覆面記者の目

フレンドリーマッチ vs.バルセロナ ノエスタ(7/27 19:00)
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  • 神戸
  • 1
  • 1前半1
    0後半2
  • 3
  • バルセロナ
  • 宮代 大聖(43')
  • 得点者
  • (33')エリック ガルシア
    (77')ルーニー バルジ
    (87')ペドロ フェルナンデス

本項を始める前に、ヴィッセル神戸30周年記念チャリティーマッチ「FRIENDLY MATCH」開催に奔走した全ての関係者に一言お礼を申し上げたい。中でも大きな決断を下した三木谷浩史会長には、いちサッカーファンとしても特に感謝申し上げたい。世界で最も注目度の高いクラブの1つであるF.C.バルセロナ(以下バルセロナ)との試合を予定通り開催してくれたことで、決して大袈裟ではなく、世界のサッカー業界、ファンに対する日本の信頼は守られた。そして何よりも、スタジアム中に溢れていた多くの笑顔、中でも目を輝かせた子どもたちの夢を守り抜いたことは、三木谷会長をはじめとする関係者の最大の功績と言えるだろう。


 3回目となるバルセロナとの試合ではあるが、今回の対戦には大きな意義が2つあった。1つはヴィッセルが「Jリーグチャンピオン」として「ラ・リーガチャンピオン」のバルセロナと対戦することができたという点だ。過去2回の対戦時には「Jリーグチャンピオンを狙う」クラブだったヴィッセルも、J1リーグ2連覇を成し遂げた。そして3連覇に挑む今季も現時点で首位に立っているように、ヴィッセルは文字通りJリーグを代表する強豪クラブへと成長した。胸を借りる立場という点においては、過去2回の対戦時と変わっていないと言われるかもしれないが、やはり「Jリーグチャンピオン」としての矜持をもって立ち向かうことによって、この試合の価値は過去2回よりも高くなったと言えるだろう。

 そしてもう1つの意義だが、実はこれこそがヴィッセルにとっては最も大きい。それは「来るべき時に備えて、自分たちの基準を引き上げる」ことができたということだ。バルセロナにとってはプレシーズンマッチであり、加えて来日から間もないことも考え併せれば、コンディションは決して万全ではなかっただろう。しかし各選手のプレーレベルは高く、加えてチームとしての形を整えるためのポジショニングにおいても素晴らしいものを見せてくれた。ヴィッセルの選手たちは、この日バルセロナが見せたプレーを「最低限の基準」として捉え、これを超えることを目指さなければならない。その理由はヴィッセルが狙うアジアの頂点は、即ち「FIFAクラブワールドカップ(以下CWC)」に出場するということでもあるためだ。
 各大陸のチャンピオン(32クラブ)が4年に1度集まって戦うというレギュレーションに変更されたCWCは、今年の6月から7月にかけてアメリカで開催された。日本からは浦和が22年のアジア王者として参加したが、結果はご存じの通り3戦3敗でグループリーグ敗退となった。大会終了後、浦和の選手たちの口からは「世界との距離を感じた」というコメントが多く聞かれたが、その言葉通りにハイレベルな戦いが繰り広げられていた。浦和だけではなくFCポルト(ポルトガル)やアトレティコ・マドリード(スペイン)、そしてボカ・ジュニアーズやリーベル・プレート(ともにアルゼンチン)といった強豪クラブですらグループリーグで敗退していることからも、この大会がいかに厳しくタフなものであるかは窺い知ることができる。ヴィッセルはJリーグのチャンピオンである以上、この世界最高峰の舞台で活躍し、日本を背負ってその名を挙げなければならない。国際舞台におけるJリーグの地位を引き上げるためだ。アジアの頂点に立っていないうちからこんなことを言うのは気が早すぎるとお叱りを受けるかもしれないが、やはりクラブが高い基準を持っておくことは、高みを目指す上では絶対に必要なことだ。それは選手自身も感じていたようだ。この試合でもゴールを挙げた宮代大聖は試合後に「日々こうしたレベル感の中でやっていかなければならないと感じた」と語った。上を見すぎて足もとを掬われるようなことがあってはならないが、ヴィッセルの選手には、この日感じた「世界基準」を意識して、日々のトレーニングに臨んでほしい。

 フレンドリーマッチということもあり、勝敗は二の次ではあるが、ヴィッセルの選手たちはそれぞれが持ち味を発揮したように思う。試合前日、吉田孝行監督はこの試合について「自分たちの成長にとって絶好のトレーニング」であるという見方を示した。そして一つひとつのプレーは同じであっても、チーム・個人ともスケール感や技術という点においてバルセロナは優れていると認めた上で「自分たちのやっていることが(世界基準に対して)通用するか試す上では絶好の機会」であるとコメントした。この言葉通り、ヴィッセルは「いつも通り」の戦い方にこだわり続けた。この吉田監督の姿勢はまさに挑戦者としての振る舞いであり、この試合に臨む姿勢としては正しかったように思う。


 このヴィッセルに対して、28勝4分6敗という成績でラ・リーガの24/25シーズンを制し、他にも国王杯、スーパーカップを制し国内3冠を達成したバルセロナはほぼベストと思われる布陣で試合に臨んだ。バルセロナの基本布陣はヴィッセルと同じ4-1-2-3だが、この日の試合では4-2-1-3のような並びであったように見えた。
 先発メンバーは以下の通りだ。GKは1カ月ほど前にバルセロナ加入が発表されたパリ五輪の金メダリストでもあるジョアン・ガルシア。最終ラインは右サイドバックに、スペイン代表にしてバルセロナのアカデミー (ラ・マシア)育ちのエリック ガルシア。センターバックは右から、ラ・マシア育ちの18歳、パウ クバルシとスペイン代表のイニゴ マルティネス。そして左サイドバックには、これまたスペイン代表にしてラ・マシア育ちのアレハンドロ バルデ。中盤はスペイン代表のガビ、大きなケガから復帰を果たしたスペイン代表のペドリ、スペイン代表にしてラ・マシア育ちであり、パリ五輪金メダリストでもあるフェルミン ロペスの3枚。右ウイングはラ・マシア育ちの説明不要の天才、18歳にしてバルセロナの10番を背負うスペイン代表のラミン ヤマル、左ウイングにはブラジル代表のハフィーニャ。そして中央にはスペイン代表のフェラン トーレスという布陣となっていた。
 世界最高のストライカーと呼ばれるロベルト レバンドフスキはベンチスタートとなっていたが、ヴィッセルにとっては実に挑戦しがいのあるメンバー構成だった。

 バルセロナのサッカーのスタートは、センターバックのマルティネスだ。ペドリが全体のスイッチを入れることが多いのだが、実はマルティネスこそが起点となっている。マルティネスが同サイドのサイドバックであるバルデに近い位置まで進出。ここにプレッシャーがかからない場合は、そのまま上がっていくことも多く、マルティネスの位置取りがバルセロナの高さを決めることが多い。
 このマルティネスの位置取りに合わせて、ペドリは自らの立ち位置を決めている。そして比較的近い距離でボールを受けるのだが、この動きに相手が付いてこない場合は自らが前に出る。相手がついてきた場合は、その背中の位置にボールを出す。この試合であればロペスやトーレスがこの位置まで落ちてくることが多かったのだが、いずれにしてもペドリはその動きで攻撃の起点となるスペースを作り出すことができる。
 ペドリからのボールを受け取る選手が中央の選手である場合、一気に前に出るのが左ウイングのハフィーニャだ。ミドルレンジから強いシュートを蹴ることもできるハフィーニャが前に出ることで、相手の守備を押し下げることができる。結果的にこの動きが相手の最終ラインとその前を分断する。
 バルセロナにはもう1つの攻撃パターンがある。それは右センターバックのクバルシを起点とした形だ。クバルシはポジションを外に移すことは少ないが、中央から相手の間を通す速く、鋭いパスを出すことができる。これが相手の背中を取った場合には、ラフィーニャがそこに入り込むことが多い。またクバルシは右ウイングのヤマルへもボールを通す。世界最高レベルのテクニックを持つヤマルにボールが入った場合、そこからドリブル突破、相手ゴール前へのパス、さらにはヤマル自身のシュートなど複数の選択肢が生まれる。そのため相手が守備ブロックを組んだとしても、その外側から決定的な亀裂を生じさせることができる。そしてヤマルにマークがついた場合は、インサイドハーフの選手がそのフォローにまわる。この日の試合では、ロペスがその役割を担っていた。こうしてヤマルの周りに味方が付いた場合、その選手がいたスペースを埋めるのがペドリやガビだ。彼らはブロックの外側から仕掛けることもでき、同時に密集の中に正確なパスを通すこともできる。
 この攻撃力を担保しているのが、ハンジ フリック監督の代名詞でもある「ハイライン」だ。バルセロナのセンターバックはハーフウェーライン近くでプレーすることも多いように、極端なハイラインを特徴としている。そしてこれを維持するために前線からのプレスを重視している。「ティキタカ」と言われた以前のバルセロナのように、ゆったりとしたリズムでパスをつなぎながら崩すという形ではなく、力強く相手を押し込んでいく「肉食」的なスタイルへと変貌を遂げている。そしてハイラインの裏を狙う相手に対してはオフサイドを誘発し、その前進を食い止めてきた。これに対してラ・リーガのライバルたちは、レバンドフスキのプレスを掻いくぐり、サイドバックも参加させながら中央を前進し、最後は短いスルーパスで2列目を抜け出させるという方法で崩そうとした。フリック監督はレバンドフスキの運動量を抑えるために編み出した戦い方を変更し、レバンドフスキもプレスに参加させることで、この反撃方法を封じた。フリック監督にこの変更を決断させたのは、この日前線中央に入ったトーレスの存在だ。レバンドフスキのような力強さはないが、様々な仕掛けができるトーレスを前線中央に置いた0トップのような形に目途が立ったことが、フリック監督の決断を促したのだ。


 この世界最高峰とも呼べるバルセロナに対して、まず存在感を見せたのは左サイドバックの永戸勝也だった。対面するヤマルに対して永戸は一歩も引くことなく、その突破を食い止め続けた。試合後に永戸は「ヤマル選手に遊んでもらった感じ」と苦笑いを浮かべていたが、誰もが認める天才に対しても、最後まで粘り強く守る姿勢を見せたことは高く評価したい。ヤマルが出場した45分間で仕掛けたドリブルは、全て未遂に終わった。さらに1対1の場面でも一度は股抜きを決めたものの、そこから永戸が粘り強く身体を寄せ、最終的な突破を許さない強さを見せるなど、全てのデュエルに勝利した。永戸は同サイドのセンターバックである本多勇喜とのコンビネーションも良く、ヤマルに決定的な場所を与えなかった。ヤマルは3本のシュートを放ったが、そのいずれもが枠を捉えることはなかった。その永戸は低い位置からでも積極的に前を向く姿勢を見せ、永戸がヴィッセルにとって起点の1つとなっていることを証明して見せた。
 この永戸とのコンビで素晴らしい動きを見せた本多は、相変わらずの勘の良さも披露した。一度は危険なタックルになった場面もあったが、事前に危険な位置を見定めたうえで、そこをカバーするプレーは見事だった。

 また右センターバックの山川哲史も巧いカバーリングを見せ、バルセロナの厚みのある攻撃を食い止め続けた。この試合でも広い範囲をカバーした井手口陽介や右サイドバックの酒井高徳を巧く使いながら、バルセロナの攻撃を食い止め続けた。

 試合序盤はバルセロナのスピードに翻弄されていたヴィッセルではあったが、試合経過とともにスピード感をつかんだようだった。その中でアンカーの扇原貴宏が高い位置でボールを奪うシーンも見られるようになった。これこそがハイラインで守るバルセロナとの戦いにおいては生命線だった。同時にこうした場面を作り出す過程においては、佐々木大樹が大きな役割を果たした。
 試合序盤からヴィッセルはボール保持時には前線の佐々木を狙ってボールを蹴ってはいたが、バルセロナの巧い対応によって、佐々木にボールが収まるシーンはほぼ見られなかった。しかし佐々木はボールが絡まない、いわゆる「オフザボール」の動きの中で、自らの立ち位置を細かく変え続けた。これによってバルセロナはボールを奪う位置が安定しないままだった。前記したようにバルセロナのサッカーはシチュエーションによって細かく定められているため、1つの綻びが筋目となる。佐々木はそれを理解した上で、立ち位置を変えながら潰れ続けた。これによってバルセロナの最終ラインとボランチの関係に小さな狂いが生じた。これが扇原のボールタッチを増やした最大の要因だろう。

 ヴィッセルにとって記念すべきバルセロナから奪った初ゴールを決めたのは、今やJリーグの中では傑出した存在となりつつある宮代だった。そしてそのきっかけを作ったのは、前線で身体を張り続けた佐々木だった。42分にクバルシの縦を狙ったボールをひっかけた佐々木がそのままドリブルで右のハーフスペースを上がり、シュートを放った。これはガルシアにセーブされたが、そのリフレクションを拾った左ウイングの広瀬陸斗が落ち着いて中央の宮代につないだ。宮代は背後から追ってきたペドリをターンでかわし、そのまま右足でシュートを蹴りこんだ。この場面で宮代は広いファーサイドではなく、敢えて狭いニアを狙った。これが完全にガルシアの逆を突いた。

 前半は1対1のドローで終えたこの試合だが、後半は両チームともほぼ全てのメンバーを入れ替えた。その結果、試合のテンポは遅くなった。その中で2失点を喫したのだが、フレンドリーマッチという試合の特性を考えれば、これは問題視するような話ではない。ヴィッセルの「控えメンバー」にとって、バルセロナという世界最高峰のチームと対戦出来たということそのものが貴重な経験であり、世界基準を多くの選手が体験することができたという点において、収穫は大きかったように思う。
 とりわけ感慨深かったのは、この試合の2日前に加入内定が発表された入江羚介だったのではないだろうか。まだ順天堂大学の3年生である入江にとって、いきなりバルセロナと対戦するというのは、驚天動地だったことだろう。78分に左サイドバックに入った入江は自ら志願してスローインでロングスローを見せるなど、短い時間ながら存在をアピールした。試合後には「デビューできたことは嬉しいですが、もっと結果にこだわりたかったですし、大学に一回戻らずに残って欲しいと思わせるくらいのプレーをしようという気持ちでした」と語ったように、プロとしての心構えができているだけに、将来が楽しみな選手だ。


 この試合には大きな学びがあった。それは「ポジショニングの意識」だ。試合序盤、レギュラーメンバーで臨んだヴィッセルではあったが、ボールを触ることができない時間が続いた。前記した永戸の奮闘など、局面単位ではヴィッセルの選手がほぼ互角に渡り合うシーンも見られたが、試合全体の流れとしてはバルセロナが主導権を握っていたことは事実だ。この試合を見ていた人は気付いたと思うが、プレスを受けたバルセロナの選手がクリアしたボールの多くが味方へのパスとなっていた。これによってヴィッセルは押し込まれる時間が続いたのだが、この原因こそが「ポジショニングの意識」だった。
 前記したようにバルセロナには複数の「攻め手」があるが、そこに通底しているのは「スペースを作らない意識」だ。誰かが動いて空いたスペースは、別の選手が動き、それを埋める。これによってボールを中心に見た時、バルセロナにempty spaceは生まれない。逆に一時的に空いたスペースを連続して使うことで、相手に後手を踏ませ、攻撃を続ける。これこそが今のバルセロナのサッカーの基本となっている。
 こうした違いはスペイン、翻ってはヨーロッパと日本のサッカーの文脈の違いに起因している。ヨーロッパでは幼少期から「スペースを使う意識」を植え付けている。その中で1対1、1対2、2対1、2対2という局面での対応、いわゆる個人戦術を教え込んでいく。これに対して日本では「ボールを巧く扱う」ことに主眼が置かれた指導が多い。いわゆる「止める・蹴る」という部分を重点的に強化している。その結果、ヨーロッパに渡った多くの日本人選手が足もとの技術については概ね高い評価を受けるが、試合の中でのインテリジェンス不足を指摘される。乱暴に言ってしまえばピッチ上のスペースを見つけ、そこを使いながら前進していこうとするヨーロッパと、ボールを扱う技術で相手を上回っていこうとする日本の差でもある。その結果、日本人選手の多くがボール周辺だけを使いながら前進しようとするのに対して、ヨーロッパの選手はピッチ全体のスペースを使いながら前進を試みる。ゴールを目指す上で効率的なのが後者であることは言うまでもない。この日の試合でも、この違いを証明するようなシーンが複数見られた。ヴィッセルはボール周辺で複数人が被っているシーンが何度か見られたが、バルセロナにおいては、そうしたシーンは皆無だった。
 またスペースを埋める際、バルセロナの選手はヴィッセルの選手の間という意識だけではなく、ラインの間という意識も持っていた。そのため縦、横ともヴィッセルの選手の間に位置することになり、プレースペースを確保することができていたのだ。

 試合後、バルセロナを率いるハンジ フリック監督はヴィッセルについて「チームとして良い印象だった。ハイプレスのかけ方も良かったし、私たちが求めるようなサッカーをできているグッドチームだ。良いインテンシティーを持っていた」とコメントした。通常、こうしたコメントには幾分かのリップサービスも含まれているものだが、この日の試合に限って言えば、素直に受け取っても良いように思う。注目してほしいのは「私たちが求めるようなサッカーをできている」というフレーズだ。ハイプレス、縦に速い攻撃、素早い攻守の切り替え、球際の強さなど、ヴィッセルとバルセロナは同じキーワードを持ったチームだ。フリック監督はそれを感じ取っていたのだろう。だからこそ、吉田監督、選手ともこの日体験したバルセロナの姿を忘れないでほしい。そして両チームの間にあった「ポジショニングの意識」の差を、この先のトレーニングの中で埋める努力をしてほしい。
 この日のバルセロナのコンディションが万全でなかったことは事実だ。しかしその中でもあれだけのプレーを見せることができた背景には、ボールスキルだけではなく、ポジショニングの意識があったように思う。

 そしてもう1つ、この日の試合ではヴィッセルの改善点が顕在化した。それは「判断速度」だ。象徴的なシーンがあった。24分にバルセロナが左サイドでフリックしたボールが縦に流れ、それを山川が拾った。山川がこのボールに反応した際、山川の左5mほどの距離にトーレスがいたのだが、ボールの軌道も考えれば、山川が圧倒的にボールを支配できる位置にいた。事実、山川はこのボールを難なく拾ったのだが、すぐにトーレスに寄せられ、ボールを奪われかけた。この場面ではトーレスと山川の接触がファウルとなったため、試合に直接影響したわけではないが、判断速度という点での世界基準を感じた場面ではあった。山川がボールを拾うタイミングや足もとで整えるリズムは、Jリーグであれば決して問題となるようなものではなかった。しかし映像で見直してみると、山川がボールを受けるために前に出る際、トーレスは猛然とスピードを上げて寄せようとしていた。余裕があると思われる局面であっても、考えることなく素早くプレーをしなければ、このレベルの相手との対戦では、そこが蟻の一穴となってしまう。
 ヴィッセルのサッカーが、Jリーグの中では判断速度も含め、高いレベルにあることは誰もが認めるところだ。しかしこの先、ヴィッセルがアジアの頂点、そしてCWCという大きな舞台を見据えていくのであれば、いかなる時も判断速度を上げて素早くプレーするという意識は持ち続けなければならない。そして素早くプレーしつつも精度を保つためには、全ての選手が常に次のプレーを意識し続けて動かなければならない。90分間そうした動きを続けるということは、頭を使い続けるということでもあり、選手の疲労度は想像を絶する。過去に何度か紹介したが、日本サッカー協会会長を務めた岡野俊一郎氏(故人)が、かつて放送されていた「ダイヤモンドサッカー」というテレビ番組の中で、サッカーに連戦がない理由として「頭が疲れるから」とコメントしていたのは、こうした動きが要求されることを理解していたためだろう。


 繰り返しになるが、この日のヴィッセルはバルセロナからいくつかの大事なことを学ぶことができた。これを完全にトレースする必要はないが、通底している要素を抽出し、それを模倣することは決して無駄ではない。芸術家の池田満寿夫氏(故人)はその著書「模倣と創造:偏見のなかの日本現代美術」(1969年・中央公論社)の中で「すべての想像は模倣から出発する」と記している。池田氏によれば、模倣には2種類あるという。1つは単なる模倣。これは何も生み出すことはない。しかし創造的模倣であれば、その行為の中に想像の秘訣が潜んでいるという。ヴィッセルのサッカーは、既に外形は整っている。これをより強固なものにするためには、その外形を保ちながらも、細部を調整することが必要となる。その細部を調整するためのヒントが、この日の試合には多く含まれていた。
 繰り返しになるが「ポジショニングの意識」、「判断速度の向上」。こうしたことを意識しながら、日々のトレーニングに取り組むことができれば、ヴィッセルはまだまだ強くなることができる。その可能性を感じることができたという点において、この日の試合は有意義なものだった。

 この日、CWC出場のため試合消化の少なかった浦和の試合が行われ、24節終了時点でのJ1の順位が確定した。ヴィッセルは首位に立っているとは言え、まだ安心できるような差はない。次戦である天皇杯Round16・東洋大学戦を終えると、中3日で勝点6差の6位につけている町田との対戦が待っている。9月に開幕を迎えるAFCチャンピオンズリーグエリートを含めた全てのタイトル獲得の可能性を残しているヴィッセルではあるが、それだけ多くの試合をこなさなければならないということでもある。吉田監督はこれまで通り「目の前の試合に勝つ」という姿勢で、過密日程に挑んでいくと思われる。そこで結果を残すためにも、この日バルセロナから学んだエッセンスを取り入れ、ヴィッセルのサッカーの質を高めてもらいたい。それこそが、この試合を開催にこぎつけてくれた全ての関係者への恩返しでもある。