覆面記者の目

ACL Elite MD5 vs.上海申花 上海(11/26 21:15)
  • HOME上海申花
  • AWAY神戸
  • 上海申花
  • 0
  • 0前半2
    0後半0
  • 2
  • 神戸
  • 得点者
  • (31')井手口 陽介
    (39')山川 哲史

試合後の会見の席上で「この日の試合で結果以外に何を求めていたのか」という質問に対し、吉田孝行監督は「結果以外に求めたものはありません」と即答した。筆者には、この言葉に吉田監督の新たな決意が込められているように感じられた。

 16チーム中8チームが次のステージに進むというAFCチャンピオンズリーグエリート25/26(以下ACLE)のレギュレーションを考えれば、この日の試合前の時点でリーグステージ首位に立っていたヴィッセルにとって、ステージ通過は決して高いハードルではない。しかし吉田監督が見据えているのは、当然その先であるはずだ。そのためにも、まずはこの日の試合に勝利し、もう一度チームに勢いをつけたいという思いが、冒頭の発言につながっているように感じたのだ。
 筆者にそう思わせた理由はもう1つある。それはこの日の試合のメンバーだ。当初、筆者はリーグ戦で出場機会の少ない選手を中心としたメンバー構成になると予想していた。この日の試合から中3日でJ1リーグ・FC東京戦が控えているためだ。前記したようなリーグステージの状況と考え併せた時、主力メンバーはベンチ外として、週末の試合に万全を期すものと考えていたのだ。しかし吉田監督の選択は違っていた。酒井高徳、武藤嘉紀はベンチ外としたものの、大迫勇也を筆頭に多くの主力選手を先発させ、宮代大聖や扇原貴宏もベンチに置いていた。



 こうした吉田監督の強い気持ちは、選手たちにも伝わっていたのだろう。試合の中で選手たちが見せた姿からは力強さが感じられた。ヴィッセルの特徴でもある素早い切り替え、球際の強さを存分に発揮し、その強度は90分間を通じて落ちることがなかった。天皇杯でのショックは相当に大きかったはずなのだが、それを全く感じさせなかった。これこそが「ヴィッセルの成長」なのだろう。タイトルを逃した直後の試合でそれを見せてくれたという点において、この日の勝利には大きな価値があるように思う。極論すれば、この試合こそがヴィッセルにとって「2026年シーズンの開幕戦」だったようにも思えるのだ。

 80年代後半から90年代半ばにかけて、プロ野球界の頂点に君臨したのは西武ライオンズ(現 埼玉西武ライオンズ)だった。その西武を監督として率いていた森祇晶氏から聞いた話だ。森氏は監督に就任後、いきなりの3連覇を達成した。しかし4年目に優勝を逃した。僅差ではあったが、3位に終わったのだ。シーズン終了後、1年間戦ってきた主力選手には秋季練習参加免除を伝えたが、それを受け入れる選手はいなかったという。そしてベテラン選手が先頭に立ち、シーズン中を上回る厳しい練習をこなしていた。その姿を見て、森氏は翌年の巻き返しに自信を持つことができたというのだ。そして西武は翌年から再び勝ち続け、5連覇という偉業を成し遂げた。
 天皇杯から中3日という超過密日程の中でヴィッセルの選手が見せた戦う姿勢は、かつての西武と似通っているように思う。今季取り逃がしたものは、来季以降、利子をつけて取り返してくれるのではないか。そんな気持ちにさせてくれる戦いぶりだった。

 吉田監督が送り出したメンバーは以下の通りだ。GKは権田修一。最終ラインは右から飯野七聖、山川哲史、本多勇喜、永戸勝也の4枚。中盤はアンカーに鍬先祐弥を置き、その前には井手口陽介と井出遥也。前線は右から佐々木大樹、大迫勇也、汰木康也という並びだった。対する上海申花の並びは、ヴィッセルと同じ4-1-2-3。4日前に全日程を終了した中国サッカー・スーパーリーグ(以下スーパーリーグ)では4-4-2で戦ってきただけに、正直に言ってこれは予想外だった。上海申花を率いるレオニード スルツキー監督は試合後の会見で、この並びを採用した意図について「ベストプレーヤーを全員起用するため」と語り、来季以降もこの並びを採用する可能性を示唆した。今季、スーパーリーグで2位に終わった上海申花だが、優勝した上海海港との差を埋めるため、攻撃力を高めるのが狙いだと思われる。そのため前線にサウロ ミネイロ、アンドレ ルイス、ルイス アスエというフォワード3枚を並べ、その下でジョアン カルロス テイシェイラが司令塔の役割を果たすという並びになっていた。そしてこの並びが試合序盤のカギとなった。



 試合序盤に厄介な存在となったのが、この時間帯は左に入っていたアスエだった。ボールの持ち方としては、いわゆる「前に晒す」タイプではあるのだが、スピードと長い足を活かし、ヴィッセルの守備が取りに出たところでボールを前に突き、スピードでそれを振り切るという形での突破を見せた。7分にはそのスタイルを活かし、山川をかわして一気にゴールライン近くまで上がり、マイナスにグラウンダーのクロスを入れた。これに中央のルイスが走りこんだのだが、これは権田がタイミングよく飛び出し、ブロックした。アスエのスピードに守備陣は周りを見る余裕がなかったため、背後から飛び出してきたルイスはノーマークとなっていただけに、権田のファインセーブが光った場面だった。
 次のピンチは10分だった。中央やや左35m付近からのフリーキックをファーサイドで受けたのは、インサイドハーフのウー シーだった。ウーがダイレクトに折り返したボールはゴール前で選手が交錯、こぼれたのだが、これをゴール前に上がっていたセンターバックのジュー チェンジエがオーバーヘッドで折り返した。これがゴールエリア左前にいたルイスへのパスとなり、ルイスはヘディングでシュート。ゴールを捉えていた弾道ではあったが、これを大迫が頭でクリアして難を逃れた。
 そして14分には自陣からのロングボールを受けたアスエがドリブルで中央を上がり、ミドルシュートを放った。これはバーを掠めたが、中央をドリブルで突破されるという危険な場面だった。
 このように15分過ぎまでは、上海申花の攻撃が機能していた。その理由として考えられるのは2つだ。1つは判定だ。この時間までにヴィッセルは警告を2回受けている。1つは本多、そしてもう1つは鍬先だった。守備の要とも言うべきセンターバックとアンカーが、揃って早い時間にイエローカードを提示されたことで、球際の勝負は慎重にならざるを得なくなった。そしてもう1つの理由は上海申花の動きが速かったためだ。
 まず前者だが、これは判定そのものに疑義を唱えるつもりは毛頭ない。とはいえ時間帯を考えると、やや厳しいようにも思えた。ひょっとするとこの日の審判団は、ヴィッセルと上海申花の双方が球際に強いのを見た上で、試合をコントロールするために、基準を示したということだったのかもしれない。両チームとも3枚ずつ警告を受けた試合とはなったが、最後まで荒れる場面はなかった。バックスタンド側に立った副審の判定は微妙だったように思うが、トータルではビデオ・アシスタント・レフェリー(以下VAR)の使い方も正しく、両チームに対してフェアだったように思う。
 問題は後者だ。前の3枚が攻撃を担う形ではあったが、この3枚のポジションが流動的だった上、その背後にいるインサイドハーフ2枚が動きながら攻撃に絡んできた。この動き自体は特別なものではなかったが、攻撃のほぼ全てがロングカウンターであり、加えてスピードが速かったため、ヴィッセルの最終ラインは深い位置まで戻って守る回数が増えた。そしてそれを何度か繰り返す中で、最終ラインの位置が深くなり、戻り切る前にボール保持に変わった前線は再度攻撃を開始するということを繰り返す中で、ヴィッセルの陣形そのものが間延びしてしまった。これが試合序盤に押し込まれた原因だろう。ここで嫌な存在だったのが、上海申花の右サイドバックを務めたウィルソン マナファだった。ポルトガルU20代表経験を持つマナファは傑出したスピードを持つサイドバックだった。アスエ同様、大きなストライドを活かし、一気に前に出るスタイルだったのだが、球際の強さも持っている選手だった。このマナファに対して同サイドの汰木や永戸は身体を張った守備を見せたが、止め切るまでには至らなかった。
 また上海申花にとって、この日の試合が4-1-2-3で臨む初の公式戦だったことも、試合序盤の流れを決めるきっかけとなったように思う。試合後にスルツキー監督はこの布陣について「将来を見据えたもの」とした上で「あまりうまくいっていなかった」と、その動きがチーム全体に浸透していないことを認めた。それが解っていたからこそ、上海申花は試合序盤に積極的に前に出てきたのだろう。それが勢いとなってヴィッセルを苦しめたわけだが、その勢いが途絶えてしまえば、そこから先、試合を巧く運ぶことができなくなるのは当然でもある。

 その上海申花の勢いを止めたのは権田だった。そのきっかけは15分のプレーだった。マナファが自陣深い位置から一気に前進し、アタッキングサード手前からアーリークロスを入れた。このボールを受けたルイスには山川が対応したが、ヴィッセルの左サイドにこぼれたボールは本多とマナファの奪い合いになった。本多は身体を張ってマナファを止めたが、外にこぼれたボールをマナファが再度拾い、クロスを入れた。狙いはファーサイドにいたアスエだったが、そのギリギリのところで権田が身体を張ってボールをキャッチした。ここでアスエと接触した権田は起き上がった後、主審と話をするなどしてリスタートまで時間を使った。何気ないシーンではあったが、ここで権田が作った1分半弱の時間は大きかった。ここまでスムーズだった「試合の流れ」に敢えて水をさすことで、ヴィッセルの選手が落ち着くための時間を作ったためだ。プレー再開後も上海申花の攻撃スタイルは変わらなかったが、ヴィッセルの選手はコンパクトな陣形を取り戻し、それを保ちながらプレーしたことで、上海申花の攻撃が機能しなくなった。もともと球際の勝負では互角に渡り合っていたところに、味方をフォローする形が整ったのだ。これがこの後の試合の流れを決めた。こうなると上海申花は、選手の不慣れな部分が前面に出る格好になってしまう。ヴィッセルにとっては「幽霊の正体見たり」といったところではあったが、その幽霊に照明を当て、正体を露見させたのは「権田が作った1分半」だったとも言える。



 この試合では一番星級の活躍を見せた権田だが、さすがの存在感だった。契約の都合上、権田の年内の出場機会はACLEに限られている。実戦の機会が限られている中での調整は難しいと言われるが、試合勘を保ちながら、試合に合わせてピークを持ってくることができるのは、経験のなせる業なのかもしれない。この日の試合では後半のPKストップを含め、何度もビッグセーブを見せた。特にPKのシーンで見せた技術は圧巻だった。飯野のファウルによって上海申花に与えられたPKを蹴ったのはルイスだった。ルイスは蹴る直前、足の動くリズムを変えることでタイミングをずらそうとしたが、権田はこの動きに全くつられなかった。そこでのタイミングの取り方だが、ルイスの動きに合わせて、その場で垂直に跳ぶことで、タイミングを合わせたのだ。そのためルイスが蹴る瞬間を正確に見た上で、ボールの方向に跳んだ。この権田の動きであれば、先に動いてしまうこともなく、相手の動きをギリギリまで見極めることができる。
 前に出る判断も正確であり、「出た以上必ず触る」というGKにとっての「基本ではあるが最も難しいプレー」も難なくこなしてみせた。キックの精度も高く、確実に味方のいる場所に蹴っていた。ロングボールを蹴る際も、味方の位置を正確に捉えているため、相手に先に触られたとしても、周りの選手がその先を予測して動くことができる。そのため権田のキックからピンチになる場面は皆無だった。そして最終ラインの選手に出す際も、その先のプレーがしやすい位置に、扱いやすいボールを届けていた。権田はプレーにメッセージを込めることができる。これは前記した「試合を止めた判断」と同様に、試合の流れや相手選手の技量を正確に把握できているからこそのプレーだ。
 この権田の存在が、前川黛也をはじめとしたGK陣にとって良き手本となっていることは間違いないだろう。試合後にはACLEに出場が限定されている以上、チームの力になるのが義務だと語り、自らは出場できないJ1リーグ戦に向けても「どういう状況でもしっかり守れるチームにしていきたい」と語る姿勢は、まさにプロフェッショナルだった。

 スルツキー監督は後半、スーパーリーグを戦った4-4-2に布陣を変更した。そこで流れを取り戻すまでには至らなかったが、流れを落ち着かせることはできた。それだけに前半15分からの30分間で喫した2失点が最後まで大きく圧し掛かったと、試合後に語っていた。ヴィッセルにとっては、この時間帯に得点を挙げたことが勝因だったと言えるだろう。
 最初の得点シーンは、最近のヴィッセルではあまり見られない形だった。30分に右タッチライン際で井手口からのボールを受けた飯野は、ペナルティエリア角の高さで少し中に入り、対峙する相手の前でボールを握った。そして背後の井手口にボールを戻した。ここで井手口にとっての選択肢となったのは大迫だった。ゴールエリア前からペナルティエリアギリギリまで戻り、井手口からのボールを受けた。この動きに呼応して動き出していたのは佐々木だった。井手口が飯野からのボールを受け取った時、佐々木はペナルティエリア右角にいたのだが、そこから斜めに動き、ペナルティエリア内に入った。井手口からのボールを受けた大迫は、この佐々木の動きを把握していた。ダイレクトにボールの角度を変え、正確に佐々木に届けた。佐々木の動きに気付いた相手選手が背後から追いかけてきたが、佐々木は大迫からのボールを外側となる右足でトラップし、相手選手に追い越させた。これによって佐々木の前は空き、佐々木には選択肢が生まれた。佐々木は横から走ってくる井手口を完全に視野に捉えており、そこを選択したのだが、その際に高い技術を見せた。佐々木のトラップしたボールは浮き上がってしまったのだが、左足を高く上げ、振り下ろすことで井手口の走路上に正確にボールを落としたのだ。このボールは井手口の左足に合っていたのだが、僅かに勢いがあったため、ボールは前にこぼれた。このボールに相手選手も反応したが、井手口はこれを足先で突くことで、ゴール方向にボールの向きを変えた。結果的にこれが相手のタイミングを外し、弱いボールがゴールマウスに吸い込まれていった。
 この場面で注目すべきは、井手口→大迫→佐々木→井手口という流れが全て斜めのパスだった点だ。ペナルティエリア付近で、守備の選手は自然とボールを見ることになる。そうした相手に対して斜めのボールは、目線を外す効果を持っている。最初に首が動くためだ。首が動いた後、身体を動かす際には一瞬の間が生まれる。この間こそが、密集の中を抜けていくスペースと時間を作り出す。この場面ではかかわった3人の選手が斜めのパスを出すことによって、次の選手に時間とスペースを渡していった。これを成功させるためには、相当なボールスキルが必要となるが、ヴィッセルにはそれを持った選手が多く名を連ねている。J1リーグ所属のライバルたちは、ヴィッセルのサイドからのクロスに対する警戒心を持っているだけに、こうした動きを意図的に織り込んでいくことができれば、相手の守備は「決め打ち」で守ることができなくなる。そうした意味で、このゴールはヴィッセルの得点力復活のヒントとなるものだったように思う。

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 このゴールのきっかけとなったのは、右サイドで高い位置を取った飯野の動きだった。この試合における飯野は持ち前のスピードを活かし、攻守に奔走した。前記したように、対峙した相手選手は独特のリズムとスピードを持った厄介な選手たちだったが、そこで飯野が走り負けなかったことは高く評価されるべきだ。ボールを持った際には縦の選択肢を優先して前に出続けたことで、守備が得意ではない相手の攻撃陣を後ろに引っ張った。後半、上海申花が4-4-2に布陣を変更した後は、飯野の守るポジションは高い位置に移動したが、そこでも背後への意識を持って守り続けたことで、相手の前進を阻んだ。PKを取られた場面について飯野は反省の弁を口にしていたが、相手を抑え込むという気持ちが強すぎた故のプレーであり、決してネガティブなミスではない。これを失点にしなかった権田への感謝は必要だが、飯野のアグレッシブな姿勢は悪いものではない。昨季までは高い技術を持つ選手たちの中でミスを恐れる気持ちがあったのかもしれないが、今季の飯野からは一皮むけた印象を受ける。スピードはチームでもトップクラスのものを持っており、クロスの質も高い。それを証明したのが2点目のシーンだった。39分に左コーナーキックを任された飯野は、ショートコーナーを受けた井手口からのリターンを受け、右足から正確なクロスを入れた。ボールは内側に巻くような軌道で、中央ややニア側に立っていた山川の頭を正確に捉えた。これを山川がバックヘッドで、これまた正確にゴール右に流し込み、試合を決定づける2点目を奪った。
 結果的に2得点全てに絡んだ飯野だが、この試合での活躍を自信としてほしい。試合後には試合に臨む強い気持ちを言葉にした飯野だが、本来持っている能力を発揮することができれば、まだまだ輝く余地を多く残している選手であることは間違いない。



 後半は上海申花が慣れ親しんだ並びとなったこともあり、試合の流れは五分となった。試合終盤、上海申花は猛攻を仕掛けたが、ヴィッセルの守備は落ち着いた対応を見せ続けた。守備面で大きく勝利に貢献したのは鍬先だった。アンカーでスタートした鍬先だが、終始安定感のある守備でチームに落ち着きをもたらした。試合序盤の押し込まれる場面では、ポジションを落とし、守備に厚みを加えると同時に、ボールの脱出口としての機能を果たし続け、ヴィッセルが主導権を握った後は、自らのポジションによって最終ラインを引っ張り、チーム全体を高い位置で保ち続けた。扇原のような大きな展開を見せる場面は少ないが、安定感は扇原に劣らないものがある。球際の強さもあるため、守備的な意味では大きな力となる。試合終盤に扇原が投入された後は、サイドバックとしてプレーした鍬先だが、このユーティリティー性の高さと併せ、今やチームにとって欠くことのできない選手へと成長した。

 素晴らしい戦いを見せたヴィッセルではあったが、1つの課題を提示しておく。それは宮代の使い方だ。高いシュート技術を持つ宮代は、傑出したボールスキルを活かしたドリブルも武器の1つだ。そのため、中盤の低い位置でボールを受けて、それを前に運ぶ役割を担う時間も長い。しかし今のヴィッセルでは、大迫がサイドに流れる形が定着しつつある。
 今や説明不要の高い技術を持つ大迫が外に流れることの効果は2つだ。1つには万能型の選手である大迫をノーマークにはできないため、相手の守備は何らかの対応をせざるを得ない。そのため大迫が外に出る動きには、相手の守備を広げる効果が期待できる。そしてもう1つは、ペナルティエリア近くに攻撃の起点が生まれるということだ。パスセンスにも優れたものを持ち、加えて高いキック技術がある大迫がペナルティエリア近くでボールを握るということは、そこからどのような攻撃も組み立てられるということでもある。相手のマークを受けやすい選手であるだけに、それを外に出した時、相手は選択を迫られることになる。
 この大迫が外に出る形が増えてきている中で、その効果を最大限に引き出すために必要なのは、ペナルティエリアの中で勝負できる存在だ。そして今のヴィッセルにおいて、宮代が最も適任であることは間違いない。
 こうした状況を受けて考えると、宮代を如何にしてペナルティエリアの中に迎え入れるかというのが、ヴィッセルの得点力復活のカギを握っていると言えるだろう。それを解決するには、中盤やサイドバックがボールを運ぶ役を担わなければならない。しかしアンカーから後ろには守備のタスクも課されている中でボールを運ぶためには、やはりビルドアップの技術向上が欠かせないということになる。守備の強さを求める中で、この部分は選手個人に委ねられてきた感はあるが、そろそろチームとしてのボールの運び方を確立しておく必要があるのではないだろうか。
 ここで大きなカギを握っているのが汰木だ。この日の試合では、いつも以上にアグレッシブな動きを見せた汰木だが、その特徴は言うまでもなくボールスキルの高さだ。難しい体勢でもボールを確実に収め、そこから時間を作ることのできるプレーは、チームに態勢を整えるための時間を与えている。しかし以前にも指摘した通り、相手と正対した時、汰木は前を向けないことが多い。正対した相手を抜き去るには、左右への動きと縦のスピードの組み合わせが必要なのだが、汰木は相手を抜き去る時、身体をターンさせながら、相手の体重移動を誘発する。そのためこの日の試合でも正対した相手を前にした時には、ボールを持ったまま下がる場面が散見された。誤解のないように言っておくと、これはタイプの違いであり、汰木の能力云々の話ではない。そして汰木が、ボールスキルの高い選手が揃うヴィッセルの中でも、傑出した能力の持ち主であることは間違いない。この汰木の特徴を活かすためにも、180度しかスペースのないサイドではない場所でのプレーが適しているのではないだろうか。例えば汰木に突破をさせる場面では、インサイドハーフやサイドバックが絡み、汰木をハーフスペースに押し出すといったような工夫が必要であるように思う。逆に言えば、それさえできれば汰木は確実にボールを前に運ぶことのできる選手であり、前記した宮代を前に出す際の解決策ともなるように思う。

 見事な試合運びを見せ、快勝したヴィッセルはACLEリーグステージの単独首位に立っている。残り3試合で、リーグステージ通過となる8位との勝点差は5。この日の勝利によって、リーグステージ通過はほぼ確実となったと言えるだろう。しかしアジアの戦いでは何が起きるか分からない。前回大会の教訓を活かし、最後まで全力で戦い続けてほしい。

 次戦は中3日でのJ1リーグ・FC東京戦だ。今季のホーム最終戦となるこの試合は、ヴィッセルにとっては、サポーターの前で強さを証明する絶好の機会だ。ここで来季への希望を見せてくれることを、多くのサポーターが信じている。ここまでの公式戦51試合を一緒に戦い抜いたサポーターに対して、ヴィッセルらしい強い姿を見せてくれるものと信じている。




今日の一番星
[井手口陽介選手]

試合を通じて安定感を与え続けた鍬先、クリーンシート達成の立役者である権田と最後まで迷ったが、先制点の価値を考慮し、井手口を選出した。得点を挙げたことからも判るように、この日の試合で井手口は前に絡み続けた。豊富な運動量でピッチ上の至る所に顔を出し続ける井手口だが、動きの中心は守備ということになるだろう。この日の試合でも、自陣深くで井手口が相手の攻撃を潰す場面は何度もあり、これだけでも素晴らしい貢献だ。しかしその井手口が高い位置で攻撃に絡むとき、ヴィッセルはチーム全体が前に向けて圧力をかけることができている。その意味では井手口の動きは、チーム全体のバロメーターとも言える。本文中でも書いたが、先制ゴールの場面では井手口の前に出る力と、高いボールスキル、そして卓越したセンスが発揮された。特にフィニッシュのシーンで前にこぼれたボールを、咄嗟の判断で前に突くことのできるセンスと技術は素晴らしい。今季は途中での離脱もあったが、井手口が戻ってくるとヴィッセルのサッカーは守備と攻撃がシームレスにつながり出す。無尽蔵のスタミナを誇る「港町のダイナモ」に、さらなる活躍の期待を込めて一番星。