覆面記者の目

ACL Elite MD2 vs.メルボルン・シティ 御崎公園(10/1 19:00)
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  • 0前半0
    1後半0
  • 0
  • メルボルン・シティ
  • 汰木 康也(90'+4)
  • 得点者

肥前国 平戸藩の藩主にして、心形刀流(しんぎょうとうりゅう)と呼ばれる剣術流派の達人でもあった松浦静山は随筆集『甲子夜話(かつしやわ)』の中で、「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」と記している。プロ野球界の名伯楽として知られた野村克也氏(故人)が好んで使ったことで有名なこの言葉には、実は続きがある。
 この言葉を松浦から聞いた客が「なぜ不思議の勝ちと言うのか」と尋ねたところ、松浦は「武道を尊び、その技術を守っていれば、たとえ気力が充実していなくても勝つことができる。これは振り返ってみれば不思議でしかない」と答えた。続けて客が「ではなぜ不思議の負けはないのか」と尋ねると、松浦は「武道から外れ、技術を誤っていれば負けることは必然だ」と答えた。それを聞いた客は恐れ入って、松浦に平伏したという話だ。
 この言葉に照らし合わせれば、この日のヴィッセルの勝利は必然だったと言えるだろう。試合運びにおいては思うに任せない部分も多々あったが、個人レベルでの技術を比較した時、ヴィッセルの選手に分があったことは事実だ。さらに言えば、体力面でもヴィッセルは優位性を持っていた。ファイナルホイッスルが吹かれた時、メルボルンの選手の多くが疲労困憊といった様子だったのに対して、ヴィッセルの選手たちは足取りもしっかりとしており、体力のマネジメントができていたことを窺わせた。松浦は技術面が整っていれば「気力が充実していなくても」勝てるとしているが、この試合に出場したヴィッセルの選手たちは気持ちの面でも充実していた。決勝点を挙げた汰木康也は試合後、この日先発出場した選手たちは「天皇杯でも巧くいかず、悔しい気持ちを持って試合に臨んだ」とコメントしている。彼らはこの試合を「リベンジの機会」として捉えており、途中出場した「主力組」の選手たちと同等か、あるいはそれ以上の強い気持ちでプレーしていた。
 しかし、これだけの条件が揃いながらも、苦戦を強いられたことは事実だ。それを読み解くキーワードは、サッカーという競技特有の「複雑性」とそれに対する「対応力」だったように思う。



 メルボルンはACLE初戦で広島と対戦している。この対戦でメルボルンが見せたサッカーは「組織的な守備」が特徴だった。低い位置でブロックを形成し、広島の攻撃に対処し続けた。局面ではフィジカルを活かした厳しい対応をしつつも、基本的には安定した守備力がベースとなっている。直近の国内リーグでは2位に終わったものの、失点数はリーグ最少だったことからも、それは窺える。このメルボルンに対して広島は、前半から攻撃的な姿勢を貫いた。局面での競り合いにも引かず、前線からのプレスによってメルボルンを自陣内に留め続けた。その上でサイドからの攻撃を多用し、メルボルンの守備を崩していった。
 この広島との試合を見て、ヴィッセルの志向する戦い方は効果的だと吉田孝行監督が考えたとすれば、それは無理からぬところだ。しかしこの試合でメルボルンが見せた姿は、広島戦のそれとはやや趣を異にしていた。フォーメーションも基本布陣とされる3バックではなく、オーソドックスな4-4-2とした上で、試合序盤から前に出る姿勢を貫いてきたのだ。精度がそれほど高くはなかったため、ヴィッセルにとって危険な場面はほぼなかったのだが、このメルボルンの戦い方は想定外だったようだ。試合後に吉田監督が「相手が少し予想していたのと違う形で来た」と語ったことからも、それは明らかだ。
 ヴィッセルの戦い方における基本は「前線からの連動したプレス」だ。これによって相手のプレー精度を落とし、高い位置でのボール奪取を狙う。これが機能した時、ヴィッセルのサッカーは守備と攻撃がシームレスにつながり、相手を押し込んでいく。しかしこの日の試合ではこれが機能しなかった。



 ここでスターティングメンバーを見てみる。GKには9月に電撃的に加入した権田修一が入り、ヴィッセルでのデビューを迎えた。最終ラインは右から飯野七聖、岩波拓也、マテウス トゥーレル、カエターノの4枚。中盤はアンカーにグスタボ クリスマン、インサイドハーフに山内翔と濱﨑健斗の3枚。前線は右からジェアン パトリッキ、小松蓮、汰木康也の3枚となっていた。
 本来であればボール非保持時には小松と濱﨑が2トップのような関係になり、山内がボランチに落ちる形で4-4-2を形成し、前線からの連動したプレスを狙う。しかし前半はこの形が整わなかった。その理由は、前記したようにメルボルンが予想とは違う動きを見せたためだ。ヴィッセルのプレスの形を把握していたのだろう。2枚のボランチが中央でボールを受ける形を作り、最終ラインはヴィッセルのプレスが来る前に、そこにボールを入れてきた。メルボルンの狙いは、ここからサイドに振っていき、そこから攻撃を組み立てることにあった。しかしこれはヴィッセルのサイドバックが対応していたため、奏功する場面は少なかった。とはいえ「ヴィッセルのプレスを無効化する」という一点においては、メルボルンの狙いは当たったと言える。背後を取られることを嫌った濱﨑は、ボール非保持時にはサイドハーフに役割を変えるパトリッキと汰木と同じ高さで守る時間が増えた。この結果、ボール非保持時におけるヴィッセルの並びは4-2-3-1のような形となった。このことでメルボルンの最終ラインには余裕が生まれ、ボール脱出が容易となってしまった。
 ただ、ボールを脱出させたとしても、そこからメルボルンの攻撃がつながったわけではない。最終的にはヴィッセルの守備がアタッキングサードでの自由は許さず、ボールを回収していたからだ。問題はその後だ。そこからクリスマンを中心にボールを散らそうとはしていたのだが、これが通らなかった。その理由は、この試合の前半はメルボルンの前に出る勢いに押された結果、ピッチ上が「1対1の集合体」になってしまったためだ。本来、ヴィッセルが志向している戦い方においては、ボールの着弾点からの逆算で人が配置されている。そのため競り合いになってこぼれたボールに対しても、相手よりも先に触ることができる確率が高い。これこそが選手個々のつながりだ。しかしこの日の前半は、各選手がメルボルンの選手に、それぞれ引っ張られるような格好になってしまい、先にボールに触ることができたとしても、その先の可能性はイーブンという状況が続いていた。これは誰か特定の個人が悪かったといった問題ではない。吉田監督も認めているように、想定外の事態に直面した結果だ。ここでこの試合のキーワードである「対応力」が登場する。

 吉田監督も認めたように、この試合の前半に起きた混乱は簡単に収束する性質のものではなかった。前記したようにほぼ全ての選手がつながりを失ってしまっていたため、修正にはハーフタイムという時間とロッカールームという場所が必要だった。そもそもサッカーという競技の性質上、監督やベンチが試合中にできることは少ない。選手たちが動き続けていることを思えば、ちょっとしたポジションの修正を施すのが精々だろう。しかしヴィッセルがアジアの頂点を狙う上では、こうした予想外の状態が今後も起きる可能性はある。初見の相手、そして判定基準が不明な審判団の運営の中で戦うのだから、当然というべきだろう。であればこそ、ヴィッセルの選手は「対応力」を養わなければならない。

 そもそもサッカーは定まった動きのない「複雑系」とも呼ぶべき競技だ。ピッチ上では様々な想定外が発生する。個人レベルでは「パスのズレ」や「イレギュラーなバウンド」など様々な事象が、試合を通じて発生し続ける。しかしこうした個人レベルの事象に対しては、アカデミー年代の頃から「対応力」を養っている。具体的にはボールに反応するための俊敏性を高め、それをコントロールするための調整力を養い、そうした動きを遂行するための身体づくりを続けている。しかしこれがチームという組織になった場合、チーム内での意思統一が求められるため、難易度は急激に高くなる。
 ではこれを修得するためには何が必要なのか。ベースとなるのは個々の選手の技術差の最小化と戦術理解だ。同等の技量を持った選手たちが、チームの志向する戦い方について同等の理解をしている必要がある。
 次に必要となる要素は「柔軟性」だ。想定外の事態に直面した際、頑なに自分たちの戦い方に引き戻すのではなく、ある程度の変化を許容する必要がある。なかなか自分たちの流れにならない時、強引にそこに引き戻すやり方を試みるチームもあるが、それが逆に足もとを掬われる原因となることが多い。「番狂わせ」と呼ばれる試合の多くが、このパターンだ。自分たちの流れにない時は、それを一旦受け入れた上で、そこから次善の策を見つけ出す必要がある。そこで重要なのが、自分たちの戦術にこだわりすぎないということだ。
 そして最後に最も難しい要素が「リーダー」の存在だ。ちなみにここで言う「リーダー」とは、キャプテンと同義ではない。前記したようにベンチの指示が限定的になるサッカーにおいて、試合の中で状況に応じた対応を取るためには、チーム全体に声を届ける力のあるリーダーの存在が欠かせない。このリーダーは試合の流れを正確に読む目、相手を分析する力、相手の急所を見つける嗅覚を持ち、加えてそれを実現するための絵が描ける人間でなければならない。
 こうした要素が揃ったとき、チームはベンチからの指示の有無とは別に、ピッチ内で対応する能力が身につく。ヴィッセルの「主力組」であれば酒井高徳、扇原貴宏、大迫勇也と、それぞれのポジションにこうした要素を持った選手がいるため、試合中に微修正を加えながら戦うことができる。しかしこの日先発した選手の中には、そうした周囲への影響力を持った選手はいなかったように見えた。
 この日の前半は、前記したような「対応力」を見せることはなかったが、局面単位で見た時には、ヴィッセルの側に分があった。しかし全体がつながりを欠いていたため、前へボールを届ける攻撃が機能しなかった。前記したように布陣が4-2-3-1になってしまっていた中で、前線の小松を目標とし続けた結果、ボールが落ち着くことはなかった。こうして前半は時間だけが流れるような展開となった。

 では、この前半をどのように戦うべきだったのだろうか。その答えは後半の開始直後からヴィッセルが見せた戦い方にあった。後半開始直後からヴィッセルの積極的に前に出る姿勢が奏功し、試合の流れはヴィッセルに傾いた。ここでのポイントは2点。1点目は全体の高さだ。最終ラインが高い位置でプレーするようになった結果、ヴィッセルの布陣はコンパクトになり、ボール非保持に変わった直後のボール奪取が見られるようになった。これによってメルボルンは各選手が蹴り出すだけになり、ヴィッセルが敵陣で試合を進める時間が長くなった。そしてもう1点はクリスマンのポジションだ。前半はアンカーとして中盤の底でプレーする時間が長かったが、後半は本来のアンカーよりも若干高い位置でプレーしていた。前線に近いというほどの距離ではないのだが、これが見事に嵌っていた。クリスマンがボールを散らしながらチーム全体を前に走らせる場面が急増したのだ。
 当たり前のことだが、この2つのポイントは密接に関係している。全体が高い位置に出たことで、前からのプレスが嵌り始めた。それによってボール周辺の人数においてヴィッセルの優位性が確立された。そのため後ろは守備のコースを限定できるようになり、クリスマンも背後を気にすることなく前に出ることができるようになったのだ。



 これまではインサイドハーフで起用されることの多かったクリスマンだが、この日の試合を見る限り、アンカーではなくボランチこそが適職なのかもしれない。インサイドハーフとして出場した試合では、密集の中でのショートパスがズレる場面も散見されたが、この試合で見せたミドルレンジのパスは的確だった。本来の運動量を活かしながら、味方の配置に応じて左右の位置を細かく調整していた。高さとしては2.5列目くらいの感じではあったが、これがクリスマンが活きるポジションなのかもしれない。そう考えると、ダブルボランチにした上で、司令塔を任せるという起用が適しているように思える。この試合では巧みなボールさばきを見せ、ドリブルで複数の相手を抜き去るなど、これまでとは異なるクリスマンの姿を見ることができた。これは、この先重要な試合が続くチームにとっても大きな収穫だったように思う。

 後半、目に見えて動きが変わったのは、トップチームでは久しぶりの出場となった濱﨑だった。前半はメルボルンの流れに飲み込まれていた。フィジカル的な部分での不利があったことも事実だが、最大の問題は前記したようにプレスに行けなかった点だった。相手のボランチに背中を取られた状態であったことも影響したのだろうが、本来このポジションの選手がこなすべきファーストディフェンダーとしての役割を果たすことができなかった。それが小松の孤立を招き、攻撃が寸断される一因となっていたことは事実だ。しかし後半、チーム全体が前に出る中で、濱﨑の動きは一変した。ボール非保持時には積極的に高い位置でプレスをかけ、その後は後ろからのボールを引き出す動きでメルボルンを翻弄した。密集の中でターンを連続させ、密集を抜け出すなど、その卓越したテクニックは、屈強な相手選手にも十分に通用することを証明して見せた。またサイドから入れるクロスの質も高く、面白い狙いのボールを蹴っていた。
 濱﨑はヴィッセルには少ない、ドリブルからの仕掛けで勝負できるタイプの選手だ。試合後には「トップチームでベンチに入り、スタメンで出ることを目指している中で、練習からもっとアピールして、結果の部分や積極性など、もっともっと上げていくべきところがあるので、1日1日努力したいと思います」とコメントしていたが、この試合の後半に見せたような動きを継続することができれば、リーグ戦での出場も夢ではないだろう。「ヴィッセルの未来」でもある濱﨑の活躍には、否が応でも期待してしまう。



 この試合で最も注目されたのは、GKの権田だった。先月、電撃的にヴィッセルへの加入が発表された権田だが、登録時期の関係上、年内はACLEのみの出場ということになる。異例の契約ではあるが、それでも権田という豊富な経験と実績を持つ選手がヴィッセルに加入した意味は大きい。それは権田が正GKである前川黛也はもちろん、チーム全体に刺激を与えることのできる選手であるためだ。代表での経験も豊富な権田の存在は、代表返り咲きを目指す前川にとっては良きロールモデルにもなるだろう。前後の判断、キック、コーチングといった部分で学ぶべきことは多いはずだ。この日の試合ではメルボルンのシュートを4本に抑えたこともあり、権田が目立つ場面は皆無だったが、それでもビルドアップにおいて質の高いキックでチームを動かしていく姿が印象的だった。また前後左右への積極的な飛び出しも見事だった。一度は右に飛び出してボールを受けたプレーが、なぜかエリア外と判断されたが、プレーそのものは正しかった。ペナルティエリア内では手を使えるというGKの特性を最大限に活かした積極的なプレー、相手に寄せられた中でも正確に味方に当てていくキックは見事だった。4カ月以上実戦からは遠ざかっていたこともあり、またスタジアムへの慣れも少ないため、ボールへの対応に手間取るシーンも数回見られたが、それを大きな問題とはしないのも技術のうちだ。
 試合後に権田は、リーグ戦に出場できないという立場であるからこそ、自らが率先して本気でリーグ戦に勝つための取り組みを見せることが自分に求められている役割だという認識を示した。その上で「神戸讃歌も頑張って覚えよう」という表現を用いて、所属クラブに全てを捧げることこそがプロとしての務めであるという自身の信条を吐露した。大迫、武藤嘉紀、酒井、扇原に続き、また1人ヴィッセルに高いプロ意識を持つ選手が加わった。彼らに共通しているのは、味方への強い言葉を恐れずに発することができるという点だ。これこそが本当の意味でチームを1つにまとめる。選手同士の関係が「仲良し」ではなく、同じ目的のために戦う「戦友」であり続けることこそが、ヴィッセルがトップで居続けるためには欠かせない。その意味では実に的確な補強だったと思う。

 後半頭から試合の流れは変わったが、それを加速させ、ヴィッセルの優位を確立させたのは「主力組」だった。吉田監督は61分に、足を攣ったカエターノに代わって酒井を投入した。そしてその7分後には鍬先祐弥、井出遥也、宮代大聖を一気に投入した。これによって試合の流れは完全にヴィッセルに傾いた。鍬先の前に出てボールを刈り取る守備力、前線の深い位置まで相手を追うことのできる井出の推進力、そしてボールを運びながらも、自らがゴール前に入って勝負できる宮代の技術は、疲れが見えていたメルボルンを押し込むには十分すぎる力だった。メルボルンにとって彼らは「地獄からの使者」のように見えたのではないだろうか。この主力組の動きがヴィッセルに傾いていた流れを加速させた。

 中でも特筆すべきは、やはり酒井の動きだ。左サイドバックに入った酒井だが、ボール保持時には積極的に前に出る姿勢を見せつつも、センターバックの立ち位置を修正するなど、後方からチーム全体を整え続けた。そして左サイドでボールを握った際には、自らの動きで周囲の選手に立つべき位置を示し続けた。その様はあたかも「指導将棋」のようですらあった。そして縦にボールを走らせることで、左ウイングの汰木を前に動かしていった。

 防戦一方となったメルボルンだが、70分以降はそれまで以上にゴール前を固め、勝点1を狙う戦いに切り替えたように見えた。疲労度の高い選手を次々と変えてはいたものの、積極的に前を目指すという姿勢はそれほど強くは見られなかった。その中でヴィッセルは宮代が絶好のチャンスを迎えたが、これは相手GKのファインセーブに防がれてしまった。
 そのまま時間が経過し、ドロー決着かと思われた94分、ついにヴィッセルが試合を動かした。権田の蹴ったゴールキックに小松がセンターサークル近くで競ったが、これはその頭を越えていった。このボールがバウンドしたところに立っていたのは80分に投入された冨永虹七だった。冨永はこれを頭で中央に折り返した。このボールに対して走りこんできた宮代はジャンプした状態で、ダイレクトにボールを前に送った。これに走りこんだ汰木のシュートは、一度は相手GKにクリアされたが、そのボールがサミュエル スープライアンに当たり、再び汰木の足もとに出た。これを汰木が押し込み、ついにヴィッセルはメルボルンゴールを陥れた。

 この得点シーンでは冨永の判断が素晴らしかった。ボールそのものは冨永が自分の足もとに収めることもできたとは思うが、そこに要する時間は、相手にとっての守備を整える時間でもある。それを理解していたからこそ、冨永は中央に頭で折り返すという「最短」を選択することができた。こうした好判断を見せることができたのは、冨永が日常のトレーニングの中で成長している証でもある。さらに冨永はボールが前に出る中で、自身も前に上がっていた。この姿勢は正しい。欲を言えば、もう少しここで速度を上げることができていれば、相手に対するプレッシャーは増していた。とはいえ短い出場時間の中で得点に関与することができたという事実は、冨永にとって大きな価値を持っている。この先のトレーニングにも、ポジティブな気持ちで取り組むことができるだろう。

 そして宮代だが、もはや宮代の技術からすれば驚くには値しない。しかしこのプレーは相当に難易度の高いプレーだ。空中で正確にボールを捉え、前線へのパスをするというプレーは、力の加減が難しい。しかしそれを難なくやってのける宮代の技術には、改めて驚かされる。

 この勝利の結果、リーグステージでヴィッセルは単独首位に立った。まだ2試合を消化したにすぎないが、年内に予定されている残り4試合がJ1リーグの合間を縫って行われることを思えば、上位に位置していることは選手のマネジメント上で大きな意味を持っている。吉田監督にとって、この試合で「主力組」4選手を使ったことは想定外だったのかもしれないが、それでも出場時間を30分程度に抑えることができたのは救いだ。

 次戦は中2日でのアウェイ・浦和戦だ。公式戦で6試合勝利から遠ざかっている浦和ではあるが、力のある選手が揃っているチームであることに変わりはない。順位を上げるために、優勝争いをしているヴィッセルを叩くべく、強い気持ちで試合に臨んでくることは間違いないだろう。さらに浦和の勝利を信じる「レッズサポーター」の声援も、ヴィッセルにとってはプレッシャーとなる。しかし目標を達成するためにも、ヴィッセルはここで負けるわけにはいかない。鹿島を勝点4差で追う単独2位とはいえ、柏、京都を加えた4クラブの熾烈な「生き残りゲーム」は未だ続いている。そして浦和戦の翌週に行われる鹿島との大一番に最高のムードで向かうためにも、次戦は勝利だけが求められる。
 この2試合で見せている試合最終盤のゴールは「勝利を強く希求する選手たちの気持ち」が呼び込んだものだ。この気持ちを持って、開幕節で引き分けた難敵、浦和を撃破し、勝点3を神戸に持ち帰ってほしい。



今日の一番星
[汰木康也選手]

今季最高の出来を見せたクリスマンと最後まで迷ったが、劇的な決勝ゴールを高く評価し、汰木を選出した。この試合ではフル出場した汰木だが、前半と後半で異なる顔を見せたように思う。試合序盤はカエターノとのコンビで深い位置を取る場面もあったが、全体的にはいつもの汰木だったように思う。巧くボールを受けるのだが、相手に前に立たれると、正対して仕掛けることはせずに、ボールを握りながら場所を移し、別の局面を作り出そうとする。しかし後半、特に酒井が投入された後は、積極的に縦に仕掛ける姿勢が目立った。もともと独特のリズムでボールを持つことができる汰木だが、細かなタッチでボールをコントロールしつつ、相手の重心をずらしていく技術は見事だ。この試合では背後に酒井がいるという安心感もあったとは思うが、いつものセーフティーなプレーではなく、強引に仕掛ける姿勢も見せた。ゴールシーンは「ラッキー」のように思われる方もいるかもしれないが、最初のシュートをGKにセーブされた後の汰木の顔の向きに注目してほしい。汰木はそのまま自分から遠ざかっていくボールの行方を目で追っていたのだ。そのため、相手に当たったボールが足もとに来る瞬間、背後に立つ相手選手を抑えながらシュートを打つ体勢を整えることができた。これこそが汰木が見せた技術とゴールへの執着だ。試合後には「リーグ戦でも継続してゴール前でもっと怖い仕事ができるようにやっていきたい」とコメントした汰木だが、この日のゴールをきっかけに「鬼人」の一面を見せてくれることを期待したい。ゴール後にはアイドル顔負けの爽やかな笑顔を見せた「眉目清秀な才人」に、今後への期待を込めて一番星。