アスリートをサポートするメンタルコーチを生業としている人に話を聞くと、「ピーキング」という言葉が頻出する。試合などの本番の舞台で最高のパフォーマンスを発揮できる状態にもっていく行為のことだ。そしてメンタルコーチにとってピーキングは、選手に何かを教えることではないという。様々な考え方を示すことで選手に刺激を与え、自らの力でポジティブな精神状態に持っていくためのきっかけを掴ませることこそが、メンタルコーチの仕事だというのだ。同じチームに所属していたとしても、選手はそれぞれが異なる個性を持っている。だからこそ画一的なアドバイスなどはあり得ないということなのだろう。
選手が「本番」で最高のパフォーマンスを発揮するためのアプローチに「正解」はないが、繰り返すべきサイクルはあるという。それは以下の通りだ。まず試合やトレーニングでチャレンジをする。その結果から課題を見つける。そしてそれを基に次のテーマを決める。これはビジネスの現場で当たり前のように使われる「PDCA(Plan・Do・Check・Action)と同じことであり、言われてみれば至極当たり前ではあるのだが、これをポジティブなサイクルにできる選手やチームは少ないという。その理由は、人間は常に不安を抱えているためだという。どれだけトレーニングを重ねたとしても、「これではまだ足りないのではないか」、「これで相手に勝てるのだろうか」という気持ちを消すことは難しいようだ。そうした不安感を抱えるアスリートに対して、メンタルコーチは「上を見すぎない」ことを薦めるという。要は自己肯定感を高めるということなのだろう。これによって平常心を保つことこそが、本番で力を発揮するための方法であるという。筆者にこれを話してくれた人物は「選手個人やチームが好調な時は、特別なサポートは不要だ」と断言した。調子が良い時のアスリートやチームは、自然とこうした思考経路をたどっていることが多いからだという。

3日前に行われた広島戦からの短い期間ではあったが、この間、ヴィッセルの選手たちはこうした考え方ができていたのではないだろうか。広島戦で個々に感じた課題をベンチや分析班とともに整理し、それぞれが改善策を準備してこの日の試合に臨むことができていたと思われる。これができていたとすれば、それは「広島」というヴィッセルの目標達成にとって大きな障害となるライバルチームに勝利したことで、チーム全体がポジティブな気持ちになることができていたためだろう。そう感じられるほど、この日の試合でヴィッセルは見事な戦いを見せた。
このヴィッセルとは対称的に、湘南はこの日の試合に対してポジティブな気持ちで臨むことが難しい状況だったように思う。その理由は、前の試合の結果が満足のいくものでなかったためだ。1週間前に湘南が対戦したのは、現在最下位に低迷している横浜FMだった。「J1残留圏内」ギリギリの17位に位置する湘南が、ここで少しでも差を広げておきたかったと考えるのは当然だ。しかし結果は1-1のドローだった。41分の先制ゴールを守り切れなかった格好ではあったが、失点の直前に最終ラインの選手が相手選手との接触により負傷したことが、その悔しさに拍車をかけたのだろう。湘南を率いる山口智監督は横浜FM戦後に「あと一歩、あと半歩」という表現を使い、前に出られなかったプレーを悔やんでいたが、その気持ちを抱えたままヴィッセルとの試合に臨むことになったのだ。
ここまで両チームの「気持ち」について書いてきた。以前から書いているように、筆者は「気持ちが勝敗を左右する」と考えることは好きではない。しかし「気持ち」がプレーの質に影響を与えるということについては肯定する。その理由は「精神が肉体を支配している」ためだ。
「練習は噓をつかない」という言葉がある。これは練習量を奨励する文脈で使われることが多い。しかしそれは間違いだと、筆者は考えている。「練習は嘘をつかない」という言葉は、「練習時にできていないことは、試合でも絶対にできない」という言葉と同義だと考えているためだ。オリンピックを見ていると、多くのメダリストが「練習でやってきたことが発揮できました」とコメントしている。結局、試合とは「どれだけトレーニングで培った力を正しく発揮できるか」ということを競う場なのだろう。そして精神状態が良い時に発揮できる力は、練習時に近づくということなのだと思う。
そう考えると、この日のヴィッセルは、普段「いぶきの森」で培った力を遺憾なく発揮することができたと言えるだろう。そしてその精神状態を作り上げたのは、広島戦の勝利だったと思う。これを逆説的に証明しているのが、この試合が湘南でのデビュー戦となったGKのポープ ウィリアムの言葉だ。ウィリアムは「練習の中ではチームとして攻守においてつながっていると感じながらゲームを迎えましたが、僕個人も含めて、思ったよりも練習でできていることが発揮できなかった」と試合後にコメントしたが、湘南は前節で横浜FMから勝利を奪えなかったことで生まれた負の感情を消化仕切れず、それが選手たちを委縮させていたように思う。
ヴィッセルが中2日でこの日の試合を迎えたのに対して、湘南は中6日だった。今の暑さを考えると、戦前にヴィッセルのコンディション面が不安視されていたのは当然だろう。しかし実際にはヴィッセルは終始、湘南を圧倒。吉田孝行監督をして「90分を通して自分たちのサッカーはできたのかなと思っています」と言わしめる戦いを見せた。その背景には、前記した精神面の効果もあったとは思うが、それに加えて個々のレベル差が試合運びを楽なものにした結果であるように思う。事実、この差は湘南の選手も感じていたようで、センターバックのキム ミンテも「ヴィッセルの個のクオリティはすごく高かった」とコメントしている。
この差が顕著に表れたのは、球際での局面だった。イーブンで競り合ったボールの多くはヴィッセルが回収していた。また狭い局面での勝負になった際、ヴィッセルの選手はパスに乱れがあっても、それを複数の選手がつなぐ中で正常に戻す場面が、試合を通じて何度も見られた。こうしたプレーが続く中で、湘南の選手は「走らされる」シーンが増えていった。これがコンディションの差を埋める一因となっていたことは間違いないだろう。

そしてこの試合では吉田監督の狙いも的確だった。3-1-4-2でセットする湘南ではあるが、ヴィッセルの攻撃を受ける時には両サイドハーフ(ウイングバック)が落ちる形で最終ラインを5枚として、2枚のインサイドハーフがアンカーの脇まで落ちる形で5-3のブロックを形成していた。これに対してヴィッセルはアンカーの脇に狙いを定めていた。アンカーである茨田陽生の横にインサイドハーフの選手を入り込ませた上で、前線の選手には最終ラインとアンカーの間を取るように指示していたように見えた。ここで大きな役割を担っていたのはエリキ、広瀬陸斗の両ウイングだった。彼らは自分のサイドのセンターバックとアンカーの間に入る際、少し外側に流れるように動くことで、下がっていた湘南のサイドハーフを内側に入れる役割を担っていた。要は5-3のブロックの中でサイド、中央それぞれにポイントを作りつつ、全体を下げるようにしていたのだ。
湘南の配置は中盤の人数を厚くすることが目的だったと思う。ヴィッセルに攻め込まれることを想定した上で、中盤に数的優位を作り、そこでセカンドボールの回収率を高めたかったのだろう。その形さえ整えば、前線の選手を使ったカウンターが狙いやすくなるためだ。ここから実際にボールが通らなくとも、ヴィッセルの最終ラインを押し下げる効果は期待できる。しかしこの形は、中盤を維持するのが難しいことも事実だ。中央に厚くなるフォーメーションであるため、サイドは比較的手薄になる。その意味でも湘南は茨田の周りを主戦場にしたかったはずだ。しかし前記したように局面での球際の争いがヴィッセル優勢で進んだため、全体がヴィッセルの選手の動きに引っ張られる形となり、湘南は中盤を維持しきれていなかった。
試合序盤から湘南の狙いは明確だった。前線の2トップまでシンプルに届けることで、ヴィッセルの守備の裏を狙っていた。自陣からボールを蹴る際も、精度を高めるというよりも、早く蹴ることでヴィッセルの選手のベクトルを逆に向けることを優先していたように思われる。とはいえ、ヴィッセルにとって、この「早く蹴ってくるサッカー」は、3日前の広島戦で体験したばかりだった。さらに言えばボールのスピードは広島のそれより速くなかったため、ヴィッセルの守備が慌てる場面は見られなかった。そして自陣深い位置でボールを奪ったとしても、前線まで蹴り返すのではなく、サイドを使いながら地上戦での前進を意識していた。これは広島戦と同様に、相手のベクトルを逆に向けるための対応策だ。その上で前記したような湘南のフォーメーションの持つ構造的な弱点を衝くことで、ヴィッセルは試合の主導権を握ろうと試みていた。
試合の流れを決定付けたのは扇原貴宏のスーパーゴールだった。14分に左タッチライン際から、この試合では左サイドバックで先発した酒井高徳がクロスを入れた。これは逆サイドに流れたが、ここに右サイドバックの鍬先祐弥が走りこんできた。鍬先はペナルティエリア中央の佐々木をめがけて浮き球を送ったが、これは佐々木と競ったキムがクリアした。そしてこのボールに走り込んできた扇原は、ペナルティエリアの外から左足でダイレクトシュートを放った。これがきれいに枠を捉え、ヴィッセルは早い時間に先制することができた。
この扇原のシュートだが、バウンドしたボールの落ち際に巧く合わせ、左足のアウトで巻き気味に蹴られた見事なシュートだった。試合後、これについて扇原は「何も考えていなかった」としながらも、枠に飛ばす意識をもって蹴ったとコメントした。コースを狙いすぎることなく蹴ったことで、いい具合に力が抜けていたのだろう。身体的にはきつかったが、コンディションは良かったために先発を志願したという扇原だが、その言葉通りのプレーを見せた。試合後のヒートマップを見てみると、この試合における扇原の主戦場はハーフウェーラインより僅かに前にあったことが判る。この位置でプレーしつつ、酒井と並びチームトップとなるこぼれ球の奪取を見せ、パスでは酒井、井手口陽介に次ぐチームで3番目に多いパスを通した。ゲームメイクする扇原がハーフウェーラインを越える位置で戦うことができていたということは、この試合でヴィッセルが常に前に出ることができていたことの証左だ。

これを象徴しているのがこの先制点に至る前の流れだ。ここではヴィッセルが攻撃の形を整えていたことにも注目してほしい。左サイドに流れてきた扇原と酒井、そして宮代大聖の3人でボールを動かし、湘南の選手を引き付けていたのだ。ウイリアムからのボールを受けるためにポジションを落としていた小野瀬康介に対して、10mほど後ろにいた扇原が一気に詰めた。これで小野瀬は前を向くことができず、右にいた鈴木雄斗にボールを渡そうとした。しかし小野瀬がボールを受けた瞬間、鈴木雄は前に動き出していたため、これを受けることができなかった。そのまま左サイドに残り、酒井が入れたスローインを受けた扇原は、酒井とのパス交換をした後、縦にボールを入れた。ここに入ってきたのが宮代だった。ペナルティエリア左角前に立った宮代は自らに警戒が集まっていることを認識した上で、左タッチライン際に立った酒井にボールを預け、酒井と同じ高さに下がった。これによって左サイドには扇原を下の頂点としたトライアングルが形成された。そして左タッチライン沿いの高い位置には左ウイングで先発した広瀬がポジションを取ったことで、このエリアに湘南の選手5人を引き付けることに成功していた。湘南の最終ラインは5枚という人数は確保していたが、この一連の動きの中で選手の配置には狂いが生じていた。しかもヴィッセルの左から2枚は、このトライアングルが引き付けていたため、中央では2対3が生まれていた。しかも中央に立っていた佐々木とエリキはそれぞれ、相手3枚の間に立つことができていた。加えて、この時、湘南の最終ラインとその前を斜めに分断するように井手口が動き出していたため、センターバックからのボールを受ける選手も、これに引っ張られていた。要はヴィッセルは6枚で相手の8枚をコントロールできる体制を整えていたのだ。そのため前記したように酒井からのクロスが逆サイドに流れた時、これを拾った鍬先はノープレッシャーでクロスを入れることができた。最終的な得点は、扇原の「何も考えていなかった」スーパーゴールによるものではあったが、その前にヴィッセルは相手を崩す形を整えていたのだ。
この試合では左サイドバックに酒井、右サイドバックに鍬先という配置になっていたが、これが奏功した。吉田監督が酒井を左に置いた理由は、サイドハーフの鈴木雄への警戒という意味だったように思う。これまで湘南は左サイドハーフに独力で前進できる畑大雅(シントトロイデン)がいたため、このサイドからの攻撃が多かった。しかし畑が移籍したことで、今はこの役割を鈴木雄が担っている。酒井の守備でこれを止めることがこの日の配置の主目的だったと思われるが、このサイドで酒井と広瀬が縦関係になったことで、ポジショニングで相手を引き付けることのできる態勢が整った。ここに扇原と宮代が加わると、さらにバリエーションが増える。これは、湘南にとっては攻撃の起点が一転、狙われる場所になったことを意味している。そしてこの形から先制点が生まれた時点で、試合の趨勢は定まったと言えるだろう。
この先制点はヴィッセルに落ち着きをもたらし、湘南には焦りを与えた。この得点を機に「攻めるヴィッセル 対 守る湘南」という図式が明確になった。そしてこれは、ハーフタイムを経由しても変わることはなかった。その中で48分には追加点が生まれた。
今度は右サイドの崩しだった。ハーフウェーライン手前から鍬先が入れたスローインを宮代が鍬先に戻した。ここで鍬先の前には相手2人が立ったのだが、これが完全な縦関係、しかも近接していたため、鍬先は一度縦に動き、その間を使ってエリキにパスを通した。エリキはヒールで斜め後ろの井手口に渡そうとしたが、これは井手口の前に立っていた相手に奪われた。ここでボールを奪ったのは、ヴィッセルアカデミー出身で、かつてはヴィッセルでプレーしていた小田裕太郎だった。1年半の海外修行を経て湘南に加入した小田だったが、ヴィッセルの守備はかつての同僚に対しても容赦なかった。井手口とエリキで小田を挟み込み、ボールを奪った。エリキからのリターンを受けた井手口は、中央やや右に位置していた佐々木にパスを通した。そして佐々木からのスルーパスに対して、宮代が絶妙の抜け出しを見せ、ペナルティエリアに侵入。ペナルティエリア内では落ち着いた切り返しを見せ、最後はゴール左に流し込んだ。
ゴール量産体制に入った感のある宮代だが、この得点に至る場面にはその技術が詰め込まれていた。まず抜け出しのシーンだが、井手口からのボールを佐々木が受けた時、宮代はゆっくりと前に向けて動き出した。この時、宮代の背後には左サイドハーフの松村晟怜がいた。ここで松村は宮代を見つつも、ボールホルダーである佐々木に目をやった。この瞬間を宮代は待っていた。ここで宮代は走路を僅かに外に向け、スピードを上げた。これによって松村との距離を取ったのだ。そして中央にいたキムの位置を横目で確認してから、一気にトップスピードに持っていった。この一連の動きによって、宮代は完璧とも言える抜け出しを成功させた。次はシュートに至る流れだ。宮代はキムが入ってくるのを待って、右足のシュートフェイントでキムをかわして、これを無効化した。そして逆サイドから走ってきた大岩一貴の位置を確認し、大岩がスライディングするのと同時に左足でシュートを放った。この一連の動きによって、宮代はファーストタッチの際の身体の角度、そしてシュートを放つタイミングを整えたのだ。
遂に日本代表に招集された宮代だが、この選出は当然の結果だ。どのような選考基準であっても、今の宮代を選ばないという選択はなかったはずだ。シュートの技術だけではなく、ボールの運び方、周りの使い方などを身につけた宮代は、万能型のフォワードへと成長した。試合後には「自分のプレーを表現することにフォーカスしたい」と代表戦への意気込みを語った宮代だが、日の丸を背負ってどのようなプレーを見せてくれるのか楽しみにしている。
この宮代のゴールにも関わった井手口だが、この試合でも豊富な運動量で終始ヴィッセルの守備を安定させていた。この試合で井手口は主に右サイドでプレーした。ヒートマップを見ると、右サイドのミドルゾーン全体をカバーしていたことが解る。前記したように酒井が左サイドにまわったことで、右サイドバックに入った鍬先をフォローする狙いだったと思われるが、この試合における井手口は湘南の左サイドに対して、深い位置までの侵入を許さなかった。走行距離は両チームを合わせてもトップとなる11.21km。しかも肝心の場所ではスピードを上げて、相手の出足を摘み取っていく動きは、中2日とは思えないものだった。ボール非保持時には扇原とのダブルボランチになる井手口だが、この試合では結果的に左は酒井、中央は扇原、右は井手口といった形で担当が分かれた格好になった。球際の強さもありながら、クリーンにボールを奪い取る技術はやはり一級品だ。

完勝と言って差し支えない試合ではあったが、それを演出したのはマテウス トゥーレルと山川哲史の守備力だった。この試合においては中盤での守備と同様、最終ラインでも左はトゥーレル、右は山川という形で明確にプレーエリアが分かれていた。中央からのボールに対しては、高い位置での守備ができていたこともその一因だと思われるが、このヴィッセルの誇るセンターバックコンビは、サイドバックの裏のスペースを消し続けた。特にトゥーレルは、センターバックとしては異例のスプリント能力を見せ、スピードで勝負する湘南の攻撃陣を完璧に封じて見せた。そして山川は相手に寄せられた中での身体の角度のつけ方が良化しているため、安定したキックでリスクを遠ざけ続けた。3月に湘南と対戦した際は、この山川が湘南の狙いどころとなっていた。トゥーレルに対して厳しくマークしつつ、山川へのマークを甘めにすることで、GKの前川黛也からのボールを山川に誘導していったのだ。この時、山川はその対処に苦労していたが、あれからの4カ月未満で、山川は急成長を遂げたことを、自らのプレーで証明して見せた。以前はボールを受ける時点から利き足側に身体を向けてしまっていたため、相手に右を切られるとボールを出せなくなる場面も散見されたが、今では相手の寄せに応じた身体の向きをつけられるようになっている。この山川の成長も、湘南のプランを狂わせた一因となっていた。
大量4得点を挙げた試合となったが、4点目は途中交代で投入された汰木康也の左足から生まれた。後半アディショナルタイムの93分に、ディフェンシブサードの出口付近でボールを奪った永戸勝也が出したスルーパスに反応した汰木は、マークについたキムを引っ張るように動きながら、角度をつけたところから左足でシュートを流し込んだ。既に湘南の守備の足が止まっていたことも幸いしたが、汰木は無駄のないコース取りで、一気にペナルティエリアまで走りこんだ。そしてシュートの場面では、僅かにキムから離れるように動くことでシュートコースを作り出した。傑出した技術を持ち、他とは明確に異なる個性を持っている汰木は、広島戦でも際立った動きを見せていた。ここに来てコンディションも上がってきた感のある汰木だが、ゴールという目に見える結果を残したことで、さらなる良化が期待できる。ゴール後にはアイドル顔負けの笑顔を見せた「長袖のシャイニングアイドル」の活躍は、チームに幅をもたらす。
そしてこのゴールを演出した永戸だが、このシーンで守備の強さも兼ね備えた選手であることを改めて証明した。鈴木雄が出したパスを相手選手が受けるためにスピードを落としたところで、一気にスピードを上げ、球際に強くいくことでボールを奪い切って見せた。そして顔を上げた瞬間、迷うことなく汰木へのスルーパスを通した。永戸はボールを奪いに出る前、汰木の位置を確認していた。そして汰木をマークすべき選手には、もはや足が残っていないことも把握した上でパスを出したのだ。これで永戸がヴィッセルに加入以降、ヴィッセルは4勝1分と高い勝率を見せている。これに永戸の能力が寄与していることはもちろんだが、同時に永戸は「勝ち運」をもっているのかもしれない。
この試合に勝利したことで、ヴィッセルは順位を2位へと上げた。首位の柏との勝点差は1。目標達成は自分たちの力で十分に成し遂げることができる位置までたどり着いた。これについて山川は「目の前の試合に集中してきた結果」としつつも、シーズン序盤の波に乗れなかった時期には、世間にも厳しい声があったと語った。今季から主将としてチームを牽引する立場になったこともあり、そうした声に対して敏感になっていたことは無理からぬところだ。それだけに山川が試合後に発した「やるべきことをやれば勝つ確率が高いチームになっている」、「組織として良い循環があり、成長できている実感はある」という言葉には、特別な思いが込められているように感じた。
次戦は天皇杯3回戦だ。甲府とのアウェイゲームだが、そこまでには中10日ある。連戦の疲れを癒すには十分とは言えないが、まずは最大限の回復を図ってほしい。その上でこの日見せたような戦いを続けていくことができれば、自ずと目標に近づいていくことができるだろう。その中で若い選手たちには、さらなる成長を遂げてほしい。それが秋から始まる「アジアへのリベンジ」においては、大きな力となる。
