
2つのテーマ
昨日配信した速報版にも書いたが、この試合でヴィッセルには2つのテーマがあった。
1つは「目の前の試合に勝利する」こと、そしてもう1つは「戦列復帰した選手たちの試運転」だ。もちろん両者とも、次に控えるAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)・ファイナルズを睨んだテーマだ。前者は兎も角、より難しいのは後者だったように思う。これはどの競技にも共通していることだが、ケガ明けの選手にとって復帰初戦ほど難しい試合はない。それは「フィジカル」、「メカニズム」、「メンタル」という3つの要素が複合的に絡み合うからだ。
まずフィジカル面だが、これは最大筋力と持久力の低下だ。復帰に際しては十分なトレーニングを積んでいる。しかし試合特有の「高強度の運動を持続するための心肺機能」は簡単には戻り切らないと言われている。いわゆる「試合体力」というものだ。
次にメカニズムだが、戦線を離脱している間は負傷した部位を庇う動きが多く、これが復帰直後の試合では、従来のフォームで動くことを阻害する。さらに神経と筋肉の連動性も低下すると言われている。これがイメージ通りに身体が動かない原因だ。また患部を庇う中で、左右のバランスが崩れ、それが不自然な負担となるケースも多い。サッカーのように複雑な動きを必要とする競技においては、このメカニズムの乱れは選手の寿命を左右しかねない。
そしてメンタル面だが、ここでは負傷への恐怖心が大きな壁となる。以前、元プロ野球選手から「医者からのOKも出て、完治していることは理解していたが、身体がなかなか言うことを聞かなかった」という話を聞いたことがある。負傷への恐怖心が身体にブレーキをかけていたという。これは身体が資本であるプロアスリートの特性を考えれば、無理からぬところだ。結局その恐怖心を払うため、厳しいトレーニングを課す選手が多いというが、そこにはオーバーワークという別の問題も生じてくる。
ここまで挙げた3つの要素と密接に関係している、もう1つのネガティブファクターが「試合勘」だ。周辺選手との距離感やスピード感、タイミングなどは、トレーニングでは養えない部分も大きい。これを取り戻すためには、公式戦を経験する他ないと言われている。
結局のところ「医学的復帰」と「競技的復帰」は異なるということになるのだが、それが最も表面化しやすいのが「復帰初戦」なのだ。
ミヒャエル スキッベ監督ほどの経験豊富な指揮官であれば、その難しさは十分に理解しているはずだ。しかしACLE・ファイナルズが迫っている中で、チームを最高の状態に持っていくために、この日の試合でチャレンジしなければならなかった。さらにスキッベ監督にはもう1つのテーマがあったはずだ。それはヴィッセルに加入から間もない満田誠とのすり合わせだ。トレーニングの中で様々な組み合わせを試していたとは思うが、その調整をするためには強度の高い公式戦を経験する必要があったと思う。
ここで特筆すべきはチームスタッフの重要性だ。
この日の試合で戦列復帰を果たした武藤嘉紀、佐々木大樹とも試合後にはメディカルスタッフやフィジカルコーチを含むトレーニングスタッフへの感謝を口にした。武藤がコメントしたように、彼らが自分の時間を犠牲にし、選手の復帰に向けて最大限の努力を続けてくれたことが、この日の勝点3に結びついた。今回の高難度ミッションを達成できたのは、チームスタッフの力によるところも大きい。
異なる3つのゴール
この試合で生まれた3つのゴールは、いずれも異なる形で生まれており、それらは今季のヴィッセルの攻撃の幅を示している。
最初のゴールはカエターノのスローインから始まったのだが、ここでは前への人数のかけ方に注目したい。
カエターノが左タッチラインからスローインを投げた時、左サイドには永戸勝也、満田、そして郷家友太が立っていた。これに対して名古屋の守備は、4枚がこのエリアに残っていた。最初に仕掛けたのはカエターノだった。郷家が戻したボールを受け、そのまま前に向けてドリブルを開始した。ここでカエターノは1人を剥がすことに成功した。しかし中央に移動した満田にはマークがついており、ペナルティエリア内に立っていた佐々木はセンターバック2枚に挟まれていたため、人数的にはヴィッセルの4枚に対して名古屋の守備は5枚いたのだ。次にカエターノは永戸とのワンツーで、永戸の横に立っていた相手を剥がした。ここで注目してほしいのは満田の動きだ。中央に移動していた満田は、マークしていた相手選手がカエターノに目を向けている間に、ゴール方向に動き、自らの立ち位置を決めた。これによって名古屋の守備2枚に対して、ヴィッセルは3枚で攻撃する形になった。カエターノはそのまま縦にドリブルで上がることによって、佐々木を挟むように立っていた2枚のセンターバックの目を引き付けた。カエターノには背後からウイングバックの甲田英將が手をかけるように付いてきたが、これはカエターノ以外に対しては意味を持っていない動きだった。ここで佐々木は左に動き、ペナルティエリア左角を取り、相手の目を引き付けた。そこでカエターノからの横パスを受けたのは、先ほどフリーになっていた満田だった。相手の守備を引き付けた佐々木、その意図を汲み取ったカエターノと満田。この3人の意志が統一されていたプレーだった。そして満田がシュートを放った時、ペナルティエリア内左には永戸、右には酒井高徳も入っていた。加えてペナルティエリア外は左に郷家、中央には井手口陽介と、実に7人が攻撃に加わる形が整っていたのだ。この結果、満田のシュートがディフレクションしたボールを永戸が拾い、永戸からのボールをゴール前の佐々木が巧いポストでフリーになっていた酒井につなぎ、先制ゴールが生まれた。この一連のプレーは時間にして20秒足らずだったが、サイドに圧縮したい名古屋の思惑内で勝負をしかけ、最後はオープンになっている逆サイドで仕留めるという見事な流れだった。
次のゴールは、ロングボールを効果的に使って生み出された。1点を追いかける64分にバックパスを受けた前川黛也がペナルティエリアを出たところから蹴ったロングボールは前線に立っていた佐々木を越え、アタッキングサードに入ったあたりに着弾した。そこで大きく跳ねたボールに対して、戻ったボランチの稲垣祥が頭でGKに戻そうとしたところに佐々木が走り込み、稲垣の前に身体を入れた。そして稲垣からのボールをキャッチしようと飛び出したGKのシュミット ダニエルの前で足を上げ、ボールを浮かせた。そして佐々木が抜け出そうとしたところで、シュミットの足が佐々木にかかり、ヴィッセルはPKを獲得した。このプレー自体はシンプルなものであり、昨季までも見られた形だ。異なっているのは「チームとしての幅」だ。今季のヴィッセルは局面に応じてボールを握る戦い方とシンプルに蹴っていく戦い方を使い分けている。その結果、相手は両面を想定した守備を強いられている。
3つ目のゴールは守備力で奪い取ったゴールとも言えるだろう。前川から始まったプレーは約1分半後、武藤のゴールで完結したのだが、この間ヴィッセルは3度ボールを失っている。1度目は永戸が自陣左から前線の武藤を狙った時だ。これに対しては名古屋の最終ラインが余裕をもってクリアし、中央に立っていた司令塔の森島司につないだ。森島は後ろ向きにこのボールを受け、反転しながらダイレクトに前に蹴ったのだが、これは右センターバックの山川哲史が難なくクリア。前線近くに立っていた大迫勇也へ正確につないだ。2度目は左タッチライン近くで佐々木が永戸を使おうとした時だ。ここではわずかにタイミングが合わず、相手選手が比較的フリーでボールを拾った。そこから前の木村勇大につなごうとしたのだが、ここでは木村を見ていた山川が寄せ、ボールを奪い取った。3度目は左でジェアン パトリッキから後ろ向きでボールを受けた佐々木が、ミドルゾーンの出口付近にいた日髙光揮につなごうとした時だ。これはパスが短かったため、戻ってきたセンターバックの野上結貴に拾われたのだが、野上が右ウイングバックの森壮一朗に戻そうとしたパスがミスキックになった。そのため佐々木は難なく、このボールを回収した。こうしてヴィッセルはボールをつなぎながら、名古屋陣内で形を整え、最後は大迫が右から入れた正確なクロスを逆サイドでパトリッキが折り返し、これをゴール前の武藤が頭でゴールに流し入れた。

チームとしての距離感
試合後にスキッベ監督の指導について尋ねられた際、佐々木は「距離感と 『シンプルにやれ』というところ」と答えた。続けて「このチームは個々の選手はトップクラスだと思うので、顔を出しながら前進していけば、どこかでやっぱりゴールが生まれる」とコメントした。この言葉は、今季のヴィッセルの戦い方を正確に表しているように思う。1つ目のゴールと3つ目のゴールに至る中では、選手たちが適切な距離感を保っていたため、ボール保持時にはつなぐことができ、ボール非保持時には即時奪回を果たした。そして2点目のように、状況によってはシンプルに前に出る形も採る。
ここで改めて考えてみたいのが、距離感という言葉だ。サッカー中継を見ていると頻出する言葉ではあるが、その内容について具体的な言及はされることが少ない。その理由はこれが絶対的なものではなく、相対的なものであるためだろう。そもそも適切な距離感とは連携を保ち、主導権を保つための間合いであり、何メートルといった定義ができるものではない。基本的にはボール保持時には確実にパスをつなぐことのできる距離であり、ボール非保持時にはマークする相手に片手で届く距離ということになるのだろうが、これも状況に応じて変化する。ではなぜ佐々木は「距離感」という言葉を使ったのだろう。その答えはスキッベ監督が「チームとしての距離感」を常に求めているためであるように思う。
前段で触れたように、今季ヴィッセルの攻撃には厚みがある。それを担保しているのは、ボール保持時の布陣だ。この日の試合でも見られたことだが、ヴィッセルがアタッキングサードまでボールを運んだとき、最終ラインが敵陣内に入りこんでいることが多い。さらにウイングとサイドバックを中心に幅を取っていることが多いため、「前後に短く、左右に広い」布陣が形成されている。これこそが「チームとしての距離感」だ。折に触れてスキッベ監督は「主導権を握って戦う」という言葉を使う。この主導権という言葉をボールポゼッションと同義で使う指導者もいるが、これは正確ではないように思う。相手にボールを持たれていたとしても、それが自分たちの完全な監視下にあるのならば、それも主導権に該当するためだ。そしてこれを実現するためのキーワードは「意志の統一」ということになるのだろう。これはヴィッセルが5年以上前から取り組んできたテーマの延長線上にある。
かつてヴィッセルで指揮を執っていたフアン マヌエル リージョ氏は「同じ列車ではなく、同じ車両で旅をする」という表現で、チームとしての理想を語った。これは戦術的連動性に基づいたチームの一体感を指している。そしてこれはスキッベ監督が求める距離感と本質的に同義だ。全員が同じ考えを持つことができれば、ボールの動かし方やタイミングは自然と揃ってくる。それを求め続けることで、チームとしての成熟度を高める。今季のヴィッセルはこれを求めているからこそ、佐々木が言うところの「トップクラスの選手」の力を発揮できるようになっている。さらに特定の選手への依存度を下げ、「どこからでも点が取れるチーム」へと変貌を遂げつつある。
この変化は数字にも表れている。消化試合数には若干のばらつきがあるが、明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)においてヴィッセルは、4月12日時点で東西両地区の中で最多得点(22点)を記録している。しかし得点ランキングを見ると、ベスト10にヴィッセルの選手の名前はない。最上位は13位(3点)の扇原貴宏、武藤、永戸、小松蓮だ。ここで得点者数を見てみるとヴィッセルは11人と、やはり東西を通じて最多となっている。これこそが、負傷者が発生する中でも安定した成績を残してきた原動力と言えるだろう。そしてこれを導いたのが「チームとしての距離感」であり、今季のヴィッセルを象徴しているように思う。
課題と可能性
試合後、名古屋を率いるペトロヴィッチ監督は「試合開始から非常にアグレッシブで、お互いにオープンで見どころの多い試合だった」と試合を総括した上で、「私がここに就任してからベストゲームに近いようなゲームを見せられたと思います」とコメントした。このペトロヴィッチ監督の言葉通り、名古屋は前回対戦時よりも確実に良化していた。その最大のポイントは守備の変化にあった。具体的に言えば球際の強度だ。前回の対戦時にはウイングバックを下げ5-2、若しくは5-3のブロックを組んで守ろうとしていた名古屋だったが、この試合では積極的に球際勝負を仕掛けてきた。この変化は攻撃方法がある程度固まってきたことに因るものなのではないだろうか。最終ラインに高嶺朋樹を置き、ボランチの森島とのラインを開通させた上で、そこからウイングバックを走らせる。その中で前線の山岸祐也の役割をファーストディフェンダーと前線でスペースを作ることに定め、実際にゴールを狙う役割は2列目の木村勇大に担わせる。こうした攻撃の形が整ったことで、各選手が個人で球際勝負を仕掛ける体制に移行できたように思う。
最初の失点は最終ラインからシンプルにヴィッセルの右奥を狙ったボールがきっかけとなった。ヴィッセルの得点直後のリスタートで、最後方でボールを受けた藤井陽也が蹴ったボールに対して、疾走した左ウイングバックの中山克広が深い位置で追いつき、そこから中にドリブルを開始した。これに対した酒井は足を出したが、中山はダブルタッチでこれをかわし、クロスを上げた。ここに飛び込んできたのが木村だった。文字通りの速攻を受け、得点直後に失点を喫した。酒井がかわされた後、ゴール前には山川、トゥーレル、カエターノが入っていたが、背後から飛び込んでくる木村はノーマークだった。本来であればこの守備に加わる扇原がこのプレーの前に足を痛め、ベンチも交代を準備している最中だったという不運はある。しかし酒井自身が「集中力を欠いたプレー」と厳しく断じ、自らの反省点としてしたように、ヴィッセルの守備ならば止める術はあったように思う。酒井の評価は、この先で待ち受けている試合を考えれば、妥当な評価というべきかもしれない。
2失点目も同じサイドから喫した。中央から森島が左に走った中山へ通し、中山は内側に上がってきた木村へこれを渡した。木村は山川を背負いながらボールを握り、再び中央の森島へつないだ。これを受けた森島の狙いすましたミドルシュートがゴール右に蹴りこまれた。森島のシュートは見事なコントロールショットではあったが、問題はその前だ。山川が木村を背後からマークしているとき、ペナルティエリア内にヴィッセルの選手は、山川を含め8人が入っていた。しかしボールやその行方に関与できる位置に立っていた選手は3人だった。中央でこぼれ球に備えていた井手口は兎も角、中山を見る格好になっていた3人の選手は、適切なポジションが取れていなかった。この失点シーンの直前、左に上がってきた高嶺を起点とした攻撃を受けていたこともあり、ヴィッセルの重心が後ろにあったことは事実だ。そこからの連続した流れの中で配置が乱されていたのかもしれないが、ヴィッセルらしからぬ緩い守備だったように見えたことは事実だ。
この日の試合では、ヴィッセルが主導権を握り続けたというところまでは至っていなかったように思う。トータルの時間としてはヴィッセルの時間の方が多かったとは思うが、失点シーン以外でも名古屋が主導権を握る時間は少なくなかった。前記したように名古屋の戦い方が定まってきたことが最大の理由ではあるが、もう1つサイドを変える場面が少なかったこともその理由であるように思う。ペトロヴィッチ監督が志向するサッカーにおいては、ボールを中心とした小さな局面に相手を誘い込むことが狙いだ。こうした相手に対して主導権を握り続けるためには、大きなサイドチェンジは有効な手段だ。そこで筆者が期待しているのがカエターノだ。
この日の試合では前半のみの出場にとどまったカエターノだが、試合の中では卓越した技術を見せていた。1点目を呼び込んだドリブルが象徴的だが、カエターノはボールの扱いに長けている。それがあるため、相手のプレスを受ける中でも焦ることなく、相手を引き付けて縦にパスを差し込むなど、味方に時間とスペースを渡すプレーができる。しかしカエターノのパスは縦と横が圧倒的に多い。ここに斜めを加えることができれば、カエターノを起点とした攻撃が形になる可能性がある。キック精度も高いため、相手のプレスを受ける中でカエターノから右前方に大きな展開を作り出すことができれば、名古屋のようにサイドに圧縮したいチームの狙いを外し続けることができるだろう。

審判の難易度
ヴィッセルが見事な逆転勝利を収めた試合ではあったが、試合後のスキッベ監督、選手たちに笑顔はなかった。その理由は言うまでもなく、試合終盤に発生したトラブルゆえだ。ヴィッセルが1点をリードして迎えた88分に、名古屋の藤井が自陣から前線に長いボールを入れ、直前に投入された杉浦駿吾を走らせた。これに対して杉浦と並走してクリアしようとしたトゥーレルと前に出てボールを処理しようとした前川が激しく衝突した。
まずこのシーンについて語るうえで、審判団が見せた対応には賛辞を呈したい。主審を務めた谷本涼は衝突が激しく、両選手ともすぐに起き上がることができないのを見て、両チームのドクターを要請した。さらに中断時間が20分を越えたことによる選手の体調の変化、「仲間」の負傷がもたらす心理的影響を考慮し、両チームの監督、主将を交えてプレー時間の短縮を決めた。この谷本主審を中心とした審判団の素早くも、適切な判断は高く評価されるべきだ。
加えて名古屋のチーム関係者、サポーターにも拍手を送りたい。1点のビハインドにもかかわらず、プレー時間の短縮に同意するというのは重い決断だったはずだ。ペトロヴィッチ監督は試合後の会見の冒頭で「お互いにとっていいプレーをしていた中、終盤にああいうプレーが起きてしまったことを非常に心苦しく思います。素晴らしい2人の選手ができるだけ早く健康な状態で、なるべく早くピッチに戻ってきてくれることを心から願っています」と語り、トゥーレルと前川を気遣って見せた。さらに両選手が治療している間、名古屋のサポーターは応援を止め、静かに事態を見守ってくれた。これは名古屋のサポーターがサッカーを愛する仲間であることの証左だ。
アクシデントに対する対応としては、文句のつけようのない素晴らしいものだったとは思うが、この日の試合において審判団が示した判定基準はリスキーだったように思う。試合の中では球際での勝負が多く繰り広げられたのだが、そこでの接触に対して寛容すぎたのではないだろうか。誤解のないように言っておくと、判定はどちらかのチームに偏っているという類のものではなかった。接触に対しての基準に疑問を抱いたというだけの話だ。
サッカーにおいて接触プレーの発生は不可避だ。しかしこれが選手の負傷リスクを高めていることも、また事実なのだ。そして勝利を希求する中で、プレー強度は時間経過とともに上がっていく。これを適度なところで収めるように導くのが、審判団に求められている技術でもある。しかも、Jリーグ全体においてもプレー強度は年を追うごとに高くなっている。これに伴って選手の技術も上がっているため、審判にとっては判断の難しい局面が急増している。
こうした審判にとっては受難ともいうべき難しい時代だからこそ、Jリーグには「アクチュアルプレーイングタイム」(以下APT)への過剰なこだわりは持たないでほしいと思う。APTは目安の数字であり、サッカーの面白さを担保しているものではない。今季のAPTを見ると、ヴィッセルはJ1クラブの中で19位(48分06秒)となっている。トップの柏(59分23秒)とは10分以上の開きがあるが、柏とヴィッセルそれぞれの試合の面白さに差はない。このAPTが言及されるようになった背景には、ヨーロッパの主要リーグに比べてJリーグのAPTが短いというデータがある。しかしここで考えてほしいのが、リーグ固有ともいうべきスタイルの違いだ。多くの外国籍選手がJリーグの試合については「常にボールが動き続けており、忙しい」と、独自の難しさがあることを認めている。こうした状況下で、APTだけを追うことには、さしたる意味がないように思える。
この日起きたアクシデントは、酒井が言及したようにサッカーにはつきものの事故だったとも言える。しかし、選手たちがこうした危険を背負ってプレーしている以上、審判には「試合を面白くする」という目線以上に、「選手を守る」という目線を大事にしてほしいと思う。
またこのアクシデントに際し、夜、両選手の容態を伝えてくれたヴィッセルのスタッフにも拍手を送りたい。ACLE・ファイナルズへの出発直前という忙しい中、サポーターの不安解消を優先した情報発信は、クラブへの信頼度を高めたのではないだろうか。同じ時間にトゥーレル、前川の両選手はSNSで無事を伝えてくれたが、今は両選手の一日も早い回復を祈るばかりだ。
ACLE・ファイナルズ
アクシデントはあったものの、ヴィッセルは見事に勝利を収め、百年構想リーグ西地区の首位の座を堅持すると同時に、公式戦の連勝を4へと伸ばした。この日の試合も見事な逆転勝利であり、チームとしてのいいイメージを抱いたまま、いよいよ決戦の地・サウジアラビアに乗り込む。この大事な試合を前に大迫、武藤、酒井、佐々木といった負傷者も戦列復帰を果たし、満田という新戦力との融合も問題ないことを証明した。
16日の深夜に行われる準々決勝の相手は未定だが、スタジアムの雰囲気も含め、難しい試合になることは間違いない。しかしヴィッセルの後ろには全てのヴィッセルサポーターだけではなく、日本中のサッカーファンがついている。試合当日は、深夜にもかかわらず神戸市内の映画館でパブリックビューイングも行われる。Jリーグ代表としてアジアの頂点を狙うヴィッセルを全ての人たちが応援している。ここまでの道のりは決して平坦ではなかったが、それでもヴィッセルは「一致団結」して、幾多の困難を乗り越えてきた。サウジアラビアの地でピッチに立つ選手たちには、全ての選手・スタッフ・サポーターの気持ちを背負い、思い切り暴れてきてほしい。そして試合後には最高の笑顔を見せてくれるものと確信している。

