覆面記者の目

明治安田J1 第20節 vs.名古屋 ノエスタ(6/15 18:03)
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  • AWAY名古屋
  • 神戸
  • 2
  • 2前半0
    0後半1
  • 1
  • 名古屋
  • オウンゴール(44')
    宮代 大聖(45'+2)
  • 得点者
  • (57')原 輝綺

過去にも書いたことがあるが、チームビルディングの手法は、大まかにジグソーパズルタイプと積み木タイプに分類される。ジグソーパズルタイプは理想のチームスタイルが予め決まっており、そこに当てはまるパーツを探しながら完成を目指すものだ。これに対して積み木タイプに正解はない。どのような形に成るかはパーツの個性に委ねられており、そこには一切の制約はない。

 これはサッカーにおけるチームビルディングにも通じている。指揮官に与えられている制約は、ピッチに立つことのできる人数のみだ。それ以外は選手の配置、役割など全てが自由だ。だからこそサッカーの監督は難しいとも言える。「自由とは最大の制約である」という言葉を、学生時代に哲学の授業で聞いたことがある。人間は自由を与えられた場合、選択肢が多すぎるため、最善を見つけることができなくなり、結果として行動は制約されるというのがこの言葉の意味だったと記憶しているが、サッカーの監督が迷い続けるのは制約がないためだろう。これが野球であれば9つのポジションの配置場所と役割が決められているため、それぞれの場所に一番相応しい選手を選ぶのだが、サッカーにおいてはGK以外のポジションの配置は、指揮官の裁量に任されている。

 そして、全てのサッカー選手は異なる個性を持っている。その組み合わせ次第では圧倒的な攻撃力を持つチームや強固な守備を誇るチームが誕生する。しかし組み合わせを間違えてしまうと、個々には優れた選手が揃っていても、チームとしての力はその総和よりも小さくなってしまう。だからこそ監督はトレーニングを通じて常に選手の組み合わせを試し、ベストエフォートを探し続けている。


 過去に何度も指摘したことだが、今季のヴィッセルは2つの事象に悩まされてきた。

 1つは、シーズン開幕当初から続いた負傷者の発生だ。この原因が、短いシーズンオフ、そして開幕直後からの8連戦という「超過密日程」にあったことは明らかだが、4カ月以上の時が経ち、多くの選手が戦列に復帰している。まだ昨季のJリーグMVPである武藤嘉紀をはじめとして、若干の負傷者はいるものの、吉田孝行監督をして「選手層は厚くなってきた」、「何人かケガ人はいますが、いるメンバーでチーム内競争ができています」と言わしめる程度に状況は改善している。

 そして、2つめが「左サイドバック」だ。昨季は初瀬亮が務めていたこのポジションは、ヴィッセルの戦い方を継続する上でポイントとなるポジションでもある。4-1-2-3を基本布陣としているヴィッセルではあるが、ボール保持時には右サイドバックの酒井高徳を高い位置に上げるため、左サイドバックは3バックの左のような立ち位置へと変化する。それと同時に、最終ラインにおける攻撃の起点としての役割を求められる。左サイドから対角に大きな展開を作り出し、チーム全体を攻撃モードに切り替える。また左サイドでは、前に立つ左ウイングとの関係で縦の突破を狙い、深い位置からマイナス気味のクロスを供給するなど、高い位置でのクロッサーとしての仕事も担わなければならない。そのため、卓越したキック力と前後に動き続けるスピードとスタミナ、そして球際の強さなど、実に多くのことが求められる。これまでは本多勇喜がこのポジションを務めることが多かったが、これは本多の運動能力や戦術理解の高さを評価されてのものであり、本多が初瀬と同タイプの選手だったためではない。守備の面では初瀬以上の強さを持っている本多ではあるが、攻撃面における力は初瀬には及ばない。そのため、吉田監督は、本多のストロングポイントを活かす形での戦いを作り上げ、結果を残してきた。

 しかしこの試合では、前記した「左サイドバックからの攻撃」という課題への光明が差した。それをもたらしたのは、もちろん永戸勝也だ。試合の9日前に横浜FMからの加入が発表された永戸だが、この日の試合で早速の「ヴィッセルデビュー」を果たした。先発として起用された永戸は86分に鍬先祐弥と交代するまで、攻守にわたって存在感を発揮した。試合後には吉田監督から個人レッスンを受けてきたことを明かしたが、いきなりの公式戦でそれを表現して見せた。仙台、鹿島、横浜FMといったチームで主力選手として経験を積み重ねてきた永戸ではあるが、ヴィッセルの戦い方は未知のものだったはずだ。永戸自身が「立ち位置や対角に蹴られた時のポジションはヴィッセルに来て新しい発見だった」と語っているように、守備面では相当に気を遣いながらプレーしていた。それでも大きく破綻する場面はほぼ見られなかった。これは永戸の戦術理解の高さの証左と言えるだろう。深い位置でウイングやボランチ、センターバックといった周囲の選手とグループで相手を追い込んだ場面では、ポジションが被る場面も何度か見られたが、これは時間が解決する問題であり、それほどの心配は要らないだろう。ペナルティエリアの中を守りに入るタイミングは見事であり、守備における基本は十分に備わっていることを感じさせてくれた。今後、チームメイトの特徴を把握することができれば、グループでの守備についても改善が期待できる。

 試合後、名古屋のボランチである稲垣祥は、プレスや空中戦は想定内だったとしながらも、「神戸のほうが力が上だったかなと思います」と敗戦を受け入れるコメントを残した。これと呼応するように、名古屋を率いる長谷川健太監督は「神戸はしたたかな戦いができるチームなので、2年連続でチャンピオンになっていると思っています」とした上で、「したたかさがあるチームと分かって今日は戦ったんですが、1失点目のダメージがなかなか抜け切らなかったのかなと思っています」と、最初の失点のダメージが大きかったことを認めた。この最初の得点はオウンゴールではあったが、これを生み出したのはヴィッセルの選手たちが見せた技術だった。

 このゴールが決まる過程では3人の選手に注目してほしい。まず最初は山川哲史だ。42分にミドルサードの出口付近で相手のクリアボールを拾ったマテウス トゥーレルからボールを受けた山川だが、この時、山川には山岸祐也が敢然と寄せてきた。ここで山川は外側に戻ってきた酒井へのパスを選択したのだが、酒井が前を向く体勢を整える時間を作るため、山岸からボールを隠すようにしながら動いた。山岸の寄せは速く、山川の前への視界を塞ぐようなコースを取っていた。以前の山川であれば、足を止めて山岸に対処した可能性が高い。しかし山川は次の展開を考えた上で、パスの受け手となる酒井のために時間を作った。ほんのわずかな時間ではあったのだが、これが酒井にとっては大きな時間だった。酒井は戻りながら、ボールに合わせて動いてきた井手口陽介へのパスをイメージすることができたのだ。このプレーに象徴されるように、山川は寄せてくる相手への対応が上達している。ゴール前での守備は昨季以前から高く評価されていた山川だが、ボールコントロールに弱点を抱えていた。そのため今季初めには、相手の寄せの狙いどころとなっていた。この試合で名古屋が見せた寄せは速く、最後まで諦めないしつこさもあったが、そうした寄せに対して、山川がボールコントロールを失うシーンは全く見られなかった。開幕から4カ月足らずの間によくもここまで成長したものだと、その成長速度には感心させられる。ボールコントロールと並ぶ弱点だったパスについても、着実に成長している。この日の試合での中でも、何度か山川が前にボールをつける場面が見られた。ロングボールもただ遠くへ蹴るのではなく、明確な狙いを持って蹴る位置を決めている。かつて右サイドバックとして起用されていたころもそうだったが、山川はプロデビュー以降、弱点とされる部分を着実に消してきた。その努力は並大抵のものではなかったと思う。器用に何でもこなすというタイプでは決してないが、着実に成長を続ける山川だからこそ、主将として、実績十分の猛者たちを引っ張っていくだけの説得力を持っているのだろう。


 次に注目すべきは井手口のプレーだ。井手口は酒井が縦に差し込んだパスを前に落とし、そこに走りこむイメージを持っていた。しかし井手口の狙いを察知し、椎橋慧也がその走路上に立った。これに対して井手口は身体を少し回転させるように動くことで、ボールに対する支配権を主張した。この動きは大きかった。椎橋は井手口の前に入り込むことには成功していたが、井手口にはボールに触るスペースが残っていた。そして迷うことなくそのままボールを突いたのだ。この試合でも忍者のごとく神出鬼没の動きを披露し、何度もチームのピンチを救った。この動きについて井手口は試合後に「チームとして穴を空けたくないということ。それでピンチを事前に防げるのであれば、全然、苦ではないです」と語っている。スタミナを持った選手は大勢いるが、90分間献身的に動き続けることのできる選手となると、Jリーグ全体を見渡してもそう多くはない。そして何よりも井手口は感情の起伏をピッチ上で表すことがほぼない。ピンチの芽を摘み続けるということは、相手の攻撃に対して身体を張り続けているということでもある。コンタクトプレーになるシーンも少なくないが、そんな中でも常に笑みをたたえたような表情を崩さない。この落ち着きがあればこそ、相手の意図を冷静に読み解くことができるのだろう。


 最後は井手口からのボールを受けたジェアン パトリッキだ。井手口が椎橋と競っている時、パトリッキは右のタッチライン際にいた。この時、パトリッキには相手選手がマークについていたが、動き出しをギリギリまで我慢したことで、パトリッキの持ち味であるスピードを活かして前に出ることができた。そしてペナルティエリア内で深い位置まで抉り、そこからマイナスのクロスを入れた。これに対しては稲垣が足を伸ばし触ることができたが、そのボールが左から戻ってきた内田宅哉の胸に当たり、ゴールへと吸い込まれた。これは決して偶然ではない。パトリッキがクロスを放つ際、ニアポストに宮代大聖が走り込むことで、相手のセンターバックを引き付けた。そしてファーサイドには広瀬陸斗、マイナス方向には佐々木大樹が、それぞれ立っていた。宮代、佐々木、広瀬がそれぞれ正しい位置を取ったことで、パトリッキには複数の選択肢が生まれ、名古屋の守備は後手を踏んでいた。

 この試合でパトリッキは天皇杯と同様に、右サイドから中に入りすぎることなくポジションを取り続けた。これによってヴィッセルの選手はピッチ上にバランスよく配置されることとなり、相手陣内でボールを動かし続けることができた。さらに言えばヴィッセルにとって相性が悪い3バックに対して、前への推進力のあるパトリッキを3バックの横に配置したことで、名古屋を押し下げる効果が生まれた。こここそが、この試合における最大の肝だったと言っても過言ではない。ここでパトリッキが中に入ってしまっていた場合、名古屋のウイングバックは高い位置を取り続け、ヴィッセルを押し込む動きに加担していたはずだ。しかしパトリッキが3バックの横を取り続けたことで、このサイドのウイングバックである中山克広は前に出ることができなくなっていた。これこそが試合の流れに沿った正しいポジションだ。この試合でパトリッキが何度もチャンスを創出することができたのも、正しい位置に立っていたためだ。ボールに寄るのではなく、適度な距離を取り続けることこそが、ボールの支配権を確立するということを、この試合のヴィッセルは体現した。さらに言えばポジションを守ったことで、パトリッキは守備においても大きくチームに貢献した。さすがに後半になると足は止まっていたが、そこまでは前線で効果的な守備を続けた。 

 この全体を正しいポジションに配置するという原則を徹底することができれば、ヴィッセルの攻撃力はまだ向上することができるだろう。その意味でパトリッキとの交代で71分に登場したエリキの配置も興味深いものだった。吉田監督は、エリキの投入に合わせて前線の並びを変えた。それまで中央に立っていた佐々木を右に移し、エリキを中央に配置したのだ。ボールに対して積極的に絡んでいくエリキの特性を活かしつつ、全体のバランスを保つための策だったと思われるが、これが奏功した。ヴィッセルの前線には能力の高い選手が多く名を連ねている。どの選手も高い決定力を持っているため、前に出たボールに対して寄ってしまう傾向がこれまでは見られた。しかしこれが相手ペナルティエリア付近での渋滞を招いていたことも事実だ。この状況は一見すると迫力のある攻撃を繰り出しているように見えるが、実は相手にとっても守るべきエリアを限定しやすいという点において「守りやすさ」を生み出していた。1試合あたりでの得点数が最も多かった一昨年は中央に大迫勇也が絶対的な存在として君臨していたため、中央で渋滞が発生する回数は少なかった。しかし大迫へのマークが厳しさを増し、それに伴い大迫がポジションを落とす場面も増える中で、中央での渋滞が見られるようになってきた。大迫がポジションを移動しながら「決めさせる役」も兼務している以上、パトリッキやエリキ、武藤、佐々木、宮代といった選手が「決める役」を務める場面はこれからも多いだろう。彼らの高い得点力を活かすためにも、吉田監督には正しいポジションを徹底させてほしい。

 この前線の配置を考える上で、大きな戦力となるのが佐々木だ。前記したように前線の中央でスタートした佐々木だが、この試合ではこれまで大迫がこなしていたような役割を担い続けた。試合前には長谷川監督も佐々木を警戒すべき選手として名前を挙げていたが、その評価に恥じない活躍を見せた。前線でボールを引き出す役を担ったため、相手の厳しいマークに晒され続けたが、佐々木はそこから逃げなかった。高さもあり、足もとの技術にも優れたものを持っている佐々木は、前に立つだけで相手を引き付けることができる。それが相手の守備に綻びを生み、インサイドハーフに入っていた宮代やウイングのパトリッキや広瀬、汰木康也といった選手たちにスペースを与えた。この中で佐々木自身がゴールを決めることは難しいかもしれないが、チームへの貢献度という点では大きなものを残している。佐々木は大迫とは異なる個性を持った選手だが、今のスタイルを貫いていけば、いずれは大迫のような前線における万能タイプの選手になる可能性は高い。 

 佐々木の成長によって、さらなる成績の向上が期待できるのが宮代だ。最近はインサイドハーフでの出場が続いている宮代だが、今やゴール前に顔を出すタイミングを完全につかんだようだ。この試合でも、得点シーン以外にも何度かチャンスを迎えていたことが、それを証明している。宮代はボールスキルが高く、密集の中でも慌てることがない。そして落ち着いた動きで、難なく複数の相手をかわすことができる。そのため相手を引き付ける役割も担うことができる。佐々木とのコンビネーションも試合を重ねるごとに高まっており、今やこのコンビはライバルたちの脅威となっている。得点シーンでは永戸のコーナーキックを受けた時、内田に身体を寄せられていたが、僅かに引くように動くことで内田のバランスを崩し、シュートの態勢に持ち込んだ。目の前には3人の相手選手がいたが、それをものともせず、落ち着いて逆側のポストに当てて、ゴールに流し込んだ。このシュートシーンには宮代の体幹の強さと高いシュート技術が詰まっていた。その技術には大迫や武藤も一目置いている。今季も宮代のゴール量産には期待が持てそうだ。


 ここまで書いてきたことは、この試合における「収穫」だ。しかしどの試合でも「収穫」と同じように「課題」も表出する。この試合で表出した「課題」は右サイドの守備だ。もっとはっきりと言えば、右サイドを守る際の配置だ。ヴィッセルの右サイドの守備において中心となるのが酒井であることは言うまでもない。今なお、Jリーグ最高のサイドバックとして攻守両面で高い能力を発揮し続けている酒井だが、その能力が高いがゆえに、チームの歪を1人で引き受けている。ボール保持時に酒井が高い位置を取ることは前記した通りだが、背後の守備も1人で引き受けているため、酒井のエリアは相手にとっても狙いやすい場所となっている。その狙い方としては、対面する選手が突破するのではなく、中にいる選手とのコンビネーションで酒井を引き付け、スペースを作り出すという方法が最も多い。それでもほとんどの場合において酒井は守り切ってしまうのだが、時にはそこを破られる。この試合における失点シーンは、その変形版とも言うべきものだった。57分にヴィッセルの左サイドを前進し、右ウイングバックの中山がタッチライン沿いに開いてボールを受けることで、対面する永戸を引き出した。その上でハーフスペースを上がっていた森島司にボールを預けた。この時、明らかに森島は逆サイドを意識していた。この時はヴィッセルの配置全体が左に寄っていたため、酒井は中央やや右にポジションを取っていた。そして酒井の外には菊地泰智、前には和泉竜司という立ち位置になっていた。ここで森島は菊池への長いボールを通した。菊池はペナルティエリアに入ったところでこのボールを受けた。これに対して酒井は正対することで、菊池がゴール方向に向かう進路を遮断した。これに合わせて和泉は酒井と山川の間をまっすぐに上がっていったのだが、酒井は菊池と向き合っているため、逆サイドから戻ってきた井手口が和泉を見るように動いた。その結果、ペナルティアークの箇所がぽっかりと空いてしまった。最後はここに走りこんできたセンターバックの原輝綺がフリーでシュートを放った。井手口は途中で和泉の動きが囮であることに気付き、戻ろうとしたが、時すでに遅しだった。森島がボールを蹴る前、森島の周りは攻撃3人に対して、ヴィッセルの守備が4人いる格好となっていた。これこそが酒井が1対2を引き受けているために起きる事象ではあるのだが、こうした失点を防ぐための対策は必要だ。今の配置で考えるならば、右ウイングの選手が全力で戻り、酒井のフォローにまわるのが常道だ。武藤がピッチにいる場合、一気に自陣に戻ってくるため、こうした失点を防ぐこともできていたのだが、この日の試合ではパトリッキの足はすでに止まりかけており、ここまでスプリントして戻ることは難しかっただろう。こうした失点を防ぐためには、右ウイングの状態は常にチェックしておく必要があるのかもしれない。

 そしてもう1つの課題だが、それは天皇杯の項でも書いた「ポジショニング」の問題だ。この日の試合では名古屋の前に出る動きを、ヴィッセルは経験でねじ伏せた。しかし試合前の時点で気温29度という暑さの中、ヴィッセルの選手の動きも時間経過とともに落ちていった。名古屋の選手も同様に動きが落ちていったため、全体として破綻する場面は一度もなかったが、これからの季節を考えれば「如何にして体力を残すのか」という点は、タイトル獲得のために解決すべき課題であるように思う。この点について、試合後に井手口は「ずっとはいけないので」とした上で、「チームとしていく時といかない時のメリハリをつける」ということを解決策として挙げた。確かにこれも1つの解決策ではあるが、これはボール非保持時の話だ。ボール保持時にも体力を残すためには、今のように運動量とスピードで勝負するだけではなく、時には全体を最適に配置し、位置的優位を取り続けながらボールを動かしていく方法も身につけてほしい。位置的優位が取れている中でボールを動かすということは、相手を走らせるということでもある。これで相手の体力を削り取っておくことは、攻守両面で主導権を握る上でも効果的な筈だ。

 いくつかの課題はあったものの、見事な勝利を挙げたヴィッセルは順位を6位へと上げた。消化試合数が少ないヴィッセルが追いかける展開というのは、上に立っているチームにとっては居心地の悪さを与えていることだろう。しかし今はまだ、目の前の試合に全力で臨み、勝利を積み重ねていく時期だ。その意味でも次節の川崎F戦には、万全の準備をした上で臨んでほしい。ヴィッセルと同様に消化試合数は少なく、勝点1差で直下につけている川崎Fは、タイトル獲得のためには倒しておかなければならない相手だ。アウェイでの戦いではあるが、これまで培ってきた「ヴィッセルらしさ」を正しく発揮することができれば、勝機は十分にあるだろう。ここから先の「生き残りゲーム」にヴィッセルが勝ち残っていくことを確信している。

今日の一番星
[永戸勝也選手]

 前線で身体を張り続けた佐々木、見事な決勝ゴールを決めた宮代と最後まで迷ったが、ヴィッセルでのデビュー戦で鮮烈な輝きを放った永戸を選出した。守備面における活躍は本文中に書いた通りだが、永戸の持ち味である攻撃面の能力が、この試合の決勝ゴールを生み出した。永戸の最大の武器であるキックスキルの高さは、この日の試合でも存分に発揮された。特に相手に寄せられた中でのボディアングルの作り方は巧みであり、これがあるためクロスを蹴るためのスペースを自分だけで作り出すこともできる。こうして蹴り出されるクロスは質、精度ともに高いものだった。これまでヴィッセルのクロスはペナルティエリア内で待ち構える相手に引っかかることが多かったのだが、永戸のクロスは確実に相手を超える。相手を超えることだけを目的としてしまった場合、クロスは高く上がりすぎてしまい、結果的に相手GKに対応されてしまうことが多いのだが、永戸のクロスは相手の高さを計算に入れて蹴り出されているため、相手守備がギリギリ届かない高さを狙っている。ボールはスピードを保っており、相手にとっては反応し難いものだった。さらに感心したのが、前に出るタイミングの取り方だった。無理に前を目指すのではなく、味方を使いながら、常に自分のスペースを確保していた。J1リーグ戦の中でこうしたプレーができるというのは、永戸には状況を見る目と、瞬時に複数の選択肢を作り出す頭脳が備わっていることを示している。決勝ゴールにつながった前半アディショナルタイムの46分に蹴った右コーナーキックは、インスイングの軌道でファーサイドで待つ宮代の足もとに届く高精度なキックだった。これが決勝点となる2点目を生み出したのだが、この結果は永戸自身にとっても大きな意味を持っているだろう。いきなり目に見える形での結果を残したことで、この先続く「ヴィッセルの戦い方に自らを適合させて行くトレーニング」に対して、ポジティブな気持ちで取り組むことができるためだ。記録として残る結果は、自らの信じる気持ちを後押ししてくれる。この永戸の加入は、上位を追走するヴィッセルに新たな勢いをもたらしてくれそうだ。思い返せば、シーズン途中から登場し、チームを活性化した選手は過去にも存在した。2007年の古賀誠史はJ1復帰初年度のチームの形を定め、2010年の小川慶治朗(横浜FC)はチームをJ1残留に導いた。そして何といっても2018年のアンドレス イニエスタはチーム内の基準を引き上げ、ヴィッセルの知名度を高めた。そして2025年は永戸が「J1リーグ3連覇へのラストピース」となるのかもしれない。ヴィッセルに新しい攻撃の形をもたらしてくれそうな「港町の俊英」に、今後への期待を込めて一番星。