覆面記者の目

明治安田J1 第3節 vs.京都 ノエスタ(2/26 19:03)
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  • AWAY京都
  • 神戸
  • 1
  • 0前半1
    1後半0
  • 1
  • 京都
  • 佐々木 大樹(90'+11)
  • 得点者
  • (13')マルコ トゥーリオ

「勝負は下駄を履くまでわからない」。使い古された感のある言葉だが、勝負における真理を言い表していることを改めて痛感した。
 後半アディショナルタイムの目安時間が6分と表示された中、大迫勇也がゴールネットを揺らしたのはアディショナルタイムを4分経過した辺りだった。しかし、VARによる検証の結果、これはオフサイドと判定された。残り時間を考えるとヴィッセルは極めて厳しい状況に追い込まれたが、選手たちは誰一人として諦めていなかった。それが佐々木大樹の劇的な同点ゴールにつながった。これこそがJ1リーグを連覇しているチームに宿っている「勝利への執念」であり、「チーム力」だ。それは敵将も感じたようだ。試合後、京都を率いる曺貴裁監督は「連覇しているチームが長年積み上げたものとの差が、最後のワンプレーに出たと思います」と語り、最後のゴールを防ぐことができなかったという事実が、京都に足りない部分という認識を示した。

 この日、京都が見せた姿は、数年前のヴィッセルと似通っている。3年前の最終節、横浜FMの優勝を目の前で見せられた後、酒井高徳は、当時熾烈な優勝争いを繰り広げていた横浜FMと川崎Fについて「時間が経つにつれて勝率が上がっていくサッカーをしているのが川崎Fとマリノスかなと思う。それを90分間やることが大事だし、1点追いつかれても手を緩めないし、相手のミスを誘うようなプレッシングだったり、迫力を出し続ける」と評した上で、ヴィッセルについて「こういう相手とやるときに小さいトラップミスなのか、パスミスか、ポジションミスか、クリアミスなのか、それがあると勝てないというのを真剣に受け止めないといけない」と厳しい指摘をして、「目の前の1勝」に懸ける大事さを語った。
 それから2年間、ヴィッセルは「勝負における甘さ」の払拭を続けた。その結果、J1リーグ2連覇、そして天皇杯優勝という結果を得た。これこそがヴィッセルの「成長」であり、「プライド」であり、今季を戦う上での大きな「アドバンテージ」でもある。


 とはいえ戦いにおいて「兵站」は最大の要素だ。漢王朝(前漢)の初代皇帝である劉邦は天下統一後、戦場に出ていない宰相の蕭何を建国最大の功臣とした。その理由は5年間にも及んだ楚との戦いにおいて、蕭何が兵站を維持し続けたためだ。このように古来から兵站は、戦における最重要ファクターとして扱われてきた。
 ヴィッセルは今、兵站の不足に悩まされている。多くの主力選手が戦列を離れている中、吉田孝行監督は日々やりくりに頭を悩ませていることだろう。試合前日には「けが人は多いですが、彼らが戻ってくるまで団結して戦い抜くだけです」と強気の姿勢を見せていたが、実際にはシーズン頭から若手選手や新加入選手を、なかば「ぶっつけ本番」のような形での起用を余儀なくされている。実際、試合後に佐々木についての評価を求められた際には「大樹だけではなく、色々な選手が体を痛めながらもプレーをしている」と、ギリギリの戦いが続いていることを窺わせた。明らかな兵站不足の中、J1リーグ戦で無敗を続けているのは、そんな選手たちの奮闘によるものであり、前記した「アドバンテージ」があるためだ。

 しかし、残念ながらこの「兵站不足」は、一朝一夕に解決する問題ではない。今できることは、前節終了後に大迫がコメントしたように、今いるメンバーで勝点を積み上げつつ、主力メンバーの戦列復帰を待つことしかない。幸いなことに今季のJ1リーグは、昨季以上の混戦模様を呈している。3節終了時点で3連勝を飾ったのは湘南だけだ。ヴィッセル同様に下馬評の高かった広島や鹿島は、まだ十分に射程圏内にいる。そして長い目で見たとき、この状況の中で耐えていくことには2つのメリットがある。1つは現況を保ったまま主力選手たちが戦列復帰すると、ヴィッセルには大きな伸びしろが期待できるということだ。そしてもう1つは、この状況を耐え抜いた時、それを支えた選手たちに新たな自信が芽生えるということだ。この試合でリーグ戦デビューを果たした濱﨑健斗は「主力選手不在の今は、自分にとってチャンスだ」と、試合後に話した。こうした野心を持った選手たちの成長は、ヴィッセルにとって最大の「補強」でもある。

 では、どのようにして現状を乗り切っていくべきなのだろうか。兵站学の権威と言われるアメリカ海軍の軍人でもあるエクルズは「限られた兵站の最適化」こそ、最大の効果を発揮すると述べている。逆に「大規模な兵站能力の拡充」は、結果として莫大な無駄が生じる雪玉効果を生んでしまうという。これはサッカーのチーム作りにも通じているように思う。大規模な戦力補強を行うクラブがあるが、そうしたクラブは必ずしも望むような結果を得られていないことが多い。思えばここ数年間のヴィッセルは、ピンポイントに必要な戦力を補強してきた。昨季行った広瀬陸斗、井手口陽介、宮代大聖といった選手たちの補強などは、その好例と言えるだろう。そこで現状を考えた時、既存の選手の特徴に合わせた戦い方を定めることこそが「兵站の最適化(=限られたリソースで最大効果を生むための方法)」と言えるように思う。
 これを前提に、この日の試合を振り返ってみる。

 吉田監督が送り出したメンバーは以下の通りだ。GKは前川黛也。最終ラインは右サイドバックに、今季からヴィッセルに加入した松田陸。センターバックは山川哲史とマテウス トゥーレル。左サイドバックには、前節で右サイドバックを務めた広瀬陸斗を配した。中盤はアンカーに扇原貴宏、インサイドハーフは右に鍬先祐弥、左に井出遥也の3枚。前線は右ウイングに佐々木、中央は大迫、左ウイングには飯野七聖という並びでスタートした。京都はヴィッセルと同じ4-1-2-3の並びではあったが、戦い方は全く異なるものだった。そしてこの戦い方の違いが、最初のポイントだ。

 ヴィッセルがいつも通りの戦い方を見せたのに対して、曺監督が準備してきた戦い方は極めてシンプルだった。攻撃は前線の3枚(ラファエル エリアス、マルコ トゥーリオ、原大智)に任せ、中盤以降の選手はボール奪取と守備に特化させた。曺監督がこうした作戦を立てたのは、ヴィッセルの弱点がビルドアップにあると判断したためだろう。ヴィッセルはボール保持時にはロングボールを含め、前線に早く送ることを基本としている。これが徹底されているため、後ろでボールを溜める時間は短い。曺監督はこの構造を理解した上で、ボールの奪いどころをミドルサードに設定していた。そのため京都の前線の3枚は、ヴィッセルの最終ラインに蹴られることを許容しており、それほど厳しく寄せる場面は少なかった。その上で多くのロングボールの目的地である大迫には複数人の選手をつけて、前で起点を作らせないようにしていた。そしてヴィッセルがロングボールを蹴らない場合には、前線の3枚を除く7人の選手でボールホルダーに厳しく寄せ、ヴィッセルの前進を阻もうとした。
 ここで考えるべきは、ヴィッセルの選手のボールの持ち方だ。多くの選手が寄せてくる相手に対して半身になることで、脱出口をキープしようとするのだが、身体を斜めにしているケースが多いため、相手にとっては距離を詰めやすくなっている。半身になっているということは、動く方向が2つに限定されているということでもある。方向が判っている以上、守備側の選手は相手(=ヴィッセルの選手)を狭いフィールドに追い込むことはさほど難しくはない。そしてこれを繰り返す中で、タッチライン沿いの狭い局面での勝負に持ち込まれてしまい、ボールの行方は不安定になってしまう。


 ではどのようにボールを持つべきなのか。まずは身体の正面を相手に向けて距離を保つことが基本だ。正面で向かい合ったとき、守備側の選手は足が横に揃うこととなり、以降はその距離を保ちやすくなる。これはサイドにボールを動かした際も同様だ。相手の足が揃うように正面で向かい合うことで、相手の進行方向を直線=自分への方向に限定することができる。この持ち方は、エリアに関係なく有効な方法だ。この技術を取り入れることで相手との距離が保たれるため、パスコースは広く確保することができる。ここで身体を半身にしてしまうと、パスコースが限定された中で相手を呼び込む形になってしまい、ボールを受ける選手にスペースを渡すことができなくなってしまう。この試合の中でも何度か見られたが、身体を半身にした状態で相手に詰められ、ボールを下げてしまうと、味方のスペースを潰しながらパスを回すという悪循環に陥ってしまう。そして最終的にはゴールに近い場所から遠くへ蹴るだけになってしまうため、相手に局面の主導権を渡してしまうことになる。それだけに最終ラインでボールを持つことの多いセンターバックにとって、この技術は必須だ。トゥーレルがボールを受けた際、相手をかわして前に出ることができるのは、この持ち方ができているためだ。詰めようとする相手に対して正面で向き合うことで、相手の足を揃えさせている。そのため相手は、横に動くためには身体の向きを変えるという動作を余儀なくされる。この一瞬を使って、トゥーレルは前に出ているのだ。さらにトゥーレルは相手が前に出た瞬間を狙って、相手の横を通すようにパスを出している。前に出る時、足は交互に動くため、先に出た軸足を動かすことは難しい。そのタイミングで相手の横を狙った場合、後から動かす足を横に開くことでパスカットしようとするのだが、前に出る勢いがついているため、真横に足を出すことは難しい。この構造を理解しているため、トゥーレルは相手の横を通すパスを成功させている。
 この技術を最も早く身につけてほしいのが山川だ。ヴィッセルの最終ラインからボールを動かす際、この技術を持つトゥーレルが起点となっているが、それが相手にも判っているため、トゥーレルの前のスペースは消されることが多い。ということは、相手の守備はトゥーレルの前に集中しており、もう一人のセンターバックである山川の前はその分だけ薄くなっている。そこで山川が縦にボールを動かしていくことができるようになれば、ヴィッセルは最終ラインに2つの起点を持つことになる。さらに山川に近い右サイドバックは高さを取る場面が多く、山川がサイドバックに確実に通すことができるようになると、攻撃はシンプルになり、スピード感が増すことになる。

 次に考えるべきは、味方同士の意思統一だ。ヴィッセルのサッカーにおいては「前(ゴール方向)に向かう」という優先事項は確立されている。全ての選手はそこからの逆算で、ボールの動かし方を考えることになる。この中でボールホルダーは相手との距離を確保しながら、動くための時間とスペースを周りの選手に与える。この原則を全ての選手が認識している場合、ボールに対する意思が統一されるため、仮にパスが通らなくとも、即時奪回を狙う体制に切り替えやすい。これは以前、ポゼッションによって相手を崩そうとしていた時には基本的動作として求められていたプレーだが、実はポゼッションのためだけの考え方ではない。ボールホルダーがドリブルで仕掛ける際も、そのプレーによって味方に時間とスペースを渡すことが求められるのだ。この動きを受け手が認識していれば、ボールホルダーと相手の立ち位置から、自ずと動くべき場所は定まってくる。これがチーム全体で意思統一された場合、この日の京都のようにボールホルダーに食いついてくる守備に対しては、その力をいなしながら、相手だけを走らせることができるようになる。こうなれば時間経過とともに相手の動きは落ちていくため、時間が経過するごとに攻撃の圧力を強めていくことができるようになる。
 局面を打開することのできる主力選手を複数人欠いている今、こうした基本を見直すことは、チームとしての動きを活性化するだけではなく、選手個々の能力を引き上げることにもつながる。ここで話を次のポイントに移す。


 この試合で京都は極端なハイラインを設定していた。GKがボールを持った際、最終ラインをハーフウェーライン近くまで上げ、そこから攻撃を仕掛けようとしていた。しかし前記したように攻撃は前線の3人で完結させる場面が多く、全体を高い位置に上げた狙いは別にあった。それはヴィッセルが前に蹴ってきた際のセカンドボールを回収するためだ。ヴィッセルが前に蹴る場合、前線に立つ大迫を目標とすることが多い。そのボールを大迫はポストプレーによって相手の裏に落とし、そこに味方を走りこませようとするなど、複数の選択肢を持っている。これを理解した上で、曺監督は大迫を複数の選手でマークさせてその狙いを無効化しようとした。そして多くの場合で、それは奏功していた。ヴィッセルの選手も京都の狙いは理解しており、右ウイングの飯野を相手の裏に走らせようと企図していた。そこからいい形を作り出した場面もあった。しかし高いボールで飯野を狙う場面も多かった。これでは、前に出る飯野のスピードは活かしきれない。飯野が高さを持っているならば、そこから中央の大迫やインサイドハーフの井出を飛び出させるという方法もあったかもしれないが、飯野は高さで勝負する選手ではない。
 ではなぜ、グラウンダーでのパスを通し続けられなかったのだろうか。それは全体の押し上げが足らなかったためであるように思う。ヴィッセルの最終ラインはそれほど高くはなかったのだが、そこから中盤に入れた際の人数が足りなかった。その原因はインサイドハーフの動きだ。もっと言うならば、鍬先の動き方がポイントだったように思う。ボランチが本職の鍬先は、ボール保持時にもバランスを取る動きが目立った。そのため、攻撃時には前線の3枚と井出の後ろで構える場面が多かった。しかしここで鍬先が攻撃に積極的に関与する姿勢を見せていれば、中盤でボールを握る時間も増えたのではないだろうか。プレーを見る限り、鍬先はパスセンスもある。相手の急所を見つける能力も高そうだ。バランサー的に動くことも大事ではあるが、ボール保持時には積極的に攻撃に関与する姿勢を見せることで、全体の圧力を高めることができるのではないだろうか。この試合の中で鍬先が見せた動きは、鍬先が攻撃においてもキーマンとなれるだけの能力を持っていることを感じさせた。昨季途中からチームにフィットした鍬先には、まだまだ多くの可能性があるように思う。吉田監督にとってはV長崎でのコーチ・監督時代に鍛えた愛弟子だ。その鍬先の能力を今以上に引き出すことができれば、ヴィッセルには新しいオプションが生まれるような気がしてならない。

 ここまで「兵站の最適化」を前提とした改善策について考えてみたが、多くの主力を欠いている中、ヴィッセルは主導権を握る時間も長く、チームとしての力があることは示した。スタッツを見るとシュート数は16対5。枠内シュート数は9対5。ゴール期待値も1.46対0.33。ボールを押し付けられるような展開の中でも、京都を上回るサッカーができていたことは事実だ。こうした数字を見ると、今の戦い方を基本としている吉田監督の方針が正しいことは解る。失点はスローイン時の連係ミスをさらわれ、ラファエルとマルコの2人だけで完結されてしまった「事故」であり、ヴィッセルの守備が崩されたものではなかった。チームとしては「勝てる試合」であったようには思うが、ここは「チーム力の底上げ」のための経験を積んだと割り切る方がよさそうだ。


 この試合では2つの収穫があった。1つは右サイドバックで先発した松田だ。ヴィッセルでのデビュー戦ではあったが、松田は本職らしい動きを見せてくれた。特に高い位置から入れるクロスは鋭く、もう少し経験を積めば大迫や佐々木とのコンビネーションも高まってくるだろう。そして何よりも、高い位置に上がった後、ボール非保持に変わった瞬間、すぐに守備位置へ戻っていたのだが、その際、同サイドに立つ相手の位置を確認し、自らの存在を相手に晒しながら戻ることで「相手の意識の中から動くことのできるスペースを消す動き」を示した。これは松田の経験値の高さを表している。試合後にはヴィッセルでのデビュー戦を勝利で飾れなかったことを悔やんでいたが、松田に使える目途が立ったことは、台所事情の苦しい今、大きな意味を持っている。

 もう1つの収穫は濱﨑だ。まだヴィッセルU18所属の高校生ではあるが、高校卒業後のトップ昇格が内定しているように、その能力は高い。既にAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)で存在感を示しているが、Jリーグデビューとなったこの試合でも、その能力が確かなものであることを改めて証明して見せた。76分に井出との交代でピッチに送り込まれた濱﨑は得意のドリブルで積極的に仕掛け、膠着状態に陥りつつあったチームを活性化した。この試合ではインサイドハーフでのプレーとなったが、この試合を見る限り、ウイングでの起用の方が、濱﨑の良さは活きるように感じた。スピードとテクニックは既にプロのレベルに達している濱﨑だが、現在の課題はフィジカル面ということになるだろう。それを考えた時、対峙する相手の少ないウイングでの起用の方が、ゴール前に迫る回数が増えるのではないだろうか。
 濱﨑には今後も出場機会が与えられる可能性が高い。そう考えた時、濱﨑にはアクティブなドリブルだけではなく、パッシブなドリブルも身につけてほしい。そのために必要なのは、前に出てくる相手の動きを見る能力だ。前に出る相手をかわしてドリブルで前進するためには、相手が次に着地する足の脇を狙う必要がある。この動きをマスターすると、前に出るフェイントが有効になり、相手は近づくことができなくなる。そうなると距離が保たれるため、濱﨑にはパスとドリブルという2つの選択肢が生まれる。これは自ら仕掛けるドリブルとは異なる能力ではあるが、濱﨑のボールスキルであればマスターすることは十分に可能だろう。

 この試合ではオフサイドとなったが、大迫は好調を維持している。ゴールネットを揺らす前、絶好機を逃したが、その直後にこうしたプレーを見せるのはさすがという他ない。右サイドでボールを受けた濱﨑が左足で蹴りこんだボールを、中央のトゥーレルが高い打点からニア下に叩き込んだ。これを相手GKが弾いたところに大迫は走りこみ、右足でゴールに蹴りこんだ。ここに至る過程の中で大迫はニアに立ち、マークする相手がトゥーレルに目を向けた瞬間、ボールの動きを予測したかのようにゴール前に走りこんだ。VAR検証の結果、大迫の爪先がわずかに守備ラインよりも前に出ていたようだったが、このプレーには「大迫らしさ」が溢れていた。大迫はゴールを奪うためのコツを知っている。野球界の名伯楽として知られ、東北楽天ゴールデンイーグルスでも指揮を執っていた野村克也氏(故人)は桑田真澄氏(読売ジャイアンツ2軍監督)との対談時、「ツボを知っている選手は大勢いるが、コツを知っている選手は少ない」と語っている。ここでいう「コツ」とは先を予測して動く能力であり、求める結果からから逆算して自らのプレーを決めることができる能力ということだ。前節の名古屋戦でハンドを取られた幻のゴールもそうだったが、大迫はコツを知っているため、ゴールを決めることのできる位置に動くことができる。
 その大迫は佐々木のゴールをお膳立てした。相手GKのキックから始まったシーンの中で、大迫は最初GKの前に立っていたが、キックと同時に相手の最終ラインの中に入ってポジションを取った。そしてピッチ中央付近で何度かボールが往復する中、そこにポジションを取り続け、前にボールが出てくるのを待ち続けた。そして鍬先が体勢を崩しながら前に蹴ったボールに対して、バックヘッドで佐々木の走路に落とした。ここに至る過程の中で、大迫は相手守備の真ん中に立ち、ボールに対処できる姿勢を保っていた。そして相手がクリアした瞬間、背後の佐々木を見た。そして、このクリアボールを鍬先が胸トラップから蹴った瞬間、手で佐々木に前に走るように促している。この瞬間、大迫にはゴールへの道筋が予測できていたのだろう。これこそがコツを知る者の動き方だ。


 値千金のゴールを決めた佐々木だが、GKが正面に立つ中、相手に寄せられての難しい体勢からシュートを落ち着いて決めた。試合後、佐々木は「いつも1対1はあまり良いイメージがないですが、あのシーンはスローに感じて、決められるなという確信がありました」と語ったが、ある種のゾーンに入っていたのだろう。この瞬間の佐々木は、集中力が極限まで高まっていたものと思われる。思うようなプレーを見せられない時間も長かったが、こうした劇的なゴールを決める「運」のようなものを佐々木は持っているのかもしれない。ヴィッセルアカデミー出身で、クラブへの愛情も深い佐々木だが、伝統の「13番」を背負った今季、並々ならぬ決意をもってシーズンに臨んでいるはずだ。このゴールがきっかけとなって、さらに大きな飛躍を遂げることを期待したい。

 また、ヴィッセルアカデミー出身のボス的存在である岩波拓也だが、今の守備陣の中で最も高いキックスキルを持った選手であることは間違いない。この試合では76分に右サイドバックとして投入されたが、岩波のキックを活かすためにも、このタイミングで3バックに変更しても面白かったように思う。既にマルコはピッチを退いており、ラファエルも明らかに動きが落ちていたため、右利きのトゥーレルや山川が左に出ても、それほど問題はなかったと思われるためだ。鍬先をボランチに下げ、広瀬をウイングバックの位置に上げた3-4-3のような形にすることで、岩波にスペースを与えることができる。この形であれば、岩波の持ち味である対角のボールに期待ができる。この日の京都のように、ヴィッセルの攻撃に対して決め打ちのような形で守ってくる相手に対しては、こうした試合中の布陣変更は有効な手段であるように思う。

 この試合の結果、J1リーグ戦は負けなしが続いている。とはいえこの先に控えるACLEに臨む前に、チームに勢いをつけておきたい。そのためにも中2日で迎える福岡戦は結果にこだわってほしい。厳しい状況に変わりはないが、ヴィッセルに宿っている底力を発揮すれば、勝利を挙げることは可能なはずだ。ノエビアスタジアムで凱歌を奏することを信じて応援したい。