前日会見の席上で、広島との上位直接対決を2連敗の状況で迎えることについての感想を尋ねられた際、吉田孝行監督は「このタイミングで強い相手とできることは、勝てば自信につながるのでポジティブに捉えています」と答えた。この指揮官の気持ちは理解できる。
今年人生の幕を引いた元プロ野球選手の長嶋茂雄氏は生前、インタビューの中でこんな話をしていた。現役時代、バッティングがスランプに陥った時は、当時阪神タイガースのエースピッチャーであった村山実氏(故人)との対戦が待ち遠しかったそうだ。その理由は、当時、日本最高の投手の一人だった村山氏との対戦においては、余計なことを考えている余裕がなくなるためだったという。シンプルに「来た球を打つ」ことに徹している中で調子を取り戻すことができたというのだ。
競技こそ違えども、これは戦前の吉田監督の気持ちと通底しているように思う。現在のJリーグにおいて、広島が最高の完成度を誇るチームの1つであることは間違いない。その広島との対戦においては少しの気の緩みも許されない。そして「自分たちのやるべきこと」を貫かなければ、勝利は望めない。今季初となる2試合連続での完封負けを喫している今だからこそ、広島との戦いにおいて「原点回帰」を図りたい。これが吉田監督の偽らざる気持ちだったように思う。

そしてこの吉田監督の思いは、敵将とも通じていた。広島を率いるミヒャエル スキッベ監督は試合前日、ヴィッセルについて「この2年間Jリーグを先頭で引っ張ってきた存在」と認めた上で、大迫勇也、武藤嘉紀の2枚看板を欠きながらも上位争いに食い込んでいる強いチームと評した。そして、そのヴィッセルに勝てば上にいけるとコメントした。この「上にいける」というのは、単に順位がヴィッセルを上回るという意味ではない。スキッベ監督は、ヴィッセルに勝つことがリーグを制覇するための条件と位置づけていたのだ。同様のことは、町田を率いる黒田剛監督も口にしていた。このようにライバルたちにとって今のヴィッセルは「乗り越えるべき存在」と映っている。そしてスキッベ監督はヴィッセルとの対戦については「身体の強い選手、スピードのある選手がどちらにもおり、ハードな戦いになると思う」と、試合の流れを予想した。そして試合展開は、スキッベ監督の予想通りの流れとなった。両チームとも集中力を保ち続けた好ゲームとなったが、この日の試合は3つの「フェーズ」に分けることができるように思う。まずは試合の流れを振り返ってみる。
ともに前節から中3日で迎えた試合ではあったが、試合前の時点で両クラブは勝点で並んでおり、どちらにとっても「勝点3」が大きな意味を持っていることは明らかだった。広島が前節と同じメンバーで試合に臨んだのに対して、吉田監督は3人の選手を入れ替えた。新たに起用されたのはアンカーの鍬先祐弥、左ウイングの汰木康也、そして前線中央の大迫勇也だった。
試合開始直後にペースを握ったのはヴィッセルだった。ボールに対する反応は速く、シンプルに縦に攻め入ることで、相手陣内でのプレー時間を延ばしていった。その中で4分にはエリキがペナルティエリア内でシュートを放った。しかしこれは相手GK・大迫敬介のファインセーブに阻まれてしまった。
広島は左シャドーの中村草太の前に出る力を活かし、反撃を試みた。10分にはその中村からのマイナスのクロスに対して、右シャドーの前田直輝がシュートを放ったが、これはヴィッセルの左サイドバック永戸勝也がブロックした。
こうした広島の反撃は見られたが、前半を通じてヴィッセルはペースを握り続けた。攻撃の中心となったのは右サイドだった。右サイドバックの酒井高徳が高い位置に進出し、攻撃の起点となり続け、そこにインサイドハーフの井手口陽介、右ウイングのエリキが巧く絡みながら、広島のペナルティエリア外を制圧した。この動きに呼応するように、ヴィッセルはボール保持時には全体を高い位置で整えた。前半唯一のピンチは44分だった。右ウイングバックの中野就斗のクロスに対して、ニアで左ウイングバックの東俊希に頭で合わせられたが、ここではヴィッセルの守護神である前川黛也がファインセーブでこれを防いだ。前半終了間際には井手口のアウトにかけたスルーパスに抜け出した大迫勇也がGKとの1対1を迎えたが、このシュートも大迫敬介のファインセーブに防がれてしまい、スコアレスでハーフタイムを迎えた。ここまでが最初のフェーズだ。
次のフェーズは後半開始から始まる。後半開始から山川哲史に代わって、本多勇喜が投入された。これに伴い左センターバックだったマテウス トゥーレルが右に移り、本多は左センターバックに入った。キックオフ直後から広島が前からのプレスを強め、前に出る形を少しずつではあるが、整え始めた。これに伴いピッチ上では激しい局地戦が繰り広げられたが、全体としての流れが大きく変わることはなかった。そして54分。ヴィッセルの右サイドでの攻撃を広島が跳ね返す中で、東の後ろに下げたボールが広島の守備の間を縫うようなボールになった。これに反応した大迫勇也が抜け出すところで、広島の左センターバックである佐々木翔が手をかけてしまい、大迫勇也を倒した。当初は佐々木に対してイエローカードが提示されたが、その後のビデオ判定を経て、佐々木の行為はDOGSOに該当すると判断された。これによって佐々木にはレッドカードが提示され、広島は残る30分以上の時間を10人で戦わなければならなくなった。ここまでが第2フェーズだ。

最後のフェーズは11対10になったところから始まる。スキッベ監督はこの夏に加入したばかりの韓国代表のキム ジュソンを投入し、佐々木がいた左センターバックに入れた。そして前線を1枚削り、3-4-2のような形とした。ここから広島の反撃が本格化した。後ろを固めた上で、前線で中央に位置した中村へのボールを増やし、そのスピードで押し込む作戦を展開した。これによって試合は「攻める広島」対「守るヴィッセル」という図式へと変化した。この流れを断ち切るべく、吉田監督は65分に武藤、73分にはジェアン パトリッキと扇原貴宏を投入した。これによって試合の流れは再び膠着した。その中で体力的な問題もあり、75分頃から広島の前に出る力は弱まってきた。
そして87分。永戸が蹴った右コーナーキックに対して大迫敬介は前に出てパンチングを試みたがヒットせず、ボールはそのまま後ろに流れた。このボールがキムの胸に当たり、そのままゴールへと吸い込まれた。オウンゴールという形ではあったが、これでヴィッセルが一歩前に出た。その後も広島は前に出ようとし続けたが、ヴィッセルは集中した守備で虎の子の1点を守り抜き、勝利をつかみ取った。
こうした流れの試合ではあったが、それぞれのフェーズにおいてポイントがあったように思う。
まず最初のフェーズでは前記したように、ヴィッセルが主導権を握り続けた。これについては両チームの指揮官の見解も一致している。吉田監督が「前半から良い入り方ができましたし、自分たちのリズムで戦えたと思います」と振り返れば、スキッベ監督も「今日の前半は相手が上回っており、自分たちは良いサッカーができませんでした」と、同じ感想を口にした。
このような流れとなった裏側には、2つの理由があった。1つはヴィッセルのスピードだ。前々節、前節と連敗は喫していたが、その間もヴィッセルの守備は崩れていなかった。0ー2で敗れた町田戦での失点はいずれもスーパーなゴールであり、0-1で敗れた横浜FC戦の失点は試合終盤に前がかりになった裏を突かれたものだった。基本的にはヴィッセルの生命線である「ボール非保持に変わった瞬間、全員が守備に切り替える」、「球際では強く勝負する」という部分は貫かれており、これが破られる場面はなかった。この試合でもそれは過去2戦以上に徹底されていたのだが、異なっていたのはボールを奪った後の行動だった。この日の試合では全ての選手が迷うことなく前に出る意思を持ってプレーしたことで、過去2戦以上に速いポジティブトランジションを実現していた。現在、J1リーグで最少失点を誇る広島の守備は「速さと強さ」を軸としており、その意味ではヴィッセルと似たコンセプトで構築されている。しかしこの日の前半に関して言えば、ヴィッセルのポジティブトランジションのスピードが、広島のネガティブトランジションを完全に上回っていた。ヴィッセルの縦に蹴り出したボールが攻撃の起点となる場面は少なかったのだが、全体が前に出る姿勢を貫いていたことでセカンドボールの回収率が上がっていたのだ。これこそが、この試合における最大の収穫かもしれない。試合後に酒井は「広島と戦う上では『自分たちのスタイル』以上に、セカンドボールが大事になる」と話した。酒井がこう考えた理由は、広島もヴィッセルと同様に切り替えが早いためだ。
そして2つ目はセカンドボールの回収率を高めた理由でもあるのだが、全体をコンパクトに保ち続けたことだ。前半は多くの時間帯において、ヴィッセルは最終ラインから前線までが20m程度の距離を保っていた。これであればボール周りの局地戦になっても、ヴィッセルの方が人数を集めやすい。前半は広島の選手がボールを奪った直後、ヴィッセルの選手が複数人で挟み込んでボールを奪うシーンが散見された。それでいてボール奪取後には最低でも1つはパスコースが確保されていた。これは、この時間帯のヴィッセルの選手が適正な距離を保っていたことの証左だ。さらに最終ラインの統率が取れていたため、最終ラインの裏を狙う広島のボールは、そのままGKの前川まで流れる場面が多かった。
ヴィッセルの生命線である守備の強さを失うことがあってはならないが、その守備は攻撃の始まりであることを、この試合では再認識することができたのではないだろうか。
そしてこのフェーズでは、この後の展開に影響を与えたアクシデントが発生した。それは19分のプレーだ。トゥーレルからの横パスを受けた山川が右に膨らみながらこれを収め、右前に立っていた酒井にパスを出した時、ボールを追ってきたジャーメインと交錯した。映像で見直してみると、ジャーメインが接触したのはいわゆるアフターでのプレーだった。横から走ってきたジャーメインの後ろ足が、山川のパスを出した後の右足ふくらはぎの内側に強く接触していた。山川にしては珍しいほどの痛がる様子を見せていたが、その後無事に試合に復帰した。交代については大事を取ったものと思われるが、このプレーによって山川は前半のみの出場となった。
話を次のフェーズに移す。山川に代わって本多が投入されたのは前記した通りだが、これがヴィッセルの守備に若干の変化をもたらした。そしてその結果、この時間帯に広島は前に出る準備を整えていった。左足を使うことができる本多を左センターバックに入れることは正しい選択だが、問題は試合のインテンシティの高さだった。繰り返しになるが、この試合は開始直後から高い強度でのプレーが続いた試合でもあった。そして目まぐるしく攻守が入れ替わるスピード感のある試合でもあった。こうした流れの試合が持つインテンシティは独特だ。経験も豊富で、試合の流れを正確に把握できる本多であっても、入り難さを感じた試合だったのではないだろうか。交代直後に本多らしからぬパスミスがあったのは、そうした難しさ故だったのだろう。またこの交代を広島の視座に立って見てみると、ヴィッセルの守備のスタイルが変わったということになる。前半のヴィッセルの守備を「剛の守り」とするならば、後半は「柔の守り」という印象だったのではないだろうか。前半は守る時間が長かった広島が、後半は前に出る姿勢を強めた裏側には、急遽投入された本多を狙うという意図があったように思う。持ち前の跳躍力で高さを食い止め、的確な動きによって、本多は破綻することなく守り切っていたが、この時間帯の広島のプレーは次のフェーズにつながった。

そして最後のフェーズだが、佐々木の退場によって1人少なくなったことが、広島に思い切りを与えた。前線を高さのある木下康介と中村の2枚としたことで、極めてシンプルな攻撃を繰り出してきたのだ。そしてその広島がここから試合の主導権を握った。ヴィッセルは人数的優位がありながら、なぜそれを活かすことができなかったのか。理由は2つあるように思う。次はそれについて考えてみる。
1つ目は「疲労」だ。前記した通り、試合開始直後からヴィッセルは勢いをもって攻め続けた。そして佐々木の退場に至る流れの中ではビデオ判定が用いられたこともあり、ファウルが起きてから佐々木が退場するまで4分近く試合は止まった。この予定外のインターバルこそが落とし穴だったのではないだろうか。サッカーにおいては60分が最初の交代の目安時間といわれる。これは選手に疲れが見えてくる時間が、概ねそのあたりという経験則的な話だ。加えて試合中でも30度を超えていた気温と70%超の湿度は、選手の体力を容赦なく奪っていった。そこに来て長いインターバルが生まれてしまったことで、選手たちの張りつめていた気持ちに緩みが生じ、疲労を感じたとしても不思議ではない。一言で言うならば「攻め疲れ」だ。
そしてもう1つは広島に生まれた「単純化」だ。1人減るという緊急事態によって広島はやれることが減り、シンプルな組み立てを余儀なくされた。そこで前記した通り、前線の木下と中村にボールを渡すという、極めてシンプルな戦い方を選択した。それまでワントップのジャーメインがポジションを落とし、ミドルサードでヴィッセルの選手の背後からボールを奪うような嫌らしい動きを見せていたが、こうした動きはなくなり「ボールを持ったら前に出す」という、単純とも言える動きが中心になった。これが疲労が顕在化したヴィッセルに対しては効果的だった。
サッカーにおいては、こうした事態は珍しくない。古い話で恐縮だが、2008年のJ1リーグ戦第28節・京都戦の話をする。この試合ではヴィッセルが2-1とリードした68分、ヴィッセルに退場者が出た。しかしその後ヴィッセルは2得点を挙げ、4-1で勝利を収めた。試合後、当時監督を務めていた松田浩氏(G大阪フットボール本部長)は「1人少なくなったことでカウンターが嵌りやすい状況が生まれ、戦いやすくなった」と試合後にコメントしている。その上で「やるべきことがシンプルに整理された」ともコメントしていた。
この日の広島がまさにそれだった。それまではジャーメインがポジションを落としてボールを奪う。ウイングバックを高く上げ、両シャドーがハーフスペースを使うなどいくつかの手段を駆使していた。こうした動きに対しては、ヴィッセルの選手は落ち着いて対応していた。しかし退場後の、背後は3枚のセンターバックで守り、他の選手がシンプルに縦を狙ってくる戦い方を前に、ヴィッセルは上下動を余儀なくされ、押し込まれる展開となった。この広島の戦い方は「捨て身」でもあり、本来であれば体力が厳しくなるのだが、そこまで攻められ続け自陣に足止めされている時間が長かったこと、そして残り時間が30分程度だったこともあり、広島は自信をもってこの戦い方に振り切ることができたのだろう。
前記したように吉田監督は交代カードを使って、この流れを食い止めようとした。そこで最も効果的だったのは73分に投入された扇原だった。鍬先は広い範囲をカバーしながらも、攻撃時にはサイドに積極的に絡み、トライアングルを形成し、攻撃を後ろから支えた。しかし広島のシンプルな攻撃を受ける中で広いエリアをカバーし続けた結果、体力を奪われていった。その鍬先に代わってアンカーに入った扇原だが、この試合ではその配球能力が流れを変えた。相手に寄せられる中でもミドルレンジのパスを供給できる扇原のプレーが、広島の前に出る動きを押し返した。
この扇原の投入によって、井手口も高い位置に進出できるようになった。広いエリアを動くことのできる井手口を前に出したことで、ヴィッセルにはミドルサードの出口付近でのプレーが増えた。
扇原が押し返した流れの中で85分には前にボールを運ぼうとした川辺駿から永戸がボールを奪い、ポジションを落としていた大迫勇也にボールをつないだ。その大迫勇也は相手に身体を当てられながらも右に動き、右外へのパスを供給した。これを受けたパトリッキが右からのキックでコーナーキックを獲得した。このコーナーキックが相手のオウンゴールにつながり、ヴィッセルは待望の先制点を挙げた。
この試合における最大の注目が、大迫勇也であったことは言うまでもない。5月28日に行われた第18節以来となる先発起用ではあったが、結果から言えばこの試合で90分間のフル出場を果たしたことは、今後の戦いに向けての好材料となった。これについては吉田監督も試合後に「帰ってきてくれて、本当にうれしいなと思います」と素直すぎるコメントを残したが、佐々木大樹が不在の中、大迫勇也の復帰はヴィッセルにとって大きな意味を持っている。
その大迫勇也だが、この試合では荒木隼人の厳しいマークを受け続けた。そしてその大半の場面で荒木に抑え込まれた。これはまだトップフォームに戻り切っていないためだろう。しかし大迫勇也はそのままで終わる選手ではない。荒木との争いに利がないと判断し、ポジションを落として、パスの供給役に自らの役割を切り替えたのはさすがだった。この先、試合を重ねる中でコンディションが上がってくれば、前線でボールを収める大迫勇也らしいプレーも見られることだろう。
今、吉田監督には難しい課題が突き付けられている。今季のヴィッセルは大迫勇也と武藤の不在が長かったわけだが、その中で佐々木と宮代のコンビが得点を奪う中心となった。ここでは佐々木が宮代に得点を取らせるという形が出来上がっていたわけだが、これは佐々木と同じ役割を大迫勇也に担ってもらえばいいというほど単純なものではない。前線でボールを収めるだけではなく、自ら抜け出すこともでき、さらにはサイドからドリブルを仕掛けることもできるといったように万能型である大迫勇也の良さを活かすためには、大迫勇也のプレーエリアは広めに確保しておく必要がある。そしてこの場合は宮代の役割も変わってくる。この日の試合でもそうだったが、今の宮代は相手の最終ラインの前でボールを握って、ドリブルで仕掛けることも多い。「取る役」として覚醒した宮代の特徴を活かすのであれば、宮代の前にスペースを作り出す必要がある。
大迫勇也と宮代のスタイルを組み合わせるためには、これまでとは異なる工夫が必要だ。吉田監督にとっては、新しい攻撃の形を見つけることが、J1リーグ3連覇を成し遂げるための課題とも言える。
吉田監督が新しい攻撃の形を考える上では、もう1つのファクターも考慮しなければならない。もう1つのファクターとは武藤の存在だ。前節で待望の戦列復帰を果たした武藤ではあるが、まだ回復途上にあることは明らかだ。手術を受けた影響もあるだろうが、身体自体も以前よりは細くなっているように見えた。以前は鍛え上げた肉体を駆使して、相手をなぎ倒すような強さを見せていたが、この2試合ではそこまでの強さは見せていない。それでも動きの質自体は、離脱前と変わらず高いものを見せている。この日の試合でも相手の急所を確実に嗅ぎ分けていた。ここからコンディションは上がっていくものと思われるが、その武藤をどのように攻撃陣の中に組み入れていくのかということも、吉田監督は考えなければならない。

この日の試合は、両チームのGKが目立った試合でもあった。特に広島の大迫敬介は何度もビッグセーブを見せ、広島ゴールを守り続けた。大迫勇也との1対1の場面では、落ち着いてシュートコースを最後まで見て止めたかと思えば、永戸の意表を突いたミドルシュートには抜群の反応を見せて弾き出した。その他にもエリキのシュートなど、ヴィッセルはシュートチャンスを悉く大迫敬介に阻まれた。
一方、ヴィッセルの守護神である前川も前半、ニアポストを狙った東の至近距離からのヘディングシュートを弾き出すなど、守護神の名に恥じない活躍を見せた。その前川は試合後、大迫敬介のプレーについて「本当にいいキーパーだと思いました」と賞賛していたが、大迫敬介は前川にとっては乗り越えなければならない存在でもある。キャッチング能力においては引けを取らないものを持っているが、前川が大迫敬介を乗り越えるためには、やはりキックの質を高める必要がありそうだ。特に相手に寄せられた中でのキックは、まだ改善の余地がある。大迫敬介のような低く速いボールを正確に味方に届けることができるようになった時、前川の日本代表復帰は高い確率で実現するのではないだろうか。
この日の試合は、ヴィッセルと広島の対戦が現在のJリーグにおける黄金カードであることを示すだけの強度とスピードを持った素晴らしい試合だった。苦しみながらもその試合を制したヴィッセルは、暫定ながら2位へと順位を上げた。とはいえ、未だ上位陣は僅差の中にひしめいており、安心できるような状況ではない。今は吉田監督がいつも口にするように「目の前の試合に集中して戦う」のが正解だ。
次節は中2日という過酷な状況で、C大阪とのアウェイゲームを迎える。まだ中位に留まっているC大阪ではあるが、上位争いに加わるためにも、ヴィッセルとの試合には相当な覚悟を持って挑んでくるだろう。香川真司をはじめとしたこのタレント集団を抑え込むためには、この日見せたようなスピードと強度を維持し続けなければならない。選手にとっては厳しい要求ではあるが、この近隣のライバルを撃破し、チームにさらなる勢いをつけてほしい。
