ファイナルホイッスルが吹かれた瞬間、ヴィッセルの選手たちは悔しさに満ちた表情を見せた。Jリーグ史上2クラブ目となる「J1リーグ3連覇」を目指し、超過密日程の中でも強度を落とすことなく戦ってきた選手たちにとって、この試合の結果が受け入れ難いものであることは間違いないだろう。
残り5節となったところで迎えた首位・鹿島とのホームゲーム。勝点差5を2に縮めることで、鹿島にプレッシャーをかけ、その勢いでシーズンを走り抜けようとしていたヴィッセルにとって、この日の「ドロー」という結果は、敗戦にも等しいものであることは間違いない。

この試合の結果、残り4節で勝点5差の鹿島を追いかけることとなったヴィッセルだが、もはや残されているのは最後の4試合を4連勝で終えることだけだ。トップリーグとしては稀有な、チーム間の実力差が小さいJ1リーグでは、毎年のようにシーズン終盤にドラマが展開される。厳しい状況であることは事実だが、何かが起きる可能性はある。まだシーズンは終わってはいない。
アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム リンカーンは「Where there is a will, there is a way.」という言葉を残している。「意志あるところに道は開ける」と訳されることの多いこの言葉だが、これは誤解されやすい言葉でもある。「強い意志が成功を約束する」と解釈してしまうと、結果を残せなかった人やチームには「強い意志がなかった」ということになってしまうためだ。この言葉は「強い意志を持ってことを成し遂げること」の重要さを説いてると解釈すべきだろう。これをヴィッセルの立場で考えてみると、今は優勝争いのライバルチームの動向を気にすることなく、残されたJ1リーグ戦、天皇杯、そしてAFCチャンピオンズリーグエリート25/26(以下ACLE)の試合に集中し、勝利を積み重ねていくことに集中すべきということになる。
今季のヴィッセルが素晴らしいチームであることは衆目一致するところだ。能力の高い選手たちが、統一された意思(=戦術)に基づいて戦い、その強さを示してきた。だからこそ殺人的な超過密日程の中でも、安定した結果を残すことができているのだ。繰り返しになるが、まだシーズンは終わっていない。残る試合で最高の結果を得るためにも、この試合で勝ち切れなかった理由を分析し、さらなるチーム強化を図らなければならない。正直に言えば未だ悔しさは残っているが、さらなる躍進を信じて、この日の試合を振り返ってみる。
この日の試合を単体で捉えた場合、素晴らしい試合だったと言えるだろう。ヴィッセルは序盤から強度の高いプレーで鹿島陣内に攻め入り、何度かは決定的なチャンスも迎えた。守備の局面においても、その強度の高さは変わることがなかった。後半何度かゴール前に入り込まれたが、そこでも集中した守備によって決定的な場面はほとんど作らせないままだった。このヴィッセルの戦いについて、鹿島を率いる鬼木達監督は「もう少しボールを動かすことができると思っていたが、相手のロングボールにかなり苦しみ、セカンドボールもなかなか拾えなかった。あれだけ押し込まれると、出ていくことも難しかった。2連覇しているチームだけあって、一人ひとりの圧力が非常にあった」と試合後にコメントした。指揮官の言葉と呼応するように、右サイドバックの濃野公人は「相手の入りの圧力と前からのプレスは脅威だった」と語っている。ヴィッセルと並び、J1リーグで2番目に失点の少ない鹿島の監督や選手からこうした言葉が発せられるということは、この日のヴィッセルの攻撃が迫力を持っていたことを裏付けている。その意味では吉田孝行監督が試合後に語った「最後の精度が足りなかった」という感想は正しいのかもしれない。
しかしこの日の無得点という結果を「最後の精度不足」と片付けてしまうことは、正しくないように思う。吉田監督も認めているように、前半と比べて後半はチャンスを作り出した回数も少なく、鹿島の守備陣を慌てさせる場面も少なかったことは事実だ。そこには何らかの理由があるはずであり、それを明確にすることこそがチームのさらなる強化には不可欠だ。そうした視座に立ってこの日の試合を振り返った時、そこには3つのポイントがあったように思う。
1つ目のポイントは選手のコンディション管理だ。前節からは約2週間の時間があったため、久しぶりにヴィッセルはじっくりとコンディション調整をすることができた。その結果、この日の試合で出場した選手は概ね良好な状態だったように思う。さらにこの日の試合では佐々木大樹と広瀬陸斗が戦列復帰を果たした。佐々木などは負傷・戦線を離脱した後、この日の試合を目標にコンディション回復を図ってきたと語っているように、全ての選手がこの日の試合を大一番と定めた上で、コンディションを整えてきた。しかし実際は、酒井高徳と井手口陽介は不在だった。チームの精神的な支柱でもあり、左右のサイドバックやボランチでもプレーすることができる酒井と、無尽蔵のスタミナでピッチ上のスペースを埋めることのできる井手口は、チームにとって欠くことのできない選手だ。誤解のないように言っておくと、彼らに代わってこの日の試合に出場した飯野七聖、鍬先祐弥といった選手のパフォーマンスは素晴らしかった。持てる力を存分に発揮し、チームに貢献していたことは間違いない。しかし、代表や海外でのプレー経験を持つ酒井と井手口には豊富な経験がある。こうした大一番では彼らの力こそが必要だったのだが、それを揃えることはできなかった。
ここでもう一つ誤解してほしくないのは、これは不可抗力であり、誰か特定の人間の責に帰すような話ではないということだ。選手は誰しもケガのリスクを負いながらプレーしており、スタッフはそれを最大限の配慮によってケアしている。しかしサッカーという競技の特性上、それでもケガを避けることはできない。今季のヴィッセルについて言えば、2月初旬から間断なく続いた超過密日程が影響を及ぼしたことは事実だろう。これを踏まえ、スタッフは日常から全力でケアを続けているが、それでもこうした事態は起きてしまう。これはヴィッセルにとって不運だったという他ない。

次に2つ目のポイントだが、これこそが最大のポイントだ。それは「戦い方の幅」という問題だ。
ヴィッセルの戦い方は22年の途中に吉田監督が就任以降、基本的には変わっていない。前線からの連動したプレス、球際での強さ、素早い攻守の切り替え、ロングボールを使っての前進など、そのエッセンスは今でも貫かれている。こうした戦い方を可能にしたのは、言うまでもなく大迫勇也の存在だ。前線でボールを収める能力も高く、加えてゴール前での決定力、1列引いた位置やサイドに流れてのチャンスメイクなど、全ての分野において高い能力を持つ大迫がいればこそ、今の戦い方が機能している。そして、これが武藤嘉紀や宮代大聖といった、高い能力を持つフォワードの選手を活かしている。加えて最終ラインには山川哲史とマテウス トゥーレルを中心とした強固な守備組織があり、中盤には扇原貴宏のような高いボール奪取能力と優れた配球能力を持つ選手もいる。こうした選手たちの能力を最大限に活かす戦い方が、今のヴィッセルの戦い方というわけだ。
22年当時、Jリーグを牽引していたのは横浜FMと川崎Fのサッカーだった。ポゼッションを基本としつつ、パスワークで相手の裏を取り続ける戦い方で、この2クラブは半ばタイトルを独占していた。そこに新しい流れを持ち込んだのがヴィッセルだった。22年はシーズン途中からの変革であったため、それほど目立つことはなかったが、23年にはJリーグに新風を吹き込んだ。パスワークで動かそうとする相手よりも早い動きで攻守に奔走する姿には迫力があり、その高い強度もあって「ヴィッセルのサッカー」がJリーグを席巻した。そこから選手補強や若い選手の成長もあり、ヴィッセルのサッカーは練度を増していった。その結果が昨季の2連覇であり、天皇杯優勝という結果だ。
しかしヴィッセルのサッカーが鮮烈であったため、ライバルチームたちは本気で「ヴィッセル対策」を練り始めた。当然の動きだ。これに対して吉田監督は、大迫の位置を下げる、低い位置でのポゼッションを増やす、あるいは攻撃の起点を高くするなど、様々な形でバージョンアップを図ってきた。しかし基本は変わっていない。この状態を今後どうしていくかということが、この先のヴィッセルには問われている。
80年代終わりに一世を風靡した「北斗の拳」という漫画がある。暴力が支配する時代に現れた、暗殺拳・北斗神拳の伝承者であるケンシロウの生き様を描いたこの少年漫画には面白い設定がある。それは「北斗神拳」の誕生秘話だ。2000年前、天帝の守護者として君臨していた北斗宗家が、世の秩序を守るために1つの拳法を開発した。それは「北斗宗家の拳」と呼ばれ、無類の強さを誇っていた。しかしこれは極められた拳であるが故に、相手の受け身の技も極められてしまい、やがては実践での戦闘力を失っていった。そのため他の拳との融合を図るなどの改良を加え、完成したのが「北斗神拳」という設定だ。なぜこんな古い漫画の話を書いたのかといえば、この構造が今、ヴィッセルが直面している問題と類似しているように感じたためだ。
前記したように吉田監督が作り上げた戦い方は、ライバルチームにとって脅威となっている。過去2シーズンでヴィッセルと対戦したチームの指揮官の多くが、ボール保持時にヴィッセルのプレスから抜け出す難しさ、ロングボールへの対応の難しさを口にしてきた。その点では、この日対戦した鬼木監督も同様だ。その中でライバルチームはプレス回避や大迫への対応を軸として、ヴィッセルの弱点を突く戦い方を見出そうとしてきた。しかし昨季、ヴィッセルはそうした対策をも乗り越えた。それがゆえの2冠達成ではあったのだが、それを目の当たりにしたライバルチームはさらなる「ヴィッセル対策」を講じてきた。言うならば「ヴィッセル対策Ver.2」とでもいうべきものだ。そしてそれは奏功しつつある。そのことは数字にも表れている。
まずは1試合平均得点数だ。23年は1.8(2位)、昨季は1.6(3位)、そして今季は1.3(8位)と緩やかに降下している。1試合平均空中戦勝利数は21.7→24.0→24.3と3年連続してJ1リーグ内最多を誇っているのだが、その勝率を見ると印象は変わる。23年は52.9%(4位)、24年は54.4%(1位)と高い数値を記録していたのだが、今季は49.9%(9位)と急降下している。それに伴いチャンスクリエイト数も減少している。1試合平均のチャンスクリエイト数は11.4(7位)→11.8(7位)→10.9(8位)と推移している。
これに対して守備に関する数値は堅調だ。1試合平均失点数は0.9(3位)→0.9(1位)→0.8(2位)と高い水準をキープしている。1試合平均枠内被シュート数は3.2(4位)→3.2(1位)→2.9(1位)と、こちらもリーグトップレベルに立ち続けている。
こうした数字から、ライバルチームの対策は「いかにしてヴィッセルの攻撃を食い止めるか」という点から作られており、その多くが「大迫の高さ」を止めるためのものであり、それは一定以上の効果を上げていることが推測される。しかし1試合平均枠内シュート数は4.2(5位)→4.5(5位)→4.1(6位)と、それほどの変動を見せていないことを思えば、空中戦での勝利数が低下しつつも、他の攻撃で相手ゴールに迫る形は一定以上作れていることが判る。しかしその中で得点数が低下傾向にあるということは、ヴィッセルの攻撃時、相手守備はゴール前に人数をかけていることが多いとも言えるだろう。このように攻撃面では停滞が見られるが、前記したように守備はリーグトップレベルに立ち続けている。結果的に吉田監督が作り上げたチームは、効率的な攻撃で相手ゴールを陥れるスタイルから、守備で守り勝つスタイルに変質してきたとも言えるだろう。極論すれば得点力の低下を守備力で食い止めているとも言えるのだ。

こうした傾向が読み取れるのは、ヴィッセルのスタイルが変わらないためだ。これは1つのことを実直にやり続けることのできる吉田監督の個性が反映されているとも言えるが、視座を変えてみると戦い方に幅がないとも言える。そのため相手の対策が、結果にダイレクトに反映しやすいとも言えるのではないだろうか。
この日の試合もそうだったが、今のヴィッセルは高いボールスキルを持つ選手が多く、中盤より前では密集の中からでもボールを脱出させることができる。そのためアタッキングサードまで侵入する回数は十分に確保されているのだが、そこからゴールをしとめる過程での方法が少ないように思う。これが「戦い方の幅」が不足していると感じる所以だ。そしてこれは3つ目のポイントである「選手起用」にも関係している。
この日の試合では、試合序盤からヴィッセルは猛攻を仕掛けた。3分に宮代が入れたクロスがゴール前の大迫に入った。大迫のシュートは相手GKの好セーブに阻まれてしまったが、その後も14分に大迫からのクロスに、右ウイングのエリキが抜け出した。また27分には右サイドバックで先発した飯野のクロスをニアでエリキがスルー。これが中央やや左の宮代に渡るなどチャンスを創出し続けた。これらのチャンスを得点に結びつけることはできなかったものの、30分過ぎまでヴィッセルは完全に試合を掌握し、鹿島は防戦一方となっていた。
この流れに変化が起きたのは35分だった。負傷交代となったエリキに代わって投入されたのは、久しぶりの出場となる佐々木だった。佐々木はそのまま右ウイングに入ったのだが、これによってヴィッセルの前線の守備は一気に安定感を増した。しかし同時にヴィッセルの攻撃から縦方向が消えた。
過去に何度か指摘したようにエリキは攻撃時にポジションを捨てる傾向があるため、ボール非保持に変わった瞬間の守備に不安がある。しかしこの日の先発メンバーの中で唯一、相手の裏を狙う「縦の攻撃」を繰り出すことのできる選手でもある。エリキがいることでヴィッセルの攻撃には横と縦という2つのベクトルが生まれ、それが鹿島の守備を難しいものにしていた。過去に何度か指摘した守備面での課題は、この攻撃力とトレードオフの関係にあるとも言える。そしてこのエリキの交代後、ヴィッセルの攻撃から迫力が失われたように見えたのは事実だ。
ここで注意しなければならないのは、佐々木のプレーに問題があったわけではないということだ。久しぶりの実戦ということもあり、試合勘という点においては不安があったことは事実だが、佐々木のプレーそのものには安定感があった。そして時間経過とともに試合勘も戻ってきたようだった。試合終盤に見せた左サイドの深い位置からの侵入は、この日の後半の中では最も可能性を感じた攻撃だった。
選手起用については、監督の決断が最も正しいと筆者は感じている。その理由は、監督はトレーニングを通じて毎日近くで選手を見ているためだ。筆者のようにピッチ外から見ている人間には解らないコンディションの変化や調子の波を把握している指揮官の決断は、常に重い。それを承知の上で敢えて言うと、この試合ではエリキに代わってジェアン パトリッキを起用すべきだったように思う。その理由は大迫の調子にある。この試合における大迫のコンディションは、最近では最も良かったように見えた。中央では鹿島のセンターバック2枚が守り続けているのを見て、センターバックとサイドバックの間に立ち、背後や横からのボールを完璧にコントロールしていた。この動きに鹿島の守備陣は翻弄されており、反撃の糸口をつかむことはできていなかった。特に大迫がボールを握ったタイミングで飛び出すエリキの動きに対しては、サイドバックは難しい判断を迫られていた。エリキの飛び出しについていくということは、サイドを大迫に使われるということでもあるためだ。この大迫とエリキの関係は、確実に鹿島の守備を翻弄していた。であればこそ、最初の交代はパトリッキを起用してほしかった。エリキほどの迫力のある突破はないが、パトリッキには爆発的なスピードがある。それを活かし、大迫がボールを握った瞬間に合わせて飛び出していくことができれば、それだけで鹿島の守備に混乱をもたらすことができたのではないだろうか。

同様のことは広瀬についても感じた。この試合で戦列復帰を果たした広瀬だが、この日の試合では65分に飯野との交代で右サイドバックに入った。サイドバックとしても優れた能力を持つ広瀬だが、その特徴がクロスにあるため、ウイングで起用された時の方が輝きを放つ選手だ。おそらくキックオフ直後から全力で走り続けた飯野の疲労を考慮しての交代だったのだろうが、前記したように大迫が好調を保っていただけに、広瀬を左ウイングに入れてほしかった。その場合のサイドバックだが、岩波拓也を右センターバックに入れ、山川を右サイドバックに移すという方法もあったように思う。これは緊急避難的な布陣ではあるが、この日の鹿島の攻撃であればシンプルに縦を止めるだけでも十分に防げたように思う。その理由は、ヴィッセルの前線の選手たちが見せた守備が効果的だったためだ。鹿島はヴィッセルのプレス回避に苦しみ、ボールを動かしながら相手を動かすことができていなかった。前線に出すボールはシンプルなボールが多く、そうした場面で脅威となるレオ セアラに対してはトゥーレルが完璧な守備を見せていた。このスタイルであれば山川、岩波、トゥーレルと、3枚のセンターバックを並べただけでも、十分に対応は可能だったように思う。そしてこのスタイルであれば、ヴィッセルにとって2つのメリットがあったとも思う。1つは岩波からのロングボールが使えるという点だ。精度の高いロングフィードを蹴ることのできる岩波を起点とすれば、一気に前線を走らせることも可能だ。その中で大迫にボールを届けることができれば、そこからの展開も期待できたように思う。そしてもう1つは左サイドバックの永戸勝也を高い位置に置けるという点だ。ボール保持時には後ろを3枚にすることも多い吉田監督だが、酒井不在のこの日の試合であれば、永戸を高い位置に上げておくことが得策だ。左右両足から質の高いボールを蹴ることのできる永戸を高い位置に置き続けることができれば、ヴィッセルが得点を挙げる可能性は高くなったのではないだろうか。
最後の交代についても別の可能性はあったように思う。吉田監督は87分に、宮代に代えて井出遥也を投入した。以前にも書いたことだが、井出は動きながら攻撃陣をつなぐ能力に長けている選手だ。1点が欲しい場面で使うことは十分に理解できるのだが、それであれば攻撃の選手を残した状態での起用が得策だったように思う。宮代の疲労を考慮した結果ではあると思うが、井出を投入するのであれば攻撃の選手を多く配置し、その中で井出を中心に攻撃に流動性を持たせるという戦い方もあったように思う。
ここまでいくつかの可能性について書いてきたが、これらは「吉田監督らしくない」方策だと思う。しかしそれをあえて書いたことには理由がある。それは前記したように、ライバルによる「ヴィッセル対策」が進んでいるためだ。過去2シーズン、ヴィッセルは強さを見せつけるように勝利を積み重ねてきた。これを受けて、対戦相手は吉田監督の傾向をも計算に入れた「ヴィッセル対策」を見せている。その結果、得点力は徐々に低下しているというのが実情だ。しかしヴィッセルには、未だ2つのアドバンテージがある。それは「選手の質」、そして「守備力」だ。大迫や武藤、酒井、扇原、宮代、佐々木といった選手を筆頭に、ヴィッセルには高い質を持つ選手が数多く名を連ねている。これはヴィッセルにとって最大の武器でもある。彼らの力を活かすための方法を吉田監督は見つけたが、それに対する対策が進んでいる以上、他の方法も見つけなければならない。逆に言えば、それさえできれば、まだヴィッセルにはライバルを圧倒することのできる力はある。そして山川とトゥーレルを軸とした守備陣は未だ安定感を失っていない。吉田監督が作り上げた守備がJ1リーグでも屈指のものであることは、前記したように数字が示している。これこそが吉田監督が動くための後押しとなる。
全体が有機的につながっているサッカーという競技の特性上、1つのポジションをいじれば、その影響は全てに及ぶ。どこか一部だけを機械的に変えるということはできない。筆者などは簡単に「戦い方に幅を持たせるべきだ」と書いてしまうが、吉田監督にすれば「そんな簡単な話ではない」というのが本音だろう。しかしそれでも敢えて筆者は吉田監督に期待をしてしまう。ヴィッセル史上最強とも言える今の戦力を活かすためには、2の矢、3の矢を準備する必要があると思うからだ。そして現役時代から数々の困難を乗り越えてきた吉田監督ならば、それを成し遂げてくれるものと信じている。
この日の試合では、望む結果は得られなかった。しかし、まだシーズンが終わったわけではない。かつてプロボクサーの辰吉丈一郎はインタビューの中で「逆風が吹いているとき、前に出ようとすると絶対に何かが変わる」と語ったことがある。厳しい状況に立たされた今こそ、受け身に回ることなく、力強く一歩前に踏み出してほしい。
今のヴィッセルには平日のナイターでスタンドを埋め尽くしてしまうほどのサポーターがついている。かつてのことを思えば、隔世の感すらある。ここに至る過程で、ヴィッセルは数々の困難を乗り越えてきた。その結果、20年前には誰も信じなかったような位置に、今ヴィッセルは立っている。「日本一諦めの悪い選手」と「日本一諦めの悪いサポーター」、そして「日本一諦めの悪いスタッフ」が心を一つにして困難に立ち向かったとき、大きな変化が起きるはずだ。

その第一歩が、中4日で迎えるACLE江原戦だ。韓国に乗り込んでの一戦だが、この試合に出場する選手たちには「ヴィッセルの未来」を背負っているという意識のもと、思い切り暴れてほしい。そしてもう一度チームに勢いをもたらし、残るシーズンを勝利とともに駆け抜けてほしい。まだ望みは残されている。