けることができたのは、左ペナルティエリア角近くに広瀬が立っていたためだ。そしてここに広瀬がいたことが、北島に迷いを生じさせた。ジエゴのロングスローが入った時、広瀬はペナルティエリア外でこぼれ球に備えていた。そして上島が弾いたボールを追ったのだが、武藤が追いつき、その武藤に北島が寄せていったのを見て、ポジションを決めていた。そこは武藤からのボールを受けることができる場所であったのと同時に、北島がカウンターを狙う際に蹴るであろうコース上でもあった。広瀬は武藤からの逃げ道となると同時に、相手のカウンターを潰すことができる、攻守両面を見据えたポジションを取っていたのだ。
先制点の意味
試合後の会見で福岡を率いる塚原真也監督は開口一番「前半の最後のプレーがすべてを物語っていると思います」と語った。試合を通じて福岡はゴールに迫る形を作っていただけに、最後の仕上げの差を痛感したのだろう。福岡の最終ラインを統率し、大迫に対して競り続けた上島は「あのゴールが試合を難しくした」と言いつつも、ワンチャンスを決めたヴィッセルにしたたかさを感じたかという質問に対しては「結果論で言えば、そうなるのかもしれません。でも十分に勝ちにもっていけるゲームだったと僕自身は思っていますし、神戸さんとしても、内容はともかく結果が得られて良かったと感じるようなゲームだったのではないでしょうか」と答えた。この言葉の裏側には、試合内容では負けていなかったという上島の思いがある。
この上島の言葉は自分たちへの評価ではあるが、ヴィッセルというチームを正確に言い表しているようにも思う。試合を通じて「ヴィッセルらしいプレー」を発揮する場面は少なかったが、その中でも結果を残すというのが、真の意味での「ヴィッセルらしさ」なのかもしれない。どんなチームにも好不調の波は訪れる。ヴィッセルがサウジアラビアから帰国以降、思ったような試合運びを見せることができていないことは事実だ。しかし帰国後に続いた連戦の中でも大事な試合では結果を残してきたからこそ、3大会連続となるACLE出場権獲得は成った。状態が悪い中でも結果を残すということを示したこの先制ゴールは、ヴィッセルの底力を示したゴールでもあったように思う。

攻撃のズレ
ミヒャエル スキッベ監督はこの日の試合に、3試合連続となる3-4-2-1のフォーメーションで臨んだ。以前にも書いたことだが、スキッベ監督がこの形を採用したのは5レーンを埋めるためであるように思う。強制的に5レーンの中に選手たちをはめ込むことで、サイドからの攻撃に備えるという狙いがあったのだろう。またアンカーの扇原貴宏の戦線離脱によって、従来の4-1-2-3が機能していないという判断もあったと思われる。これによって守備が落ち着きを取り戻したことは確かだ。しかしこのフォーメーションと選手の動きが、まだ合致していないように思う。
この日の試合で大迫には、高さと強さを武器とする上島が徹底的にマークについていた。ヴィッセルとの試合に際しては「大迫選手を抑えたい」と公言している上島は、その言葉どおりにフィジカル勝負で大迫と競り続けた。そして空中戦では一定の結果を残した。この日の試合でヴィッセルの攻撃が機能しなかった背景には、この「大迫対上島」があったように思う。ここで重要なのは大迫にボールを入れた後の配置だ。
昨季以前、4-1-2-3のフォーメーションにおいて大迫にボールを入れた場合、その周りでボールを拾うのはインサイドハーフの2枚が中心となっていた。しかしライバルチームによる大迫へのマークが厳しさを増す中で、大迫の周囲にはウイングも入ってくるようになった。この動きではボール周辺が厚くなってしまい、サイドにスペースが生まれてしまう。結果としてサイドはサイドバックが1枚で守らなければならなくなってしまい、バランスを欠いた。
大迫にボールを集中させるという構図は、今でもヴィッセルの戦いにおいて、1つの柱となっている。大迫の能力を考えれば、当然だ。しかし大迫にボールを入れた後、その近くに人を集めていくというのは非効率的だ。前記したように3-4-2-1は5レーンを埋めるための配置であるためだ。このフォーメーションが持つ力を最大限に発揮するためには、5レーンを埋める状態を維持しながら、相手を押し込んでいくようにボールを動かしていかなければならない。最近の戦いでは、大迫がポジションを落としてボールを受ける回数を増やしている。これは相手の狙いを外すための動きだ。であるならば、その時点で3-4-1-2のような形として維持しなければならない。5レーンを埋めた攻撃においては、ボールホルダーを扇の要として、相手ゴール方向に向けて広がっていく形を作り、相手を自分たちの中に閉じ込めることが肝要だ。大迫が下がってボールを受けるのであれば、そこからはトップ下のような配球を期待し、相手ゴール前での厚みを作ることに集中しなければならない。
しかしこの日の試合では巧くボールを運べなかったこともあり、大迫にシンプルにボールを入れ、その近くに人が集まってしまう場面が目立った。これがボールを奪取できなかった際、福岡にカウンターの道筋を与えてしまっていた。そこからシンプルに縦にボールを動かされ、ヴィッセルは戻って守備をするという場面が増えた。その結果、この試合ではボール奪取位置が低くなった。
攻撃に厚みを持たせるという、今季取り組んでいるテーマをモノにすることができれば、それは即ち、大迫の負担軽減にもつながる。そしてそれは、ACLEを含む過密日程を戦いながら結果を残すための方策でもある。
こうした問題解決のヒントは、トゥーレルがこの試合で見せた動きにあった。後半トゥーレルが自分でボールを前に運ぶ場面が2度ほど見られた。そしてその時には、福岡の守備は混乱を見せていた。それはトゥーレルが自陣からボールとともに前進してくるという想定がなかったためだろう。トゥーレルの前に出る動きに対して、誰が捕まえに行くのかがはっきりせず、福岡の守備の形は確実に崩れていた。そして大事なことは、この動きの中でヴィッセルの布陣は維持されていたということだ。これはどんなフォーメーションにも共通していることだが、選手のポジションはボールの位置、味方の位置、そして相手の位置から定めなければならない。それはサッカーが「侵入型チーム球技」であるためだ。バスケットボールやハンドボールが同種の競技だが、こうした競技では相手と同数で戦う以上、ポジションを崩した方が不利になる。「前が空いたらボールホルダーは前進、相手が寄せてきたら引き付けてリリース」という言葉は、相手の布陣を崩すための第一歩だ。今のヴィッセルにおいて最も欠けているのは、この「自らボールを運んでいく動き」であるように思う。
鹿島との対戦で3バックを継続するのかは、不明だ。しかしいずれにしても、ヴィッセルが意識すべきは「攻撃時に厚みを持つこと」、そしてボール非保持時には「高い位置でボールを奪う」ことだ。従来の4-1-2-3に3-4-2-1を加えつつあることは、戦いの幅を広げるという点において有効な策ではあるが、そこに通底するコンセプトの維持を忘れてはならない。
守備の改善点
この試合を見て感じた守備の改善点は2点だ。1点目は左サイドの守り方だ。
この日の試合でも、左センターバックにはカエターノが起用された。左利きという特徴を考えれば、カエターノはビルドアップ時に大きな戦力となる。しかし守備においては、福岡の狙いどころとなっていたように見えた。それはカエターノの守備がスペースに対する守りが主であり、人を離す傾向があるためだったように思う。福岡の攻撃において起点となっていたのは、左シャドーの藤本だった。スピードに乗ったドリブルでボニフェイスを引っ張り出すように仕掛け、それに合わせて中央の碓井、あるいはもう1人のシャドーである北島、右ウイングバックの山脇らが逆サイドでカエターノの近くでプレーするように動いていた。この動きに対しては、カエターノと同サイドのジエゴが戻り、守備の厚みを維持することで対応していた。しかしこれは、ジエゴの特徴であるボール保持時に前に出るパワーを削いでしまう。もし3バックを維持していくのであれば、カエターノはもう少しだけ人に対して強くいく守備を見せる必要があるのかもしれない。
そしてもう1点はボールを運ぼうとする相手に対する守り方だ。この日の試合では前進しようとする相手の前で足を出した時点で、その横を抜かれるという場面が散見された。その最大の理由は、足で止めにいったためであったように思う。相手がドリブルで前に出ようとしているところに足を出してしまうということは、自分の重心だけが固定された状態でもある。ここでボールに届かなかった場合には、そのまま前に行かれてしまう。やはり身体を面として使い、進路をスクリーンするという動きで追い込んでいくのがベターだったように思う。これは攻撃が巧く運んでいなかったことから生じる焦りもあったのかもしれない。
それでも最後の場面では全体が素早く戻るというヴィッセルの特徴を活かし、守りを固めていたが、ボール奪取からの攻撃という視座に立ったとき、相手の仕掛けに対しては落ち着いて守る必要があったように思う。

影のMVP
この日の試合で特筆すべき動きを見せた選手が2人いる。それは井手口と権田だ。
古巣対戦となった井手口だが、この日の試合でも超人的な運動量で、ピンチの芽を摘み取り続けた。井手口はこの日の試合でも、両チームを通じて最長となる走行距離(11.39km)を記録した。そしてスプリント回数21回も、武藤と並び両チームで最多だった。正直に言ってパスミスは何度か見られたが、それでもこの運動量を活かし、自陣深くまで戻って守備をすることができる井手口の能力は、ヴィッセルの守備を支えている。
また権田だが安定したセーブでチームを救った。特に相手のシュートを弾き出す場面での方向は見事だった。シュートを打たれる前に、相手の配置を確認しているからこそ、弾き出す方向を間違えないのだろう。さらに試合終盤、福岡が圧力を強めた時間帯には、ゴールキックに時間をかけて、相手を苛立たせた。それは遅延行為による警告を受けないギリギリのプレーだった。経験をプレーに落とし込むことのできる権田の存在は、苦しい時間帯に最後方からチームを鼓舞した。
頂上決戦に向けて
試合後に武藤は「内容は不甲斐ないものだったと思います」と、この日の試合が思い通りに運ばなかったことを認めた。その上で「今日は勝つことが大事だった」と、結果だけを求めた試合であったことを強調した。この言葉通りだ。相当のプレッシャーがかかる中で、結果を出すことができたこの日の試合は、ヴィッセルの底力を改めて示した試合だったとも言えるだろう。そしてこの先には、さらに大きなプレッシャーのかかる試合が待っている。東地区を圧倒した鹿島との戦いだ。
鬼木達監督のもとで強さを取り戻してきた鹿島には、ヴィッセル同様に能力の高い選手がそろっている。大迫同様に前線での万能性を発揮している鈴木優麿を軸とした攻撃には厚みもあり、一瞬たりとも気が抜けない。スキッベ監督は「まずは鹿島を分析することから始めます」と試合後に語ったが、鹿島攻略のためにどんな引き出しを開けて、我々に見せてくれるのか今から楽しみだ。そのスキッベ監督が作戦を立てるうえで基本となっているのが、ヴィッセルの選手たちのクオリティーだ。ここまでの試合の中で、スキッベ監督は何度も「選手たちが見せてくれたクオリティーに感謝している」という表現を使っている。期待通りの質の高さを見せてくれる選手がそろっているからこそ、様々な引き出しを開けていくことができるということなのだろう。
頂上決戦の初戦は、ヴィッセルのホームゲームとして行われる。特別大会である百年構想リーグ王者という「唯一無二の称号」を、ヴィッセルファミリーの力で勝ち取ってほしい。そのためにもサポーターの皆さんにはクリムゾンレッドでスタジアムを染め上げ、ヴィッセルファミリーの「一致団結」した姿で選手たちを後押ししてほしい。


