覆面記者の目

YLC プライムラウンド 準々決勝 第1戦 vs.横浜FC ニッパツ(9/3 19:03)
  • HOME横浜FC
  • AWAY神戸
  • 横浜FC
  • 2
  • 0前半0
    2後半0
  • 0
  • 神戸
  • ジョアン パウロ(50')
    小倉 陽太(58')
  • 得点者

19世紀に活躍したプロイセン王国の軍人にして軍事学者であったクラウゼヴィッツは、その著書「戦争論」の中で「戦略」と「戦術」を定義している。戦争を「他の手段をもってする政治の延長」と定義した上で、戦略を「戦争の目的に則して、個々の戦闘を統制するもの」、戦術を「個々の戦闘を個々の配慮で遂行すること」と著した。これを少しだけ解りやすく表すと、戦略は「戦争に勝利するための策」であり、戦術は「戦闘に勝利するための策」ということになるだろう。そして、戦闘は「個々の局地戦」だ。

 サッカーを語る上で「戦争論」を引き合いに出すことにはいささかの躊躇いを感じるが、この日の試合を語る上では適しているように思う。

 



 JリーグYBCルヴァンカップ(以下ルヴァン杯)は、ベスト8の激突に突入した。1stラウンドとプレーオフを勝ち抜いてきた4クラブとFIFAクラブワールドカップ2025に出場した浦和、そしてAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)2024/25に出場した横浜FM、川崎F、そしてヴィッセルの計8クラブが準決勝進出をかけてホーム&アウェイの2試合を戦う。こうしたレギュレーションの試合においては「180分間の試合」という表現が頻出する。それを使うならば、この日の試合は「前半戦」ということができる。

 この2試合に際してヴィッセルと横浜FCは、それぞれ異なる思惑を持っていた。リーグ戦で現在19位の横浜FCにとって、最大の目標が「J1残留」であることは言うまでもない。試合前、横浜FCを率いる三浦文丈監督はそうした状況を受けて「どうしてもリーグ戦の比重が重くなる」とした上で、この先のリーグ戦で戦力となる選手の見極めが「裏テーマ」であることを認めた。この三浦監督に比べて、吉田孝行監督はもう少し難しい舵取りを要求されていた。現在、J1リーグで展開されている激しい優勝争いの渦中に身を置いているヴィッセルにとって、最大の目標が「J1リーグ3連覇」であることは言うまでもない。リーグ戦の比重という点では、ヴィッセルも横浜FCと似た状況にはあるが、ヴィッセルには「全てのタイトルを獲る」という、もう1つの目標もある。そして現時点で、その可能性を十分に残している。さらに言えば、今月にはACLE2025/26も開幕する。他のクラブよりも多くの試合をこなし、そこで結果を残していかなければならないヴィッセルにとっては、チーム力の底上げと戦力の発掘は、横浜FC以上に喫緊の課題だ。

 

 こうした状況を乗り越えるためにも、吉田監督には「戦略」が必要だ。ここからはそれについて考えてみる。まずはメンバー選考だ。

 この日の試合に際して、吉田監督は来週末に控えているJ1リーグ柏戦からの逆算で戦略を立てていたはずだ。J1リーグにおいて優勝を争っている柏は、現時点でヴィッセルよりも上位に位置している。そのため、来週末に予定されている直接対決は、いつも以上に勝利が求められる。となればその試合に「レギュラーメンバー」を揃え、最高の状態で臨みたいところだ。ここまで6連戦を戦ってきた疲労を考慮すれば、横浜FCとの2試合では、できるだけ「レギュラーメンバー」を使いたくないと考えるのは当然の帰結だ。その状況下でルヴァン杯準決勝に駒を進めるためには、この日の試合で勝利、最低でも引き分けという結果が望ましかった。もし引き分けであれば、ホームゲームとして戦うことができる第2戦で「レギュラーメンバー」を勝負所で投入し、勝ち上がりを確定させるということもできたためだ。

 しかしこの思惑は外れた。試合途中で0-2というスコアになってしまったため、結果的に4人の主力選手を30分間以上プレーさせなければならなくなってしまった。コンディションを維持するための「調整的出場」が予定されていた可能性もあるが、結果的にリーグ戦同様の「強度の高いプレー」が必要となってしまったのだ。さらにそこで得点が奪えなかったことで、状況はさらに悪化した。2点のビハインドを背負って戦う第2戦では、3得点以上が必要となってしまったのだ。これを達成するためには、この日はメンバー外となっていた大迫勇也や武藤嘉紀、扇原貴宏といった選手の起用も考えなければならなくなった。

 この日の結果は、選手のコンディション調整という点にも大きな狂いを生じさせた。

 

 次にこの日の戦い方について考えてみる。

 この日のメンバーで戦う場合、いつも以上に綿密なプランニングが必要だったことは間違いない。試合後の会見で前半苦戦した理由を尋ねられた吉田監督は、ポジショニングの悪さをその理由として挙げた。これはその通りではあるが、そこには準備不足もあったように思える。

 試合前日に三浦監督は「ヴィッセルが天皇杯と近いメンバーで試合に臨むならば」と前置きした上で、ロングボールを蹴り入れ、そのセカンドボールを拾いながら前に出てくると、ヴィッセルの戦い方を予測した。そしてそのクオリティーは「レギュラー組」と比較した時には落ちるという見方を示していた。その上でヴィッセルがロングボールを蹴った後のセカンドボール争いが、試合のカギを握っていると語った。試合後には「ロングボールに対しては、競る人・カバーに入る人・セカンドボールを拾う人をしっかりと決めていました。まずは競り合いで自由にさせないことを意識しました」と、試合での対応についてコメントした。そして実際にピッチでプレーしていた伊藤翔はロングボールへの対応について「練習の段階でものすごく整理されていました。トレーニングの通りにやることで、ボールも回収できていました。ピッチ上ではそこまで困らされることはなかったと思います」と、事前の準備が奏功したことを認めていた。

 相手の想定内であったとはいえ、前線に小松漣という高さのある選手を置いたヴィッセルが、ロングボールを使った攻撃を仕掛けることは理解できる。ここで問われるのは、横浜FCの対応が想定内であったか否かという点だ。三浦監督が語ったロングボール対策は、決して特別なものではない。むしろ教科書通りとも言うべきものだ。対戦相手に対するスカウティングを欠かすことのない吉田監督ならば、この三浦監督の講じた「ロングボール対策」も想定内だったように思う。

 であるとすれば、ここで1つの疑問が浮かび上がる。その「ロングボール対策に対する対応」が試合を通じて見られなかったのはなぜか。1つの回答は、試合後に吉田監督が語ったように、ポジションにズレが生じていたためだろう。そしてもう1つの回答は「自分たちの戦い方」に対するこだわりだったように思う。

 

 吉田監督をはじめとして、ヴィッセルの選手たちからは「自分たちの戦い方」という言葉が頻繁に聞かれる。これは吉田監督の下で作り上げてきたものであり、それによって複数のタイトルを獲得してきた。事象としては「前線からの連動したプレス」、「球際の強さ」、「攻守の素早い切り替え」といったことになるのだが、ここに特別なものは存在していない。ではなぜ、これでヴィッセルはJリーグチャンピオンに上り詰めることができたのか。その答えは2つだ。1つは「圧倒的な強度」。そしてもう1つは「全ての選手による徹底」だ。これを作り上げる上では、吉田監督が基準を明確にし、そこに至らない選手は試合での出場機会を得られないという姿勢を貫き通したことで、選手たちに到達すべき点を明示した。

 しかし「長所と短所は表裏一体」と言われるように、この吉田監督によるチームづくりには落とし穴もあった。それはヴィッセルの強さを担保しているのは、「レギュラー組」個人の技量であるという点だ。こう書くとヴィッセルの戦い方は「属人的」だと批判的に思う方もいるかもしれないが、これは洋の東西を問わず起こっている現象だ。どんなチームであっても、選手の技量がチーム作りにおいてはベースとなる。ヴィッセルにおいては大迫や武藤、酒井高徳をはじめとした、ここ数年間レギュラーの座を守り続けた選手の存在がチームの根幹をなしている。中でも大迫、武藤、酒井の3人は年齢も近く、同時期に日本代表としてもプレーしている。さらにヨーロッパでのプレー経験も豊富であるため、同じ「文法」を用いて会話することができる。そんな彼らが中心となって作り上げてきた戦い方は、やはり彼らにしか実践することはできない。

 この日の試合で先発起用された選手の多くは、レギュラーの座を狙っている選手でもあるが、現時点ではそれをつかみ切れていない。そんな彼らが「レギュラー組」と同じサッカーに挑戦した結果、小さなズレが生じていたとしても、それは無理からぬところだ。

 

 昨季の天皇杯準々決勝において、ヴィッセルは「控え組」中心のメンバーで、主力選手を中心とした鹿島を破った。それも隙をついて得点を挙げたというような試合ではなく、真っ向から勝負を挑んだ上での堂々たる勝利だった。前記した問題点に対する解決策を考える上では、この試合を振り返ることが良いように思う。

 この鹿島戦では佐々木大樹、宮代大聖、鍬先祐弥といった、今や「レギュラー組」としてチームを支える選手たちが勢いをもたらした。そして最も大事なのは、この試合でヴィッセルは「無理をしていなかった」という点だ。フォーメーションはお馴染みの4-1-2-3ではあったが、全体の距離が終始コンパクトに保たれていた。これこそが吉田監督が指摘した「本当にちょっとしたところ」だ。この鹿島戦では、ボール非保持時には前線の動きに連動して最終ラインまでが統率の取れた動きを見せたことで、セカンドボールの回収率を高めた。それがあったため、ボール保持に変わった瞬間には厚みのある攻撃を繰り出すことができたのだ。

 

 話を今に戻すと、「レギュラー組」と同じサッカーに挑戦することは、チームに厚みを加える上では必要なことだ。しかし選手の個性や技量が異なっている中では、表層的な部分をなぞるだけでは巧くいかないのは道理だ。トレースすべきは戦い方のエッセンスとでも言うべき仕組みや仕掛けの部分だったのだが、この日の試合ではそうした部分ではなく、表に見えているレギュラー選手のプレーをトレースしようとしてしまったことが、上手くいかなかった原因であるように思う。

 今季の天皇杯では毎試合書いてきたことだが、この日出場した選手たちは、総じて高い技量の持ち主だ。しかしサッカーの試合の中でそれを発揮するためには、周囲の選手との連携を欠かすことはできない。そう考えると、この日の試合の中でそれを発揮することができなかった理由は、個人が「レギュラー組」の動きをトレースするという、高難度のプレーに挑戦してしまった結果、チームとしての連携が生まれなかったという点に尽きるのではないだろうか。これに対して横浜FCは、先述したように三浦監督が守るべきポイントをロングボールへの対応からセカンドボール回収までと定めたことで、やるべきことをシンプルに整理することができていた。この差が顕在化した試合だったとも言えるように思う。

 

 後半、酒井、井手口陽介、エリキ、宮代といったレギュラー組の選手を投入した後、この4選手を中心に高い位置でボールを奪い、澱みなく前につけていくという戦い方ができたのは、この4選手(プラス山川哲史)の間には、リーグ戦の中で培ってきた連携があったためだ。本来であれば、彼らの投入で得点を生み出したかったところではあったが、やはり4人だけでは、2点のリードを守ろうとしていた横浜FCの牙城を崩すには至らなかった。

 



 次に各選手のプレーを見ていく。

 この試合で最大の注目は、何といっても左サイドバックで先発した入江羚介だろう。現在順天堂大学3年生にして27年の加入が内定している入江は、足もとの高い技術を持つサイドバックとして、大学サッカー界では知られた存在だ。世代別代表への選出経験もある入江ではあるが、この日の試合がJリーグ公式戦デビューとなった。試合後、入江は自身のプレーについて「守備のところはしっかり足を運んでやれていたと思います」としつつも、自身の持ち味である攻撃については「もっと存在感を出したかった」と悔しさを露にしていた。確かに守備の部分では、相手の前に出る動きに対して後れを取る場面は見られなかった。これはデビュー戦のプレーとしては合格点だろう。しかしヴィッセルのサイドバックとしてプレーするためには、いかにして相手からボールを刈り取るかという部分を追及していかなければならない。そのためには相手に対しての距離を詰めつつも、進路を切り続けなければならない。その上で相手の前に出る瞬間を見逃すことなく、詰め切って球際の勝負に持ち込む必要がある。その際に最も大事になるのが、身体の向きと足の運び方だ。特に足の運び方については、腰を捻りながら動くことで、どちらか一方に体重が乗り切ってしまうのを防がなければならない。

 こうしたプレーを修得する上で、入江にとって最も参考となるであろう存在は、この日の試合では入江に代わって67分から左サイドバックに入った酒井の動き方だ。酒井はスピード勝負を仕掛ける相手に対しても後れを取ることが少ない。それを可能にしているのが、独特の足の運び方だ。腰を捻りながら相手の進路を消し続ける動きがあるため、マッチアップしている相手は、中に入るタイミングを見つけ難い。単純なスピード勝負では勝っているはずの相手が、酒井を振り切ってクロスを上げるに至らない理由がそこにはある。そしてこの動きで相手の前進を阻害しつつ、球際勝負に持ち込む。この一連の動きを習得することができれば、入江のプレーレベルは一段階高くなる。

 次に攻撃面だが、入江の前に出ようとする意志は、そのプレーから十分に感じられた。しかし前に相手が立った時、勝負を仕掛けるまでには至らなかった。その理由は2つあるように思う。1つは最終ラインの選手としての責任感だ。自分が前に出ようとしてボールを失った場合、背後のスペースが使われることを警戒していたのではないだろうか。チーム自体が横浜FCのシンプルな攻撃に対して受け身に回る時間が長かったため、背後の体制を整え切れていないという判断が働いたのかもしれない。もしそうであったならば、それは入江が試合の流れを読んでいた証左だ。入江をフォローする左センターバックの岩波拓也は、前で起点を作ろうとする櫻川ソロモンへの対処に追われていた。さらにアンカーに入っていた山内翔も、中央に貼り付けられている時間が長く、入江の背後を見るまでの余裕はなかった。そうした状況を把握した上で、入江が無理に勝負を仕掛けなかったのであれば、これはさほどの問題ではない。そしてもう1つの理由は、入江自身の立ち位置だ。この試合で入江の前には左ウイングの汰木康也がいたのだが、その汰木と入江は多くの時間で同じレーンに入ってしまっている場面が見られた。その結果、相手に対するギャップを作ることができず、前に立たれてしまうと、そこで動きが止まってしまっていた。しかしこれは、入江だけの問題ではない。文字通り周囲の選手との連携によって解決が為されるべき問題だ。中に向けてドリブルしたい汰木とのコンビにおいては、汰木がタッチライン際に張り出す場面が多くなる。そこで入江がインナーラップを仕掛けることができていれば、或いは汰木とのコンビネーションでアタッキングサードのサイドとハーフスペースを制することができたのかもしれない。しかしこれにしても、背後を守る選手とのコンビネーションが必要であり、全体に後手を踏む時間が長かったこの日の試合においては難しかったのではないだろうか。

 こう考えれば、この試合をもって入江の評価を下すことは難しい。保留ということになるだろう。しかし低くスピードのあるロングスローなど、独自の武器を持っている選手であるだけに、次に入江がピッチに登場した時、どのようなプレーを見せてくれるのか楽しみにしていたい。

 



 この試合に最も強い気持ちをもって臨んだのは、アンカーの山内だったように思う。相模原との天皇杯ではチームを前に向けることができなかった山内にとって、この日の試合はリベンジの舞台でもあった。試合前日には「プロ2年目の危機感」を口にした山内だが、それは周囲からの期待の裏返しでもある。試合を読む目もあり、フィジカルも強い。首を振りながら、身体を起こしたままボールを持つこともできる。いずれはヴィッセルの司令塔へと成長してほしい山内だが、この日の試合では「前に蹴る」という意識を強く持っていたように見えた。前に相手に立たれた場面でも、自身がポジションを変えながら前に蹴ることのできる位置を探しているように見えた。この意識は、天皇杯の反省に基づいたものだったのだろう。それは悪くなかったのだが、そのパスがチームを前に出すまでには至らなかったことは事実だ。その理由は2つ。1つはパスそのものの精度だ。中盤における横浜FCは強めの守備を見せる場面が多く、それが不安定だったジャッジと相まって、勝負を仕掛けにくい雰囲気になっていたことは事実だ。とはいえ精度が担保されていないパスも多かったため、攻撃に連続性をもたらすまでには至らなかった。そしてもう1つは、入江と同じく「連携」の不足だ。特に前でボールを受けてほしいインサイドハーフのポジショニングは、井手口が投入されるまで不安定な状態が続いた。本来であれば山内からのボールを受けて、そこで全体が前に出る形を整える時間を作ってほしかったのだが、そうした位置に選手がいることが少なかった。

 アンカーとしては満足いく結果を残せなかった山内だが、4日前に行われた横浜FM戦では40分近く、インサイドハーフとしてプレーした。そしてそこで見せたプレーは、決して悪いものではなかった。前記した山内の特徴を活かし、チームのベクトルが後ろに向かないような動きを見せ続けた。そうした点から考えると、今の山内はインサイドハーフとして勝負した方が良い結果につながるように思う。攻守両面でチームの中心となり、質の高い動きが求められるアンカーとして勝負するのは、もう少し実戦の中でプロのスピードや強度を経験した後でもいいのではないだろうか。山内が素材として一級品であることは、誰もが認めるところだ。しかし今はその素材を活かすために練度を高める時期なのかもしれない。

 



 前述したように、この山内との関係性において問題があったのは、井出遥也とグスタボ クリスマンが入ったインサイドハーフだった。最初に気になったのはクリスマンのポジショニングだった。右インサイドハーフであるクリスマンが右に流れることは理解できるのだが、そこでどのようにボールに絡んでいきたいのかということが見え難かったことは事実だ。ボールを握った際には、前線に向けて、時折は質の高いキックも見せていたが、全体的には低調な動きが目立ったように思う。これもクリスマン個人の問題ではなく、周囲との連携が不足していたためかもしれないが、クリスマンのポジションが安定しなかったことは、攻撃が低調に終わったことの一因ではあったように思う。試合最終盤、相手が蹴り出したボールを完全にフリーで受けながら、それをバックパスしてしまったプレーは、この試合にクリスマンが入り切れていなかったことの象徴であるように思えた。

 

 そして井出だが、こちらもボールを受けるためにポジションを落とす場面が目立ち、前線でのコネクターとして攻撃に厚みを加えることのできる井出の良さは発揮されないままだった。この日のメンバーで言うならば、井出が小松の近くに立ち、小松が落としたボールを受けてほしかったのだが、プレーする位置が総じて低かったため、小松を前線で孤立させてしまった。そんな状況の中でも小松を目標としたボールを多用した結果、ヴィッセルの攻撃に連続性は乏しくなり、逆にセカンドボールを回収する横浜FCに攻撃のリズムが生まれてしまっていたように思う。

 

 この試合でインサイドハーフを前に出す方法はあったように思う。それは岩波拓也からのロングフィードだ。岩波は最終ラインから相手の最終ラインの前に落とすボールを何本か蹴ったが、その精度は高く、攻撃の起点となりうる可能性を感じさせた。しかし岩波がそうしたボールを蹴る回数は少なく、ほとんどの場合で横の山川にボールを渡していた。岩波にどのような指示が与えられていたのかは不明だが、キックに特徴のある岩波を活かす戦い方ができれば、インサイドハーフを前に出した攻撃の厚みを作り出すことができた可能性はあったように思う。

 その岩波だが、2失点目の直前、山川への簡単なパスをミスするシーンがあった。そこから横浜FCが前に出たことを思えば、軽率の誹りは免れ得ない。未だ高い能力を維持している岩波だが、こうしたミスを減らすことがレギュラー獲得のためには欠かせない。

 

 この日の試合で目立ったのは、前線で勝負し続けた小松だった。前記したように孤立する時間も長かった小松ではあるが、その中でも競り合いに負けなかったことは高く評価したい。もちろんそこから次の展開につながったわけではないが、小松の頭がチームにとっての目標となることを、自らのプレーで立証して見せた。何よりも首の動きを最小限にしつつ、頭で方向を変える技術は見事だった。この日の試合では、味方の位置を見ながら落とす場面もあり、小松がチームにフィットしつつあることを感じさせてくれた。

 その小松に、この日最大のチャンスが訪れたのは81分だった。左サイドを突破した酒井からのグラウンダーのクロスに対して、ゴール前で受けることができたのだ。ここでのシュートは大きく枠を超えてしまったが、これは足を止めて当てようとした結果だ。ゴール近くで受ける、グラウンダーを含む低いボールに対しては、足を振った方が枠を捉える確率は高い。

 チャンスを決めることはできなかったが、この試合で小松が見せた動きには可能性を感じたことも事実だ。この先、小松が「レギュラー組」の中に入ることがあれば、そこでどのような化学反応が起きるのか楽しみだ。

 



 次に失点シーンについても見ておく。

 これについて振り返る際、やはり冒頭で書いた準備不足という疑念が湧いてしまう。試合前日、三浦監督はこの日1ゴール1アシストという結果を残したジョアン パウロの「前に行く力」について高い評価を与えていた。これは、この試合の4日前に行われた東京Vとのリーグ戦での動きを受けての評価でもあった。そしてリーグ戦から10人を入れ替えてこの試合に臨んだ三浦監督が唯一残したのが、このパウロだった。しかしヴィッセルの守備は、そのパウロを警戒していたようには思えないものだった。右シャドーの位置に入ったパウロを誰がつかまえるのかがはっきりしないままプレーを続けた結果、パウロのペナルティエリアの中に入ってくるプレーに何度も翻弄された。

 そして2失点目のシーンだが、ここでは相手の動きに対して反応し、素早い切り替えで守備に戻ったところまでは良かったのだが、そのバランスに問題があった。ペナルティエリアの中には十分すぎる人数が戻っていたが、後ろから押し上げてくる選手に対する備えは皆無だった。そのため2失点目のゴールを決めた小倉陽太は、完全にフリーでシュートを放つことができた。こうしたシーンを振り返ると、相手を見ずに、自分たちの戦いにこだわってしまったのではないかという疑念が、再び頭をよぎる。

 

 ヴィッセルにとって、この試合で敗戦と同等にダメージを与えたのは、GKである新井章太の負傷退場だ。新井は負傷する直前、伊藤の至近距離からのシュートを見事なブロックで止めて見せた。これはその後こぼれ球を拾ったパウロの得点につながってしまったのだが、新井のシュートストップ自体は素晴らしい反応と身体の使い方のおかげでもあった。新井はその前にも福森晃斗のフリーキックを指先に当ててセーブするなど、見事なプレーでチームを鼓舞し続けていた。そんな新井の負傷交代は残念でならない。大人しい選手が多いヴィッセルにおいては、新井のように正しく感情を表に出すことのできる選手は貴重だ。それゆえ誰もが認める「ムードメーカー」でもある。今は軽傷であることを祈るのみだ。

 

 最後まで得点を奪うことのできなかったヴィッセルは、中3日で迎える第2戦では3得点以上が必要になった。このハードミッションを達成するために、吉田監督がどのようなメンバー選考をするのかは不明だが、そこから中4日で待ち受ける柏との大一番を睨んでの選考となることは間違いないだろう。

 最近のヴィッセルは、複数得点で勝利する試合が少ない。戦績自体は悪くないのだが、同じJ1クラブから複数得点を奪って勝利した試合となると、7月20日に行われた岡山戦まで遡らなければならない。

 しかし次戦は3得点以上を奪って勝利しなければならない。トーナメントでもあるこの大会では、得失点差は当面無関係だ。いつも以上に攻撃に舵を切って試合に臨む必要がある。これまでバランスを取った「大人のサッカー」を見せてきた今季のヴィッセルではあるが、次の試合では「やんちゃ坊主」に戻らなければならないのかもしれない。そしてその割り切ったプレーが、ヴィッセルの攻撃力向上のきっかけとなる可能性はある。

 

 この暑さの中で様々な要求を受け続ける選手は大変だと思う。しかしその要求は期待の表れでもある。次戦ではノエビアスタジアム神戸において、アグレッシブな戦いで大逆転を果たすヴィッセルの姿を見ることができるものと確信している。