覆面記者の目

明治安田J1リーグ 第12節 vs.町田 ノエスタ(10/24 15:00)
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この試合の意味

 試合後、ミヒャエル スキッベ監督は「天王山の名に相応しい一戦だった」と激闘を総括したうえで、「両チームともにチャンスがあり、レベルの高い内容だった」、「引き分けに値するような試合だったと思っています」と、互いの健闘を称えた。この指揮官の言葉通り、ゲームの主導権は終始両チームの間を彷徨い続け、どちらか一方に腰を据えることはなかった。
 これに対して、この試合における最大のヒーローであったGKの権田修一は、「町田との勝点差を詰めたかった」としたうえで、「何もいいことはなかったと思います」と心情を吐露した。上位チーム相手の6ポイントゲームを勝点1に抑え込まれたという現実を、真正面から受け止める姿勢を見せた。そしてこの権田の悔しさこそが、今、全ての選手に共通した本音だろう。
 この両者の言葉は、一見すると真逆であるように思えるかもしれない。しかし、本質はそこにはない。どんな状況でも選手に寄り添い、マネジメントを含めてパフォーマンスを引き出すことが仕事である指揮官と、ピッチ上の勝敗に全てを懸ける選手との、立場の違いが生んだ鏡像のようなものだ。
 厳しい試合だった。しかし、中2日という極限の過密日程の中でスキッベ監督が提示した新たな戦術的アプローチは、ヴィッセルがさらなる進化を遂げるための「大いなるヒント」と「課題」を、同時に浮き彫りにした。この日の露呈した戦術的・物理的な課題はすべて、ヴィッセルが「戦術的な引き出しを増やし、ビッグクラブへ進化する」ために避けては通れない、必要な成長痛だ。

幅の証明

 この試合における戦術的なテーマは「同種のフットボールを志向するチーム同士の激突をどう制するか」だった。黒田剛監督率いる町田は、徹底したハイプレス、球際の圧倒的な強度、ロングスローやセットプレーの徹底活用など、ある意味でヴィッセルが近年J1リーグを席巻してきた強力な武器を備えたチームだ。つまり、今回の対戦は、スタイルにおける鏡像──自分たちの写し鏡との戦いという側面もあった。
 前節の川崎F戦では、相手のショートパス主体の巧妙な可変ビルドアップによってファーストディフェンスを剥がされ、中盤のライン間に潜り込まれた相手選手にハブとしての仕事を許してしまった。プレスの連動性を欠き、前線の大迫勇也が孤立したあの敗戦の後、ヴィッセルと同じハイインテンシティを武器とする町田に対して、いかにアプローチを修正するのか。求められたのは、根性論で強度をぶつけ合うことではない。町田のロジカルなロングボール戦術をいなしつつ、自分たちの「縦に速い直線的なフットボール(プランA)」、そして「段階的に前進するための地上戦でのレイヤードポゼッション(プランB)」をどれだけ高水準で繰り出せるか。チームとしての「幅」が問われていた。

正しい噛み合わせと配置の妙

 スキッベ監督は、前節から4人の先発を入れ替えてこの大一番に臨んだ。右サイドバックには、急な発熱により前節を欠場した酒井高徳、左センターバックにはJ1リーグ戦初先発となるカエターノ、アンカーには岩本悠庵、そして左インサイドハーフには郷家友太を配した。このメンバー変更は、過密日程のマネジメントという側面を超え、極めて明確な戦術的必然性に満ちていた。
 今回のメンバー変更における最大のポイントは、基本システムである4-1-2-3を維持しながらも、最終ラインと中盤の「機能」を劇的にアップデートした点にある。
 まずは最終ラインだ。左利きのカエターノを左センターバックに入れることで、マテウス トゥーレルを右センターバックへとスライドさせることができた。カエターノとトゥーレルというボールスキルに長けた2枚が中央に並んだことで、サイドに対して角度をつけたパスを供給する際、身体の向きを直す(ステップを踏み直す)手間が劇的に減少した。身体の向きを変えるだけの僅かな時間──コンマ数秒ではあるが、これが町田の鋭いファーストプレスを無効化するうえで、決定的な意味を持っていた。
 酒井が右サイドバックに復帰した効果は絶大だった。町田の強力なシャドーである相馬勇紀や、左ロウイングバックの明本考浩の縦への突破を物理的に封殺し、ディフェンスラインの対人強度を担保した。加えて、広いカバーエリアで周囲の味方に「思考する時間」を配給する酒井の存在があったからこそ、町田が得意とするハーフスペースの攻略に対しても、ヴィッセルはプレスバックした右ウイングの武藤嘉紀、インサイドハーフの井手口陽介と、連動した完璧な網を張ることができた。これが今季、ここまですべての公式戦で得点を挙げていた町田の攻撃を零封する最大の原動力となった。この日、相馬と小川航基に満足な形でのシュートを許さなかった裏側には、酒井のツボを押さえた世界基準のプレーが大きく寄与していた。
 アンカーに岩本を配したことで、ビルドアップの動線は劇的に改善された。ハーフスペースやセンターバックの間をスマートに動き直す岩本が、最終ラインにとっての「確実な出口」となり続けたため、ボールはスムーズに前進した。特に前半は、町田のカウンターを未然に遮断しつつ、何度も敵陣深くへ攻め入る構造が整った。岩本が相手のファーストプレスの網の目で角度をつけ、クリーンに配球したことで、その前に立つインサイドハーフの井手口と郷家のタスクも明確化された。この両者が町田の2ボランチ(前寛之、ネタ ラヴィ)に対して真っ向からハイインテンシティで対峙し、こぼれたセカンドボールに対しても常に「前向き」の体制で迎撃することが可能となったのだ。
 スコアボード以上の価値を持っていたのが、郷家によって復活したファーストディフェンスの規律だ。パスコースを自らの背中で消しながらアプローチできる郷家が、ボール非保持時にプレスの始動役を担ったことで、ヴィッセルの前線の守備に強固な「基準点」が生まれた。その結果、前線からのプレスは連動し、セカンドボールの回収率は上がった。

アンカーシステム

 ここで、現代フットボールにおける「1アンカー」という過酷なタスクについて、改めて考えてみる。一般的には、1アンカーシステムの実装は極めて困難とされている。それには明確な3つの構造的理由が存在する。
 1つは「数的不利を背負いやすい」点だ。1トップ2シャドーや2トップを擁するチームと対峙した際、アンカーの脇や背後を組織的に狙われると、中央の防衛ルートを1人で塞ぎきれなくなる。結果として、最終ラインの手前──いわゆるバイタルエリアを簡単に侵略されてしまう。
 2つ目は、インサイドハーフによる絶え間ない補完行動を必要とする点だ。このシステムが機能するためには、前に位置する2枚のインサイドハーフが攻守において完璧に連動しなければならない。インサイドハーフが攻撃に重心を傾けている中で発生したネガティブトランジションの瞬間、アンカーはピッチの横幅を1人で管理するという過酷な現実を突きつけられる。
 3つ目は、ビルドアップ時における相手の「アンカー消し」のターゲットになりやすい点だ。アンカーが相手の執拗なマークに捕縛されると、最終ラインから中央への配球動線が遮断される。結果としてチームはサイドへと追い込まれるか、あるいは前線へのアバウトなロングボールを強制的に蹴らされることとなる。
 世界を見渡しても、1アンカーを採用しながらも、形骸化しているチームは少なくない。ましてやJリーグは、全体的にインテンシティが高く、攻守の切り替えが世界屈指の激しさを持つという特徴がある。この過酷なリーグにおいて、90分間たった1人で中盤の底をスライドし続け、かつビルドアップの起点であり続けるのは、物理的にも戦術的にも限界がある。
 では、この難しさに満ちた1アンカーにはどのような資質が求められるのか。筆者は、4つの絶対的要素が必要であると思う。
 第1に「危機察知能力とポジショニングセンス」だ。身体能力で勝る相手にも後手に回らぬよう、パスコースを先読みして遮断する眼が必要だ。第2に「360度の視野とプレス耐性」だ。全方位から押し寄せる激しいプレッシャーに晒されても、微動だにしない圧倒的なキープ力と、ワンタッチで周囲へつなぐ判断の速さが求められる。第3に「配球力」だ。相手のファーストラインを鋭く切り裂く縦パスや、局面を一変させる正確なロングフィード、そして攻撃のテンポをコントロールするインテリジェンスが必要になる。そして第4に「対人守備の強度」だ。カウンターを浴びた際、単身で相手の進撃を遅らせ、あるいはノーファウルでボールを強奪しきる守備力も求められる。
 要するに、卓越した戦術眼と最上級のスキルが同時に求められるポジションだからこそ、このシステムは機能させるのが難しいとされているのだ。
 しかし、この日のピッチに立った岩本は、この難しい役割を鮮やかにこなして見せた。町田のワントップに入った小川やシャドーの西村拓真が仕掛けてくる連動したプレッシングの網の目に捕まることなく、立ち止まらずにパスコースを創出し続けた。岩本が中盤の底で冷静にボールを循環させ続けたため、カエターノとトゥーレルの両センターバックは、無理に縦方向へロングボールを蹴り出す必要がなくなった。これによって、前節の川崎F戦で致命傷となった「中盤の分断」は解消された。
 岩本のプレーの本質は、「時間とスペースを周囲の味方に届ける」点にある。高い技術を有しているが故に、相手に肉薄された局面であっても、巧みにボールをコントロールしながら味方に時間とスペースを渡すことができる。それを可能にしているのが、相手に対して常に半身の姿勢を維持しながらボールを呼び込む技術だ。岩本はこのディテールを完璧に身につけているため、相手のプレスの矢印に応じた最適な場所にボールを置き、相手の視野からボールを隠し続けることができる。それが遺憾なく発揮されたのが、37分のシーンだ。
 自陣ペナルティエリア内でボールを奪ったジエゴから、ペナルティエリア右角でボールを受けた岩本は、時計回りにターン。寄せてきた西村を引き付けるようにして、左タッチライン方向へ動いた。こうして意図的に「時間」を創出し、前線へと走り出していたジエゴに対して、タッチライン沿いの見事なパスを通してみせた。この時、ジエゴには望月ヘンリー海輝がマークについていたが、岩本からのボールが正確にジエゴの走路上へと配球されたため、ジエゴは速度を落とすことなく、望月を置き去りにすることができたのだ。
 さらに岩本は守備においても、相手のカウンターの芽を摘み取るセンスを見せた。それを象徴しているのが26分のシーンだ。岩本はピッチ中央でボールを受けようとしたネタ ラヴィの背後から一瞬で距離を詰め、前を向く自由を完全に剥奪した。
 ヴィッセルにとって、この日の最大の収穫は、間違いなく岩本という「アンカー」の出現だった。これまでにも出場した試合では、その能力を示してきたが、この大一番でアンカーとしての確かな適性を示した。
 近年、このポジションを絶対的な存在感で守り続けてきた扇原貴宏の戦線離脱以降、ヴィッセルはその穴を埋める最適解を定めきれずにいた。ここで岩本という解が見つかったことは、この先の戦いに向けての明るい材料だ。

プランBの機能美

 前半にピッチで繰り広げられた光景は、戦術的な視点から見れば、ヴィッセルが町田をほぼ完璧にコントロールしていたと言ってよい。主導権を握り続けられた最大の理由は、「岩本をハブとした地上戦でのポゼッション」と「セカンドボールの即時回収メカニズム」が、極めて高い規律で連動していたためだ。このポゼッションを軸とした能動的な段階的前進こそが、今季取り組んできた「プランB」の具現化だった。
 3-4-2-1でセットされた町田はコンパクトな陣形を維持し、ボールを強奪した瞬間には西村や小川への縦の配球によってカウンターを狙おうとしていた。しかし、ヴィッセルの中盤は井手口と郷家が鋭い予測のもとにスライドを繰り返し、セカンドボールをことごとく「前向き」の状態で回収し続けた。これによって町田の前進を封鎖し、主導権を握ることに成功した。
 ボール保持の局面では、大迫が見事なポストワークで攻撃陣を牽引した。強さを最大の武器とする昌子源や岡村大八といった町田のセンターバック陣が背後から執拗に身体をぶつけてきたが、大迫は寸分も違わぬタイミングで軸をブレさせることなく身体を張り、ボールを収めては前向きの郷家や井手口へ正確な落としのパスを供給し続けた。しかし、これだけ深く押し込み、美しいレイオフを連発しながらも、なぜ前半をスコアレスで終えることになってしまったのか。そこには、この日最大の「戦術的ノッキング」が存在していた。

「3人目の動き」のノッキング

 核心は、基準点となった大迫の「次」のフェーズにおける、3人目の動きの質とダイナミズムの不足だ。3人目の見せる侵入の矢印が直線的であったこと、そして連動性を欠いたことが、攻撃にもう一歩の厚みを生み出せなかった最大の要因である。
 背後からの圧力をいなして大迫が味方にボールを落とした瞬間、町田の守備ラインは当然、大迫に引っ張られる形で前へと一歩食いついていた。つまり、その背後のスペースには空間が生まれていたのだ。本来であれば、そのスペースに対して右ウイングの武藤や、インサイドハーフの郷家が斜めのスプリントで飛び出し、パスを呼び込まなければならなかった。彼らがスペースへ突入して初めて、町田の守備陣はマークの受け渡しでパニックに陥り、陣形に歪みが生じる。
 しかし、この日のヴィッセルは、その「最後のスプリント」を発揮しきれなかった。大迫が身体を張って作った一瞬の時間とスペースに対し、2人目までは顔を出せるものの、そこからさらにギアをもう一段階挙げて、町田の「壁」の裏へと突き抜ける3人目の連動したスプリントが見られなかった。
 また、左右のウイングがボールを受けた後、中央へ絞る動きのタイミングが早すぎた点も惜しまれる。この日の前半は全体が高い位置を取れていたこともあり、ウイングとサイドバックの連携は良好に保たれていた。であればこそ、両ウイングがより縦のレーンを意識し、ゴールライン近くまで深く抉るようなアクションを入れても良かったはずだ。
 ディフェンシブサードにおいて中央・ゴール前を分厚く固める傾向のある町田の守備網を、斜め前からのアーリークロスで崩すことは極めて困難だ。ゴール前の人数が揃っているうえ、町田の守護神・谷晃生は前後のクロス処理や判断力に優れているからだ。事実、前半に右サイドで武藤、酒井、井手口が絡んだ動きからゴールライン際の深い位置を奪取した局面においては、町田の強固なゴール前は崩れつつあった。谷を含む町田の守備陣にとっては、大迫のレイオフによってペナルティエリア付近で前を向かれても、その先の最も危険なエリアへ飛び込んでくる3人目の選手がいないため、無理にラインを崩すことなく、中央を閉じるスライド対応だけで事足りてしまったのだ。結果として、ヴィッセルの攻撃は「押し込んではいるが、最後は町田が綺麗に揃えたブロックの外側でボールを回させられる」という、構造的な足踏みを強いられた。

未完の地上戦を完遂する

 前半に見せた「大迫による落としのパスを起点とした攻撃」は、ヴィッセルが新たな次元へと脱皮する可能性を感じさせた。足りなかったのは、それを「得点」という具現化された果実に結びつけるための、ディテールの洗練に他ならない。相手の配置に合わせて巧妙にポジションを変える大迫をターゲットとして縦パスを差し込み、それを大迫が完璧に落として味方へとつなぐ。ここまでは、チームの共通認識として流れは確立されている。問題はその後の動きだ。前段で記した斜めのランニングもその1つだが、それ以外にも戦術的アプローチは2つあるように思う。
 第1は、左サイドにおける流動的な「レーンローテーション」の確立だ。ここ数試合で確固たる輪郭を見せ始めている「左ウイング永戸勝也・左サイドバックジエゴ」という縦のユニット関係は、今後のヴィッセルにとって極めて大きな戦術的財産になる可能性を内包している。永戸がタッチライン際に固定されるだけでなく、敢えて内側のハーフスペースへとポジションを取り「偽ウイング」としてゲームメイクに絡む。そして、それによって空いた大外のレーンを、ジエゴが馬力とスプリントで駆け上がる。ここで重要かつインテリジェンスな役割を担うのが、アンカーの岩本だ。岩本が左寄りにポジショニングをスライドさせてバックアップすることで、左サイドには「永戸・ジエゴ・岩本」という可変の三角形が形成され、ローテーションが生まれる。永戸の卓越したキック精度とジエゴの推進力を活かすだけでなく、動きの中心に岩本がコンダクターとして立ち続けることで、地上戦での前進スピードをコントロールし、ゴール前でリトリートする相手を外側から誘い出す強力な武器となるだろう。
 第2は、「シュートで終わる規律」の再徹底と、ミドルサードからのセカンドボールの再配置だ。押し込んでいる局面において、ヴィッセルの攻撃がノッキングを起こす最大の原因は、「完璧に崩し切ろうとしすぎる」意識にある。その結果、最終局面のバイタルエリアでもパスを選択し、それが町田の緻密な網にかかってカウンターを浴びるシーンが、この日も散見された。町田のように中央のブロックが強固なチームに対しては、大迫の落としから、インサイドハーフを中心としたペナルティエリア手前の選手が「強引にでもミドルシュートを放って終わる」という割り切りも必要だ。その際には確実に枠、あるいはその付近を強襲しなければならない。これが徹底できれば、たとえシュートが相手のブロックに阻まれたとしても、それはそのままヴィッセルが最も得意とする「セカンドボール即時回収」の局面に移行できる確率が高い。崩し切る手前で果敢に放つ「シュートの規律」は、結果として攻撃の選択肢を増やす鍵となる。

奪われた主導権

 後半に入ると、ピッチを包む空気は一転した。町田が完全に息を吹き返し、逆にヴィッセルを激しいプレッシングで自陣へと押し込み始めた。この変化が生じた要因は2つだ。1つは町田の交代策、そしてもう1つは、ヴィッセルの体力だ。
 まず町田の交代策だが、黒田監督は後半開始からセンターバックの岡村に代えてキム ミンテをピッチに送り込んだ。試合後にキム自身が「役割は大迫を抑え込むことだった」と語ったように、この交代の主目的は、大迫に対するディフェンスラインの迎撃設定を一歩前に出すことにあった。もちろん、黒田監督が試合後に明かしたように岡村が痛みを抱えていたというアクシデントはあったにせよ、戦術的な意図は明確だった。
 そのキムは、大迫にボールが入る瞬間に激しく身体をぶつけ、前を向かせない、レイオフの角度を作らせないという守備を徹底した。ポジションにすればわずか数十センチの距離だったかもしれない。しかし、このわずかなラインの押し上げが、ヴィッセルの攻撃の基準点を物理的に機能不全へと追い込み、ピッチ全体のバランスを引っくり返す引き金となったのだ。
 前半はヴィッセルの中盤がほぼ完璧に回収していたセカンドボールだったが、55分頃を境に、前とネタ ラヴィのボランチコンビに拾われる場面が急増した。これについて、前は試合後に自分たちのマイナーチェンジを認めつつも、「後半になって相手の守備の運動量や強度が少し落ちたことも影響していたのではないか」という見立てを口にした。この言葉は、郷家の「前半飛ばすことは、試合前に皆で口にしていました」というコメントと完全に呼応している。超過密日程の渦中にあるヴィッセルが、この大一番で勝点3を獲得するため、体力のある前半にすべてを賭けるというゲームプランを選択したことは想像に難くない。そう考えれば、後半にセカンドボールの主導権を失った原因は、戦術的な破綻ではなく、極限状態における純粋なガス欠だったということになる。
 両チームともに中2日という過酷な条件下、この日の試合は「前半勝負のヴィッセル」対「後半勝負の町田」という、明確なタイムマネジメントの図式でもあった。それだけに、ヴィッセルにとって圧倒的に支配した前半に得点を奪えなかったことは、結果論として痛恨の極みだったと言わざるを得ない。
 町田は後半、プレッシングのギアを引き上げ、ヴィッセルのセンターバック陣に時間を与えないハイプレスを敢行した。これによって、前半は機能していた岩本を軸としたパスコースが縮小し、町田の推進力のあるシャドーにボールを奪われ、何度も波状攻撃を受けた。
 この劣勢を受け、スキッベ監督は63分に大迫と郷家をベンチに下げ、小松蓮と佐々木大樹を投入した。過密日程における主力のプレイングタイム管理という視座に立てば、これは正しい判断だった。しかし戦術的には、これがチーム全体の「構造的バランスの喪失」という致命的なノッキングを引き起こすこととなった。
 とはいえ小松と佐々木が見せた積極的な動きは、試合最終盤の猛攻の引き金となっていたように思う。両選手が町田の最終ラインにプレッシャーをかけ続けたことで、町田も体力の限界を迎えたように思う。
 この日の試合では目立った活躍はなかったものの、前線のマルチプレーヤーである佐々木の戦列復帰は、ヴィッセルにとって明るい材料だ。大迫や武藤との間で、この先、佐々木がどのような動きを見せてくれるのか。今から楽しみだ。

守り抜いた守備陣

 町田に激しく攻め込まれる時間の長かった後半において、失点を「ゼロ」に抑え込み、最低限の勝点1を死守することができたのは、守護神である権田のビッグセーブ連発があったからに他ならない。
 後半50分、明本がペナルティエリア外から放った強烈なシュートを鋭く弾くと、そのこぼれ球に反応した西村拓真の決定的なセカンドシュートも驚異的な反応で阻止。さらに58分には、相馬が放ったポスト際ギリギリの下を狙う鋭い弾道を指先で掻き出し、その直後の59分には、ペナルティエリア内右で望月が頭で落とした絶妙な折り返しに、小川が完全にフリーで飛び込んできた至近距離のシュートもブロック。町田の決定的な得点機を、ことごとく防いだ。ゴールが奪えない、あるいは機能不全に陥ったタフなゲームにおいて、しぶとく勝点を積み上げるために必要なのは、まさにこうした守備面における絶対的な個の奮闘だ。
 そして、この鉄壁の守護神をサポートするように、最終ラインの選手たちも最後まで集中を切らさず、粘り強い守備を見せ続けた。
 この日のヴィッセルの守備において戦術的に特筆すべきは、最終ラインのユニットと権田との「距離感」が、常に適切に保たれていた点にある。権田が防ぐことのできるセービング範囲と特性をディフェンスラインの選手たちが完全に理解したうえで、自らはそれ以外の危険なシュートコースやセカンドスペースを消すように的確にポジショニングしていた。これによって、混戦の中でも権田に対して「視界とスペース」を残し続けたのである。ゴール前に深く迫られ、誰もがボールウォッチャーになりがちなスクランブルの局面において、これほど冷静な役割分担と連携を維持し続けた守備陣のインテリジェンスは、スコアレスドローという結果において極めて高く評価されるべきだ。

次戦に向けて

 休む間もなく、戦いの舞台は韓国・大田へと移る。現在、ヴィッセルはAFCチャンピオンズリーグ・リーグステージにおいて、勝点6で東地区の3位と好位置につけている。だが、次節対戦する大田ハナシチズンも勝点4の7位と手堅い戦いを見せており、完全アウェイの地での一戦が、タフなゲームになることは疑いようがない。
 中2日という極限の連戦下でスキッベ監督がどのようなメンバーを選択するかは分からない。しかし、このアジアの決戦において起用されるすべての選手たちにとって、そこは「自らの価値と力を証明する最高の舞台」に他ならない。クラブの総力が試される大舞台で、存分に暴れ回ってくれることを確信している。
 アジアの頂点へ。ヴィッセルの歩みは止まらない。