覆面記者の目

明治安田J1百年構想リーグ 第11節 vs.清水 ノエスタ(4/1 19:00)
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  • 2
  • 1前半0
    1後半0
  • 0
  • 清水
  • 永戸 勝也(28')
    扇原 貴宏(61')
  • 得点者




出藍の誉れ

 試合後の会見で、清水を率いる吉田孝行監督は「今季ワーストのゲームだった」とコメントした。「やるべきことができていなかった」と自チームのプレーを振り返っていたが、これは裏を返せば「ヴィッセルが清水に何もさせなかった」ということでもある。

 中国の思想家である荀子は、青い染料が原料の藍よりも濃い青になることから、「青は藍より出でて藍より青し」と記した。そこから優れた成果を上げた弟子や教え子を称える言葉として、「出藍の誉れ」という言葉が生まれた。この日の試合で選手たちは前監督の目の前で、進化し続けている自分たちの姿を示すことに成功した。

 今年の4月は、今季のヴィッセルにとって最も大事な月でもある。その理由は言うまでもなく、AFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)・ファイナルズを控えているためだ。ファイナルズ進出を決めた直後に武藤嘉紀もコメントしていたが、この先の戦いで待ち受けている対戦相手は、これまでとは異なるレベルのチームばかりだ。そこを勝ち抜いていくためには、ヴィッセル自身がレベルアップしなければならないことは言うまでもない。それが解っているからこそ、ヴィッセルは留まることを由としなかった。それまでの戦い方の練度を高めるのではなく、ミヒャエル スキッベ監督の下で今までの戦い方をベースに、新しい戦い方を構築してきた。そしてここまでの結果を見る限り、その取り組みは一定以上の成功を収めているように見える。現在戦っている明治安田J1百年構想リーグ(以下百年構想リーグ)では、9試合を消化し6勝(うちPK勝1)を挙げ、西地区の首位に立っている。さらに注目すべきは9試合中6試合において複数得点を挙げているという事実だ。こうした結果を見ると、ヴィッセルの攻撃力は確実に高まっているように思える。

 新しい取り組みによって得た自信を確信に変えることができるのは、実戦のみだ。その意味で、この日の対戦相手であった清水は最適だったように思う。その理由は2つだ。1つ目の理由は、ここまでの百年構想リーグにおいて唯一無得点に抑え込まれた相手であることだ。そしてもう1つは吉田監督を筆頭に、昨季までのコーチ陣が清水にはそろっているという点だ。
 前回の対戦では、比較的早い時間帯に退場者を出したことが影響したのは確かだが、それを差し引いても清水の守備は粘り強かった。何度か作り出したチャンスでは巧くスペースを消され、ゴールを陥れるまでには至らなかった。その清水の守備を崩すことができるかという点が、この試合における1つの見どころだった。
 そして何よりも吉田監督を筆頭としたベンチスタッフの存在だ。清水のスタッフはこの試合に出場したヴィッセルのほぼ全ての選手を知っており、その特徴を把握している。戦う上で、これほど気持ちの悪いことはない。しかし逆もまた真なりである。19世紀の著名な哲学者であるニーチェは、その著書の中で「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」という有名な言葉を記した。吉田監督たちがヴィッセルの選手の特徴を把握していることは事実だが、それは裏を返せばヴィッセルの選手たちは清水の意図を把握していたということでもある。そして、それを存分に活かし、敵将に「ワーストゲームだった」と言わせるところまで相手を追い込んだという事実は、自分たちの成長を実感するには十分だったのではないだろうか。 

入り口と出口
 この日の試合においてヴィッセルは見事な守備を見せた。ポイントは清水のワントップであるオ セフンを、試合を通じて機能不全に追い込み続けた点だ。197cmという長身を活かしたプレーが持ち味のセフンは、清水の攻撃における目標でもあった。ボールの動かし方は様々だったが、ゴール前では、そのほぼ全てをセフンに集約していくのが清水の戦い方だ。これに対してヴィッセルの守備陣は、セフンをゴール前から遠ざけることで、これを無効化し続けた。
 セフンのような明確な目標を持つチームと戦う際に、「ボールの出どころ(入り口)か、それとも着弾点(出口)か」といった具合に戦い方を定める指揮官もいるが、これが奏功することは少ない。どこか一点だけに狙いを集約した場合、そこでのミスが全体に波及するためだ。
 試合後にスキッベ監督は「相手をできるだけ自分たちのゴールから離すことができた」というコメントを残したが、これこそがこの試合におけるヴィッセルの守り方であり、最大の勝因だったように思う。単純に前線からの守備で相手を押し込むだけではなく、ボール保持時にはピッチを広く使いながらボールを動かすことで、清水の布陣を押し込みつつも広げることに成功していた。ここで効果を発揮していたのが、ヴィッセルのパスワークだった。特にミドルサードではボール奪取を狙う清水の出足をかわすようなパスワークを見せたことで、清水の選手を動かしていた。

 ここで大きな役割を果たしていたのが、インサイドハーフで出場した井手口陽介だった。こうした場面で井手口が果たす役割は2つだ。1つはサイドからのボールを受けられる位置に出ることでトライアングルを形成する動き。そしてもう1つは既に形成されているトライアングルの補助的役割だ。
 まず前者だが、サイドでサイドバックとウイングが縦関係になった際、井手口がこの両者の横に立つ。サイドに立っているそれぞれの選手には相手選手がついていることが多いが、井手口が内側に立つことで、相手選手をトライアングルの中に閉じ込めることができる。このとき、内に立つだけでは自分もマーカーを連れてくる格好になるため、局面は3対3になってしまう。これでは優位性を確立したことにはならない。しかしこうした場面で井手口は味方の中に入りつつ、別の場所に立つ味方を使い、別のパスコースも確保している。その結果として井手口をマークしている選手は、そこを遮断することも考えなければならなくなるため、つききれなくなる。
 次にトライアングルの補助に動く場合だが、このときには相手を連れてくることも許容している。その理由は自らがパスコースに入ることが目的ではなく、相手との球際勝負になった際、そこに加わるためだ。表面的には相手の人数も増やしているように見えるが、味方を動きやすくすることに狙いがある。球際勝負に味方が勝った場合には、自然と相手が離れていくことになり、井手口は味方にとっての逃げ先になることができる。
 豊富過ぎる運動量に注目が集まることの多い井手口だが、実はポジショニングにおいても卓越したセンスを誇っている。加えて優れた危機察知能力があるため、試合を観ていると、どの場面にも井手口がいるような錯覚に陥る。

 こうした「パスワークとそれを助ける動き」によって、清水のセフンを使った攻撃を機能不全に追い込むことに成功した。ボールが出てこないため、セフンはボールを受けられる位置まで下がり、後方からのボールを頭に当てていたが、これはヴィッセルの守備陣にとっては歓迎すべき事態だったはずだ。セフンが競り勝ち、前線にボールを送ったとしても、2列目からの飛び出しに対しては、通常の守備で対応できるためだ。この入り口と出口を同時に抑えた守備が、この試合の趨勢を定めたと言えるだろう。

郷家友太
 この試合の中で、地味ながらも大きな役割を果たしていたのが郷家友太だった。インサイドハーフで先発した郷家は、ボール保持時には井手口と同様に味方のフォローに動き、ボール非保持時にはスペースを消しながら、清水の最終ラインにプレッシャーをかけ続けた。こうした郷家の動きに共通しているのは、スペースを見つける能力とそれを使う技術だ。ボール保持時には、味方にとって必要となるスペースを見つけ、ボール非保持時には急所となるスペースを見つける。そしてそこに入り込み、効果的なプレーでチームに貢献する。ボールに絡んだ際は確実にボールを引き取り、正確に味方に渡す。卓越したボールスキルがあればこそのプレーではあるが、運動量を担保しながらそれをこなすところに郷家の非凡さは表れている。この日の試合で郷家が記録した走行距離は、両チームを通じてトップの12.88km。スプリント回数が少ない(5回)ことを考え合わせると、試合を通じて走り続けていた郷家の姿が浮かび上がる。郷家は密かな「スタミナお化け」でもあるのだ。
 こうした郷家の存在は、スキッベ監督にとっても大きいのだろう。時間とスペースを渡しながら前進することを求めるスキッベ監督にとって、郷家は欠かすことのできないコネクター役となっている。このスキッベ監督の郷家への信頼を強く感じたのは、後半、郷家に課された役割を観た時だ。後半開始から大迫勇也が投入されたのに伴い、ファーストディフェンダーの役割を郷家が担った。スキッベ監督は大迫のコンディションを考え、その負担を軽減しようとしたのだろう。しかしヴィッセルの守備において、ファーストディフェンダーの果たす役割は大きい。それは相手の攻撃を限定する始点であるためだ。ここで効果的な動きができなかった場合、ボールを奪うための手間は確実に一つ増える。大迫はそうした動きにおいても卓越した能力を発揮するが、スキッベ監督は郷家ならばその代役も担えると判断したのだろう。そして郷家はその期待に見事に応えた。試合を通じて清水の攻撃を抑えきった裏側には、こうした郷家の動きもあった。



名コンビ
 この日の試合では左センターバックにカエターノ、その隣に立つ左サイドバックにはジエゴという並びでスタートした。
 まずカエターノだが、この日の試合でも安定したプレーは健在だった。右ウイングの中原輝や右インサイドハーフの千葉寛太がプレスをかける場面も散見されたが、カエターノがそこで行き詰ることはなかった。中原や千葉のようにスピードを上げてプレスをかけてくる選手を前にした時、セーフティーにプレーするためボールを下げる選手は多い。しかしそれは局面を下げているだけに終わることが多く、結果的に脱出には至らないことが多い。しかしカエターノはそうした場面でも、相手を引き付けるプレーができる選手だ。プレスを受けながらも前方向へのパスコースが空くのを待って、確実にそこにつなげることができる。これこそが「相手を裏返すプレー」だ。これによってプレスを空転させることができれば、ボールよりも前の人数に余裕が生まれる。サッカーがスペースと時間を渡し続けるゲームであるとすれば、こうしたプレーこそがチームに優位性をもたらすとも言える。またこの試合におけるカエターノは、対人の部分でも問題なくプレーし続けた。前記したようにヴィッセルの守備が機能した結果、清水の攻撃に厚みがなかったことは事実だが、それを差し引いても安定感のあるプレーだったように思う。昨季は思うような出場機会をつかむことができなかったカエターノだが、今や計算できる戦力となった。

 このカエターノと良い関係でプレーできていたのがジエゴだった。これまでは縦に出ていく強さを買われて前線での起用が多かったジエゴだが、この日の試合ではサイドバックとして起用された。単純な守備であれば永戸でも良いのだが、このサイドにセフンが流れてくることも考えると、高さという部分でも対抗できるジエゴの方が適任ということだったのかもしれない。ジエゴ自身にとっては久しぶりのサイドバックだったとは思うが、前所属の柏ではサイドバックとしてもプレーしていただけに、動きはスムーズだった。カエターノに対するカバーリングもスムーズであり、この両者の動きでスペースを消し続けた。ジエゴはボールスキルも高く、密集の中でもボールをコントロールできる。ひょっとするとスペースでプレーするよりも、こうした限定的なエリアでプレーする方が向いているのかもしれない。さらにジエゴは意識が前に向いているため、サイドからの攻撃を活性化できる。これがチーム全体を前に押し出す効果を持っている。
 もう1つ注目したいのは、サイドから斜め前方に投げ入れるロングスローだ。先制点の場面は象徴的だが、相手陣内に向けてプレーできるという点において、ジエゴが見せたこのロングスローは効果的だった。距離もしっかりと出ていたため、相手を押し戻す効果も見られた。

 カエターノとジエゴはお互いを補完し合う関係のように見えた。両者とも高いボールスキルを持っており、相手にチャレンジする強さも持っている。そのため両者の間ではチャレンジ&カバーの関係が成立していた。ボールを前に送るという点からも、このコンビがヴィッセルに新しい形をもたらす可能性を感じさせてくれた。



先制点
 ジエゴとの関係を巧く活かし、先制点を挙げるなど、試合を通じて躍動し続けたのは永戸だった。これまでとは前後が逆だったが、ジエゴとの縦関係は試合を重ねるごとに練度を高めている。これまで左サイドはウイングが下がる、もしくは中盤を引き出したうえで前後をつなぐという形になることが多かったが、永戸、ジエゴともに前後に動くことができるため、自然とプレーエリアを接続できている。その結果、サイドで起点を作る際、中の人数を割くことがない。これも攻撃時の圧力を高めている一因だ。永戸が決めた先制点の場面には、今季のヴィッセルらしさが詰まっていた。
 始まりはジエゴのロングスローだった。センターバックのパク スンウクを背負った小松を狙ったロングスローは、小松の手前に立っていた小塚和季にクリアされたが、それをジエゴが頭で距離を出し、小松へと届けた。小松はボールを受けたところでパクと小塚に挟まれる格好で倒された。このこぼれ球に反応したのが永戸だった。永戸は前に立っていた広瀬陸斗にボールを差し込み、そのまま前に上がっていった。広瀬は後ろ向きに受けたこのボールを、右サイドの飯野七聖に戻した。これを受けた飯野はそのまま駆け上がり、ペナルティエリア角外からクロスを入れた。これをペナルティエリア内にいた井手口がジャンピングボレーのような態勢でファーポスト付近に上げた。ここに飛び込んだ永戸が相手GKの前で頭に当て、これをゴールに流し込んだ。

 ここではまずジエゴがロングスローを入れる際のポジションに注目してほしい。ジエゴが斜め前方に投げ入れる格好を見せていたことで、清水の守備は左サイドに寄っていた。最終ラインの3枚を底として、その前に2枚、そしてジエゴに近い位置に1枚というトライアングルが形成されていた。これを3-2-1とした時、永戸は2の間に立つように、ポジションを取った。同時に郷家が左に流れることで、底の3枚の間に小松と郷家が立つような形となった。頂点の1枚は永戸を警戒するように戻っているのだが、この背後には井手口がついていた。この結果、清水の守備6枚を4人で見る形が整った。そして郷家が左に流れてきたことで、この6枚は中に動くことができなくなった。これによって逆サイドにできた広大なスペースでは、広瀬とサイドバックの吉田豊が1対1で向き合う形となっていた。ここまでが準備だ。
 次に注目すべきはジエゴが頭で戻したボールを小松が受けた瞬間だ。ここで小松がパクを背負いながらも動くことなくボールを受けたことで、前記した2枚は小松の方向に動くことになるのだが、ここで永戸と井手口はノープレッシャーでボールを見ることができるようになった。頂点の1枚が戻ってこなかったのは、ボールを戻したジエゴがそこに留まったためだ。そして広瀬は3枚の外側に立つ位置まで出たことで、吉田豊を中に引き込んだ。これによって逆サイドから清水の選手はいなくなった。
 次は永戸の好判断だ。前記したように小松が倒された後、そのボールに反応した永戸は広瀬へのパスを選択した。これによって大外に立っていた吉田豊は広瀬から離れることができなくなり、外側(右サイド)は無人のままとなった。もしもここで永戸が自ら前に行くという選択をしていた場合は、清水の守備に囲まれる可能性が高かった。またボールを握って時間を作っていたとしたら、清水の守備はそれを無視して、最適なポジションに戻っていた可能性が高い。ここではあえて時間を作らないことで、清水の密集を解かせないようにした永戸の判断が光っている。
 最後は広瀬の判断だ。広瀬がボールを受けた時、飯野はセンターサークル付近にいたのだが、広瀬はあえて飯野を外に走らせるようなボールを出した。これによって飯野は広大なスペースを使って動くことができるようになった。さらに清水の密集は急に解散したため、一時的ではあるが必要以上に広がることとなった。これによって、ヴィッセルの選手たちには「前に向かって動くことができるスペース」が生まれた。ここでは広瀬がパスコースを工夫したことによって時間とスペースを作り出した。この結果、飯野がクロスを入れた時点で、ペナルティエリア内には5人の選手が入り込んでいた。さらにその背後にはジエゴ、そして扇原貴宏が立っていた。この厚みこそが今季のヴィッセルの特徴であり、吉田監督が知らない姿だ。



追加点
 後半、PKによって獲得した2点目も、吉田監督の知らない姿が生み出した得点だったと言える。58分に相手GKが蹴ったボールを、カエターノが頭で大きく前に戻した。これに大迫が走りこんだのだが、これと競ったパクが後ろ向きのまま蹴り返した。これを井手口がダイレクトにアウトサイドで蹴り返した。このボールはセンターサークル内に落ち、ここに走り込んだジェアン パトリッキがそのボールを拾った。広瀬との交代で前半途中から出場していたパトリッキは、寄せてきた相手2人をターンでかわし、背後にいた井手口に預けた。ここで井手口は、右にサイドを変えた。このボールを受けたのは、飯野だった。飯野は自分でいく姿勢を見せつつも、相手の手前でターンして自陣に戻した。これを中央で受けたトゥーレルは再び右を選択した。そして速いグラウンダーのボールを入れたのだが、これを受けたのは右に流れていた大迫だった。その大迫は背後から寄せてくるマテウス ブルネッティを引き付けて、左足で中央の永戸に差し込んだ。永戸は身体を捻り、これをワンタッチで右前方の飯野につないだ。飯野はドリブルで持ち上がり、弧を描くようにペナルティエリア内に入り、クロスを入れた。これが戻ってきた吉田豊の手に当たり、ヴィッセルはPKを獲得した。
 この一連の動きの中でまず注目すべきは郷家だ。センターサークル内でパトリッキがボールを拾う場面で、郷家は小塚を背負いながらその動きを止め続けた。これによってパトリッキは余裕をもってボールを拾うことができた。これは味方にスペースを渡すための動きであったが、状況を正確に把握できていたからこそのプレーでもある。郷家の戦術眼が生み出したプレーだったとも言える。
 次に注目してほしいのが大迫のプレーだ。右サイドでボールを持った大迫は、時間を使いながらパスコースを見つけたのだが、その過程では味方と相手の動きを正確に捉えている。ボールを受けた時点では、飯野と郷家が大迫の近くにいた。それぞれ相手を背負っていたが、そのプレー方向が前に向いていたのを認識し、大迫は少しだけ自陣方向に動いた。これが飯野と郷家の動きを止めない小さな動きだったため、飯野と郷家は大迫と永戸を結ぶパスコースを横切る格好になった。これは大迫がボールを受けた時点で永戸の位置を認識しており、そのパスコースを空けるための絵を描けていたことを示している。いまさら言うべきことでもないが、この視野の広さと状況認識の早さには驚かされる。
 最後に注目してほしいのがパトリッキだ。永戸からのパスを飯野が受けた時、飯野は右サイドで抜け出した格好になっていた。その手前で見せた大迫の斜めに差し込んだパスに、清水の選手たちが反応したためだ。この時、逆サイドでパトリッキは相手守備を引き連れるようにしながら、前に仕掛ける姿勢を見せていた。清水の選手にとって、パトリッキのスピードは警戒すべきポイントであったため、パトリッキを離すことができなかったのだろう。これによって飯野はオフサイドになることなく、フリーでボールを受けることができたのだ。
 また扇原のPKについても触れておきたい。広島戦では左上に打ち込んだ扇原だが、この日は右下に蹴りこんだ。蹴る手前で動きを落とし、相手GKが右に跳ぶのを見たうえで、逆サイドに蹴りこんだ。このPKを蹴る際、扇原は全くボールを見ていない。助走の段階から終始一貫して、相手GKを見続けていた。これはキックに自信があるからこそのプレーだ。かつて高いPK成功率を誇った遠藤保仁(G大阪コーチ)を彷彿とさせる、見事なPKだった。

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次節に向けて
 完勝と呼ぶにふさわしい勝利ではあったが、心配なこともあった。言うまでもなく小松と広瀬の負傷交代だ。両者ともここまで試合に出続ける中で、高い貢献度を見せていた選手だ。負傷の程度は不明だが、ここまでの過密日程が影響を及ぼしていたと考えるべきだろう。先日、ACLE・ファイナルズに進出したヴィッセルと町田に対して、Jリーグが支援策を打ち出したことは報道にあった通りだ。これは素晴らしいと思うが、今後はそうしたハード面だけではなく、日程的な部分への配慮もほしい。これを出場クラブに対する優遇措置ととらえる向きもあるのかもしれないが、Jリーグを代表して戦うクラブに対しての支援と考えれば、至極当然の措置であるように思う。
 とはいえ現状で何かが変わるわけではない。ヴィッセルは「コンディション調整」という戦いも続けなければならない。ACLE・ファイナルズ前の試合は2。次戦は中3日で、岡山とのアウェイゲームだ。昨季、J1リーグ初挑戦にして、堂々の「J1残留」を勝ち取った岡山は、決して油断できる相手ではない。J1クラブの強度やスピードに慣れた今季は、昨年以上に手強い相手であると考えるべきだろう。ここで期待したいのは、今季の特徴でもある「新ヒーロー」の活躍だ。スキッベ監督はやりくりをしているように見えるが、そこで起用された選手が輝きを放っていることは事実だ。チーム力が向上しつつある今、この勢いを失うことなく、岡山と戦ってほしい。

今日の一番星
[飯野七聖選手]

永戸やジエゴ、カエターノ、郷家など候補者目白押しの試合ではあったが、百年構想リーグ初先発にして2得点に絡んだことを評価し、飯野を選出した。先制点の場面では右から持ち込んだ飯野が、マイナス方向にいた井手口を見つけたことが得点につながった。スピードで押し切りつつも、しっかりと状況認識をしていた点は高く評価したい。2得点目となるPKを獲得したシーンではファーサイドのジエゴを狙っていたようだが、スピード感を失うことなくプレーした結果のPK獲得であり、飯野が試合を通じて自らの特徴を発揮し続けたことの証左でもある。立ち位置が整理された今のヴィッセルにおいては、前にできたスペースを使うことが孤立とはならない。その意味でも縦に力を発揮できる飯野のサイドバック起用は、理に叶っていると言える。試合後にはキャンプで出遅れたときの苦しい気持ちを吐露し、その後も自分にベクトルを向けてきたことを明かした。この態度は、かつてヴィッセルでプレーしていた三浦知良(福島)から聞いた「自分が思ったように使ってもらえないのも自分のせい」という言葉と通底している。柔和な表情からは想像もつかない気持ちの強さを持った「見目麗しきスピードスター」に、さらなる活躍への期待を込めて一番星。