覆面記者の目

明治安田J1 第1節 vs.浦和 ノエスタ(2/15 14:03)
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試合後の会見に臨んだ吉田孝行監督の表情には、複雑な胸の内が表れていたように思う。ホームでの開幕戦を勝利で飾れなかった悔しさと、劣勢の試合を耐えきった安堵が同居していたためだろう。
 Jリーグ史上2クラブ目となる「J1リーグ3連覇」に挑む今季、ヴィッセルは全てのクラブから「倒すべき相手」として厳しいマークを受けることになる。全てのクラブの戦力が拮抗しているという点において、特異なリーグとされるJ1リーグにおいて、この状況は非常に厳しいものがある。吉田監督もそれは十分に認識しており、シーズン前から折に触れ、「厳しいシーズンになる」と発言してきた。そしてこの日行われた開幕戦は、その厳しさが尋常ならざるものであることを、改めて認識させる結果となった。

 当たり前のことだが、「王者」の戦いほど難しいものはない。その理由は立場の違いにある。王者には、王者となる過程で身につけた戦い方があり、その記憶から逃れることは難しい。これに対して挑戦者には、こだわるべき過去はない。だからこそ、その時点における最高の強度を追求することに専念できるのだ。この立場の違いが、王者から大胆さを奪い去ってしまう。
 こうしたメカニズムを理解しているからこそ、吉田監督はキャンプ時から「我々は挑戦者」という表現を多用しているのだろう。これに呼応するように、選手たちも同様の言葉を、折に触れて口にしている。しかし彼らの中には、「J1リーグ連覇」を成し遂げた記憶が現実に存在している。これを払拭することこそが、3連覇へのカギを握っているのかもしれない。
 そう考えた理由は、この試合の中にあった。吉田監督は試合後に、内容が良くなかった理由として「自分たちのサッカーをそこまで出せなかった」と語った。確かに3日前に行われたAFCチャンピオンズリーグエリート(以下ACLE)ではいかんなく発揮された「ヴィッセルらしさ」を、この試合ではほとんど発揮することはできなかった。試合中、選手たちは様々な工夫を凝らしながら、「自分たちのサッカー」に戻そうと腐心していたが、挑戦者らしいフレッシュさを持った浦和の圧力の前に、その糸口をつかむことができないままだった。そして今後も対戦相手は、この日の浦和と同様に「王者としてのヴィッセル」を倒すべく、昨年よりさらに強固な対策を施してくるであろうことは間違いない。過去に自分たちが成し遂げたことは自信としつつも、新しい戦い方を見つけることこそがライバルたちの思考の上を行く唯一の道であり、「ヴィッセル包囲網」を打ち破るための方法なのではないだろうか。


 以下に試合を振り返る。
この試合における浦和の布陣は4-2-3-1。右センターバックのダニーロ ボザ、左サイドバックの荻原拓也、右サイドハーフの金子拓郎、トップ下の松本泰志、右サイドハーフのマテウス サヴィオという5人の新戦力をスタートから起用してきた。これに対してヴィッセルは、4日前のACLE上海海港戦と同じメンバーの4-1-2-3で試合に臨んだ。
 試合前々日、会見に臨んだ浦和を率いるマチェイ スコルジャ監督は、ヴィッセルについて「日本におけるベストチーム」と評した上で、「どの監督もヴィッセルのやり方は解っているが、(ヴィッセルの)高いクオリティーを前にすると、どれだけ守ることができるかは分からない」、「吉田監督は戦術の細かいところまでトレーニングで落とし込んでおり、組織的な戦いができるチーム」と語り、警戒心を隠そうとはしなかった。その上で、試合のポイントはポジティブトランジションにあるとした。ヴィッセルがボール非保持に変わった瞬間に見せるプレスの強度を評価した上で、そこをいかにして掻いくぐるかがカギになると語ったのだ。この言葉通り、スコルジャ監督は綿密に作戦を立てて、試合に臨んできた。この試合でスコルジャ監督が見せた「ヴィッセル対策」には複数のポイントがあり、それらはこの先、ヴィッセルが解決すべき事項でもある。以下でそれらについて考えてみる。

 この試合に臨むにあたって、スコルジャ監督が選手に求めたことは「走ること」だったと思う。両チームの総走行距離を比較すると、ヴィッセルが106.637kmだったのに対して、浦和は107.215kmだった。これだけを見ると、それほど大きな差はないように思われるが、スプリント回数と併せてみた時、その差は際立つ。ヴィッセルのチーム合計が89回に対して、浦和は108回と大きく上回っている。二桁のスプリント回数を記録した選手がヴィッセルには2名だったのに対して、浦和は6名だった。その内訳をみると前線のチアゴ サンタナ(13回)、2列目のサヴィオ(18回)、松本(12回)、金子(10回)、ボランチの渡邊凌磨(10回)、サイドバックの荻原(15回)と万遍なく選手が走っていたことが判る。
 走行距離やスプリント回数は、試合内容にも左右されるため、これだけを持って試合内容を断ずることはできないが、この日の試合においてはこの「走ること」がスコルジャ監督による「ヴィッセル対策」の基本となっていたのだろう。
 この数字を昨季の対戦時と比較してみると、浦和の数字はそれほど変わっているわけではない。しかし前線のサンタナが守備に奔走していたように、全ての選手が組織的な動きを意識していた。守備時にヴィッセルの前進を阻むように、全ての選手が動き続けたことで、ヴィッセルの選手は後ろに意識を向けた動きにならざるを得ず、結果としていつものような走力を発揮することができなかった。要はスコルジャ監督は自チームを走らせることで、ヴィッセルを走れなくしたのだ。

 スコルジャ監督が最も重視していたのは「大迫勇也と武藤嘉紀の無効化」だった。攻撃の核である彼らに自由な形でボールが入ることを防ぎ、前を向かせないようにすることができれば、ヴィッセルの攻撃力は大幅に低下する。それは誰の目にも明らかであり、過去2年、多くのチームがその対策を施してきた。しかし彼らは自らの力でそれを乗り越えてきた。1対1であれば、両選手ともほぼ全ての場面で勝利できるだけでなく、彼らには絶妙なコンビネーションがある。そのため「大迫をマークすれば武藤が」、「武藤に人をつければ大迫が」といった具合に相手のマークを外し、得点を量産し続けてきた。そんな大迫&武藤に対してスコルジャ監督が見せた対策そのものは、決して目新しいものではなかった。
 まず大迫に対してだが、ここでスコルジャ監督が警戒していたのは「大迫を目標としたロングボール」だった。ほぼ全ての局面で競り勝つことができる大迫にボールが入ることを防ぐため、前線と2列目の選手はアンカーの扇原貴宏を含むヴィッセルの守備陣に対して自由を与えない守り方を見せた。ボールを奪うためのプレスをかけるのではなく、あくまでも自由にボールを蹴らせないことを目的とした守り方を見せていたのだ。その上で大迫に対しては2枚のセンターバックを中心に厳しいマークをつけた上で、その周囲にはボランチとサイドバックの選手を置くことで、競り負けた際のリスクを最小限にとどめようとしたのだ。
 そして武藤に対してだが、ここは大迫同様にパスを出させないように守備を動かした上で、武藤の位置を押し下げようとした。昨季までであれば、左サイドバックの位置から初瀬亮(シェフィールド・ウェンズデイFC)が蹴る対角線のボールを効果的に使って、武藤を前進させることもできたのだが、今季はまだその形がない。ACLEの試合では両サイドの選手の高さを変えつつ、中央を経由させることでサイドを変え、武藤を前進させる場面もあったが、その際にキーマンとなる扇原には浦和の2列目中央の松本を中心としたマークをつけてきた。この強度が高かったため、扇原も角度をつけたボールを蹴るためには、ポジションを移動しなければならない。その時間を使って、武藤に対してはサイドバックがマークを強める形で前進を阻む狙いだったように思う。さらに武藤のサイドにサヴィオを置くことで、武藤の意識を後ろに向けさせる効果も狙っていた。

 次はヴィッセルの左サイドに対する対策だ。前記したように初瀬がチームを去ったことで、左サイドバックにはACLEに続いて本多勇喜が起用された。右サイドの酒井高徳を上げる形がヴィッセルの基本である以上、守備に安定感のある本多を左サイドに置くこと自体は理に叶っている。ACLEでは左ウイングの汰木康也がキレのある動きでこのサイドを活性化していたため、本多と汰木の距離が開くことは、さしたる問題とはならなかった。しかしこの日の浦和はこのサイドを警戒し、汰木と本多の間を積極的に使おうとした。これによって本多を低い位置に留めつつ、扇原をこのサイドへ引き出し、加えて汰木の位置も下げようとしたのだろう。そして汰木がボールを持った際には、対面する右サイドバックの関根貴大を中心に、ファウル覚悟で止めようとしていた。

 もう1つは、ヴィッセルの最終ラインに対する圧力のかけ方だ。試合後、吉田監督は「そこまでハイプレスに来る相手でもなかった」と浦和の守備について述べたが、これはボールを奪うことを目的とはしていなかったためだろう。浦和の前線と2列目の選手にとって警戒すべきは、ヴィッセルの最終ラインが自由な状態でロングボールを蹴ることだった。そのため十分な体勢でキックを蹴らせないことが主目的であり、ヴィッセルの選手の前に立つだけでことは足りていたのだ。試合後、浦和の主将であり、右サイドバックでプレーした関根はこの守備について「ロングボールの質を落とさせる、ダイアゴナルに蹴るボールをどれだけ減らせるかをすごく意識しました」と語り、その上で「山川(哲史)選手から縦、縦のロングボールになっていたと思いますが、ああなったら拾いやすいです。逆に対角に蹴られると、僕がフォワードと競って左ウイングと1対2を作られてしまうので、そこを減らせたのが一番大きかったです」と語った。試合前、スコルジャ監督もヴィッセルとの試合に備えて、ローディフェンスに重点を置いてきたと語っていた。そこではダイアゴナルボールでアタッキングサードに侵入される場面の守備やクロス対応に注力したことを明かしている。この言葉通り、浦和はヴィッセルのストロングポイントを消すことを目的としており、ここに嵌まってしまったがゆえに、ヴィッセルは「らしさ」を発揮できない時間が続いたのだ。

 このようにスコルジャ監督が準備した「ヴィッセル対策」が奏功してしまったのだが、そうなってしまった理由は複数の選手がコメントしている通り、前からの守備が嵌らなかったためだ。ボール非保持時に見せる前線からの連動したプレスによって、相手を低い位置に押し込めることで、前への圧力を高めたかったところだが、この試合ではそうしたプレーを発揮することができなかった。しかしそうなった理由は、浦和がプレス回避の策を発動したためではない。「ヴィッセルらしさ」を発揮するための前提である「前を向いた守備」を遂行できなかったためだ。そしてそうなってしまった理由は、1つのプレーだった。そのプレーとは、7分にサヴィオが見せたプレーだ。サヴィオは自陣からドリブルで上がり、鍬先祐弥、そして扇原を連続してかわし、ヴィッセルの左サイドからスルーパスを出した。最後のシュートはGKの前川黛也が防いだが、このプレーによってヴィッセルの守備は後ろに重くなってしまった。高いボールスキルを持つサヴィオのプレーが脅威だったことは事実だが、ここが勝負の分かれ目だったように思う。「攻めるための守備」を身上としているはずのヴィッセルが、「守るための守備」に忙殺されてしまったのでは、「らしさ」など発揮できるはずもない。試合後、扇原は「もうちょっと僕たちが相手陣地でサッカーをする時間を増やさないとああいう苦しい時間が続くと思う」とコメントしたが、まさにその通りだ。恐怖心は理解できるが、それを抑え込んだ先に勝機は訪れるということを意識してもらいたい。
 これに関して言うと、前線からの守備が嵌らなかった場合、ミドルサードに撤退しての守備でリズムを取り戻すという方法もあったように思う。大迫が前半の途中、ポジションを落としたのは、そうした狙いがあったためかもしれないが、押し込まれる展開の中、チーム全体の意思統一を図る余裕が持てなかったことが悔やまれる。


 サヴィオに関して言うと、その特性を活かすためにスコルジャ監督は「サヴィオシステム」とでも呼びたくなるチーム設計をしたように思う。スピードとボールスキルに優れたサヴィオには自由を与え、その動きの過程で生まれたスペースを周りの選手が埋めるという戦い方だった。それだけにサヴィオにヴィッセルの選手が引っ張られてしまったのだろうが、そのスペースを冷静に見つけることができれば、そこから局面を打開することは可能だったように思う。

 またこれは直接的な原因ではないが、ヴィッセルが「らしさ」を発揮できなかった背景には、判定基準が影響していたように思う。特に大迫をマークしたセンターバックのマリウス ホイブラーテンは競り合う中で、何度も肘が入っていた。もちろん故意ではないだろうが、このファウルに対して寛容だった姿勢が、ヴィッセルの選手たちにとっては、小さくないストレスとなっていたように思う。今季のJリーグはアクチュアルプレイングタイムを延ばすことに積極的なようだが、ケガにつながりかねないプレーに対しては厳格であってほしいと思う。

 前述通り、この試合でヴィッセルに突き付けられた課題は、相手に押し込まれた局面での対応だ。一言で言うならば、ビルドアップということになるのだろう。ここでもう一段階の成長が望まれるのが、今季主将を務める山川だ。関根の言葉にもあるように、山川は「プレッシャーを受けると縦に蹴る」と相手チームに思われている。今後も山川がボールを持った際には、この試合と同様にプレッシャーをかけてくるケースは増えるだろう。ゴール前における守備については、今や日本人選手の中でも上位の能力を見せている山川ではあるが、次の課題はボール保持に変わった瞬間のゴール前でのプレーだ。現代サッカーにおいてセンターバックは、攻撃の起点としての動きを求められる。山川にも、ゴール前という危険地帯でいかにしてボールを前進させるかを意識したプレーが望まれる。そのためにも身につけておかなければならないのが、認知能力だ。相手選手のプレスの傾向と狙いを把握し、どこにスペースが生まれるかを常に意識しておくことで、判断速度を上げなければならない。この日の試合で言うならば、浦和のワントップであるサンタナが単体でプレスをかけてきた場合と2列目も加わった場合とでは、やるべきことは変わってくる。サンタナが単体でプレスをかけてきた場合には、マテウス トゥーレルへのパスコースを身体の向きによって確保した上で、サンタナから離れるように動けばよい。しかし2列目を含めた複数の選手でプレスをかけてきた場合には、味方のサイドバックやアンカーといった選手の位置を確認しつつ、どちらにもパスを渡すことのできる角度を考えて動かなければならない。またロングボールを蹴るのであれば、相手との距離を作ることで自らをフリーにする必要がある。そのため、相手から離れることのできるスペースを意識した上で、そこに相手が入り込まないように、引き付ける動きの中でボールを受けなければならない。この認知を正確に行えるようにしておくことで、ビルドアップの質は改善することができる。


 若干22歳にして、天才ぞろいと言われる将棋界の頂点に君臨する藤井聡太竜王・名人について、多くの棋士が「危険に見える場面で踏み込んでいく勇気はすごい」と語る。裏側には正確無比な読みがあればこその指し手なのだろうが、タイトルがかかった大一番でも攻め続ける胆力には恐れ入る他ない。一時代を築いた羽生善治九段が「運命は勇者に微笑む」という言葉を座右の銘としていることは有名な話だが、勝負の世界では攻め込む勇気こそが頂点に上るためのパスポートなのだろう。実力的な裏付けがないままの我武者羅なプレーは蛮勇でしかないが、実績をもって挑戦する姿勢はその限りではない。ヴィッセルの選手たちは技術的・経験的な裏付けを持っている。それだけに、この試合では冷静な判断のもと、攻め込む勇気が少しだけ足りなかったのかもしれない。

 繰り返しになるが、スコルジャ監督の「ヴィッセル対策」は奏功していた。しかしその中でも浦和の攻撃を食い止めた、粘り強く強度の高い守備は高く評価されるべきだ。特に前半は何度もゴール前まで攻め入られたが、最後の部分は凌ぎ切った。正直に言うと、相手のシュートミスに助けられた場面もあったのだが、それを差し引いてもその守備力がチームを最悪の状況から救い出した。ここで特筆すべき活躍を見せたのが、GKの前川黛也だった。中でも30分に見せたサンタナのヘディングを止めたシーンは、ドンピシャのタイミングで放たれたシュートだっただけに見事だった。16分に見せたサヴィオのシュートに対するシーンやクロスに対するシーンでも同様だったのだが、この日の前川はセーブする際の方向も素晴らしかった。ゴール前に相手選手が詰めている中で、ゴールから遠い方向、相手のいない場所に弾くという基本に忠実なプレーでチームのピンチを救った。

 前半は枠内シュート0本に抑えられたヴィッセルではあったが、後半には反撃を見せた。ハーフタイムに吉田監督が行った修正が奏功したことも1つの理由だが、前半から飛ばし気味だった浦和の動きが明らかに落ちたことも理由の1つだろう。その中で武藤、大迫がそれぞれ決定機を迎えた。いずれもゴールネットを揺らすには至らなかったものの、これらのプレーはヴィッセルが少ないチャンスでもゴールに迫る力を持っていることを証明するものだった。


 この試合では2名の選手が負傷退場するというアクシデントが起きた。1人は酒井だ。自陣ゴールライン際に走り込んでクリアする際、芝に足を取られたような格好で負傷した。一度はピッチに戻ったものの、すぐに自ら交代を申し出て、ピッチを後にした。そしてもう1人はジェアン パトリッキだ。後半途中に汰木との交代で投入されたパトリッキだが、10分足らずのプレーの中で足を負傷し、無念の交代となった。
 サイドで違いを作り出すことのできる酒井、スピードで押し込むことのできるパトリッキは、どちらもチームにとって欠くことのできない選手だ。吉田監督も頭が痛いところだろうが、両選手が軽傷であることを祈るばかりだ。

 ここで彼らに代わって投入されたのは、富士フイルムスーパーカップで先発起用された選手だった。酒井に代わって右サイドバックを務めたのは日髙光揮。サヴィオとマッチアップすることになった日髙だが、必死のプレーで右サイドを守り抜いた。ACLEでも出場機会を得ていたことで、落ち着いてプレーできた部分もあるかもしれない。スクランブル発進ではあったが、日髙は相手の前進を止めるという基本を忠実に守った。相手選手が入れ替わる動きを見せた際には、若干遅れ気味になる場面もあったが、それでも絶対に抜かせないという気持ちはスタンドまで伝わってきた。
 左ウイングに入った飯野七聖も、積極的な姿勢が目立った。主戦場とは逆のサイドではあったが、自らの武器であるスピードを活かし前に出る姿勢を貫いたことで、相手の出足を止めることに成功した。飯野は前にスペースがあれば、そこを衝くことができるという点においてはパトリッキと同種の能力を持っている。前後の駆け引きという点においては、危ない面もあるが、波に乗り切れていなかったこの日のヴィッセルにおいては、こうした勢いをもたらすプレーは大きな意味を持っていた。


 終わってみれば、決定機の数では互角に近い数字を残し、ゴール期待値では浦和を上回ったヴィッセルだが、これを今のチームの底力と見ることもできる。何度も繰り返しているように「らしさ」は出せない中でも、ヴィッセルにフォーカスした戦いを準備してきた浦和を相手に勝点1を奪うしぶとさは、長いシーズンを戦う上では重要な力だ。とはいえ、やはり「ヴィッセルらしい」守備ができなければ、ヴィッセルの攻撃力は発揮されない。ライバルたちがヴィッセルにフォーカスした戦いを見せるであろう今季、それをかわし、さらに上を行く策を吉田監督は考え、チームに落とし込まなければならない。

 次戦は再び中2日でのACLEだ。上海申花とのアウェイゲームではあるが、既にグループステージ突破を決めているヴィッセルにとっては、チームの状態を整えるための場として利用することができる。上海申花はグループステージ突破の可能性を残しているだけに、全力で勝ちに来ることは間違いないだろう。ヴィッセルがどのようなメンバーで試合に臨むかは不明だが、出場する選手にはこの貴重な機会を最大限に活かしてほしい。個人としてのテーマを持って試合に臨むことはもちろんだが、チーム戦術の中で自分ができることを最大限に発揮し、大いにアピールしてほしい。
 全てのチームから「ターゲット」として狙われる今季、全てのタイトル獲得を目標に掲げているヴィッセルにとっては、チーム戦力の均衡化、先鋭化が不可欠だ。大迫や武藤たちがチームをけん引しての2連覇ではあったが、3度目の優勝を若い選手たちの突き上げで引き寄せることができた時、「常勝チーム」としての「ヴィッセルの新たな歴史」がスタートする。