覆面記者の目

明治安田J1 第11節 vs.町田 ノエスタ(4/20 14:03)
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サッカーを語る上で頻出する言葉の1つが「距離感」だ。かつてヴィッセルのGM補佐を務めていた佐藤英男氏(故人)は若いころからチーム強化のために、文字通り世界中を飛び回っていた。南極大陸を除く全ての大陸でサッカーを見てきたことが自慢だった佐藤氏だが、「強いチームはいい距離感でサッカーをしている」というのが口癖だった。
 サッカーにおける「距離感」とは、相手選手や味方、そしてボールとの適切な距離を保つということになるのだろうが、これは状況に応じて自らのプレーを変化させていく対応力とも換言することができる。自チームのボール保持、非保持といった状況、そしてボールと味方と相手の位置に応じて、常に最適な距離を保ち続けることが求められる。こうした「距離感」は、サッカーのスタイルによっても異なる。単に近ければいいというものではない。チームとしてやろうとしていることを正確に把握した上で、それを遂行するための方策を考える。これがチーム全体に統一されて、初めて「それぞれがいい距離感」で試合を優位に進めることができるようになる。

 ヴィッセルについて考えてみると、この3試合はこの「距離感」が修正されてきたように思う。ヴィッセルのサッカーに通底しているのは、相手ゴール方向にボールを動かしていくという考え方だ。時にはロングボールを使いながら前進し、なるべく相手陣内で試合を進めるというのが、今のヴィッセルの基本的な戦い方だ。高い位置でボールを奪うことを目的とした「前線からのプレッシング」に吉田孝行監督がこだわりを見せているのも、そのためだ。これが過去2年間、素晴らしい結果を生み出した。そうなれば対戦相手は対策を講じる。
ヴィッセルのプレスを回避するために、相手の最終ラインの選手が前に向けて大きく蹴り出すという方法も「ヴィッセル対策」の1つだ。相手が大きく蹴り出したボールを追って処理するため、本来であれば高い位置をキープしたいヴィッセルの最終ラインの選手は下がらなければならない。そして、相手の前線の選手はここで下がってきたヴィッセルの最終ラインに対してプレッシャーをかける。ここでの目的は、ヴィッセルの最終ラインを低い位置に押し留めることにある。これを回避しつつ前進していくためには、最終ラインからのビルドアップの技術が必要になる。しかしこれは今のヴィッセルにとっての弱点でもある。こうした対策を前にする中で、ヴィッセルの布陣は間延びしてしまった。試合を重ねるごとに安定してきているとはいえ、同じトップカテゴリで戦うチームの選手たちが見せる守備を確実に掻いくぐるまでには至っていない。そのため過去の試合では、低い位置からロングボールを使う場面が散見された。そうすると相手はヴィッセルにとって前線での起点となる大迫勇也に対しては、厳しいマークをつける。ここでの目的は大迫に競り勝つことではなく、大迫から自由を奪うことにある。しかし、同じロングボールでも1つの前提条件をクリアしていれば、この対応にも何ら問題がない。その前提条件とは、セカンドボールを回収できる厚みを前に用意することだ。ヴィッセルの基本布陣である4-1-2-3で言えば、前線の2-3にあたる5枚プラス両サイドバックの計7枚が、ボールの受け先である大迫の競り合いから始まるセカンドボールを回収できる位置にいることができるのであれば、押し返された後のロングボールも「効果的な攻撃」となる。しかし実際にこうした布陣を作ることは難しい。ボールを押し返される中では、自陣に守備組織を構築しなければならないためだ。だからこそ押し返された後のロングボールを蹴るためには、味方にポジションを取り直すための時間を与えなければならなかった。

 ここまでがシーズン序盤に苦戦した直接的な原因だ。その背景には続発した負傷者、そしてそれに伴う練習メニューの変更などがあったことは容易に想像できる。この流れを断ち切ったのは、ヴィッセルの最終ラインの立ち位置の変更だ。低い位置でボールを持った際、2枚のセンターバックはシーズン序盤よりも大きく開くようになった。そして勇気をもってボールを前に動かすようになった。その結果、ここ3試合はヴィッセルの最終ラインがハーフウェーライン近くでポジションを取れるようになった。これがチーム全体をコンパクトにした。その結果「いい距離感」を取り戻すことに成功した。言葉にすると簡単なことのように思われるが、これは大きな勇気を伴う修正だった。GKを含めた最終ラインの選手にとって、センターバックの背後に大きなスペースを作るということは、大きなリスクを背負い込むということでもある。基本的に失点はチームの責任ではあるが、センターバックやGKにとっては自らの責任でもある。しかしこの3試合、この守り方で巧くいっているのは「チャンレンジ&カバー」が徹底されているためだ。これは少年サッカーでも教えられる基本中の基本ではあるが、90分間続けることが難しいプレーでもある。しかしマテウス トゥーレルと山川哲史を中心とした守備陣は、試合を通じて高い集中力を保ち続け、これを遂行している。
 こうして取り戻したコンパクトな布陣は、ボール非保持時の連続した守備を可能にした。こうなると、ヴィッセルのもう1つの特徴でもある球際の強さが活きてくる。この日の試合でもボールを前に運ぼうとする町田の選手に対して厳しい守備を連続させ、前進を阻むシーンが何度も見られた。Jリーグの中でも上位に位置する推進力を持つ町田の攻撃を抑えきった裏側には、こうした守備の強さがあった。その意味では、この3連勝は「守備の勝利」と換言することもできる。


 ここまでは改善されたヴィッセルの守備について記してきたが、これで全ての問題が解決したわけではない。ヴィッセルの代名詞でもある「破壊力」は、まだ鳴りを潜めている。この日のゴール期待値は町田の1.76に対して、ヴィッセルは0.91だった。これが全てを表しているわけではないが、決定機の数においては町田の方が上回っていた印象だ。その原因の1つと思われるのが、アタッキングサードでの戦い方だ。
 今季のヴィッセルの攻撃面における特徴はクロスの数だ。前節までの数字だが、ヴィッセルのクロスの本数は183本だ。これはJ1所属クラブの中で最多だ。実際に試合を見ていると、ヴィッセルの攻撃はサイドを使ったとしても、そこからクロスを選択することが多い。吉田監督がこうした戦い方を選択しているのは、大迫や佐々木大樹といった高さでの競り合いに強い選手がいるためだろう。しかし今季はそのクロスが得点に結びついていない。
 ちなみに、11試合を消化したヴィッセルの得点数は10。消化試合数にはバラツキがあるが、この数字はJ1リーグの中では4番目に少ない数字となっている。参考までに失点数を見てみると、ヴィッセルの失点数8は2番目に少ない数字だ。現時点で最も失点が少ないのは、ヴィッセルと同じ11試合を消化している岡山の7となっている。こうした数字からは、今季のヴィッセルは少ない得点を堅い守備で守り切るという戦い方になっていることが判る。
 こうした堅守をベースとした戦い方には安定感がある。その意味では、今の戦い方を継続することに問題がないとも言えるが、3連覇という目標を前にして考えた時、心許なく思えてしまう。大迫や佐々木だけではなく武藤嘉紀、エリキといったフォワード陣の面子と得点数を比較すれば、まだ持てる力を発揮できていないことは明らかだ。そのため、今の守備強度を維持するという前提ではあるが、攻撃力の強化こそが、この先のリーグ戦を戦い抜くための喫緊の課題であると言えるだろう。リーグ内で最もクロスを使いながら、それが得点に結びついていないとなると、何らかの修正が必要なことは間違いない。そして、そのための方策としては「クロスの質の向上」と「クロス以外の攻撃方法の確立」という2つが考えられる。


 まず1つ目の「クロスの質の改善」について考えてみる。一般的にクロスの質を改善するためには3つのポイントで考えなければならないとされている。3つとは「ボールコントロール」、「キックの質」、「視野」だ。
 まず最初のボールコントロールだが、ここで重要なのはスピードを落とすことなく、ボールをコントロールするという点だ。クロスを狙う際、マークについている相手だけではなく、ボールの届け先であるゴール前で構える相手をも動かさなければならない。高い位置のサイドにボールが出た場合、まず守備側はペナルティエリアの中を固める。この時、既に中に立っている攻撃側の選手へのマークはもちろんだが、背後から飛び込んでくる動きも想定した上で守備陣形を整える。こうなった場合は、守る側に優位性があることが多い。人数的な優位性はもちろんだが、それ以上に潰すべきスペースが明確であるためだ。だからこそ攻撃側の選手は動きを入れることで、相手の陣形に綻びを作り出さなければならない。この時、クロスを受ける側の選手の動きが注目されることは多いが、実はそれと同等に蹴る側の選手の動きも重要だ。ペナルティエリア内を守る選手は、クロスがくると察知した時点からボールの動きを注視する。それによって守りに入るタイミングを計るためだ。ということはここでの主導権は、ボールホルダーにある。であるならばスピードを落とすことなくボールをコントロールすることができれば、相手を動かすことができる。
 次にキックの質だが、これは精度を高めるということと同義だ。クロスはそのボールの種類によって5つに大別される。5つとは高いクロス、低いクロス、伸びるクロス、カーブをかけたクロス、そしてアーリークロスの5つだ。教科書的に言えば、この5つのクロスは使う場面が異なる。高いクロスはペナルティエリア内に高さのある味方選手がいる場合。低いクロスはニアサイドにスペースがある場合。伸びるクロスはファーサイドに味方が走りこんでくるスペースがある場合。カーブをかけたクロスは相手がニア側に密集しており、その頭を超えたいとき。そしてアーリークロスは相手の守備陣形が整っていない時、もしくはGKと守備の間にスペースがある場合だ。これらのクロスを蹴るためには、それぞれ異なる蹴り方が要求されるのだが、その点においては、ヴィッセルの選手は総じて高い技術を持っているため、問題はない。ここで注意すべきは5つの中からどのクロスを選択するかという部分であり、その際の思考がボールを受ける側にも共有されていることが望ましい。そしてこの選択は3つ目のポイントである視野と密接に関係している。
 その視野だがこれは状況を正確に把握する力と同義だ。前記したように「どんなクロスを入れるか」ということを考える上では、ゴール前の状況によって異なる。瞬時に味方を含めた選手の配置を把握しなければならない。スピードを落とすことなく、さらに正確に状況を把握した上で、それに応じた選択をするというのは、プロとは言えども決して容易いことではない。ましてや大体の場合において、クロスを入れさせないようにマークする相手を剥がすための動きも入れなければならない。身体を動かしながら、同時に複数のことを考えるというのは、決して望ましい状況ではない。それは人間の脳が一度に一つの作業しかできない構造になっているためだ。かつて何かの本で読んだことがあるのだが、ハーバード大学の研究によると、複数のことを同時にこなしている時、脳にはストレスがかかると同時に、ドーパミンが分泌されている。そのため、独特の高揚感をもたらすという。結果として脳は心が散漫になることを奨励し、非効率を作りだしてしまうというのだ。この状況が続くと脳にストレスのかかる成分は分泌過多となり、創造性の低下を招くという。これはサッカーにおいて望ましい状態ではない。しかし世界のサッカーに目を向けると、こうした複数のことを同時にこなしてしまう選手は実際に存在している。かつてヴィッセルで主将を務めていたアンドレス イニエスタなどは、その典型とも言うべき存在だ。ではイニエスタのような選手は、どのようにしているかということになるのだが、脳科学における最新の研究によれば、実は高速で複数の作業を切り替えることで、同時に複数の作業をこなしているように見せているのだという。そしてこうした処理法を身につけることは、創造性の増加につながるという。話をクロスに戻すと、まずはマークする相手を剥がす。次に中の状況を確認する。その上で、状況に応じた選択をするという順番を間違えることなく、一連の動作の中で行えるようにすることが目標になる。これを身につけるためには、日常のトレーニングの中で「何となくクロスを入れた」という状況を作らず、常に順番に従って作業をこなしていくように意識することが肝要だ。


 次に「クロス以外の攻撃方法の確立」だが、これに対する回答はこの日の試合の中にあった。それは29分のチャンスシーンだ。右サイドペナルティエリア横からの酒井高徳のスローインの場面で、ペナルティエリア内ニアにいた佐々木が相手と競り合い、マイナス方向にボールを落とした。これを扇原貴宏が拾い、右サイドの酒井に戻した。酒井は浮き球を前に立つ佐々木に合わせ、自身は蹴ると同時に斜めに走路を取り、ペナルティエリア角から中に入った。ボールを受けた佐々木は、酒井の走路方向にボールを落とすのではなく、内側にポジションを取っていた井手口陽介にボールを落とした。井手口はこれを胸で酒井の走路方向に落とした。これを受けた酒井は斜めにグラウンダーのボールでゴール前に蹴りこんだ。このボールに対して、相手を背負っていた大迫はスルーし、中央よりややファー側で左ウイングの広瀬陸斗が飛び込んだ。惜しくも広瀬はわずかに届かずゴールとはならなかったが、見事な崩し方だった。この15秒にも満たないシーンの中には複数のポイントがあった。まず扇原が酒井に戻したシーンだが、この時、井手口についていたマークは、扇原が連れていく格好となり、ここで井手口はフリーになった。そして扇原は、酒井にボールを渡した直後に、その場から遠ざかるように動いたことで、扇原についていったマークは浮き上がった。その結果、酒井がダイレクトで浮き球を佐々木に入れた時点で酒井、佐々木、井手口の3人に対して、町田の守備は2枚になった。そして井手口が酒井にボールを戻す時、井手口が背中で相手を背負ったことで、今度は酒井がフリーになった。ここまでが仕掛けの段階だ。この過程でヴィッセルは扇原の動きによって、3対3を3対2に変えた。マークを引き受けた選手が足を止めずにマークを連れて動き、そのままそこから離脱することによって、ついてきたマークを局面から退場させた格好だ。こうして人数の優位性を作り出した3選手が、常に2か所の1対1を作るように動き続けたことで、酒井はゴールまでの道筋が見えた状態でフリーになることができた。次は仕上げだ。酒井はバウンドしている球を抑え込むような蹴り方で、ゴール前にボールを出した。この時、ゴール前には大迫と広瀬が入っていたのに対し、相手は3枚残っていた。しかし両選手が相手の前後ではなく、間に入っていたことがポイントだった。斜めに入ってくるボールを前にしたとき、守備の選手はボールと相手を同一視野に捉えることが難しくなる。さらに目の前を通過していくボールに対しては、複数の選手が関与することは難しい。ましてやゴール前であるため、守備側の選手はボールへの対処を優先せざるを得なくなる。その中でボールに反応しつつも、動かなかった大迫の動きは見事だった。ここで大迫はボールに反応する姿勢を一瞬見せることで、守る3枚のうち2枚を自分に引き付けたのだ。これによって背後に立つ広瀬に1対1という局面を渡した格好だ。また酒井の蹴ったボールも素晴らしかった。ゴールが見えていた中で、敢えてファーサイドを狙ったのは、ニアに相手GKの谷晃生が立っていたためだろう。谷は優れた技術を持つGKであり、酒井と自分を結ぶ線上に味方がいないことを瞬時に察知し、そこから動かなかった。正確には動けなかったというべきかもしれない。これを見てファーサイドに蹴った酒井が、ここで谷を上回った。広瀬の飛び込みは僅かに間に合わなかったが、この一連の崩しは見事だった。
 長々と説明を書いてきたが、ここまでのポイントは4つだ。1つは数的同数の局面で、一時的に1枚を加えることで数的優位に変える。2つ目はその数的優位を活かすために、敢えて1対1を作り続けることで時間とスペースを渡していく。3つ目は斜めに差し込むことで、相手の動きを止める。そして4つ目は相手の間に立つことで、斜めのボールを引き出し、そこに飛び込むという形だ。ヴィッセルの選手の経験と技術があれば、ゴール前で斜めの動きを意識することは、決して難しいことではないはずだ。そしてこの動きへの対処には技術の差が表れやすいため、ヴィッセルには優位性が生まれやすい。こうした動きを意識していくことができれば、ヴィッセルが本来の破壊力を取り戻すことは可能であるように思われる。


 この日の試合では契約の関係上、エリキが出場できなかった。そのためボールを運ぶ役が誰になるか注目していたのだが、主に宮代大聖がその役割を担った。この試合における宮代は厳しいマークを見せる町田に対し、強さとテクニックを見せつけた。足もとで細かく動かすことで相手をかわしたかと思えば、時には正面からの突破を見せるなど、圧倒的なスキルの高さを証明した。いつもよりは低い位置でボールを受け、前に出る際にはスペースを最大限に利用し、相手を引き付け続けた。この結果、いい形でアタッキングサードまで入る場面が何度も見られた。今季はまだゴールこそないが、コンディションを回復したことで宮代は違いを作り出し続けている。足もとの技術だけでなく、シュート技術も高い宮代の活かし方を確立することも、ヴィッセルの破壊力を取り戻す上では大きな課題と言えるだろう。

 そしてこの試合ではもう1つの明るいニュースがあった。それは武藤の戦列復帰だ。77分に広瀬との交代でピッチに登場した武藤だが、力強いドリブルが戻っていた。武藤はボールに対する勘も優れているため、ボールを引き出す動きにも長けている。一度は背後からのボールに見事な飛び出しを見せ、ゴールネットを揺らしたが、これは惜しくもオフサイドだった。武藤にボールが渡った瞬間、あまりにも抜けていたため完全なオフサイドかと思ったが、映像で見直してみると、そのタイミングはほんのわずかに早いだけだった。この場面で武藤は相手の背後から斜めに動くことで、タイミングを計っていた。この技術の高さと一瞬のスピードは、この先も相手に対する脅威となるだろう。試合後には名古屋戦での負傷が思ったよりも重く、それを押し隠しながらプレーを続けたことでコンディションが上がらなかったと明かした武藤だが、コンディションさえ回復すれば、一頭地を抜く存在であることは間違いない。大迫と並ぶヴィッセルの2枚看板が万全の状態で揃ったとき、ヴィッセルは本来の破壊力を取り戻すだろう。

 この試合の結果、暫定順位は8位へと上昇した。漸く上のテーブルに名を連ねる位置まで来た。そして首位との勝点差は3。消化試合数を軸にしたときにはわずかに2差と、目標とする位置を射程圏内に捉えた。ここまで順位を上げた今、ヴィッセルにとって大事なことについては、武藤が試合後にコメントしている。武藤はチーム内の競争が続いた結果、チーム力が上がっているという感想を口にした上で、上を見すぎることなく、目の前の試合に勝利していくことを考えたいとコメントした。日程の都合上、ヴィッセルは次節まで時間が空いたが、この間、他のクラブには試合が組まれている。暫定順位は一時的に下がるだろうが、実際の勝点差を考えれば、順位を気にする必要はない。武藤の言う通り、目の前の試合に集中し、そこで確実に勝点を積み上げていくことにフォーカスすべきだろう。
 その意味でも次節の岡山戦は、必勝を期して臨みたい一戦だ。J1初年度となる岡山だが、かつてヴィッセルのアカデミーでも指揮を執っていた木山隆之監督のもと、大健闘を見せている。堅い守備をベースとしつつも、前線にはフィジカルモンスターのルカオを配し、並居る強豪クラブを相手に勝点を積み重ねている。

 ヴィッセルの前身が、1966年創部の川崎製鉄水島サッカー部であることはよく知られている。そしてその「川鉄」OBが中心となって作られたチームが、ファジアーノ岡山の前身だ。その意味ではヴィッセルと岡山は同じ源流をもつチームであり、次節は「兄弟対決」とも言うべき試合だ。昇格からの勢いを保っている岡山が相手とはいえ、ヴィッセルにはリーグを連覇した力がある。それを正しく発揮することができれば、最良の結果が期待できる。次節までの12日間でコンディションの回復を図ると同時に、チームとして攻撃の再整備を図ってほしい。
 「ヴィッセルらしい破壊力」をピッチで見られる日はそう遠くなさそうだ。

今日の一番星
[本多勇喜選手]

冒頭でも書いたように、この試合は守り勝った試合だった。全員が集中力を切らすことなく見事な守備を見せた試合ではあったが、その中でも特筆すべき活躍を見せた本多を、迷うことなく選出した。トゥーレルがベンチ外となったこの日の試合において、最大のポイントはセンターバックの人選だった。町田の前線には194cmという抜群の高さと強さを誇るオ セフンがいたためだ。町田はこのオ セフンにボールを当て、その落としたボールを相馬勇紀と藤尾翔太という2枚のシャドーストライカーがゴール前に持ち込むという形が狙いだった。要するにオ セフンをどう抑えるかが、この試合における最大のポイントだったのだ。そしてこの難事を託されたのが本多だった。サイドバックとしても抜群の安定感を見せている本多だが、この試合ではセンターバックとしての鉄壁の強さを見せつけた。173cmという本多の身長は、大型化が進む現代のサッカー界においては、比較的小柄な部類に属する。ミスマッチかとも思ったが、本多は抜群の動きを見せ続け、オ セフンを完璧に抑え込んだ。本多が優れた跳躍力を持っていることは事実だが、それ以上に跳ぶタイミングが素晴らしい。身体を寄せつつ、相手よりも先に跳ぶことで、空中での主導権を握ることができている。本多はこうした高さだけではなく、カバーリングといった部分でも素晴らしい動きを見せた。37分に訪れたこの試合最大のピンチには、ゴールライン上で藤尾のシュートをクリアし、チームを救った。ボール保持時には左足から展開を作り出すなど、この日の試合は「本多の試合」だったと言っても過言ではないほどの活躍を見せ続けた。21cmという絶望的な身長差すら無効化してしまう「抜群の高さを誇る小兵」に最大限の敬意を込めて一番星。