覆面記者の目

明治安田J1 第8節 vs.町田 国立(4/13 15:03)
  • HOME町田
  • AWAY神戸
  • 町田
  • 1
  • 0前半1
    1後半1
  • 2
  • 神戸
  • ドレシェヴィッチ(96')
  • 得点者
  • (45')山内 翔
    (89')武藤 嘉紀

第8節を終えてヴィッセルは勝点16の4位となった。首位に立っているC大阪との勝点差は4。連覇を狙うヴィッセルにとって、これは決して悪いものではない。しかし万が一、この試合を落としていたら、状況は大きく異なっていた。首位との勝点差7の10位へと順位を下げていたのだ。リーグ戦消化率はまだ2割を超えたばかりであり、順位を云々する段階ではないが、勝点差7を詰めるのは結構な力仕事であり、それなりの時間を要する。そうした意味でも、この日の勝利は大きな意味のあるものだった。

 試合後に何人かの選手も言及していたが、ヴィッセルと町田は似通った構造を持つチームだ。細かな点は異なるが、強度の高い守備や素早い攻守の切り替えといったチームの根幹をなす部分は共通している。それだけに、両チームとも戦い難さはあったことだろう。
 今季のJ1リーグにおいて「台風の目」となっている町田だが、注目すべきはその意思統一にある。黒田剛監督が求めるプレーを、全ての選手が忠実に遂行しようと試みる。そこに例外はなく、たとえ外国籍選手であっても突出することはない。こうしたチーム作りに対しては「アマチュア的」と揶揄する声もあるが、それは見当違いというものだ。試合後に武藤嘉紀も語ったように、プロの世界では「結果は正義」でもある。青森山田高校の監督として、同校を全国屈指の強豪校に育て上げた黒田監督だが、その特徴を一言で言うならば「リアリスト」ということになるだろう。勝利こそがファン・サポーターを魅了するという信念のもと、勝利への道筋を考え、戦い方を決定する。何かと話題になるロングスローなども、勝利のために必要な要素として採用している。結果を残しているにもかかわらず、そこに批判的な声が生まれる背景には、「美しく勝つ」という考え方に対する憧憬がある。

 「フットボールは常に魅力的かつ攻撃的にプレーし、スペクタクルでなければならない」。これは現代フットボールの創始者とも言われるヨハン クライフの有名な言葉だ。この言葉は、サッカーを見る者に対しての呪いの言葉ともなっている。もちろんクライフにそんな意図はなかっただろうが、この言葉が独り歩きし、ボールスキルの高さを活かした華麗なプレーこそが至上であるという勘違いを生んでしまった。そしてその勘違いは、体力=走力に頼ったサッカーはレベルが低いという、誤った価値観を世に喧伝してしまった。クライフという巨人が遺した言葉に、クライフのプレーを重ね合わせてしまったがゆえの誤読というべきだろう。「魅力的」や「攻撃的」といった言葉は抽象的であり、特定のプレーを明示したものではない。強いて言うならば、ゴールを奪うことを目的とせず、守りを固めることで「負けない」ことを由とするサッカーは攻撃的でないという程度のことしか、この言葉から定義できるものはない。
 この試合における町田のサッカーは、全てのプレーがゴールを奪うためのものであり、全ての選手の意思が統一された見事なものだった。今の順位や成績は決してフロックではないと、改めて実感することができた。吉田孝行監督は試合後、「難しいゲームでした」とした上で、「町田さんは角のスペースを取ることを徹底し、ロングスローやコーナーキックを獲得する形から攻めてくるチームだった」と印象を語った。前記したように似た構造を持つチームであるだけに、やり難さはあったと思うが、ヴィッセルが最後まで守備を緩めることはないままに試合を終えたことは高く評価したい。

 試合前、ヴィッセルの選手たちからはこの試合にかける思いが言葉として発せられていた。そこには2つの思いが込められていた。1つは前節での敗戦を受けてのものだ。「優勝するチームは連敗しない」と言われるように、リーグ戦においては「敗れた次の試合」が重要になる。敗戦の影響を最小限に留めるためだ。そしてもう1つは「エース&守護神の不在」を乗り切るという思いだ。前節で退場処分となった前川黛也はもちろんだが、負傷交代となった大迫勇也もこの試合を欠場するであろうことは、戦前から予想されていた。最前線と最後尾で軸となっている両選手の欠場は緊急事態だ。中でも大迫の不在は、ヴィッセルのサッカーを一変させてしまうほどのインパクトを持っている。
 今のヴィッセルのサッカーは、ロングボールを効果的に使う点が1つの特徴だ。それができるのは大迫の存在があればこそだ。高さ勝負に強いだけではなく、そのボールを収め、時間とスペースを味方に渡すこともできる。さらには自らで決めてしまうだけではなく、決定機を演出することもできる。そして何よりも、大迫はタフだ。日々の鍛錬の賜物ではあるが、相手から厳しいマークを受けつつも、試合に出続けるだけのタフさを兼ね備えている。この万能選手の存在があればこそ、吉田監督は今のサッカーを選択することができた。武藤や宮代大聖といった、Jリーグ屈指のフォワードはいるが、チームとしての戦い方が「大迫ありき」で組み立てられているため、ピッチ上にどのような影響が表れるかが注目された。しかし結果から言えば、ヴィッセルの選手たちはエースと守護神の不在を見事にカバーして見せた。

 
 「大迫不在」という状況下で輝きを放ったのは宮代大聖だった。3トップの中央に入った宮代だが、この試合では大迫と同様に前線でボールを受ける役割を担った。そこで注目すべきは宮代の突破力だ。前でボールを受けた際、大迫は周りの選手を呼び込むことで攻撃に厚みを持たせようとするのに対し、宮代は独力で仕掛ける中で味方を呼び込む。過程は異なっているが、味方を呼び込んで攻撃に厚みを持たせようとする意志は共通している。独力で仕掛けようとするフォワードの選手は多いが、その多くが自分一人ですべてを完結させようとしてしまい、味方の位置を確認せずにシュートを放ってしまうため、チームとしてのバランスを壊してしまう。しかし宮代は仕掛ける際に、背後から味方が上がってくるコースを意識した上で、自らのコース取りをしている。もちろんゴールに迫ることが前提ではあるが、独りよがりに打ってしまうシュートは味方を混乱させるということを理解している。この考え方は、ヴィッセルのサッカーにおける根幹でもある。
 かつてヴィッセルで指揮を執ったフアン マヌエル リージョ氏は、監督在任中、「慌てて蹴ったボールは、倍のスピードで敵を連れて戻ってくる」と発言している。ここでリージョ氏が伝えたかったことは、どんな状況下でもコントロールを失ってはいけないということだ。試合中の様々なプレーを、自分たちで制御できる状況下に置き続けることができれば、試合は支配できる。この考え方はサッカーのスタイルに左右されることのない、普遍的なものだ。今のヴィッセルはロングボールを積極的に使うが、それは一か八かといった投機的選択ではなく、大迫や宮代、武藤といった、ボールをコントロールできる選手がいるからこその選択だ。サッカーのスタイルは変わったが、チームとして積み上げてきたものに無駄なものはない。全ての経験が蓄積された土台の上に、今のヴィッセルは立っている。
 話を宮代に戻す。この試合における宮代は相手の厳しいマークを受け続けたが、それでもピッチに立ち続けた。力強いドリブルが魅力的な宮代だが、局面単位でそれを見てみると、足もとの柔らかさを活かしたテクニックで相手を翻弄していることが判る。さらに体幹が強く、相手の間を抜く際には身体を当てられても、バランスを保つことができる。この独特のドリブル突破は大迫や武藤とも異なっている。先制点の場面では、その宮代の特徴が存分に発揮された。44分に自陣内ハーフウェーライン付近でボールを受けた宮代は、ボールを追ってきたドレシェヴィッチを振り切る形でドリブルを開始した。中央から右にコースを取って上がっていた宮代についたのはチャン ミンギュだった。アタッキングサードに入った辺りで、宮代はスピードをわずかに緩めた。ここでチャンのパスを警戒したアクションを見逃すことなく、再度スピードを上げたことでチャンは宮代の前に入る機会を失った。この一瞬の判断は素晴らしい。宮代がスピードを緩めた瞬間、ゴール前に入っていた町田の守備陣は、パスを警戒した動きを見せた。これによって、ペナルティエリア内には僅かではあるが、スペースが生まれた。
 試合を重ねるごとに新しい引き出しを開けていく宮代だが、その能力を考えれば、大迫の使い方を変えることができるかもしれない。大迫が厳しいマークにあい続けている今季だが、宮代の使い方を定めることができれば、新しい攻撃の形が生まれるのではないだろうか。そんな楽しい予感すらもたらしてくれた宮代は、連覇の鍵を握るキーマンであるように思う。


 この宮代の作り出したチャンスを得点に結びつけたのは、この試合がプロでの初先発となった山内翔だ。得点場面では、右で武藤が相手を引き付けてくれた上で出したボールを逆サイドで受け、落ち着いて右足でゴール右に突き刺した。比較的相手との距離もあったため、コントロールして蹴るだけの時間はあったように思うが、それでもああいった場面で落ち着いて蹴ることのできるルーキーは、そういるものではない。こうした場面でコントロールショットを意識すると、コントロールに意識が向きすぎてしまい、シュートそのものが威力を失うこともあるが、山内はボールの下をカットするような蹴り方でボールに回転と勢いも与えている。咄嗟の場面でこうしたプレーが出せるということは、山内が精神的な落ち着きだけではなく、正確なテクニックを身につけていることの証左でもある。
 この試合における山内は、67分に交代するまで、終始慌てることのないプレーを見せた。何度かパスが正確性を欠く場面もあったが、総じて周囲の状況を確認しながら、その都度、最適な選択を見せていたように思う。左タッチライン際で相手に囲まれた際も、ボールの脱出口を見つけ、町田のプレスをいなし続けていた。この山内の活躍を支えたのは、周囲の選手たちだった。山内がボールを握った際、背後に控える初瀬亮やボランチの山口蛍や扇原貴宏が、山内にとってボールの脱出口になるようにポジションを取り、山内を孤立させなかった。こうした周囲の気遣いに対して、先制ゴールという最高の形で答えた山内は見事な活躍ぶりだった。
 また吉田監督の起用も見事だった。本来はアンカーの選手である山内だが、この試合では左サイドハーフのようなポジションでプレーする時間も長かった。しかし山内がボールを握った際、前に立つ武藤、宮代、佐々木大樹といった3トップの選手が高さを変えながら並ぶことで、山内から見た時には正面に3トップを置いている状態になるよう設計されていた。立っている位置は左だが、頭の中でラインを消して局面を見た時、山内がいつもの感覚でパスコースを決めることができるように、前の選手を並べていたのだ。山内にクロスを入れさせるのではなく、ボランチの感覚でコントロールできる設計だった。その上で山内の周囲を初瀬が上がっていく形も準備されていたため、山内は自分の感覚を失うことなくプレーできていたのではないだろうか。
 素晴らしい先発デビューを果たした山内だが、この日の活躍により、この先の出番は増えることが予想される。身体も出来上がっており、J1リーグの厳しいコンタクトにも十分耐えることができる。三木谷ハウスで育った山内が山川哲史、佐々木、岩波拓也といったヴィッセルアカデミーの先輩たちと共にチームの中枢を形成するようになったとき、ヴィッセルは新しい時代を迎える。そしてその日は確実に近づきつつある。


 ヴィッセルがこの試合で勝利した最大の要因は、90分間を通じて緩むことのなかった守備だったように思う。試合序盤は全体が連動していない隙を突かれる形で町田にペースを握られる時間が続いたが、そこでも人に対する守備は一切の緩みを見せなかった。今季、最終ラインで無類の強さを発揮しているマテウス トゥーレルと山川はもちろんのこと、それ以外の部分でもヴィッセルの選手は相手に対してしっかりと寄せ切ることで、町田の攻撃に連続性を持たせなかった。これはこの試合に限った話ではない。相手チームが「ヴィッセル対策」を施してくる中で、ディフェンシブサードでの攻防に持ち込まれるシーンはあるが、そこで完全に崩されるような場面はまだない。
 また自陣ゴール前での守備に際しては、ボールを奪った直後の判断も速かった。スカウティングで解っていたのかもしれないが、町田の選手は総じてボールを奪われた直後の寄せが速かった。町田の選手にはコントロールできそうにない局面も多かったが、それでも寄せ切ることでヴィッセルのゴール前に混乱を作り出だすことを狙っていたのだろう。実はこれが町田の武器でもある。過去の試合を見ると、相手ゴール前でボールホルダーに素早く寄せることで、ディフェンダーのミスを誘発した場面が散見される。しかしこの試合でヴィッセルの守備陣は、選択を間違えなかった。町田に寄せる時間を与えないよう、まずは蹴り出すという対応を見せ続けたのだ。これによって町田の狙いを空転させ続けた。
 こうしたヴィッセルの強固な守備は、昨季からの継続でもあり、チームの成績を担保している。今季、相手の対策に晒されているとはいえ、現時点で失点数はリーグで3番目に少ない6。1試合平均失点は1を切っている。1位の広島が4であることを考えれば、リーグでも屈指の守備力と言って差し支えないだろう。勝点の積み上げを競うリーグ戦ではあるが、実は失点数の多いチームが脱落していく生き残りゲームでもある。そう考えると、この守備力こそがヴィッセルの切り札であるとも言える。

 町田の攻撃はシンプルではあるが、力強さがあった。前線に立つ身長194cmのオ セフンを目標にボールを蹴り出してきた。ここが競り勝つことを期待し、2列目以降の選手も積極的に飛び出してきた。そしてそれが跳ね返された場合は、全ての選手が守備に戻り、ボールを追い続ける。戦術的に目新しいことがあるわけではないが、これを全ての選手が90分間貫く強さが、町田の躍進を支えている。またロングスローを多用し、陣地を稼ぐという戦い方はラグビー的でもある。筆者はかつてある監督に話を聞いた際、ラグビーの「陣地を回復する」という考え方は、サッカーにも通じるかという質問をしたことがある。その時は否定的な答えが返ってきたのだが、ボールを前に出すことができないラグビーとの本質的な差異を考えれば、当然の答えだったのかもしれない。しかし町田はそれを徹底している。選手の力量差を考慮した結果、こうした戦い方を選択しているのではないだろうか。
 試合後、黒田監督は「ヴィッセルとの差は選手の力量差だ」と答えた。この試合を観る限り、その言葉は正鵠を射ているように思う。様々な場面でヴィッセルの選手が個人技量の違いを見せていた。山内の箇所で記したように、町田の選手が複数で囲んでも、ヴィッセルの選手はボールの脱出口を見つけ、そこにボールを正確に通した。またタッチライン際での攻防の際は、細かなパス交換を繰り返しつつもタッチラインを割ることなく、ボールを動かし続けた。こうした細かな局面の積み重ねが、ピッチ上では大きな差となる。
 こうした技量の差を発揮する状況に持ち込んだことも、ヴィッセルの勝因のひとつだった。町田がピッチ上に作り出そうとする混乱に巻き込まれることなく、狭い局面での争いに持ち込んだことで、個人の技量差を素直に発揮する試合になったのだ。これまで町田に屈したチームは、この連動して動き続ける町田のペースに巻き込まれ、大きな局面での試合運びを余儀なくされていた。その一例が、ゴール近くでのロングスローへの対応だ。
 この試合で町田は、アタッキングサードでのスローインに際してはロングスローを多用した。これに対してヴィッセルはオ セフンにはトゥーレルと山川のいずれかがマークする形を維持しつつ、他の選手はGKの新井章太のスペースを確保するようにポジションを取っていた。ロングスローは確かに厄介だが、ボールがストレートに限定される点が弱みでもある。ボールの軌道が解っているため、落下地点を読み誤ることさえなければ、守り方を定めやすい。ヴィッセルの選手たちはセカンドボールへの反応を警戒するため、全ての選手が守備に戻りつつも、ペナルティエリア内で新井の動くスペースさえ確保すればよかったのだ。ボールがストレートに限定されているため、新井にとってはスローワーとのキャッチボールという感覚で守ることができたのではないだろうか。


 ヴィッセルでの公式戦初先発となった新井だが、ベテランらしい安定したプレーで、この緊急事態を救ってくれた。オ セフンを狙ったハイボールが多い中、キャッチングとパンチングの選択ははっきりしており、ここで迷いを見せなかったことが、守備陣のセカンドボールへの対応をやり易くしていた。またキックも無理に距離を稼ぐのではなく、ハーフウェーラインを超えたあたりに正確に落とし続けることで、試合をコントロールしていた。何度か正確に枠をとらえたシュートを受けたが、これはしっかりとキャッチし、相手の攻撃のリズムを断ち切っていた。控えGKの場合、どうしても実戦の勘が鈍りがちなのだが、全く慌てることなく安定したプレーを見せた新井は「ベテランの味」を改めて教えてくれた。試合後には、最年長選手とは思えない明るさでゴール裏のサポーターを盛り上げた新井だが、こうした選手が控えているという事実がチームに安心感をもたらし、その存在は若いGKの良き教科書となる。

 繰り返しになるが似た構造のチームとの対戦にやり難さはあったと思うが、戦術的な面での難しさはそれほどなかったように思う。この試合でヴィッセルに求められたのは、90分間相手の集中力を上回り続ける忍耐力であり、それを完遂したことに意味がある。そして何よりも、シンプルな戦いを強いられたことで、本来の戦い方に回帰することができた点は収穫だったように思う。今季はライバルチームの対策に対してナーバスになりがちではあるが、やはり自分たちのやり方を貫くことこそが最良の戦い方であることを、改めて思い出すことができたのではないだろうか。試合の締め方など細かな部分での反省点は多々あれど、この試合で得た収穫はそれ以上に大きい。

 次戦は中3日でのYBCルヴァンカップ・今治戦だ。どのようなメンバー構成になるかは解らないが、大事なのは相手を正しく恐れることだ。文人にして物理学者の寺田寅彦は「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだと思われた」と随筆の中で書き残しているが、正にその通りだ。チーム力や選手の技量を考えれば、J3に所属する今治との差は歴然としている。しかし今治には「負けることへのリスク」はない。過度に恐れる必要はないが、J1のチーム、しかもディフェンディングチャンピオンに思い切りぶつかっていこうという勢いを軽視することなく、素直に力を発揮してほしい。今季から新レギュレーション下で行われるYBCルヴァンカップの「初代王者」の座も、なかなかに魅力的だ。

今日の一番星
[武藤嘉紀選手]

先制ゴールを挙げた山内、そのきっかけを作った宮代、素晴らしいキックを見せ続けた初瀬、最後方からチームに安心感を与え続けた新井など候補は多かったが、やはり1得点1アシストの結果を残した武藤を選出することにした。「大迫不在」が不安視される中、最も大きな責任を負っていたのは武藤だった。以前、ライバルチームの選手が「大迫と武藤はもはや外国籍選手」と口にしたことがあったが、それほど彼らの技量は傑出している。スピードとテクニックを併せ持つ武藤だが、この試合ではボールを運ぶ役だけではなく、前線でボールを収め宮代にスペースを渡し、時にはペナルティエリア内で勝負するなど、フォワードに求められる役割の全てをこなしていた。それが最初に実ったのは先制点の場面だった。本文中でも記したように、宮代が巧みにボールを運び、最後はヒールパスで中にいた武藤に渡した。武藤は迷うことなくシュートを放ったが、これは前に立つ相手選手に当たってしまった。見事だったのはその直後だ。セカンドボールを拾おうとした相手のところに素早く寄せ、球際のせめぎあいになる前に、左の山内にパスを通したのだ。この時、前に立った相手選手との距離はイーブンだったが、ボールのもとにたどり着いたのは、シュート後で体勢が崩れていた武藤の方だった。体勢を戻し、そこから一気に走り出すには相当に強い体幹を必要とする。これも日々のトレーニングの賜物だろう。そして2点目のシーンでは、前でスクリーン役を担った本多勇喜を巧みに使い、左足でシュートを突き刺した。この時、武藤は相手選手がスライディングに来ることを予測した上で、それを待ってシュートを放っている。スライディングしてくるということは、シュートコースが空くということと同義であることを理解している、武藤らしいクレバーなプレーだった。どんな時も熱さを隠そうとせず、波紋の力でチームを鼓舞し続ける「ピッチ上の貴公子」に文句なしの一番星。