
敗戦の意味
サッカーに限った話ではないが、「システムの固定化」と「システムの硬直化」は表裏一体だ。型へのこだわりが強ければ強いほど、自らの選択の幅を狭めてしまうというのはよくある話だ。
この日ヴィッセルが喫した敗戦は、単なる「アウェイでの勝点3の喪失」という結果以上に、今のヴィッセルが抱える問題点が可視化されたという意味において、極めて重い教訓を残す試合となったのかもしれない。スコアだけを見れば1-2という僅差ではあったが、ピッチ上で繰り広げられた戦術的な攻防に目を向けると、終始、川崎Fにペースを握られ続けた「完敗」だったと言わざるを得ない。そしてそれは数字にも表れている。
シュート数 6:16
枠内シュート数 1:7
パス成功率 76%:79%
走行距離 112km:112.6km
スプリント数 113:115
ゴール期待値 0.53:1.66
このように全ての項目において、ヴィッセルは川崎Fの後塵を拝した。特筆すべきは、走行距離やスプリント数が互角ながらも、ゴール期待値で3倍近い大差をつけられた点だ。この日ヴィッセルが見せたランニングの多くが、川崎Fのパスワークによって「走らされていた」ことの証明に他ならない。
ヴィッセルの特徴は前線からの連動したプレッシング、球際を含む圧倒的な強度、そして縦に速い直線的なアプローチだ。この戦い方でJ1リーグを連覇し、天皇杯や特別大会など数々のタイトルを獲得してきた。これがハマったとき、ヴィッセルの強度は対戦相手を完全に封じ込める。しかしこの日の川崎Fは的確なスカウティングに基づいたプレーで、ヴィッセルの特徴を消してきた。こうした相手と対峙した場合は、「プランB」に切り替える必要がある。しかしこの日の試合から、その存在を感じることはできなかった。この日の試合がヴィッセルに突き付けたのは「プランB」の必要性だったのではないだろうか。
厳しい敗戦ではあったが、決して悲観する必要はない。この日の試合はJ1リーグ序盤戦の1試合に過ぎず、巻き返すためのチャンスと時間は十分に残されているためだ。GKの権田修一は試合後に「まだまだ伸びる余地はある 」と繰り返した。守護神の言葉を実現するためにも、この日の試合を「不運な風」や「アクシデンタルな失点」という言葉で片付けてはならない。なぜこの日の試合でヴィッセルは持ち味を消され、ビルドアップでは嵌められ続けたのか。そのメカニズムを冷徹に分析することこそが、この敗戦を未来の糧へと昇華する。
無効化されたハイプレス
ヴィッセルにとっての生命線は、前線からの連動したハイプレッシングによるショートカウンターだ。しかし川崎Fを率いる長谷部茂利監督は、ヴィッセルのファーストプレスを無力化するための配置を用意していた。
3日前の岡山戦から1人のみを入れ替えて試合に臨んだヴィッセルだが、ボール非保持時には大迫勇也とエリキを1列目とした4-4-2の配置で、川崎Fに制限をかけようとした。しかしここに最初のエラーがあった。川崎Fのビルドアップは、ペドロ ホマーノと丸山祐市のセンターバックコンビに加えて、ボランチコンビの片割れである橘田健人が1枚で落ちてきて、3バックのような状態になるところから始まっていた。そしてその前にはもう1人のボランチである河原創が立っていた。両サイドバックは、河原よりも高い位置にセットする場面が多く、この4枚でビルドアップをスタートさせていた。この橘田と河原が築いた縦関係が、ヴィッセルにとって最初の誤算だった。大迫とエリキがセンターバックにプレスをかけたとき、センターバックには橘田という逃げ道があった。そして橘田を消したときには、前の河原という具合に人数が合わない状態を作り出されていたためだ。もし人数を揃えるのであれば、構造上、中盤の2枚が高い位置を取ることになるとは思うが、その場合には2列目をサイドバックが見なければならなくなる。要は配球能力の高い橘田を下げる形を作られた時点で、ヴィッセルにとってはミスマッチとなっていたのだ。
この川崎Fによって作り出されたミスマッチが機能した裏側には、ヴィッセルの動きも影響を及ぼしていた。ファーストディフェンダーの役割は、この河原へのパスを制限することにあったのだが、ここで問題が発生していた。ボールホルダーに対して大迫がコースを限定しながらアプローチしても、続くエリキの連動性が欠けていたのだ。
エリキは圧倒的なスピードと突破力を誇る強力なストライカーではあるが、組織的な守備の規律、特に「パスコースを背中で消しながら、次のパスの移動先を限定する」といった、ファーストディフェンダーとしての緻密なチェイシングを得意としているわけではない。そのためミヒャエル スキッベ監督はエリキを中央に配置し、大迫と2列目以降の守備力で、エリキの不足分を補おうと企図していたのだろう。しかしこの日の試合においては、ここで河原へのパスコースを消しきれなかったことで、ヴィッセルはボールの奪いどころを定められなくなったように思う。
この状況は「中盤の分断」を引き起こした。河原と橘田のボランチコンビにトップ下の大関友翔を加えた3枚に対して、ヴィッセルは鍬先祐弥と井手口陽介の2枚で対応せざるを得なくなり、構造的な数的不利を抱えてしまった。そして、この数的優位を最も活かしていたのが大関だった。前半を通じて大関は、ヴィッセルの最終ラインとボランチの間のスペース、いわゆる「ライン間」に完璧に潜り込んでいた。そして前記したように前線でのプレスが機能しきれていなかったため、川崎Fのセンターバックや河原は、タイミングを自由に見計らって、常に浮いた状態の大関に縦パスを差し込んできた。鍬先と井手口はこの状況を理解していたが、右サイドハーフの山市秀翔もここに加わってきたため、捕まえる場所を定めきれなかった。サイドバックの飯野七聖とジエゴ、あるいはセンターバックのマテウス トゥーレルと山川哲史も、鍬先と井手口をフォローしようとしていたが、左サイドハーフのマルシーニョと1トップのデリキ ラセルダが常にヴィッセルのDFラインの裏を狙い続けていたため、それほど自由には動けなかった。
結果として、ヴィッセルの守備陣は常に「後手」を踏まされ、各所で数的不利を背負う悪循環に陥っていた。川崎Fは攻撃のスピードを上げるのではなく、大関をハブとして左右にボールを散らし、ピッチの幅を使うことでヴィッセルの守備陣を揺さぶり続けた。
この動きこそが、ヴィッセルのプレスをかわしつつ、守備陣を疲弊させるための策だった。以下ではヴィッセルが講じるべきだった対策について考えてみる。
守備システムの改善
川崎Fのように、個々の技術が高く、組織的なパスワークでビルドアップしてくるチームに対しては、高いインテンシティだけを武器としてプレスをかけに行っても、簡単にレイアップされてしまう。現代のフットボールにおいて前からのプレスを機能させるためには、ピッチ上の11人が完全にシンクロし、相手から『「時間」と「選択肢」を取り上げる』、組織的な封殺システムを構築しなければならない。
ヴィッセルが今後、こうしたポゼッション主体のチームを破壊するために徹底すべきポイントは3つだ。
1つ目は「シャドーブロック」によるパスコースの限定だ。プレスの始動役となるファーストディフェンダーは、ボールホルダーに突っ込んでいくのではなく、「特定のコースを消しながら、意図したエリアにパスを出させる」という動きを徹底しなければならない。例えば、相手の片方のセンターバックに対して、外側のサイドバックへのパスコースを自らの背中で消しながら寄せていき、ボールごと内側へ追い込む。これによって、ボールが移動する場所を予め後ろで構える中盤の選手たちに予測させ、インターセプトの狙いどころを明確にする。ファーストディフェンダーがコースを限定して初めて、チーム全体の守備のスイッチが入るのだ。
2つ目は縦パスの受け手に対する「前向きな迎撃体制」の確立だ。どれだけコースを限定しても、川崎Fのようなチームは一瞬の隙を突いてライン間に縦パスを差し込むことができる。ここで重要なのは、縦パスを入れられた後の対応だ。縦パスが相手の受け手に入る瞬間、ボランチやセンターバックが、受け手の背後から厳しく身体を寄せ、トラップした瞬間に前を向かせず、潰しきらなければならない。ここで前を向かせなければ、相手のスピードは低下する。これによって相手の受け手を、自分たちのショートカウンターの「絶好の起点」へと変質させることが狙いだ。
3つ目は、チーム全体の「コンパクトネスの維持」と「ラインの押し上げ」だ。前線の選手がプレスを開始したとき、ディフェンスラインが相手のスピードや突破力を恐れて下がってしまえば、中盤には広大なスペースが生まれ、全体が間延びしてしまう。ここで大事なことは、リスクを恐れずにチーム全体の縦の距離を常に30〜35メートル以内に保つことだ。そのためにも、ディフェンスラインを高く設定し、中盤のスペースを極限まで圧縮しなければならない。全員が連動して前に押し上げる胆力があって、初めてプレッシングは組織としての意味を持つ。
このように見てくると、求められるプレーの一つひとつは、ヴィッセルの選手にとって決して難しいプレーではない。ピッチ上の全ての選手がこうした理屈を理解したうえで、忠実に役割を遂行することができれば、相手を封殺する方法を確立することは十分に可能だと思う。

ビルドアップの改善
この日の試合で露見した、ヴィッセルが抱えるもう一つの課題が、ディフェンスラインからのビルドアップだ。そこでピックアップしなければならないのは、右センターバックとして確固たる地位を築いている山川哲史だ。この日の試合でも、山川が相手のハイプレスに晒された際の配球ミスは、何度か見られた。山川はJ1リーグ屈指の対人守備能力とカバーリングセンスを持つ素晴らしい選手ではあるが、相手に鋭く寄せられた際、パス精度が乱れ、相手にボールを引っかけてしまうシーンが散見される。しかしここで誤解のないように言っておきたいのは、これは山川個人のキック技術の向上だけで解決すべき問題ではないということだ。
現代サッカーにおけるセンターバックのビルドアップ時のミスは、多くの場合、「サポートの遅れ」と「逃げ道の設計不足」という構造的欠陥に起因している。そして、これらはチームとしての問題でもある。チームとしてビルドアップを機能させるためには、3つの戦術的アプローチが必要になる。
1つ目はボランチによる角度をつけたサポートとレイオフ(落とすパス)の徹底だ。最終ラインの選手が相手前線のプレスを引きつけた際、最も確実な回避策は、中盤のボランチへのパスだ。重要なのは、その角度だ。ボールホルダーの正面に立つのではなく、斜めに角度をつけてボールを引き出すように顔を出さなければならない。こうしてボールを受けたボランチは、素早くサイドバックやセンターバックなど、元のボールホルダー以外の選手へレイオフを供給する。この動きは、前段で書いたことの裏返しでもある。前段で、相手を嵌めるためにはシャドーブロックによって、パスコースを限定しなければならないと書いた。これがそのまま跳ね返ってくる。最終ラインの選手からボールを受けるボランチの選手は、相手の背中を外すように動き、ボールホルダーとの間にパスコースを作らなければならない。もしここでパスコースを提示できなければ、ボールホルダーを孤立化させてしまい、最後は無理なロングボールを蹴らせてしまう。
2つ目は「運ぶドリブル」による「時間とスペースの創出」だ。最終ラインの選手がボールを受けた際、その場で立ち止まってパスコースを探していると、相手はプレスを強めやすくなり、コースも限定しやすくなる。そのため、あえて相手選手の手前にあるスペースへ向けて、数歩だけボールを運び、相手選手を自分に食いつかせる。相手の背後にスペースを作るためだ。この動きを味方と共有できていれば、相手を食いつかせることで、前に進むための道筋が見つかる。
3つ目はGKの関与だ。相手が前線から嵌めに来た際、センターバック2枚で回そうとすれば、数的不利に陥る可能性は高い。前記したように、この日の川崎Fはボランチの橘田をディフェンスラインへと落とし、実質的な3バックを形成してパスコースを作り出していたが、ヴィッセルならば別のルートを作り出すこともできる。それがGKの権田を関与させた形だ。権田がペナルティエリアの端までポジションを上げ、「3枚目のセンターバック」としてビルドアップのパス回しに能動的に参加する形を整えることができれば、この日の川崎Fよりも選択肢を増やすことができる。横に開いたセンターバックが寄せられた際も、安全に後ろの権田へ戻せるアングルが確保されていれば、無理に縦に蹴り出す必要はなくなり、ビルドアップの安定感は劇的に向上する。
スキッベ監督は縦への速さを求めているが、川崎Fのように高いインテリジェンスでプレスをかけてくる相手に対しては、「困ったら一度GKに戻して作り直す」「ボランチが3バックの脇に落ちて疑似的な3バックを形成する」といった、組織的なポゼッションの逃げ道をあらかじめ設計しておくことが、センターバックの負担を減らし、チーム全体のポゼッションを劇的に安定させるポイントになる。

最適な配置
この試合でもう1つカギとなったのは、選手交代に伴う配置転換だったように思う。ここで少しだけ試合の流れを追ってみる。
後半頭からスキッベ監督は永戸勝也に代えて岩本悠庵を投入し、左インサイドハーフに配置した。これに伴いエリキを左ウイングに移した。この修正は明確に機能したように思う。岩本はライン間で巧みにボールを引き出し、相手のプレスの矢印を折りながら、攻撃をスムーズに循環させる「リンクマン」として機能しつつあった。これによってヴィッセルは、漸く地上戦でボールを動かし、押し上げる時間帯を作ることができた。
しかし、67分に飯野がクリアの際にホマーノと交錯し、退場を余儀なくされたアクシデントの際、スキッベ監督は岩本を右サイドバックへと下げ、左サイドハーフにジェアン パトリッキを投入し、大迫とエリキを2トップとした4-4-2へと布陣を変更した。
結果から言えば、この配置転換は、好転しかけていたゲームの流れを自ら手放し、チーム全体のバランスを崩壊させたように思う。その理由は明確だ。岩本をサイドバックという低い位置に下げたことで、中盤でボールを動かせる唯一のブースターが消失してしまったためだ。加えて左サイドハーフに入ったパトリッキは、広大なスペースを縦に鋭く抜けることで真価を発揮する「直線的なスピードスター」であり、狭い局面でパスを繋いでリズムを作るタイプの選手ではない。ボールを動かして試合をコントロールしたい時間帯に、ポゼッション能力の高い岩本を前線から遠ざけてしまったことで、ヴィッセルは中盤のセカンドボールを川崎Fに拾われる展開へと逆戻りしてしまった。71分に伊藤達哉が放ったクロスが風に乗ってゴールに吸い込まれるという不運な2失点目も、中盤でボールを保持できず、何度も川崎Fにセカンドボールを拾われて押し込まれ続けた、構造的な欠陥に起因している。
では、どのような配置転換を行うべきだったのか。4バックのシステムを維持するのであれば、ベンチに控えていた左利きのカエターノを左センターバックに投入し、トゥーレルを右センターバックへスライド、右サイドバックとしてのプレー経験もある山川を右サイドバックへと回すべきだったように思う。サイドバックであれば守るべき視野は、基本的に180度となるため、緊急時の対策としては理に適っているように思える。
この布陣には3つのメリットがあったように思う。1つは岩本を前線に残すことで、攻撃のクオリティを担保できる点だ。2つ目は対人守備に強さを発揮する山川を右サイドバックに置くことで、先制点を決めたマルシーニョを物理的にシャットアウトできる点だ。3つ目は左利きのカエターノが左センターバックに入ることで、ディフェンスラインのビルドアップにおける左右のバランスが改善されるという点だ。
しかし急なアクシデントに直面し、岩本を「便利屋」として空いた穴に嵌め込んでしまった結果として、ディフェンスラインの安定、中盤のポゼッション、前線のキャラクターの噛み合わせなど、ストロングポイントを同時に失う「ドミノ倒し」のような状況を招いてしまったように思う。
地上戦でのBプラン
試合後の会見でスキッベ監督は「後半に自分たちもギアを上げた中で、向かい風だったところが自分の中では少し気になっていました」、「後半にロングボールを蹴る場面のときに向かい風だったことが気になっていて、それがうまくいっていない流れに追い打ちをかけた印象です」とコメントし、向かい風がネガティブに働いたという見立てを口にした。試合前から吹き続けていた強い風が、決勝点となってしまった失点を含め、ヴィッセルにとってのネガティブファクターとなっていたことは事実だ。試合後に権田は「風下であっても、しっかりロングボールを届けることさえできていれば、それだけでチャンスが1つできるので、そこの部分は自分がもっと質を上げなければいけない」という、非常にストイックな姿勢を見せた。しかし、技術論(個人のキック精度)だけに終始することは、チームとしての戦術的進化を放棄することに等しい。ヴィッセルが本当に目指すべきは、ロングボールの精度を上げることと同時に、ロングボールが封じられた際、または風下になった際に発動できる「地上戦の攻撃パターン」を組織として備えることであるように思う。
前記したビルドアップの改善を基盤として、ヴィッセルが今ある選手層で実装すべき「ロングボール以外の具体的な攻撃パターン」についても考えてみる。
1つ目はニアゾーン(ポケット)への「斜めのランニング」だ。大迫の頭を狙うのではなく、相手の守備ラインの背後、かつペナルティエリア内の深い位置へ、中盤やサイドの選手が斜めに走り込んでパスを引き出すパターンを確立することだ。大迫があえて下がる動きは、確実に相手選手を引き付ける。これを巧く使えば、中央に縦のスペースを作ることができる。そこへ、逆サイドから鋭く斜めに飛び込むことのできる武藤や岩本がスプリントで侵入する。これであればラインを高く設定してくるチームに対しては、空中戦ではなく「裏へのスピードとタイミング」で守備ラインをブレイクすることができる。さらにポケットを突いてからのマイナスのクロスまで持ち込むことができれば、高確率で決定機を演出できるはずだ。
2つ目は中盤の3枚を起点とした「レイヤードポゼッション」だ。この日のようにロングボールが風で押し戻される状況では、ピッチを縦に細かく分割し、短いパスを連続してつなぎながらブロックを押し上げるパターンが必要となる。その際にはアンカーと2枚のインサイドハーフという形を維持し、アンカーからハーフスペースの低い位置にポジションを取ったインサイドハーフに「斜めの縦パス」を入れる。ここで岩本のように「間で受けて前を向くことのできる選手」がボールを握り、サイドバックに安全にオーバーラップするための時間を渡す。一気に前線へ届けるのではなく、中盤に「経由地」を作ることで、風の影響を受けない地上戦での確実な前進が可能になるだろう。
3つ目はサイドにおける数的優位からのローテーションだ。中央を閉められ、ロングボールも機能しないといった状況では、意図的に片方のサイドに人数をかけ、局面的に相手を圧倒するパターンが有効だ。例えばサイドにおいて、サイドバック、インサイドハーフ、ウイングの3枚が敢えて近い距離を保つ。ここに「誰かがインナーラップしたら、誰かが外に開く」という3人目の動きを連動させる。これによって相手の守備意識を片方のサイドの内側に絞らせたところで、一気に逆サイドへ、低く速いライナー性の弾道でサイドチェンジを行う。たとえ風下であっても、弾道が低ければサイドチェンジは十分に通り、相手の横スライドが間に合わない状態の中、ワイドから一気に仕掛けることができる。
73分にエリキのクロスから大迫が技ありのシュートで1点を返したシーンは、まさにエリキが左サイドのワイドな位置で前を向き、大迫がペナルティエリア内で、一瞬で相手のマークを外すという「個のクオリティ」が融合したものだった。こうした個の輝きを「仕組み」へ昇華させるためには、上記のような地上戦での選択肢が不可欠だ。地上戦のバラエティがあるからこそ、相手はラインを下げざるを得なくなり、結果として本来の最大の武器である「大迫へのロングボール」も、再びクリーンに活きるようになる。
過密日程への対策
試合後、ヴィッセルの選手たちの表情は一様に険しかった。自分たちの力を発揮できないままに敗れたという現実が、誇り高き選手たちにとっては受け入れ難いものであったことは容易に想像がつく。しかしこの敗戦のショックを引きずっている時間はない。現在のヴィッセルは、J1リーグや天皇杯だけではなく、アジア最高峰の舞台であるAFCチャンピオンズリーグエリートなど、移動を伴う「超過密日程」の渦中に置かれている。肉体的や精神的な疲労が極限に達するこの過酷なスケジュールの中で確実に勝点3を掴み取るためには、川崎F戦で顕在化したエラーを修正した「現実的かつ即効性のある対策」を講じなければならない。中2日という超過密日程で迎える次節に向けて、筆者の考える具体的な対策は、以下の2点だ。
1つ目は郷家の先発起用によるインテンシティの初期設定だ。川崎F戦における最大の反省点である「前線からのプレスの機能不全」を即座に解消するためには、守備の基準点となることのできる郷家で試合をスタートさせたい。過密日程の中で、90分間全員が走り続けることは不可能に近い。だからこそ最初の45分間で、郷家の卓越した守備の規律と運動量を活かし、チーム全体のプレスの基準点を明確に設定してゲームの主導権を握る。そして前半の内にソリッドな守備からショートカウンターで先制点を奪う、またはゲームを完全にコントロール下に置くことが、体力を温存する意味でも最大の対策となるように思う。
2つ目はエリキのジョーカー化による戦術的ターンオーバーだ。これは郷家の先発起用とセットでもある。爆発的なスピードを持つエリキは、過密日程の中で頭から使い続けるよりも、相手の足が止まり始めた時間帯に投入する「ジョーカー」として運用する方が、チーム、個人の双方にとってメリットが大きいのではないだろうか。前半を郷家や武藤の献身的な守備とゲームメイクで耐え、またはリードした状態で試合を運び、勝負所でフレッシュな状態のエリキを投入する。相手ディフェンスラインが疲弊し、陣形が間伸びした裏のスペースにエリキのスピードを突き刺す形を作ることができれば、相手にとってこれほど恐ろしい武器はない。エリキを含めた主力選手たちのプレー時間をマネジメントする観点からも、ターンオーバーの設計は必須だ。

アジア制覇と国内の頂点へ向けて
超過密日程は、チームの「総力」と「インテリジェンス」が試される試練の場でもある。非効率的な配置変更や、戦術の空転に目をつぶったまま、力押しで戦おうとすることは、この過酷なスケジュールの中では命取りとなる。
ヴィッセルには「大迫」という絶対的な軸がある。ここに武藤の推進力、岩本の創造性、トゥーレルの安定感など、数ある「タレント(才能)」を組み合わせることができれば、多面的なマルチスタイルのチームへと脱皮できる。この日の敗戦は、ヴィッセルが真のメガクラブへと進化するために避けては通れない「産みの苦しみ」だったと、シーズン終了後に振り返ることができるような見事な巻き返しを、町田を迎えたノエビアスタジアム神戸のピッチで見せてくれることを期待している。

