覆面記者の目

明治安田J1リーグ 第13節 vs.名古屋 ノエスタ(10/31 15:00)
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  • AWAY名古屋
  • 神戸
  • 3
  • 1前半1
    2後半0
  • 1
  • 名古屋
  • 武藤 嘉紀(38')
    エリキ(47')
    小松 蓮(90'+1)
  • 得点者
  • (2')永井 謙佑



ペトロヴィッチ監督の思惑
 ミヒャエル スキッベ、そしてペトロヴィッチの両監督は、現在のJリーグにおける名伯楽と呼べる指揮官だ。対戦時にはお互いへのリスペクトを口にする両監督だが、共通しているのは攻撃的なサッカーを好む点と、言葉を巧みに操る点だ。試合後には選手へのリスペクトを交えながら、示唆に富んだ表現を駆使して、試合のポイントを言語化する。かつて日本代表を率いたイビチャ オシム氏(故人)などもそうだったが、時には巧みなレトリックで、我々の目を試合そのものから逸らすことさえある。そんな両監督が自チームの選手が見せたプレーに対してそれぞれ一定以上の満足を得たことを明かしたというだけで、この日の試合にはスコア以上の面白さがあったことはわかる。

 この日の試合を振り返るうえで前提としておかなければならないのは、両チームとも超過密日程の中に身を置いており、コンディション面での厳しさを内包していたという点だ。ヴィッセルはAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACL Elite)の大田戦から中3日。一方の名古屋はJリーグ杯から中2日。ヴィッセルが韓国でのアウェイゲームからの連戦であったのに対して、名古屋はホームで延長120分の試合を経てのアウェイゲーム。いずれも「サッカーをプレーするには到底相応しくない」とも言える状況下での試合であったことは事実だ。そしてこの状況が、ペトロヴィッチ監督の戦い方に影響を与えた。

 ペトロヴィッチ監督の代名詞といえば「ミシャ式」とも呼ばれる3-4-2-1だ。「守備時には5-4-1」、「攻撃時には4-1-5」へと、ボールの有無で陣形がダイナミックに可変するこのフォーメーションは、攻撃、守備それぞれの局面において数的優位を確立することを狙いとしている。しかしこの日の試合では極めてオーソドックスな4-4-2の並びを選択した。これについて考えるうえでのヒントは、ペトロヴィッチ監督の言葉だ。ペトロヴィッチ監督は試合後の会見の中で「瑶大(佐藤)とハル(藤井陽也)を並べました」、「大迫勇也選手とエリキ選手、郷家友太選手を(誰が)取るのかというバランス」、「オフェンスでしっかりプレーできるメンバーを選んだ」という言葉を使った。ここから推測すると、ペトロヴィッチ監督が4バックを採用した理由は3つあるように思う。
 1つは、ヴィッセルの前線における核である大迫とエリキを、2枚のセンターバックでマンマーク気味に迎撃するためだったのではないだろうか。この日のヴィッセルはウイングに武藤嘉紀とエリキ、中央に大迫という並びではあったが、ボール保持時に中央に入ってくる役割は大迫とエリキが担うケースが多かった。前線における基準点である大迫と、その周りで自由に動き回るエリキは、どちらもアタッキングサードで決定的な仕事ができる。ここに自由を与えてしまうと、ゴールを脅かされるだけではなく、インサイドハーフの郷家を飛び出させる形も作られてしまう。通常の「ミシャ式」3バックでこれに対した場合、中央のセンターバックが大迫に引っ張られ、左右のセンターバックとの間にギャップが生まれる可能性が高い。そしてそれはエリキや武藤にとって、スピードで突くことのできるスペースとなってしまう。そのためゴール前の中央に佐藤と藤井を並べ、大迫に1人が引っ張られても、もう1人がエリキや郷家をカバーできる「2対2の同数による迎撃態勢」を中央に構築し、ヴィッセルの攻撃陣を力で抑え込もうと企図したように思う。
 2つ目の理由は、「連戦によるウイングバックの蓄積疲労」への配慮とサイドの制限だ。前述したように名古屋は3日前、120分間の試合を戦った。ペトロヴィッチ監督も「選手の疲労が溜まっていた」とコメントしたように、疲労が残っていたのだろう。「ミシャ式」においては、両ウイングバックにタッチライン際を90分間上下動し続けることが求められるが、その走力は担保できないとペトロヴィッチ監督は判断したのではないだろうか。そのため4-4-2で配置することによって、サイドの守備タスクをサイドバックとサイドハーフの2人で分担させる。これによって1人当たりの走行距離やスプリントの負担を軽減しつつ、ヴィッセルのサイドに蓋をするという狙いを持っていたように思う。
 最後に3つ目の理由だが、これは「攻撃的なサッカーを見せる」というペトロヴィッチ監督の哲学を守るためだったように思う。ミシャ式を採用したうえで5-4-1で守るという選択肢もあったはずだが、それは会見の席上で、「オフェンスでいい形を作るという哲学がある」と語るペトロヴィッチ監督の本意ではないはずだ。守備時は4枚で効率よく守り、ボール保持時には前線の攻撃力を最大化するという現実的な判断が、この日の並びだったように思う。事実、前半は右サイドの高い位置で和泉竜司が自由に動き回り、前線では木村勇大と永井謙佑が適度な距離感でプレーできていたのは、ペトロヴィッチ監督の狙いが奏功していたことを示しているように思う。



スキッベ監督の思惑
 試合は思わぬ形で動いた。2分に左サイドハーフの中山克広が蹴ったサイドチェンジのボールを、ヴィッセルの最終ラインの前まで進出していた和泉が右足のダイレクトで中央に折り返した。これを受けた永井が左足のアウトサイドキックでゴールに流し込んだ。この場面で永井は中山が蹴った瞬間、マテウス トゥーレルの前にいたのだが、あえて前には出ず、和泉の折り返しを待った。これはトゥーレルの目線が外れるのを待っていたためだろう。永井は試合後に「最初は右足で打とうとしたんですけど、ゴンちゃん(権田修一)と(マテウス)トゥーレルにニアを切られていたので、ちょっとタイミングをズラしてファーを狙いました。右足は無理だったので左足のアウトで打ちました」と語ったが、ここは永井の頭脳プレーだったと認めるしかないだろう。弱いシュートではあったものの、GKの権田は逆を取られていたため、反応することができなかった。そしてこのボールは左ポストを叩き、ゴール内側へと転がってしまった。

 ヴィッセルにとって「思わぬ時間帯」での失点であったことは事実だが、これが2分という早すぎる時間であったことは幸いだったかもしれない。残り時間が十分に残されているというだけではなく、崩されたという感覚がなかったためだ。ここからヴィッセルはロジカルなアプローチによって反撃を開始した。名古屋の敷いた迎撃網に対して、無理に縦に急ぐのではなく、地上戦での段階的な前進――すなわち、4日前に行われたACL Eliteの大田戦で「宿題」として突きつけられた「レイヤードポゼッション」での前進を見せた。

 ここでのキーマンとなったのは、アンカーで起用された岩本悠庵だった。名古屋の2トップの背後に立ち、最終ラインからの出口としての位置を保ち続けた岩本がハブ役となり、ボールを左右に散らしていった。ここで岩本はボールを受けるとき、常に身体を半身に保つことで、視野を確保していた。そのため相手のプレッシャーを受け流しながら、パスの受け手を見ることができる。さらに岩本はボールへの判断が速く、正確だ。それを象徴していたのが、1点目のシーンだった。38分に右サイドから永戸勝也が入れたフリーキックは、中央で相手ディフェンスが弾き返し、逆サイドへこぼれた。このボールに木村が反応し、ドリブルで前に持ち出そうとした。木村は前に岩本が立っていたため、これを避けるように、外に走路を取った。ここで岩本はボールが木村の足から離れた瞬間を狙ってスライディングを仕掛け、アウトサイドで大迫へのパスとした。ここから武藤のゴールへとつながっていったのだが、この岩本の判断は見事だった。



 レイヤードポゼッションを実現するうえで大事なのは「3人目の動き」だ。パスを受ける選手のポストワークに依存するのではなく、周りの選手が前を向いた状態でサポートに入る動きがなければ、前進することはできない。大田戦ではこの連動が足りなかったため、ノッキングする場面が散見されたが、この日の試合では全体が連動し、巧く前進する場面が何度も見られた。
 さらにこの日の試合では、頻繁にレーンを入れ替える動きが見られた。特にサイドバックとインサイドハーフの関係は巧く保たれており、それもレイヤードポゼッションを実現するうえでの大きな力となっていた。

 しかしこの日の前半は、シュートまで持ち込むことができなかった。狙い通りにアタッキングサードまでボールを運ぶことには成功していたのだが、そこから先が続かなかったのだ。ビルドアップは比較的スムーズだったのだが、ペナルティエリア付近でのノッキングが目立ち、決定的なシュートに至らないというもどかしい時間が続いた。その間にも、名古屋は和泉を使ったサイドからの前進で押し返してきたため、ヴィッセルが「持たされる」展開が続いた。こうなった原因は、左右のウイングの配置にあったように思う。

誤算と修正
 ここで、スキッベ監督がこの日、右ウイングにエリキ、左ウイングに武藤という配置でスタートした意図を推測してみる。これを考えるために、スキッベ監督は名古屋が「ミシャ式」の布陣で試合に臨むと想定していたという仮説を立ててみる。この場合、狙うべきはウイングバックの背後のスペース、すなわち3バックの両脇ということになる。そしてこれを最も効果的に遂行するために、この左右の配置としたのではないだろうか。
 まず右のエリキだが、この狙いは左センターバックと左ウイングバックのギャップをスピードで突くことにあったように思う。左ウイングバックはボール保持時には高い位置を取る。そのためヴィッセルのボール保持に変わった瞬間には、左センターバックの横には広大なスペースが生まれている。ここに爆発的なスプリント力のあるエリキをぶつけたいという考えだったのではないだろうか。
 次に左の武藤だが、こちらは名古屋のキーマンである和泉を物理的に押し込み、低い位置にピン留めする狙いがあったように思う。日本人屈指のインテンシティと圧倒的なフィジカルを持ち、攻守にハードワークできる武藤を和泉にぶつけることで、和泉を最終ライン近くに押し留める。これこそが武藤に望まれた役割だったように思う。

 しかし蓋を開けてみれば、名古屋はオーソドックスな4-4-2の布陣となっていた。これによってスキッベ監督の狙いは、空転したのではないだろうか。まず右のエリキだが、前述した狙うべきスペースを最初から消された状態となっていた。そして左サイドでは、和泉が2列目の右サイドハーフをスタート地点としたため、左サイドバックの永戸が最初から対応に追われた。武藤も背後に和泉を背負う格好となり、攻撃に出ていきにくい状況に陥ってしまった。この配置のズレこそが、試合開始からの苦戦を生み出したと思われる。

 しかしこの状況を受けて、スキッベ監督は早々に動いた。30分を過ぎた辺りで、エリキと武藤の位置を入れ替えたのだ。このシンプルなスイッチこそが、試合の流れを変えた。ここでのスキッベ監督の狙いは何だったのか。それは名古屋の4-4-2の「内側」に亀裂を入れることであり、ポイントは酒井高徳と野上結貴の関係だったように思う。右サイドバックの酒井は、岩本やインサイドハーフの井手口との関係の中で高い位置まで上がる場面を試合序盤から何度も作り出していた。そして名古屋の左サイドバックに入っていた野上は本来センターバックの選手であり、人につく傾向がある。これらを考え合わせたとき、武藤を右に戻すことによって、酒井との関係で、サイドとハーフスペースという2つのレーンを攻略できると判断したのだろう。どちらかが縦に上がり、もう一方が内側に切れ込む。これによって左サイドバックの野上を引っ張り出すことで、左センターバックの佐藤の間に亀裂を生じさせることができると判断したように思う。
 この修正の効果は絶大だった。ここからヴィッセルの攻撃はスムーズにつながり出したのだ。名古屋のサイドハーフとサイドバックは、内側へと侵入してくる武藤のマークの受け渡しに混乱をきたし、それまで見せていた強固な迎撃スタンスを徐々に失っていった。その流れの中で38分に、フリーキックからの流れで武藤が同点弾を叩き込んだ。スタッツ上では前半のヴィッセルのシュートは2本に対して名古屋は10本と劣勢に立たされていた。しかし、その2本のうちの1本を確実に仕留めて同点に追いついたことで、ヴィッセルは試合の流れを引き戻すことに成功した。

効果的な交代
 後半を迎えるにあたって、スキッベ監督は2枚の交代カードを切った。左サイドバックの永戸に代えてジエゴ、そして左インサイドハーフの郷家に代えて佐々木大樹を投入したのだ。この2枚替えという「一手」には、2つの意味があったと思う。1つは超過密日程でのプレータイムのコントロール。そしてもう1つは、前半に生じていた課題に対する解決策だったように思う。
 まず永戸からジエゴへのスイッチだが、これは前半、ヴィッセルの左サイドを脅かし続けた名古屋のキーマンである和泉を、ジエゴの圧倒的なパワーでねじ伏せるためだったように思う。単に守備の強度を上げるだけではなく、ジエゴの持つ強烈な縦への推進力を活かし、和泉に守備のタスクを強制させ、名古屋のストロングポイントを自陣深くに押し下げるという攻撃的抑止力を狙ったものだったように思う。
 そして郷家から佐々木への変更だが、こちらはアタッキングサードにおける流動性を高めるためだったのではないだろうか。ここで佐々木に求められたのは、ボールを動かしながら柔軟に攻撃に入り込めるリンクマンとしての役割だったように思う。大迫、武藤、エリキという前線のタレントが持つ力を最大限に活かすため、佐々木が彼らの間をつなぐコネクターとなることで、名古屋の4バックを動かそうとしたように見えた。
 この2つのピースは見事に機能し、後半はヴィッセルが主導権を握った。その象徴であり、戦術的なハイライトとなったのが、後半開始早々の47分に生まれた勝ち越しゴールだった。


 右サイドのミドルサードで名古屋がボールを保持して前進を試みたのに対して、ヴィッセルは武藤、佐々木、岩本、酒井、そして井手口と、実に5人もの選手が連続して襲いかかり、ボールを奪った。そして井手口が、迷わず前線へと鋭い縦パスを送り込んだ。これに反応して走り込んだのは武藤だった。武藤はスピードを落とさずに中央へとコースを取りながら、一気に前進した。この武藤のインサイドへの動きとシンクロするように、逆サイドのエリキが右のワイドスペースへと開くように動いた。この両者がクロスする動きこそが、名古屋の守備陣を完全に崩壊させたポイントだった。武藤はギリギリまで相手ディフェンダーの目を引き付けたうえで、右のエリキにラストパスを供給した。エリキもまた、相手ラインの裏へオフサイドギリギリのタイミングで完璧に飛び出し、このボールを冷静にゴール左へと流し込んだ。5人の連動した守備から始まり、武藤の「個のクオリティ」とエリキの「ストライカーとしての嗅覚」がシンクロした、まさに必然の勝ち越しゴールだった。


 2-1とリードを奪った後も、ジエゴの推進力と佐々木の流動性は、ヴィッセルの攻撃に躍動感を与え続けた。75分を過ぎたあたりからは、完全なヴィッセルペースの試合となっていたが、スキッベ監督に油断はなかった。
 88分にエリキが自陣の深い位置で、相手のパスをカット。これを受けた佐々木が、持ち前の推進力で縦へと鋭く仕掛ける高速カウンターを発動した。佐々木から楔のパスを受けた大迫だが、ここではボールを収めきれなかった。試合開始直後から走り続けてきたことで、大迫の疲労は限界値に達していたのだろう。これを見たスキッベ監督は、躊躇もなく動いた。90分に、大迫に代えて小松蓮をピッチへと送り込んだ。そして、この小松の投入が、決定打となった。
 91分、ペナルティエリア右角でボールを持った武藤が、左足の柔らかいタッチで、ゴール前へ極上のクロスを供給した。そこに猛然と飛び込んできたのが小松だった。小松は落下地点を正確に把握し、下がりながらのヘディングでゴール右へと流し込んだ。投入後のファーストタッチで、試合を決定づける貴重な追加点を生み出したのだ。その後も小松は最後まで名古屋の最終ラインに対して執拗にプレスをかけ続けるなど、短い出場時間の中で、求められたタスクを120%のパフォーマンスで遂行してみせた。ACL Eliteでの決勝ゴールに続き、公式戦2連発という見事な結果で、指揮官の期待に応えてみせた。

 ハーフタイムの2枚替えで流れを完全に手繰り寄せ、大迫の疲労を見極めた絶妙なタイミングで小松を投入して勝負を決定づける。この後半のスコア展開は、スキッベ監督が振るった采配の妙と、それに応えた選手たちのインテリジェンスがもたらした、極めてロジカルな「必然の果実」だったと言えるだろう。



難しい判定
 この日の試合は、両チーム合わせて3つのゴールがオフサイドによって取り消しになるという、珍しい試合となった。中でも3つ目の事例は判断が分かれるプレーだったように思う。
 74分に岩本が蹴った左コーナーキックをファーサイドの大迫がシュート。これがポストに当たった後、逆サイドの密集の中で山川哲史がこのボールにチャレンジし、ボールに触れた。このボールがジエゴに渡る前、藤井がクリアしようと試み、ボールに触れた。結局これがジエゴの目の前にこぼれ、ジエゴは身体を捻ってゴールに蹴り込んだのだが、ここでVARが介入。OFRを経てオフサイドと判定された。これは藤井のプレーが「意図的なプレー」には該当しないと判断された結果だ。ここで重要なのは「山川がボールに触れる時点でジエゴがオフサイドポジションにいた」という事実だ。そのため問題は、ジエゴより前にボールに触れた藤井のプレーが意図的であったか否かという点に移った。もし藤井のプレーが「意図的であった」と判断されていれば、ジエゴの得点は認められていた。しかし前述したように、主審はこれを「意図的ではない」と判断した。ボールが藤井のコントロール下にはなかったということだったのだろう。藤井が蹴っているのは事実だが、咄嗟に出した足に当てただけであり、ボールをコントロールできる状態ではなかったという判断だ。
 ヴィッセルサポーターとしてはすっきりしない判定だったとは思うが、この判断は競技規則を読む限り正しいように思う。難しい判断だったとは思うが、毅然とこれを裁いた審判団は評価されるべきだろう。

 しかし試合運営という大きな視点に立ったときには、この日の審判団はサッカーの本質とは異なるベクトルのフラストレーションを両チームの選手たちに与えていたのではないだろうか。そしてその原因は「ファウル基準の不明瞭さ」にあったように思う。
 現在のJリーグでは、世界基準のハイインテンシティが求められている。中3日や中2日という極限の過密日程の中で、その強度を維持したままぶつかり合うタフなゲームを続けるJ1リーグの試合運営が、レフェリー陣にとって極めて困難でタフな任務であることは百も承知だ。彼らへのリスペクトは常に忘れてはならない。しかしこの日の試合では「流すべきシーン」と「止めるべきシーン」の判断が曖昧だったため、選手たちはピッチ上で「どこまでが許されるのか」を探り合っていたようにも見えた。結果として、この曖昧さが過剰なフィジカルプレーを誘発し、ピッチ全体のプレー強度が必要以上に高くなる危険な場面が散見された。
 レフェリーに課された最も重要な役割とは何だろうか。それは「選手の安全を担保すること」、そして「サッカーという競技が持つ魅力を損なわず、澱みのない試合を作り出すこと」に尽きるはずだ。それを実現するためには、判定にも相応の質と明確な基準が求められる。

 サッカーにおいては、3つのチームがピッチに立っていると言われる。対戦するチームと審判団だ。この3チームは気持ちを揃え、良質な試合を作り出すことを目指さなければならない。そして選手たちがレベルアップしているように、レフェリーもその技術を磨き続け、成長していかなければならない。日本がワールドカップの常連となった今、レフェリーもその常連となれるように研鑽を積んでほしいと願うばかりだ。


再びのACL Elite
 激闘の名古屋戦は勝利したが、J1リーグとアジアの頂点という2つの頂を目指すヴィッセルに、立ち止まっている時間は与えられていない。この試合から中2日、という常軌を逸したスケジュールの先に待っているのはACL Eliteの戦いだ。対戦相手はタイの強豪・ラーチャブリー。過酷な連戦によって選手たちの疲労はすでにピークを越えており、肉体は悲鳴を上げているはずだ。だからこそ今、この極限下を戦い抜く選手たちの背中を押し、彼らを前へと突き動かすための「燃料」が必要になる。それは、スタジアムを包み込むサポーターの歓声に他ならない。
 祝日とはいえ、火曜日のナイター開催でスタジアムを埋め尽くすような大観衆を集めるのは容易ではないのかもしれない。だが、アジアの頂点というクラブの悲願、そして世界の舞台へとつながるこの道を突き進むうえで、次戦が重要な試合であることは誰もが理解しているはずだ。スタジアムに集う一人ひとりの声が共鳴し、束となれば、それは選手たちの肉体的な限界を忘れさせるほどの巨大なエネルギーへと変わる。だからこそ一人でも多くの人にスタジアムへ足を運んでもらいたい。不屈のプライドを胸に戦う選手たちに熱いエールを送り、ヴィッセルの推進力をさらに加速させてほしい。

今日の一番星
[武藤嘉紀選手]

 この理不尽な超過密日程の中で行われた激戦において、全てのゴールに絡み、文字通りピッチ上を支配した武藤以外の選択肢は無いだろう。この日の武藤は、開始早々の失点やアタッキングサードでのノッキングにチームが苦しむ中、誰よりも勝利への執念を感じさせた。スキッベ監督が「信じられないぐらい1対1での質の高さがある。ゴールだけでなく仲間を活かすこともできる」と絶賛したように、31分の左右ウイングの入れ替えを機に、武藤のインテリジェンスとフィジカルは名古屋の守備陣を翻弄し続けた。38分の同点弾の場面では、エリキが目前で潰れて作ったわずかなスペースを見逃さず、誰よりも早く反応して正確な左足でシュートを叩き込んだ。本人が試合後に明かした「この1週間、何がなんでも今日得点を決めてチームを勝たせると意識した」という、ゴールハンターとしての意識が、あの爆発力を生んだのだろう。過密日程の中で怪我のリスクを負いながらも、2日前にあえて筋力系のトレーニングを加え、肉体を「戦闘モード」へと強制的に引き上げたそのプロフェッショナリズムには脱帽するしかない。歳を重ねることに抗い、リスクを冒してまで最高のパフォーマンスを追求する姿は、ヴィッセルというクラブのメンタリティそのものを体現している。後半47分に見せた、中央へ切れ込みながらギリギリまで相手を引き付けてエリキに送った極上のラストパス、そして91分に見せた、ペナルティエリア右角から左足の柔らかなタッチで小松の頭へとパーフェクトな放物線を描いた追加点のクロス。その全てが、彼の戦術眼と技術の結晶だった。これだけの結果を残してなお、現状を否定し、「もっとやらなければいけない」と貪欲に前を見据える姿勢は、若い選手たちにとっても大きな刺激となっているはずだ。泥臭く身体を張り、チャンスを逃すことなく得点へと昇華し続けた「不屈のストライカー」に文句なしの一番星。