覆面記者の目

明治安田J1 第31節 vs.東京V ノエスタ(9/23 19:03)
  • HOME神戸
  • AWAY東京V
  • 神戸
  • 4
  • 2前半0
    2後半0
  • 0
  • 東京V
  • 大迫 勇也(10')
    宮代 大聖(38')
    エリキ(55')
    宮代 大聖(67')
  • 得点者

6日前に行われたAFCチャンピオンズリーグエリート・上海海港戦において、ヴィッセルは、実に7月30日の第24節ファジアーノ岡山戦以来となる、90分間での複数得点を挙げて勝利した。「攻撃力がヴィッセルの持ち味」と言われながらも、複数得点を奪うことができていない状況に、選手たちが相当なストレスを抱えていたことは想像に難くない。しかし、シーズン終盤という大事な時期にきて、本来の攻撃力が甦りつつあることは、大いなる野望を抱くヴィッセルにとっては大きな意味を持っている。
 ヴィッセルにとってこの日の試合は、上海海港との戦いで芽生えた「自信」を「確信」に変えることができた試合だったのかもしれない。


 試合後の会見で吉田孝行監督は「自分たちがやりたいサッカーができた」と、嬉しそうな表情で口にした。優れた能力を持つ選手を多く抱えているヴィッセルの監督だからこそ、思うように得点が奪えないという事態を前に煩悶する日々を送っていたのだろう。しかしこの苦しかった時期の戦いを思い起こすと、今のヴィッセルが持つ「底力」を感じることも事実だ。90分間で複数得点を奪って勝利した岡山戦から上海海港戦までの間に行われた公式戦は10試合。内訳はリーグ戦が6試合、JリーグYBCルヴァンカップ(以下ルヴァン杯)と天皇杯がそれぞれ2試合ずつとなっている。勝敗はリーグ戦が2勝2分2敗、ルヴァン杯が1勝1敗。天皇杯は2勝。トータルでは5勝2分3敗となる。ヴィッセル本来の力を考えれば、この成績は決して褒められたものではない。10試合で奪った得点は7。スコアレスドローがあったことが原因ではあるが、ヴィッセルの力を考えれば1試合平均得点が1点を下回ったことは、この時期は『スランプ』に陥っていたことの証左というべきだろう。しかし注目したいのは失点数だ。10試合で8失点と、こちらも1試合平均で1点を下回っていたのだ。これこそが、ヴィッセルがリーグ戦では上位争いに踏みとどまった原動力であり、天皇杯で準決勝進出を決めた要因でもある。

 過去のJリーグを思い出してみると、いつの時期も「強豪」と呼ばれる存在はいた。サッカーのスタイルは様々ではあるが、どのチームも強力な攻撃と強固な守備で時代をリードしていた。当然ではある。しかし多くのチームが「脆さ」を内側に抱えていた。そのため『スランプ』に陥った時期には、大量失点を喫することもあった。しかしこの3年近くの間、ヴィッセルが大量失点を喫して敗れた記憶はない。強いて言うならば唯一、2年前のルヴァン杯において広島に0-5で敗れているが、この試合では広島がリーグ戦と同様の主力中心のメンバーで構成されていたのに対し、ヴィッセルはリーグ戦での出場経験の少ない若手選手を中心としたメンバーだった。こうした「特殊事情」の試合以外では、過去3年、ヴィッセルが大量失点を喫して敗れたことはない。これこそがヴィッセルの「底力」だと思う。そしてその「底力」を支えているのが、吉田監督がチームに求め続けてきた「素早い攻守の切り替え」と「球際の強さ」であることは間違いない。これらは決して特別なことではないが、それをチームに徹底させることは難しい。しかしそれを成し遂げたからこそ、ヴィッセルはリーグ戦2連覇を達成することができた。
 とはいえ自慢の攻撃力の復活なしには、リーグ戦3連覇、天皇杯連覇、そしてアジアの頂点は見えてこない。この2試合だけを見て「完全復活」とまで言い切ることはできないが、必要な要素は見えたように思う。キーワードは2つだ。1つは「ポジショニング」。そしてもう1つは「流動性」。この言葉を軸に試合を振り返ってみる。

 この日の試合に際して、吉田監督は上海海港戦から2人を入れ替えた。左サイドバックには5試合ぶりの先発となる永戸勝也、そして右インサイドハーフには鍬先祐弥を起用した。またこの試合まで出場停止が続くマテウス トゥーレルの主戦場である左センターバックには、上海海港戦では左サイドバックとして先発出場した本多勇喜が入った。
 試合は序盤にヴィッセルがペースを握った。そのきっかけとなったのが4分に見せた連続攻撃だった。自陣からのボールを中央で受けた宮代大聖が斜めにつなぎ、これを受けた大迫勇也が右に展開した。相手に寄せられながらも大迫は、右を追走してきた酒井高徳にパス。酒井はこれを右タッチライン際に出ていたエリキにつないだ。エリキが放ったクロスは、一度は中央で相手選手に渡るも、これは大迫と宮代が挟み込む格好で回収した。そして宮代は右に流れながら、背後に立つ酒井にボールを渡した。ここで酒井はペナルティエリア右角を通る縦パスを入れた。これに反応したのは、ペナルティエリア内に入っていた鍬先だった。鍬先は右外でフリーになっていたエリキにパス。エリキは逆サイドの大迫を狙うが、これは相手守備がクリア。これを拾った永戸は中央背後に立っていた扇原貴宏にパス。扇原はダイレクトに左足を振り、中央に立っていた大迫の頭に合わせた。このボールに対して後ろ向きに立っていた大迫は、僅かに首を捻るような動きでボールをコントロールし、枠に飛ばした。これは相手GKにキャッチされてしまい、この攻撃から得点が生まれることはなかったが、試合の趨勢を定めた開始直後の攻撃だったように思う。

 東京Vを率いる城福浩監督は、試合前からヴィッセルをリスペクトする発言を繰り返していた。選手個々の力量差を認めた上で「そこを乗り越えるために自分たちが負けてはいけない部分を徹底したい」とコメントしていた。この敵将が言う「負けてはいけない部分」というのは、この試合における戦い方とも密接に関係していた。
 東京Vのワントップに入った寺沼星文は「自分が相手を背負ってボールを受けるのではなく、ヴィッセルの背後を狙うというのが基本的な狙いだった」と試合後にコメントしている。寺沼は足もとでボールを握り、自分を追い越していく周りの選手を使う形が得意な選手ではあるが、ヴィッセルの守備と対峙した時、ボールを握り続けることは難しいという判断が働いたのだろう。この城福監督の狙いは正しかったと思う。しかし東京Vの選手たちは、それを遂行するための約束事を守り切ることができなかった。その約束事とは、チーム全体をコンパクトに保つという点だ。
 背後を狙う場合、それに対処したヴィッセルの守備がクリアしたボールを拾い、攻撃に連続性を持たせなければならない。恐らくその点も城福監督は、自軍の選手たちに徹底していたと思う。寺沼は「フォワード3枚と中盤以降の距離が遠く、3と7に分かれてしまっていた」と語ったが、事実その通りの形となっていた。そしてこの形に陥ってしまった原因が、ヴィッセルが4分に見せた攻撃だったのだ。
 この一連の攻撃を受ける中で、東京Vの選手たちはボールの奪いどころを定めることができなかった。ヴィッセルの見せた動きに澱みがなかったため、予測を行う暇がなく、結果的にボールに合わせて動くだけの状況になった。これが東京Vの選手たちに失点の恐怖を与えた。その後もヴィッセルの動きは速く、東京Vの選手は後手を踏み続けた。その結果として無理に止めに行き、手を使うプレーやアフターでのファウルが増えた。それによって自陣でのヴィッセルのリスタートが増え、守備と攻撃が分断され続けた。この試合を東京Vの視座に立って見れば、こうした図式となる。

 結果的にこの試合は、東京Vの選手たちに大きな傷を負わせたようだ。GKのマテウスは「普段は敗戦を振り返ることで、次の戦いに向けての糧とするのだが」と前置きした上で「今日の試合は相手とのレベルの差を感じましたし、そういうところも含めて、多く分析するところはないのではないかなと思います」と語った。これに呼応するようにインサイドハーフでプレーした攻撃の要である福田湧矢は「だいぶ力の差を感じました」とコメントした上で「自分たちが負けたくないところを全て上回られた」、「チャンスを決め切れる神戸と、それができないヴェルディとの差がありました」と語った。続けて「この敗戦を真摯に受け止める必要はありますが、本当に忘れるぐらいの気持ちで、次に向かってリバウンドメンタリティを見せたい」と言葉を紡いだ。
 こうした相手選手の感想を見ても、ヴィッセルのクラブ史上初となる「J1リーグにおける東京V相手のシーズンダブル」を決めた試合がヴィッセルの完勝だったことに異存はないだろう。


 試合の中で主導権を握るきっかけとなったのが4分のプレーであったとするならば、主導権を握り続けたのは選手たちが見せた「ポジショニング」にある。前記したように、この日の試合では東京Vに対してピッチを広く使い、高い位置から圧力をかけ続けることができた。そしてそれを可能にしたのが、ピッチ全体を覆うように配置されたヴィッセルのポジショニングだった。これによって3バックシステムにおけるキーマンのウイングバックを押し下げ続けることに成功し、東京Vの重心を下げることができた。その結果、東京Vの布陣は寺沼がコメントしたように前後が分断され、ボール保持に変わった後も、効果的にボールを運ぶことができなかった。
 ここで大きな役割を果たしたのが、右ウイングで先発したエリキだった。

 以前、筆者はエリキの「中に入りすぎるプレー」を問題点として挙げた。闘争心の塊のようなエリキならではの攻撃的な姿勢の顕れであることは理解していたが、これによって全体の最適化が図れなくなっている点が気になっていたためだ。しかし上海海港戦でエリキのポジションは修正されていた。その時には試合が止まるたびに、酒井がエリキに声をかけるシーンが散見されたのだが、これは酒井がエリキに対して要望を伝えることで、チームのバランスを保とうとした行為であったように思う。そしてその試合でエリキがポジションを守り続けた結果、チームは複数得点を挙げ勝利。エリキ自身もゴールを挙げたことによって、この試合がエリキにとっての「成功体験」となったのではないだろうか。この日の試合でもエリキがポジションを崩す場面はほぼ見られず、右サイドに留まり続けたことが、東京Vの守備を横に広げる原動力となっていた。
 サイドでのポジションを守ることは、4-1-2-3で並ぶヴィッセルにとっては大きな意味を持っている。それを明示しているのが、試合後に宮代が発した言葉だ。この試合でも左ウイングで先発した宮代は、井出遥也や永戸とは「どうやって相手を動かすのか、どこに走った方が良いのかといったことについて、細かくコミュニケーションを取っている」とコメントした。「最後はフィニッシャーとして中央に入ることを意識している」と語った宮代だが、左ウイングとして左サイドバックの永戸、そして左インサイドハーフの井出との関係で、同サイドを攻略する術を考えていたようだ。それは自身が中央に入り、得点を挙げるためでもあるのだろう。特にこの日の東京Vのように5バックで守る相手に対しては、サイドに起点を作る動きの中でウイングバックとセンターバック、そしてその前に立つ中盤の選手を釣り出すことが、人数をかけたブロックを攻略するためには欠かせない。そのためにもサイドでトライアングルを形成し、相手を釣り出すように動くことが求められるのだ。これは右サイドについても同様だ。この日の布陣であれば酒井、鍬先、そしてエリキの3人での攻略が必要になる。そして相手を引き出した上でウイングの選手が中に入ることができれば、そこに合わせて外からクロスを入れることができる。こうして文字にしてしまうと極めて単純な構造ではあるが、これを実現するためにはトライアングルを形成する3人の選手が高いボールスキルを持っていることが条件となる。5-4、あるいは5-3でブロックを形成された場合、どうしてもボールサイドは密集状態になりやすい。その中で相手を引き付けつつ、クロスを入れる形を作るためには、相手に寄せられる中でもボールを握り続けなければならない。そしてヴィッセルには、それを可能にするだけの選手が揃っている。

 話をエリキに戻すと、この試合でエリキは文字通り躍動した。「急がば回れ」というわけではないが、無理に中に入らなかったことで、エリキがいい形でゴール前での攻撃に絡む回数は確実に増えていた。繰り返しになるが、全体のポジションが守られている時、ヴィッセルの選手個々が持つ能力の高さは最大限に効果を発揮する。相手選手を質で上回ることが可能であるため、1人目が相手の守備をかわすと、その後は経過とともに差は広がっていく。そして何よりもここで大事なことは、ピッチ全体を覆うように選手が配置されていることで、相手にとってはボール保持に変わったとしても、脱出口が見つからないということだ。これこそが吉田監督が標榜する「高い位置でのボール奪取」を可能にする。これを象徴していたのだが、この試合における4点目だった。
 66分に右ウイングバックの内田陽介がボールを握ったが、武藤嘉紀のマークを受ける中で前を向くことができず、内田は反転してGKまでボールを戻した。GKがこのボールを止めた直後、右斜め前から猛然と詰めてきたのは宮代だった。この時、GKの正面には大迫が立っていたのだが、大迫は敢えて自らはプレスに行かず、ボランチの森田晃樹の前に立つことで、GKにとっての脱出口を1つ削り取った。さらに宮代はプレスをかける際、右センターバックの宮原和也とGKの間を消すことも意識して走路を決定したため、GKに残されていたのは左に開いていたセンターバック中央の深澤大輝へのコースだけだった。これが判っていたため、GKが深澤にボールを出した瞬間、エリキは猛然とダッシュし、そのボールを狙った。そして深澤の前でボールに触り、そのまま前進。最後は右ゴールライン上からニアに上がってきていた宮代にマイナスのパスを供給した。宮代がこれを見事に決めて、ヴィッセルは勝利を決定づけた。
 66分という時間にもかかわらず、エリキはこの場面で、この日最高のスピードを披露した。そして深澤の前に出た時点で中に目をやり、宮代がニアに走ってくるのを確認していた。大きく巻き込むような蹴り方でGKから遠ざかるようにシュートを決めた宮代の技術もさることながら、突破力と高い技術を存分に発揮したエリキのプレーは見事だった。3点目のシーンでは左サイドで扇原がクロスを入れる前に、ゴール前から一旦遠ざかり、弧を描くように相手選手の間に入り込み、手前から狙いすましたヘディングを決めるなど、ペナルティエリア内での質の高い動きを披露した。パワーとスピード、それに技術と、全てにおいて高い能力を持つエリキがチームにフィットしたとすれば、ヴィッセルにとってこれほど心強いものはない。


 4分のプレーが試合の趨勢を決めたと先に書いた。その流れを確たるものとしたのは、エースが決めた先制点だった。11分に左を抜けた永戸からのグラウンダーのクロスを相手GKが一旦はキャッチしたものの、ボールが手からこぼれた。これを左足で大迫がゴールに蹴り込み、約4か月ぶりとなるリーグ戦での得点を挙げた。この場面ではGKにプレッシャーをかけるようにポジションを取ったエリキの存在も大きかった。相手GKのマテウスは「自分のミス」と試合後にこのプレーを悔やんでいたが、エリキに目をやったため、ボールを押さえきれなかったのだろう。
 今季はケガに苦しんだ大迫だが、戦列復帰から1カ月以上が経過し、漸く本来の調子を取り戻しつつある。この試合では相手に背後から押され続けたが、それでもロングボールの目標となり続け、随所で高い技術を発揮し、前線での司令塔の役割を果たし続けた。また前記した4点目のシーンで見せたような試合の流れを読む守備も健在だ。「ヴィッセルには大迫がいる」。この言葉が持つ強さこそが大迫の価値であり、大迫が不世出の選手と呼ばれる所以だ。この先に控える試合を前に、経験と技術、そして勝負強さを持つ大迫が復活したことは、ヴィッセルにとって「最大の補強」と言える。この日のゴールによって、大迫がヴィッセルで挙げたゴール数は50となった。これはかつてのエース大久保嘉人の数字に並び、クラブ史上最多タイでもある。万能性という点において大久保と共通したものを持つ大迫だが、クラブ史上単独首位に立つのは時間の問題だろう。「港町のエース」の系譜を受け継ぐ大迫には、ヴィッセルをさらなる高みに導く期待がかかっている。

 この先制点の場面では、このゴールをお膳立てした「左サイドの3人衆」が、揃って素晴らしいプレーを披露した。まずは井出だ。中央の扇原からのボールを永戸が左ハーフスペースで受けた時、ペナルティエリア前にいた井出は下がりながら、このボールを受けた。この時、永戸の前にスペースはあったのだが、敢えて井出が下がったのには別の狙いがあったためだ。それは自分を背後からマークしているセンターバックを釣り出すことだ。この時、井出が一気に落ちてしまうと、相手センターバックはそのまま最終ラインに残ってしまう。それが解っているからこそ、井出はゆっくりとポジションを落とした。これによって相手選手はマークを外すことができなくなった。
 次は永戸だ。永戸は井出にボールを渡した後、内を衝いてポケットを取りに行った。この時、永戸は迷うことなく、ボールを離すのと同時に走り出している。ここで見事だったのは、スピードを上げるタイミングだ。相手のボランチとウイングバックの選手が井出の方を向いた瞬間にスピードを上げて、その両者の間を衝いた。この時ペナルティエリア前中央にはエリキ、そしてその右に大迫が立っていたため、永戸が抜けたエリアは無人だった。この時点での東京Vの守備に乱れがあったわけではない。むしろセオリー通りの守りだった。これこそが「急所を突く」という動きであり、前記した「左サイドの3人衆」による日ごろからの話し合いの賜物と言うべきプレーだった。
 最後は宮代だ。永戸が上がったのを理解した宮代は、井出からのボールを受けると、身体を捻りながらダイレクトでボールを前に送った。このボールが正確に通り、永戸はゴールエリアと同じ高さからダイレクトでグラウンダーのクロスを入れることができた。この場面では宮代が自身の動きを最小限に留めたことで、東京Vの選手は後手を踏んだ。もし宮代が身体全体の向きを変えるような動きを入れていたとすれば、東京Vの選手たちにも守り方はあったように思う。結果的にこの「左サイドの3人衆」がそれぞれ、最小限の動きで最大の効果を生む動きを見せたことが、先制点を生み出した。


 特にこの試合で2ゴールを挙げた宮代の動きは見事だった。37分に永戸が投げ入れたスローインに対して大迫が走り込み、後ろ向きに足裏でこれを流した。これを井出が頭で宮代の走路上に落とした。この場面で宮代は、井出が頭で落とす直前までスピードはそれほど上げていなかった。しかし大迫の流したボールが井出に入る直前、一気にスピードを上げた。この緩急によって、宮代は最初のマーカーを完全に振り切った。そして井出が落としたボールに対して小さくジャンプし、空中でボールの方向性をつけるという高等テクニックを披露した。この時、宮代はボールに対して外側となる右足のインサイドでボールをコントロールしたのだが、目の前に現れた相手選手2人の前で左足を使い、ボールの方向を変えた。この時、宮代自身の動きには緩急がついているのだが、ボールの速度を一定に保ったことで、宮代はボールの支配権を相手に渡さないように工夫していた。そして左から右に入り込む動きの中で2度、ゴールが見えてもシュートを打たずにスルーした。最終的に宮代がシュートを放った場所は、GKを含めた全ての選手が前に入ることのできない位置だった。この場所を1秒足らずの間に見つけ、正確にプレーできる宮代の技術には改めて驚かされる。
 この日の2ゴールで、宮代は今季の得点数を11に伸ばした。これによって宮代は2年連続での二桁ゴールを達成した。井出との併用を実現するため、左ウイングに入っている宮代だが、これは決してマイナスではないと思う。確かにゴールとの距離はインサイドハーフより遠いが、宮代自身がコメントしているように右で攻撃を組み立てることの多いヴィッセルにおいては、その過程をつぶさに見ることができる。宮代のようにゴールまでの流れを逆算できる選手にとっては、ゴール前に入るタイミングや位置が定めやすくなるというメリットは確実にある。この2試合で見せたような攻撃が継続できるのであれば、宮代の得点数はまだまだ伸びるだろう。

 ここまでゴールシーンを中心に試合を振り返ってきたが、全てに共通しているのは「ボールの動きに応じた人の動き」が、試合を支配する上で大きな力となっていたという点だ。これこそが、この試合における2つ目のキーワードである「流動性」だ。思うように得点が奪えていない時は、個々の選手がパスのみでつながっていたようなものであり、それが得点から遠ざかっていた最大の要因だ。
 かつてヴィッセルで指揮を執っていた松田浩氏(G大阪フットボール本部長)は在任中に「ボールが動くということは、局面に何らかの変化が生じているということでもある。よってボールが動いたら、選手も動くのは当たり前です」と語っていた。そして当時の日本サッカー協会が好んで使っていた「人もボールも動くサッカー」というフレーズを「当たり前のこと」と切り捨てていた。この当たり前のことを当たり前にこなすことこそが、勝利を挙げるための最重要項目であることを、上海海港戦、そしてこの日の東京V戦は教えてくれた。

 この試合に勝利したことで、ヴィッセルは順位を2位へと上げた。とはいえ首位に立つ鹿島との勝点差は4。鹿島との直接対決を残しているとはいえ、依然として自力優勝の目は断たれている。今のヴィッセルにできることは、目の前の試合に勝ち続け、その可能性の復活を待つことだ。この先、中3日、中2日での連戦となるが、ここは何としても乗り切ってほしい。
 次節は中3日での清水戦だ。前回対戦では終始リードを奪われる展開の中、一時は同点に追いついたものの、最後に突き放され、苦杯を喫した相手でもある。それだけに必勝を期して臨まなければならないが、清水はアグレッシブに動き続けるチームであるだけに、ヴィッセルが足を止めることは許されない。この日見せたポジショニングと流動性、そして強度を90分間維持し続け、ノエビアスタジアム神戸で凱歌を奏してくれるものと信じている。

今日の一番星
[井出遥也選手]

終始攻撃をリードしたエリキとどちらにするか最後まで迷ったが、この試合のキーワードの1つでもある「流動性」を取り戻す立役者となった井出を選出した。上海海港戦と同じ左インサイドハーフに入った井出は、この試合でも見事な動きを披露し続けた。相手の急所に入り込んでボールを受けたかと思えば、味方が走るべきコースにボールを出すなど、試合の流れに応じたプレーで、ヴィッセルの攻撃を牽引し続けた。動きながら味方同士をつなぐ役割を担っている井出だが、そのプレー精度が高いため、個性派ぞろいの攻撃陣を無駄なくつなぐことができている。こうした選手はいつの時代にもチームにいるものだが、井出が歴代の中で最も高い能力を持った選手であることは間違いない。吉田監督も井出の動きについては高い評価を与えていたが、思えば過去2シーズンも井出の存在は、チームの成績に直結していた。例えて言うならば大駒の中で光り輝く桂馬のように、自在の動きで相手を翻弄し、自軍を有利に導いている。ヴィッセルが目標を達成するためには、井出がレギュラーとして試合に出続けることが必須とも言える。ヴィッセルの攻撃力を甦らせた「ヴィッセル史上最高の移動式コネクター」に文句なしの一番星。