ヴィッセルにとって2025年の公式戦57試合目、そして年内ラストゲームとなったこの日の試合は、改めて「アジアで戦う」ということについて考えさせられる試合だったように思う。
「サッカーは文化だ」という人は多い。
現在、Jリーグのチェアマンを務める野々村芳和氏は、北海道コンサドーレ札幌の代表取締役社長時代に受けたインタビューの中で「野球はショービジネス、サッカーは文化」という発言をして話題になったことがある。野々村氏の発言はサッカーの対比としてプロ野球を挙げてしまったために解り難いものになってしまったが、Jリーグの基本方針でもある「地域密着」ということを伝えたかったのだろうということは理解できる。スポンサーなどクラブに対する支援者や応援してくれる人たちの存在が、クラブの在り方に影響を与えるというのはサッカーに限った話ではないと思うが、その中で育まれる風土がクラブの色となり、試合という対決の場には、その違いが反映される。これもスポーツ観戦における魅力の1つとなっているのではないだろうか。
そうした視座に立ってAFCチャンピオンズリーグエリート25/26(以下ACLE)を見た時、勝敗以外の面白さが浮かび上がる。ご存じの通り、ACLEに出場しているのはアジア各国のトップクラブだ。出場クラブは、文字通り、それぞれの国や地域の名誉や思いなど、様々なものを背負っている。そのため試合には、普段戦っているJリーグとは異質な緊張感がある。そのため、選手にとっては「異文化体験」とでも呼ぶべきような試合になっているのではないかと想像するのだが、この日の試合にはそうしたものが詰まっていたように思う。
以下で3つのポイントに絞り、その難しさについて考えてみる。
1つ目は「未知の選手」だ。
この日の試合で最もヴィッセルを苦しめたのは、成都蓉城のワントップに入っていたフェリペ シウヴァだったのではないだろうか。193cmという長身に加え、厚みのある身体から放たれる存在感は別格だった。身長だけであれば、Jリーグにも同等の高さを持った選手はいるが、あそこまでの強さを見せる選手となると、なかなかいない。この日、フェリペと対峙したヴィッセルのセンターバックは山川哲史と本多勇喜のコンビだったが、試合を通じて手を焼いていた印象だ。単純な高さや強さだけであればまだしも、フェリペは足もとの技術にも優れたものを持っていた。開始直後の5分のシーンにはそれが現れていた。
フェリペは、斜め後ろからのボールを身体の正面でトラップしたのだが、これを足もとの深い位置に収めていた。これに対して背後から本多が詰めたのだが、ボールを身体で隠しながら左足で自陣の方向に浮かせた。この動きによってフェリペの前に入った井手口陽介と鍬先祐弥をかわし、自陣側に戻るように動いた。これに対して本多はついていこうとしたのだが、フェリペの力に引きずられるような格好となり、マークを剥がされてしまった。そしてフェリペはこの浮いたボールを頭で進行方向に突き、そこに自ら走りこんだ。次にこれに対応したのは、前線から戻ってきた佐々木大樹だった。佐々木は足を上げてこのボールを突こうと試みたのだが、フェリペが先に足先に当てて、またもや浮かせたボールで佐々木の背後を取った。それを見たエリキが左から寄せたのだが、今度はターンしながら足もとで低く浮かせて、エリキの逆を取った。ここでフェリペの進行方向を武藤嘉紀が消し、それをフォローするように佐々木とエリキがフェリペを追い越して、その進路をさらに狭めた。そこでフェリペは身体を捻り、左外の味方へパスを通し、密集からの脱出を成功させた。
この10秒にも満たない一連の動きの中で、ヴィッセルの守備対応に間違いはない。人数をかけながら、進路を正確に読み、必要な個所は消し続け、前へボールを運ばせない守備はできていたのだが、それら全て一人に剥がされ、味方へとボールを繋がれた格好となった。大きな身体だけではなく、柔らかいボールタッチと正確なボールコントロールを併せ持っているため、ヴィッセルの守備陣は、終始フェリペのマークを外すことができなかった。
結果的にこの試合でフェリペにはPKを含む2ゴールを決められてしまったのだが、特に1失点目は見た目通りの豪快なシュートだった。前半アディショナルタイムにヴィッセルが自陣で失ったボールが、ペナルティアークの外に立っていたフェリペの足もとに入った。すぐに鍬先が寄せていったのだが、フェリペはその場からほぼ動かずに、ターンしてからのワンステップで左足シュートを放った。GKの権田修一がわずかに体重を左側に乗せたところまで見えていたかは不明だが、スピードの乗ったストレート系のシュートを力でねじ込んだという印象だ。
そしてもう1人、ヴィッセルにとって厄介だったのはシャドーストライカーの位置に入っていたウェイ シーハオだった。ポルトガルでのプレー経験もあり、中国代表でも10番を背負っているシーハオは、下馬評通りファウルを恐れない球際の強さを見せたが、それ以上にポジショニングのセンスを感じさせる選手だった。サイドに流れてプレーする時間も長かったが、そこでヴィッセルの選手の間に立つことで時間を作り出すといったクレバーさが目を引いた。
こうしたJリーグでは会うことのないタイプの選手と初見で戦うことは、大変な難事だ。事前のスカウティングで特徴などは伝えられているはずだが、映像や文字からは伝わってこない強度やスピード感、間合いといった部分が、試合の中では大きな意味を持っている。アジアの頂点を目指す上では、そうした選手と初見で戦いながら、その場で対応を修正していく力も求められる。

2つ目は「勝利への執念」だ。
1点を追う84分に、ヴィッセルは見事な攻撃でPKを獲得した。途中交代でアンカーに入った扇原貴宏が、ハーフウェーライン手前から縦にパスを差し込んだ。これを受けた大迫勇也が左を上がってきた永戸勝也に流し、永戸はツータッチで鋭いクロスを入れた。ペナルティエリア外から飛び込んだ宮代大聖がこのボールのコースを変え、ペナルティエリア内中央にポジションを取っていた佐々木につないだ。佐々木がこれを受けたところで、背後から寄せてきた相手選手に蹴られ、主審は即座にペナルティスポットを指差した。映像で見直しても、佐々木は確実にボールに触っており、その背後から詰めた選手の足はボールに触ることはないまま、佐々木の足を蹴っていた。問題はその後だった。佐々木はすぐにボールをペナルティスポットにセットしていたのだが、そのボールの周りに成都蓉城の複数の選手が集まっていた。恐らくこれはボール周りの芝を荒らすことで、PK失敗の確率を上げようと考えた末の行動だろう。これを察知した山川がボール周りを守るように、その輪の中に割って入ったのだが、ここで成都蓉城の選手が山川に詰め寄るというシーンが見られた。
こうした行動は国際大会を含む代表同士の試合では、時折見られる。しかし国内戦であるJリーグでは、あまりお目にかかることのない光景だ。フェアプレーという観点からは褒められたものではないのかもしれないが、これを「勝利への執念」という視座に立って見ると、その行動も理解できる。前回のACLEで経験した乱闘騒ぎのような行為は問題外だが、こうした緊張感を経験することができるのは、国や地域を背負って戦うACLEに出場しているからこそだ。大迫や武藤、酒井高徳など、ヴィッセルには代表として数々の戦いを経験してきた選手が多く在籍しており、彼らがチームに厳しさを持ち込んだ。若い選手たちは日々のトレーニングで、その厳しさを体感し続けたからこそ、大きな成長を遂げたわけだが、こうした試合を経験することで、その厳しさの根源に触れることができるのではないだろうか。これは体感した選手の財産であると同時に、クラブの財産ともなるように思う。
そして3つ目は「判定」だ。
ご存じの通り、ACLEは第三国の審判団によって運営される。そしてこの日の試合を担当したのはサウジアラビアの審判団だった。カードを効果的に使いながら、試合を巧くコントロールしていたようには思うが、判定基準は今一つ解り難い面もあった。それは普段Jリーグを中心に見ているためでもあるのだが、選手たちも基準を見つけ難かったのではないだろうか。またアディショナルタイムの提示も、筆者には理解できないものだった。89分に提示された後半のアディショナルタイムは4分だった。実際のプレー時間は5分だったが、後半は両チームが1点ずつ取り合った上、佐々木の獲得したPKに至る流れの中ではオンフィールドレビューも行われたため、5分ほど試合は中断した。こうしたことを考えると、アディショナルタイム4分という提示はあまりに短いように思えてしまう。後半はヴィッセルが押し込んでいただけに、もう少しだけ時間が欲しかったというのが正直な感想ではある。しかしこれも審判の決定であり、これには従わなければならない。
ACLEの試合においては、ファウルの基準は試合ごとに異なっているというのが現状だ。選手にとっては難しい試合となることもあるだろうが、こうした経験は選手やクラブの強靭化には効果的だ。多くの判断が審判の主観に委ねられるサッカーという競技の特性上、プレーが難しくなる場面は今後も訪れる可能性はある。そしてサッカーにおいては「審判と戦ったチームが負ける」と言われる。判定に対してデリケートになりすぎてしまった結果、肝心のプレーが粗くなったという事象は、Jリーグでも時折見られる。だからこそ、ACLEのような試合を経験しておくことには大きな意味がある。「審判と戦う」という愚を犯さなくなるためだ。

ここまで「アジアで戦う難しさ」として3つのポイントを挙げてきたが、ヴィッセルが「アジアの頂点」を目指す以上、こうした難しさをも当たり前に受け入れ、それを乗り越えていかなければならない。
ご存じの通り、この日の試合は吉田孝行監督の「ラストマッチ」でもあった。試合後に選手たちが「勝ってタカさんを送り出したかった」と口を揃えたように、いつも以上に「勝利へのこだわり」を持っていたことは間違いないだろう。しかしこうした「アジアで戦う難しさ」を体感しつつも勝点1を得て、東地区の首位の座を守り切ったことには大きな価値がある。リーグステージ突破の条件は8位以上となっているが、既に9位との勝点差は6に拡がっている。残り2試合ということを考えれば、ヴィッセルのリーグステージ突破は事実上決定したと言っても差し支えないだろう。この日の経験も、来るノックアウトステージを勝ち進み、セントラル開催となるファイナルズ(準々決勝以降)に進出するための一助となることは間違いないだろう。
次に試合を振り返ってみる。
試合後に武藤は「内容から言ったら、勝たなくてはならない試合だったと思います」とコメントした。この言葉通りの試合だったように思う。J1リーグ最終節から中2日のヴィッセルに対して、既に中国スーパーリーグを終えていた成都蓉城は中2週間ということもあり、試合前にはコンディション面の差に不安を感じていたが、それは問題ではなかった。ヴィッセルは試合序盤から、成都蓉城を押し込んでいった。
まず輝きを放ったのは飯野七聖だった。左サイドバックで先発した飯野は、積極的に前に出る姿勢を見せていった。守備時には5バックで構える成都蓉城はサイドをウイングバック1枚で管理する時間が長かったため、飯野と対峙したのはイスラエル出身のヤハフ グルフィンケルだった。グルフィンケルは攻撃的な選手であるように見えたが、飯野が裏を取る場面も多く、攻撃に絡む回数は少なかった。これは飯野が抑え込んだ結果と言ってもよいだろう。そして飯野は積極的にクロスを入れていったのだが、その多くが低くて速いボールであったため、成都蓉城の守備陣のクリアも十分でないことが多く、その後の展開を作りやすくするものだった。またボール非保持に変わった瞬間には、持ち前のスピードを活かして戻り、球際での勝負も厭わない姿勢を見せ続けた。
ここにきてサイドバックでの出場機会を増やしている飯野だが、前にスペースがない時にも、一気に出ていくことができるようになった点は成長だ。自身が語るように、ウイングを経験したことで、攻撃の選手が後ろから上がってくる選手に望むことを理解したのだろう。またこの試合では何度も深い位置まで抉り、そこで相手を見る余裕を見せた。ゴールライン近くまで上がっていると、そこから逆サイドへのクロス、マイナス方向へのパス、そして自らゴール横のポケットを取りに行くなど、効果的な選択肢が増える。それを理解しているからこその動きだったのだろう。

そしてもう1人、久しぶりの先発出場となった井出遥也も、試合序盤の流れを作り出した功労者だ。インサイドハーフで先発した井出は、左に流れる場面も多かったが、井出らしく周りを使いながら、相手の嫌がる場所でポジションを取り続けた。時にはアンカーの横まで落ちる形でボールを引き出し、そこからサイドや縦の展開を作り出した。加えて自ら仕掛ける姿勢も見せたことで、成都蓉城の中盤は井出への対処が定まらなかった。そうした動きの中で、3分という早い時間に相手センターバックにイエローカードを受けさせた。井出らしいセンスあふれるポジショニングは、試合序盤にチーム全体のポジティブトランジションを引き出していた。
10分以上ヴィッセルが押し込む展開が続いていたが、成都蓉城に流れを引き戻したのは、冒頭でも名前を挙げた2人の選手だった。本多が蹴ったロングボールに対してフェリペが足を出したのだが、これが足先を掠めたことでボールの勢いが弱まった。これを拾ったのは成都蓉城の右センターバックに入っていたティモ レツヘルトだった。オランダ代表経験を持つレツヘルトが右前に展開したボールを受けたのが、フェリペと並ぶキーマンのシーハオだった。シーハオは守備に戻ってきた左サイドバックの酒井につかれながらも、巧みなステップでボールを握り続け、最後はペナルティエリア角外から中央へのクロスを入れた。このクロスはコースはそれほど厳しいものではなかったが、高さが絶妙だった。この時、ヴィッセルのゴール前には山川が立ち、フェリペをマークしていたのだが、フェリペの背後にボランチのチョウ ディンヤンが立っていたため、山川は2対1の局面に置かれていた。ディンヤンのところには飯野が戻りつつあったが、シーハオからのクロスが入った時は、まだ間に合っていなかった。このクロスにフェリペがチャレンジする姿勢を見せたが、実際にはその背後にいたディンヤンが頭で合わせた。権田もフェリペを警戒したポジションを取っていたため、枠の左を狙ったディンヤンのシュートには反応しきれていなかった。このシュートはポストを叩いたのだが、怖かったのはその直後だ。ポストに当たり跳ね返ってきたボールに対して、飯野と山川が一瞬、お見合いするような格好となってしまい、二人の間から走りこんできたディンヤンにボールを触られてしまったのだ。最後は山川の伸ばした足にボールが当たり、ゴールラインを割ったのだが、その方向にはシャドーストライカーのロムロが詰めていた。万が一、ロムロにこのボールを回収されていたら、ゴール前での態勢は成都蓉城が有利になっていたため、先制を許しかねない場面だった。
このプレーをきっかけに成都蓉城に流れが傾きかけたが、それを引き戻したのは18分に生まれたヴィッセルの見事なゴールだった。このゴールに至る流れの中には、各選手が見せた見事な動きが詰まっていた。
最初は武藤だ。右スローインから始まったボールに対して、右タッチライン際に立った武藤が見事なコントロールを見せた。武藤は背後から上がってきた井手口とのパス交換でボールを受け直すと、そこで身体を斜め前に向けることで、前に立っていた選手の身体の向きをコントロールした。その上で斜め後方の鍬先にパスを通したのだ。この時、武藤が見せた僅かな動きが成都蓉城の守備全体の方向を決めた。そのため鍬先へのパスに対しては無警戒となった。
この場面では井手口の動きも効果的だった。井手口は武藤にボールを渡すと、その勢いのまま前に上がり、相手選手1人を引っ張り出すことに成功したのだ。
次は井出だ。鍬先から本多、酒井と経由したボールを左タッチライン際で受けた井出は、ここで仕掛ける姿勢を見せた。酒井がボールを離した直後、酒井の前にはロムロがいたのだが、井出が細かいボールタッチを繰り返しながら、前に立つ相手の隙を窺う動きを見せたことで、ロムロはボールサイドに寄っていった。井出はこの動きだけで酒井にスペースと時間をプレゼントした。そしてロムロが完全に寄ってくるのを待って、ボールを酒井に戻した。この場面で井出が見せた動きこそが、相手のブロックに穴を開けるためのカギとなる動きだ。
次は鍬先だ。井出からのボールを受けた酒井の前には、ペナルティエリアから出てきたディンヤンと井出の前から動いてきたロムロが詰めてきたのだが、酒井はその間を正確に通し、ペナルティエリア内にいたエリキにパスを通した。酒井の視野的にはほぼスペースは見えなかったと思うが、そこに正確なボールを通した酒井の技術もさることながら、その影には鍬先の動きがあった。酒井がボールを受ける前に上がってきた鍬先は、ディンヤンの背後を通り、レツヘルトの前に立った。当初、鍬先は井出にとっての脱出口になる意図も持っていたようには見えたが、井出が酒井にボールを戻した瞬間、レツヘルトの前に立ち塞がる格好になり、レツヘルトの動きを封じた。この鍬先の動きがなければ、酒井のボールはレツヘルトによってカットされていた可能性は高い。この鍬先の動きもまた、スペースを作り出すための見事な動きだった。
最後は再び武藤だ。エリキからのパスを右足で受けた武藤は、相手を背負いながら左足を軸にして、反時計回りにターンした。しかもそのターンする途中で右足の小さなタッチを見せ、シュートを打ちやすい位置にボールを移した。そしてゴール方向を向いた後は、相手の位置を確認して、右足できれいにゴールに流し込んだ。久々に生まれた武藤らしいシュートは、来季の完全復活を期す武藤にとってもいい影響を及ぼすのではないだろうか。
この先制点の場面では、ボールにかかわった選手だけではなく、全ての選手が先を予測しながら、スペースと時間を意識して動くことができていた。酒井のパスや武藤のシュートなど、ボールスキルが必要なプレーもあったが、それ以上にボールを動かしながら、相手のベクトルを外し続けた点が素晴らしい。選手たちが見せた動きによって成り立っているという点において、このゴールには再現性がある。このゴールは、来季に向けてのヒントともなったように思う。

この試合では2失点を喫したが、反省すべきは最初の失点だ。先制後のヴィッセルは、成都蓉城のロングボールに対しても飯野と酒井が戻りながら、確実に対応していた。成都蓉城の前線での起点となるフェリペに対しては、山川と本多で自由を与えないように動き続けていた。しかし誰もがこのままハーフタイムを迎えると思った中で、失点を喫してしまった。
前半のアディショナルタイムに突入した直後、右ウイングバックのフー フェアタオが逆サイドを狙ったボールに対して、前線から戻った武藤がこれをインターセプトした。この時点で武藤の前は空いていたのだが、勢いを優先したためか、武藤は中央に移動を開始した。そして横の鍬先にパスを出したのだが、これを受けようとした鍬先の前にディンヤンが足を伸ばし、コースを変えた。これがフェリペの足もとに入り、前記したミドルシュートを決められてしまった。そこまで巧く試合を運んでいたヴィッセルではあったが、この瞬間だけは全体の意思統一が図れていなかったように見えた。時間帯的にも難しい場面ではあったが、ここは周りが攻めるか守るかを武藤に対してはっきりと伝えるべきだったように思う。
2失点目は事故と言うべきだろう。山川が右タッチライン際でグルフィンケルと競り合い、成都蓉城のスローインとなった。山川もすぐに起き上がったのだが、グルフィンケルはそれよりも早くボールを投げ入れた。前方に向かって投げられたボールに反応したのはシーハオだった。シーハオはペナルティエリアの中でこれを受けてクロスを入れたのだが、これが疾走して戻ってきた井手口の腕に当たり、成都蓉城にPKが与えられた。本来は、山川が間に合わないと見て戻ってきた井手口のファインプレーであるはずなのだが、走っている最中であったことが災いした。井手口の動きに不自然さは皆無だったが、腕が上がっているところに当たってしまったのは不運だったという他ない。試合後に井手口は「自分のミス」とコメントしたが、これは断じて責められるようなプレーではない。
しかしヴィッセルはこの後、チームの特徴でもある「諦めの悪さ」を発揮した。そこで前記したPKを獲得したのだが、これを迷いなく蹴りこんだ佐々木の気持ちの強さも見事だった。

結局試合はドローに終わり、この試合を最後にヴィッセルの監督を退任する吉田監督のラストゲームを白星で飾ることはできなかった。しかし吉田監督が試合後に語ったように、よく追いついたと思う。最後まで勝利を求める姿こそがヴィッセルであり、これがある限り、ヴィッセルは上を目指していくことができる。
吉田監督は会見の中で、この3年半について「自分にとっても、みんな(選手)にとっても誇れることだし、一生忘れることのないことだと思う」と試合後にロッカーで話したことを明かしたが、文字通りクラブ全体が一致団結して成長を続けてきた3年半だった。そしてその成長を支えた1つの柱は「競争と共存」を掲げ、それを一度としてブレさせることもなく、チームを牽引した吉田監督の存在だった。現役時代から言葉ではなく態度でチームを引っ張り続けたその姿勢が、個性派ぞろいのヴィッセルをまとめ上げたことは間違いないだろう。
吉田監督が選手たちと作り出した、一切の妥協を排除し、日々のトレーニングに臨む姿勢は、この先もヴィッセルの財産として受け継がれていくだろう。そしてそれこそが、ヴィッセルの成長の原動力となる。
今季は「タイトル獲得」という目標は叶わなかったが、これも次の段階に進むために必要なステップなのだろうと思う。今年の悔しさは、ヴィッセルの成長を促進する栄養剤でもある。
来季、ヴィッセルが再びの戴冠を果たすことを信じ、2025年の覆面記者の目を了とする。今年もご愛読いただき、ありがとうございました。

