覆面記者の目

明治安田J1 第22節 vs.福岡 ベススタ(6/28 19:03)
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戦国時代の有名な戦いの1つに、徳川家康・織田信長の連合軍1万1千が武田信玄が率いる武田軍2万7千に惨敗を喫した「三方ヶ原の戦い」がある。様々な小説やドラマ、ゲームなどでも取り上げられることの多い戦いであるだけに、ご存じの方も多いことだろう。この戦いについては、兵力や参加武将といった点において史料ごとにその記述が異なっているため、実は未だ正確な実態は判っていない。冒頭に記した兵数も複数ある説の1つに過ぎない。しかし兵力において武田軍が勝っていたことは概ね事実であるようだ。そしてこの戦いにはいくつかの謎がある。その1つが、両陣営の陣形だ。徳川軍は「鶴翼の陣」を取り、武田軍は「魚鱗の陣」で、徳川軍を待ち構えていたとされている。一般的に鶴翼の陣は数で勝る側が相手を包囲するために用いる陣形であり、魚鱗の陣は少数の軍が敵中突破を狙うために用いる陣形とされている。ということは、この戦いにおいて両軍は定石と真逆の布陣を敷いていたことになる。その結果、各陣形の特徴は発揮されず、兵力差がそのまま勝敗に直結した。それぞれがその定石とは異なる陣を張っていた理由については諸説あるが、ここでは触れない。ここで押さえておきたいのは、状況に応じた陣形=戦い方を取らなければ、如何に優れた戦法といえども、その力を発揮することはできないということだ。

 まさにこの日の試合におけるヴィッセルの戦い方は、状況にそぐわないものであったように思う。試合後に吉田孝行監督は「もう少し攻撃のリズムを作りたかった」とコメントし、それが作れなかった理由は福岡の見せた割り切った戦い方であるという見方を示した。確かにこれは直接的な原因ではあるが、ヴィッセルにはそこから抜け出す方法もあったように思う。詳しくは後述するが、この試合で福岡が見せた戦い方は、ヴィッセルをリスペクトした上で組み立てられたものだった。ということは、ヴィッセルのストロングポイントを消すことが主目的であったということでもある。こうした状況に直面した時の対処法は2つだ。1つは、全く異なる戦い方で臨む。そしてもう1つはストロングポイントを発揮するための仕掛けを作り出すという方法だ。実際の試合を考えた時、現実的なのが後者であることは間違いない。
 ここで問題となるのが、自分たちの得意な形に持ち込むための仕掛けとは何かという点だ。これを考える上で参考となるのが、プロ棋士から聞いた言葉だ。プロ棋士の対局においては、互いの得意な戦法などは十分に理解している。当然、相手の得意な形に持ち込ませないよう駆け引きが行われる。そこで勝負を分けるものは何かと尋ねた時、「相手に考えさせること」という答えが返ってきた。対局の間中、相手の思考を読み続けるプロ棋士らしい言葉だと思う。相手に考えさせるということは、自分の思考を読ませない、ということでもある。これは将棋だけの話ではなく、サッカーを含む、全ての勝負ごとに共通している。


 試合後に吉田監督は、前線の佐々木大樹にボールが入った時の攻撃速度を上げることをハーフタイムに選手に要求したことを明かした。この指示はそれまでのやり方を変えるものではなく、それまでのやり方を強化させるだけなので、福岡を率いる金明輝監督や福岡の選手を迷わせることはない。これが吉田監督による指示の全てでないことは承知しているが、この日の試合においては、最後まで福岡に迷いを生じさせるような策は見られなかったように思う。そのためなのか、試合のリズムは最後まで変わることはないままだった。
 こうした状況を正確に言語化したのは、ヴィッセルの闘将・酒井高徳だった。酒井は「勝ち点3は取れた試合だったかなと思います」とした上で、「自分たちが攻め急ぎ、アバウトで単調な攻めをしてしまったため、相手は守りやすかったと思います」と、自分たちの側に問題があったことを認めた。その上で「これまではこういう試合でも勝ってきたので、今日に関しては悔しい」と、その気持ちを吐露した。
 「ヴィッセルには勝つだけの力はあったが、それを発揮することができなかった」。
これが、この試合の全てだったように思う。

 この日の試合を難しくした要素の1つが「天候」であったことは間違いない。試合開始前の時点で気温29度、湿度61%という、凡そサッカーをプレーするには不向きな状態だった。その影響は数字に表れている。前節と比較した時、チーム走行距離が約8%、スプリント回数は約19%、それぞれ低下した。ちなみに気候の良い時期の試合と比較してみる。4月16日に行われた今季の第12節(川崎F戦・14.2度・47%)では走行距離は11%、スプリント回数は23%高かった。もちろんこうした数字は試合内容や出場選手によって左右される数字であり、これだけを根拠にすることはできないが、気候はチーム全体としての動きに影響を与え、この時期にはそれが低下することはやむを得ないと言えるのかもしれない。
 そもそもヴィッセルの戦い方は「走力」をベースとしている。ここでいう「走力」とは、走行距離やスプリント回数といった表層的な数字の話だけではない。動き続けるボールに対する反応速度であり、それを続けるスタミナをも含んでいる。ヴィッセルの特徴としてライバルチームが必ず挙げる「前からのプレス」や「攻守の切り替え」などは、この「走力」なしには成り立たない。これを念頭にこの日の試合を振り返ってみると、走力を維持しきれなかったと言えるのではないだろうか。結果的に福岡のシュートを3本に抑えたことは、走力をベースとした守備の力が発揮された結果とも言えるが、逆にそれほど精度の高くない福岡の攻撃に裏を取られかけるシーンが複数回あったことを思えば、やはりこの日は走力が低下していたとも言える。そして何よりも攻撃時に走力の低下を感じた。この試合でヴィッセルは11本のシュートを放っているが、ゴールに迫ったとまで言えるものは、40分に飯野七聖が酒井との連携で放ったシュートくらいだったように思う。これ以外にもペナルティエリアまで迫るものはあったのだが、そこで放たれたミドルレンジからのシュートは、どれも大きく枠を外れていた。これは技術力の高いヴィッセルの選手としては、「らしくない」プレーだった。キックのフィーリングが合っていなかっただけかもしれないし、ピッチとの相性といった部分が影響したのかもしれないが、やはりここはいつもの走力が発揮できなかったためであるように思う。具体的には、前線まで運ぶ時点で体力を使い果たしており、いざペナルティエリア付近からのキックを放つときには、体軸をキープできていなかったためであるように思えるのだ。
 しかしこれからの時期、こうした気象条件下での試合が続く。ヴィッセルの基本となるプレーは大事にすべきだが、力を発揮するためにも「走力のマネジメント」が必要になるのではないだろうか。

 こうしたことを前提にこの試合を振り返った時、ボール保持時にヴィッセルが見せたプレーは縦に速すぎたように思う。相手の裏を取ることが、サッカーにおいて最も効率的な攻撃方法であることは事実だ。しかし相手の裏を取るための条件は、スピードだけではない。「相手を動かす」という考え方があれば、やり方はみつかるはずだ。
 今のヴィッセルがJ1リーグの中で「強者」であることは、今や全てのサッカー関係者が認めるところだ。3年近い時間をかけて吉田監督がチームに落とし込んだ戦い方は、相手を捻じ伏せる強さを持っている。「前からのプレス」や「球際の強さ」をベースにしたチームは他にもあるが、ヴィッセルはプレスの開始位置やボール保持時の走路の取り方などの細かな点が、ライバルたちよりも緻密に設計されていることは間違いない。しかしそのいずれもが、スピードを必要としている。今のチームに戦い方の幅を持たせるのであれば、やはりビルドアップの整備に取り組むべきだろう。以前のようにポジショニングで優位性を確立することができれば、それに越したことはない。しかしそのサッカーを習得するには、相当の時間が必要になる。少なくとも、試合が続く中で簡単に改善できるようなことではない。では何から取り組むべきか。それは基本である5レーンを意識することであるように思う。

 なぜ5レーンがサッカーにおける基本と呼ばれているかと言えば、それはボールを中心に守る相手の守備を混乱させ、チャンスを創出するためだ。サッカーにおいては、ボールが全ての中心となるため、ボールを保持している側が主導権を握っていることが多い。そのためボール保持時にピッチを広く使って動くことができれば、相手の守備を広げることができる。そしてそれは、相手に対する数的優位を作りやすくしてくれる。
 この5レーンを意識する上で、絶対に守らなければならないこと。それは「前後の選手が同じレーンには立たない」ということだ。これはトライアングルを形成するためだ。同時にこの規則を守ることができれば、ピッチ上に選手が適切に配置されることになり、ボール非保持に変わった瞬間の対応も安定する。
 結局、この5レーンはピッチ上での選手配置の最適化を狙った結果の考え方であり、すぐにチームを強くしてくれる魔法ではない。しかし今のヴィッセルのように高い能力を持った選手が揃っている場合、ピッチ上の配置が最適化されれば、相手を崩すための道筋は増える。その1つがカウンター時の走路の取り方だ。この試合でもカウンターのチャンスは何度か訪れた。しかしそれが得点に結び付かなかった原因は、走路の取り方に問題があったためであるように思う。カウンターを仕掛ける際、ボールホルダーは中央に向かい、並走する選手は外に広がりながら幅を取るという鉄則がある。これもゴール前を固める守備を広げるための動き方だ。同数が同じピッチ上でプレーする以上、いかにして相手を動かすかということはサッカーにおける永遠のテーマでもある。
 話を戻すと、日ごとに暑さが厳しくなるこれからの季節の戦いにおいて好結果を出すためには、ピッチ上を最適化する取り組みは重要な要素となる。直線的な攻撃が特徴のヴィッセルの戦いに幅を加えるということは、相手に迷いを生じさせることにもつながる。前記した酒井の言葉にもある通り、この試合でヴィッセルの選手たちは縦に急ぎすぎてしまった結果、攻撃が単調になってしまった。そしてそれによって福岡には守りやすさが生まれてしまった。個人レベルでの局面の勝負ではヴィッセルの選手が勝利する可能性が高いだけに、チームとしての動き方を整えることは、取り組むだけの価値があるのではないだろうか。


 この日の試合では、ヴィッセルにとって不運もあった。それは飯野の負傷交代だ。17試合ぶりにリーグ戦での先発を果たした飯野だが、右ウイングとして効果的なプレーを何度も披露した。前記したシュートシーンなどもその1つではあるが、この試合における飯野は積極的に上下動し、チームを活性化していた。3バックで構える福岡に対して、飯野は最終ラインの前に立つ相手の左ウイングバックを狙う意思を見せ続けたが、この狙いは正しかったように思う。飯野にとって、前にスペースがあるためだ。スピードが武器である飯野だが、特にスピードを持続する点において優れたものを持っている。そのため背後のスペースが少ない4バックのサイドバックに向き合うよりは、前にスペースのあるウイングバックと対峙する方がその良さは活きると思う。試合序盤に対面する選手が負傷交代するというアクシデントはあったものの、飯野は狙いを変えることなくウイングバックを押し込もうと企図し続けた。その上で背後の酒井とのコンビネーションで、相手の3バックの脇のスペースを攻略しようとした。
 また守備においても、飯野はチームに貢献していた。自陣深い位置までプレスバックし、福岡の攻撃の芽を摘み取り続けた。この動きが酒井を活かす動きだ。攻撃時に槍となって前に出ることも重要だが、同様に守備に力を割くことがウイングには求められる。その意味でも飯野の負傷交代は、チームにとって痛手だった。前節のジェアン パトリッキに続いて、飯野が負傷したことで、次節以降、このポジションには違う選手が起用される可能性は高いが、起用される選手にはこの日の飯野が見せた動きを参考にしてほしい。


 そうした視座に立った時、筆者が個人的に期待したいのがエリキだ。この試合では飯野との交代で右ウイングに入ったエリキだが、試合終盤には佐々木大樹とポジションを入れ替え、3トップの中央に入った。最近の試合ではエリキの投入時に、佐々木大樹を右に移し、エリキは中央に置くことが多い。しかしこの試合では、20分ほどエリキを右ウイングでプレーさせた。これは飯野の負傷が比較的早い時間帯であったため、吉田監督とすれば前線でボールを収める役割を変えたくなかったための苦肉の策だろう。そう考えると次節以降、エリキがウイングでスターティングメンバーに名を連ねる可能性は高いように思う。
 エリキは攻撃において特別な力を持った選手だ。ボールを前に運ぶ力や密集の中で仕掛ける技術、どこからでもシュートを狙うことのできる決定力など、フォワードとしての能力は高いものを持っている。そしてそうした選手にありがちなのだが、ボールを追いすぎてしまう傾向も見られる。ここを変えることができるか否かが、エリキにとっての鍵となる。特に5レーンでいうところのハーフスペースにこぼれたボールを追う際、ボールだけを見るのではなく、背後に立つ選手や横の選手との位置関係を考えた上で動くことが求められる。一見するとゴールに直線的に向かう方が、攻撃としての迫力があるように思えるかもしれないが、そうした動きは単発に終わる可能性が高く、チームとして相手を押し込むところにはつながっていき難い。これはヴィッセルのサッカーに限った話ではないのだが、全体がバランスよく配置されたまま、高い位置を取ることが攻撃に連続性をもたらす。そしてヴィッセルのように、ボール非保持に変わった瞬間にチーム全体が守備にモードを切り替える場合、全体を最適化しておくことは、守備に戻る際の動きを最小化することにもつながる。これは効率的な動きをもたらすため、夏場を乗り切るための戦い方でもある。話をエリキに戻すと、こうした動きを習得することができれば、エリキはヴィッセルにとって今以上に大きな戦力となる。全体を最適化しつつ押し込んだ場合は、相手も守備に戻っている可能性が高い。そうなるとペナルティエリアの中は密集状態になる。そうした状況であれば、エリキ特有のゴールへの嗅覚が活きてくる。エリキにとっては新しい挑戦かもしれないが、こうした動きを身につけることは自身のサッカー人生を延ばすことにもなる筈だ。吉田監督以下コーチ陣が、短期間にエリキにこの動きを教え込むことができるか否かは、ヴィッセルの夏場の成績を左右するのではないだろうか。


 この試合が難しいものになった理由は複数あるが、1つには吉田監督のコメント通り、福岡の割り切った戦い方が挙げられる。前記したように、試合を通じてのシュート数は3本と、数字だけを見ればヴィッセルが抑え込んだように思われるかもしれないが、実際に試合を観た感想は全く異なる。この試合における福岡は、ヴィッセルに思い通りにプレーさせないことがメインテーマであり、ヴィッセルの守備を崩すというのは次の段階の話だったように思う。福岡はヴィッセルのプレスを受ける前に長いボールを蹴ってきた。普通に考えれば、前線に入っていたウェリントンが目標なのだが、それほど精度にはこだわっていなかったように見えた。この試合で福岡にとって重要だったのは、自陣からボールを遠ざけ続けることだったように思う。そのためヴィッセルの左サイドバックと左ウイングの間を狙ったボールも多かった。ここに出たボールに対しては、右シャドーストライカーの紺野和也が受け、そこから前に運ぶ役割を担っていた。この紺野のスピードを活かした上で、ゴール前はウェリントンの高さを使うというのが基本設計だったのだろう。しかしこれも紺野を走らせるというほどボールの精度は高くなく、ヴィッセルの左サイドバックである永戸勝也が抑え込むシーンも多かった。むしろ紺野の役割としては、永戸との1対1の時間を長くすることで、ヴィッセルの前に出る力を削ぐことが主目的だったのかもしれない。リーグ戦が後半に突入後、ヴィッセルと同様に連勝を重ねている福岡に対するリスペクトを持った上で敢えて言うと、こうした「負けないための戦略」はヴィッセルのように「勝ちを狙う」チームに対しては有効だ。
 こう書くと「どのチームも勝ちを狙っているだろう」という反論を受けるだろうが、ここでいう「勝ちを狙う」というのは、攻撃的に相手を崩そうとするという意味で考えてもらいたい。その上でもう1つ付記すると、J1でプレーする選手の実力差はそれほどないということが、ここでは効いてくる。筆者は頻繁に、ヴィッセルの選手の力量は高いと書いている。これはその通りなのだが、そもそもJリーグでプレーしている選手、中でもトップカテゴリであるJ1リーグでプレーしている選手は、押し並べて高い技術を持っている。例えて言うならば、偏差値74を超える生徒の中での優劣に過ぎないのだ。そのため「負けないこと」に徹するチームを崩すことは、いかにヴィッセルとは言えども、そう容易いことではない。シーズンも折り返しを超え、勝点1の重みが増してくるだけに、今後もこうした「負けないための戦略」を採るチームは表れるかもしれない。そうした中で勝点3を積み上げていくためには、それだけの工夫が求められる。
 ヴィッセルにとってこうした状況を打開するために必要なのは、全体を高い位置に保つことだ。その中で後ろから押し上げることができれば、相手の守りを崩す可能性は高まる。そこでのキーマンはマテウス トゥーレルだ。この試合でも後半、トゥーレルが相手陣内でドリブルを仕掛けたシーンがあった。この時が福岡の守備は最も混乱していたように見えた。この試合においては、福岡の前線で高さと強さを発揮したウェリントンに課せられた使命は「トゥーレルを後ろで釘付けにする」ことだった筈だ。それをウェリントンが少しでも高い位置で行うことが、福岡にとっての勝ち筋だったのだろう。ウェリントンはその役割を忠実にこなし続けていただけに、トゥーレルが上がったシーンは、福岡にとって想定外だったはずだ。トゥーレルのドリブルが状況を打破する可能性を見せたのは、この日の試合が初めてではない。このドリブルが象徴するように、トゥーレルは局面を打開するために高い位置を取る勇気と技術を持っている。相手が低い位置で構えた場合などは、こうした動きが攻撃に連続性をもたらし、最終的には自分たちの動きを最小限に抑えつつ、相手を動かすことにつながる。

 そしてもう1点触れなければならないのは、試合最終盤のシーンだ。後半アディショナルタイムに突入した92分。相手GKが自陣から蹴ったロングフィードに対して競ったのは、ウェリントンと山川哲史だった。ここでウェリントンが競り勝ち、こぼれたボールが前に出ていた碓井聖生の足もとに入った。これを見たトゥーレルが逆サイドから慌てて戻ったが、碓井は冷静にこれをかわし、シュートをゴールに流し込んだ。これは結果的に碓井のオフサイドとなったが、ヴィッセルにとってはこの試合で唯一にして、最大のピンチでもあった。
 この場面は偶然が重なった結果ではあった。GKのロングフィードの精度、ウェリントンの落としと「スーパープレー」が連続した結果ではあったが、ここで考えてほしいのはこの時のヴィッセルの選手の配置だ。このプレーの直前は福岡のコーナーキックだった。これは難なく跳ね返したのだが、ヴィッセルの右サイドでセカンドボールを拾った岩崎悠人はGKからの作り直しを選択した。ここで相手GKにプレスをかけたのは汰木康也だったが、問題はその時の配置だ。GKがロングフィードを蹴った時、前線に立っていた福岡の選手は3枚だった。ウェリントン、重見柾斗、そして碓井だ。ここでウェリントンには山川がついていたが、碓井に対してのマークはいなかった。そして他の選手は中盤に上がっていたため、ウェリントンの落としたボールに対して碓井はフリーでボールを受けることができたのだ。恐らくトゥーレルが碓井をオフサイドにかけることでその存在を無効化し、最後の攻撃に備えて総力で前に出るという選択をしていたのだとは思うが、実際に碓井が出ていたのは上半身の一部であり、極めて微妙だった。VARのチェックが入るとはいえ、試合最終盤の選択としてはリスクが高すぎたように思う。もちろんこれは結果論に過ぎないが、勝点1が力を持つリーグ戦では慎重さも求められる。

 最後にもう一点触れておかなければならないのは、この日の判定だ。これは福岡の岩崎も試合後に指摘していたが、判定が試合を寸断し続けたため、両チームともリズムを作れないままに試合を終えた。試合序盤に負傷交代があったことでナーバスになっていたのかもしれないが、審判の笛が試合の流れを頻繁に止めていたことは事実だ。そして何よりもその判定基準が解り難かったことで、両チームの選手には大きなストレスがかかっているように見えた。荒れた試合とはならなかったが、それは両チームの選手たちが自重した結果であり、試合運営に疑問が残ったことは事実だ。ヴィッセルにとっては直近の2試合が、審判研修プログラムで来日していた外国人審判団による素晴らしい試合運営であったため、余計にそう感じたのかもしれない。笛によって選手を負傷から遠ざけるのは審判の「責務」ではあるが、過剰な笛と曖昧な判定基準は、逆に選手の負傷リスクを高める。しかし、同時にプロの試合には、観ている人にサッカーの面白さを伝えるという役割も課せられている。難しい判断だとは思うが、それだけに審判員には、笛がサッカーの面白さをスポイルするようなことのないように留意してもらいたい。


 厳しい指摘を続けてきたが、巧くいかない試合でも勝点1を積み重ねたヴィッセルの勝負強さは高く評価されるべきだろう。こうした勝負強さは、過去2シーズンでタイトルを獲得してきたからこそ身についた「ヴィッセルの財産」だ。今節の結果、ヴィッセルの順位は4位となったが、首位に立つ鹿島が敗れたため、上位陣との差は僅かに詰まった。そして中3日で行われる次節で、ヴィッセルも試合数が上位陣と並ぶ。次節に勝利することができれば、首位と勝点1差の3位となることができる。その次節の対戦相手は、勝点1差で直下の5位につけている広島だ。言わずと知れた強豪チームではあるが、今のヴィッセルに相手を見て戦う余裕はない。吉田監督が口癖のように言っている「目の前の試合に集中」することだけが求められている。どのようなメンバーで試合に臨むかは不明だが、吉田監督が常々口にしている「やるべきことをやる」ことが、勝利をつかみ取るための近道だ。

 次節は平日のナイター開催となる。サポーターの皆さんには、学校や仕事など様々な事情はあると思うが、ぜひともスタジアムに足を運んでほしい。まだシーズン半ばではあるが、この広島との戦いは、「J1リーグ3連覇」という偉業への挑戦においてキーとなる試合でもある。
 ノエビアスタジアム神戸を多くのサポーターが埋め尽くした時、ヴィッセルにとって「地の利」は最大化される。「地の利」を得たヴィッセルの選手たちの躍動する姿を、ぜひともその目に焼き付けてほしい。