覆面記者の目

明治安田J1リーグ 第4節 vs.C大阪 ノエスタ(8/29 19:00)
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    1後半0
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  • C大阪
  • 小松 蓮(71')
  • 得点者


偉大な瞬間

 勝負事の多くには「偉大な瞬間」がある。この試合で64分に酒井高徳が見せたインターセプトがそれだった。
 C大阪陣内でボールを受けたオーストラリア代表のジャクソンアーバインがワンタッチで左サイドの大畑歩夢へと渡そうとした。ここでジャクソンの狙いを見抜き、後方から一気に上がってきたのが、右サイドバックの酒井だった。完全に出し抜いたタイミングで酒井はこのボールを奪った。その直後、酒井が大畑に倒されたため、流れはここで途切れたが、この酒井のプレーが試合の流れを変えた。
 こうした「偉大な瞬間」は、あらゆる競技にも存在する。近いところで言えば、先日行われた将棋の王位戦第5局で藤井聡太6冠が63手目に8六歩を指した瞬間だ。多くのプロ棋士に「怖くて指せない」と言わしめた一手でペースをつかんだ藤井6冠は、そのまま押し切り王位7連覇に王手をかけた。野球では、ピンチの場面で投手に歩み寄った野手の一言が、投手に落ち着きを与え、以降の試合の流れを大きく変えることもある。

 前記した酒井のプレーも、ヴィッセルに流れを呼び込んだという意味において、こうしたものと同種だ。
 このプレーの直前、ピッチ内には停滞ムードが漂っていたように思う。誤解のないように言っておくと、両チームの選手は勝利を目指して全力でプレーしていた。しかしどちらも攻め切れない時間が長く続いた結果、両チームとも同じようなリズムでのプレーが続いていたように見えたのだ。サッカーにおいては、こうした時間帯は決して珍しくない。こうした状況に陥ったとき、流れを手繰り寄せるのは「熱を上げる」ことができたチームだ。その方法は様々だが、最も効果的なのは影響力を持った選手のプレーだ。そしてそうした選手は「熱」をストレートに表現できる選手でもある。前節で負傷退場した酒井が見せたこの気迫あふれるプレーには、ヴィッセルの選手たちに「もっと積極的に前に出ろ」という強いメッセージが込められていたように感じた。そしてこのプレーの後、ヴィッセルの選手たちの熱は確実に上がったように見えた。



ヴィッセルの矜恃

 試合後に酒井は「こういう試合でも勝たなければいけないチームになっているということを、本当にみんなが考えなければいけない」とコメントした。そしてこの言葉の真意を「これは自分たちが特別なチームだというわけではなく、明治安田百年構想リーグやJリーグ、天皇杯を近年獲ってきたという自分たちが成してきた事実を見て、タイトルが常に近いチームになっているということを、所属している選手全員が感じないといけない」と説明した。酒井らしい「プロの言葉」を前にしたとき、「矜持」という言葉の意味を説明することには一定の意味があると思う。
 「プライド」や「誇り」と似たニュアンスで使用される「矜恃」だが、「矜(きょう)」という文字には「自分を慎む」、「誇る」という意味があり、「恃(じ)」には「頼りにする」、「あてにする」といった意味がある。恃は、訓読みでは恃む(たのむ)と読む。一般的に使われる「頼む」が相手にお願いするというニュアンスであるのに対して、こちらの「恃む」は自分の能力を信じ、強気になるというニュアンスで使い分けられる。「プライド」や「誇り」が外へ向けられているのに対して、「矜持」は周囲の評価には揺らがない内に秘めた強い思いを意味している。「恃」は常用漢字でないため、一般的には「矜持」と表記するが、今回はあえて「矜恃」と表記した。

 まだシーズン序盤ではあるが、ヴィッセルは我慢の時を過ごしている。この日の試合でも前線を指揮する大迫勇也、突破力に優れた武藤嘉紀、前線での万能プレーヤーである佐々木大樹、前線のコーディネーターである井出遥也、司令塔の扇原貴宏、スピードに優れたジェアンパトリッキといった面々が不在となっていた。さらには期待のフォワードであるアンデルソンロペスも、現在は戦列を離れている。これだけの主軸選手を欠きながら戦うというのは、チームとしては極めて厳しい状態だ。しかし選手をそろえることもチームの力であるとするならば、これは「負けていい理由」にはならない。そして何より、ヴィッセルは「一致団結」して、「全員で戦う」ことを信条としているクラブだ。全ての選手の力を結集し、どんな状況でも勝利をつかみ取ることこそが、数々の困難を乗り越えてきた「ヴィッセルらしさ」でもあるはずだ。

 酒井はこうも語っている。「よくない試合でも修正して勝つ、それを繰り返して気づいたらずっと勝っている、負けていない、というのが、ずっと『神戸としての強さ』だったと思うので、それをここから続けていく第一歩に今日の試合がなれば良いと思います」

 この言葉こそが、この日の試合の全てと言えるのかもしれない。決して思い通りに試合を運べたわけではないが、最後まで粘り強く戦い、多くのタレントがそろうC大阪を相手に勝利を収めた。それはヴィッセルにかかわる全ての人の思いが結集した結果であり、「ヴィッセルらしさ」にあふれていた。ヴィッセルにかかわるすべての人が決して忘れてはいけないことを酒井に教えられたように思う。

C大阪の戦い方とその狙いどころ

 ジローナやセビージャなどで実績を残してきたパブロマチンを新監督として迎えた今季のC大阪だが、そのサッカーはこれまでとは異なるものだった。これまでのC大阪はポゼッションを軸として、相手のスペースを使う戦いを見せてきた。しかしマチン監督は「縦へのスピード」を軸とした戦いに切り替えようとしている。

 基本となる布陣はこの日の試合でも採用された3-4-2-1。これを状況に応じて可変させながら戦おうとしていた。前線にはターゲットとなる櫻川ソロモンを置き、2列目にはスピードのある小見洋太とドリブルでボールを動かすことのできる横山夢樹を配置。これによって前線に素早く送り、スピードと動きでヴィッセルの守備を崩そうとしてきた。そしてピッチを広く使うために、中村拓海と大畑をウイングバックに配した。彼らに高い位置を取らせることで、サイドからのクロスやポケットへの侵入を試みようとしていたのだ。ボランチには田中駿汰とアーバインを並べていたが、基本的な役割としてはアーバインが前線へのコネクト、田中がフィルターをそれぞれ担っているようだった。

 そしてベンチにはゲームメイクできる香川真司を筆頭に、高質なクロスが武器のルーカスフェルナンデス、スピードと決定力のあるチアゴアンドラーデなど、試合の流れを変えることのできる選手を控えさせていた。

 そんなC大阪と戦う上での狙いどころは2つだった。1つはボランチの脇のスペースだ。中盤での潰しを田中とアーバインで行わなければならないため、この前でボールを動かしたときには、両者の距離が離れる傾向が見られた。事実、ここを突破したときには、一気にゴール前まで迫ることができていた。そしてもう1つはウイングバックの裏だ。前記したようにマチン監督はウイングバックに高い位置を取らせようとしていたため、その裏側には大きなスペースがあった。そして何よりもC大阪の戦い方においては、サイドは左右どちらもウイングバックが1枚で守るように設計されていたため、ヴィッセルのウイングとサイドバックが連携して仕掛けたときには、そのスペースを使うことができていた。

 さらにもう1点、チーム全体に見られた傾向だったのだが、戦い方が大きく変わったため、全体の意思疎通が巧くいっていないように見えた。これは時間が解決する問題なのかもしれないが、ヴィッセルが連続攻撃を仕掛けたときには、ポゼッションしながらボールを前に運びたい選手と縦に蹴り出したい選手が混在しているように見えた。

ヴィッセルの攻撃

 この日の試合では、前記したようにC大阪が未完成だったこともあり、ヴィッセルはその弱点を比較的巧く衝いていたように思う。試合開始直後から、ヴィッセルは効果的なボール奪取を何度も見せていた。特にビルドアップ時の判断のズレを見逃すことはなく、各所でボール奪取に成功した。そこで大きな役割を果たしたのがインサイドハーフの井手口陽介と郷家友太だった。彼らがC大阪の心臓部である田中とアーバインのボランチコンビから自由を取り上げるように動き続けた。そしてボールを奪った後は前線の小松に素早く当てる、もしくはサイドに展開し、ウイングを軸に攻めあがるといった攻撃を組み合わせ、C大阪陣内に侵入した。

 この試合におけるヴィッセルのポゼッション率は45%。ボール保持にはこだわらずに戦ったことが窺えるが、それでもC大阪の守備が整っている場面では巧くボールを動かしていった。そこで大きな役割を果たしたのが、ボランチとしてリーグ戦初先発を果たした岩本悠庵だった。岩本は最終ラインからのボール脱出口になることを意識したポジショニングを見せていたため、C大阪の2列目のプレスを受ける場面も多かったが、落ち着いた対応でそれをいなし続けた。そしてその際には位置を落とすことが少なかったため、チーム全体のバランスが後ろに傾く場面は少なかった。

 こう書いてくるとヴィッセルの攻撃が機能していたように思われるかもしれない。しかしまだそこまでは至っていない。前線近くまでボールは運べていたものの、ゴール前に迫る回数は決して多くはなかった。要はアタッキングサードまでボールを運ぶことはできていたが、そこから先の進め方にはまだ改善が必要だということだ。一言でいうならば、まだ攻撃時の厚みが足りないのではないだろうか。そのためC大阪に「やられた」という感想を植え付けるには至らなかった。試合後のマチン監督から「互角の試合だった」、「勝ちに近い試合だった」、「相手よりも自分たちのほうがサッカーを表現できた」という発言が出たのは、強がりばかりではなかったように思う。

攻撃の厚み~インサイドハーフ

 では攻撃に厚みを加えるためのポイントは何か。ポイントとなるポジションはインサイドハーフ、サイドバック、そしてアンカーということになるだろう。

その根拠はヴィッセルがメインとして使用している布陣にある。4-1-2-3という並びは前線、そして中盤にそれぞれ3枚の選手を並べている点が特徴だ。この布陣は世界中の多くのクラブで採用されているが、その理由はピッチの横幅を等間隔で埋めやすい点にある。
 まずインサイドハーフだが、ここは攻撃を単調に終わらせないためのポイントとなるポジションでもある。インサイドハーフのペナルティエリアへの侵入がない場合、攻撃はウイングの個人に依存することが多くなってしまう。しかも今のヴィッセルでウイングを務めている選手の多くはウイングを本職にしておらず、その能力で「ウイング的な役割」をこなしている。こうしたことを考え併せればウイングに依存しすぎない形を持つことは、極めて自然な選択だ。
 インサイドハーフがペナルティエリアへの侵入を考える際、狙うべきは5レーンのハーフスペースにおける、相手ペナルティエリア内の深いエリア、いわゆる「ポケット」だ。インサイドハーフがポケットを取ることができれば、相手はゴール前全体をカバーするか、それともマークを捨てるかの判断を迫られることになり、混乱が生じやすくなるのだ。

 これを実現するためにはウイング、そしてサイドバックとの連携が不可欠だ。具体的にはウイングが外に開き、相手のサイドを守る選手を引っ張り出す。ここでの目的は中央の守備との距離を作ることだ。これが難しいのはボールを持っていないときだ。これを遂行するためには、ウイングはボールホルダーからのボールを受けることができる位置に立たなくてはならない。となれば自然とボールホルダーの位置は定まってくる。ここで登場する要素はサイドバックだ。サイドバックが前に出て、ウイングを縦に走らせる動きを入れることができれば、自然と相手の目はボールサイドに惹きつけられるため、インサイドハーフへのマークは緩む。この状況を作ることができれば、相手のセンターバックは前線のフォワードをマークすることになるため、飛び出してくるインサイドハーフへの対応は遅れる可能性が高くなる。

攻撃の厚み~サイドバック

 攻撃においては前線の3枚に加えて、何枚の厚みを加えることができるかもポイントとなる。ここでサイドバックがまず意識すべきは、相手のボランチの脇に入り込む回数を増やすことだ。これはいわゆる偽サイドバックと呼ばれる動きでもある。中央にサイドバックの選手が入り込むことができれば、相手のカウンターへの備えとなりながらも、中盤でのパスの経由地ともなることができる。そして最も大事なことは、ここにサイドバックが入り込むことで、インサイドハーフがより高い位置に立つことができるようになるということだ。酒井が右サイドから中央に入り込む場面が多いのは、まさにこれを意識しているからであり、このとき酒井は、同サイドのインサイドハーフとウイングに高い位置に立つことを要求している。

 また武藤のようにウイングがカットインするプレースタイルの場合、その動きに応じてサイドバックはタッチライン沿いを駆け上がらなければならない。これによって相手の守備に的を絞らせないと同時に2対1の状況を作り出すためだ。この動きをするときはウイングとのタイミングを合わせなければならない。ズレが生じてしまうと、それはサイドにスペースを生み出すことになってしまい、カウンターを受けるリスクが増大するからだ。

攻撃の厚み~アンカー

 「攻撃の厚み」が必要だと思うのは、それが波状攻撃と同義であるためだ。シュートがブロックされてもセカンドボールを拾い、攻撃を繰り返すことができれば、相手のブロックにも緩みが生じる。

 これを遂行するためには、アンカーのセカンドボール回収率を高めなければならない。敵陣に攻め入ったとき、アンカーは広大なスペースを1人で管理しなければならないが、全体が前に配置されていれば、ここが扇の要となる。そのためここでボールを回収することは、ピッチを広く使いながら攻撃を連続させるためには、絶対に必要なことでもあるのだ。

 そしてアンカーのセカンドボール回収率を高めるためには、前に立つ5枚との連携が欠かせない。前線の3枚とインサイドハーフの2枚が効果的にプレスをかけ、相手のカウンターの芽を摘み続けることができれば、自ずとアンカーは高い位置でのセカンドボール回収が可能となる。

第3の男

 これはもちろん映画の話ではなく、この試合で決勝ゴールを挙げた小松のことだ。大迫、武藤というダブルエース不在の中、小松は公式戦2試合連続での先発となった。そしてこの日の試合では酒井が獲得したPKを決め、嬉しいJ1リーグ戦初ゴールを挙げた。

 試合後に小松は「前節では大迫のようなプレーを意識しすぎた結果、何もできないままに試合を終えてしまった」と語り、この日の試合では「自分らしさ」にこだわる決意だったことを明かした。小松の言う「自分らしさ」とは、前線で身体を張り続け、ゴールの前に顔を出し続けるプレーに他ならない。そしてこの日の試合で、小松はそれを体現して見せた。背後からのボールに対しても跳び続け、味方がボールを持ったときにはゴール前に入り込み、積極的にゴールを狙う姿勢を見せた。得点とはならなかったが、73分に見せたシュートのシーンには、そうした小松らしさが詰まっていた。

 中盤での争いから、永戸勝也が左に展開。これを受けた郷家が相手の動きを止めるようにボールを持ち、背後から左サイドバックのジエゴが上がるためのスペースと時間を作った。そしてジエゴの走路上に、正確なスルーパスを通した。ジエゴはダイレクトでこれを蹴り入れ、それに小松が中央で跳び、ドンピシャで合わせた。シュートは前に立っていた相手GKのファインセーブによって弾き出されてしまったが、決まっていてもおかしくないシーンだった。

 この場面で小松は郷家がボールを握っている段階で、ペナルティエリア内中央にポジションを取っていた。そしてジエゴが抜け出したのを見て、手を上げてアピールしていた。この間、小松はオフサイドの位置にいたのだが、相手の守備が下がってくることを確信し、足を止めて立ち続けた。小松が動いたのは、ボールが自分の手前数mに迫ったときだった。これによって自らの存在を少しでも消そうと企図していたのだろう。そしてボールが入るその瞬間を狙って動き出した。これこそが決定機を作り出す「ストライカーの動き」だ。
 またPKのシーンで見せたキックも見事だった。試合の流れ的に大きな意味を持つPKではあったが、小松は落ち着いて最後まで相手GKの動きを見続け、先に相手を僅かに動かした。自身のJ1リーグ初得点がかかり、そしてチームの勝敗を分ける可能性の高いキックを任されただけに緊張感はあったと思うが、小松は落ち着いてコントロールされた緩いボールで確実にゴール内に蹴り入れた。日本代表、そして海外の経験も豊富な中村航輔を翻弄したこのキックは見事だった。

 百年構想リーグではチーム得点王ともなった小松だが、ヴィッセルに加入以降、着実に成長を続けている。スキッベ監督も試合後に「小松の成長については満足している」とコメントし、その結果に目を細めた。

 大迫と武藤は厳しいマークを受けるだけに、小松の得点力アップは、チームの勝敗に大きな影響を与える。「自分らしさ」にこだわり、得点力に磨きをかけてほしい。

生命線

 選手がそろい切れていない今のヴィッセルにとって、最終ラインの強さは結果を担保するための生命線となっている。

 マテウストゥーレル、そして山川哲史を中心とした最終ラインは、縦の強さだけではなく、カバーリング範囲の広さも特徴となっている。17分の裏へのボールに飛び出して対応しようとしたGKの前川黛也のヘディングが空振りに終わったシーンでは、山川が素早く飛び出し、落ち着いてこれをタッチラインに蹴り出した。こうした不測の事態にも対応できるのは、守備陣が常に最悪の事態を想定し動くことができているためだ。そしてこれを保つための要求もしている。6分にはC大阪が自陣から大きく蹴り出したボールが最終ラインの裏にこぼれ、これに対応したトゥーレルがタッチに蹴り出した直後、前川に対して厳しい表情を見せた。前川の戻りが、トゥーレルの想定より遅かったためだろう。一見すると特段危険な場面ではなかったように見えたが、それでも厳しい要求をする姿勢こそが、ヴィッセルの堅守を支えている。

未来への投資

 この日の試合でスキッベ監督は後半開始から、ヴィッセルアカデミー(U18)所属の川端彪英を投入した。3日前に行われた天皇杯でトップチームデビューを果たしていたとはいえ、この日の試合はJ1リーグ戦であり、対戦相手も高い能力を持った選手がそろうC大阪だった。川端にとっては全てが未知の領域だったはずだ。登場した直後は試合に入り切れていなかったように見えたが、時間経過とともにそれも解消され、試合終盤には右サイドで相手をかわし中に入る動きも見せるなど、攻撃に関与する場面も作り出した。77分には酒井からのボールを受け、縦に突破、GKの前を横切るようなグラウンダーのクロスを入れた。これは中央で相手にクリアされたが、面白いアイデアだったと思う。また79分には前線との駆け引きから、引いて右サイドでボールを受け、一度はマークについた大畑を振り切る動きも見せた。この場面では後ろ向きにボールを受ける際、爪先で軽く方向を変えることで、背後から追ってきた大畑に対して股抜きを決めた。攻撃でリズムを作ることができたためか、この時間帯からプレスも少しずつかかるようになっていた。まだ経験が足りていないため、相手との距離の取り方に苦労しているようには見えたが、それでも川端が現時点でもJ1で戦うことのできる能力を持った選手であることは間違いないだろう。

 この日の試合では山川、岩本、川端が試合出場を果たし、岩波拓也とU18所属で高校2年生の井内亮太朗がベンチに入った。負傷者が発生しているための措置であったかもしれないが、ヴィッセルアカデミーから5人の選手が名を連ね、勝利に貢献した意味は大きい。さらに山田海斗、世代別代表に招集中の濱﨑健斗など、ヴィッセルアカデミー出身で試合に絡む選手は着実に増えている。これはヴィッセルというクラブの成長の証だ。
 かつては近隣ライバルの後塵を拝していたヴィッセルアカデミーだが、今や高円宮杯プレミアリーグで常に上位を争う存在となっており、日本のアカデミー年代を代表する強豪となった。ヴィッセルが発掘・育成型のクラブへの転換を宣言したのは、クラブが初のJ2での戦いに挑んだ2006年だった。それから20年。この間、クラブはアカデミーへの投資を続けてきた。大物選手の補強ばかりが注目され、それがチーム強化につながったと評されることの多いヴィッセルではあるが、それはあまりに近視眼的だ。即効性に乏しいため、多くのクラブが挫折するアカデミー強化を地道に続けたことがクラブの基礎体力を引き上げ、全体のレベルを高めてきたことを、ヴィッセルサポーターには誇りとしてほしい。

次節への課題

 複数の主軸選手を欠きながら、この試合に勝利したことの意味は大きい。そして前記した酒井の言葉どおり、これを特別なことではなく、当たり前のことにしていかなければならない。

 次節で対戦する東京Vはここまで2分2敗と、まだ波に乗れていない。それだけにヴィッセル戦を浮上のきっかけとするべく、強い気持ちで試合に臨んでくることは間違いないだろう。それを跳ね返すためには、酒井が言うところの「勝たなければいけないチームになっている」ということを、全員が強く認識しなければならない。そのうえで全ての選手が正しい動きを見せることができれば、どんなメンバーで臨もうとも勝利をつかみ取ることはできるはずだ。

 中3日と体力的には厳しいだろうが、まずはコンディションの回復を図ってほしい。そして慎重かつ大胆に戦い、勝点3を神戸に持ち帰ってほしい。

今日の一番星
[岩本悠庵選手]

決勝ゴールを挙げた小松、それを導いた酒井と迷ったが、この日の試合で放った輝きを評価し、岩本を初の一番星に選出した。本文中でも触れたが、この試合で岩本はアンカーとして十分に戦力になれる存在であることを、改めて証明して見せた。岩本は後ろからのボールを受ける際、ボディアングルでパスコースを確保できる。さらには立ち位置で相手のファーストプレスを牽制し、ボールホルダーにスペースと時間を与えることもできる。ボールを受けた際は相手を動かしながらボールを握り続け、そこから捌いていくプレーで、チームのベクトルを前に向け続けていた。そして筆者が最も素晴らしいと感じたのが、ボールを受ける位置を下げないプレーだった。自陣で背後からのボールを受ける際にセーフティーなプレーを選択した場合は、どうしても相手から遠い位置で受けようという心理が働く。しかしそれは前線との距離が開く、あるいは全体が下がってしまうという結果を招きやすい。これはどんなベテラン選手でも陥る落とし穴なのだが、岩本は落ち着いて前を向くための準備を続けていたのだろう。この日の試合で何度も攻撃の起点となったのは、その証左だろう。試合を重ねる中で周囲からの信頼も厚くなり、チーム全体を動かす場面も増えてきた。自身は試合後に「もっと積極的に前に運びたかった」と語り、それを今後の課題として挙げていたが、この日の試合でのプレーは十分に合格点だ。フル出場はならなかったものの、この先どんな選手へと育っていくのか、興味はつきない。2試合連続で輝きを見せたことも高く評価し、この先の成長への期待も込めて一番星。