先日、王貞治氏が「連覇の難しさ」について語ったインタビューが話題となった。その中で王氏は「連覇は優勝することの100倍難しい」と語り、その理由として「負けた側に学ぶことが多いため」とした。半世紀を優に越えてなお、勝負の世界に身を置き続けている王氏の言葉には説得力がある。
一昨年、ヴィッセルはJ1リーグ初優勝を成し遂げた。ここに至る前、ヴィッセルは常に新しい取り組みを続けてきた。一部にはそうした動きを揶揄する声もあったが、ヴィッセルは文字通りクラブが「一致団結」し、雑音に耳を傾けることなくクラブの強化を続けた。その結果としての初優勝ではあったが、同時にこれは大迫勇也、武藤嘉紀、酒井高徳、山口蛍(V長崎)といった実力者たちがチームをけん引した結果でもあった。
そして昨季、ヴィッセルは連覇を達成した。川崎Fと対戦した昨季のスーパーカップの際、筆者は年間のテーマとして、「戦力の底上げ」と書いた。その中で新戦力であった宮代大聖、広瀬陸斗、井手口陽介らがチームにフィットし、ヴィッセルは「厚みのある戦力」を整えることに成功した。その結果がJ1リーグ戦連覇であり、クラブ史上2度目となる天皇杯制覇だった。ちなみにリーグ戦連覇と2冠を同時に達成したクラブは、Jリーグ史上初である。これによってヴィッセルの戦力の充実ぶりは誰の目にも明らかとなった。それを象徴する試合が、昨季の天皇杯における鹿島戦だった。ベストに近い布陣で試合に臨んだ鹿島に対して、ヴィッセルは「控え選手」中心の布陣で、これを破ったのだ。
こうした流れを受けての今季だ。今季、ヴィッセルが目指す、Jリーグ史上2クラブ目となる「J1リーグ戦3連覇」、そしてアジア制覇を成し遂げるためには、さらなる戦力の均衡を図らなければならない。
この戦力の均衡を図るためには、2つの方法がある。1つは主力選手と同等の力を持つ選手を集める方法。そしてもう1つは控え選手の力を伸ばす方法だ。この2つの方法を比べた時、前者が「悪手」であることは事実だ。そこにはいくつかの理由があるが、最大のものは「継続性の乏しさ」だ。これに対して後者の場合、クラブ価値の向上だけに留まらず、所属選手にとって自らの価値を引き上げるというメリットも生じる。手間と時間は要するが、この流れが完成すれば、ヴィッセルは「選手が成長できるクラブ」という評価を手に入れることになり、それはクラブ自身の強さの継続にもつながる。これが判っているからこそ、ヴィッセルは2006年に「発掘・育成型クラブ」への転換を宣言し、今に至るまでその流れを継続しているのだ。
今季の戦い方に話を戻すと、今季のヴィッセルは若い選手たちの成長によって、昨季を超える強さを手に入れなければならない。全てのクラブが「打倒ヴィッセル」を旗印にチーム強化を図ってくる中、それを跳ね返す強さを持たなければならないのだ。目標を見据えながら戦う立場に比べ、遥かに厳しい状況の中、戦い続けなければならない。冒頭で紹介した王氏の言葉にもある通り、勝ち続けることほど難しいことはない。
こうしたことを前提に、この日の試合を振り返ってみる。
この試合における最大の注目ポイントは、メンバー構成そのものだった。GKは新井章太。最終ラインは右から日髙光揮、山川哲史、岩波拓也、本山遥。中盤はアンカーに齊藤未月、右インサイドハーフに山内翔、左インサイドハーフに冨永虹七。前線は右から飯野七聖、佐々木大樹、小池裕太が並んだ。このメンバーの中で「主力」と呼ばれる位置にいるのは、今季の主将を務める山川と、新たにエースナンバーを背負った佐々木のみだった。これに対してベンチには前川黛也、マテウス トゥーレル、本多勇喜、酒井、扇原貴宏、武藤、汰木康也、鍬先祐弥、大迫といった主力選手が入っていた。
こうしたメンバー構成になった理由について、吉田孝行監督は試合後、負傷者やチーム事情によってフィールドプレーヤーが20人に満たない現状を明かした上で、ここから続く過密日程を見据えたものであるとコメントした。実に野心的なメンバーではあったが、この吉田監督の判断は正しかったと思う。
対戦相手である広島を率いるミヒャエル スキッベ監督は、ターンオーバーを避ける傾向にある。目の前の試合に対して、その時点におけるベストメンバーで臨むというのが基本方針なのだろう。この試合では最前線に新加入のジャーメイン 良を配したが、基本的には昨季の主力メンバーが中心だった。スキッベ監督体制も4季目となり、戦い方はチームに浸透している。選手個々の能力、戦術の浸透度を考えれば、今季も最大のライバルとなる可能性が高いクラブだ。試合で得られる経験値は、対戦相手の強度に比例する。その意味では、ヴィッセルの「成長してほしい選手たち」にとっては、この試合は最大のチャンスでもあった。ここで誤解してほしくないのは、吉田監督が敗戦を許容していたわけではないということだ。プロである以上、全ての試合で勝利を目指すのは、言わば「義務」でもある。それを前提とした上で、吉田監督はこの日のメンバーを中心に据え、勝利を得るため、ベンチに「最強メンバー」を控えさせたのだろう。

試合内容に目を向けた時、ヴィッセルにとってポジティブな要素が少なかったことは事実だ。そうなった最大の要因は「守備の緩さ」だった。現在のヴィッセルのサッカーにおける生命線は、前線からの連動したプレスだ。ボール保持時には4-1-2-3でセットしつつも、ボール非保持時には4-4-2に変化させ、高い位置でのボール奪取を目指す。これによって相手の前進を阻みつつ、チーム全体に勢いをもたらすのだが、この試合に限って言えば、この点における徹底がなされていなかった。佐々木がファーストディフェンダーとしての動きを見せてはいたのだが、これに連動する動きが不足していた。そのため、佐々木の動きが奏功する場面は少なく、広島は最終ラインから自由にボールを動かすことができていた。
これに関して言うと、経験の浅いメンバーで広島と対峙するのには難しさが伴っていたことは事実だ。広島は昨季同様の3-4-1-2の布陣であり、これをこのまま動かしてしまった場合、中盤には数的不利が生まれてしまう。これを防ぐためには、広島のウイングバックを押し下げる必要がある。これによって5-2-1-2の形にすることで、中盤の人数を揃えるのだ。ここでウイングバックを押し下げるために重要な役割を担うのが、飯野と小池の両ウイングだった。
今季からヴィッセルに加わった小池だが、本職はサイドバックの選手だ。吉田監督は、昨季、広瀬が見せたような動きを小池にも期待したのかもしれない。小池はトレーニングでもウイングは経験してきたと語っていたが、まだオートマティックに動けるところまでの練度は見られなかった。それは吉田監督も承知していたはずだ。試合中、何度か小池に対してポジションを指示する姿が見られたのは、そのためだろう。しかし連携の取れている広島のレギュラーメンバーに対した時、経験の浅さは、そのままチームの弱点として衝かれることになってしまった。
攻撃面においても、前半に高い位置で小池がクロスを入れる場面はあったが、まだ周りとの意思疎通ができていないのか、せっかくのアイデアを活かすところまでは至っていなかった。しかしクロスを入れる瞬間に、ボックス内で待つ相手の身体の向きを確認した上で、届かない場所を狙っている様子は窺えた。この狙いが周りの選手に伝われば、攻撃の起点となれる可能性は十分にある。
この先、小池をどのように使っていくのかは不明だが、いずれにしてもある程度の時間は必要となるだろう。

一方の右サイドだが、飯野の前に出るスピードは昨季同様だ。速さを持った選手であるだけに、ボール非保持から保持に切り替わった瞬間には、大きな武器となる。ポジティブトランジション時に飯野の前に出るスピードを活かすことができれば、それだけでも相手の守備を押し込む効果は十分に期待できる。しかしこれとても、飯野が独力で成し遂げられる場面は少ない。そこにはインサイドハーフとの連携が必要になる。その意味では飯野のサイドに位置していた山内との連携が不足していたように見えた。

プロ2年目を迎えた山内だが、試合中、周囲を確認しながら動く能力は高い。常に身体を起こしたままボールを握ることができるため、視野を確保しながらプレーすることができる。しかしこの試合においては、多くの場面で山内の動きが周囲の選手と合っていないように見えたことは事実だ。山内はボールを握る能力、先を考えたポジショニングなど、サッカー選手に必要な能力を高い次元で備えている選手であるだけに、今季は周囲を動かすことのできる選手に育ってほしい。そのために必要なのは自らの意思をコンパクトに言語化し、周囲に伝える力だ。流動性の高いサッカーの試合においては、プレー中にかけることのできる言葉は限られている。最小限で最大の効果を発揮するような的確な言葉が求められる。これを意識してトレーニングに臨むことで、この能力は伸ばすことができる。
もう一人のインサイドハーフである冨永だが、こちらは最後まで試合の流れに乗り切れなかった印象が残った。5万人を超える大観衆が見つめる中、ヴィッセルと同等の強さを持つ広島を相手にした試合で、気持ちが先走っていたとしても、それは無理からぬところだ。加えて言えば、本職の前線ではなく、ゲームメークを担うインサイドハーフというポジションへの対応に、気を遣わなければならなかったことは、難しさを増した原因となったのかもしれない。トレーニングでもこのポジションは経験していたとは思うが、実戦での難しさはトレーニングの比ではない。攻守両面において、冨永は局面を追いかける時間が長く、自らが主導権を握る時間は少なかった。しかしそんな中でも、後半には決定機を迎えるなど、ゴール前での嗅覚には優れたものを持つ選手であることを示した。冨永にとっては、あっという間に終わってしまった試合だったかもしれないが、そんな中でも90分間フル出場を果たしたことは、吉田監督の期待の表れでもあり、今後の成長への糧としてほしい。
この試合で筆者が個人的に最も注目していたのは、アンカーで先発、フル出場を果たした齊藤だった。539日振りに公式戦のピッチに立った齊藤だが、ここに至るまでの苦労は並大抵のものではなかっただろう。一昨年、ヴィッセルに加入以降、アンカーのポジションで躍動していた齊藤は、その年のチームに勢いをもたらした。ヴィッセルのJ1リーグ戦初優勝の立役者の一人であったことは、誰もが認めるところだ。大きなケガを負った直後からポジティブな言葉を発信し続けた精神力は、その無尽蔵のスタミナと並び、齊藤を一流選手足らしめている大きな要素だ。メディカルスタッフを含めた多くのスタッフの支えもあり、無事にピッチに戻ってきた齊藤だが、この日のプレーを見る限り、怖さは克服しているようだ。
これはどの競技にも共通していることだが、大きなケガをした選手が復帰を果たす過程において、最も難しいのが恐怖心の克服だという。これはあるプロ野球の投手から聞いた言葉だが、金属疲労的な負傷の場合には弱っていく過程を把握できているため、多少抑え込みやすいそうだ。これに対して齊藤のように突発的な負傷の場合には、負傷した瞬間の記憶が刻まれてしまうため、恐怖心が強く残るという。身体が資本のアスリートにとっては、まさに死活問題だ。齊藤のプレー強度が落ちていたとしても、それはやむを得ないと試合前には思っていたが、この試合におけるプレーを見る限り、プレー強度は負傷前と変わっていなかった。改めて齊藤という選手の精神力の強さに脱帽すると同時に、ここまでコンディションを戻した努力に対して最大限の敬意を表したい。
齊藤のプレーそのものは、相手の出足を潰していく守備は健在だったが、こぼれたボールに対する反応など、試合勘に由来する部分においては上昇の余地がありそうだ。またボール保持に変わった際のボールの散らし方などは、周囲との連携によるものでもあり、この試合だけで判断することは難しい。しかし後半、カウンターで抜け出された場面でプロフェッショナルファウルで止めるなど、試合の勘所を抑えたプレーは健在であり、完全復活が近いことを窺わせてくれた。
実戦復帰した喜びよりも、チームの敗戦を重く受け止め「自分にまだ足りないところがある」と試合を振り返ることができる齊藤の姿勢は、難事に挑むチームにとって推進力となるだろう。復帰に至る過程の中で力をくれた全ての人に感謝し、「今度は僕がサッカーを通じてみんなを幸せにしたい」と語った齊藤には大きな期待をしている。
最終ラインでは新戦力である本山が、ヴィッセルにおけるデビューを果たした。左サイドバックとして先発した本山は、酒井と交代する64分までプレーを続けた。前記したように左サイドの連携が不足していたこともあり、本山に課された役割は不明だったが、個人レベルで見た時には「面白い選手」というのが率直な印象だ。この試合では広島が本山のサイドを抉ってくるシーンも目立っていたが、そこで粘り強さと球際の強さは、初めてのJ1リーグ、初めての左サイドバックでのプレーとして考えれば、十分に及第点を与えられるものだったように思う。さらに相手のドリブルに対して、身体の向きを変えることで、コースを誘導しようとするなど、守り方に工夫が見られた点も高く評価したい。周囲との連携が高まってくれば、面白い存在になるかもしれない。本山に対しては、同サイドのセンターバックであった岩波も気にしていたようで、いつも以上にサイドへのバックアップの動きが速かった。ヴィッセルアカデミーの先輩に支えられたこともあり、大きなミスもなく、ヴィッセルでの初めての試合を終えることができたことは、今後に向けての明るい材料だ。

本山がこの先も左サイドバックで起用されるのかは不明だが、今季のヴィッセルにとって左サイドバックはチーム浮沈のカギを握るポジションであるように思う。昨季までこのポジションを務めた初瀬亮(シェフィールド)は、最終ラインにおける起点でもあった。キックオフ直後、まずは初瀬にボールを下げ、そこから対角線に大きく蹴り出すところからヴィッセルのサッカーはスタートしていた。また相手に押し込まれた際も、初瀬のロングボールによって局面を押し戻すなど、そのキック力は「チーム戦術」の根幹に深くかかわっていた。その初瀬がチームを去った以上、このポジションにはこれまでとは異なる役割が求められることになるだろう。吉田監督も複数の策を考えているだろうが、その中には本山の存在も組み込まれているのかもしれない。
ヴィッセルアカデミー出身の本山は昨季、岡山の中心選手としてクラブをJ1昇格に導いた。そこでのプレーが評価されての「帰還」であり、本人にとっても並々ならぬ決意を持ってのヴィッセル加入だったことは間違いない。試合後にはJ1リーグ上位チームの力を感じたとコメントしていたが、この経験を糧としてポジション争いに割って入ってもらいたい。
一方の右サイドバックだが、ここで85分までプレーした日髙にとっては厳しい試合となった。日髙は昨季、カップ戦での起用が中心ではあったが、着実に成長している姿を見せていた。それを評価されての先発起用だったとは思われるが、J1リーグ上位のチームを相手にした際に求められる強さを痛感したのではないだろうか。本職がボランチであるだけに、サイドでの守り方には難しさを感じているとは思うが、相手選手のコースを変えた動きに翻弄される場面が目立ってしまった。
この試合では右サイドが主戦場の本山を左に回してまでも、日髙を右サイドで起用した背景には、日髙のパスセンスへの期待があったように思う。ボランチとして培ったパス能力を活かして、最後方からの前進を組み立ててほしいというのが、吉田監督の希望であったようには思うが、守備で奔走する結果となってしまい、日髙は「らしさ」を発揮できないままだった。前線のジャーメインで深さを取り、そこに2列目以降が飛び込んでくる広島の圧力を前に焦りが生じたのかもしれないが、縦に差し込むパスがカットされるなど、チームにリズムをもたらすことはできなかった。
これは日髙個人だけの問題ではなく、チーム全体の問題でもある。前記したようにヴィッセルの持ち味である「前に攻める守備」が嵌らない中で、押し込まれてしまった結果、日髙もその流れに飲み込まれてしまったとも言えるためだ。攻撃と守備をシームレスにつないでいるヴィッセルのサッカーにおいては、こうした1つのズレが大きな事故につながってしまう。日髙にも反省点は多々あるだろうが、それは同時にチーム全体の反省点でもある。
ここで、敢えて注文を付けたいのが佐々木だ。前記したようにボール非保持時に佐々木が見せた動きは孤立していたのだが、佐々木にはそこで前線の選手たちを動かすだけのリーダーシップを見せてほしかった。経験値はこの試合に先発出場した選手の中では上位であり、それだけの力を持った選手であることは間違いない。であればこそ、目標としている大迫のように周囲を動かす力も身につけてほしい。それが「13番」を背負う選手の責任でもある。

こうした悪い流れの中、失点を食い止め続けたのはセンターバックの山川だった。最終ラインで山川が見せた身体を張った守備は、山川が今季も守備の要であることを印象付けた。ヴィッセルアカデミーの先輩である岩波とのコンビネーションも悪くなかった。欲を言えば、もう少し岩波にスペースを与えることで、岩波のキック力で最終ラインから攻撃を組み立てるなどの工夫は見たかった気もするが、これはチーム戦術との兼ね合いもあり、そう単純な話ではないのだろう。
後半、吉田監督は汰木、大迫、武藤、酒井といった主力選手を逐次投入し、状況の打破を図ったが、一度嵌ってしまった流れを断ち切るには至らなかった。しかしその中でも汰木を右サイドで起用するなど、従来の戦い方からの変化を模索し続けた姿勢は高く評価したい。結果的に勝利をつかむことはできなかったが、この試合にテーマを持って臨んでいたことは間違いない。
武藤は試合後、「やることを全部やって負けたという結果なら良かったんですけど、そうではなかった」とした上で、「今日出たメンバーの中で、最初からチームから言われたことをできなかった選手もいましたけど、そういうのを本当になしにして、全員でやることを徹底していかなければ昨年のような結果は間違いなくとれないと思う」と厳しいコメントを残した。この姿勢こそが、ヴィッセルにとっての最大の武器だ。この武藤の言葉についていくことができる選手だけが、クリムゾンレッドのユニフォームに袖を通すことを許される。
この時期に広島という完成度の高いチームと戦えたことで、チームとして解決すべき課題は明確になった。冒頭で紹介した王氏の言葉に倣うならば、ヴィッセルにとっては学びの多い試合となった。
2月だけで6試合という、いきなりの超過密日程ではあるが、その中でも課題を解決しつつ、チームの形を定め、昨季を越える強さを身につけてほしい。
次戦は中2日でのAFCチャンピオンズリーグエリート・上海海港戦だ。ここでどのような戦いを見せてくれるか楽しみにしている。