覆面記者の目

ACL Elite MD8 vs.上海申花 上海(2/18 21:00)
  • HOME上海申花
  • AWAY神戸
  • 上海申花
  • 4
  • 2前半0
    2後半2
  • 2
  • 神戸
  • サウロ ミネイロ(2')
    チャン シンイチ(45'+3)
    サウロ ミネイロ(48')
    サウロ ミネイロ(70')
  • 得点者
  • (87')冨永 虹七
    (90'+3)井出 遥也

サッカーに限った話ではないが、チームの強さは「控え選手」を見れば判ると言われる。トップの選手を脅かすような控え選手が多くいるチームは、試合でやれること=選択肢が多くなる。吉田孝行監督が「全てのタイトルを狙うためにも、2チーム分の戦力が必要だ」と語る所以でもある。では「戦力」とは何か。一言で言うならば、「実戦(公式戦)で結果を残すことのできる選手」ということになるだろう。
 かつて少年野球で全国制覇したチームの監督から「控え選手中心に練習を行ったことで、チームは確実に強くなった」という経験談を聞いたことがある。以前は中心選手の強化によって強いチームを作り上げようとしたため、公式戦では控え選手を出場させることにためらいもあったというが、それだけでは全国大会を勝ち抜くことはできないと実感したという。そこで練習試合では控え選手を40%以上出場させるようにした。これによって実戦を経験する選手が増え、チーム全体が成長したという。一見遠回りのようだが、結果的に全国大会の舞台でも「使える選手」が増えたことで、チームに余裕が生まれた。そして全国制覇という目標を達成することができたというのだ。
 このメカニズムを理解していたため、ヴィッセルも早い時期から控え選手の底上げに取り組んできた。かつては「関西ステップアップリーグ」の創設を提唱するなど、控え選手たちに実戦の場を与える取り組みを続けてきた。その流れは今でも続いている。一級品になることのできる「素材」を集め、強度の高いトレーニングと実戦経験を積ませることでチームを強化する。この日の試合は、そうした流れの中にあった。過密日程に対する対策という側面があったことは事実だが、それ以上にこの日の試合は「控え選手」たちにとって最高の「トレーニング」でもあった。練習試合であれば、勝敗はクラブの公式記録には残らない。しかしこの日の試合はAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)というアジア最高峰の舞台における公式戦であり、その記録は正式なものとして残り続ける。しかも対戦相手の上海申花はリーグステージ突破の可能性を残しているだけに、全力で「勝ちにくる」ことは間違いなかった。昨季の中国サッカー・スーパーリーグで2位に入り、今季はリーグ制覇を狙う強豪チームの見せる「本気」に対して、この試合に抜擢されたヴィッセルの選手たちは意地を見せなければならない試合だった。

 試合後、今季初の公式戦出場を果たした広瀬陸斗は、スターティングメンバーの戦い方をベンチから見ていて「甘いな」と感じたと話した。これに呼応するように、アンカーでフル出場を果たした齊藤未月は「ファーストプレーからやらなきゃいけないことをやれていないということが顕著に出たゲームだったのかなと思います」と試合を振り返った。こうした試合の後では「やる気」、「気持ち」、「気合」といった言葉が、巧くいかなかった原因として挙げられがちではあるが、筆者はそうは思わない。広瀬のいう「甘さ」は、齊藤がいう「やらなきゃいけないことをやれていない」ということであり、そこには戦術理解の浅さや強度不足といった明確な原因があると考えているためだ。そもそも選手たちはプロであり、試合に出場し、結果を残すことでしか自らの価値を高めることはできない。アマチュア時代から「サッカーでは誰にも負けない」存在だったからこそ、プロになることができたのであり、ヴィッセルというチャンピオンチームに在籍を許されている。戦うための気持ちなど、誰かに指摘されなくとも十分に備えている。その意味では齊藤が指摘したように、この試合における最初のプレーが序盤の流れを作り出してしまったように思う。

 上海申花ボールでのキックオフだったが、上海申花は後ろに下げたボールを前線に放り込んできた。これを右センターバックの岩波拓也が頭でクリアし、ボールは山内翔の足もとに入った。山内は後ろを向いて立っていたため、岩波のクリアは足に当たりゴールラインの方向に転がった。これを山内は追い、ボールを握った。この時、山内の進路方向には右サイドバックの本山遥が立っていたのだが、山内は自ら自陣のゴール方向にボールを運び、GKのオビ パウエル オビンナに渡した。山内の足にボールが当たった時、山内の背後には相手選手が立っていた。そして本山の両脇にも相手選手がいたのだが、どちらの選手も目線は山内に向いていたため、本山はフリーの状態にあった。本山もこのボールを前に出そうと、蹴る準備をしていたのだが、山内は本山の両脇にいる選手が気になったのだろう。そのため自らが下がり、GKから作り直すことを選択したのだろうが、ペナルティエリアのすぐ外にはサウロ ミネイロが立っていた。サウロが山内からGKへのボールに対して猛然と詰めたため、オビは十分な体勢で蹴ることができず、キックはタッチラインを割った。
 こうした流れは試合の中ではよく見られる光景であり、山内の判断が間違いだったということではない。しかし上海申花が置かれた状況を考慮すれば、上海申花が勢いに乗って前に出てくる可能性は高かった。であるならば、ここは体勢の良かった本山に預け、前に蹴らせるという選択肢を取ることができたように思う。
 繰り返しになるが、この山内のプレーは一般的な選択であり、特段責められるようなプレーではない。その後の流れの中からコーナーキック、そして失点とつながってしまったことは偶然とも言える。しかしヴィッセルが序盤から勢いに乗って攻め込むためには、別の選択肢があったように思う。前記したように、上海申花は昨季の中国サッカー・スーパーリーグにおいて2位になった強豪チームだ。そして数日後に控えた今季の中国サッカー・スーパーリーグ開幕に向けてベストメンバーを揃え、勝利によってチームに勢いをつけようと企図していた。この日のスターティングメンバーだけを比較した場合、経験値ではヴィッセルを上回っていたと言える。そうしたチームに立ち向かう上では、攻撃的なプレーで勢いをつかむことが重要だったのではないだろうか。


 山内にとってはやや厳しい指摘だとは思うが、それを受け止めるだけの器を持った選手だと筆者は見ている。ヴィッセルアカデミー時代から主将を任され、筑波大学でもキャプテンマークを巻いた山内は、世代を代表する力をもった選手だ。ルーキーだった昨季、J1リーグ戦に出場した際も、堂々たるプレーで存在感を示した。今のヴィッセルでルーキーがリーグ戦に出場するというのは大変な難事ではあるが、その舞台で自らのスタイルを示すことのできた山内は非凡な才能の持ち主だ。ルーキーとは思えないフィジカルの強さにも驚いたが、最も感心させられたのはボールの持ち方だった。常に身体を起こし、周囲を確認しながらプレーを続けることができるということは、足もとでボールをコントロールする術が身についているということだ。相手のプレッシャーを受ける中で、顔を上げてプレーするということは誰にでもできるものではない。J1クラブのレギュラークラスでも、ドリブル時には足もとから目を上げられない選手もいるのが実情だ。こうして視野を確保しているため、山内は広角にピッチの状況を捉えることができる。これは司令塔としてプレーする上では、必要不可欠な能力だ。その上で状況を分析する頭脳もある。だからこそ、山内は試合の中で効果的な場所にパスを出すことができる。
 しかし富士フイルムスーパーカップ(以下SC)を含むここ2試合の山内を見ていると、その意図が周囲に伝わっていないような印象を受ける。この試合でも距離のあるスルーパスを狙い、相手にカットされる場面が散見された。しかしその狙いは悪くなかった。ボールを受ける選手がすこし落ちてくれば、そのボールを受けることができただろう。山内の中では、そこから周りの選手が追い越しながら飛び出していくことで、相手への圧力をかけようと企図していたのかもしれない。しかし、それが周囲の選手とのコンビネーションに落とし込まれていないため、山内はひとり、周囲とは異なる文脈でプレーしているように見えてしまった。もしそうであるならば、自らの意図を周りに伝える努力をしなければならない。
 孫氏は兵法の中で「人の耳目を一にする」と述べている。ここでは鐘、太鼓、旗、幟(のぼり)といったものは人の目や耳を統一するためのツールであり、意思が統一されていれば誰か一人が突出することもなく、逆に誰か一人が退いてしまうことはないということを説明しているのだが、これは司令塔になる能力のある山内には意識してほしい点だ。せっかくの視野の広さを活かすためにも、自らのプレーの意図を周りに伝え、どういったプレーを望んでいるかを理解してもらわなければならない。


 試合後、齊藤はこの日スターティングメンバーとして出場した選手は、誰一人として「ヴィッセルの基準」に達していなかったとコメントした。そして「誰かのせいにするのではなく、自分に矢印を向けて、やることを毎日やり続ける以外に選択肢はない」と続けた。自らのプレーにも厳しい評価を下した齊藤のこの言葉を、全ての選手が受け止めてほしい。最初の失点は、全員で声掛けをすれば防ぐことができた可能性が高い。上海申花の左コーナーキックの際、4人の選手がファーポストに立った小池裕太のさらに背後に立っていた。そしてキッカーがボールを蹴った瞬間、ペナルティエリア内に走りこみ、それぞれの選手がヴィッセルの選手の前に入り込み、視野を遮った。そして1人はGKのオビをブロックするように跳ぶことで、ヴィッセルの守備を無力化しようとした。ファーサイドを狙ったボールに小池も跳んだが届かず、背後に立っていたサウロが小池の右側を通すようにゴールに流し入れた。
 このプレーはアーセナルなどが見せているものであり、その狙いはヴィッセルの選手も把握できていたと思う。であればファーサイドに4人の選手が立った時点で、選手たちが声を掛け合い、相手の狙いを全員で共有できていれば、小池は背後の選手に対して寄せられるように身体の向きを変えることもできただろう。しかし見ていた限り、このセットプレー時にはそれほど声を掛け合うといったことはなく、決められたポジションでそれぞれが定められたプレーをしているだけのようだった。
 余談ではあるが、こうしたファーサイドから選手が走りこんでくるセットプレーに対する対策も、ヨーロッパでは登場している。昨年末のUEFAチャンピオンズリーグでアーセナルと対戦したモナコは、セットプレー時に敢えて3人の選手をハーフウェーライン付近に残した。これによってカウンター対策としてアーセナルも人数を守備に割く必要が生じた。この日上海申花が見せたように、アーセナルのセットプレーでは多くの選手をペナルティエリア内に配置し、ゴール前に密集させることで、GKの動きを制限しようとする。もしヴィッセルに余裕があれば、カウンターを狙う姿勢を見せることで上海申花の人数を削るといった策も取れたのかもしれない。
 話を戻すと、このセットプレー時もそうだったが、この日のヴィッセルは声が出ていなかったように思う。常に全員で声を掛け合って意思統一を図り、状況の変化に応じて次の動きを確認する。こうした当たり前のことができていなかったように思える。


 ここで期待をしたいのが岩波だ。この試合に先発した選手の中で、最も経験が豊富なのは岩波だった。キャプテンマークを巻いて試合に臨んだ岩波は、試合前「言い訳を見つけるな」と全員に檄を飛ばしたということだが、ピッチ上でももっと声を張り上げてほしかった。浦和在籍時にACLを経験している岩波は、アジアの舞台におけるアウェイゲームの難しさを十分に理解していたはずだ。そんな岩波の言葉は、選手たちにボール非保持時の緊張感とボール保持時の積極性を伝えるだけの力を持っていたと思う。加えて言えば、この試合では3人のヴィッセルアカデミー出身選手と2名のアカデミー在籍選手が先発していた。この先の試合でも、ヴィッセルアカデミー出身者や在籍者がプレーする機会はあるだろう。だからこそ、岩波には「ヴィッセルアカデミー出身者のボス」としての振る舞いをも求めたい。自らの経験を伝え、プレーで後輩たちを引っ張っていく。そのためにも、ピッチ上でのリーダーとしての振る舞いを意識してほしい。
 昨季、並々ならぬ決意を持ってヴィッセルに復帰した岩波だが、ここまでは思ったような出場機会は得ることができていない。しかしその実力に疑いはない。岩波の持ち味であるキックスキルを発揮すれば、レギュラー争いに割って入ることは十分に可能だろう。その力を示すためにも、こうした流れの試合では、前線を動かすようなボールを見せるべきだったと思う。ヴィッセルアカデミー在籍時から高く評価されていた能力を、今こそ存分に発揮してほしい。

 試合を難しくしたのが、GKのオビの退場であったことは間違いない。6分にヴィッセルの攻撃を跳ね返した上海申花が、自陣から前線に送ったボールに対してオビが飛び出し、走りこんできたアンドレ ルイスと接触した。オビはボールに触れていなかったため、一発退場となってしまった。このボールに対してアンドレと並走していたのは、この試合で左センターバックに入っていた日髙光揮だった。このシーンでは日髙よりもアンドレの方がボールへの支配権は強かったように思うが、日髙も振り切られるところまではいっていなかった。このまま日髙が競り続けても特段問題はなかったように思ったが、オビが飛び出してきたため、日髙はアンドレへのマークを外した。結果から言えばオビの飛び出したタイミングは遅く、ファウルは妥当な判定だったと言わざるを得ない。
 オビにとっては厳しい試合となってしまったが、このプレーを今後への戒めとしてほしい。特に守備の裏側にこぼれたボールに対しては、一瞬の躊躇が命取りになることを忘れないでほしい。躊躇ったときには出ないという割り切りが、ゴールマウスを守る者には求められる。そして出たのであれば、どんなことをしてもボールに先に触れなければならない。オビにとっては乗り越えるべき存在である前川黛也は、こうしたボールに対して頭から飛び込んでいくことが多い。相手に触れることなく、ボールだけにチャレンジしている姿勢を、審判に明確に伝えるためだろう。しかし前川もこうしたプレーを身につけるまでには、様々なミスを重ねてきた。ミスをすることでしか成長できないのも、GKの宿命だ。GKとして恵まれた才能を持つオビではあるが、代わって出場した新井章太が見せた「後ろからの声がけ」も覚えておいてほしい。圧倒的不利な状況の中、新井は声を出し続け、守備陣をリードし続けた。この声が守備陣との連携には欠かせないのだ。

 この試合における収穫の1つが、齊藤のフル出場だ。しかし自身がコメントしているように、まだ「球際での強さ」や「スピードで勝る相手に対する対応」など、齊藤らしさを発揮するまでには至っていない。現在は試合を重ねる中で試合勘を取り戻しつつあるのだろう。復帰初戦となったSC出場時と比べて、相手に対する寄せなどは強さを増していたように見えた。しかし、まだ相手の動きを予測して動くという部分では、負傷以前に見せていた鋭さが足りないように思う。ここはもう少しだけ、実戦経験が必要なのかもしれない。
 その齊藤はこの試合でアシストを記録した。87分にミドルサードの出口付近で左からのボールを受け、鋭いパスを前線に立つ冨永虹七に通した。この時、冨永と齊藤の間には4人の選手がいたが、その間を鋭いボールできれいに衝いた。公式戦でアシストという記録を残したことは、回復途上にいる齊藤にとって自信となったことだろう。試合後、自身のプレーに対して厳しい評価を下していた齊藤ではあったが、「攻撃に関してテンポとかは出せている部分はあると思います」と一定の評価を与えていたことからも、それは窺える。
 選手生命に影響を及ぼしかねない負傷からここまで状態を上げてきた齊藤だが、この先の回復にも希望を抱かせるには十分な内容だったように思う。


 この齊藤からのボールをゴールに結びつけた冨永は、先発出場した選手の中で、最も輝きを放っていた。得点シーンでは齊藤からのライナー性のボールを左足のインサイドで巧く落とし、右足で微調整しながら身体を反時計回りに回転させ、鋭いシュートをゴール右に突き刺した。この一連の流れには無駄がなく、相手に寄せる暇を与えなかった。冨永にとっては嬉しいヴィッセルでの初ゴールとなったが、同時に冨永が戦力として計算できる存在であることを印象付けるゴールだった。失点を重ねる中で、冨永は休むことなく前線での守備を続けた。SCの時にはぎこちなかった動きも、アカデミー時代から慣れ親しんでいる前線でのプレーだったこともあり、スムーズだったように思う。なかなかいい形でボールを受ける場面はなかったものの、ボール非保持になった瞬間からファーストディフェンダーとしての役割を果たし続けた。1人少ないため、前線の高い位置から守備にいく場面は少なかったが、ミドルゾーンでブロックを組み、そこから守備を開始し、ボール保持に変わった瞬間に前に出るという動きを続け、スタミナも十分に備えていることを証明して見せた。
 冨永にはこの先も試合出場の可能性はあるだろうが、この日見せたような粘りと落ち着きを見せることができれば、リーグ戦でのゴールもそう遠い日のものではないように思う。

 冨永と同様に前線で粘り強く走り続けたのが、左インサイドハーフで先発した濱﨑健斗だった。既に来年のトップ昇格が内定している濱﨑だが、この試合ではボール非保持時に相手を追い続けるしつこさを発揮した。強度という点ではもう一段階の成長が必要かもしれないが、アカデミー所属の高校生とすれば十分だろう。そして持ち味であるドリブルでの突破を積極的にしかけるなど、前への意識の強さも見せた。ヴィッセルには少ないドリブラータイプであり、一人で仕掛けることのできる技術を持った選手であるだけに、貴重な存在であることは間違いない。まだ仕掛けが直線的ではあるが、ヴィッセルアカデミーで経験を積む中で柔らかさを身につけることができれば、早い段階でレギュラー争いに名乗りを上げる可能性は高い。

 この試合で最大の収穫は広瀬、そして井出遥也の実戦復帰だった。両選手とも75分に交代でピッチに入ったが、そのプレーは一段階上にいることを証明して見せた。吉田監督も試合後に語ったが、広瀬、井出、鍬先祐弥、飯野七聖がピッチに送り込まれて以降、確実にプレー強度が上がり、ヴィッセルがペースを握り始めた。そこまで戦っていた選手には辛い現実かもしれないが、リーグ戦にも主力として出場している彼らが見せたプレー強度、プレースピードこそが、「ヴィッセルが求める基準」なのだ。4人の選手だけで流れを変えてしまうほど、今のヴィッセルのレベルは高いことを図らずも証明する格好となった。
 そして多くの若い選手たちに学んでほしいのが、彼らのプレーを選択するまでの「速さ」だ。そもそも「早い」と「速い」には明確な違いがある。「早い」が時間内に物事が行われる速度を表しているのに対し、「速い」は時間内の動作量が多いことを意味している。ヴィッセルの基準となるプレーにおいては、瞬時に複数の選択肢の中から最適解を選ぶことが求められる。その過程においては、それぞれの選択肢がもたらす結果を予測しなければならない。その意味では将棋や囲碁と似た部分もある。この試合に出場した若い選手たちがこの先身につけるべきは、この思考速度だ。これを身につけるためには、常に状況を把握し続けなければならない。考えながら高い強度を保ってプレーするというのは難しいことだが、これが身についた時、プレーから澱みは消え去る。


 この試合では特筆すべき選手が2人いる。1人は日髙だ。SCではサイドバックとして先発した日髙だが、この試合ではセンターバックを任された。本職がボランチであることを考えれば、またしても不慣れなポジションでのプレーではあったが、時間経過とともにプレーに安定感が見られてきたのは日髙の器用さを証明している。ボールスキル、スピード、強度といった面で一定以上のレベルにあると評価されているが故の起用なのだろう。これは吉田監督の期待の表れと素直に受け取って良いだろう。周囲の選手とのコンビネーションなど、経験がもたらす部分についてはまだ難しい部分もあるが、どのポジションでも粘り強さを見せていることは、日髙の成長の証だ。長いシーズンを戦い抜く上では、こうしたポリバレント性を持つ選手は貴重な存在となる。ポジションの特性を理解するためには経験が必要だが、その根底にある「ヴィッセルのサッカー」の基本=縦への意識や素早い切り替えといった部分を忘れなければ、最低限の役割を果たすことは可能だろう。そこに昨季のカップ戦で見せたような積極性が加われば、日髙の価値はさらに高まる。

 そしてもう1人は左ウイングとして先発した瀬口大翔だ。ヴィッセルアカデミー在籍中の瀬口は17歳1カ月。この試合に出場したことで、クラブの公式戦最年少出場記録を更新した。オビの退場によって早い時間での交代を余儀なくされたが、アジア最高峰の公式戦に出場する選手がアカデミーから育っているという事実は、未来への希望だ。三木谷浩史会長が陣頭指揮を執り、2005年以降取り組んできたアカデミーの強化が、漸く実を結びつつある。試合への出場はなかったU15所属の里見汰福、U18所属の原蒼汰を含め、8名ものヴィッセルアカデミー出身の選手がメンバー表に名を連ねたこの日の試合は、ヴィッセルの目指す姿が具現化した試合として、多くのサポーターの記憶に刻まれたことだろう。

 試合には敗れたが、若い選手たちにとって学びの多い試合だったという点において、収穫はあった。そして最後に2得点を挙げたことで、今のヴィッセルは簡単に屈するチームではないという底力を見せた試合でもあった。

 シーズン開幕からの8連戦はこれで半分を消化した。次戦はJ1リーグ・名古屋とのアウェイゲームだ。タレント集団の力を侮ることはできないが、ヴィッセルが目指す位置にたどり着くためにも、ここで勝利を挙げてチームに勢いをもたらしたい。この試合に出場する選手たちには、試合開始から「ヴィッセルのサッカー」を体現してもらいたい。彼らの後ろからは、この日上海の地で多くを学んだ若い目が見つめている。彼らが何を学ぶべきかを主力選手が体現し、それを見た若い選手が成長する。この循環が生まれた時、吉田監督が目標達成のために必要と公言している「2チーム」体制が完成に向けて動き始める。