覆面記者の目

明治安田J1百年構想リーグ 第1節 vs.京都 サンガS(2/6 19:00)
  • HOME京都
  • AWAY神戸
  • 京都
  • 1
  • 0前半1
    1後半0
    1PK4
  • 1
  • 神戸
  • マルコ トゥーリオ(53')
  • 得点者
  • (37')武藤 嘉紀

ファイナルホイッスルが吹かれた瞬間、ミヒャエル スキッベ監督の表情からは安堵感が感じられた。1987年にシャルケ04のU-17監督に就任以降、様々なクラブやドイツ代表で指導者経験を積み上げてきた百戦錬磨のスキッベ監督にとっても、新しいクラブでの初戦には特別な緊張感があったのだろう。ましてや今のヴィッセルは誰もが認める強豪クラブであり、アジアの頂点を目指す戦い(AFCチャンピオンズリーグエリート2025/26、以下ACLE)は現在進行形で続いている。そんなヴィッセルをさらにレベルアップさせてくれるだろうという周囲からの期待を背負っているだけに、そのプレッシャーたるや、相当なもののはずだ。

 「新たに就任する指導者にとって最もやりやすいのは『崩壊しているチーム』だ」と言われる。この場合、自分の志向するチームを作る上で一切の躊躇が不要であるためだ。僅かに気を遣うものがあるとすれば、それは中心となっている選手との関係だけだ。しかしヴィッセルのように完成しているチームを引き受けた場合、その難易度は一気に高まる。完成度を維持しつつ、変化を加えるべきポイントを見定めなければならないためだ。スキッベ監督の就任直後、サッカー評論家やメディアの中では3バックへの変更が行われるのではないかという予想が語られていた。その根拠となっていたものは、スキッベ監督が広島で3バックを採用していたためだ。しかしスキッベ監督は就任直後から、吉田孝行前監督(清水監督)が作り上げたチーム基盤を踏襲すると明言していた。その上で自分なりのアクセントを加え、チームをバージョンアップさせるという方向性を打ち出していたのだ。
 そのスキッベ監督が重視しているのは「選手の輝き」であるようだ。選手たちの特性を見極め、その強味を最大限に発揮するための戦い方こそが、スキッベ監督が口にする「楽しさ」を表現するための方法ということだろう。昨今流行りのフレーズを使うならば「選手ファースト」ということになるのかもしれないが、これは一見すると当たり前のように思われる。しかし、こと日本においては、これほど難しいことはない。



 プロスポーツにおいて新監督が成功するためには3つの要素が必要だと言われる。それは「現状把握」、「選手やスタッフとの信頼構築」、そして「柔軟な戦術運用」だ。こうして文字にすると当たり前のように思われるが、これを遂行するのは難しい。多くの指導者が現状を正確に把握する前に、自らの志向を持ち込んでしまうためだ。その結果、現場には歪みが生まれる。そして意思決定する段階においても自らの感覚を重視してしまい、現実との乖離が目立ってしまう。こうした悪循環に陥ってしまい、望むような結果を残すことができなかった指導者の例は枚挙に暇がない。日本国内に限って言えば、こうした事態が起きる背景には「言葉」の問題があるように思う。
 イングランドにおいて監督はManager(マネージャー)と表記される。このManagerの語源はイタリア語の「馬を馴らす(maneggiare)」という言葉であり、求められるのは目標達成に向けて、与えられたリソースの中でやりくりすることだ。そのためにチームの抱える問題を発見・解決し、目標達成に向けてサポートする役割を担っている。しかし日本ではこれに「監督」という言葉を充てている。この言葉の初登場は1928年に出版された「野球用語」という書物だと言われている。これは野球用語を日本語化することを目的に書かれたものだ。野球においても「監督」はManagerと表記される。なぜここで「監督」という強権的な言葉を充てたのかは不明だ。しかしこの本の出版以前から使用されていた形跡があることを思えば、既に広く使用されていたのだろう。いずれにしてもこの訳語が権力感を持っていたため、現実の振る舞いも変化していったのではないだろうか。その結果として失敗する指導者が生まれてしまったとすれば、この訳語は中々に罪深いとも言える。

 話をスキッベ監督に戻す。昨季まで広島の監督としてヴィッセルと対峙していたスキッベ監督は、ヴィッセルの特徴を理解した上で監督に就任した。そのため現状把握は比較的容易に行えたのではないだろうか。多くの選手を対戦相手として見ていたため、キャンプではイメージとのギャップを確認する作業が中心だったものと思われる。その結果として「昨季までの戦い方をベースとする」という方針が固まったのではないだろうか。これは選手との信頼関係を構築する上で、大きな意味を持っていたように思う。ヴィッセルの選手たちの力を信頼し、それをリスペクトする姿勢を見せたことは、選手たちにとって気分の悪いものであるはずがない。そして選手を信頼しているからこそ、トレーニングの中でも「楽しむ」ことを求めているのだろう。
 この「楽しむ」という言葉は、様々な競技で使用されるようになったが、その裏側には恐ろしい罠が潜んでいる。プロスポーツにおいて「楽しむ」という言葉を使用する場合、強く勝利を求める姿勢がセットでなければならない。要は厳しさが身についていないうちに「楽しむ」という言葉を使ってしまった場合、緩みにつながりかねないのだ。しかしヴィッセルに関しては、そうした心配は無用だ。過去数年にわたり築かれた厳しさが浸透しているためだ。多くのサッカー関係者が「ヴィッセルのトレーニングの張りつめた空気はすごい」と口にする。そしてスキッベ監督もそれを感じ取ったからこそ、安心して「楽しむ」ことを求めることができているのだろう。
 意思決定においても、ヴィッセルはスキッベ監督をアシストする体制が整っている。過去に三浦淳寛元監督や吉田前監督が、試合後のインタビューの中で分析チームに言及したことがある。彼らによる高精度、緻密な分析がヴィッセルの成長を支えてきたことは、広く知られている。こうしたヴィッセルの土壌も、試合の中で決断を求められるスキッベ監督を後押しするだろう。
 要はスキッベ監督の経験とヴィッセルの継続から生まれた力、そして風土の相性は良く、ヴィッセルの「バージョンアップ」が期待できるのだ。



 試合を振り返っていく。スキッベ監督が送り出したメンバーは、概ね昨季のレギュラーメンバーだった。ここからも、スキッベ監督がこれまでの流れを継続しながらチーム作りに取り組んでいることが窺える。そのメンバーは下記の通りだ。GKは昨季リーグ戦全試合にフル出場した前川黛也。最終ラインは右から酒井高徳、山川哲史、マテウス トゥーレル、永戸勝也の4枚。中盤はアンカーが扇原貴宏、その前に並ぶインサイドハーフは右が郷家友太、左が井手口陽介の3枚。前線は右の武藤嘉紀と左の佐々木大樹の両ウイングと、中央の大迫勇也の3枚。注目の乾貴士はベンチスタートとなった。
 この並びだけを見れば宮代大聖(ラス・パルマス)が郷家に置き換わっただけのように見えるが、サッカーそのものは大きく変化していた。

 最大の変化は攻撃面に表れていた。一言でいうならば、大きく蹴る回数が減少し、ボールをつなぎながら前進するようになっていた。この変化の根底にはスキッベ監督が志向する「相手陣内でのプレー時間を増やす」という考え方がある。この考え方は吉田前監督と同じなのだが、それを実現するための方法論が異なっている。
 昨季までのヴィッセルにおいては、前線に立つ大迫の存在が全ての鍵となっていた。少々ラフなボールでも自分の懐に入れることのできる大迫の能力は、30歳台半ばとなった今も衰えを知らない。相手との競り合いの中でボールを収め、その後、複数の相手に囲まれてもボールを握り続けることができるため、前線での起点となる。この大迫の能力を最大限に活かしたのが、吉田前監督の戦い方だった。そのため自陣からのボール脱出において、大迫を目標としたロングボールは有力な選択肢だった。スキッベ監督はこの構造に変化を加えた。

 大迫を目標としたロングボールはローリスクではあるが、そこから相手ゴールを攻め落とすまでにはいくつかの条件がある。まずは大迫と他の選手の距離を詰めることだ。昨季までの戦いにおいて、ヴィッセルがボール非保持に変わった後に見せる対応には安定感があった。それは吉田前監督がチームに求め続けた「素早い攻守の切り替え」故だ。これを理解するために、もう一度昨季までの戦い方を確認しておく。
 ボール非保持に変わった直後、ボールを失った選手は素早く奪い返しにいく。これと連動する格好で周囲の選手も相手の立ち位置に応じたポジションを取った上で、連続してボールホルダーへのプレスをかける。そして高い位置でボールを奪ってのショートカウンターを狙う。これが見事に機能したため、対戦相手は対策を講じるようになった。ヴィッセルからボールを奪った後は、前に向かうのではなく、一旦自陣方向にボールを下げる。そしてヴィッセルの選手が食いついてくるのを待ち、その裏を狙う。ヴィッセルの選手が食いついてこない場合には、セーフティーファーストを守りながら、全体を押し上げるように前進する。こうしてヴィッセル陣内に入ってくるのだが、ここで前記した「素早い攻守の切り替え」が活きる。ヴィッセルの選手は自陣に素早く戻り、守備陣形を整える。このスピードが傑出していたため、高い守備力で守り切ることができていた。
 この戦い方は見事だったのだが、攻撃面に限ってみれば、ロングボールとの相性は決して良いとは言えなかった。前記したように大迫を目標としてボールを蹴るのだが、これを大迫が収めた後、味方が上がってくるまでに時間を要してしまったためだ。ヴィッセルの戦い方が浸透するに従い、相手は大迫からボールを取り上げようとするのではなく、周りの選手が上がってくる前に自陣の低い位置にブロックを組むことで、ヴィッセルの攻撃を防ぐという方法を採るようになった。これが昨年の得点力の低下に直結した。

 これを改善するために、スキッベ監督はボールをつなぐ戦い方を導入したようだ。その根底にあるのは、ボールホルダーを周りの選手が追い越していくという考え方だ。ボールをつなぐということは、相手選手の戻るスピードを遅らせる効果が期待できる。その中でボールの持ち方を間違えなければ、相手を食いつかせてその背後を取るという動きで、優位性を保ちながら前進することができる。これを連続させることができれば、結果として相手陣内に厚みを持って入っていくことができる。この基本構造を守りながら、その手順を少なくすることができれば、スピードと厚みを備えた理想的な攻撃が展開できるということになる。スキッベ監督がこうした変化を加えようと企図した背景には、ヴィッセルの選手たちの技術レベルの高さがあることは間違いないだろう。今、ヴィッセルに名を連ねている選手たちは、総じて高いボールスキルを持っている。これはアンドレス イニエスタ加入以降、積み重ねてきた技術の向上があればこそだ。こうした「継続」がもたらした資産を、スキッベ監督は最大限に活用しようとしている。



 これが形になって表れたのが、先制ゴールのシーンだ。ここには4つのポイントがあるのだが、以下でこれを詳しく振り返ってみる。
 スタートは35分だ。左サイドで永戸が前に出したボールを戻って受けたのは佐々木だった。自陣方向を向いてボールを受けた佐々木の背後にはアピアタウィア久がついていたため、佐々木は自陣方向に戻りながら態勢を整えた。この時、永戸は佐々木を追い越すように前に出ていたのだが、佐々木の横には井手口がポジションを取っていた。井手口はこのボールを引き取り、前に身体を向けた。ここで井手口は1秒程度の時間を作ることで、自陣方向に立っていたマルコ トゥーリオと中央に立っていたジョアン ペドロを僅かに引き付けた。彼らとの距離は約2mあったのだが、この動きが1つ目のポイントだ。
 そして井手口は彼らを引き付けながら中央に動き、前川まで斜めにボールを戻した。井手口が中央に動きながらボールを戻したため、前川がボールを受けた時、京都の前線はマルコを前に置き、2列目のような格好で新井晴樹、ペドロ、ラファエル エリアスが並ぶような形になった。こうして京都の2列目の背後にスペースが生まれた。
 ここで2つ目のポイントとなるのは、酒井と扇原が見せた動きだ。前川が近くにいた山川にボールを渡した時、扇原は2列目の背後のスペースを取っていた。そして山川がボールを握りながら前を向いた時、酒井は大きなジェスチャーでボールを要求し、外に開いた。これによって新井とエリアスはヴィッセルの右サイド方向へ動いた。同時に扇原が酒井の方向に寄りながらも、2列目の背後に立ち続けたことでペドロは、扇原とボールを同一視野で捉えることのできる位置まで下がった。これによってエリアスとトゥーリオの間にもスペースが生まれた。その結果、井手口がここで余裕をもってボールを受け取ることができたのだ。
 3つ目のポイントは扇原のパスの場面だ。新井とペドロの間で井手口からボールを受けた扇原は、センターサークル左に立っていた大迫に約35mのパスを通した。これが盤面を一気に動かした。ここで注目すべきは郷家の動きだ。そもそも大迫がここで使った場所は、いわゆるアンカーが空けた場所だった。京都のアンカーを務めていたのは、昨季までヴィッセルに在籍していた齊藤未月だったが、この場面で齊藤は大迫とは逆方向に寄っていた。危機察知能力の高い齊藤は、大迫の能力を熟知している。しかしここで齊藤を釘付けにしたのは郷家だった。扇原の正面に郷家が立ち続けたため、齊藤はここをマークせざるを得なくなっていたのだ。加えて武藤、大迫、佐々木が同じ高さでポジションを取っていたため、京都の最終ライン4枚を3人で引き付けていた。もしここで郷家が前に出すぎていたならば、齊藤は郷家を捨てて、大迫の方向に寄っていたことだろう。加えて言えば、武藤のポジションも見事だった。武藤は左サイドバックの松田天馬と左センターバックの鈴木義宜の間に立つことで、この2人の動きを止めた。もしここで武藤が開きすぎていたならば、鈴木は武藤を松田に任せてヴィッセルの左方向にスライドしていただろう。そうなると大迫はアピアタウィアと鈴木のマークを受けることになり、その後の動きが制限されていた可能性は高い。
 最後のポイントはもちろん大迫だ。扇原からのボールに対して大迫は、アピアタウィアから離れるように自陣方向に動き、このボールを受けた。そして中央に動きながらターンし、前線に絶妙のスルーパスを通した。ため息が出るような見事な動きと高精度のパスは今季も健在だ。このボールに対して見事な動き出しを見せた武藤が、鈴木と松田の間を斜めに上がり、右からのシュートを逆サイドのポストの内側に流し込んだ。ここでもう一度注目すべきは郷家の動きだ。大迫がボールを握って動いた瞬間、郷家も前に向けて走り出したことで、齊藤はこれをマークするように動いた。その途中で大迫の狙いに気付き、齊藤は郷家を捨てるように動きなおしたが、時すでに遅しだった。ここで郷家が迷いなく前に動かなければ、齊藤は大迫に狙いを切り替えていたことだろう。
 武藤がシュートを放った瞬間、中央は郷家、その斜め背後から佐々木、そしてその背後からは永戸と酒井といった具合に、複数の選手が前に向けて動いていた。それぞれが京都の選手を足止めしつつ、前に出た瞬間、一気にギアを上げて走りこんできたのだ。これこそがゴール前での厚みを作り出す動きだ。今季のファーストゴールは、スキッベ監督が志向するサッカーの一端をのぞかせる、期待に満ちたものとなった。

 しかし全ての戦い方には長所と短所があるように、この戦い方にも弱点はある。自陣からボールをつなぐということは、相手の戻りを食い止める効果があると前記した。ということは、ボールをつなぐ手順の中でミスが起きた場合には、相手のショートカウンターを受けるリスクがあるということだ。これを防ぐためには、パスの出し手と受け手の息を合わせることも大事だが、それ以上に全員がパスをつなぐことのできる適切な距離を保ちながら、ポジションを取り続けなければならない。守備と攻撃をシームレスにつなげるためにも、選手はポジショニングを考えなければならない。特に中盤の3枚の立ち位置、そしてサイドバックとウイングの距離はリスクを考えながら決定しなければならないため、これまで以上に頭を使うことが要求される。試合の中では前につけるパスのミス、ポジションが近すぎることから起きる渋滞など、まだ改善すべき点が見られたことは事実だ。それでも京都の攻撃を1点に抑え切ったのは、昨季まで積み上げてきた球際の強さや守備意識の高さ故だ。これを失うことなく、前に向けて動けるポジショニングを身につけるには、まだ幾許かの時間がかかるだろう。正直に言って、まだスキッベ監督が大きくチームに手を加えた様子は感じられなかった。しかし今はこれでいいと思う。一度に変化を加えることは、それまでの良さを失うことにつながりかねないことを、スキッベ監督は理解しているのだろう。そのため、ヴィッセルの変化するスピードは緩やかなものになるかもしれない。しかし大事なのは到達点だ。最終的に堅い守りと創造性あふれる攻撃を手に入れることができていれば良い。

 前半は見事な攻撃を見せたヴィッセルではあったが、後半は前半ほどの勢いを見せることはできなかった。最大の要因が後半開始から大迫がベンチに下がったことにあるのは間違いないが、代わって出場した小松蓮に問題があったわけでもない。そもそも小松に期待されているのは、大迫と同じ動きではない。強靭なフィジカルを活かし、前に圧力をかけるプレーが望まれている。しかし小松がそうした良さを発揮する場面は、なかなか訪れなかった。その理由は京都の対応だ。前半京都の中で最も可能性を感じさせたのは、新加入の新井の突破だった。もともとスピードを活かした攻撃が持ち味の京都だが、技術で勝るヴィッセルを押し込むにはスピードと割り切ったのか、それまで以上にスピードで前に出る姿勢を強めてきた。そのためヴィッセルが守備に追われる時間も長く、小松を狙った攻撃を繰り出すまでの余裕は持てなかったと見るべきだろう。むしろ結果的に得点とはならなかったが、そんな中でも決定的なチャンスを何度か作り出したことを、今は高く評価したい。

 失点シーンについても見ておく。53分に自陣深い位置にこぼれたボールを拾った右サイドバックの福田心之助が縦に蹴ったボールは、エリアスとトゥーレルの競り合いとなった。その中でトゥーレルが倒れ、エリアスがペナルティエリアまで上がったところで、逆サイドから走りこんできたトゥーリオにパス。トゥーリオにこれをゴール左に流し込まれてしまった。ここで問題となるのはトゥーレルとエリアスの競り合いだ。映像で見直してみたのだが、エリアスはボールに触った後、左手でトゥーレルの頭を強く押しているように見える。ビデオチェックも行われたようだが、恐らくエリアスが先にボールに触っていたため、その後の接触は問題とならなかったのだろう。これが誤りとまでは言わないが、トゥーレルにとっては到底納得のいく判定ではないだろう。結果論ではあるが、競り合った位置がミドルサードだったことを思えば、無理に奪いにいくのではなく、セーフティーファーストで蹴り出してしまっても良かったように思う。



 結局90分間では決着がつかず、この「明治安田J1百年構想リーグ」最大の特徴ともいえるPK決着にもつれこんだ。ここで輝きを放ったのが前川だった。前川は落ち着いた対応で京都の最初のキッカーであるエリアスのシュートを見事に弾き出した。そして3人目のキッカーである須貝英大のキックも止め、ヴィッセルに勝点2をもたらした。今や守護神として誰もが認める存在となった前川だが、今季はこれまでとは異なる緊張感を持ったシーズンとなっているのではないだろうか。その理由は権田修一の存在だ。昨季は加入時期の関係上、ACLE限定の出場となった、この代表経験も豊富なベテランGKが、今季はリーグ戦でも出番を窺っている。前川にとっては、新井章太に続く強力なライバルが出現した格好だ。その緊張感が、前川の好プレーを生み出したのではないだろうか。92分には福田のシュートを弾いたのだが、前に相手選手が詰めているのを見て、しっかりと横に弾き、チームを救って見せた。前川にとっての課題は、やはり相手に詰められた場面でのキックということになるだろう。前半には2本、キックをそのまま相手選手に渡してしまっていたが、GKが攻撃の起点でもあるという視座に立てば、これは改善しなければならない。

 またこのPKでは扇原が技術の高さを見せた。「チーム内で最もPKが巧いのは扇原」と、以前のインタビューの中で酒井も言明していたが、その言葉を裏付けるキックだった。極限までキックを遅らせ、相手GKを動かした上で、緩いボールを逆側に流し込んだ。試合の中ではキックフィーリングが良くないようにも見えたのだが、やはり扇原のキック技術は高い。

 この試合で特筆すべき活躍を見せたのは佐々木だった。特に後半、大迫がピッチを退いた後は、ボールを収める役割を一手に担っていた。試合を通じてラフプレーを受ける場面も多かったが、そうした中でも体勢をキープし、簡単にボールを失うことのない技術の高さと体幹の強さを見せた。エースナンバーを背負って2年目となる今季、佐々木がどんな活躍を見せてくれるか楽しみにしている。

 試合後、スキッベ監督は「すごくワクワクするような両チームのインテンシティーの高い試合をご覧になったと思います」と試合を総括した上で、選手たちのパフォーマンスには満足しているとコメントした。まだ改革に着手したばかりではあるが、曺貴裁監督体制6シーズン目を迎える完成度の高い京都を相手に、ある程度以上、自らの求めるプレーを見せてくれたことで、この先の戦いに自信を持つことができたのではないだろうか。
 
 この自信を確信に変えるためには、実戦の中で内容の伴った結果を残し続ける他ない。その意味でもACLEのリーグステージが2試合残っていることは、ヴィッセルにとって福音でもある。リーグステージ突破をほぼ確実なものとしているヴィッセルにとっては、この2試合はチームの練度を高めるための場でもある。スキッベ監督がどのようなメンバーで試合に臨むかは不明だが、そこで見られるサッカーへの期待は、いやが上にも高まる。中3日、まだ寒さの残る時期のナイターではあるが、ヴィッセルにとっては2026年初のホームゲームだ。平日ではあるが、1人でも多くのサポーターがスタジアムに足を運び、新生ヴィッセルの成長を楽しんでほしい。

今日の一番星
[武藤嘉紀選手]

見事なPKストップを見せた前川、試合を通じて起点となり続けた佐々木と迷ったが、やはりここは「チームの顔」である武藤が相応しいと思う。この試合では先制ゴールを挙げた武藤だが、それ以外の場面でも見事な動き出しを見せ続けた。相手守備ラインの前から斜めに動くことで、オフサイドを回避し、一気に裏を取る走りはさすがの一言だ。一昨年にはシーズンMVPに選出され、Jリーグの歴史にその名を刻んだ武藤だが、昨季は不本意な1年だった。負傷の影響で離脱も多く、公式戦でのゴールはわずかに3。シーズン最終戦後には「本当に悔しいシーズンだった」と振り返り、「次のシーズン(2026年)は何が何でも結果を残し続けて、しっかりと復活して、ヴィッセル神戸にタイトルを取り戻す。得点、アシストを量産して、僕自身の価値を高める」と宣言した。その言葉を現実のものとするため、いいシーズンオフを送ったのだろう。コンディションは良さそうで、躍動感あふれる武藤らしさを存分に発揮してくれた。目標としていた2年連続MVPには届かなかったが、中村俊輔氏以来2人目となる「2度目のMVP獲得」に向けて、力強く今季の第一歩を踏み出した。「本気度をさらに増した熱血漢」に期待を込めて一番星。