試合後に行われたホーム最終戦セレモニーの冒頭であいさつに立った三木谷浩史会長は、今のチームについて「昔に比べれば基盤はできてきたのかなと思う」と、その成長を評価した上で、来季に向けて「もう少しバージョンアップが必要」とコメントした。

Jリーグ史上2クラブ目となる「J1リーグ3連覇」を目指した今季、ヴィッセルは過去2シーズンとは異なる苦しみに直面した。その苦しみは外的要因と内的要因に分けて考える必要がある。まず外的要因だが、これは何といっても「超過密日程」と、それによる「疲労の蓄積」だ。
J1リーグと天皇杯の2冠を達成した昨季だが、ヴィッセルが戦った公式戦は53試合に上る。2月17日の「FUJIFILM SUPER CUP 2024」に始まり、12月8日のJ1リーグ・湘南戦まで間断なく戦い続けた。そして迎えた今季、チームの始動日は1月8日だった。この間、各種の表彰やメディア対応があったことを思えば、選手にとって身体を休めることができた期間は、実質1カ月にも満たない。そして今季、未消化の2試合を含め、ヴィッセルが戦った公式戦は、昨季を上回る57試合。チャンピオンチームの宿命ではあるが、2年間で100試合を戦う以上、選手の疲労は相当なものになる。しかも今季は中2日、中3日での連戦も多く、その中にはAFCチャンピオンズリーグエリート25/26(以下ACLE)による海外遠征も含まれていた。しかしこのスケジュールは「予め判っていたこと」であり、誇り高きヴィッセルの選手がこれを言い訳とするようなことはない。しかし現実には、この「殺人的」とさえ言いたくなるようなスケジュールが、チームに与えた影響は無視できない。
次に内的要因だが、これはライバルたちによる徹底した対策を超えられなかったことだ。この日の試合後に吉田孝行監督は、終始FC東京を押し込みつつも得点を奪えなかったことについて「今年のシーズンを象徴するような試合だったような気もします」とコメントしている。吉田監督はこの日の試合の流れを「今までだったら勝てていたようなゲーム」と評したが、勝ち切れなかった原因はFC東京が見せた「ヴィッセル対策」にあったように思う。この日の試合でもヴィッセルの武器である素早い攻守の切り替え、球際の強さは試合の主導権を握る上で大きな力となったが、ここは相手も織り込み済みだった。その上でゴール前に人数をかけて守ることで、失点だけは防ぐという戦い方でヴィッセルに対峙した。これはこの日の試合に限った話ではない。その結果が、シーズン終盤のリーグ戦4試合連続引き分けだ。その背景には、前記した超過密日程による疲労も影響を及ぼしていた面もあるとは思うが、それよりも対戦相手の「予測」と「対策」をヴィッセルが超えることができなかったと見るべきであるように思う。
繰り返しになるが、今のヴィッセルの基本である素早い攻守の切り替え、そして球際の強さといった部分をベースとした守備力は、国内トップレベルにある。これを活かしつつ、攻撃の幅を広げることで得点力を高める。これこそが王座奪還への王道であるように思う。その意味では来季に向けたチーム作りは、今の方向性の中で為されるべきなのだろう。そう考えると、三木谷会長が発した「バージョンアップ」という言葉が正鵠を射ていることが解る。
こうした考え方を裏付けてくれるのが、試合後に敵将が発した言葉だ。FC東京を率いる松橋力蔵監督は、自チームの攻撃が巧く機能しなかったことを認めた上で、その理由として「神戸さんのタイトな切り替えの速さであったり、タイトな守備というものが我々を苦しめた部分だと思います」と、ヴィッセルの守備力を挙げている。その上で「神戸さんのようなハイレベルなチーム、ハイレベルな個人をどう乗り越えていくのかという部分が解決できなければ、上を目指すことは難しいと思います」とコメントしている。今季、こうした発言をしたのは松橋監督だけではない。ほぼ全ての対戦相手の監督が、試合前後に同様のコメントを残している。これこそが三木谷会長が言うところの「基盤」の強さだ。来季以降のヴィッセルにとっての課題は、いかにしてこの「基盤」を保ちつつ、戦い方の幅を広げていくかという点に尽きると言っても過言ではないだろう。
この日の試合を観た方ならば、ヴィッセルが試合を通じて主導権を握っていたことに異論はないだろう。それは数字にも表れている。シュート数は20対6。枠内シュート数は9対3。パス成功数は507対227。コーナーキックは8対1。走行距離は118.8km対116.4km。スプリント回数は153対149。ポゼッション率は60%対40%。ゴール期待値は1.75対0.2。
このように全ての数字において、ヴィッセルはFC東京を大きく上回った。そしてボールロスト位置を見ると、ヴィッセルは自陣でほぼボールを失っていないのに対して、FC東京はハーフウェーラインからディフェンシブサードにかけてのエリアで何度もボールを失っていたことが判る。しかもその多くがペナルティエリアの幅の中であるということは、ヴィッセルは中央の高い位置という、絶好の位置でボールを奪うことに成功していたのだ。
ではなぜこれを得点に結びつけることができなかったのだろう。考えられる理由は3つだ。1つは攻撃パターンが読まれていたことだ。この試合におけるパスネットワークを見ると、多くの時間帯でヴィッセルの前線において中心に立っていたのは大迫勇也だった。その大迫を経由してボールを動かしていたのだが、最後は横からのクロスで終わる形が多かった。これはFC東京の想定内であったため、守備陣形が整っているところへの勝負となってしまっていた。さらに言えばクロスを入れる高さとしては、ゴールラインとペナルティエリア角の中間地点付近が多かったため、FC東京の守備に対して守り難さを与えるには至っていなかったように思う。
ここでこの日のFC東京の守備陣を見てみると、センターバックには強さには定評のある森重真人とアレクサンダー ショルツ、そしてGKには198cmの波多野豪が配されていた。この面子に対して浅い位置から点で合わせるクロスでの攻撃による得点は、いかにヴィッセルとは言えども容易なことではない。
次に2つ目の理由だが、これはチームとしての構造上の問題かもしれないが、ゴール前でのターゲットが明確ではなかったためであるように思う。ここでいうターゲットとは、クロスに対する目標ではない。極論すれば「誰が得点を奪うのか」という意味だ。ヴィッセル対策が進む中で大迫勇也がサイドに流れるなど、ゴール前から離れることで攻撃を組み立てているのは、今季顕著になった傾向だ。これ自体は「大迫を徹底マーク」という「ヴィッセル対策」に対する対応としては正しい。背後からのボールを、高低にかかわらず収めてしまう能力、そのボールを失うことなく時間を作り出す能力、そして味方にボールを確実に届ける能力を併せ持つ大迫は、中盤の選手としても卓越した能力を持っている。加えてペナルティエリア内で見せるこぼれたボールへの反応や、それを確実に枠に蹴りこむ能力も高い。その大迫がペナルティエリア内で勝負をする形を採った場合、ゴール前でのターゲットは大迫が担う。問題は「大迫がペナルティエリアから出ている時」の形だ。一時的ではなく、今のように大迫がある程度長い時間をペナルティエリアの外で過ごすのであれば、大迫以外の選手をゴール前でのターゲットとしなければならない。しかしこの日の試合を観る限り、ここが明確には定まっていないように見えた。
最後に3つ目の理由だが、これはこの日のヴィッセルにはツキも足りなかったということだ。試合の中でヴィッセルが決定的なゴールチャンスを迎えた場面は3度あった。1度目は44分だ。右サイドバックで先発した飯野七聖が送ったクロスを、右ウイングで先発した佐々木大樹が落とした。これを拾った左インサイドハーフの宮代大聖がバックパス。これに反応した右インサイドハーフの井手口陽介が左足でコースを狙った絶妙なシュートを放った。巧いシュートではあったが、これは相手GKのビッグセーブに阻まれてしまった。2度目は49分だった。ペナルティエリア外でこぼれ球を拾った飯野がシュートを放った場面だ。このシュートは勢いもあり、確実に枠を捉えていたのだが、ここでも相手GKに弾き出されてしまった。そして3度目は86分だった。ペナルティエリア内の混戦から、大迫が狙いすましたシュートを放った場面だ。相手GKの逆を突いた巧いシュートではあったが、これは無情にもポストを叩き、ゴールとはならなかった。この3度のチャンスにヴィッセルの選手が放ったシュートは、いずれも素晴らしいものだったが、ゴールを陥れることはできなかった。もしこのうちの1つでも決まっていたならば、この日の試合でヴィッセルが勝点3を得ていた可能性は高い。

こうした3つの理由を挙げてみたが、問題は最初の2つだ。この2つはいずれも、問題点を自分たちの中に内包している。逆に言えば、解決策がどこかにあるということだ。
まず1つ目の「攻撃が読まれていた点」だが、これはクロスを放つ位置を含め、少しの工夫で状況を変えることができるように思う。そもそもクロスを入れる際に重要なのは、相手守備の目線を変えることだ。相手の守備が整っている中でクロスを入れる際、相手守備はクロスを受ける選手と入れる選手を同一視野で捉えるように身体の向きを変える。そうすることで、向かってくるボールに対して正面から守るためだ。この体勢を取ることができた場合は、高さで上回られない限り、守備側が優位に立つことができる。攻撃側の選手は、相手守備よりも優位な位置を確保するために身体を当てるなど様々な動きを見せるが、守備の選手は身体の向きさえ整えておけば、競り合いの中でファウルを取ってもらえる可能性も高い。昨年までヴィッセルのクロスが得点に結びついていたのは、ヴィッセルのポジティブトランジションとその後の動きが速く、相手の守備がついてくることができなかったためだ。しかしヴィッセルの速さが知れ渡った今、相手の守備はゴール前で体勢を整えることを優先する。例えば守備側にとってのディフェンシブサードの入り口付近でボールを奪われた際、センターバックはボールを奪い返しに行くよりも、ゴール前での態勢を整えることを優先してくることが多かった。そのためアタッキングサードへの侵入回数は、今季も依然として多かった。
ではこうした状況下で狙うべきは何か。1つはクロスを上げる位置を今よりも深い位置に変えることなのではないだろうか。クロスを上げる選手がゴールラインぎりぎりまで進むことができた場合、相手守備はそちらに目を向けることになる。そうなると、守備の選手の身体の向きは、ゴールラインと平行に近くならざるを得ない。この状況を作り出すことができれば、攻撃の選手は相手の視界から消えることができるようになる。現実にはそこに相手のボランチなど、他の選手が落ちてくるため、そこまで簡単に優位性を確立できるようになるわけではないが、最も強固な守備者である相手のセンターバックを外すことはできる。そうなれば、攻撃側のやれることは増える。
この攻撃の幅を増やすという点については、他の解決策もあるように思う。その1つがペナルティエリア付近での斜めのパスを連続させることだ。これは4日前に行われたACLEの試合での得点シーンが好例だ。ウイングや上がってきたサイドバックを使いながら、相手の前や横で斜めのパスを連続させる。これによって相手の目線を外しながら、ペナルティエリア内に侵入することができれば、相手の守備はそれに引きずられるため、綻びが生まれている可能性は高い。こうしたプレーを実現するためには、高いボールスキルが必要になるが、ヴィッセルにはこれを可能にするだけの力を持った選手が多く在籍している。それはこの日の試合でも明らかだった。ボールをつなぎたいFC東京の選手と同数でボール周りの攻防という局面を迎えた際、ヴィッセルのパスワークは確実に相手を上回っていた。この技術と前に出る走力を活かすための攻撃としては、この斜めのパスを使いながら前進するという方法は、今のヴィッセルに適しているように思う。
そしてもう1つがサイドバックやアンカー、インサイドハーフといった「前線以外の選手」によるペナルティエリア外からのシュートだ。前記した49分に飯野が見せたシュートがこれに当たる。この飯野のシュートに得点の可能性を感じたのは、シュートそのものの勢いや弾道が素晴らしかったためだけではない。相手選手が無警戒だったことも、大きな要因だ。ヴィッセルは攻撃を組み立てる中でクロスを多用するため、ペナルティエリア外でボールを持った選手は横に移動することが多い。その動きは相手を釣り出すという以上に、サイドに立った味方へのパスコースを見つけるための動きだ。対戦相手もそれを理解しているため、その動きに対して食いつく場面は少ない。それよりもサイドに展開された後のことを考え、ゴール前を固めるように動くことが多い。ということは、こうした場面でボールを持った選手がシュートを打ってくるという警戒はされていないということでもある。飯野のシュートが意表を突くような形になっていたのは、FC東京の選手が「飯野はシュートを打ってこない」と考えていたためだろう。もちろんこうした場面で放つシュートは、例え決まらなかったとしても、枠を捉えていなければならない。しかしその確率を高めることができれば、ペナルティエリア外でボールを持って動く際、相手を釣り出すことができるようになる。そうした状況を作り出すことができれば、外からのクロスも今以上に活きるのではないだろうか。

次に2つめの「攻撃のターゲット」だ。ヴィッセルにおける攻撃の中心が大迫であることは言うまでもない。しかし大迫がペナルティエリア内に立った時、相手守備は最高の強度でこれをマークする。こうした状況を打開するため、大迫は外に流れてプレーする時間も増えている。これが効果的な動きとなっているため、ヴィッセルの攻撃回数そのものは、大迫が中央でプレーしていた時と変わっていないように思う。問題はその状況下でペナルティエリア内で勝負する役割を誰が担うかという点だ。
この日のメンバーで考えれば、宮代大聖がファーストチョイスということになるだろう。宮代はシュート技術やボールを握る技術においては、大迫と同等の力を持っていると筆者は見ている。高さという武器を持っているわけではないが、地上戦では無類の強さを発揮する。そんな宮代だが、今は中盤まで落ちて、ボールを前に運ぶ役を担っている。インサイドハーフとして先発しているためでもあるが、その結果として、宮代が攻撃の最後の場面に絡む回数は減少している。この試合で宮代が放ったシュート数は2本。これはチームトップの大迫と井手口陽介の5本、さらにはセンターバックのマテウス トゥーレルの3本よりも少ない。シュート数だけで状況を語ることはできないが、目安数字として考えてみても、これは少ないのではないだろうか。
では宮代をペナルティエリア内に上げた場合、問題は誰が中盤からボールを運ぶのかという点だ。4日前のACLEの試合後に筆者は、その役割を果たすことのできる選手として汰木康也の名前を挙げたが、ここではもう1人の名前を挙げてみたい。それは武藤嘉紀だ。大迫と並ぶヴィッセルの誇る2枚看板の武藤は生粋のフォワードでもある。ゴール前での嗅覚には優れたものがあり、それが武藤を日本を代表する選手足らしめてきた。同時に武藤には前に出る力がある。この日の試合ではサイドに張り出してポジションを取る時間が長く、それが攻撃を連続させる上では効果を発揮していた。しかし宮代を前に上げるのであれば、この武藤が下から作る役割を担うというのも、1つの方法なのではないだろうか。そもそも武藤はドリブルにも特徴を持った選手だ。独特のリズム感と身体の強さがあるため、前にボールを晒して持つこともできる。また密集の中では、ボールを体幹直下に置いて支配する技術も持っている。動きながらボールを受け渡しすることのできる選手である武藤が「運ぶ役」になり、宮代が「受ける側」に役割を変えることには、武藤=点取り屋という相手の思い込みを逆手に取る効果も期待できる。そして何より武藤には「大迫との相性の良さ」もある。代表を含め、大迫とプレーした時間の長い武藤は、大迫の特徴を把握している。また大迫も武藤の感覚を理解しているため、この両者のコンビネーションには優れたものがある。それが「J1リーグ2連覇」や「天皇杯制覇」の原動力となった。大迫がペナルティエリアから出てプレーする時間が長い現状では、運ぶ役となった武藤がここに絡むことができれば、余地効果的な攻撃が可能になるように思う。この形が巧くいくかどうかというのは未知数だが、いずれにしても大迫が外に流れる形を採っている以上、宮代をペナルティエリア内に置く形を作ることは、ヴィッセルが得点力を回復する上でのカギとなるように思う。

ここまで攻撃面の課題について言及してきたが、この日の試合でヴィッセルがこれまでとは趣の異なるサッカーを見せていたように感じたことは事実だ。FC東京がヴィッセルのカウンターを警戒して、無理に出てこなかったことも影響したのだろうが、この日のヴィッセルはボールをつなぎながら前進する場面が多かった。それを意図していたのか、佐々木と武藤の両ウイングは外に開いた位置でポジションを取り、背後のサイドバックを引き出す動きでサイドに起点を作り続けた。その中でミドルサードの出口付近では、FC東京の選手を含めた密集になる場面も少なくなかったが、前記したように、そこでヴィッセルの選手たちがボールを失う場面はほぼ見られなかった。
また低い位置からスタートした際は、トゥーレルと山川哲史の両センターバックが起点となる動きを見せ続けた。前が空いている場合にはトゥーレルが持ち上がり、そこが塞がっていた場合には山川が縦に差し込むという積極的な動きを見せた。この形が練度を増せば、司令塔である扇原貴宏が前に出る時間も長くなる。ということはヴィッセルは、チーム全体が前に出る形が整うということでもある。そう考えてみると、この日の戦い方には、これまでとは異なる可能性が含まれていたのではないだろうか。
こうした中で目を惹いたのは、右サイドバックとして先発した飯野だった。前のスペースに対しては持ち前のスピードを活かす形で出ていき、何度も後ろからのボールを受け取り、攻撃の起点となった。また密集の中では落ち着いたボールさばきを見せ、技術力の高さに定評のあるFC東京の選手たちを相手にもボールを失うことはなかった。そして背後を狙われた際には素早く戻り、中への侵入を防ぐポジショニングで、背後に立つ味方選手たちが態勢を整える時間を作り続けた。試合後には「ウイングでのプレー経験が活きている」と語った飯野だが、漸く本職であるサイドバックとしての輝きを放ち始めた。
FC東京の攻撃を完全に封じ込めることに成功したヴィッセルだが、トゥーレルと山川のコンビが見せた安定感は、この日の試合でも健在だった。試合後に山川は「カウンターからのピンチも数回あったが、やられるという感覚は全くありませんでした」とコメントしている。FC東京にとっての攻撃の軸であるマルセロ ヒアンに対しては、トゥーレルが完璧にこれを消し続け、何もさせないままにピッチを去らせることに成功した。そして守備の背後を狙った佐藤恵允の飛び出しに対しても、トゥーレルと山川のチャンレンジ&カバーの動きで見事に対応し続けた。そしてこの両者をフォローするように井手口と扇原が戻っての守備を繰り出したことで、ヴィッセルは最後まで危なげのないままに試合を終えた。
結果的にスコアレスドローに終わったが、ヴィッセルの選手たちが持つ技術力の高さ、そして守備の強さが証明された試合でもあった。こうした強さをチームに落とし込んだことは、吉田監督の功績に他ならない。その吉田監督は試合後のセレモニーの中で、今季限りでの退任を発表した。突然の発表だったこともあり、場内は大きくどよめいていたが、筆者もこれには驚かされた。
22年途中に、3度目となるヴィッセルの監督に就任した吉田監督だが、この3年半でクラブに残したものは大きい。22年には絶体絶命の状況からチームを立て直し、J1残留を勝ち取った。そして23年からの2年間では3つのタイトルをクラブにもたらした。試合後に武藤は「これほどチームマネジメントの巧い監督は知らない」と、その手腕を称えていたが、個性派揃いのヴィッセルをまとめ上げたのは、吉田監督らしい実直さだったように思う。常に基準を明確にし、それをブレさせることがなかったことで、選手たちは試合出場を勝ち取るための努力をせざるを得なくなった。結果的にそれが選手個々の能力を引き上げ、ヴィッセルのチーム力を高めることにつながった。
現役時代は「いぶし銀」のプレーヤーとして活躍し、現役晩年は主将としてチームを牽引した。いわゆる「サッカーIQ」の高い選手であり、個性豊かな前線の選手たちを有機的につなぐためのポジショニングは見事だった。そんな吉田監督の忘れられないシーンがある。2010年、シーズン最終戦で奇跡といわれた「J1残留」を勝ち取った後、喜びに沸く選手たちを横目に「今度は優勝して涙を流したい」とコメントした。そこには、チームメイトに対して「残留くらいで喜びすぎるな」というメッセージが込められていたように感じたものだ。現役中にヴィッセルを優勝させることは叶わなかったが、涙のコメントから13年後、監督としてクラブ史上初となる「J1リーグチャンピオン」の称号をもたらした。ヴィッセルの歴史に残る主将であり、監督でもあった「吉田孝行」に対しては最大級の敬意を表する。

繰り返しになって恐縮だが、今季のヴィッセルはライバルたちの「ヴィッセル対策」を超えることはできなかった。「今季は勝点を取りこぼす試合が間違いなくいつもより多かったので、そこには向き合わないといけない」という山川のコメントは、現状を正確に表している。続けて山川はいくつかの事象を挙げた上で「改善していかないと、来季以降も厳しい戦いになるのかなと思います」という見方を示した。
吉田監督が作り上げてくれた「基盤」を活かしつつも、「バージョンアップ」を図る必要があることは事実だ。この作業こそが「王座奪回」、そして「黄金時代到来」へのカギを握っている。
2025年の試合も残り2試合となった。
選手たちには、この2試合で新しい可能性を見せてほしい。その意味では1週間後に迎える最終節の相手が京都であることは、ヴィッセルにとってラッキーであるように思う。順位争いの直接のライバルであり、ヴィッセルと同じく高い強度のサッカーを展開し、今季躍進を遂げたチームとの戦いは、ヴィッセルも最大の強度を発揮することが求められる。そしてその中で、どのように得点を奪っていくのか。ひょっとするとここで見せる戦い方が、来季以降のヒントになるのかもしれない。アウェイゲームではあるが、大勢のヴィッセルサポーターがスタジアムに駆け付けることだろう。
「今季もヴィッセルは強かった」
この言葉を証明するためにも、J1リーグ最終節で自らの力を示し、年内最後の試合となるACLE・成都蓉城戦に気持ちよく向かってほしい。

