覆面記者の目

明治安田J1リーグ 第3節 vs.横浜FM 日産ス(8/22 19:30)
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    0後半0
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  • 三井寺 眞(9')
  • 得点者

キーパーソンの不在

 「ヴィッセルは強い」。この言葉は、サッカーファンのみならず、サッカー関係者の中でも近年よく耳にする。では、その根拠とはなんだろうか。

 そこには「前線からの効率的なプレス」、「トランジションの速さ」、「デュエルの強さ」「最終ラインの強さ」、「代表や海外経験を持つ選手が多くいること」など様々なイメージがあると思われる。この中で、最もヴィッセルというクラブにとって不幸なのは最後のイメージだ。近年、胸の星を増やし続けてきたヴィッセルだが、それを数人の選手の存在だけで語られてしまうのでは、たまったものではない。ましてやサッカーというチームスポーツは数人の選手だけで勝てるような競技ではなく、J1リーグもそれほど甘いリーグではない。全ての選手の力、そして継続性をもったクラブの取り組みがあってこその強さであるというのは、決して綺麗事ではない。

 これを前提として考えれば、ヴィッセルの看板選手である大迫勇也、武藤嘉紀、酒井高徳がそろって不在となったこの日の試合は、「ヴィッセルの強さ」を示す絶好の機会だったと言える。しかし現実には0-1での敗戦。試合後に岩波拓也が「チームの柱と言われる選手たちが不在の中、どうしてもみんなで結果を出したかったですが、やはり彼らの存在の大きさを感じたと思います」とコメントしたように、この試合に出場した全ての選手が「自分たちにも力がある」ということを「勝利」という実績で示したかったことは間違いない。しかし結果を残すことができなかった。選手たちの胸中は察するに余りある。

足りなかった条件

 この日の試合に際して、スキッベ監督は前節から6人の選手を入れ替えた。新たに先発起用されたのはGKの前川黛也、右サイドバックの髙橋壱晟、右センターバックの岩波、アンカーの日髙光揮、左ウイングのジェアンパトリッキ、そして前線中央の小松蓮だった。彼らはそれぞれに際立った特徴を持った選手であり、この日の横浜FMを相手にしても十分に戦うことのできる能力を持った選手たちであったように思うが、結果的にその持ち味を存分に発揮できたとは言えない。そしてそれは彼らの能力の問題ではなく、その力をチームに取り込む部分に若干の問題があったためであるように思う。

 ここで力を発揮するための条件について考えてみる。それは3つあるように思う。1つは「戦術の明確化」だ。目的が勝利であることは当然だが、そこに至るための道筋=戦い方を定める。その上で約束事と呼ばれる共通のルールを設定することで、プレーから迷いを取り去る。2つ目は「役割の徹底」だ。各ポジションや選手のタイプに合わせて役割を明確に定めることで、選手は自分のやるべきことに集中できる。3つ目が「信頼関係の醸成」だ。サッカーはミスのスポーツと言われるように、どんな選手にもミスは起きる。しかしシチュエーションに応じて選手間で要求できるような関係を作っておくことが、チームとして戦ううえでは最も重要な要素となる。

 この日の試合でスキッベ監督に不足していたのは「戦術の明確化」と「役割の徹底」の2つだったように思う。この日の試合の前半、ヴィッセルはシュートを打つことすらできなかった。横浜FMの選手たちには勢いがあったように見えたが、ヴィッセルの選手たちならば後れを取るほどのものではなかった。しかしボール保持の局面でどのように前に運ぶかという点について、選手間の意識においてズレがあったように見えたことは事実だ。そして各ポジションの選手同士の連携も不足していたように思う。そのため、ボール非保持時の動き方も選手個々で対応しているように見えた。結果として前にボールを運ぼうと試みる横浜FMの選手に対して、チームとして戦場を圧縮していく「ヴィッセル本来の」迫力ある守備が見られなかったように思う。

変革の難しさ

 今年からヴィッセルの指揮を執っているスキッベ監督が企図する変革とは何か。ここでもう一度考えてみたい。

  スキッベ監督が就任後、チーム作りについてメディアに語る中で「ボールを持つ時間を増やす」という意の発言があった。昨年までのヴィッセルは「前線からの連動したプレス」、「素早い攻守の切り替え」、そして「球際の強さ」を柱としたチームだった。その上でロングボールを効果的に使いながら相手ゴールに迫る戦いで、J1リーグ連覇、天皇杯優勝などタイトルを積み上げてきた。しかしその戦い方が鮮烈であったからこそ、ライバルたちによる対策も進んだ。その結果、得点数が低下していった。この状況を打開するため、スキッベ監督は「ボールを握りながら主体的に相手を崩す」という戦い方を新たに加えようとしている。これは前節の項でも書いたことだが、ここで大事なのは、スキッベ監督による変革は戦い方を「変える」ことではなく、「加える」という点だ。ヴィッセルの基本である「前線からの連動したプレス」、「素早い攻守の切り替え」、そして「球際の強さ」については維持することが前提となっているのだ。そして選手たちも、この変革に対して意欲的な取り組みを見せている。その一端は先の明治安田百年構想リーグ(以下特別大会)の戦いでも見ることはできたが、その練度をさらに高めようとしているというのが「ヴィッセルの現在地」だ。

 しかしいかにヴィッセルの選手たちの能力が高くとも、これはそう簡単にできる話ではない。まだ開幕してわずかに3試合を消化しただけではあるが、その厳しさにヴィッセルは直面しているように見える。開幕から3試合でヴィッセルが挙げた得点は3点。ヴィッセルの戦力を考えればやや少ないように思うが、それ以上にまだ流れの中からの得点が生まれていないという点に、変革の難しさが表れているように思う。

アンカー

 今年2月に開幕した特別大会でヴィッセルは、これまでの戦い方にボール保持を加え、相手に的を絞らせない戦いを見せ、同大会西地区の首位を独走していた。しかしAFCチャンピオンズリーグ・ファイナルズ(以下ACLEファイナルズ)から帰国以降、そのペースはダウンした。スキッベ監督は3バックの採用など、様々な手段で状況を打開しようとしたが、最終的には昨年の戦術を軸とした戦い方に戻し、同大会を制した。この流れはほぼ全てのサポーターが記憶していることと思う。なぜここでこれを文字にしたかと言えば、この流れを見直すことで、スキッベ監督が目指す変革を成し遂げるうえでの最大のポイントが浮かび上がるためだ。

 ACLEファイナルズ前後でチームに起きた変化と言えば、アンカーを務めていた扇原貴宏の戦線離脱だ。これ以降、ボールの動きがスムーズさを欠いたことを思えば、このポジションがカギとなっていることが判る。

 ここでもう一度扇原が担っていた役割を思い出しつつ、このポジションに必要な能力を考えてみる。まずボール保持時だが、最終ラインからのボールを引き取ることのできる位置に顔を出し続けることが求められる。当然相手からのマークを受けることにはなるが、それを引き受けつつボールを引き取り、時間を作る。そしてその間に動いた味方の位置を把握しながら配球し、攻撃の方向性を定める。これがアンカーの選手がビルドアップに際して担う役割だ。この時重要になるのが、最終ラインからのボールの出口となりつつ、自らが前を向くという能力だ。相手のマークを受けながらの行動になることが多いため、決して簡単なプレーではない。しかしここで前を向きながらボールを保持することで、チーム全体のベクトルを前に向けることが望まれる。

 そしてボール非保持時だが、今のヴィッセルの守り方で言えばインサイドハーフの1枚が落ちてきて、ダブルボランチを形成する。そこでは相手の攻撃の芽を摘み取りつつ、素早く前に展開することが求められる。

 扇原の戦線離脱後、このポジションは鍬先祐弥が中心となり埋め、守備の強さは保ってきたものの、攻撃時の迫力を取り戻すには至らなかった。

New Hope

 この日の試合における最大の収穫は、このアンカーポジションに高い適性を持つ選手が登場したことだろう。それが後半開始から投入された岩本悠庵だ。ヴィッセルアカデミー出身であり、現在は中京大学の2年生でもある岩本は、2週間ほど前に2029/30シーズンの加入内定及び2026/27シーズンの特別指定選手承認が発表されたばかりだ。そしてこの日の試合が、岩本のヴィッセルデビュー戦となった。アンカーの位置に入った岩本は、最終ラインからのボールを引き出しつつ、配球役を担い、チームを活性化した。この岩本のプレーについてはスキッベ監督も高い評価を与えていた。そして「テクニックがある選手ですし、相手を剥がせるテンポがあると思います」とそのプレーを評したのだが、この言葉が全てと言っても過言ではないだろう。

 岩本のプレーを見る中で目を惹いたのは、ボールを受ける際の姿勢だ。半身の姿勢でボールを受けることができるため、ボールを受けてから前を向くまでの動作に澱みがないのだ。これによって前方の視野を確保し、パスやターンなど、次のプレーを素早く正確に行うことができる。このプレーについてもう少しだけ説明する。半身の体勢でボールを受けるということは、完全に後ろを向いた状態や正面を向いた状態と比較したとき、ボールの出どころだけではなく、味方の位置やプレスに来る相手を同時に視認できる。さらに相手を背負った状態であっても、ボールを引き出すことができる。完全に後ろを向いてしまった状態は背後からのプレッシャーに対して弱いが、半身であれば身体を使って相手を背負いながら、片半身でコースをブロックし、ボールを隠すことができる。さらに身体の向きを進行方向に向けやすいため、ファーストタッチでボールを前に押し出す、あるいは前方の選手へダイレクトパスを出すなどの選択を取りやすい。これによって攻撃のスピードを緩めることなく、展開できるのだ。

 こうした岩本の特徴が発揮されたのは、58分前後のプレーだった。右サイドの髙橋が戻したボールを右ハーフスペースで受けるとき、岩本は前からプレスに来た谷村海那を視野に捉えたうえで、谷村の方に背中を向けるように身体を動かし、中央左後方にいたマテウストゥーレルに戻した。そしてボールを受けに戻る際にも、直線的にポジションを取るのではなく、トゥーレルからのボールを受けた前川にプレッシャーをかけようとする谷村と天野純の背後から、その間を通って顔を出した。これで谷村と天野を無効化したうえで、前川からのボールを受けた。その際、戻りながら一度首を振り、前方の様子を確認したうえで、ボールを受ける際には、左に方向をつけた半身になっていた。その後も横浜FMの中盤を前に、ボールを動かす際の「臍の位置」に入り続けたのだが、どの場面でもボールを受ける際には、次に蹴る方向への移動を意識してボディアングルをつけていた。そして最後は右タッチライン際の髙橋に正確なパスを通した。

 何でもないような一連の動きではあったが、この中で岩本は攻撃の軸となる能力を持った選手であることを示した。まだ守備に際しての厳しい対応などは未知数ではあるが、このようにボールを握りながらチーム全体を前に向ける選手がいると、無理なく攻撃に厚みを作り出すことができる。ヴィッセルアカデミー出身の岩本は、チームにとっての「New Hope(新たなる希望)」だ。

中盤の構成

 この日の試合ではアンカーには日髙、そしてインサイドハーフに井手口陽介と郷家という並びでスタートした。しかしこの中盤がチームを前に進める役割を果たしきれなかったことも、試合を難しくした一因だったように思う。その原因は2つ考えられる。1つはアンカーの日髙が、ビルドアップ時に顔を出し切れなかったことだ。これは日髙が、前記した岩本のようなプレースタイルでないことが影響している。ここで誤解してほしくないのは、これが日髙と岩本の優劣の話ではないということだ。前に出て攻撃に関与することのできる日髙は、もう1列前の方が良さが活きるように思う。後半、岩本の投入によって日髙は郷家のいたインサイドハーフにポジションを変えたが、そこからのプレーでは存在感を示していた。

 また井手口はこの日の試合でも広いエリアを動き、横浜FMの攻撃の芽を潰し続けていた。さらにサイドバックやウイングとの絡みでボールを前に運ぶ役割も担っていたが、全体が最適化されていない中で、そのプレーが活きなかったことは残念だった。

 ここで役割が難しかったのは郷家だった。印象で言えば、郷家のプレーは過去の2試合と何ら変わっていなかったように思う。それでも郷家のプレーが全体の中に溶け込めていなかったのは、この試合で郷家が見せたプレーは、大迫が前線にいるときのプレーだったためであるように思う。スペースを潰す動きを忠実に実行し続ける郷家の存在は貴重だが、この日の試合であればスペースを潰す以上に、小松の周りで前に圧力をかけるプレーが求められていたように思う。これはチーム全体の問題でもあり、郷家個人の問題ではない。前記したチームとしての「役割の徹底」が不足していたためではないだろうか。前所属の仙台では前線での起点としての動きも披露し、ゴールという結果も残していた選手であるだけに、その器用さをこの試合でこそ発揮してほしかったという思いは残ってしまう。

前線の課題

 枠内シュート0に終わったこの日の試合だが、前線を形成した選手たちのコンビネーションにはいささかの問題があったように思う。そしてその多くは選手間の意識のズレに起因したものであったようにも思う。中でも気になったのはボール非保持時の動きだ。この日の試合ではボール非保持には小松とインサイドハーフの郷家友太が2トップの関係になり、ファーストディフェンダーの役割を担ったのだが、両者の中でスイッチを入れるタイミングが合っていなかったように見えた。横浜FMの最終ラインはヴィッセルのハイプレスを警戒していたとは思うが、前節で対戦したFC東京ほど明確な方法は採っていなかった。しかしこの両選手のプレスを開始する高さやタイミングにズレが見られたため、横浜FMの最終ラインにとっては、逃げ道を見つけやすくなっていた。ヴィッセルの代名詞でもあるハイプレスだが、これは複数の選手が連動して初めて意味を持つ。連動を失った場合、それは背後へのリスクを増大させるだけのプレーになってしまう。

 同様のことは左ウイングのパトリッキにも言える。もともと守備に特徴のある選手ではないが、守備にいくタイミングが未だに掴みきれていないように見え、ボールホルダーと並走する形で戻る場面が何度か見られた。それでもボールを取り切るのならば良かったのだが、そうしたタイプのプレーヤーではないだけに、単に横浜FMの守備陣へのプレッシャーを弱めるだけに終わってしまっていたように見えた。

 また、攻撃に関しても疑問は残った。パトリッキの良さは持ち前のスピードを活かして前に出るプレーだ。この試合の中では何度かそうした場面も見られたが、ボール保持の場面ではミドルサードの出口付近にポジションを取っていた。これではパトリッキの良さは活きないように思う。やはりパトリッキには、そのスピードで相手の最終ラインにプレッシャーを与える存在でいてほしい。

 さらにパトリッキに関して言えば、左のウイングというポジションが正しかったのかという点についても、若干の疑問が残った。パトリッキの中に切れ込んでいくプレーを考えれば、左ウイングということになるのだろうが、背後に立っていた左サイドバックのジエゴとのコンビネーションは思ったほどの威力を発揮しなかった。その理由の1つは、ジエゴも中に切れ込んでいくタイプのプレーヤーであるという、いわゆる「タイプ被り」にあったように思う。

 その意味で言うとジエゴの前には、クロスを得意にしている永戸を置く方が幅を使った攻撃ができたように思う。さらに言えばジエゴと永戸はサイドとハーフスペースに分かれて立ちながら、相手の間を通すような斜線を引くことができる。これは相手の守備ブロックを崩すうえで、大きな力となる。この日のメンバーで配置を考えるならば、パトリッキを右に置き、そこから中に入れてプレーさせ、右サイドは郷家と髙橋で蓋をするという並びの方が適していたようにも思える。

 前線中央で今季初先発を果たした小松だが、こちらも良さを発揮する場面は少なかった。ボール非保持時の動きについては前記したとおりだが、ボール保持時にも前に出て、相手ペナルティエリア内でプレッシャーをかける場面は少なかったように思う。これは小松一人の問題ではなく、配置を含めたチーム全体で考えるべき問題だ。

 この日の試合で気になったのは、小松に課せられた役割だった。献身的に上下動しながら、広いエリアを動き続けたプレーは見事だったが、その役割が大迫と同じものであったかのように映るプレーが多かったように思う。しかし小松と大迫の個性は大きく異なっている。やはり小松は、その身体の強さを「ペナルティエリア内」で発揮すべき選手であり、あくまでも「決める側」の選手だと思う。この日の試合ではポジションを落としての競り合いも多く、小松の持つ「怖さ」を発揮する場面は少なかったように思う。相手GKのプレーが不安定だっただけに、小松がペナルティエリア内で勝負する回数を増やすことができていれば、異なる結果が生まれた可能性はあったように思う。

最終ライン

 この日の試合で右サイドバックとして先発、フル出場を果たした髙橋だが、前半は遠慮がちに見えた。ヴィッセル加入からの日の浅さも影響しているのかもしれないが、ハーフスペースにポジションを取っていたにも関わらず、「前」という選択が少なかったように思う。サイドに立った永戸勝也とのレーンの棲み分けはできていただけに、ここでボールを前へ運ぶ選択ができていれば、前半をシュート0で終えるということはなかったように思う。

  また筆者が個人的に最も期待していたのが、岩波だった。この日の並びであれば、前線には高さと強さの小松、スピードのパトリッキがいただけに、岩波の精度の高いロングフィードでチャンスを創出することは可能だと考えていたためだ。しかし岩波がロングフィードを蹴る場面は、思った以上に少なかった。最終ラインのバランスを考えてトゥーレルをビルドアップの起点としたかったのかもしれないが、この日の横浜FMの守備であれば、無理に最終ラインからのビルドアップを試みる必要はなかったように思う。むしろ岩波のロングフィードから、相手ゴールを目指すというシンプルな選択でも十分に戦えたのではないだろうか。その意味では、岩波も自身の良さを発揮できないプレーを選択していたと言わざるを得ない。むしろ失点シーンでクリアしきれなかった場面が目立ってしまったのは残念だった。

 試合後には結果を残すことができなかったことを「悔しい」とシンプルに表現した岩波ではあったが、まだ本来の持てる力を十分に発揮しきれていないように思う。岩本も出てきたことにより、ヴィッセルアカデミー出身の選手は着実に増えている。それだけに最も経験のある岩波がチームの中心に立ち、後輩たちを引っ張っていってほしい。

ボールを動かす

 この日の試合では横浜FMの守備を崩すことができなかったヴィッセルではあるが、これまでとは異なる可能性は見せた。それを示したのが、途中交代で投入された井出遥也、濱﨑健斗、そしてこの試合がヴィッセルデビューとなった渡辺皓太だ。

 63分に投入された井出と濱﨑はボールに積極的に絡みながら、前方向にボールを動かそうと試みていた。中でも井出は自らボールを動かしながらも、周りの動くスペースを作り出すことに意識を置いていたように見えた。これは「いつもの井出」の素晴らしい特徴だが、それだけにとどまらず、守備の強さも見せていた。そして濱﨑だが、こちらも自らボールを握りながら前を目指すプレーで、ピッチ上をかき回した。そろそろ「得点」という結果が欲しい濱﨑だが、そのためにはボールを持った際、縦に仕掛ける意識をもう少しだけ強くしても良いように思う。

 そして待望のヴィッセルデビューを果たした渡辺だが、正直に言ってこの試合ではボールに絡む回数も少なく、そこまで目立った活躍を見せたというわけではない。それでもポジションの取り方は「相手選手の間に立つ」という基本に忠実であり、ボールホルダーとの距離の取り方も良いように見えた。これはボールを握る技術に自信があればこそのプレーであり、今後に向けて期待が持てる。

 彼らが投入されて以降の20分強の中で、ヴィッセルがボールを動かす局面は確実に増えた。しかしそれが決定的なチャンスを作り出すまでには至らなかった。その原因は2つだ。1つはゴール前での形が最後まで整わなかったこと、そしてもう1つが判定だ。

 まず後者だが、この日の試合では横浜FMの身体を張った強い守備が目立っており、そこには明らかに背後から手を使うなど危険なプレーも少なからずあったように見えた。主審はこれをコントロールしようとしてカードを使っていたが、結果的にコントロールしきれず、両チーム合わせて6枚のカードが出るだけの試合になってしまった。そして時間経過とともに笛はナーバスになっていったように感じられ、ヴィッセルにとってはリズムができかけたところで笛によって試合が止まるという、なんとももどかしい流れになってしまった。

 問題は前者だ。小松の位置などは前記したとおりだが、どこから相手ゴール前にボールを入れていくのかという狙いがはっきりしていなかったように思う。もちろん攻撃は流動的な局面の中で組み立てられるものであり、何かを想定しすぎてしまうことはチームの硬直化を招きかねない。それだけに刻々と変わる状況の中で選手が判断すべきではあるが、それであっても「決める人」と「決めさせる人」の役割分担程度は定めておかなければならないのではないだろうか。その意味では、この日のヴィッセルにはベンチワークも含め、迷いがあったように思う。

天皇杯への切り替え

 今季初黒星を喫したヴィッセルではあるが、数字上は互角に近い結果だった。ヴィッセルの枠内シュートは0だったが、横浜FMの枠内シュートもゴールした1のみであり、その意味では低調な試合だったと言える。とはいえ、ヴィッセルがチャンスらしいチャンスを作り出すことができなかったことは事実であり、チーム全体で受け止めなければならない大きな敗戦だったように思う。

 こうした流れを断ち切るためにも、中3日で迎える天皇杯2回戦は徹底して「勝利」にこだわってほしい。対戦相手は宮崎県代表のヴェロスクロノス都農だ。現在九州サッカーリーグに所属する都農は、リーグ戦14勝無敗で首位に立っている。カテゴリとしては4つ下のリーグになるが、これは相手を甘く見る理由にはならない。都農は1回戦でもターンオーバーしながら、2つ上のカテゴリであるJ3所属の讃岐を3-1で破っている。この勢いのある相手が「J1の強豪に一泡吹かせてやる」という強い気持ちで乗り込んでくるのだ。ヴィッセルもそれ以上に強い気持ちで試合に臨む必要がある。

 チームの流れが悪いときには、勝利が特効薬になると言われる。勝利という結果が選手に自信を取り戻させる効果、そしてそれによってチームのムードが一変するためだ。しかしそれが、根本的な問題解決になるという保証はない。逆に内容が伴わない勝利は、問題から目をそらしてしまう危険性すらある。この天皇杯にヴィッセルがどのようなメンバーで臨むかは不明だが、出場する選手にはJ1リーグと同様の気持ちで戦ってほしい。そして内容も伴った勝利を挙げ、本当の意味での「反撃の狼煙」としてほしい。