覆面記者の目

明治安田J1 第15節 vs.C大阪 ノエスタ(5/6 14:03)
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  • AWAYC大阪
  • 神戸
  • 1
  • 1前半1
    0後半2
  • 3
  • C大阪
  • 宮代 大聖(45')
  • 得点者
  • (45'+2)上門 知樹
    (83')柴山 昌也
    (90'+6)ラファエル ハットン

本項において度々言及している「ヴィッセルらしさ」というものがあるとするならば、この試合は「らしくない試合」だったと言うべきなのかもしれない。試合後、吉田孝行監督は「攻守においてやるべきことをしっかりとやらないと、今日のような試合になると思います」とコメントしたが、まさにその言葉通りの試合だったように思う。


 では「ヴィッセルらしさ」を発揮できなかった理由は何だったのだろうか。
 1つには連戦の疲れが挙げられる。前節から中2日という日程は、スタミナを求められるヴィッセルのサッカーにとってはネガティブファクターでしかない。しかし、この連戦という状況はC大阪も同じことだ。C大阪も3日前にナイトゲームで京都を相手に戦ったばかりだ。その視座に立てば、疲れは理由とはならない。では何が理由だったのだろうか。1つには連戦を考慮した戦い方を準備したC大阪といつも通りの戦いを選択したヴィッセルという違いが挙げられる。C大阪を率いるアーサー パパス監督は、主力選手の戦線離脱によって思うようなメンバーが組めないことを理由としながらも、連戦に出場し続けた選手を守るための方策として3-4-2-1の布陣を採用したことを明かした。今季からC大阪を率いるパパス監督は、本来はポゼッションを重視した攻撃的なサッカーを志向している。しかし現状を考慮し、低い位置でブロックを形成、そこからのカウンターという方法に切り替えたのだ。これが絶対的に正解というわけではないが、現実的な対応であったことは認めざるを得ない。これに対して吉田監督は「いつも通りのサッカー」を選手に求めた。連戦の厳しさは承知の上ではあったと思うが、それを乗り越えるだけのものはトレーニングの中で培っているという自信があったからこそだろう。事実、試合序盤のヴィッセルは積極的に前を向き、C大阪陣内に攻め入った。しかし低い位置でブロックを組むC大阪を崩しきれなかった。ここが最初の分岐点だったように思う。

 2つ目の分岐点は最初の失点だった。C大阪のブロックを崩しきれない時間が続いた中で、45分にコーナーキックから宮代大聖が見事な先制ゴールを決めた。このリードを守り切ってハーフタイムを迎えていれば、ヴィッセルは勢いを持って後半に臨むことができたように思う。しかし自分たちのミスから前半終了間際に失点を喫したことで、試合の流れは一変した。前節で逆転勝利を挙げているC大阪には勢いが生まれ、ヴィッセルは嫌なムードでハーフタイムを迎えることとなった。経験豊富なヴィッセルの選手がその流れを引きずるほどナーバスだとは思わないが、「チームの勢い」という無形の部分において差が生じてしまったことは事実だろう。

 そして3つ目の分岐点は後半のポジショニングだ。試合後に酒井高徳は「後半はポジションは修正できたが、ポジションを意識しすぎて動きがなくなった」と嘆いた。いつもであれば、相手の攻撃に対して厚みのある守備でボールを奪い、そのままゴール前に攻め入る形が作れるのだが、この試合では多くの場面で1対1が続いた。しかも前半はボール周りに集中していた選手間の距離が離れてしまい、ボールを奪った後の展開になかなかつながらなかった。その中でC大阪にカウンターを許してしまった。これまでのヴィッセルならば、失点後には前に出る強さを見せてきたのだが、この試合では2失点目を喫したところで全体が気落ちしてしまったように見えた。歯車が噛み合わない中で攻め手を見つけきれなかったためかもしれないが、これも「ヴィッセルらしくない」姿だった。

 こうした状況を前にすると、改めて「駆け引き」の重要性が浮かび上がる。自分たちの流れでない試合を好転させるためには、相手との駆け引きをしながら試合中に状況を打破しなければならない。ここでいう駆け引きとは、単にボールを握った状態で相手を動かすという細かな話ではない。
 ここで少しだけ将棋の話をする。プロ棋士によれば、将棋における駆け引きには「予測」、「状況把握」、「駒の使い分け」、「タイミング」、「心理戦」という5つの要素があるという。まず相手の持ち駒や盤面の状況から、相手の攻め筋を予測する。次に盤面の状況を正確に把握し、自らの考える局面に導くための作戦を考える。その上で自分の駒に役割を与え、攻撃と守備の両面での備えを作る。その上で駒を打ち込むタイミングを計る。そして時には予想外の手を打つことで、相手の心理状態を揺さぶる。プロ棋士は何時間にも及ぶ対局の間、こうした「駆け引き」を続けているという。
 この要素はサッカーにも共通している。対戦相手の戦い方を予測し、常にピッチ上の状況を把握する。選手個々は攻撃時と守備時の役割を正確に把握し、状況に応じて自らの役割を果たす。そして仕掛けるタイミングを計りながら、ここという場面で圧力を高める。その上で、相手に様々な可能性を考えさせることで主導権を握る。こうした戦い方ができた時、相手に対する優位性は揺るぎないものとなり、試合全体をコントロールすることが可能になる。

 ヴィッセルのように戦い方が明確である場合、相手チームは対策を立てやすい。それでも過去2シーズンに渡って勝ち続けることができたのは、選手たちがこうした要素を踏まえながら戦ってきたためだ。もちろん大迫勇也や武藤嘉紀、酒井高徳といった経験豊富な選手たちの活躍による部分は大きいが、それすらも彼らが躍動できる舞台を周りの選手たちが整え続けてきたからとも言える。しかしこの日の試合に関して言えば、こうした駆け引きに必要な要素を持ち続けることができていなかったように思う。
 率直に言って、この日の試合でヴィッセルの出来が特段悪かったとは思っていない。前記したように、試合序盤には「ヴィッセルらしさ」を感じる場面も多々見られた。しかし時間経過とともに、ピッチ上の規律が失われていったようにも見えた。C大阪の見せたカウンターはスピード感のある見事な攻撃ではあったが、いつものヴィッセルであればあれほど簡単にやられるようなことはなかったのではないだろうか。吉田監督は試合後の会見の中で「後半の失点シーンを見ても、戻るところに戻っていなくて失点した」と語っていたが、この日の試合に限ってはディシプリンが失われていたと言わざるを得ない。

 かつてヴィッセルで指揮を執っていた松田浩氏(G大阪フットボール本部長)は監督在任中、ことあるごとにディシプリンの重要性を説いていた。このディシプリンは「規律」と訳されることが多いが、サッカーの試合に限定すれば「約束事」や「共通理解」といった意味合いが強い。ピッチ上では選手個々が目の前の状況に対処しなければならないのだが、その動きを意味のあるものにするのが、このディシプリンだ。チーム戦術やゲームプランに基づいて定められたディシプリンを全ての選手が理解し、実践した時、各選手のプレーは有機的なつながりを持ち、チームとしての戦いに昇華される。具体的には後述するが、この試合の中では、時間経過とともにこれが失われ、各選手が個人の戦いを繰り広げてしまったように思う。もちろん選手たちは規律を無視しようとしていたわけではない。しかし思うに任せない試合展開の中で焦りが生じてしまったことが、こうした状況に陥った最大の原因なのではないだろうか。

 ではなぜヴィッセルの選手には焦りが生じたのだろうか。直接的な原因は最初の失点だったと思う。漸く奪った得点の直後、ミスから失点を喫したことで、生まれかけていた「勝利へのリズム」が寸断されてしまったのではないだろうか。同点ゴールを決めた上門知樹が試合後にコメントしたように、ヴィッセルがリードした状態で前半を終えることができれば、試合結果は異なるものになっていた可能性はある。状況だけ見ればまだ同点であり、ヴィッセルには後半再度突き放すだけの力はあったはずだ。しかしそこまで相手にしぶとく守られていたという事実が、選手の中に焦りを生み出してしまったのではないだろうか。状況的には焦る必要などなかったのだが、そこまで「いつも通りのリズム」で試合を運べていなかったという事実が、選手たちを焦らせたように思う。


 この日の試合について酒井は「全ての失点が安かった」と、試合を総括した。その上で細かなミスが積み重なり、それがボディブローのように自分たちを苦しめたと敗因を分析した。この言葉は正鵠を射ている。前半からヴィッセルがC大阪陣内に攻め入る場面は多かったが、いつものような厚みを感じる場面は少なかった。セカンドボールを回収する場面も多かったが、その多くはC大阪のミスによるものであり、ヴィッセルの厚みで回収したものではなかった。その意味では吉田監督のいう「攻守のポジショニングがバラバラだった」という言葉は納得できる。
 ではなぜポジショニングに狂いが生じたのだろう。1つにはいつもと異なるメンバーが入ったことによって、選手たちの感覚に小さなズレが生じていたことのように思う。左センターバックのカエターノ、アンカーの齊藤未月はどちらも、この試合が今季のリーグ戦の初出場となった。最初に断っておくが、この試合結果はこの両選手の責に帰するものではない。出場選手としての責任はあるだろうが、ことさら彼らが問題だったということではない。あくまでも周りとの連携という部分において、お互いの距離感やスピード感といった部分でつかみ切れていないものがあったということだ。両選手ともカップ戦での出場はあったものの、やはりリーグ戦は強度が一段と高くなる。どんな名選手でも、初めて試合に出場した際には周囲との連携という点には苦労している。周囲の選手もそれが解っているだけに、彼らのフォローを意識していたはずだ。であればこそ、いつもとは少しだけ異なるポジショニングになったとしても、それは無理からぬところだ。

 そしてこれ以上に大きな問題点は両サイドのバランスだったように思う。この試合では右サイドは酒井とエリキといういつも通りのメンバー、左はサイドバックに広瀬陸斗、ウイングに汰木康也という組み合わせだった。
 まず右サイドだが、これはエリキのプレースタイルが影響している。前にいくという点において特別な力を持っているエリキではあるが、ともするとボールサイドに寄りすぎるきらいがある。ゴールを目指す攻撃的な意思の表れではあるが、時には中央よりもさらに左まで出てしまう傾向がある。ピッチ上でボールの位置を中心に全体を圧縮しながら圧力を強めていきたいヴィッセルのサッカーにおいて、これは諸刃の剣ともなってしまう。
 以前、酒井はエリキに対して、逆サイドまでは行かないように釘を刺していたが、ゴールハンターの本能はそうそう抑えきれるものではない。そして今のヴィッセルにおいてエリキは特別な力を持った貴重な選手であり、これを外すという選択はないだろう。であれば酒井がやったように、中央までのエリアをエリキに与えると同時に、背後の守りを固める他ない。その際には酒井を中心として右インサイドハーフの井手口陽介、さらには右センターバックの山川哲史といった選手との連携が必要になる。いずれにしてもこの試合の2失点目のシーンのように、サイドを酒井が1人で管理するのはリスクと負担が大きすぎる。基本的にはウイングが右サイドの高い位置で守備をして、その背後から酒井が押し上げる形を整備するべきだろう。
 この横のバランスは、この日のC大阪のようにカウンターを狙う相手との対戦においては絶対的に必要となる。ボール保持時に相手ゴール方向に圧力をかけていたとしても、そこから一瞬で抜け出されてしまうためだ。それが表れたのが2失点目のシーンだった。この直前、齊藤のミドルシュートが枠を外し、C大阪ボールでのリスタートとなった。齊藤がシュートを放った時、ペナルティエリア右角には濱﨑健斗が立っていたのだが、リスタートに備えて下がる過程で濱﨑はピッチ中央を下がっていた。これを見て相手GKは左ウイングバックの髙橋仁胡にボールを出したのだが、ここで高橋の前には大きなスペースがあった。これを見て濱﨑は全力で右サイドに戻っていったのだが、高橋がミドルサードに差し掛かった時点では、まだ高橋との距離は5mほど残っていた。ここで酒井はハーフウェーラインより少し下に立ち、高橋への対応を試みたのだが、高橋はノープレッシャーで酒井の背後に抜け出した中島元彦にパスを送った。結局、このパスを中島に持ち込まれ、それが決勝ゴールへと結びついてしまった。この場面について高橋は試合後に「酒井選手が出ていたのが見えて、中島選手もスペースを狙っていた。ボールを入れたら中島がフリーな状態になると思ったので、迷わずに出しました」と振り返っている。濱﨑が戻り切れていなくとも、酒井が中島について下がっていれば、この失点を防ぐことができた可能性はあるかもしれない。しかし、その場合は逆に高橋は楽に前に上がることができていたはずであり、サイドに起点を作らえてしまっていたはずだ。要は酒井に対して高橋と中島で「王手飛車取り」を仕掛けたような格好となってしまっていたのだ。


 一方の左サイドだが、こちらは選手のプレースタイル的に難しさがあったように思う。この試合で左サイドバックに入ったのは広瀬だった。広瀬は高いボールスキルを持っており、密集の中でボールを動かす際のコネクター役を務めることができる。さらにサイドから質の高いクロスを供給することのできる素晴らしい選手だ。前に立つ相手に対して球際勝負を仕掛けることもできる。吉田監督はこの広瀬の特徴を活かし、左ウイングの汰木康也を活かす考えだったのではないだろうか。しかし広瀬をサイドバックに置いた場合、1つの弱点がある。それは背後を狙う動きへの対応だ。広瀬はボールを中心に守備をするスタイルであり、予測を立てて前後のスペースを守るスタイルの選手ではない。そのため優れたスピードを持つ選手に裏を狙われると、どうしても高いポジションを取り難くなる。前に立つ汰木がエリキのように1対1で仕掛けていくタイプであれば、それでも成立したのかもしれないが、汰木は周りを使いながら抜け出していくプレースタイルだ。そのため汰木のところから前への突破を図るのであれば、広瀬も高い位置を取らなければならない。試合の中で広瀬が上がり切れない時は、前線中央の佐々木大樹やインサイドハーフの宮代がサイドに流れて、汰木のフォローにまわっていたが、これは最後の部分で中央の人数を確保し難くしてしまう。誤解の無いように断っておくと、これは両選手のプレースタイルと組み合わせの話だ。両選手とも標準を遥かに超える高い能力の持ち主であり、その存在は相手にとって脅威となっている。このサイドが決壊する場面はなかったものの、最後までこの両者がサイドを崩す場面は見られなかった。逆にC大阪の右シャドーの選手と右ウイングバックの選手が広瀬の裏を狙う姿勢を見せ続けたことで、広瀬が前に出ることが難しい時間が長かった。

 このサイドの整備は、この先ヴィッセルが戦っていく上で最も大きなポイントとなるのではないだろうか。現在、上位に位置している浦和やG大阪、柏のサッカーを見ていると、全体が最適化されている。これらのチームに共通しているのはプレスを無効化しつつ、自分たちのボール保持時にピッチ全体を使うことで相手ゴールに迫るスタイルが定着しつつあるという点だ。これは高い位置でのプレスから一気に前に出るスタイルのヴィッセルにとっては、難しい相手でもある。こうしたチームとの戦いに勝利していくためには、ボール保持時にも非保持に変わった時のことを考え、全体をバランスよく整えていく姿勢が必要だ。今のヴィッセルはボール保持時に、ボール周りに人が集まりすぎる傾向がみられる。それでもネガティブトランジションのスピードが速いため、そこからチームが崩されるといった場面はないものの、これから暑さが厳しくなることを考えれば、効率よく動くという思考も必要になる。スタミナを武器に「全員攻撃・全員守備」を貫くのは理想だが、そこに効率を求めることも、アベレージが求められるリーグ戦を勝ち抜くためには絶対に必要な要素だ。吉田監督の志向するスタイルはそのままに、全体ポジションの最適化を進めてほしい。

 この試合でリーグ戦初先発を果たしたカエターノだが、最初の失点シーンに触れないわけにはいかない。自陣の低い位置から進藤亮佑がラフに蹴ったボールに対して、カエターノは後ろ向きにこれを追った。背後にはこの後ゴールを決める上門が迫っていたが、カエターノはボールを隠すように走っていたため、問題なくクリア、あるいはGKの前川黛也に戻すものと思われた。しかしカエターノが左足でボールを収めようとした瞬間、上門にボールを突かれ、それが左のラファエル ハットンに渡ってしまった。残念ながらこれは軽率なプレーだったと言わざるを得ない。ブラジル人プレーヤーによく見られるボールへのこだわりが出たのかもしれないが、残り時間を考えればセーフティーにプレーすべき場面だったことは間違いない。しかし、そこに至るまでカエターノは面白いプレーを見せていた。左足を利き足としているため、逆サイドへの対角線のボールをスムーズに蹴ることができる。これは低い位置で押し込まれた際に、ボールを脱出させる上での武器となる。また縦に差し込んでいくボールには可能性を感じた。この特徴はヴィッセルのセンターバックには少ないため、この先もカエターノには期待がかかる。ほぼ全ての外国籍選手がJリーグ特有のスピードには戸惑いを見せる。攻撃と守備が速いペースで入れ替わりつつ、淀みなく流れていくように感じられるようだ。この日がJ1リーグ戦デビューとなったカエターノも、外から見ている以上に速い展開には驚いたのではないだろうか。しかしこれは時間が解決する問題でもある。現在、様々なJリーグクラブで活躍する外国籍選手たちも、デビュー当初は思うようなプレーをすることができていなかった。しかし元々の力がある選手であれば、試合のペースに慣れることで、その力を発揮することができるようになる。ここで1つリーグ戦を経験したことで、カエターノも自らのプレーを活かすためのヒントを得ることができたのではないだろうか。


 そして遂にリーグ戦復帰を果たした齊藤だが、この試合で戦列を離れている間に自らのプレー幅を広げたことを証明して見せた。負傷以前、齊藤はボールを刈り取るプレーがその特徴だった。当時はボール非保持時の相方が山口蛍(V長崎)であったため、齊藤はボール奪取に力を注げばよかった。しかし齊藤が戦列を離れている間に、ヴィッセルの戦い方は少しずつ変わっていった。今は扇原貴宏がアンカーを務めることが多いが、アンカーからの展開でチームを動かす場面が増えた。かつては山口が驚異的な運動量で攻撃と守備の両方に顔を出していたが、今はボール保持時にはインサイドハーフは攻撃に後ろから厚みを加えることに専念する時間が長い。これをアンカーの選手の立場で換言すると、自分が一人でボールを配球することが、チームの攻撃に厚みを加えることになる。長い時間、外から試合を見ている中で、齊藤はこの小さな変化を感じ取っていた。そしてこの日の試合では、積極的に前にボールを差し込んでいく姿を見せてくれた。選手生命が危ぶまれるような大怪我から復帰するだけでも想像を絶する努力が必要だったはずだが、この間、自らをアップデートしてきた齊藤の貪欲さには頭が下がる。試合後の齊藤はリーグ戦に復帰した喜びではなく、勝利できなかった悔しさを前面に出していた。この、勝負にこだわる気持ちの強さは、以前と何ら変わっていない。まだ齊藤自身のイメージと実際のプレーの間にはズレがあるかもしれないが、それでも球際の強さなどには齊藤らしさが存分に発揮されていた。扇原に負担が集中していただけに、夏場を前に齊藤が戦列復帰したことは、ヴィッセルにとって大きな意味を持っている。

 最後にもう1人だけ触れておきたい選手がいる。それは濱﨑だ。前記したように2失点目のシーンではボール非保持に変わった瞬間の濱﨑の動きが、大きな意味を持ってしまっていた。アカデミーの試合であれば、あの程度のズレは試合の中で吸収されるのかもしれないが、トップチームの試合ではそれが命取りになることを濱﨑は学ぶことができたはずだ。アカデミーの試合(プレミアリーグWEST)では、1試合で4得点を挙げるなど、濱﨑の能力はそのカテゴリーを遥かに超越している。今の濱﨑にとっては、トップチームの試合の中で揉まれていくことの方が学びとなるだろう。この日の試合ではボールタッチ自体が多くはなかったが、それでもボールスキルの高さは十分に感じることができた。まだフィジカル面ではトップカテゴリーの選手との間に差はあるが、そこを埋めるための工夫が濱﨑を成長させるだろう。そうした中で注意してほしいのは、過剰にフィジカルを鍛えすぎることだ。過去多くの若い選手がフィジカルの差を埋めるべく身体を大きくした結果、それまでのキレを失ってきた。相手のコンタクトに対して耐える程度のフィジカルは必要かもしれないが、その際にも今のキレを落とすことがないようには注意してほしい。この先、どれだけの出場時間を得ることができるかは不明だが、常に試合出場を意識して日々のトレーニングに励んでもらいたい。濱﨑は全てのヴィッセルサポーターにとっての「未来」であることを、忘れないでほしい。

 この試合で唯一のゴールとなった宮代の得点シーンだが、宮代の好調さを印象付ける素晴らしいゴールだった。広瀬が蹴った右コーナーキックのボールをファーサイドで受ける際、宮代は腰を落として右足の広い面を使ってボールを落としている。広瀬の蹴ったボールはアウトスイングで回転がかかっていたため、ボールに対して右足を垂直方向に向けつつも、当たる瞬間に足を引くことでボールの勢いを殺しつつ、目の前に立つ相手の逆側にコントロールして落とした。そして歩を一歩進めてから左足を振りぬいたのだが、この時、僅かにシュートのタイミングをずらしている。コンマ1秒にも満たないほどのズレを作り出すことで、宮代はシュートコース上に立つ相手選手のタイミングをずらしていたのだ。これによって、前に立っていた畠中槙之輔は足を前に進めることができなかった。これこそが宮代のセンスだ。大迫や武藤も認める高いシュート技術を持つ宮代がトップフォームを取り戻した今、宮代は攻撃の軸となる。


 最後まで「らしさ」を取り戻せないままに、2年ぶりの逆転負けを喫したヴィッセルではあるが、試合直後の選手の表情は悔しさに満ちていた。C大阪は素晴らしいチームだが、決して勝てない相手ではなかったという思いが、ヴィッセルの選手たちにはあったはずだ。そしてこの悔しさは、ピッチの中でしか晴らすことができない。中3日で行われる次節、アウェイFC東京戦では、この日の消化不良を解消するような試合を見せてくれるものと信じている。そのためにも少ない時間の中で、ポジショニングを含むチームとしての約束事=ディシプリンを取り戻さなければならない。幸いヴィッセルにはピッチ上でそうしたズレを見抜き、周りに伝える力のあるベテラン選手もいる。彼らは吉田監督の意図を組んだ上で、それをピッチ上で表現するための言葉に置き換えることができる通詞でもある。今こそチームが一致団結して、もう一度「強いヴィッセル」を取り戻してほしい。嫌な流れを断ち切るという意味でも、次節は重要な一戦となる。現地に駆け付けるサポーターの声援を勇気に変えて、暴れまわる姿を見せてくれるものと期待している。