覆面記者の目

天皇杯 JFA 第106回全日本サッカー選手権大会 2回戦 vs.都農 ノエスタ(8/26 19:00)
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  • 2
  • 1前半0
    1後半1
  • 1
  • 都農
  • 小松 蓮(38')
    小松 蓮(74')
  • 得点者
  • (52')濱田 智也



天皇杯の難しさ
 全てのJ1クラブにとって、天皇杯初戦は「鬼門」だ。この段階ではほぼ全てのJ1クラブが、下位カテゴリのクラブと対戦することになる。「勝って当然」の試合ではあるが、毎年のように「ジャイアントキリング」が発生する。この日も名古屋がJ3所属の鳥取に、そして水戸が京都産業大学に、それぞれ敗れた。こうした事態が起きる理由は、4つの要因が複合的に絡み合っているためだろう。

 1つ目はモチベーションの差だ。下位カテゴリのクラブにとって天皇杯は、国内最上位であるJ1クラブと公式戦で対峙できる唯一の機会だ。当然そこには「勝って名を上げる」という高いモチベーションが生まれる。さらに言えば、J1クラブにとっては日常であるスタジアムも、下位カテゴリ、特に地域リーグのクラブなどにとっては、体験することの少ない夢の舞台だ。気合が入るのも当然だろう。これに対してJ1クラブにとっては、この日の試合がそうであったように、リーグ戦の日程の合間に組み込まれることが多いため、次戦以降のことも考えたプレーをしなければならない。そこに心理的な隙が生まれやすいことは事実だ。
 2つ目は大幅なターンオーバーだ。この日の試合に、ミヒャエル スキッベ監督は直近のリーグ戦から6人を入れ替え、試合に臨んだ。6人と聞くとそれほど多いようには思えないかもしれないが、ヴィッセルの場合は直近のリーグ戦自体が大迫勇也や武藤嘉紀など複数人の主力選手をベンチ外としていたため、実質的には大幅なターンオーバーがなされたことになる。J1クラブにとってリーグ戦が最優先であることは事実であり、下位カテゴリとの対戦になる天皇杯初戦で、普段出場機会の少ない選手を多く起用することは合理的な判断でもある。しかしこれによって、戦術の熟練度や選手間の連携に変化が起きることも、また事実だ。そのため、時にはJ1のチームらしいクオリティを発揮できない試合も生まれてしまう。
 3つ目は戦術的ハンデだ。J1チームの試合映像は豊富にあるため、下位カテゴリのクラブにとっては対策を立てやすい。これに対して地域リーグや大学の試合映像は限られており、最新のスカウティングデータや選手個々の特徴を把握することは難しい。天皇杯初戦後の会見で、J1チームの指揮官が「思った以上に素晴らしいチームだった」と相手を称える場面は珍しくないが、これは意外と本音であることが多いのかもしれない。
 4つ目は焦りを生み出す心理だ。下位カテゴリのチームはスコアレスの状態を続けるだけでも「やれるかも」という自信を深めていく。これに対してJ1チームの選手たちは、時間経過とともに「負けるわけにはいかない」という重圧から焦りが生じやすい。そうした中で先に失点でも喫しようものなら、上位カテゴリであるはずのJ1チームの方がパニックに陥る。
 これらのことから判るように、J1クラブにとっての天皇杯初戦は、技術や戦術と同等かそれ以上に、心理的なマネジメントや不測の事態への適応力が求められる試合でもあるのだ。

誤算と福音
 スキッベ監督にとって、この試合における最大の誤算は井出遥也の負傷だったのではないだろうか。近年は負傷で戦列を離れることも多かった井出だが、今季はキレを取り戻しているように見える。井出の最大の特徴は「前線をコーディネートする能力」だ。高いボールスキルに加えて、状況を正確に把握する能力があるため、味方の選手をつなぐために必要な場所を見つけ、そこに入り込むことができる。そして味方のボール保持時には、急所となる場所を見抜き、そこに入り込むことで、ボール非保持に変わった瞬間に備える。大迫や武藤といった高い得点能力を持つ選手を活かすためのコネクター役となる貴重な選手だ。スキッベ監督もその能力を高く評価しているからこそ、この試合でも左ウイングで先発させ、そこから周囲の選手を使いながら中に入り込み、攻撃を組み立てる働きを期待したのだろう。しかし、6分という早すぎる時間での負傷交代となった。一番悔しい思いをしているのが井出本人であることは間違いないが、スキッベ監督にとっても大きな誤算だったはずだ。



 しかしここでヴィッセルにとっては、新たな発見もあった。それは代わって同じ左ウイングとして投入された川端彪英だ。現在ヴィッセルアカデミー所属の川端は、シーズン前のキャンプにも参加を許されたように、大きな期待を背負ったU18所属の選手だ。U18では高円宮杯プレミアリーグ西地区の首位に立つヴィッセルの主力として得点を量産し、現時点で西地区の得点ランキングトップを独走している。この試合の3日前に開幕戦が行われたU-21リーグでもFWとして先発出場し、その力を遺憾なく発揮した。その川端にとって左ウイングというのは、自身が試合後に語ったように本職ではない。しかし何度か見せた左サイドから中に入り込む動きは、確実に都農を押し込んでいた。特に交代直後の8分に見せたプレーは見事だった。これを4つのポイントで紹介する。

 センターサークルを越えたところで、左センターバックの山田海斗が左に展開したボールが左サイドバックの永戸勝也に渡った。この時、4-4でブロックを組む都農の右サイドは永戸から内側へのパスコースを切るように動いた。これを見た川端は戻るように動きながら永戸にボールを要求し、ボールを受けた。これが1つ目のポイントだ。ここで注目したいのが川端の立ち位置だ。永戸がハーフスペースでプレーすることを把握したうえで、自身はサイドに張り出した位置に立っていた。これによって永戸が見つけやすい位置を確保していたのだ。
 永戸からのボールを受けた川端に対しては、都農の右サイドバックが背後からマークについた。2つ目のポイントは、ここでの川端のボールの持ち方だ。左背後から追ってくる相手に対して、右半身の姿勢でガードしたうえで、ボールを相手から遠い右足前に置いていたのだ。これであれば、相手が無理に奪いにきたとしてもファウルを取ることができる。こうして戻りながら永戸にボールを返した川端は、そのまま鋭くターンすることで、背後から追ってきた相手の半歩前に出た。
 その後川端は相手から離れるように動き、永戸が前に蹴ったボールを受ける態勢を整えた。そしてゴールライン上でボールを収めたのだが、ここが3つ目のポイントだ。川端はすぐに落ちたボールにいくのではなく、一瞬だけ動きを止めることで、背後から追ってきた相手の動きを止めた。これはボールの回転を確認するためだったとは思うが、ここで即ボールに足を出していたとすれば、相手のプレッシャーは厳しくなっていただろう。この一瞬の間で左手を出す時間を作り、ハンドオフの動きで相手をコントロールしながらターンした。
 その後、渡辺皓太を経由して永戸が中に入れたボールは中央の競り合いで、再び川端のもとにこぼれてきた。ここで川端は前に立った相手が足を出すのを待って、これをかわした。これが4つ目のポイントだ。これによって1人を無効化したうえで、そのフォローに来ていた相手が自分の方を向いた瞬間、股抜きのパスを通した。これに走りこんだ渡辺は相手にブロックされ、シュートチャンスまでは至らなかったが、川端が起点となってボールを動かし続けた。
 後半には見事なターンやルーレットで相手を抜き去る場面も作り出すなど、川端は確実に存在感を発揮した。トップチームの公式戦初出場としては、十分に及第点を与えることができるだろう。

 こうしたプレーからは、ヴィッセルアカデミーの技術水準の高さが窺える。その技術というのは「止める・蹴る」といった単純な次元ではなく、いかにして試合の中でボールを動かすかという「試合の流れの中で使える技術」だ。事実、この一連のプレーで川端が見せた技術は、決して特化されたものではない。基礎的ではあるが、試合の中で使える技術ばかりだ。
 こうした「試合で使える技術」を持った選手が育っており、同世代の中で傑出した成績を残しているという事実は、ヴィッセルの未来にとっての福音でもある。

 ここで見逃してほしくないのが、この若武者を助けた周囲の存在だ。特に同サイドでプレーする永戸や渡辺は、プレーの中で川端に細かく立ち位置を指示しており、それが川端にプレーしやすさを与えていたことは間違いないだろう。また酒井高徳もピッチサイドから「思い切ってやれ」という言葉を送り続けたという。

ヴェロスクロノス都農
 この試合で都農が見せた戦いぶりは、単なる玉砕覚悟のサッカーではなかった。都農の戦いを見るうえでのポイントは2つだ。
 1つは徹底したローブロックだ。試合開始直後から都農は自陣深い位置に4-4のブロックを形成し、ヴィッセルの攻撃を食い止めようとした。その位置は低く、ブロックがコンパクトに保たれていたため、ヴィッセルはアタッキングサードでのスペースを見つけきれず、前線中央の小松蓮を狙ったクロスも跳ね返され続けた。そしてこの姿勢は失点後も変わることがなかった。こうした試合の場合、リードを許した後はバランスを崩し、捨て身の攻撃に転じるチームも少なくない。しかし都農は最少失点でしのぎ続け、ワンチャンスにかける姿勢を崩さなかった。
 2つ目のポイントは高い集中力だ。象徴的なのは同点弾の場面だ。約1分間、自陣から粘り強くボールをつなぎ続け、疲れが見え始めたヴィッセルの守備の間にボールを通し続けた。そこに難しいパスはほぼ見られなかったが、ボールに関与した延べ17人全員が集中力を切らすことなく、できることだけを確実に遂行し続ける姿勢は、敵ながら見事だった。同点ゴールを挙げる寸前にも、都農の選手とジエゴが交錯するシーンがあったが、都農の選手はセルフジャッジすることなく、前に出続けた。
 この同点弾の背景には、正確なスカウティングがあった。試合後に都農を率いる大久保毅監督は、ヴィッセルの守備が中盤では中央に絞り、サイドが空く傾向があることを把握していたことを明かした。とはいえ、個々の能力で勝るヴィッセルの選手を相手にして、それを得点に結び付けたプレーは賞賛に値する。

 繰り返しになるが、難しいことをするのではなく、できることを集中力高く実直に遂行し続けた都農の姿勢には、学ぶべきものがある。現在、九州リーグの首位に立っている都農だが、この日の試合でその力が本物であることを証明したように思う。

ポジショニング
 この日の試合において、ヴィッセルにとって最大の反省点は守備にあるといえる。繰り返しになるが、個々の能力ではヴィッセルに分があり、1対1で負ける場面はほぼなかった。そしてそれを活かした前からのプレスは、都農の出足を止め続けた。しかし後半は都農にカウンターを許す場面もあり、ヴィッセルの守備が思うように機能しない場面も散見された。その理由の1つが疲労であることは間違いないだろうが、それ以上に問題なのが相手にスペースを与えてしまっていたことだ。そしてそうなった理由はポジショニングにあるように思う。
 横浜FM戦の項でも書いたことだが、ヴィッセルのサッカーは「連動した前線からのプレス」、「素早い攻守の切り替え」、そして「球際の強さ」を基本としている。これらはボール非保持時の動きではあるが、これを遂行するためのカギはボール保持時のポジショニングだ。ボール保持から非保持に変わったとき、全体が最適化されていれば、そこからの即時奪回は可能になる。しかしこの日の試合ではボール非保持に局面が変わった瞬間の立ち位置は、全体をカバーする状況にはなかったように思う。これを失点シーンで見てみる。

 GKの新井章太が大きく前線に蹴り出したボールは、小松が相手と競り合ったが、そのまま背後に流れた。ここにインサイドハーフの郷家友太が詰めたものの、その直前に相手の最終ラインはラフに蹴り出した。これは山田が頭で跳ね返したのだが、ボールは都農に渡った。そして都農の永吉広大がセンターサークル後ろでボールを持ったとき、ヴィッセルの布陣は都農の内側に閉じ込められたような形になってしまっていた。ボールを持った永吉を起点として数えてみると、永吉よりも前に出ていた都農の選手は5人だ。これに対してヴィッセルは7人と、人数の上では勝っていたが、問題はその配置だった。永吉と縦関係を構築した選手は2人いたが、その中間にアンカーの鍬先祐弥が立っていた。やや距離はあったものの、ここにはインサイドハーフの日髙光揮が戻りつつあったため、縦のラインに対する守備はひとまず置いておく。問題は最終ラインとサイドだ。最終ラインの前に立っていた都農の選手は1人だったが、これに対してヴィッセルの最終ライン4枚は、4人が3m程度の間隔で並んでしまっていた。そのため人数が足りているにも関わらず、守れていたのは中央だけだった。そしてボール非保持時にはサイドハーフとして幅を取るはずのウイングの選手も中に入ってしまっていたため、左右とも大外は都農の選手に取られていたのだ。特に左サイドは完全に中央に入ってしまっており、外をケアする体制が全く整っていなかった。
 ここから失点までにはボールが行き来したため、これが直接の原因というわけではないが、この左右、そして中央にもスペースを作ってしまうポジショニングはヴィッセルらしからぬものだった。

原因と改善
 ではなぜポジショニングが崩れていたのだろう。最大の理由は攻撃方法の変化だ。これも横浜FM戦の項で書いたことだが、今、ヴィッセルはボールを握りながら相手を崩す術を身につけようとしている。攻撃の幅を広げることはチーム強化に直結しており、歓迎すべきことだ。スキッベ監督は細かくポジションやコース取りを指示するのではなく、選手たちのインスピレーションを大事にしようとしている。これは過去数年間、ヴィッセルにとって唯一で最大の積み残しだった「ビルドアップ能力の向上」を目的としており、断じて間違えた策ではない。そしてこれが身につくまでには、一定の時間を要する。そう考えれば、今のポジショニングの乱れは「成長する間のコスト」と考えることもできるのかもしれない。しかし全てのタイトルを狙う今季、そんな中でも確実に勝点を積み上げていかなければならない。それを実現するためには、最低限度の約束事は守るべきであるように思う。

 では最低限度の約束事とは何か。それは2つだ。1つはプレスは必ず連動させるということになるだろう。この日の並びで言えば小松と郷家がファーストディフェンダーの役割を担うことになっていたが、彼らのみ、あるいはどちらか1人だけがプレスにいき、後ろの選手が連動してないシーンが、試合を通じて何度も見られた。それでも前半は個々の力で勝っていたため、面白いようにボールを奪うことができていたが、後半になって動きが低下するにつれて、都農にスペースを与えていた。前線からのプレスを敢行する場合、最終ラインまで意思を統一して動くことができていなければ、一か所剥がされただけで、一気に守備は弱体化する。
 もう1つはボール保持時のフォローの動きだ。この日の試合で都農がローブロックを引いていたことは前記したとおりだが、そのためアタッキングサードに入ったところでは相手との競り合いになる場面が多かった。そこでヴィッセルの選手は素早くフォローに動いたのだが、その動きがボールサイドに寄る動きに偏っていたように思う。ボールホルダーを助ける目的で近づくのは、一見するとフォローのように見えるが、必ずしもそれは正解ではない。ボールサイドに密集するということは、どこかにスペースが生まれるのと同義であるためだ。ボールホルダーが囲まれたとき、それを助けるというのはフリーになってパスの受け先になることでもある。攻撃と守備が同数で戦うサッカーにおいては、スペースをいかにして作り出すかが、主導権を握るためのカギとなる。であればこそ、ボールホルダーから見える位置に動き、相手に対する位置的優位を確立することこそが求められる動きだ。ボールを保持する時間を延ばすことは大事なことだが、ヴィッセルの強みである「非保持に変わった瞬間の即時奪回」を失う愚は避けなければならない。
 ポジショニングを考える上で基本となるのが「5レーン」であることは間違いない。これが全てではないが、チーム全体が偏っている際には、これを指針として全体の配置を最適化しなければならない。これは攻守両面において言えることであり、スペースを作り出す意識と併せて持ち続けてほしい。

小松蓮
 この日の試合で2得点を挙げ、勝利を引き寄せたのは小松だった。最初の得点は38分だった。左コーナーキックの流れから日髙が右足でクロスを入れた。これを相手GKがキャッチしたかに思われたが、よもやのファンブル。すぐそばまで詰めていた小松がこれを見逃さず、頭で冷静に押し込んだ。これは一見するとラッキーゴールのように思われるかもしれないが、こぼれ球が来る位置を意識して身体を張り続けた小松の嗅覚が生んだゴールというべきだろう。
 2点目は74分だった。髙橋壱晟が入れた右クロスに対して、ゴール左で低い姿勢を取り、正確にゴールに流し入れた。高橋のクロスはディフレクションしたため、ボールの回転は変わっていたと思われるが、それでもしっかりと身体をたたみ、低い姿勢から頭で正確にコースをつけた見事なシュートだった。試合後には得点へのこだわりを持って試合に臨んでいたことを明かした小松だが、大迫と武藤に続く「点取り屋」にゴールが生まれたことは、チームに勢いをもたらす上でも大きな意味がある。

 ヴィッセルに加入以降、成長を続けている小松だが、得点にこだわるという姿勢は絶対に忘れないでほしい。ヴィッセルの前線でプレーするうえでは、どうしても大迫のイメージを追ってしまうだろう。しかし万能型の選手でもある大迫の器用さは、誰にでも真似ができるという類のものではない。ともすると小松も前線で、大迫のようにボールを収め、周りを使おうとしているように見えるときがあるが、それは得策ではないように思う。やはり小松の魅力はゴール前で身体を張ることのできる強さであり、ゴールへの渇望を全身で表現できる点にあると思う。
 この日の2ゴールを自信として、大迫や武藤とは異なる「強さで相手に脅威を与えるフォワード」へと成長してほしい。



復活
 この日の試合で最大のピンチは78分だった。都農は自陣からがら空きになった左サイドを使って前に運び、左からのクロスをペナルティエリア内で落とし、これを受けた山田雄太が反転してシュートを放った。至近距離からゴール上を正確に狙ったシュートだったが、これを新井が弾き出したことで、ヴィッセルは勝利を一気に手繰り寄せた。左膝前十字靭帯損傷という大きなケガを乗り越え、約1年ぶりにピッチに戻ってきた新井だが、勝負強さが健在であることを証明した。
 この日の試合ではそこまで大きなピンチはなかったものの、守備の背後にこぼれたボールへの飛び出しも見せるなど、久しぶりの公式戦とは思えないプレーを見せた。守備の裏にこぼれたボールに対しての反応は、試合勘が大きく影響するプレーだが、そこでブランクを感じさせない判断ができたということは、新井が試合と同じ気持ちで日々のトレーニングに取り組んでいる証左だ。ヴィッセルには権田修一、前川黛也といった強力なライバルがいるため、新井が十分に出場機会を得ているわけではない。しかしその中でもトレーニングに真摯に向き合い、力を蓄える。そしてここ一番でそれを発揮する。これこそがプロフェッショナルであり、新井もまた大迫や武藤、権田、酒井と並ぶヴィッセルの「生きる教科書」だ。

 この日の試合ではさらに2人の選手が復活を果たした。1人はFC東京戦で負傷した酒井、そして今季初出場を果たした飯野七聖だ。この日の試合でアンカーの位置に入った酒井は落ち着いたプレーと、周囲を鼓舞する積極的な声掛けで試合を巧くクローズさせた。そして飯野は右ウイングの位置に入り、持ち味である前に出る力を発揮した。負傷者の発生は気になるが、それでもこうして力のある選手が戦列に復帰することは、この先の戦いに向けての明るい材料だ。



次戦に向けて
 勝利は収めたものの、決して万全とは言えない試合内容であったことは事実だ。それでも粘り強く戦い、追加点を狙う都農を振り切ったことは今のチームに良い効果をもたらしたのではないだろうか。絶対的エースが不在の中、次世代のエースが複数得点を挙げたこと、出場機会の少ない選手と若手が融合した「即席」チームで戦い、勝負強さを見せて90分での勝利を挙げたこと、サイドを崩して中央で仕留めるという「流れの中からの得点」が今シーズン初めて生まれたことなど、今後に活きる収穫が複数あったことは事実だ。

 次戦は中2日でのJ1リーグ戦だ。近隣のライバルであるC大阪をホーム・ノエビアスタジアム神戸に迎え撃つこの一戦は結果にこだわらなければならない。それはこの日生まれた勢いを本格化させるためだ。才能豊かなタレントがそろうC大阪は、今季新監督を迎えた。これまでとは異なる部分もあるだろうが、まだ戦い方も不透明であり、ポイントを定めることは難しい。それだけに次戦では「ヴィッセルらしい」戦いで、正面から向き合うことになるだろう。そこで結果を残すためにも、ボールを保持することに意識を向けすぎず、高い位置でボール奪取できる守備力の再整備に注力してほしい。

 禅宗における問答を記録した公案のひとつである「碧巌録(へきがんろく)」の中には、「啐啄同時(そったくどうじ)」という言葉が出てくる。雛が卵から生まれようと内側から殻をつつくとき(啐)、親鳥も外から殻をつついて(啄)誕生の手助けをするという意味だ。この両者のタイミングが一致したとき、新しい命が誕生する。選手たちの「タイトルを獲得するために変わりたい」、「結果を出したい」という内的渇望と、抜擢された新戦力の活躍や監督の指導といった外的要因が噛み合った瞬間に、新しい武器を手に入れたヴィッセルが生まれる。そして、そのための準備は整いつつある。



今日の一番星
[髙橋壱晟選手]

この日の試合で最も目を惹いたのは、右サイドで躍動した髙橋壱晟だった。2得点の小松とどちらにするか最後まで迷ったが、チームの新しい力という点を評価し、髙橋を選出した。試合後に髙橋は「アグレッシブな姿勢」をテーマに、この日の試合に臨んだことを明かしたが、その言葉通りのプレーだった。ビルドアップの局面ではハーフスペースに立ち、前方へのコースを複数確保しながら、前にベクトルを向け続けた。そのうえで積極的な攻撃参加を見せ、精度の高いボールを供給し続けた。また守備局面に際しては、素早く自陣に戻りつつも、スペースを巧く管理し、守備ラインが下がりすぎないようなプレーを見せた。決勝点をアシストしたシーンでは山川哲史から斜めのパスを受け、前に立った永吉を駆け引きで振り切った。その際には細かく動きながら永吉の呼吸を図り、永吉が息を吐いた瞬間に動くことで、半歩前に出た。そしてその勢いのまま永吉を振り切って相手ゴールライン近くまで侵入。ここから髙橋が入れたクロスは、精度だけではなく、この試合ではあまり見られなかった「深い位置からのクロス」だったことも高く評価したい。髙橋がこの日見せたパフォーマンスは素晴らしく、右サイドの新しい選択肢となれる選手であることを自ら証明して見せた。強い気持ちをプレーで表現することのできる「右サイドの新星」に、さらなる成長と活躍への期待を込めて一番星。