覆面記者の目

明治安田J1百年構想リーグ 第14節 vs.G大阪 パナスタ(5/2 15:00)
  • HOMEG大阪
  • AWAY神戸
  • G大阪
  • 5
  • 2前半0
    3後半0
  • 0
  • 神戸
  • 南野 遥海(22')
    三浦 弦太(36')
    南野 遥海(52')
    奥抜 侃志(80')
    デニス ヒュメット(82')
  • 得点者



戦う相手

 この日の試合でヴィッセルの選手たちは誰と戦っていたのだろうか。そう感じてしまった試合だった。


 この数年間、ヴィッセルは「前線からの連動したプレス」、「素早い攻守の切り替え」、「球際での強さ」を追い求めた結果、Jリーグでも屈指の堅守を手に入れた。そしてこれはチームにとっての生命線でもあった。その結果、ここ数年間続いている超過密日程の中で「主力選手の離脱」という事態に見舞われても、チームが大崩れすることはなかった。これが安定した成績につながっていたことは、紛れもない事実だ。しかしこの日の試合では5失点を喫した。ここまでの大量失点を喫したのは、2019年10月に行われた広島戦(2-6)以来だ。こうなると「なぜこれほどの失点を喫したのか」ということが、この試合を振り返るうえでのテーマとなる。もちろん失点には、それぞれの理由がある。特にこの日の最後の2失点はリスクを負って前に出た結果のカウンターからの失点であり、それほどシビアに反応するようなものではないのかもしれない。しかしそうしたシチュエーション(リスクを負わなければならない状況)に追い込まれたのは、ヴィッセル自身の責任であり、そこに至った原因は分析されなければならない。


 3日前に行われたC大阪との試合で、ヴィッセルが見せた「変革」について筆者は「ポジティブな変化」と評した。これまでのようなロングボールを軸にした戦い方に加えて、自分たちでつなぎながら相手を押し込んでいく戦い方を身につけるというのは、ヴィッセルが次のステージにのぼるためのパスポートであると思ったためだ。この考え方は、現時点でも変わっていない。さらに言えば最高強度の公式戦という舞台でこれにトライすることは、新しい戦い方を手に入れるための近道であることも事実だ。しかしここで絶対に忘れてはならないのは、プロに「負けていい試合」は存在しないということだ。この日の試合について酒井高徳は試合後に「プロとして情けない試合だった」と厳しく断じたが、まさにその通りだ。新しい取り組みを進めるとしても、それは試合に勝利する方法を担保したうえでなければならない。酒井は「自分たちの強みや勝っている時の戦い方を疎かにしてしまうと、こういう試合になってしまう」とコメントしたが、この試合における問題点はこれに尽きる。


 AFCチャンピオンズリーグエリート・ファイナルズで戦ったアル・サッド戦、そしてアル・アハリ戦は、ヴィッセルの選手たちに大きな衝撃を与えた。これまでの戦い方だけでは、アジアの頂点に立つことは難しい。この2試合を通じて、多くの選手たちがそう感じたようだ。しかしこれは終わった話だ。

 「もう一度あの舞台で西アジアの強豪と対峙する」今はそこにたどり着くための戦いを続けるべき時であるはずだ。これは当たり前のことであり、ヴィッセルの選手たちは十分に理解していると思う。しかしこの日の試合では、ヴィッセルの選手たちが対戦相手であるG大阪を見ていないように感じてしまったことは事実だ。G大阪が前に出る守備でボール奪取を狙っていたことは明らかだったが、その網の中に自ら飛び込んでいくようなプレーが散見されたためだ。


アンカーの役割

 この日の試合で2得点を挙げたG大阪のフォワード南野遥海は試合後、この試合における守備について、「僕が思っていた以上に神戸がボールをつないできたので難しかったですが、途中からコミュニケーションをうまくとって、相手のアンカーとかを消せたので良かったと思います」とコメントした。南野が言うように、この試合においてキーマンとなっていたのは、C大阪戦に続いてアンカーでプレーした酒井だった。結論から言えば、酒井のプレーは見事だったが、それをチームとして包括しきれていなかったという印象だ。

 ヴィッセルの戦い方においてアンカーには2つの役割が与えられている。それは攻撃時においては「チーム全体を動かす配球」であり、守備時においては「最終ラインの前でのフィルター役」だ。これらをこなしながら、チーム全体のバランスを整えなければならない。そして、これまでこの役割を一手に担っていたのが扇原貴宏だった。しかしクラブから発表があったように、扇原は負傷による戦線離脱となった。そこでミヒャエル スキッベ監督は酒井をここに配置した。前記した3つの役割に必要な能力を考えたとき、それは正しい選択だったように思う。事実、C大阪との試合では酒井が見事にこのポジションをこなして見せた。

 ではなぜこの日の試合では、G大阪が酒井を消すことに成功したのだろうか。その理由は酒井のプレースタイルを逆手に取った結果であるように思う。この試合でも酒井は立つ位置を調整し、最終ラインからの出口となるように動き続けた。そしてボールを動かす段においては、自らが動きながら配球していった。この動きに一切の間違いはない。しかし前に立つインサイドハーフとの関係に、G大阪のつけこむ隙があったように思う。はっきりと言えば中盤を構成する3枚で中央のスペースを消しきれていなかったのだ。

 インサイドハーフを務めた井手口陽介と郷家友太は異なる特徴を持っているが、両者ともスペースに向けて動くことができるという共通点を持っている。そしてヴィッセルがボール保持時には、この両者がボールの周りに立つことが多かった。その理由はパスワークが不安定だったためだ。前に出るG大阪の守備は、強さを前面に出した守り方だ。C大阪のようにスペースで守ってくる相手であれば、ボール周りでの多少のルーズさは許容される。しかしG大阪のように球際勝負を仕掛けてくる相手に対しては、これがカウンターの起点となってしまう。それを防ぐために井手口と郷家は、ボール近くでのプレーが増えたのではないだろうか。そこでボールを握り続けることができれば、これでも良かったのだろうが、この日の試合ではボールを失う場面も少なくなかった。そこからG大阪はスピードを上げてきたのだが、ここでの最終ライン前の守備は十分とは言えなかったように思う。


 ヴィッセルがメインとしている4-1-2-3において中盤は、5レーンでいうところの中央の3レーンを締めなければならない。最終ラインに守備の時間を作り出すためだ。これは守備に際しての「時間とスペースを渡すプレー」だ。しかしこの日の試合ではそれができていなかった。そのため守備時における厚みを作り出すことができない場面が多く見られた。これに拍車をかけたのが、G大阪が見せた前線での流動的な動きだった。中央に立つことが多かった食野亮太郎を軸として、左右すら入れ替えるような動きを見せたため、ヴィッセルは人につくことができない場面が多かったように思う。これを象徴していたのが、最初の失点シーンだ。


 21分に右サイドの深い位置から武藤嘉紀が、センターサークル付近にいた前線中央の小松漣にボールを入れた。これは小松の背後についていた相手にクリアされたが、左にいた佐々木大樹がこれを拾った。ここで佐々木はほんの一瞬、パスの出しどころを探すようなそぶりを見せたが、そこに安部柊斗が寄せてボールを奪った。この時点の立ち位置を確認してみると、ヴィッセルの最終ライン4枚はラインを形成していた。その前には右から井手口、酒井、佐々木が並ぶ格好となっており、中央を塞ぐ格好が整っているように見える。ここで最終ラインの前にいた食野が下がり、井手口の前で安部からボールを引き取った。問題はこの時の配置だ。ここで右の低い位置にいた武藤が中央に動き4-4のような形になっているのだが、前線右から戻ってきた郷家もここに加わろうと動いてきたのだ。この結果、安部と食野に対してヴィッセルは4枚+1枚のような形になっていたのだが、G大阪の左サイドバックだった初瀬亮は完全にフリーになっていたのだ。数的には十分に足りていたように思えるかもしれないが、ここでボールを中心に見てみると、この一連の流れの中で安部、食野とも厳しいプレッシャーは受けていない。そのため食野は特に苦労することなく、背後の美藤倫にボールを戻し、美藤は難なく初瀬にボールを届けることができた。

 このように「人数だけは足りているが、その実ボールホルダーへのプレッシャー、スペース管理とも全く足りていない」という状況は、ヴィッセルらしくないと言わざるを得ない。ヴィッセルの堅守を支えているはずの「球際の強さ」、「徹底したスペース管理」のどちらも不足していたためだ。結果として初瀬はノープレッシャーの状態でクロスを蹴ることができた。加えて言えば、初瀬がボールを蹴る瞬間、武藤が戻り初瀬の前に立ったが、距離もあったため初瀬へのプレッシャーとはなり得ていない。さらに初瀬がボールを蹴った直後の様子を見ると、ヴィッセルの最終ライン4枚は揃っていたが、準備ができていたとは言えないように思う。右サイドバックの広瀬陸斗と右センターバックの山川哲史の間には、G大阪の右ウイングである山下諒也が入っていた。そしてカエターノの側には、この場面で得点を挙げた南野が立っていたのだが、カエターノの視線は初瀬に向けられており、南野はフリーになっていた。


 なぜこのような状況になってしまったのだろうか。筆者はこれこそが「急造アンカー」を軸とした中盤の限界であったように思う。アンカーの役割として「チーム全体のバランスを整える」と、先に書いた。しかしここに至る中で、中盤の選手が声を掛け合っていた様子は全く見えなかった。かつてのチームメイトでもある初瀬のキック精度や威力については、ヴィッセルの選手は十分に理解していたはずだ。であれば、その初瀬にフリーで蹴らせるということがあってはならない。ポイントは武藤が中央に戻ろうとしたときだったように思う。この時のG大阪の配置を見れば、アンカーが武藤に指示すべきは、中央に戻るのではなくそのままサイドに蓋をする動きだったように思う。もしくは武藤を戻すのであれば、井手口の位置を下げ、広瀬を初瀬に向かわせるべきだった。


 繰り返しになるが、酒井のプレー自体に問題があったわけではない。ボールの引き出し方、相手のプレスをかわしながらの前進といった動きは見事であり、酒井の能力の高さには改めて驚かされた。しかし全体のバランスを整えるといった点において、酒井は周りを動かしきれなかった。これは無理もないだろう。サイドバックとは全く異なる360度の視野を維持しながらのプレーを続けなければならないためだ。周りにまで気を配り続ける余裕は、さすがの酒井にもなかったのだろうと思う。まして前記した最初の失点シーンの動きは、時間にして数十秒の話だ。実際にプレーしながら、全体配置までを見渡すことができるのは、やはりアンカーやボランチを専門にしている選手ということになるのだろう。



インサイドハーフの仕事

 そもそもアンカーシステム最大の弱点は「ハーフスペースの管理」の難しさにある。いわゆる「アンカーの脇」ということになるのだが、これを埋めるのはインサイドハーフの役割だ。ここで改めてインサイドハーフに必要な能力を整理してみる。

 インサイドハーフに求められる能力は4つだ。それは「攻撃の組み立て」、「ゴール前への飛び出し」、「ハーフスペースの攻略」、「スペースの補完とプレス」ということになるだろう。まず「攻撃の組み立て」だが、ここではアンカーからボールを引き出し、前線の3枚につなげることが要求される。アンカーが行き詰った時には、自らポジションを落としてボールを受け、そのまま前を向かなければならない。基本的な立ち位置は相手の守備ブロックの間だ。ここから楔のパスを打ち込む、サイドに展開するといった具合にボールを動かしていかなければならない。次に「ゴール前への飛び出し」だが、これは攻撃の補完とも換言できる。時には前線の選手を追い越すなどして、相手の守備を混乱させる動きが求められる。同時にアタッキングサードでのセカンドボール回収も、インサイドハーフの役割だ。要は、攻撃時には味方が使っているエリア全体をカバーし続けなければならない。次に「ハーフスペースの攻略」だが、これは前段で書いた通りだ。基本的には相手のサイドバックとセンターバックの間にポジションを取り、そのスペースを管理し続ける。これができていれば、ボール保持時にはペナルティエリア角やポケットと呼ばれるゴール横の深い位置を取ることができるようになる。


 総じてインサイドハーフの選手は、2つのタイプに分類することができる。それはパサー型とスタミナ型だ。パサー型はアンカーの前でボールを引き取り、そこから正確なパスで攻撃を組み立てる。かつてヴィッセルでもプレーしたアンドレス イニエスタが、この代表的な選手だ。一方のスタミナ型だが、こちらは圧倒的な運動量で、攻守両面に顔を出し続ける。これによって相手の守備組織を混乱させ、寸断する。ベルギー代表にして、マンチェスターシティでの活躍が印象的だったケヴィン デ ブライネ(ナポリ)などが代表的な選手と言えるだろう。こうして分類した時、この試合のヴィッセルのインサイドハーフは井手口、郷家ともスタミナタイプの動きをしていたことが判る。井手口は言うに及ばず、郷家もスペースを潰しながら動いているため、中盤から攻撃を組み立てる選手が不足していたことが判る。ヴィッセルにおいては大迫勇也がその役割を担っているため、パサー型のインサイドハーフは要らないと考えることもできる。であるならば、インサイドハーフの選手は大迫が攻撃を組み立てる時は、積極的に前線に顔を出す必要がある。それでなければ両ウイングが攻撃を担う形となり、4-1-2-3で配置している意味は薄くなってしまう。これを4-1-3-2と考えることもできるが、それであるならば2トップ(両ウイング)は、もっと中央に近い位置でプレーしなければ、相手にとっての脅威とはなれない。


中盤の構成

 このように考えてくると、扇原不在下における中盤の構成を定めることが、今のヴィッセルには重要であるように思う。そこで筆者が期待したい選手が3人いる。1人はこの試合でも先発した郷家だ。郷家は前所属の仙台では、前線でプレーすることが多かったように記憶している。その中でJ2リーグとはいえ、二桁の得点を挙げている。この日の試合でも6分に決定的なチャンスを迎えたが、ここではシュートを相手GKにセーブされてしまった。得点とはならなかったが、この場面で郷家が見せた動きは素晴らしかった。それだけに試合の流れの中で、もっと積極的に前に顔を出してほしかったと思う。

 もう1人はこの日の試合で途中出場を果たした濱﨑健斗だ。劣勢の中で投入された濱﨑だが、相変わらずの高いボールスキルを発揮し、G大阪の守備を翻弄して見せた。フィジカル面での課題は残っているのかもしれないが、ヴィッセルにおいては貴重な「自ら仕掛けることができる」タイプの選手であるだけに、使い方が定まれば、面白い存在となれるように思う。

 そしてもう1人が、最近は試合から遠ざかっている鍬先祐弥だ。前に出る守備という部分に課題は残っているのかもしれないが、最終ラインの前で相手の出足を潰すという意味においては、J1チームを相手にしても十分に戦うことのできる力を持った選手だ。鍬先をアンカー、もしくはボランチとして起用できるならば、酒井をサイドバックに戻すこともできる。鍬先を起用した場合、配球を誰が行うかという問題は残るのかもしれないが、守備を固めるという点に置いては十分な期待ができる。

スキッベ監督への期待

 この日の試合においてヴィッセルが、その良さをほぼ発揮できないままに試合を終えてしまったことは間違いない。スキッベ監督も試合後にコメントしたように、チャンスの数はそれなりにあったように思うが、無得点で試合を終えたことは事実だ。

 また冒頭で書いたように、最後の2つの失点はリスクを負って前に出た結果であり、それほど気にする必要はないように思う。しかし5失点という数字は、近年のヴィッセルでは見られなかったものであり、チームに大きなショックを与えたことは間違いないだろう。山川が試合後に発した「ヴィッセルがやるべき試合内容じゃなかった」という言葉は、まさにその通りだ。


 今季からヴィッセルを率いているスキッベ監督は、ここまでチームを巧くマネジメントしてきた。堅い守備をベースとして、厚みのある攻撃を作りあげたことで、明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)でも西地区の首位を保っている。順調にチームを成長させてきた感のあるスキッベ監督だが、ここは正念場だ。順位の上では依然としてヴィッセルが有利な状況にあることは事実だが、このショックを短期間に取り払い、もう一度チームを正の循環に戻さなければならない。


 試合後にスキッベ監督はこの日の試合について「点差ほどの負けではなかった」、「安直なミスは失点に直結する」、「学ぶべきことは多くあった」という見立てを話した。続けて「一度0-5で負けて、完全に悲しい気持ちになったほうが、0-1で5連敗するよりもいい」と、気持ちを切り替えるための思考を披露した。これはその通りだと思う。かつて日本ハムファイターズ(現 北海道日本ハムファイターズ)の監督を務めていた「親分」こと大沢啓二氏(故人)から、「負ける時は思いっきり負けた方が、気持ちを切り替えやすい」という言葉を聞いたことがある。その時は親分らしく「10点差でもついてみろ。ベンチの中で笑えるぞ」と豪快に語っていたが、意外とこれは真実なのかもしれない。


 ヴィッセルには高い能力を持った選手が多く、チームとしての強さを持っていることは誰もが認めるところだ。この日の試合前の時点で、百年構想リーグにおいて90分で負けた試合はわずかに1、それも0-1というスコアだったことが、それを証明している。しかしいかにヴィッセルとはいえ、一度歯車が噛み合わなくなれば、このような結果となってしまうのがサッカーの怖さでもあり、J1リーグという力量差の小さいリーグの怖さだ。新たな挑戦を止めることは愚策だが、挑戦する際には「相手のある競技である」ということを忘れてはならない。


 いかなる理由があろうとも「負けは負け」であり、その原因は自分たちの中にある。スキッベ監督がこれを立て直すためには、もう一度ヴィッセルの戦い方を選手に強く意識させ、今戦っている相手は誰なのかということを認識させなければならない。その過程では選手配置など、チームの弱点を補完する策も準備しなければならないのかもしれない。スキッベ監督の頭脳と経験に期待をしたい。

切り替えの重要性

 敗戦を喫した後の選手から「気持ちを切り替えて」、「前を向いて」という言葉はよく聞かれるが、実はこれほど難しいことはない。


 1973年春の第45回選抜高等学校野球大会最初の試合は作新学院対北陽高校(現・関大北陽)だった。この試合で最大の注目は作新学院のエースだった江川卓氏だった。今のような情報社会ではなかったため、江川氏については「栃木に凄い投手がいるらしい」という話は広まっていたようだが、実際にその投球を見た人は限定的だった。対する北陽は、当時「西の横綱」と呼ばれた強豪であり、チーム打率.336は出場校中最高という、文字通り強打をウリにしたチームだった。しかし実際に試合が始まってみると、北陽の打者は江川氏の投じる球をバットに当てることすらできなかった。5人目の打者が漸くファウルを打った際には、甲子園球場がどよめいたという。その後、北陽の選手たちは「江川の速球」をイメージしすぎてしまい、一時的ではあるが打撃が狂ったという。チームが衝撃を受けるほどの相手と対峙すると、それ以降の切り替えは難しいのは当然だともいえる。


 では、切り替えるための具体策は何か。一般的には3段階のプロセスを要すると言われている。

 最初の工程は「気持ちを完了させる」ことだ。そのためには無理に悔しさを隠さず、むしろ出し切ってしまった方がいいようだ。ここで重要なのは、自らで期限を設けることだ。プロテニスプレーヤーの大坂なおみや錦織圭のフィジカルトレーナーを務めていた中村豊氏の著書によれば、テニスでミスをしたときには、次のサーブまでに気持ちを切り替えることが重要だという。そうした期限を設けた上で、ミス直後には吠えることで悔しさを吐き出し、次のサーブを打つ(打たれる)前に、自身の最高の打球をイメージするというサイクルのもとで戦っているという。

 次の工程は「課題と自分を切り離す」ことだ。これによって過度な反省に陥ることを防ぎ、次に活かせる改善点だけにフォーカスする。

 そして、最後の工程である「小さな目標とその達成」に移る。サッカーで言うならば、試合でのゴールなどではなく、日々のトレーニングの中でトライできる目標を決め、それをクリアする。こうした3つの工程を繰り返すことで、気持ちの切り替えはできるという。


 この気持ちの切り替えは、一流のアスリートほど得意だと言われる。その理由は、それによって次の戦いへの準備時間を確保し、パフォーマンスの低下を防ぐことができるためだ。「一流の選手ほど物忘れが激しい」と言われる所以かもしれない。試合後に酒井が語ったように、切り替えることもまたプロとしての義務でもある。


次戦に向けて

 次戦は中3日でのアウェイ・広島戦だ。前回対戦の結果に不満を持っているはずの広島だけに、この試合でリベンジを果たすべく強い気持ちで臨んでくることは間違いないだろう。ヴィッセルとすれば、これを受けて立つのではなく、それを超える気迫をもって試合に臨んでもらいたい。メンバーがどのようになるかは不明だが、自分たちの持っているものを発揮することができれば、必ず好結果がもたらされるはずだ。


 この日、大量失点を喫した中でもヴィッセルのサポーターは気持ちを切らすことなく声援を送り続けた。その背景にはクラブへの信頼感と選手たちへの愛がある。この日多くのサポーターが味わった「敗北感」を払しょくし、「希望」に変えることができるのは選手たちだけであることを忘れないでほしい。