覆面記者の目

天皇杯 2回戦 vs.高知 ノエスタ(6/11 19:00)
  • HOME神戸
  • AWAY高知
  • 神戸
  • 4
  • 1前半0
    3後半1
  • 1
  • 高知
  • オウンゴール(10')
    エリキ(50')
    オウンゴール(64')
    広瀬 陸斗(84')
  • 得点者
  • (75')三好 麟大

毎年のことではあるが、天皇杯初戦には独特の緊張感がある。これはヴィッセルだけに見られるものではなく、J1リーグに所属する全てのクラブに共通しているものだ。その理由はリスクの大きさにある。
 ほぼ全ての場合において、J1リーグ所属クラブの初戦は、下位カテゴリのクラブとの対戦となる。クラブの経営規模、そしてそれに伴う選手層を見れば、「勝って当たり前」と思われてしまう。無事に勝利すれば次のステージへ駒を進めることができるのだが、その時点ではタイトルを獲得したわけでもなく、「勝った」という結果だけが残る。これに対して敗れた際に受けるダメージは大きい。「ジャイアントキリング」という言葉で語られ、メディアでも取り上げられる。そのため通常の敗戦以上に、選手に残るダメージは大きいと話す指導者は多い。
 こうした図式の中で行われる試合であるため、勝利したJ1クラブの監督の言葉からは、勝利した喜び以上に安堵感を感じることが多い。この日の吉田孝行監督も例外ではなかった。「しっかりとホームで勝つことができてよかったです」という言葉は、本音だったように思う。

 勝利が義務付けられているJ1クラブに対して、対戦相手は文字通り捨て身で挑むことができる。さらに「自らをアピールしたい」と、個人レベルの野心を持って試合に臨む選手も多い。そのため実際にはJ1クラブが思わぬ苦戦を強いられることも少なくない。事実この日も、現在J1リーグで4位につける柏が東洋大に、横浜FMがJFL所属の青森に、それぞれ敗れている。こうした難しさを考えれば、2つ下のカテゴリー所属のチーム相手とは言え、危なげなく勝利を収めたことは喜ばしい。
 こうした野心溢れるチームは、概ね2つのタイプに分類できる。1つは自分たちの現在地を確認したいチームだ。この場合は「普段通りのプレー」をすることに重きが置かれる。上のカテゴリーのチームに対して、自分たちのやり方をぶつけ、その差を確認することが目的だ。これに対してもう1つは、ジャイアントキリングを目指して試合に臨むチームだ。このタイプのチームは、「普段以上の強度」を見せる。前記したような野心がその根底にはあるのだが、それがより強くプレーに表れる。そしてこのチームの方針には、指導者の性格が反映されることが多い。高知を率いる秋田豊監督は、誰もが知る日本サッカーのレジェンドだ。「常勝鹿島」と呼ばれた鹿島黄金期の礎を築いた選手の一人であり、日本代表としても長く活躍した。元々エリートではなかった秋田監督は、人並外れた努力によってその地位をつかみ取った。その中で培った勝利を希求する姿勢は、指導者になってからも変わることはない。その秋田監督が率いる高知は、指揮官の性格が反映されたチームだったように思う。個人レベルの技術ではヴィッセルが勝っていたが、それを埋めるべく、全ての選手が強度の高いプレーを見せ続けた。しかしヴィッセルは、その勢いに呑まれることなく試合を進め、勝利をつかみ取った。


 この結果を収める上で効果があったのは、直近のリーグ戦から9人を入れ替えたメンバー選考だったように思う。この日の試合から中3日でリーグ戦が控えていることを思えば、大幅なターンオーバーは予想の範疇であり、合理的な判断だった。しかし確実に勝利を収めるために、チームの軸となる部分は変えずに試合に臨む指揮官もいることを思えば、決して易しくはない判断だったように思う。
 「格下の相手」と戦う際の難しさは、如何にしてチームにモチベーションを与えるかという点に尽きる。ここでいうモチベーションとは、直接的なものを指している。「天皇杯連覇のために負けられない」というのは成果が近未来にあるため、ここには該当しない。そうなるとチームというよりも、選手個々にモチベーションを持たせることが最も効果的だ。その視座に立って考えれば、リーグ戦で出場機会を十分に得られていない選手を中心に据えたこの日のメンバー構成は、野心溢れるチームと戦う上では意味のあるものだったように思う。

 以下に試合を振り返る。
 この日のメンバーは以下の通りだ。GKは新井章太。最終ラインは右から飯野七聖、山川哲史、岩波拓也、鍬先祐弥の4枚。中盤はアンカーに山内翔、インサイドハーフは右にグスタボ クリスマン、左に井出遥也。前線は右にエリキ、中央に佐々木大樹、左に汰木康也という布陣だった。前記したように直近のリーグ戦に続けて出場したのは山川と佐々木のみというフレッシュな布陣だった。直近のリーグ戦からは中10日と余裕があったものの、この試合を「控えメンバーの底上げ」に使いたいという吉田監督の思惑が表れた構成だった。
 これに対して高知は、直近のJ3リーグ戦から中2日だったこともあり、11人全てを入れ替えて試合に臨んだ。
 この日のメンバーに対して吉田監督が求めたのは「ヴィッセルらしい」戦い方だった。しかし最初にペースをつかみかけたのは高知だった。3-1-4-2という攻撃的な布陣で試合に臨んだ高知は、序盤から前に出る姿勢を見せた。前線の選手は深い位置までボールを追い、中盤から後ろの選手はボールホルダーに対して怯むことなくプレスをかける戦い方を見せたのだ。3分には左サイドからのボールを受けた右インサイドハーフの須藤直輝が仕掛け、カットインから左足を振り抜いた。このシュートに至る過程では、須藤のトラップが乱れたのだが、それが須藤に寄せた汰木の逆を取るような格好になった。ヴィッセルの選手に「崩された」という感覚はなかったと思うが、高知の勢いを象徴するプレーだった。
 ここでヴィッセルの選手にとって戦い難さがあったとすれば、それは高知のプレーによるものだった。球際で勝負を仕掛けてくる高知のプレーはアフター気味のファウルになる場面が多かった。もちろんこれらは意図したものではなかったと思う。両チームの選手のボールスキルの差が、こうしたファウルにつながるというのは、実力差のあるチームとの対戦においては珍しいことではない。ヴィッセルの選手はこうした高知のプレーを受けて、早めにボールを離そうとしていた。ここが小さな落とし穴だったように思う。
 吉田監督が企図している戦い方においては、前に出てくる相手に対しては効果的にロングボールを使うことが多い。しかしその場合でも、出し手と受け手は周りの状況を見ながらポジションを取るのだが、この試合では高知はポジションではなく人につく守り方を続けたため、ヴィッセルの選手は準備不足のままパスを出す場面が散見された。それでもヴィッセルの選手のボールスキルが高かったため、大きく破綻することはなかったが、試合の主導権を握るまでに時間を要した原因でもあった。ここがこの試合における1つ目のポイントだ。


 ヴィッセルに試合の主導権をもたらしたのは、10分に生まれた先制点だった。左コーナーキックを任された飯野は、左ペナルティエリア角後方に位置していたクリスマンへのパスを選択した。そしてクリスマンはこれを右足でトラップし、左足でファーサイドのポスト手前にクロスを入れた。このボールに飛び込んだのは佐々木だった。そして佐々木が頭で逆サイドのエリキの足もとに落とした。これをエリキがトラップしたボールが、走りこんできた高知のセンターバックである朴勢己に当たり、そのままゴールへと吸い込まれた。オウンゴールによる得点ではあったが、これはヴィッセルの選手のレベルの高さを印象付けるプレーだった。
 まず最初にボールを入れたクリスマンはキック精度の高さを見せた。フリーではあったが、正確に相手守備の裏側に落としたキックは見事だった。そして何よりも佐々木の飛び込みは素晴らしかった。飯野がボールをセットした時点で、ペナルティエリア内では高知の選手がゾーンで守りを固めていた。飯野が蹴った瞬間に高知の選手は前に出て守備陣形を組んだのだが、佐々木はこの時点でも動き出していなかった。佐々木が動き出したのは、クリスマンの蹴ったボールがペナルティエリアに差し掛かる寸前だった。高知の守備が人数をかけていたことも見た上で、全員がボールを見る瞬間を待っていたのだろう。そのため高知の選手は誰も佐々木の動き出しを見ることができなかった。こうして佐々木は跳ぶ前に高知の選手の裏を取っていたのだ。

 先制点を挙げたことによって、ヴィッセルはある程度落ち着いて試合を進めることができるようになった。失点後も高知の積極的な姿勢が変わることはなかったが、個々の局面では、概ねヴィッセルの選手が上回っていたためだ。
 とはいえ、ヴィッセルが思い通りに試合を運ぶことができたわけではなかった。その理由は2つある。1つはプレスの位置が定まらなかったことだ。守備から攻撃へのトランジションにおいて勝負するヴィッセルの戦い方においては、守備の開始でもある前線のプレスは大きなポイントとなっている。しかしこの試合では高知が早めに蹴ってきたこともあり、プレスの開始位置を定めることができなかった。そのためボール奪取は高知が前に出た後となり、その位置は当初の狙いよりも低くなっていた。
 そしてもう1つの理由だが、これはゲームメイク役がはっきりしなかったためだ。基本的にはアンカーに入った山内がその役割を担っていたのだが、前記したような理由でボールを狙って奪うのではなく、前に出てきたボールを奪うという「受け身の守備」になっていたため、山内のポジションが安定しなかった。これは山内のプレー自体に問題があったためではなく、相手との嚙み合わせによるものだ。
 この2点についてもう少し考えてみると、ヴィッセルが戦いの幅を広げるためのヒントが見えてくるように思う。まず最初の「蹴ってくる相手への対処」だが、試合後に吉田監督は前半のうちに追加点が取れなかった理由として、前線の選手のポジショニングを挙げた。これは1対1を作れたはずという意味においての発言ではあったが、それ以外にも通じる大事な要素を含んでいる。それはピッチ上で正しいポジションを取ることの重要性だ。今のヴィッセルの戦い方はボールに対する守備が基本とはなっているが、これは本来ポジショニングを排除したものではない。どんな戦い方であったとしても、ポジショニングによって優位性を確立することは重要だ。ボールだけではなく、味方の位置、相手の位置を把握しておくことによって、状況に応じた最適なプレーができるようになるためだ。そしてこれを理解するためには、それぞれの意味を把握しておく必要がある。そしてこれは前記した「ゲームメイク役の確立」に対する解決策でもある。
 まずボールの位置だが、これはサッカーにおける基本中の基本だ。ボールの位置と自分の位置を併せて考えることで、自分が取るべき選択は自ずと絞られてくる。次に味方の位置だが、これは味方の状況とも似通っている。味方がどこにいて、どんな状況にあるかを把握することで、自分が取るべき行動や動くべき位置が定まるためだ。そして相手の位置だが、これを把握しておくことでボール保持時であれば、どのようにボールを動かしていくのかが決まり、ボール非保持時であれば、どこを守るべきかが定まるためだ。
 こう書いてしまうと当たり前のことなのだが、実はこれを90分間意識し続けることは容易いことではない。多くの場合、ボールの位置のみから動きを定めてしまう。この試合でも散見されたが、自陣からボール脱出を図る際、味方同士が被ることがある。これなどはボールだけを意識してしまったからこその現象であり、攻撃のスピードを遅らせてしまうという点において好まざる状態だ。また高知のように蹴ってくる相手に対しては、受け手となる相手に対して位置的優位を確立しておくことができれば、万が一そこにボールが入ったとしても、それが大きなピンチにつながる可能性は低い。ましてやこの日の試合のように、選手個々のレベル差が顕著な場合であれば、ほぼ完ぺきに相手の攻撃を封じることができるようになる。ボールに対して全ての選手が鋭い反応を見せることは今のヴィッセルの長所であり、最大の武器でもある。ポジショニングを意識しすぎて、このスピード感を失ってしまうのでは本末転倒ではあるが、今のスピード感を維持したまま、全ての選手が効果的なポジションを取ることができるようになれば、どんな相手の攻撃に対しても引けを取ることはない。さらには自陣深い位置に押し込まれたとしても、容易にそこからボールを脱出させ、反転攻勢に持ち込むことができるようになる。

 この日の試合では「ヴィッセルの選手の質」によって、勝利をつかみ取った。しかしポジショニングを整えることができれば、選手の質をさらに強調することができるようになる。ヴィッセルの選手の質の高さは、今や誰もが認めるところだ。この日の試合でも密集の中から技術で抜け出す場面は多く見られ、それが高知のファウルを誘発していた。ここに「ポジショニングの技術」を加えることができれば、その強さが格段に上がることは間違いない。そしてそれは、初見の相手と数多く戦わなければならない「アジアの戦い」を有利に進めるための武器ともなる。

 この日の試合で2得点を挙げたエリキだが、ゴールに向かう突進力は高知の選手にとっては異次元の迫力だったのではないだろうか。90分間を通して相手ゴール方向にこぼれたボールを追い続け、何度も相手の裏を取って見せた。複数回のシュートチャンスを逃しはしたが、最後まで相手の守備を押し込み続けた。
 そしてこのエリキを巧く使ったのが佐々木だった。ゴールに向かう気持ちが強いエリキの動きをコントロールすることによって、エリキの動きを引き出した。佐々木はエリキが中央に入ってくる動きを制御することで、相手の守備を広げようと企図していた。結果的にこれが、エリキのゴール前に入る回数を増やした。佐々木自身はアフター気味のファウルを受ける場面も多く、プレー位置は低くなる時間もあったが、そこでも仕事ができることを証明した。2点目を演出したスルーパスなどはその好例だ。50分に自陣ペナルティエリアから縦に蹴り出されたボールに対して戻った佐々木は、相手のスライディングをかわしてボールを足もとに収めた。そして背後からくる相手を察知し、右足のアウトでこのボールを落とし、反時計回りにターンすると、そのまま左足で左サイドで前を向いていた汰木にパスを通した。佐々木は73分にも同じような形で左サイドを使うプレーを見せた。これは得点には結び付かなかったが、見事なプレーだった。佐々木のこうした味方をうまく使う動きは、この試合では不在だった大迫勇也を彷彿とさせるものだった。


 そして前線で特筆すべき活躍を見せたのが左ウイングの汰木だった。この試合では相手とのコンタクトプレーが多かったことは前記した通りだが、その中で汰木がボールスキルを活かし、何度も左サイドを突破して見せたことが、相手の守備に疲労感をもたらした。ボールを足もとで収め、そこから細かく動かしていくのはいつも通りだったが、この試合では球際での競り合いが多く見られた。イーブンの状態でも強くボールにコンタクトすることで、相手を押し切るような力強さは、これまでの汰木からはあまり見られなかったプレーだった。卓越したテクニックを活かしたドリブルで華麗にかわすプレーに、この試合で見せたような力強さが加わると、汰木は文字通り「左サイドの槍」となることができる。右サイドを高く上げることの多いヴィッセルの戦いにおいては、左サイドにはこの日の汰木のような独力で突破するプレーが求められる場面は多い。ボールを扱うテクニックにおいては、能力の高い選手が揃うヴィッセルの中でも傑出しているだけに、汰木が左ウイングに定着するようになれば、攻撃力は格段に上がる。

 久しぶりにサイドバックとして先発を果たした飯野だが、やはり前にスペースがあるときの飯野は強い。それを示したのが53分のプレーだった。山川が右タッチライン近くに流れて前に蹴ったボールは、ハーフウェーライン手前から抜け出しを図ったエリキを狙ったボールだったが、これは相手がカット。これを味方とのパス交換で落ち着かせようとしたが、飯野がそこに走り込んでボールを奪い、一気に前に出た。そしてペナルティエリア角近くからグラウンダーのクロスを入れた。最後エリキのシュートは僅かに枠を外れたが、飯野の持ち味が絶好のチャンスを作り出した。この場面で飯野は、山川が前に蹴った時点で走り出していたのだが、80m程度の距離を一気に走り切った。この間、スピードは一度も落とすことなくプレーできたため、ボール奪取からドリブルまでの流れは実にスムーズだった。ウイングで起用されることの多い飯野だが、このように長い距離を一気に走り抜けることのできるスピードとスタミナの持ち主でもある。トップスピードに乗るまでが早いため、ウイングでもプレーすることはできるが、前にスペースがある時の飯野には爆発力がある。吉田監督にはぜひともこの能力を活かす戦い方を作り出してほしい。


 久しぶりの先発出場となった岩波だが、この試合ではミスらしいミスもなく、終始安定したプレーを見せた。他の選手同様に高いボールスキルを持っているため、相手の激しいプレスを前にしても周りからのボールを受けることができる。さらに岩波には高いキック能力があるため、最終ラインから展開を作り出すこともできる。マテウス トゥーレルのように自ら縦に仕掛けることはなくとも、キックでチームを前に運ぶことができる。この試合では山川からのボールを預かる場面も多かったが、同時にアンカーの山内との関係も良く、2人で高知のプレスを無効化した場面も見られた。ヴィッセルに戻って以降、本人が望むような出場機会は得られていないが、その力が山川やトゥーレルと遜色ないものであることは、誰もが認めるところだ。ヴィッセルアカデミー出身の選手も増えた中で、かつて「ヴィッセルアカデミーの最高傑作」と言われた能力を発揮する場を、自らの力で奪い取らなければならない。後輩からの人望も厚い岩波には「アカデミー出身者のリーダー」として、若い選手たちを導く存在であってほしい。

 特筆すべきは、84分に汰木との交代で投入された広瀬陸斗のプレーだ。広瀬は投入直後の最初のプレーでゴールを決めた。ジェアン パトリッキが右のハーフスペースをドリブルで上がり、ペナルティエリアの中で中央の宮代大聖にパス。そして宮代はこのボールを左の広瀬にパス。フリーでボールを受けた広瀬は、落ち着いてこれをゴールに流し込んだ。この広瀬のシュート自体は、決して難しいものではなかった。その手前でボールを触っていたパトリッキと宮代が十分に相手を引き付けていたため、広瀬にとってはGKとの1対1だったためだ。しかしこのプレーに至る前、ヴィッセルには複数のチャンスがあったが、それを決めることができなかった。相手の必死の守りに防がれたとも言えるが、チャンスに際して力みや判断ミスがあったためとも言える。かつて柏でも活躍した元ブラジル代表のカレカから「シュートを打つ際は相手GKの位置を見て、彼が届かない位置にパスを出す」と聞いたことがあるが、広瀬のシュートはその言葉通りのものだった。どんな状況でも落ち着きを失うことなくプレーできる広瀬から学ぶことは多い。

 試合後、秋田監督に「後半になって、神戸さんの中盤のクオリティーと高さ、カウンターの質というところで3失点。致し方なかった」と言わしめたヴィッセルではあるが、この勝利はJ1リーグ後半戦に向けて弾みをつけたのではないだろうか。ベンチ、あるいはベンチ外から試合を見ていたレギュラー陣に対して、この試合に出場した選手たちは結果という形で「挑戦状」を叩きつけたためだ。これによってチーム内の競争が激化すれば、ヴィッセルはまだまだ強くなることができる。

 次戦は中3日で迎える名古屋戦だ。2月の対戦ではPKで追いつかれるという後味の悪さを残した相手に対して、今度はきっちりと勝利を収めてほしい。ここから始まる「勝負の夏」を好結果で乗り切ることができれば、ヴィッセルが目指す位置は自ずと近づいてくる。

今日の一番星
[グスタボクリスマン選手]

前線で見事な働きを見せた佐々木、左サイドを活性化した汰木と最後まで迷ったが、ヴィッセルでの初先発の試合でフル出場を果たし、見事なプレーを見せたクリスマンを選出した。本文中にも書いたようにこの試合では高知の前に出る戦いの前に、ゲームメイク役が定まらなかったのだが、そんな中でボールを動かしたのがクリスマンだった。山内がポジションを落とすのに合わせ、自らがボールを受ける意思を示すのだが、見事だったのはその立ち位置だ。ボールに寄るのではなく、ボールから遠ざかることで有効なスペースを作り出す動きは、今のヴィッセルが最も必要としているものかもしれない。ボール保持時に寄せてくる相手に対しては、ボールを軸としたターンでかわすなど、ブラジル人選手らしいプレーも多く見せた。最初の得点シーンの箇所でも触れたが、クリスマンのキックの質は高い。いくつかの弾道を蹴り分けていたが、そのいずれもがコントロールされたものでありながらも、十分なスピードも保っていた。この日の試合でクリスマンはその能力の高さを証明して見せた。守備でも献身的に動くことができるクリスマンがこの先、レギュラー争いに加わってくることは間違いないだろう。吉田監督も「元々技術や運動量はある選手。日本のサッカー、湿気の多さに慣れれば、十分やっていけるなという手応えは感じた」と高い評価を与えている。試合後には「監督の選択肢の1つになれるように、そして試合に出た時にはチームの助けになれるように、自分の特徴をそこで出せるようにということを考えてやっていきたい」と謙虚な姿勢を見せたクリスマンは、上位を追走するヴィッセルにとって大きな力となるのではないだろうか。この先の戦いでの活躍に期待を込めて「ヴィッセルの秘密兵器」に一番星。