覆面記者の目

明治安田J1 第29節 vs.柏 ノエスタ(9/12 19:03)
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試合前日に吉田孝行監督は「我々は首位にいるわけではない」と前置きした上で、メンタル面の強さを選手には求めているとコメントした。続けてヴィッセルがシーズン終盤に強さを発揮している理由を尋ねられた際には「チーム内の規律」を、その要因として挙げた。吉田監督によれば、この規律が明確になっているため、チーム内には「やるべきことをやれば結果はついてくる」という自信があるという。
 確かに過去2シーズン、ヴィッセルには明確な規律があった。前線からのプレスを軸に、チーム全体が連動して動くことで、高い位置でのボール奪取を狙う。ボールを奪った後は、素早く攻撃に移行し、一気に相手ゴールに迫る。こうしたプレーを可能にしているのが、全員が90分間休むことなく「攻守の素早い切り替え」を繰り返し、局面では「球際の強さ」を発揮し続ける姿勢だ。
 改めて吉田監督が作り上げたサッカーのエッセンスを言葉にしてみると、そこに特別なものはない。しかし、それを高い強度で90分間弛むことなく続けることのできるチームというのも、なかなか存在しない。しかしヴィッセルは実績と経験を持つ中心選手が日々のトレーニングから妥協なくそれに取り組むことで、チーム全体にその姿勢を波及させた。その結果、ヴィッセルは「戦闘集団」と化し、J1リーグ連覇、天皇杯優勝という素晴らしい結果を手に入れた。この結果を前にした時、吉田監督がチームに対して信頼を置き、自信を持つことは当然とも思える。
 しかしそのヴィッセルの誇る「規律」には、少しずつ緩みが生まれているように思う。それこそがシーズン終盤にきて「得点力の低下」という問題を引き起こしている原因なのではないだろうか。


 戦国時代に中国地方の覇者として名を馳せた毛利氏には軍法があった。一代で中国地方を切り取った毛利元就と2代目当主となった隆元の連名による軍法書「毛利元就同隆元連署軍法書」の第1条には「命令の遵守」が定められている。そこには命令に背いた場合、どのような手柄を上げようとも、それを忠節とは認めないと書かれている。筆者の友人である歴史研究者によれば、こうした定め自体は珍しくないという。しかしそれを徹底した武将となると、そう多くはないという。文字通り生死をかけて戦っていた戦国武将にとっては、例え命令と異なる動きだったとしても、その結果、勝利をもたらした家臣は有難い存在であり、さらにその手柄を認めないということは、優秀な家臣の離脱を招くという恐怖があったようだ。しかし長い目で見た時、そうした武将の家は続かないことが多かったともいう。毛利氏が乱世を生き抜いた背景には、こうした「規律の徹底」があったのだ。

 この日の試合後、柏を率いるリカルド ロドリゲス監督は「勝点1以上の戦いはできていたと思う」と、自チームのパフォーマンスに対して一定以上の評価を与えていた。これは全てが本音であるとは思わないが、大袈裟な評価というわけでもないだろう。ヴィッセルとは真逆とも言える戦い方を見せている柏ではあるが、この試合ではヴィッセルの攻撃を封じた。GKの小島亨介は「90分間ピンチらしいピンチを迎えることはなかった」とコメントしていたが、これは柏の全ての選手に共通した見方だったようだ。事実、ヴィッセルがアタッキングサードまで攻め入るシーンは多かったが、そこから先の部分で柏の守備を崩しきることはできなかった。その理由を考えた時、前記した「規律の緩み」が影響しているように思う。
これを前提として、以下に試合を振り返ってみる。

 試合前の時点で暫定ながらヴィッセルと勝点で並んでいた柏は、消化試合数が1試合少ないため、事実上はヴィッセルの上に立っているチームだ。その意味でも、この日の試合は大きな意味を持っていた。試合前日の会見に登場した扇原貴宏が「今シーズンの残り試合で優勝争いができるかどうかは、明日の試合にかかっている大事な試合だと思っています」とコメントしたように、選手たちは相当の覚悟でこの日の試合に臨んでいた。当然、その気持ちは吉田監督も同様だ。「トゥーレル不在」という状況の中、選手の配置、戦い方ともしっかりと考えられたものを見せてくれた。先発メンバーは以下の通りだ。GKには前川黛也。最終ラインは右サイドバックに飯野七聖。センターバックは左に山川哲史、右に本多勇喜。そして左サイドバックに酒井高徳という並びだった。中盤はアンカーに扇原、インサイドハーフに宮代大聖と井手口陽介という不動のメンバー。前線は右にエリキ、左に汰木康也の両ウイングを配し、中央には大迫勇也を置いた。
 この並びの中で最大のポイントは、左サイドバックの酒井と前線の大迫だった。柏の布陣は3-4-2-1。ロドリゲス監督就任後、ボールを握る戦いで結果を残してきた柏だが、ポイントは右ウイングバックにある。
 中盤の軸として攻撃をけん引してきた熊坂光希が「右膝前十字靭帯断裂」という大ケガを負って、戦線を離脱した後、柏の攻撃の軸は右ウイングバックの久保藤次郎が担っている。既に7ゴールを挙げている久保は、1試合平均敵陣パス数でリーグ1位、クロス数やチャンスクリエイト数でもリーグ上位に位置している。文字通り、攻撃の中心に立っている久保ではあるが、逆にここが塞がれた時、柏の攻撃力は大きく低下する。
 今季の柏の攻撃は久保と左ウイングバックの小屋松知哉を経由した形がほとんどだ。両サイドに蓋をされた場合、ロングボールを使う場面も見られるが、これは相手のプレスを回避するために使うことが多く、攻撃の起点としてのものではない。こうしたことを踏まえれば、久保の対面に酒井を置き、久保を機能不全に追い込むことで、柏の攻撃を封じたいという吉田監督の判断は正しかった。

 次に大迫の使い方だが、ヴィッセルは自陣からでも積極的にロングボールを使い、大迫の力で柏を押し込んでいくという戦い方を吉田監督は準備していた。そして柏の3センターバックに対して、大迫は優位性を確保していた。ボールそのものは柏の選手が頭に当てることもあったが、大迫の圧力によって柏の最終ラインは前に出ることができなかった。加えて前へのボールの精度を高めるため、GKの前川の蹴る位置をいつもよりも前に出すなど、この戦い方を活かすための準備も整えていた。基本的にはボールをつなぎながら攻め込んでいきたい柏は、このロングボールに対する対応に苦慮していた。この大迫の動きによって、柏の布陣が間延びさせられていたためだ。前記したように柏のロングボールは「攻撃の起点」としての機能が薄い。それが解っていたからこそ、最終ラインも高い位置を取りつつ、アンカーの扇原が全体を前に押し上げる動きを見せた。この設計によって、前半はヴィッセルがペースを握って試合を進めた。


 ここまでの吉田監督の準備は素晴らしかった。しかし、優位性は保っていたもののゴールは生まれなかった。
 前記したように、ヴィッセルの戦い方は昨季までに見せていたものと大差ない。ボールを蹴り出す位置や着弾点、低い位置からの運び方など、細かい点での変更は加わっているが、概ねこれまでの戦い方を踏襲している。であるならば、大迫が競ったボールを拾ったインサイドハーフやウイングの選手が前に入っていき、シュートチャンスを迎えるはずなのだが、この試合におけるヴィッセルの枠内シュート数は4。シュートそのものも11本に留まっている。この数字が示すように、ここ最近のヴィッセルの攻撃には連続性が乏しく、以前のような迫力が感じられない。
 ではなぜこうした事態に陥ったのか。それこそが「規律の緩み=ポジションの乱れ」だ。前線の3枚とインサイドハーフの2枚が攻撃を担うヴィッセルの戦い方は、ボールを中心に幅と厚みを持たせるための戦い方であったはずだ。それを成立させるためのポジショニングに狂いが生じているためであるように思う。

 ヴィッセルのロングボールを起点とした攻撃に対しては、ある程度低い位置にブロックを組む、という対策は今や一般化している。これを崩すためには、攻撃に参加する5枚ないし6枚が連動し、組織として攻め込まなければならない。相手のブロックの間でボールを受けるという動作を連続させていくことこそが、守備ブロックに綻びを生じさせるからだ。これを実現するためには、選手が正しく配置されていなければならない。
 しかし今のヴィッセルは、特に大迫がサイドに流れた時、中央の人数が不足していることが多い。ボールホルダーに対するフォローの動きは必要だが、そこに人が多くなりすぎてしまうため、ボールの出口である中央に人がいない状況を生み出してしまっているのだ。この日の試合で言えば、大迫が落としたボールを汰木が拾うという流れはできていたものの、中に人がいないため、汰木はターンしてボールを下げる場面が散見された。またクロスを入れた時も、相手の守備の間に入り込んでいる人数が少なかった。こうなると点で合わせる以外の方法がなく、難易度は高くなる。相手がクリアしたボールをブロックの外側で扇原や井手口が拾う場面も見られたが、守備ブロックが崩れていないため、攻撃は組み立てなおしを余儀なくされた。

 ポジションの乱れの原因は様々あり、1つに特定することはできないが、まず改善すべきは右ウイングに入ることの多いエリキのポジションということになるだろう。際立った攻撃センスと突破力のあるエリキだが、中央で大迫がボールを受けた際、幅を取って深い位置に入る回数は少ない。ゴールへ向かう意欲が強すぎるためか、中に入ってしまう場面が目立っているように思う。そうなると相手に対しては、ヴィッセルの右サイドがボールの脱出口となってしまう。もちろんそうした箇所に対してはサイドバックが高く上がることで、相手の前進を防ごうとするが、攻撃が寸断されやすいということに変わりはない。
 繰り返しになるが、相手のブロックを崩すためには「連続した攻撃」こそが必要だ。そしてこれを担保するためには、相手の守備ブロックと同じ幅で攻撃陣が配置されていることが求められる。エリキの攻撃力を活かすために中に入ることを許容するのならば、そのスペースを埋める形を定めておかなければならない。
 エリキの特徴である「ゴールに向かうスピード」や「高い位置で競り合うことのできる強さ」はヴィッセルの武器であり、今季はそれによって何度となくチームは救われてきた。そのエリキを活かすための配置を作り出すことこそが、吉田監督に課せられた使命であり、喫緊の課題でもある。

 同様のことは、サイドに起点を作る動きについても言える。この日の試合でも見られた光景だが、今のヴィッセルはサイドに起点を作る過程で人数をかけすぎてしまっているように思える。
 今季、クロスの数について言えば、ヴィッセルは現時点で1位(528本)だ。2位の広島(527本)とはほぼ同数だが、3位の町田(442本)とは大きく差がついている。  ヴィッセルがクロスを重視してきた理由は、大迫の存在と無関係ではない。高さがあるだけではなく、空中における体勢の整え方やボールの落とし方など、際立った能力を持つ大迫が中央に立ち、他の選手はその位置を基準に中央にポジションを取ることができていたため、ヴィッセルのクロスからの攻撃には迫力があり、得点も期待できた。しかし大迫へのマークが厳しくなり、大迫がサイドに流れることも多い現状では、クロスにこだわる意味はそれほどないように思う。この日の柏を見ると、中央をセンターバックとボランチの3-2で固めた上で、ウイングバックや2列目の選手がサイドを守る形を整えていた。これに対してヴィッセルは、中央にいるべき大迫までを使いながらクロスを入れる形を整えようとするため、結果的にサイドは渋滞する。そしてクロスを入れたとしても、中央の人数は薄く、得点には至らない。厳しい言い方をするならば、クロスを入れるという手段が目的化してしまっているように思えるのだ。

 ではどうするべきなのだろう。考え方は2つあるように思う。1つは従前通り、大迫を中央に残し、攻撃の厚みを維持する方法だ。しかしこの場合、大迫は厳しいマークを受け続けるため、疲弊する。これは結果的にヴィッセルの得点力を低下させる可能性が高く、取るべき選択肢ではないだろう。となるともう1つの考え方だが、それは大迫のパサーとしての能力を最大限に活かす方法だ。この場合、サイドからのクロスという手段にこだわるのではなく、相手の守備の裏側にいかにして起点を作るかという点にフォーカスするべきであるように思う。大迫がサイドに流れることで、相手の守備は中央を固めるグループと、サイドで攻撃の起点を潰すグループとに2分される。この日の柏もその形となっていたのは、前に書いた通りだ。この形に持ち込むことができている以上、その2つのグループの間こそが狙いであるように思う。ここを衝くことができれば、相手の守備に穴を開ける可能性は一気に高まる。
 いずれにしても大迫が厳しくマークされる中で前線の配置が変わってしまっている以上、攻撃方法の見直しは必要だ。同時に全ての選手が状況に応じて適切なポジションに立つという原則は例外なく徹底されなければならない。


 ポジションの乱れは、選手の役割分担をも曖昧にしてしまっている。今のヴィッセルにおいてドリブルでの突破が最も期待できるのは宮代なのだが、ボールサイドに選手が集まってしまう傾向があるため、宮代はスペースがない中でのプレーを余儀なくされている。本来であればドリブルで前にボールを運びながら、周りの選手を巧く使い、ゴールを狙える位置まで入っていくことが宮代の役割なのだが、今は動くスペースが得られていないため、起点としての動きが多くなってしまっている。
 さらには前線における絶対的な存在である大迫も、狭い局面での3対3のような場面になってしまうことが多く、広いスペースからパスを相手の急所に打ち込む大迫特有のプレーを発揮する場面が少ない。
 常々、吉田監督は「自分たちの基準」という言葉を口にする。これは「やるべきことをやる」という意味で使用されているが、ボールに対してのアクションだけではなく、スペースを管理するという概念もここには含まれているはずだ。しかし今のヴィッセルは、この「スペースを管理する」という部分が守り切れていないため、選手個人の関係性の中での攻撃に終始してしまっているように見える。これこそが吉田監督が整理し、修正すべき最大のポイントだ。前に出る勢いが注目されがちなヴィッセルの攻撃ではあるが、優れた技量を持つ選手たちが正しいポジションを取る中で自身の特徴を発揮し、厚みを持った攻撃を繰り出すことができていたからこそ、圧倒的な攻撃力でライバルたちを倒してきたのだ。

 こうした問題に対して「人で解決」を図るという方法もある。佐々木大樹や広瀬陸斗といった、交通整理をしながら攻撃を組み立てることのできる選手が戦列に戻ってくれば、それだけでいくつかの問題は解決するのかもしれない。その意味では井出遥也にかかる期待は大きい。この日の試合では75分にピッチに送り込まれた井出だが、本来のコネクターとしての役割を果たす場面は少なかった。試合の流れが柏に傾いていた時間帯であったことも災いしたのかもしれない。また一度は良い形でボールを動かしたと思ったのだが、そこでファウルを取られてしまい、チームに勢いを持たらすには至らなかった。この井出を長く使うためには、選手起用そのものを見直さなければならない。

 この日の試合でも明らかになったことだが、ヴィッセルの守備力は未だ強度と安定感を保っている。この日の試合ではトゥーレルという守備の要を欠いていたにもかかわらず、危ないシーンは一度だけだった。これは最終ラインを中心とした守備陣の強さだけに因るものではない。ボール非保持時には、チーム全体が連動を保つことができているが故の守備力でもある。そしてこれが今のヴィッセルにとっては、安定した成績を保つ上での大きな武器となっている。中でもボール非保持時にはダブルボランチを形成する、扇原と井手口のコンビの活躍は特筆に値する。この両者は最終ラインの前に位置しながらも、相手の攻撃陣がペナルティエリアまで侵入してきた際には、ペナルティエリア入り口付近まで戻っての守備も厭わない。しかもそこで、時にはボールの脱出口となり、時にはサイドに流れてセンターバックとサイドバックの間のスペースを潰している。この日の試合でも、この両者の守備力が光る場面は多かった。

 この日の試合では右サイドバックとして先発した飯野も、見事なプレーを見せた。前記したようにエリキが中に動くことで飯野は前に広大なスペースを抱えながらの守備をする時間も長かったが、その中で柏の左サイドの起点となる小屋松に対して、一歩も引かない守備でこの動きを止め続けた。飯野の持ち味であるスピードを活かしての守備であるため、カウンター気味に小屋松に動かれた際も、後れを取ることはなかった。そしてこの広大なスペースを、攻撃時には滑走路として使うことで、前に出る姿勢を見せ続けた。これまでウイングで起用されることも多かった飯野だが、前にスペースができやすい今の状況下では、サイドバックとして本来の攻撃的な力を発揮することができる。この日の試合で見せたパフォーマンスを安定的に発揮することができれば、この先も出場機会は確保できるのではないだろうか。飯野がさらに上にいくためには、前に立つウイングの選手との横関係を整理することが求められる。基本的にはサイドが主戦場となる飯野ではあるが、前の選手を使いながら車線を変更し、ハーフスペースを使うコツを覚えれば、さらに輝きを増すことができるだろう。


 ヴィッセルにとってこの日の試合は、何としても勝点3がほしい試合ではあったが、柏を押し込んでいた時間帯に得点を奪うことができなかったことは悔やまれる。中でも汰木の負傷交代はゲームに大きな影響を与えた。試合の流れで大迫が左に流れてくることも多かった中で、この日の汰木はこれまでとは異なるリズムでのプレーを見せていたように思う。1人でボールを持った際には、正対することを嫌う汰木の特徴が前進を阻んでいたが、大迫が近くでプレーしていたこの試合では、大迫とのコンビネーションでうまく前進する場面も見られた。独特のリズムを持ち、ドリブルで仕掛けることのできる汰木の存在は、スピードとパワーで勝負する選手の多いヴィッセルにおいては貴重だ。この汰木が「取らせる役」になることができれば、宮代が「取る役」に戻れる可能性も生まれる。それだけにもう少し長い時間、大迫の近くでプレーする汰木を見てみたかった。

 試合後半、ロドリゲス監督は選手交代を使ってボールの動かし方を変えた。大迫へのマークはそのままに、ビルドアップ時にはボランチの1枚を最終ラインに下げ、中盤に逆三角形を作り出すことで、攻撃ルートを変えてきた。これによってヴィッセルの守備の間を衝くようなボールが増えた。しかし前記したように、ヴィッセルの守備は固く、それほどのピンチは作らせなかった。一度、ゴール前にいい形でボールが入ったシーンはあったが、そこでは山川が見事なクリアで失点を防いだ。

 結局、両チームが互いのストロングポイントを消し合ったまま試合は進み、スコアレスドローで試合を終えた。依然として続く暑さの中、ピッチコンディションも厳しいものはあったが、それを差し引いてもドローという結果は妥当なものだったように思う。
 この結果がヴィッセルにとって望むものでなかったことは明らかだが、最悪というほどのものではなかった。この試合でも見せた守備の強さがある限り、残り8試合、ヴィッセルは優勝争いの中に残り続けるだろう。

 この試合でヴィッセルの選手のコンディションは、決して良いものとは言えなかったように思う。2月初旬から試合を続けてきた結果、選手の疲労がとうに限界を超えていることは間違いないだろう。勝てば勝つほど厳しいスケジュールでの戦いを余儀なくされるというレギュレーションに「理不尽さ」は感じるが、これこそがチャンピオンチームの宿命とも言える。それを味わう位置にいるということそのものが、ヴィッセルにとっては勲章と考えるしかないのかも知れない。

 ここからヴィッセルはJ1リーグ戦、天皇杯、AFCチャンピオンズリーグエリート25/26(以下ACLE)という3つの大会を並行して戦わなければならない。先に書いたような「規律」を取り戻すことと同様に、チーム内の結束を失うようなことがあってはならない。後者において、ヴィッセルに心配は無用だ。それを示す2つの出来事があった。
 1つ目は5日前に行われたカップ戦におけるマテウス トゥーレルの退場処分に関する動きだ。当該プレーが「著しく不正なプレー」と判断され、トゥーレルにはリーグ戦2試合の出場停止処分が下った。これを受けて、クラブは処分内容の見直しを請求したという。結果として判定が覆ることはなかったものの、クラブが選手の利益を守ろうとした今回の対応は、選手たちに「クラブは自分たちを守ってくれる」という安心感を、改めて与えたのではないだろうか。
 2つ目は、9月3日の試合における新井章太の受傷だ。試合途中で交代した新井だが、その後の検査によって「左膝前十字靭帯損傷」という大ケガであったことが判明した。大事なセカンドGKであると同時に、常にチームを鼓舞するムードメーカーでもあった新井の戦線離脱は、チームにとって大きな痛手だ。新井はSNSで強い気持ちを発信し、チームメートに勝利を託していたが、これは新井らしい行動だ。これを受けて選手たちはこの日の試合に際して、胸に「STAY STRONG , SHOTA!!」の文字、背中には新井の背番号である「21」がプリントされたTシャツを着用して入場し、ケガとの戦いに臨む新井に対してエールを送っていた。
 試合とは直接無関係な事象ではあるが、これらは「神戸はいつだって全員で戦う」というキャッチフレーズを体現した事象でもある。ことムードという点において、ヴィッセルは良い状態を保っていると言えるだろう。


 次戦はいよいよACLE初戦だ。中4日で上海に乗り込んでの戦いとなるが、ここから先の戦いにおいては「主力組」以外の力が絶対に必要になる。同大会においてヴィッセルは、過去に幾度かの「不可解」を味わっている。謎の判定や直前のレギュレーション変更など、これらは安定した運営を行うJリーグでは味わうことのできない体験でもある。しかし、こうした中でも勝ち抜いていかなければ、ヴィッセルが目指すアジアの頂点に立つことはできない。
 この試合に吉田監督がどのようなメンバー選考で臨むかは不明だが、もし「控え組」の選手が出場機会を得た場合には、今度こそ「最終試験」と思って、最高のプレーを見せてほしい。そこで自分が披露するパフォーマンスは、単にヴィッセルのレギュラーを狙うというだけの意味ではなく、クラブと自身の未来をも担っているのだという自覚を持って「最高の自分」を発揮することに集中してほしい。