覆面記者の目

明治安田J1 第26節 vs.横浜FC ノエスタ(8/16 19:03)
  • HOME神戸
  • AWAY横浜FC
  • 神戸
  • 0
  • 0前半0
    0後半1
  • 1
  • 横浜FC
  • 得点者
  • (90'+4)伊藤 翔

「もったいない試合」。これは試合後の会見で吉田孝行監督が使った言葉だ。この「もったいない」という言葉の中には、取れたはずの勝点を逃した悔しさだけではなく、落としてはいけない試合を落としたという悔恨の念も込められていることだろう。この気持ちは選手にも共有されていた。扇原貴宏は、試合後にサポーターから発せられたブーイングについて尋ねられた際「勝たなければいけない試合を落とした以上、当然だと思います」と、悔しそうにコメントした。ベテラン選手らしく落ち着いた口調ではあったが、胸中を覆いつくした悔しさが、その表情に表れていたように感じられた。

 ユニバーサルスタジオジャパンをV字回復させたことで有名なマーケターの森岡毅氏から面白い話を聞いたことがある。話題は「成功する人と失敗する人の差」だったのだが、その中で森岡氏は「失敗する人は定数を変えようとするが、成功する人は変数を変えようとする」と語った。森岡氏によれば、物事には自分の力では変えることのできないもの(=定数)と、自分の力で変えることのできるもの(=変数)があるという。言葉にすれば至極当然の話ではあるのだが、兎角この見極めを間違える人が多いという。そうした人の多くが現状を変えるべく躍起にはなっているが、変えようとしている対象が定数であるため、結果に結びついていないことが多いという。

 こうした視座に立ってこの日の試合を振り返ってみると、そこには「勝てなかった理由」が浮かび上がってくる。
 この日の試合に最も影響を与えたアクシデント。それが試合序盤の佐々木大樹の負傷交代であったことは言うまでもない。今季のヴィッセルにおいて攻撃をけん引してきた佐々木は、今やチームにとって欠くことのできない存在へと成長した。体幹の強さを活かし、前線で身体を張ってボールを引き出す役をこなすだけではなく、状況に応じてウイングやインサイドハーフでのプレーできる高いユーティリティー性を備える佐々木の存在は、今や吉田監督がチームを組み立てる上での柱とも言うべき存在となっている。その佐々木が負傷し、5分という早すぎる時間に交代を余儀なくされたことは、ヴィッセルにとっては文字通り「想定外の」アクシデントだった。
 この佐々木の負傷交代に伴い、急遽投入されたのは井出遥也だった。以前から何度も書いてきたように、井出はヴィッセルの攻撃陣において唯一とも言える能力の持ち主だ。その能力とは、選手間の連携を作り上げる力だ。ヴィッセルの攻撃陣には際立った個性を持つ選手が揃っているが、井出は彼らの間に立ち、それを繋ぐことができる。しかも状況に応じて相手の最も嫌がる場所に立つこともできる。これらの能力は、井出がピッチ上の状況を正確に把握できることに起因している。この能力があるため、井出は守備時においてもファーストディフェンダーとして効果的な動きを見せる。相手の急所を見抜くことができるということは、相手の狙いが理解できているということでもあるためだ。
 佐々木の負傷というアクシデントに際して、吉田監督が井出を投入した判断は正しい。しかし、問題はその配置だったように思う。


 今季のヴィッセルにおいて、攻撃をけん引してきたのは佐々木と前記したが、正確に書くならば佐々木と宮代大聖のコンビということになるだろう。佐々木が前線でボールを引き出し、そこに宮代が関わっていくことで、相手の守備を崩し、多くの得点を生み出してきた。この歳の近い両者の関係性は、試合を重ねるごとに練度を増していった。佐々木が相手を背負いながら作り出す僅かなスペースを宮代は見つける。そして、そのスペースを使って、宮代はシュートを放つことができる。これは宮代の卓越したボールスキルとスペース感覚があればこそだ。ここで重要なのは、この両者の関係においては佐々木が「決めさせる役」であり、宮代が「決める役」を担っているという点だ。
 井出の投入によって、吉田監督は宮代を、それまで佐々木が入っていた前線の中央に移し、宮代のポジションであった左インサイドハーフに井出を置いた。前記したような井出の特徴、そして宮代がフォワードの選手であるということを考え併せた時、この配置は至極真っ当なものであるように思われる。しかしここにこそ落とし穴があったのではないだろうか。宮代を前線に置いた後、ヴィッセルの戦い方に特段の変更は見られなかった。そのため宮代は最前線で得点を狙う役割を背負うことになった。


 ここで、この試合に置ける横浜FCの戦い方について考えてみる。試合前の時点で「J2降格圏内」である19位の横浜FCにとって、この試合における目的は「勝点1」を得ることだった。勝点3を狙うべきという声もあるだろうが、横浜FCの立場で考えてみると、これが現実的な目標であったことは理解できる。「J1残留」が現実的な目標となっている以上、横浜FCは例え1であっても、勝点を積み上げていくほかない。順位の近い「残留争い」のライバルとの試合は「6ポイントゲーム」となるため、勝点3を狙う必要があるが、上位争いを繰り広げているクラブに対して、勝点3を狙いにいく戦いはハイリスクであるため、現実的には勝点1を拾う戦い方にシフトせざるを得ない。それを示すように横浜FCで主将を務める岩武克弥は試合後に「堅い試合になりましたが、これが残留争いだと思います」とコメントしている。そのため、横浜FCは試合開始直後から前に出る姿勢を控えつつ、後ろを守り切る体制を維持し続けていた。
 これに対してヴィッセルは、全く逆の立場に立っていた。前節の結果、首位の座から陥落したとはいえ、首位との勝点差は1。「J1リーグ3連覇」を達成するためには、下位のチームから確実に勝点3を獲得し、上位戦線に立ち続けなければならない。奇妙なことに、この試合では上位に立っているヴィッセルの方が、絶対に勝点3を獲得せねばならないという難しい状況に立たされていたのだ。

 順位の上では差があるとはいえ、実力差が少ないのがJ1リーグの特徴でもある。それだけに相手が勝点1を拾うような戦い方を見せた場合、攻める側が苦戦を強いられるというのは、過去から頻繁に見られた光景でもある。そしてこの試合も例外ではなかった。3ー4-2-1でセットした横浜FCではあったが、実際にはウイングバックが最終ラインに吸収された5バックで守る時間が長く、さらにペナルティエリア内は高さのある3人のセンターバックが固める態勢を整えていた。この事態を想定していたはずの吉田監督のプランは、相手の最終ラインの前で佐々木がポイントとなり、そこから宮代を中心に攻撃させるという「いつも通り」のものだったと思われる。しかしそれが佐々木の負傷によって、変更を余儀なくされた。ここで、吉田監督には2つの選択肢があった。1つは戦い方を維持する方法、そしてもう1つは戦い方を変更する方法だ。そして前記したように、吉田監督は前者を採用した。


 前節で戦列復帰を果たした大迫勇也に続き、この日の試合では武藤嘉紀もベンチメンバーに名を連ねた。待望の2枚看板揃い踏みが近づいてきたのだが、まだ両選手とも回復途上にある。となればヴィッセルにおいて得点を奪う中心となるのは、7月の月間MVPにも輝いた宮代ということになる。その表彰理由の中にも記載されていたが、今や宮代はJリーグ全体でも別格の存在となりつつある。前記したように小さなスペースがあれば、それを使ってシュートを放つ技術を持っている。しかしその前提として、宮代にスペースを与える存在が必要なのだ。しかし宮代のポジションを最前線に移したことによって、宮代は「スペースを受け取る側」から「スペースを作り出す側」に立場を変えざるを得なくなった。この日の試合で宮代が放ったシュート数は、両チームを通じて最多の3本だった。しかしそのいずれもが窮屈な体勢からのシュートであり、宮代らしい相手GKにとって難しいコースに狙って蹴りこむようなものはなかった。これはシュートを放つ体制を自ら創り出さなければならなかった影響が大きい。その結果、前半のヴィッセルは圧倒的に攻め続けながらも、得点を奪うことができなかった。こうした状況を見ると、佐々木の交代時に吉田監督が取るべき選択肢は「戦い方の変更」だったように思う。
 では現実的にどのような形があっただろうか。1つには井出を前線に置いた0トップという戦い方もあったのではないだろうか。前記したように、井出は局面を正しくとらえる能力を持っている。その井出に自由を与え、相手の急所でボールを受けさせる。そしてそこに宮代が飛び込むという形だ。また井出ではなく飯野七聖を投入し、右ウイングに置いた上で、エリキを中央に移すという方法も考えられる。この場合、エリキ自身が積極的に仕掛けていくタイプのため、相手守備に乱れを生じさせる動きが期待できる。そうなると宮代にスペースが生まれる可能性も高まったのではないだろうか。他にも様々な手段があったとは思われるが、いずれにしても守るべきは「宮代がプレーしやすい環境を用意すること」だったように思う。

 孫子は兵法の中で「孫子曰く、凡そ用兵の法は、高陵には向かうこと勿かれ、背丘には逆うること勿かれ、絶地には留まること勿かれ、佯北には従うこと勿かれ、鋭卒には攻むること勿かれ、餌兵には食らうこと勿かれ、帰師には遏むること勿なれ、囲師には必らず闕き、窮寇には迫ること勿かれ。此れ用兵の法なり」と説いている。この意味するところは常法にこだわることなく、敵の兵や地形などの状況に応じて用兵を変えるべきであり、この臨機応変の処置こそが勝利を獲得するための原則ということだ。佐々木の交代というアクシデントで変えるべきは「いつもの戦い方」だったように思う。
 前記した「定数」と「変数」の定義に当て嵌めるならば、変えるべきでない定数は最もゴールを期待できる「宮代を決める役に徹しさせる」ことであり、変えるべき変数は「セオリー通りの選手配置」だったように思う。守るべき定数を保持した上で、状況に応じた柔軟な対応が求められたのではないだろうか。

 攻撃に関連してもう1点付記する。それは「クロスの使い方」だ。今のヴィッセルにおいては、サイドからのクロスが攻撃の中心となっている。もちろんそれだけにこだわっているわけではないが、両サイドに強力な選手を擁しているからこそ、これを中心とするのは当然の帰結だ。しかしここ直近3試合(横浜FC戦、町田戦、東洋大学戦)のいずれも、この形からの得点を奪うことができずに苦労していることも事実だ。それぞれ対戦相手やそのレベルは異なっているが、どのチームも「中央を固めた上でサイドからのクロスに備える」という守り方は共通している。その意味では「クロスの限界」が見えた3試合でもあった。
 とはいえサイドからのクロスは最も得点の可能性が高い、いわば「常道」でもある。しかし「常道」であるがゆえに、対策も立てられやすい。守備側の視座に立って考えた場合、クロスからの失点を防ぐ方法は3つだ。1つ目はサイドバックやウイングバックを使い、サイドを封殺し、クロス自体を上げさせないようにすること。2つ目はマークする選手を明確にし、出し手・受け手ともに自由にプレーさせないよう付き続けること。そして3つ目はペナルティエリア内などで、相手に対する数的優位を確立することだ。
 ヴィッセルにとっての問題は3番目だ。この日の試合でもペナルティエリア内では3枚のセンターバックがゴール前を固めていたため、宮代にシュートチャンスが訪れなかったのは前記した通りだ。吉田監督はフィニッシュに至らなかった点について尋ねられた際に「相手もクロスへの対応など必死だったと思うのですが、更にそこを上回る部分で受け手と出し手のタイミングだったり、そういうところの迫力という点でまだまだやらなければいけないと思っています」と答え、方向性そのものに問題があったわけではないという立場を取っている。確かにヴィッセルの両サイドには酒井高徳、永戸勝也といった高質のクロスを供給することのできるサイドバックがいるため、クロスを1つの武器として戦うことは継続するだけの価値がある。問題は「相手を上回る受け手と出し手のタイミング」という点になる。次はこれについて考えてみる。

 Football LAB(https://www.football-lab.jp/)のデータによれば、クロスから3プレー以内にシュートに至った割合は、直近10年間をみても増加傾向にある。これらをペナルティエリア内外、クロスの方向別に分けると、そこには明確な差が生まれている。本数としてはペナルティエリア外からプラス方向へのクロスが圧倒的に多いのだが、得点率を軸に比較してみるとペナルティエリア内からのクロスがプラス方向・マイナス方向とも6%近い数字を記録しているのに対して、ペナルティエリア外からのクロスについては3%前後と、倍近い差が生まれている。さらにクロスから3プレー以内にシュートに至る比率でもペナルティエリア内のマイナス方向のクロスが30%を超えているのに対して、ペナルティエリア外からのプラス方向のクロスに対しては20%にも満たない。
 またクロスを蹴る足によってもシュート率、得点率ともに明確な差が生まれている。クロスを蹴るサイドと同じ足(左サイドなら左足)を順足と定義した場合、順足から蹴られるクロスの本数は1試合当たり約5本。一方の逆足(左サイドなら右足)からのクロスは2本にも満たない。シュート率はどちらの場合も20%弱とほぼ違いはないが、得点率となると逆足が約3%に対して、順足は2.5%弱と差が生じてくる。これは本数が違うこともあり、この数字だけをもって断じることはできないが、逆足から放たれたクロスの方が、相手は守り難くなる傾向があるのかもしれない。
 次にクロスに関与した人数だが、これはそれほどゴールに影響を与えてはいないようだ。攻撃に関与する人数が多いほどシュート率・得点率とも若干高くはなっているものの、守備の人数もこれに伴い増えているため、単純にペナルティエリア内の人数を増やしても得点が増えるわけではないようだ。クロスに対しては「もっと攻撃の人数を増やさなければ」という発言をする指揮官は少なくないが、これは必ずしも正解とは言えないようだ。
 次にクロスに対する味方の配置を見てみる。ゴール前をニア、センター、ファーと3分割した場合、この10年間でクロスに対してファーサイドに人を置く比率が高まった。ファーサイドは比較的スペースを見つけやすいため、当然シュート率や得点率に差分は生まれる。しかしファーサイドは角度のない位置からのシュートを要求されることが多いため、ゴール期待値上はそれほどの差は生まれていない。一方、主戦場となることの多いニアサイドだが、こちらは人数としては減少傾向にある。それだけ人を散らして配置するようになっているということだろう。ここで興味深いのは、ニアの選手が動く速度との関係だ。各種ランの基本数値である時速14kmを基準に見てみると、ニアに立った選手が14km以上で動いた時の方が、確実にシュート率、得点期待値とも高くなっている。これはその動きが相手選手を釣り出しているためだと思われるが、クロスに対しての動きを速めることは、ゴールへの可能性を引き上げると言えそうだ。ちなみに昨季、ニアに14km以上で最も飛び込んだ選手は大迫、次いで宮代となっている。そしてファーでその最も高い数値を記録したのは武藤だった。ヴィッセルのクロスが効果的といわれる裏側には、ペナルティエリア内の広いエリアに人を的確に配置し、ニア、そしてファーで大迫、武藤、宮代が速い動きを見せたためであると言えるだろう。
 話を戻すと、ここ3試合でクロスから得点が生まれていない背景には、クロスを放つ位置、蹴る足、そしてクロスに対する動きの速度といった諸要素が満たされていない状況があったように思う。吉田監督の言う「相手を上回る受け手と出し手のタイミング」を再調整するためにも、こうした要素を含め、もう1度データを見直す必要があるのではないだろうか。

 ここまで書いてきたのは得点を奪えなかった理由=勝てなかった理由だ。次に失点を喫した理由=負けた理由について考えてみる。
 失点を喫したのは後半アディショナルタイムに突入した94分だった。そこまでヴィッセルは怒涛の波状攻撃を続けていたが、この失点は、85分に宮代に代わって投入された飯野のクロスがブロックされたことに端を発している。このボールをめぐって山川は櫻川ソロモンとの競り合いを一度は制した。しかしクリアしたボールを収めようと前に出たところで、背後に走っていた櫻川にボールを通されてしまった。ここでヴィッセルの守備は永戸1枚となっていた。しかも永戸は明らかに足を攣っており、いつもの速度では走れていなかった。そのため、ボールを受けた櫻川から伊藤翔へと簡単につながれてしまい、これを決められてしまった。
 この場面について試合後、山川哲史は「僕が焦って、判断を誤ってしまった」と語り、責任は自分にあると語ったが、確かに軽率だったかもしれない。時間帯を考えれば得点を奪いに行くのと同時に、失点は絶対に防がなければならなかったためだ。これがトーナメントで1点負けているような状況であれば、この山川の行動は是認されるだろうが、勝点を積み上げていくリーグ戦であることを思えば、前に出る際には、後ろの状況を確認するべきだった。
 このプレーは、前記したように上位に位置し、優位性があるはずのヴィッセルが勝点3を、下位で試合運びが難しいはずの横浜FCが勝点1を狙っていたという「歪み」が最悪の形で露見した結果とも言える。


 この失点の発端は、前記したように飯野のクロスがブロックされたプレーだった。この時間帯、フレッシュな状態だった飯野は右サイドを前後に素早く動き続けていた。その中で武藤や酒井、井手口らとの距離を測りながら、積極的にボールに絡んでいった。この動き自体は悪くなかったのだが、クロスに至る状況判断に課題は残った。最後に飯野がクロスを狙ったシーンでは、明らかに相手守備が優位な位置に立っており、飯野にクロスを入れるスペースは残されていなかった。であればここで無理をするのではなく、酒井たちがボールを受けに来てくれるまで、マイナス方向に逃げながらでも「ボールを握り続ける」ことにフォーカスして欲しかった。
 リーグ戦での出場時間が十分に得られているわけではないため、ここでアピールしたい気持ちがあることは当然だ。さらに状況的にヴィッセルが押し込み続けていたことを思えば、攻撃的に動き続けたくなるのも理解できる。しかしこの試合で最も許されないのは「勝点0」という結果であり、最悪に近いとはいえ「勝点1」を失うことを恐れるべきだったように思う。
 山川についても言えることだが、状況判断の精度と速度は情報量によって左右される。チームの状況、ピッチ上の状況を常に把握しておくことができれば、こうしたミスは防止することができるようになる。

 前記したように横浜FCが守備的に戦っていたこともあり、ヴィッセルは前半から圧倒的にボールを支配し続けた。効果的なボール奪取も複数回見られたが、それを得点につなげることができなかった。印象としてはペナルティエリア外からのプラス方向への単純なクロス攻撃が多かったことが、横浜FCに守りのリズムを与えてしまったように思う。特に前半は横浜FCのウイングバックに対して、左右ともヴィッセルのサイドバックが優位性を確立できていたことを思えば、せめてマイナス方向のクロスを入れることのできる位置まで攻め入ってほしかった。その意味では圧倒的にボールを握ったことで、攻め急ぎに近い状態に陥ってしまったとも言える。
 この攻め急ぎということに関連して言うと、この日の横浜FCのようにゴール前を固めてくるチームに対しては、どれほど攻め急いでも崩すことは難しい。高い位置でのパスカットのような状況は別だが、自分たちで前進するのであれば、守備を固める時間よりも早くチームとして攻め込むことはほぼ不可能だ。であればこそ、こうした状況の中では自分たちでボールを前進させながら、相手のブロックの間でボールを受ける動きを増やすしかない。佐々木のようにライン間、そしてレーン間を狙ってボールを受ける意識を前の選手たちが持つことができれば、こうした引いた相手に対しても効果的な攻撃ができる可能性は高まる。

 同時に吉田監督には攻め込んだ時の配置について、もう一度見直しを図ってほしい。ベースには相手の前に出る勢いを利用して裏を取る戦い方を置いていたとしても、自分たちでアクションを起こさなければならない時間帯には、全体を最適な位置に配置しておくことが「攻撃の連続性」を高める方法であるためだ。最後方からピッチ全体を縦横ともに覆いつくすように選手を配置し、その中に相手のブロックを閉じ込めることができれば、ヴィッセルの選手たちのボールスキルやシュート技術を発揮する機会は増えるはずだ。
 直近3試合で同じような守備ベースのチームに苦戦していることを考えても、ベンチには「定数」を見誤ることなく、より柔軟な選手配置と攻撃方法の選択が求められる。

 この試合から始まる7連戦は、今季のヴィッセルにとって最大の山場とも言うべき試合となる。連日続く猛暑の中、選手の疲労度を計算し、プレー時間を制限しながらの選手起用が続くことになるだろう。そこで今後に向けての福音となるのが、やはり大迫と武藤の戦列復帰だ。まだ回復途上とはいえ、彼らの力がJリーグ全体の中でも最上位に位置していることは間違いない。この2枚看板に体力勝負をさせるのではなく、彼らのテクニックや技術を発揮する「瞬間」をどのように作り出すことができるかが、この試練を乗り越えるための鍵となるだろう。


 この日の敗戦によって順位を下げたとはいえ、まだ首位との勝点差は2だ。まだ試合を残している柏が勝利したとしても、勝点差は最大で4と、十分に射程圏内にある。試合後に宮代がコメントしたように、今は目の前の試合に対して全力で挑み、結果を残していくことに集中する他ない。最も大事なことは今の順位ではなく、「シーズン終了時、どこに立っているか」だ。

 次節は中3日での広島とのアウェイゲームだ。完成度の高いこのライバルに対しては、一切の隙を見せることができない。ヴィッセルの持てる力を最大限に発揮しなければ、打ち破ることは難しい。試合前日に吉田監督が口にしたように、チーム状態は厳しいのだろう。しかしヴィッセルの破壊力や隙を見せない守備力がJリーグの中で一頭地を抜く存在であることは、今や誰もが認めるところだ。このライバルとの一戦を前に、もう一度「ヴィッセルらしさ」を取り戻してほしい。それこそがこの試練を乗り切るための最大の武器であることは間違いない。
 「一致団結」。このスローガンを胸に戦うことができれば、ヴィッセルの逆襲は為されるはずだ。