覆面記者の目

明治安田J1 第6節 vs.鳥栖 駅スタ(4/3 19:04)
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「好事魔多し」という言葉がある。中国元代に作られた戯曲「琵琶記」の中に出てくる言葉で、物事が巧く進んでいる時ほど、落とし穴が近くに潜んでいるということを意味する慣用句だ。類語と併せて「好事魔多し、月に叢雲、花に嵐」と使われることも多い。ヴィッセルにとってこの日の試合は、まさに落とし穴に落ちたような試合だったように思う。
 試合後の会見に臨んだ吉田孝行監督の顔には、悔しさが滲み出ているように見えた。公式記録上、ヴィッセルと鳥栖はシュート数、枠内シュート数とも似通った数字ではあったが、試合を観ていた人ならば、決定的チャンスはヴィッセルの側に多かったことに異論はないだろう。左サイドバックでフル出場した初瀬亮は試合後、この日当たっていた相手GKについて「ファインセーブが多かったですし、3,4点入っていてもおかしくなかった試合だったと思います」と語っていたが、その言葉通り、ヴィッセルには決定的チャンスが何度かあった。そう考えれば、この日の結果を「運が悪かった」と片付けてしまうこともできるのかもしれないが、それではあまりにもったいない。「全ての事象には原因がある」という視座に立ち、全ての結果から学ぶことで、チームや人は成長する。この試合で勝点3を得ることができなかったという事実に対して真摯に向き合い、巧くいかなかった原因を探すこともまた、連覇への道だ。


 この試合を左右した要因は複数考えられるが、その1つが「勢い」だったように思う。4日前に行われた前節において、ヴィッセルは大量6得点を奪い、勝利を収めている。この試合自体は内容も伴った素晴らしいものだったが、ここで勢いがつきすぎてしまったことが、鳥栖戦ではマイナスに作用してしまったように思える。これを説明するためには、この試合に影響を及ぼしたと思われる2つの事象について触れる必要がある。
 1つ目は、現時点で鳥栖が置かれている立場だ。試合前の時点で鳥栖の順位は19位。5試合を消化して1勝4敗という結果だ。まだシーズン序盤とはいえ、やや穏やかならざる数字だ。直近では複数失点を喫しての3連敗中ということもあり、鳥栖の選手がこの試合に並々ならぬ決意で臨んでいたことは間違いない。試合前、複数の選手が「ここでチャンピオンチームであるヴィッセルを倒せば、チームの自信になるし、勢いもつく」と発言していたことからも、それは明らかだ。試合後に吉田監督も話したように、この日の鳥栖が普段と異なる戦い方を見せたのも、ヴィッセルをリスペクトしつつ、現実的に失点を防ぎ、勝点1以上を得るための策だった。この鳥栖の戦い方がヴィッセルベンチの想定内だったかどうかは不明だが、これがヴィッセルに少なからず混乱をもたらしていたことは事実だろう。
 そしてもう1つは天候だ。この日の天候は不安定であり、試合開始前は止んでいた雨が、試合開始間もないころから強く降り、加えて強風にもさらされた。前半は風上に立っていたヴィッセルにとって、この風は厄介だった。ボールの距離と方向がコントロールできないためだ。さらにピッチは全体的に水を含み、ボールが走らなくなっていたが、それも場所によって状況は異なっていた。水の浮いたような場所はなかっただけに、余計に予測がつきにくかったという面もあったのだろう。試合を通じてボールのコントロールには苦労している様子が見られ、ヴィッセルの攻撃がいつものスピードと精度を発揮することはなかった。
 以上2点の状況を考慮すれば、試合の中でもう少し慎重なプレーが必要だったように思う。誤解のないように言っておくと、ヴィッセルのプレーが雑だったというわけではない。選手たちが細心の注意を払いながら丁寧にプレーを続けていたことは間違いない。ここで言う「慎重」とは、プレースピードの話だ。難しい状況であるからこそ、いつもよりはペースを落としてプレーする慎重さが必要だったように思う。しかし全体のプレースピードは、前節と近いものだったように思えた。前節で理想的な試合運びで相手を圧倒したことが、身体の記憶として残っていたのではないだろうか。
 スピード感をもって相手陣内に攻め込むスタイルが、吉田監督のチーム作りにおいて基本とするところであることは承知している。しかしそのスピード感は、相手との比較の中で決める柔軟さも必要であるように思う。鳥栖の選手たちにリスペクトを持った上で言うのだが、選手個々の能力を比較した際、プレーの限界速度はヴィッセルの方が早い。加えて昨季からの継続の中で、ボール非保持時のトランジションのスピード、ボール奪取能力は依然として高い。であればこそ、相手の力量を測りながら、コンディションに応じてプレースピードを調整する器用さを身につけてほしい。


 この試合を考える上で無視できないのは、広瀬陸斗の負傷交代だ。広瀬は21分という早い時間に負傷、飯野七聖との交代となってしまったのだが、これによって前線の形が変化した。最も影響を受けたのは、左インサイドハーフである宮代大聖のプレーだ。前節で2得点を挙げる活躍を見せた宮代だが、広瀬との連携が宮代の良さを引き出していたことも事実だ。広瀬は高さの取り方が巧みであり、宮代の位置と相手の位置関係から絶妙のポジショニングを見せる。これによって宮代は、プレーエリアを限定せずに動くことができていた。宮代のプレーエリアは広く、ハーフウェーラインのやや前方から前線までの広いエリアを使う。相手選手を引き付けてのパスやドリブルでの突破など、様々なプレーで前線を活性化することができる。広瀬はそんな宮代の意図を、かなり正確に理解している。そのため、宮代がボールを保持している際は、ボールの預り所となることができる。そしてひとたびボールを持てば、宮代の走路上に正確なパスを供給することもできる。さらに宮代がフリースペースにいる際は、自らの仕掛けで宮代に動くことを求める。彼らのコンビネーションは試合を重ねるごとに高まっており、この日の試合でも鳥栖の右サイドバックである原田亘を翻弄していた。加えて右センターバックの山崎浩介を釣り出すことにも成功しつつあった。サッカーを考える上で「たら・れば」は禁物だが、それを承知の上で敢えて言うと、広瀬が負傷しなければ全く異なる結果が出ていたように思う。
 広瀬の負傷に伴い、吉田監督は飯野を投入した。飯野を右ウイングに配し、武藤嘉紀を左ウイングに移した。この交代自体は納得のいくものだったが、この交代によって宮代の動きは変化を余儀なくされた。大迫勇也と並ぶヴィッセルの2枚看板である武藤ではあるが、その本質はストライカーだ。武藤自身の動きによってゴール前に入っていくことを企図したプレーが多くなる。もちろん武藤もチャンスメークは意識しているが、広瀬のプレーとは本質が異なる。こうして左サイドを使った攻撃のスタイルが変化し、宮代はこれに応じて比較的高い位置でのプレーを増やした。これまた結果論になってしまうのだが、飯野を投入するのであれば、右サイドバックに置き、酒井高徳を左サイドバックに移し、初瀬亮を左ウイングに上げる方が、攻撃のリズムは保てたのかもしれない。
 いずれにしても、今は広瀬の負傷が軽いものであることを祈るばかりだ。


 ドローゲームではあったが、試合後に見せた両チームの選手たちの反応は対称的だった。ヴィッセルの選手からは「巧くいかなかった」という感想が多く聞かれたのに対して、鳥栖のそれは概ねポジティブだった。直近3試合の合計スコアが1-9という状況下であっただけに、強力な攻撃陣を誇るヴィッセルの攻撃をゼロに封じたということが、鳥栖の選手たちに一定の満足感を与えていたのだろう。これは前記した両チームの立場の違いがもたらす印象の差異だ。ゴール期待値を比較すれば、ヴィッセルは1.73と高い数値を記録しているのに対し、鳥栖のそれは0.59に留まっている。こうした数字とは別に、鳥栖の選手が互角以上に戦えたという印象を持っているのは、ヴィッセルが鳥栖のサッカーに対応できていなかったという面があったからだろう。
 川井健太監督が就任3年目を迎えた鳥栖は、ボールをつなぎながら攻めるスタイルが特徴とされている。試合後の堀米勇輝の言葉を信じるならば、ボールをつなげという指示が特にあるわけではないようだが、過去の試合を観る限り、ボールを大事につなぎながら相手を崩そうとするチームだ。しかしこの試合に限って言えば、そのスタイルは封印されていた。そこには2つの理由があったように思う。1つはピッチコンディションだ。前記したように天候が不安定な中、ピッチコンディションは悪化した。そのため安定したボール回しは難しいという判断に落ち着いたのだろう。そしてもう1つは、ヴィッセルの速さと強度だ。これは鳥栖の選手も認めていたが、ヴィッセルは攻守の切り替えも速く、加えて球際での強さもある。下手にボールを握っていると、それはリスクを増大させる。この2つの理由を勘案し、「前に蹴る」という選択をしたのだろう。
 結果論ではあるが、これがヴィッセルにとってはやり難さを生じさせた。戦前の吉田監督の言葉からも、ヴィッセルは鳥栖がボールをつないでくるという想定の下で、戦い方を定めていたように思う。しかし鳥栖が最前線の富樫敬真を目標に大きく蹴り出してきたことで、ピッチ上には小さな混乱が生じていた。それが表れたのは試合序盤だった。2度にわたるコーナーキックの中で、クイックスタートから堀米にシュートを打たれた。シュート自体はGKの前川黛也が落ち着いて処理したため、ゴールを脅かされたというほどのものではなかったが、試合の流れ的には微妙な影響を与えたように思う。吉田監督は「ちょっと歯車が嚙み合わなかった」という表現で試合を総括したが、これは正しい認識だろう。ピッチ上を局面単位で見た時には、総じてヴィッセルが上回っていたように思うが、その小さな事象が線としてつながらないままに試合を終えた印象だ。

 またこの試合でヴィッセルにはアンラッキーな面もあった。広瀬の負傷は前記した通りだが、交代で入った飯野もアクシデントにより、前半だけの出場に留まった。吉田監督とすれば、スピードのある飯野を右のウイングに入れることで、右サイドバックの酒井高徳を高い位置に呼び込み、左の武藤と併せて両サイドからの圧力を高めたかったのだと思われるが、早々に目論見が外れてしまった格好だ。さらに飯野との交代で後半開始から登場し、戦線に復帰した佐々木大樹は相手との接触で裂傷を負ってしまった。ピッチの外で応急処置を施され、頭にテーピングを巻いた状態で試合に復帰した佐々木だが、無理ができない状況になってしまい、佐々木らしい大胆な仕掛けは見られなくなった。これだけのアクシデントが同じ試合の中で起きてしまうと、ベンチが打てる手は限られてしまう。吉田監督にとっては、文字通り想定外の一日になってしまったという印象だったのではないだろうか。


 しかしそんな中でもヴィッセルが攻める姿勢を崩さず、何度もチャンスを創出したことは高く評価したい。それを支えていたのは、やはり大迫だった。この試合の大迫は前線で勝負する以上に、少しポジションを落とし、チャンスメークに徹していたように見えた。ミドルサードでボールを引き出し、そこからスルーパスで攻撃の選手を走らせようとしていた。複数の相手選手からマークを受けつつも、巧みな技術でボールを握り続け、自らのプレーエリアを確保し続けた。パスそのものは、前記したピッチコンディションの影響もあり、相手にカットされることも多かったが、大迫がミドルサードからアタッキングサードまでのエリアを支配したことで、ヴィッセルの攻撃回数が増えたことは事実だ。
 今季はどの試合でも徹底したマークを受け続けている大迫だが、その使い方を再設定することが急務であるように思う。昨季は圧倒的な得点力でヴィッセルを頂点に導いた大迫だが、今季は潰れ役になる場面が多い。相手の立場で考えれば、大迫をフリーにするということは失点の危険が増大するということであるため、ファウル覚悟で身体を当ててくる。そのため、今季の大迫は「決める役」以上に「決めさせる役」を担う回数が多くなっている。となると、新たな「決める役」にかかる期待が高まる。武藤と宮代がその役割を担うことになるのだろうが、問題はそこまでのボールの届け方だ。大迫がミドルサードでボールを受けた場合、前に上がっていく選手を狙ったスルーパスを狙うことが多いのだが、ここが相手守備にとっては狙いどころとなっている。こうしたスルーパスを狙う場合、外側を走る味方に対して、相手守備の外側を狙って斜めにボールを入れていくことが多いのだが、これはコースが読まれやすい。こうした局面で相手の狙いを外すためには、3人目の存在が大きな意味を持つ。そしてその選手には、中継点としての役割が望まれる。運動量、足もとの技術、パスセンスといった要件から考えれば、これを担うことができるのは山口蛍ということになるだろう。大迫がボールを握りながら時間を作った際、山口がこれを追い越していく動きを加えることができれば、攻撃に新しい形が生まれることになる。

 試合後に宮代は、セカンドボールの回収率が低かったことを反省点として挙げていた。そして山口は、奪った後のボールを正確につなげることを次節への課題として挙げた。これらができなかった理由は、冒頭で記したプレースピードと関係しているように思う。特に前半などはヴィッセルが押し込む時間が長かったのだが、全体を圧縮し切れていなかったことが、セカンドボールの回収を難しいものにしていた。鳥栖が自陣でボールを奪った際、前線の富樫を目標に蹴ってきたことは前に記した通りだが、次の戦場となる鳥栖の2列目に対する守備については、アンカーの扇原貴宏が一人で担うシーンが多かった。富樫に対してはマテウス トゥーレルが巧くマークしており、自由を与えていなかったのだが、富樫の背後のスペースに対する守備は足りていなかったように思う。全体を圧縮できていれば、こうしたボールに対しても対処しやすくなる。しかしこの試合では全体を圧縮する前に、ボールを蹴り出してしまっていた。やはりこの試合については、全体のプレースピードが速すぎたのではないだろうか。


 この試合で得た収穫は2つだ。1つは守備の力を再認識できたことだ。ヴィッセルの守備陣のパフォーマンスは試合を通じて安定しており、それが鳥栖の攻撃を抑え切った最大の要因であることは間違いない。危険なシーンと言えば、後半途中から登場した中原輝が75分に見せた高質なクロスくらいであり、それ以外ではゴールを脅かされる場面は皆無だった。この守備力については昨季からの継続が活きており、ヴィッセルのサッカーを下支えしている。
 もう1つは佐々木の戦列復帰だ。昨季、最も成長した選手と評されることの多い佐々木だが、この試合でも負傷前は積極的に相手守備の中に入り込んでいく姿勢が目立った。ボールスキルも高く、ゴールへの意識も高くなった佐々木がこのタイミングで復帰したことの意味は大きい。

 両チームとも最後までゴールを狙い続けた試合ではあったが、結果的に勝点1を分け合う結果となった。悪コンディションの中、走り続けた選手の頑張りは称えられるべきではあるが、ヴィッセルサポーターにとって消化不良の試合となったことは事実だ。前記した鳥栖の「いつもと異なる戦い方」は、試合後のコメントを信じるならば、ベンチの指示というよりは鳥栖の選手たちによる判断の色が濃かったようだ。その根底にあるのは「勝つこと以上に負けないことを重要視」した考え方ではあるが、今後、ヴィッセルに対してはこうした戦い方を仕掛けてくるチームも少なくないだろう。ヴィッセルの攻撃力を考慮した場合は、当然の選択なのかもしれない。しかし連覇を果たすためには、こうした相手も乗り越えていかなければならない。

 禅語の中に「勢不可使尽」という言葉がある。「勢い使い尽くすべからず」と読むのだが、「勢い」の使い方について語っているものだ。勢いのある時は、意欲的に物事に取り組むことができる。問題はその使い方だ。勢いに任せて突き進んでしまうと、それはやがて尽きてしまい、下降線に入ってしまう。そうならないためにも、勢いのある時こそ、自らを戒めつつ行動せよという教えだ。
 昨季の優勝以降、ヴィッセルには勢いがある。今季から加入した宮代や広瀬も早々にチームにフィットし、チームに新たな力を加えている。さらにはこの日はベンチで控えていた山内翔のように、将来が楽しみな新戦力も登場してきた。こうした勢いがある時だからこそ、自分たちの志向するサッカーを常に見直し、真摯に課題の解決に取り組み続けてほしい。その先に「連覇」がある。

 次節は再びの中3日で、横浜FMをノエビアスタジアム神戸に迎えての一戦となる。昨季、最後まで優勝を争ったこのライバルとの戦いは、J1リーグ序盤戦における最大の注目試合でもある。試合後に山口も言及した通り、横浜FMとの戦いは早い展開になるだろう。そして1つのミスが勝敗を分けるだろう。選手たちには細心の注意を払いつつ、自分たちの力を信じて、この戦いを乗り越えてほしい。健闘を期待している。