覆面記者の目

明治安田J1百年構想リーグ 第16節 vs.岡山 ノエスタ(5/10 14:00)
  • HOME神戸
  • AWAY岡山
  • 神戸
  • 0
  • 0前半2
    0後半1
  • 3
  • 岡山
  • 得点者
  • (28')鈴木 喜丈
    (43')江坂 任
    (89')木村 太哉



今起きていること

 0勝2敗2分(1PK勝、1PK負)。これがAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)・ファイナルズから戻って以降に行われた、明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)4試合におけるヴィッセルの戦績だ。そしてこの中で挙げた得点はわずか1。失点は9にものぼる。ちなみにACLE・ファイナルズ出発前に消化した百年構想リーグの試合は11試合。7勝1敗3分(1PK勝、2PK負)だった。この間の総得点数は22。失点数は10。ACLE・ファイナルズ前後で、別のチームになったのかと疑いたくなるほどの差がある。
  GKの権田修一はこの日の試合後、最近の不調の原因としてACLE・ファイナルズの影響を2点挙げた。1点目は選手間で生じている方向性の乖離だ。ヨーロッパの強豪チームにも引けを取らないような豪華布陣のチームと戦ったことで、原点回帰を志す選手と新しい取り組みを志向する選手の双方が混在している可能性を指摘した。もう1点は気持ちと動きの乖離だ。ACLE・ファイナルズに全ての力を向けた結果、心と身体がリンクしていないように見えるという。これらは権田個人の見立てではあるが、正鵠を射ているように思う。試合前日の会見で井手口陽介が「ACLEでは目の前の相手との個人勝負が多かったですが、こっちに帰ってきてからは、Jリーグは組織としていいチームがすごく多いので、1人での戦いではなく、チームとして相手と戦っていかないといけないと思っています」と発言したのは、権田と同じものを井手口も感じ取っているためであったように思う。
 権田も指摘しているように、あのような刺激的な戦いを経験したことで、ヴィッセルの選手たちの目線は確実に上がった。これは当然だろう。あの2試合でヴィッセルは、存分に力を発揮した。もちろん「あれを決めていれば」という場面もあったが、チームとして最高強度で戦い抜いたことは間違いない。しかし最後の壁は破ることができなかった。「次はここを乗り越える」。選手たちがそうした決意を固くすることは、常に上を目指すアスリートとしては至極当然のことだ。問題はそれを実現するための方法だ。チームとしてどういった道筋で、もう一度アジアの頂点に挑戦するのか。ここを明確に定めないままに動き出してしまうことは、目を閉じて旅に出るようなものだ。それでは「同じ車両」どころか「異なる路線」で動き出すことになってしまう。
 そしてもう一点権田が指摘した「気持ちと動きの乖離」だが、これはいわゆるバーンアウト(燃え尽き症候群)だろう。1970年代にアメリカの精神科医ハーバート フロイデンバーガーによって提唱されたこの症状は、やりきった状態と誤解されることが多いようだが、そうではない。これは期待した成果が得られず、いわゆる「不完全燃焼」のまま精神的に消耗しきった状態のことだ。こうした状況を脱するためのプログラムは心療内科などの分野では、ある程度確立しているという。かつて野球日本代表がWBCで敗れた際に聞いた話ではあるが、それを紹介する。
 まず最も大事なことは、選手の役割を改めて明確に示すことだ。それによって特定の個人に責任が集中しないような態勢を整える。その上で全員が考えを披瀝し、チームとして進むべき道を決定する。そして短期から中長期にわたる計画を立て、それに従い、再度目標設定を行う。
 これをヴィッセルに置き換えて考えてみる。ヴィッセルの場合、現時点での目標は明確だ。まずは百年構想リーグにて優勝し、ACLE26/27の出場権を獲得する。そのためには西地区で首位に立つ。現時点で首位に立つ名古屋との勝点差は3。しかしヴィッセルの消化試合数が1試合少ないことを考えれば、残り試合で勝利すれば勝点は並ぶ。となれば百年構想リーグの残り3試合で得失点差を埋めるような勝利を挙げる。これは既にチーム全体で共有されている。問題はそのための方法論の確立だ。
 試合後にマテウス トゥーレルは「チームの中で話し合うことが必要になってくる」としたうえで、「自分たちに矢印を向けて、直すべきところは修正して、しっかりと反省して、本当に自分たちの姿勢を変えないと、どの試合も勝てないと思う」と厳しいコメントを残した。ここでトゥーレルが言っていることは、まさに燃え尽き症候群からの脱出方法だ。だからこそチーム内で話し合う際には「犯人探しをするのではなく」、全員が今後の戦い方についての考えを伝えあい、チームとしての結論を出さなければならない。
 冒頭で紹介した権田によって指摘された2つの問題を解決するための方法論は共通している。今、ヴィッセルに最も必要なことはボールを使った練習ではなく、チームとして目標へのアプローチを明確化することだ。

守備時の問題
 今のヴィッセルが解決すべき問題点を整理してみる。
 まずは守備での強度回復、そのためのリスク管理の徹底ということになるだろう。この日の試合でもそうだったが、最近は先に失点を喫することが多い。それによってヴィッセルの選手たちには「早く追いつかなければ」という焦りの気持ちが生じる。それがプレーの精度を落としているように見える。攻撃的なサッカーがヴィッセルの持ち味であることは事実だが、それを支えるのは強固な守備であることを、選手たちには改めて認識してほしい。特に気になっているのが、ハイプレスをかわされた後のカバーリングだ。シーズン序盤には連動したプレスによって高い位置でボールを奪えていたように思うが、直近の試合ではそうした姿が減っているように思う。C大阪との試合でもそうだったが、ヴィッセルがプレスをかけたとき、相手選手は「ヴィッセルの選手がいないところ」に動く。これを複数の選手が同時に行い、ヴィッセルの選手を釣りだし、密集させる。それを待ってボールホルダーは「空いたスペース」にボールを動かす。この時、人数を補完するために、相手チームは前線の選手も中盤まで落とす。これによって「空いたスペース」を使う体制を整えている。こうしてフリーの場所でボールを持たれてしまうと、主導権は相手チームに移る。
 これを防ぐためには、チーム全体がもう少しコンパクトであることを意識したうえで、全体を高い位置に出していく工夫が求められる。もちろん相手を無視して闇雲に高い位置に出るのではなく、ボールがないところでも相手を押し込むように動かなければならない。これによってセカンドボールの回収率を高め、連続攻撃を行える体制を整えることができれば、ヴィッセルらしい「守備からの攻撃」は形を取り戻すのではないだろうか。
 ここで1つの疑問が生まれる。多くの主力選手が昨季以前からプレーしているにもかかわらず、ハイプレス後のカバーリングという問題が発生しているのはなぜだろう。その答えは選手配置の変化であるように思う。
 これまでヴィッセルの前線に君臨していたのは、エースである大迫勇也だった。この大迫はボール非保持時にも高い能力を見せる。それはプレスにいく際の見極めが優れているため、相手のプレーを制限するような角度でプレスをかけることができていた。しかし最近は大迫のプレー位置を意図的に落としている。その理由は2つだ。1つは大迫へのマークが年々厳しさを増していること。そしてもう1つは前線での組み立てを大迫が担うケースが増えているためだ。これは大迫の負担を減らしつつ、その能力を活かすといううえでは正しい選択だ。しかしその場合には、大迫に代わってファーストディフェンダーを務める選手がカギとなる。この日の試合で言えば、インサイドハーフで先発した郷家友太だ。郷家はスペースを埋めるという点においては、実直にそれを続けることのできる素晴らしい選手だ。しかしファーストディフェンダーとしての動きだけを評価した場合、真面目に相手選手にプレッシャーをかけようとしているのだが、大迫のような効果を生み出すには至っていないように思う。そのため、相手のパスコースを限定し切れないシーンも散見される。
 そしてもう1点、個々の選手のプレー以上に問題となるのがポジショニングだ。特にウイングの選手のポジショニングには、もう少し工夫が必要なように思う。ヴィッセルの戦い方においては、ボール非保持時には4-4-2に変化させる。ここで前線に立つのは、この日の試合で言えば大迫と郷家だ。そして右ウイングの武藤嘉紀と左ウイングの広瀬陸斗はサイドハーフへとポジションを変える。もう1人のインサイドハーフである井手口はアンカーの横に落ちる。これが原則だ。ボール非保持に変わった瞬間、この体制に変化するためには、ボール保持時に全ての選手が正しいポジションでプレーしていることが望まれる。今のヴィッセルにおいては、この部分に問題が起きているように思う。
 これを考えるうえで象徴的なのが武藤のポジショニングだ。縦への突破力、シュート技術などフォワードとして高い能力を有している武藤は、本来前線の中央でプレーする選手だ。そのため中にプレーエリアを求める傾向がある。それは取りも直さず得点を狙うためではあるが、これによって全体のバランスが崩れてしまうと、そこが穴となってしまう。この問題は昨季以前から見られた問題でもあった。しかし今季初め、この問題は解決したように見えた。武藤はサイドでポジションを取り続けていたのだ。それによってサイドバックを引き出し、内側にはインサイドハーフが入り込む形が整っていた。しかし直近の試合では、昨季以前と同じ状態に戻りつつあるように見える。
 繰り返しになるが、これは絶対に中に入ってはいけないということではない。しかしヴィッセルの基本布陣である4-1-2-3を活かすためにも、サイドバックとインサイドハーフとのバランスを取り続けなければならないということだ。逆に言えば、このバランスを整えた上で中に入っていくことができれば、それは武藤の得点機会を増やすことにもつながる。今季序盤、武藤が出色の活躍を見せていた背景には、このポジショニングの解決があったと、筆者は見ている。



攻撃時の問題
 次は「ボール保持時に生じている問題」について考えてみる。この日の試合では、試合序盤はヴィッセルが良いリズムでボールを動かしていた。20分頃まで、岡山はボールの取りどころを定めることができずにいた。さらに前線にボールを放り込もうとしても、それはヴィッセルに回収されてしまうため、ヴィッセル陣内で試合を進めることができない時間が続いた。試合後にミヒャエル スキッベ監督は、この時間帯に得点ができなかったことを悔やんで見せたが、問題はそれだけではないように思う。
 ここで問いたいのは、ゴールからの逆算で攻撃方法を組み立てているのかという点だ。この日の試合で岡山は、自陣の守備を固めることを優先した戦いを見せた。岡山を率いる木山隆之監督は「(J1昇格以降)これまで3度あったヴィッセルとの対戦では、勝ち負けを考える段階までたどり着けなかった」と試合前に語っていたが、ヴィッセルに押し込まれたときの迫力を知っているからこそ、守備ありきの戦い方を準備してきたのだろう。こうしたチームを相手にした場合、ブロックを崩すことは容易ではない。向かってくるボールに対して正対できる守備側が有利な位置に立っているためだ。ではどうするべきなのか。方法としては5つが考えられる。
 1つ目は基準点をずらすことだ。相手のブロックの外側でサイドを変えながら横に揺さぶり、相手のスライドが遅れるのを待つ。この時パスは「大きく速い」ことが望まれる。これで両サイドをフルに使い、相手の守備組織を広げる。
 2つ目は5レーンの隙間への侵入だ。ここで狙うべきはサイドバックとセンターバックの間、いわゆるポケットと言われる箇所だ。ここに一人飛び込むだけでも、相手守備にゴールとは異なる方向への守備を強要できる。
 3つ目はブロックの外からのミドルシュートだ。これによって相手守備を釣り出し、守備ラインとGKとの間にスペースを作り出す。これを実現するためには枠内、最低でも枠近くに正確に打つ必要がある。
 4つ目はコンビネーションによる崩しだ。狭い局面でのワンツーやブロック内に入り込んだ味方選手による落としを有効に利用することで、相手守備の逆をついていく。
 5つ目は疑似カウンターだ。相手の前で敢えてバックパスを使い、相手のブロックそのものを前に引き出す。その瞬間にできたスペースを衝く。
 アプローチとしてはこうした方法があるが、どれが優れているということはない。肝心なのはチーム内での統一された意思だ。「どうやって崩していくのか」ということが共有されていれば、それに応じて各選手の動きは自ずと定まってくる。しかしこれが定まっていない場合には、相手の前でボールを動かすことに終始してしまう。この日の試合ではリードを許していたこともあり、時間経過とともに選手個々のプレーがつながりを欠いていたように見えた。そのため折角相手陣内でボールを奪っても、2つめや3つ目のプレーにつながっていかない場面が散見された。試合後にトゥーレルが発した「自分たちの姿勢を変える」という言葉には、こうしたことも含まれているのではないだろうか。
 逆にこの日の岡山からは「統一された意思」が感じられた。自陣深くでしっかりと守り、そこから前線の選手を走らせる。シンプルではあるが、全ての選手がその意図を理解し、その通りのプレーを続けていた。岡山へのリスペクトを持った上で言うと、この統一された意思の力は、選手個々の能力差を超える。それがこの日のスコアだったように思われてならない。

第3の方法
 これまでヴィッセルは2つの武器で戦ってきた。それは大迫を使った前進。そして前線からの連動したプレスだ。しかしこれらは結果を残したがゆえに、相手の対策も進んだ。その中で大迫には厳しいマークがつき、前線からのプレスに対しては素早いボール回しで回避されるようになってきた。こうした対策を受ける中でヴィッセルが積み残してきたものがある。それはビルドアップだ。GKを加えた最終ラインからボールを自分たちで動かし、相手を崩していく。今季序盤はそれが形になりつつあった。しかしまだ完全に自分たちのものにするところまでは至っていなかったようだ。残された3試合という限られた時間の中で、もう一度ビルドアップを整備していくのは、現実的ではないのかもしれない。そう考えると、ヴィッセルが残る3試合で結果を残すために徹底すべきはカウンターの意識であるように思う。これが「第3の方法」だ。これを実現するためにカギとなるのは、インサイドハーフの動きだ。ウイングが立ち位置を守ったうえでサイドバックを引き出し、インサイドハーフとの絡みの中でウイングが相手の裏を取る。これがヴィッセルの攻撃力復活への近道であるように思う。
 これを前提にこの日の試合を見直してみると、サイドを縦に狙う際の走路の取り方には、いささかの工夫が必要であるように感じる。この日の試合ではタッチライン際でサイドバックとウイング、もしくはサイドバックとインサイドハーフという2人の絡みで勝負する場面が目立っていたが、これは狭い局面での勝負となるため、確実性に欠けていた。特に両者が同一ライン上に立ってしまうことが多かったため、相手選手と正対したときに、抜いていくスペースがなかった。理想を言えばここにインサイドハーフが絡み、さらにウイングとサイドバックも横にずれることで三角形を作り、その中で間隙を縫うように動いていきたいところだ。この試合で何度も見られたのは、タッチライン上で相手と正対し、後ろ向きにヒールパスなどのトリッキーな動きで相手をかわそうという動きだった。これは技術の高さを感じさせるプレーではあったが、確実性に欠けていた。そのため、そこでタッチラインを割ってしまい、プレーが寸断される場面が目立った。
 カウンターでウイングが裏を取る狙いを持って動くためには、インサイドハーフとサイドバックとの三角形を作り出すことが必要だと先に書いた。同時にここで意識すべきは、ボール非保持に変わったとき、前からの守備で相手の前進を防ぐ意識だ。そう考えてくると、この日の試合で見られたボールホルダーに寄りすぎるプレーは、リスキーであることが判る。なぜ5レーンが基本的な考えとして世界中で浸透したかと言えば、それが適切な距離を保つ配置に適していたためだ。一見すると距離がありすぎるように思われるかもしれないが、攻撃と守備を不可分なものとして考えるならば、やはりどちらの局面にも対応しやすい距離感は保ちたいところだ。
 ここでヴィッセルの特性を考えると、左サイドの攻撃がカギを握っているように思う。その理由は右インサイドハーフには井手口が入ることが多いためだ。井手口は運動量をベースとして予測やボール奪取といった局面で特徴を発揮することのできる選手だ。そのため守備の補完役として、ピッチ全体をカバーすることが求められている。ということはカウンターでサイドを突破しようとしたとき、そこに不在となる場合も考えられる。となれば左サイドでいかにして突破力を発揮できるかが、残る3試合の中でカギを握っているように思われる。



試合を動かしたプレー
 この日の試合を決定づけたのは1つのプレーだったように思う。それは最初の失点のきっかけともなったプレーだ。27分に相手センターバックが縦に差し込んだボールをセンターサークル内で受けたのは、岡山のワントップに入っていたウェリック ポポだった。ここでポポには背後から山川がつき、押し出すように動いた。さらにはアンカーの鍬先祐弥、そして井手口と3人の選手が寄せていったのだが、ポポは巧みにボールをキープし続けた。そして鍬先と井手口から逃げるようにヴィッセルの左サイドに向かって動いた。この間、山川は寄せ続けたのだが、ポポは長いコンパスと強い身体を使って山川を防ぎ続けた。そしてターンするように動き、ボールを自陣左に出した。
 このプレーの前まで、試合はヴィッセルが主導権を握っていた。前記したようにヴィッセルが圧倒的にボールを支配し、岡山が防戦一方であったことを思えば、このプレーは試合の流れを変えたプレーだったと言えそうだ。
 問題はその後の失点だ。そしてこれには、直近の試合で喫した失点が影響を及ぼしていたように思う。ポポからのボールを受け取った江坂任が前進し、ペナルティエリア角付近の山根永遠にパスを送り、自らは山根を外から追い越すように動いた。そして山根からのボールを受けて、ゴールエリア左角付近に立っていた鈴木喜丈にパス。鈴木の左足から放たれたシュートが、そのままゴールとなってしまった。
 この場面で最も疑問なのは、ゴールエリア近くの鈴木がフリーだったという点だ。人数が足りていなかったのかと言えば、全くそんなことはない。鈴木にボールが入った瞬間の配置を確認してみるとゴール前に立っていたポポにはトゥーレル、木村太哉には永戸、そしてその背後に立っていた白井康介には広瀬が、それぞれマークについていた。さらに鈴木のシュートコース上には山川が立っていたのだが、その内側でフリーになっていたのが井手口だった。人数的には十分に足りていたと言える。ここで想定できるのは、この配置が江坂からのクロスを想定した配置だったのではないかということだ。過去の試合でサイドからのクロスに対して、ファーサイドの選手、そしてその背後から飛び出してくる選手にやられていたことを反省し、それぞれに人をつけ、さらにはこぼれ球に対応するための井手口まで準備したのではないだろうか。過去の反省を活かした守備が「穴」を作り出してしまったというのは何とも皮肉な話だ。もしここで防ぐことができたとすれば、それは鍬先の動きだったように思う。江坂が山根にボールを入れたのを見て、鍬先は戻ってきたのだが、その途中で内側を見たことによってスピードを上げきれなかった。ここで一気に戻ることができていれば、あるいは江坂に対してもう少し寄せることができていたのかもしれない。さらに言えば前記したポポがヴィッセルの左に向かって逃げたとき、ポポを離した時点で鍬先が後ろに戻っていればとも思ってしまう。ここで誤解のないように言っておくと、鍬先の動きが失点の原因ではないということだ。これはあくまでも結果論であり、もし山川がポポからボールを奪っていれば、前に意識を残した鍬先はボールを前に動かすことができていたかもしれない。その意味では攻守両面を睨み、立ち位置を決めていたと言える。
 2失点目もクロス対応への過剰な意識が生んだ失点と言えそうだ。白井が投げ入れた右からのロングスローはポポを狙っていたが、これはポポをマークしていたトゥーレルが跳ね返した。そのボールが白井に戻ったのだが、ここで白井がフリーになっていたのだ。そのため白井は余裕をもって、ファーサイドを狙ったクロスを入れた。ここに飛び込んできた江坂が、これを頭で押し込んだ。この流れは直近の試合で喫した失点と同じ形だ。クロスの出どころをフリーにしてしまったことが原因だ。ここの場面を見直してみると、白井がスローを投げ入れるのと同時に、白井の前に立っていた広瀬と永戸の2人とも、ペナルティエリア内に戻ってしまっていた。しかし人数的にはヴィッセルの側に余裕があったことを思えば、ここでペナルティエリアに戻るのはどちらか1人でも十分だったように思う。スローの方向を考えれば、ボールが白井に戻ってくる可能性は十分にあっただけに、この対応には疑問が残る。さらに言えば白井がフリーでボールを受けたことで、ゴール前に立っていた選手の目線は、自然と白井に集中した。それが江坂の飛び込みを許したとすれば、白井をフリーにしてしまった時点で勝負はついていたのかもしれない。
 3失点目についても触れておく。これは2点を追う試合終盤のカウンターだったのだが、前がかりになっていたことを思えば、スキッベ監督も覚悟の上だったのかもしれない。少ない時間で2点を追うという特殊な事情であったとはいえ、ここでは1つの言葉を思い出してほしい。それはかつてヴィッセルで指揮を執っていたフアン マヌエル リージョ氏が口にしていた「準備なく慌てて蹴ったボールは、倍の速さで敵を連れて戻ってくる」という言葉だ。焦りが生じていた時間帯であったとしても、やはり攻撃は備えをした上でなければならない。

次戦に向けて
 スキッベ監督が試合後に言及したように、ヴィッセルにもチャンスは十分にあった。前半の広瀬のシュートチャンス、後半投入された佐々木大樹が抜け出して迎えた1対1、武藤の見事なヘディングシュート。これらの1つでも決まっていれば、試合は全く異なるものになった可能性はある。しかし今それを考えることは得策でないように思う。全体の配置が崩れていることを重視し、もう一度全体を最適に配置する。それこそが今、スキッベ監督に課せられた役割だ。
 戦国時代を通じて屈指の厳しい軍法で知られていたのが、九州の雄である島津氏だ。敵前逃亡はもちろん、命令を待たずに攻撃を開始することも「死罪」とされるほどの厳しい軍法があったため、指揮官の命令を絶対として守る強固な組織が生まれた。これが「釣り野伏せ」のような高度な連携を必要とする戦術を可能とした。この「釣り野伏せ」というのは囮で敵を誘い込み、待ち伏せていた軍勢で包囲殲滅する高度な伏兵戦術だが、囮役は相手に勝っていると思わせるために激しく戦い、敵の目の前で背を見せて逃げ、あらかじめ決められた場所まで敵を運んでくるという危険な役割を求められていた。そして伏兵は合図があるまでどれほど敵が近くに来ても動かない。この作戦を遂行する上では、個人プレーは厳禁だ。しかしこの統率力があったからこそ、木崎原の戦いでは10倍もの敵を打ち破っている。
 ヴィッセルの選手たちが勝利を希求していることに疑いはない。そしてそれだけの力を持っていることも、また疑いようのない事実だ。今は気持ちが先走っているため、個々の選手が空回りしているように見える。今、ヴィッセルの選手に必要なのはシーズン序盤のような、立ち位置を守り、その中で相手を押し込んでいくという統率された動きだ。
 次戦の京都戦までは中2日。時間はあまりないが、逆に言えば意思を揃えることさえできれば、ヴィッセルが何かを変える必要はない。むしろ全員で話し合うだけの時間は、十分にあるとも言える。目標がはっきりとしている以上、意思を統一することは可能なはずだ。今こそ「勝利」という目的の下に全ての選手の気持ちを揃え、ヴィッセルらしい強さを取り戻してほしい。