覆面記者の目

明治安田J1 第10節 vs.東京V 味スタ(4/12 15:03)
  • HOME東京V
  • AWAY神戸
  • 東京V
  • 0
  • 0前半0
    0後半1
  • 1
  • 神戸
  • 得点者
  • (51')汰木 康也

スポーツに限らず、様々な場面で「心技体」という言葉が使われる。最大のパフォーマンスを発揮する上で必要とされる要素を示した有名な言葉ではあるが、この言葉の語源は意外と知られていない。この言葉は、明治時代に出版された「柔術独習書」という教則本の中に登場したとされている。その中では「柔術をすることは『身体の発育』、『勝負術の鍛錬』、『精神の修養』になる」と書かれており、それぞれを「体」、「技」、「心」に相当すると説明している。そして戦後になって「土俵の鬼」と称された初代・若乃花が「心技体」という本を出版したことで、広く知られるようになった。
 この言葉はシンプルながらも、勝負に必要なエッセンスを説明しきっている。これが揃ったとき、選手やチームは持てる力を発揮することができるようになる。そう考えた時、今季のヴィッセルが思うようなスタートを切れなかった理由が解る。短いオフ、シーズン開幕からの海外遠征を含む8連戦など様々な状況が重なった結果、負傷者が続出した。これでチームの「体」が崩れた。そうなると自分たちの「型」とも言うべき「ヴィッセルの戦い」を貫くことは難しくなる。吉田孝行監督は様々な選手を起用しながら、チームの形を維持しようと試みた。大迫勇也や佐々木大樹、扇原貴宏、山川哲史らを中心とした選手たちもフル稼働しながら奮闘を続けたが、やはり昨季までのような強さを発揮するには至らなかった。ここで「技」にも曇りが生じた。そしてAFCチャンピオンズリーグでの敗退やリーグ戦での苦戦という結果によって、「心」が弱った。それが前節までのヴィッセルだったように思う。

 この試合前日の会見で吉田監督は「一人ひとりが奮起することが大事」と語り、「心」の回復を選手に促したことを窺わせた。これはチームの回復を図る上で正しい順番だったように思う。この日の試合を解説した福田正博氏は中継の中で「選手には『勝ちたい気持ち』と『負けたくない気持ち』がある。この2つは同じ意味のように思われるが、ニュアンスは異なる」と発言していたが、この試合でヴィッセルが見せたものはまさしく「勝ちたい気持ち」であり、それを示すように全てのプレーが相手ゴール方向に意識を向けたものだった。詳しくは後述するが、戦術的な部分には改善すべき点がまだ残っている。しかし戦う上での意識は、タイトルを獲得した昨季までのヴィッセルに戻っていたように感じられた。
 筆者は全ての結果には理由があると思っているため、結果を「気持ち」で語ることはあまり好きではないのだが、ことこの試合に関しては「気持ち」を無視して語ることはできないだろう。
 「勝ちたい気持ち」はどの選手も持っているように思われがちだが、それを試合の中で発揮し続けることができる選手となると限られている。多くの選手は試合の局面、あるいはチーム状況によって、「勝ちたい気持ち」が「負けたくない気持ち」に置き換わってしまう。状況によって気持ちが後退してしまうためだ。ヴィッセルで言えば、思うに任せない状況が続いた結果、いつの間にか強気に攻めていく気持ちが萎えてしまったのかもしれない。選手たちにその自覚はないと思うが、これは無理からぬところでもある。
 ヴィッセルが1週間で気持ちを回復することができた理由は2つあるように思う。1つは酒井高徳をはじめとした選手たちが戦列に復帰してきたことによる自信の回復。そしてもう1つは大迫をはじめとした選手たちのプライドだ。ここまで勝利を積み重ねることでチームの位置を引き上げてきた選手たちの多くは、代表や海外での豊富な経験を持っている。一流選手特有のプライドが、このままチームが停滞し続けることを激しく拒否したのではないだろうか。もちろんその裏側には、選手たちに全幅の信頼を寄せる吉田監督の存在がある。いずれにしても、この日の試合では「前に出る気持ち」を全員が発揮し続けたことが、勝利を呼び込んだことは間違いないだろう。


 対戦相手の東京Vについて、試合前日に吉田監督は「しっかりとビルドアップでつなぐこともやってきますし、背後も徹底してきますし、やることが整理されて本当にうまいチームだと思います」と語った。昨季、J1復帰初年度を戦った東京Vだが、シーズン前には苦戦を予想する声が多かった。しかし蓋を開けてみれば6位と大健闘を見せた。その原動力となったのは、組織的な守備にあったと筆者は見ている。ヴィッセルが2度の対戦で1分1敗と苦戦を強いられた原因も、まさにそこだった。それが顕著となったのはヴィッセルとの2度目の対戦時だった。この試合から3バックを採用、ボール保持にこだわることなく、ほとんどの時間を5-3-2、あるいは5-4-1の布陣で過ごし、ヴィッセルの攻撃を跳ね返し続けた。その結果、試合終了間際にオウンゴールで追いつき、ヴィッセルに対して勝点3を与えなかった。
 この時から東京Vの戦い方は、そう大きくは変わっていない。その最大の特徴は守備組織にある。ピッチの横幅を3分割し、5-4のブロックをボールの位置に応じて横にスライドさせる。そしてボールを中心とした小さなフィールドの戦いに持ち込む。その中で人数を多くかけるという戦い方だ。その際、ボールと逆サイドの選手は中に入る形となることで、ゴール前の厚みを担保する。この場合、3バックの両サイドのセンターバックやサイドハーフの選手には、相当の運動量と状況に応じて動き続ける判断が求められる。しかしそこで緩みが生まれないのが、今の東京Vの強さだ。これこそが吉田監督のいう「やることが整理されている」という部分だ。
 こうした戦いをする東京Vは、ヴィッセルにとって戦い難い相手だ。これはヴィッセルに限ったことではないが、5-4のブロックというのは簡単には崩すことができないためだ。守備ありきで戦うチームであるため、一見すると対戦相手は攻撃に力を割くことができるように見えるが、そこが落とし穴でもある。ゴール前を固めた相手を攻める中では、とかく全体が前がかりになりやすい。そのため最終ラインとGKの間には大きなスペースが生まれる。東京Vのような戦い方をするチームにとっては、こここそが狙いどころとなる。圧倒的に戦力で上回るチームが敗れるのは、大体がこのパターンに嵌った時だ。それが判っているため、こうした相手との対戦時ほどバランスが大事になる。

 これに対する吉田監督の回答は、戦い方の変更だった。スタート時の並びこそ基本布陣である4-1-2-3ではあったが、多くの時間帯でボランチを2枚にした4-2-1-3の形となっていたのだ。その中盤だが、この試合では鍬先祐弥を先発メンバーに起用した。扇原に疲労が見えたためだとは思うが、これに伴いインサイドハーフの井手口陽介を下げる形でダブルボランチとしていた。この試合に限ってはこれが正解だった。思った以上に東京Vに跳ね返される場面が多かったものの、前線に残った木村勇大に対しては鍬先がマークにつき、スペースを井手口が埋めるという形ができていた。これによって最終ラインの前で自由を与える場面は少なくなった。
 こういう書き方をすると、ボランチは2枚にした方がいいように思われるかもしれない。しかしことはそう単純ではない。今のサッカーにおいては位置的優位の確立が、試合を支配する上で最も大きな要素となっている。それを獲得するためには、相手の出方に応じて戦い方を変える柔軟性が求められる。ダブルボランチで落ち着きが生まれたのは、あくまでもこの日の東京Vに対してであり、これが絶対的ということではない。

 話を5バックの崩し方に戻す。背後の心配がないという前提で、いかにして5バックを崩すかという点について考えてみる。まず5ー4のブロックを組んだ場合のデメリットだが、これは2つだ。1つはボール保持に変わった後の力がかけ難いという点。そしてもう1つはワントップの脇のスペースが使われやすいという点だ。ここでヴィッセルにとって重要なのは後者だ。相手のワントップを挟むように開いたセンターバックが攻撃の起点となることができれば、全体を前に向けて作りやすくなる。そしてこの点については、この試合では比較的、形になっていたように思う。特にマテウス トゥーレルがボールを持った際には、東京Vのワントップである木村の横に進出し、そこから前にボールを出すシーンが多かった。その際、もう1枚のセンターバックである山川が背後に控える形となっていたため、木村も無理をしてトゥーレルに突っかけることはなかった。

 このように5バックのデメリットは衝くことができていたが、崩しきるとなると話は異なってくる。次の課題はいかにして5-4のブロックの内側に入り込むかということになるのだが、そのためには最初の仕掛けが必要になる。それはサイドバックで幅を取ることだ。その狙いは、相手のサイドハーフを外に引っ張り出すことにある。5-4のブロックの配置を5レーンに置いてみると、2列目の4枚の基本的な立ち位置は、それぞれのレーンの境界線上になる。背後の5枚が各レーンに1人ずつ入るため、その前でレーンの境界線を埋める形だ。そのためまずは2枚のサイドハーフを外側に引っ張り出さなければならない。この試合でヴィッセルのサイドバックは左に本多勇喜、右に酒井という並びだった。高い位置を取ることの多い酒井はともかく、本多の立ち位置がポイントとなったのだが、ここで本多は見事なポジショニングを見せた。単純に外側に引っ張るのではなく、ヴィッセルのボランチの斜め後ろに立つことで攻守両面に構える態勢を整えたのだ。ここで本多と対面するのは染野唯月だった。高い技術を持ち、攻撃時にはセカンドストライカーとしての動きもできる染野を単純に外側に引っ張り出したとしても、万が一前に抜け出された場合には、木村とのコンビネーションでヴィッセルの最終ラインを崩す可能性があった。基本的に染野に対する最初の守備は鍬先が担っていたのだが、それをフォローできる位置に立ちつつ、サイドを狙うこともできる位置に本多が立ったことで、染野は動き難くなった。
 サイドでの構えができた後は、ボランチが中央の2枚を寸断しなければならない。この試合で言えば、齋藤功佑と平川怜の距離感を崩すための仕掛けだ。セオリー通りであれば、鍬先か井手口のどちらかが齋藤と平川の間でボールを持ち、両者を引き付けなければならない。前記したサイドバックの動きと併せることで、5レーンのハーフスペースを空けるためだ。その上でもう1人のボランチが空いたハーフスペースでボールを受け、そのまま前進する。しかしこの試合でヴィッセルの狙いはそこにはなかった。最終的にサイドの深い位置を狙っていたため、東京Vのボランチの距離を崩すことにはこだわらず、サイドに展開する場面が多かった。個人的にはここがポイントだったように思う。
 本来であればここでヴィッセルのウイングが幅を取った上で、そこに中央の大迫、あるいはトップ下のような役割になる宮代大聖が動き、相手のウイングバックとセンターバックの間に立ち、そこにヴィッセルのサイドバックとウイングが絡み、3対2を作るべきだった。しかし吉田監督の最終的な狙いがサイドからのクロスにあったためか、外に出すタイミングが早かったように思う。ヴィッセルの側に個人の質的優位があることを思えば、これは決して間違いではない。しかし外側からのクロスは守備側の選手も動きながら対応することができてしまう。そのため、クロスから崩す形を作れなかったように思う。
 前記した3対2を作る形は定石だが、ここで3対2を作ることに重きを置いているのは単純な数的優位を作ることが目的ではない。相手のセンターバックとウイングバックの2枚の足を止める、いわゆるピン止めすることで、ペナルティエリア付近にスペースを作り出すことが目的だ。そう考えると、この日のヴィッセルは外に展開するタイミングがやや早すぎたように思える。


 この試合でもヴィッセルの攻撃は、右サイドがメインとなっていた。このサイドに立っていたのが酒井とエリキであることを考えれば当然の選択ではあったと思うが、突破力のある両者がいるだけに、敢えて内側で時間を作る場面を増やしてほしかった。その中で時間とスペースを受け取った選手が攻め込む形を整えることができれば、5バックに対しての有効な攻撃となったように思う。
 これに対して左サイドでは汰木康也が面白いポジショニングを取り、これまでの試合とは異なる形を見せた。そもそもヴィッセルの攻撃は酒井のいるサイドが中心になることが多いため、前記したように、この試合では右サイドからの攻撃が多かった。しかしこれまた前記したように本多のポジショニングが相手のボランチを足止めするような形になっていたため、汰木には十分なスペースが与えられていた。ここを汰木は巧く使い、左サイドでの形を作り出していた。
 この試合で汰木は独力での突破を狙うわけではなく、東京Vのブロックの前に立ち、経由地となるように動く場面が多かった。同サイドに宮代という、突破力のある選手がいたこともあるが、宮代との距離を意識しつつ、斜めの関係を維持し、宮代、そして大迫やエリキといった選手を動かす意識が高かったように見えた。得意のドリブルを活かして縦の突破を狙うのではなく、少し引いた位置で司令塔のように動き続けた。これが東京Vの想定外だったため、東京Vの守備陣に対して少なくない混乱を与えていたように思う。加えて右サイドにボールがある時には、巧くローテーションしながら中にポジションを取る場面も多かった。その中でエリキとのホットラインも形成された。得点もその形から生まれたことを思えば、この「汰木―エリキ」ラインは、ヴィッセルに現れた新しい攻撃の形となる可能性が高い。
 そのエリキからのボールを受けた最初のシュートチャンスは外してしまった汰木だが、その後もいい形で試合に関与できていた。汰木自身は最初のチャンスを決められなかったことを引きずっていたというが、そうしたことを感じさせないプレーだった。後半には、これまたエリキからのパスを受け、値千金のゴールを決め、勝利の立役者となった。


 この試合で特筆すべき活躍を見せた選手は3人いる。井手口、山川、そして前川黛也だ。
 まず井手口だが、この試合では前記したようにダブルボランチとして動く時間が長かったが、その中でも井手口は広いエリアをカバーしながら動き続けた。チームトップとなる走行距離を記録したのは、その証左だ。特に攻撃の中心となる右サイドをフォローする場面が多かったが、常にボール付近に顔を出しながら、ピンチの芽を摘み取っていた。プレーエリアがいつもよりは低かったこともあり、攻撃に厚みを加える場面はそう多くはなかったが、持ち前の運動量を活かし、ボールホルダーにとってのバックアッパーのような役割を果たし続けた。


 次に山川だが、この試合では立ち位置を変えていたように見えた。特にGKの前川がボールを持った際、意識的に前を狙える位置に立つことで、低い位置でのボール回しを避けていたようだった。そしてボールを持った際には、前を意識して動いていた。この山川の動きは、過去の試合で露見していた弱点を補うための工夫だろう。結果的に、この姿勢がチーム全体を前に向ける上で大きな役割を果たしていたように感じた。守備に際しては、持ち前の強さを存分に発揮していた。31分に訪れたこの試合最大のピンチの場面では、福田湧矢のシュートをブロックし、チームを救った。この直前にペナルティエリア内で木村とトゥーレルが競る際に、山川はゴール前にポジションを取っていたのだが、木村が倒れた後もそこを守り続けたことが、福田のシュートに対峙できた要因だ。意識は前に向けつつも、ゴール前で自分がやるべきことを見失わない冷静さは山川の持ち味でもあり、チーム内で信頼を勝ち得ている部分でもある。
 今季から主将に就任した山川だが、これだけのメンバーをまとめ上げていく苦労は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。加えて思うような結果が出ていない中では、自責の念にかられることも多いのではないだろうか。山川にとっては大変なシーズンだとは思うが、この苦労は確実に山川を成長させる。力のあるメンバーを引っ張っていくためにも、自分が過去よりもレベルアップしなければという思いは、山川を追い込むと同時に、山川の視座を高い位置に引き上げるはずだ。ヴィッセルアカデミー出身の山川の姿は、後に続くアカデミー出身の選手たちの目標でもあり、規範でもある。


 そして前川だが、この試合では見事なシュートストップを見せ続けた。22分に染野が放ったミドルシュート、48分に綱島悠斗が放ったミドルシュートは、いずれもやや意外なタイミングに放たれており、枠を捉えている危険なものだったが、これを見事に弾き出した。そしてリスタートの場面では過去に見られたような、相手に狙われやすいビルドアップを避け、はっきりとした意思を込めたボールを蹴り続けた。これは前記した山川の動きとも密接に関係しているが、前川も自らのプレーを変えることで、チームの悪い流れを断ち切ろうと意識していたのだろう。GKにとっての勲章であるクリーンシートは、そうした前川の努力に対するご褒美だったように思う。

 汰木は試合後、「流れを自分たちに持ってくるために必要なのが球際の部分や一歩足を出すといった部分だと思う」と発言していたが、これはチーム全体の気持ちを代弁したものだったように思う。今季、完全な力負けを喫した試合はないものの、思ったような結果は出ていない。それは互角に戦っている中でのエラーが失点につながり、勝点を取り逃がしているからだ。そうした悪い流れを断ち切るために、全ての選手が我武者羅さのようなものを出していこうと意識していたのだろう。ひょっとすると、今季のヴィッセルに最も不足していたのは、この部分だったのかもしれない。今季、誰一人として気持ちの入っていない選手はいなかったが、ライバルたちから目標としてマークされる中で、どこか「受け」に回ってしまう気持ちが生まれていたのかもしれない。
 どんな競技においても、ディフェンディングチャンピオンは「挑戦者の気持ちで戦う」と口にするが、実際にそれを実現することは難しい。それは今季のヴィッセルについても言えることだ。しかしこの試合では、かつて見せていたような必死さをヴィッセルの選手たちは見せてくれた。試合後に、東京Vを率いる城福浩監督は開口一番「球際で身体を入れる反応の速さや強さで神戸さんに上回られた」と語った。その上でヴィッセルについて「リーグのなかでもおそらく一番強いチーム」と語った。球際での強さをチームに求める城福監督にこう言わしめるほど、この日のヴィッセルは強度の高い守備を見せ続けた。

 攻撃面においては、まだ改善すべきポイントが残っていることは事実だ。前記したサイドから中に入るタイミングもそうだが、ボールを運ぶ上でも、ポジションを落とした大迫の動きに依存している部分は大きい。本来であれば大迫はもっと高い位置で使いたいところではあるが、今は攻撃の組み立て役を一手に担っている状態だ。チームの勝利を誰よりも願う大迫にとってはそれすらも許容できるプレーなのかもそれないが、その依存度が高すぎるがゆえに、相手の厳しいマークに晒され続けている。この試合でも綱島との競り合いの中で、顔に肘が入る場面が散見されたように、相手は大迫を止めるためにファウル覚悟のプレーを見せることが多い。こうした状態が毎試合続いているため、大迫がシーズン序盤にして満身創痍であることは間違いない。この大迫への依存度を減らすことは、大迫をゴール前に置くことができるということでもあり。それはそのままヴィッセルの得点力を高めることにもつながる。この先、上位陣を追撃するためにも問題点を解決し、チームとしての攻撃の形を整えることは、喫緊の課題だ。

 とはいえ「闘う気持ち」を全員が発揮し続けて、勝点3をつかみ取ったこの日の試合が持つ意味は大きい。「闘う気持ち」は、戦い方の整備以前に備えておくべき事項だからだ。その意味では、この日の試合でヴィッセルのサッカーをレベルアップさせるための準備は整ったとも言える。ディフェンディングチャンピオンとしての誇りは残しつつも、その意識を捨てた今、ヴィッセルは新しい段階に入った。
 この日の勝利を意味のあるものにするためにも、中3日で迎える次戦、そしてその次の試合は大きな意味を持っている。ここで川崎F、町田という上位のチームを撃破することができた時、J1リーグ戦3連覇という偉業達成の可能性は現実味を帯びてくる。次節は平日のナイターとなるが、一人でも多くのサポーターがスタジアムに足を運んでくれることを願う。
 「いつだって神戸は全員で戦う」
 この言葉の意味するところこそが、V3への原動力であることだけは間違いのない事実だ。

今日の一番星
[本多勇喜選手]

汰木、エリキ、井手口、山川、前川と候補が目白押しの試合ではあったが、チームの根幹となる形を作り出した点を高く評価し、本多を選出した。今季のヴィッセルにとって、最も大きな問題は「左サイドバックを誰が埋めるか」という点にあった。それに伴い様々な選手を補強したが、現時点では本多こそが最適解であることを印象付けた試合でもあった。本文中にも書いたが、この試合で本多はそのポジショニングによって、東京Vの守備組織に小さな綻びを作り出した。そのポジショニングは、ボール非保持時の連携までもが考えられたものであったため、東京Vの右サイドの迫力を軽減することに成功した。さらに実際の守備に際しても、体格で勝る染野に対して全く怯むことなく挑み、その多くの場面で勝利した。さらにボール保持時には、角度をつけたパスで戦場を移動させるなど、あらゆる場面で気の利いたプレーを見せ続けた。「最終ラインにいてくれると安心する」とチームメイトに言わしめる「本多らしさ」を存分に発揮し続けた。左サイドバックを本多が埋めてくれると、酒井を右に出すことができる。そうなると右サイドでは酒井と武藤嘉紀を中心とした攻撃の形が整う。現時点では、これこそがヴィッセルにとって最良の形だ。決して派手さはないが、出場した試合では安定した力を発揮する本多の存在は、ヴィッセルの「大駒」を活かすための必須アイテムとも言えるだろう。「物静かな仕事人」に敬意とこの先の期待を込めて、文句なしの一番星。