覆面記者の目

明治安田J1 第4節 vs.広島 ノエスタ(3/16 14:04)
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スポーツを観戦する中で、「最も退屈」と言われがちなのがスコアレスドローだ。しかし全ての物事に例外があるように、スコアレスドローにも面白い試合はある。さしずめこの日の試合などは、それに当たるだろう。力の拮抗した両チームが90分間、集中力を切らせることなく戦い続けたその様は、さながら剣豪同士の鍔迫り合いのような緊張感に満ちていた。

 ミヒャエル スキッベ監督率いる広島は、現在のJ1リーグにおいて最も成熟したチームの1つだ。3シーズン目を迎えたスキッベ監督は、3ー4-2-1と3-5-2を巧みに使い分けながら、前線からのプレスでボールを奪い、攻め切る戦いを続けている。スキッベ監督がチームを構築する上での基本思想は、ヴィッセルと似通っているように思う。所属する選手の個性は異なっているが、素早い攻守の切り替え、球際の強さ、速い攻撃など、チームの根幹をなす部分は同一線上にある。それが解っているからこそ、試合前に吉田孝行監督は「スキッベ監督のことはリスペクトしています」と、敢えて口にしたのだろう。
 両チームの共通点は他にもある。それは選手たちが指揮官に対して信頼感を持っているという点だ。吉田監督が一昨年、監督就任後に戦い方を一変させ、昨季リーグ優勝を勝ち取ったように、スキッベ監督も過去2シーズン連続して3位という結果を残すことで、選手たちからの信頼を得ている。実はこの部分は、チームを作り上げる上で最も大きな要素でもある。選手という「個人事業主」にとって良い監督というのは、「自分の評価を高めてくれる監督」に他ならない。そして選手の評価を高めるための最短コースは、勝利という結果を残すことだ。
 この似通ったチーム同士の対戦ということもあり、試合は堅い展開となった。チャンスの数ではヴィッセルが上回っていたが、相手GKのスーパーセーブもあり、勝点1を分け合う結果となった。ホームゲームであったことを考えれば勝ちたかったというのが本音ではあるが、広島の攻撃をほぼ完全に封じたことを思えば、「価値のある勝点1」だったと言えるだろう。何よりもこの試合を観たライバルチームは「今季もヴィッセルの守備は強い」という印象を抱いたはずだ。ヴィッセルの最大の武器が大迫と武藤を軸にした攻撃であることは事実だが、それを支える堅守が健在であるということは、連覇に向けての心強い材料だ。


 両チームがお互いの良さを消しあう展開となったが、守備面で特筆すべき活躍を見せたのは左サイドバックで先発した本多勇喜だった。本多は広島の右ウイングバックである中野就斗とのマッチアップとなったが、ここで本多は中野を完全に抑え込んだ。前節で広島は鳥栖を相手に29本ものシュートを放ち、4-0と大勝を収めているが、その攻撃を牽引していたのが、中野の高さを使ったサイドからの攻撃だった。ボランチからのボールを中野が時には味方に落とし、時には自ら収めることで攻撃の起点となっていたのだ。当然この試合でも中野を狙ったボールは多く見られたが、空中戦、地上戦とも本多が勝利し続けた。驚くべきは空中戦の勝利だ。プロフィールを見ると中野の身長は本多よりも10cm高いのだが、ほとんどの場面でボールに先に触っていたのは本多だった。昨季から見られた光景だが、このように本多は自分よりも身長の高い選手に対しても、空中戦で勝利する。単純な跳躍力にも優れているのだろうが、それ以上に本多は跳ぶタイミングを測るのが巧い。そしてこのタイミングの良さは、弾道を正確に把握する能力に起因している。サッカーにおいて小さな選手が空中戦で勝利するためには、原則として先に跳ぶ必要がある。その際には、相手の跳躍するコース上に自分の身体を置くように飛ばなければならない。その動きの中でボールに触れるためには、弾道から落下地点を正確に予測し、自分の最高到達点との一致点を見極め、そこに合わせる必要がある。この一連の動作を本多は正確にこなすことができるため、プロの中ではそれほど大きな選手ではないにもかかわらず、空中戦で強さを発揮している。
 この空中戦について付言すると、サッカー選手の中にはこれを苦手としている選手は少なくない。確たる根拠はないのだが、そうした選手の多くが野球やバレーボール、バスケットボールといった空中でのボール処理を要求される競技を、学生時代の体育の授業以外では経験していないように感じる。サッカーにおいてメインとなる能力ではないかもしれないが、こうした動きを高めるためにも、アカデミー年代で複数の競技に取り組む意味は大いにあるように思う。大迫勇也が空中戦に無類の強さを発揮している裏側には、幼少期に野球を経験していたことが作用しているのではないだろうか。
 話を試合に戻す。本多は地上戦においても、前後の判断が秀逸だった。広島はヴィッセルのサイドバックの裏を狙う攻撃を企図していたが、本多は前に出ることで攻撃の芽を事前に摘み取ったかと思えば、敢えて引き込んで潰すなど、中野のポジショニングをコントロールしてみせた。広島は前半、ここに修正を加えることができず、右サイドは前後が分断された格好になり、攻撃の停滞を招いた。これについてはスキッベ監督も試合後、「中野が少し前に出すぎてしまう状況が多くあり、それによって切り替えが遅くなってしまった。そして切り替えても距離が遠くなってしまった」と認めていた。また本多は裏を取られた際も距離を取りながら相手の進路を消す動きを見せ、サイドからの攻撃を封じ続けた。試合終盤に本多は足に疲れを見せていたが、それまで跳び続けていたことを思えば無理もない。前節から2試合連続での先発出場となった本多だが、今季も欠くことのできない戦力として活躍してくれるだろう。


 そして守備面でもう一人特筆すべき活躍を見せたのが、左センターバックのマテウス トゥーレルだった。菊池流帆の復活、岩波拓也の復帰によってポジション争いが激化しているセンターバックだが、その中でトゥーレルは圧倒的な存在感を放っている。この試合では広島のワントップであるピエロス ソティリウをマークしたが、見事な仕事ぶりでソティリウを完全に封じ込めた。相手と密着しながら前に足を出す守備でボールを跳ね返したかと思えば、ボールを持たれた際は走路を消す守備を見せたため、ソティリウはヴィッセルのゴール前で自由になることができず、最後まで機能しなかった。ソティリウが使えないことで、広島の中央からの攻撃は、ゴールから距離のある場所が中心となった。また左サイドにおけるトゥーレルと本多の関係も良く、このサイドでの守備に厚みを持たせていた。広島の攻撃は5レーンを意識したものではないように思えたが、サイドバックとセンターバックの間を狙うなど、守りにくい個所をピンポイントで衝いてくるスタイルであっただけに、トゥーレルの動きは意味のあるものだった。
 今季、トゥーレルは開幕以降好調を維持している。元々能力の高さは折り紙付きだったが、Jリーグのスピード感にも慣れたことで、ボール奪取能力が存分に発揮されている。後半、左タッチライン際で見せた球際の攻防では、不利な体勢から足を伸ばしボールを突き、そのままマイボールに変えるなど、高い技術を発揮した。プレーにはスピード感もあり、裏を狙う動きに対しても落ち着いて対処できている。掛け値なしに、現在のJ1リーグでは別格の存在になりつつあるトゥーレルの貢献度は高い。

 トゥーレルと呼応するようにもう一人のセンターバックである山川哲史も、落ち着いた守備を見せた。高い位置を取ることの多い右サイドバックの酒井高徳の動きを見ながら、守備の高さを細かく調整していた。そしてこの動きは相手のスピードを正確に分析した上でのものであるため、背後への対処に際しても問題がなかった。また前に出て潰す場面では、躊躇なく出る姿勢を見せた。山川は昨季の成績によって得た自信が、プレーに反映されているのだろう。開幕直後は横パスが目立っていたが、この2試合では積極的に前にボールを出していく姿勢も見られる。トゥーレルとのコンビネーションも高まったことでラインコントロールも巧みになっており、この試合でも大事な場面でオフサイドを獲得していた。


 守備陣を後ろから支える前川黛也の動きも見事だった。前半、広島の右サイドからのクロスがファー側の嫌な場所に入ったが、思い切った飛び出しと力強いパンチングでピンチの芽を事前に摘み取った。キックの精度も高まっており、サイドを狙いすぎてタッチラインを割る回数も激減している。ゴール前から大きく出る場面は少ないが、攻撃を停滞させるような動きではなく、前川は自分の適性プレーエリアを見つけたように思う。GKにとってこれは最も大事なことではあるが、最も難しいことでもある。自分のプレーエリアを確定することができると、そこから守備ラインとの間で安定した関係を構築することができるためだ。リーグ戦100試合出場も果たした前川だが、試合を重ねるごとに存在感を増している。


 この試合では3-4-2-1でセットした広島に対し、中盤での人数面でのミスマッチが心配されたが、チームとしての対処によって、これは問題とはならなかった。その鍵を握っていたのが山口蛍だった。インサイドハーフで先発した山口だが、試合を通じてボランチの近くでプレーする場面が多かった。広島の狙いがアンカーである扇原貴宏の脇のスペースだったためだ。広いエリアをカバーすることのできる扇原ではあるが、ボールと人が細かく動く広島への対処となると、難易度は高い。ボールと人のどちらを捕まえるかの判断を要求されるためだ。しかし山口がフォローできるポジションを取り続けたことで、扇原には動きやすさが生まれた。そもそも広島はオールコートマンツーマンでポジションを決める傾向が強いため、基本的には人につく守備が要求されるが、山口がパスコースを切り続けたことで、扇原は目標を絞りやすくなった。後半、ヴィッセルが攻勢を強めたのは、山口が攻撃時に前に出始めたためでもある。吉田監督は試合後、「ハーフタイムに戦術的な修正を加えた」と語ったが、それは山口の位置の調整だったのではないだろうか。その調整とは前半よりも山口の位置を下げたことだ。これによって広島の中央の攻撃はスピードダウンした。そこでボール保持に変わった瞬間、山口が一気に前に出る形が整った。山口の運動量に依存した戦略ではあるが、これが奏功していたことは事実だ。

 山口は試合後、「ヴィッセルらしさが出ていたのではないか」という問いに対して、「ピッチの外から見ている感覚と、中で感じる感覚は異なる」と答えた。山口によれば「巧く運ぶことができなかった」という印象の方が強いということだ。山口がこう感じたのは攻撃面についてではないだろうか。武藤と山口に1度ずつ決定的なチャンスはあったが、その数が少なかったということなのだろう。そこで、次はこの試合における攻撃を振り返ってみる。

 今季の全ての試合で感じていることだが、昨季ヴィッセルが見せた戦い方に対しては、全てのチームが対策を施している。それを広島のように守備力の高いチームが徹底してきた場合、チャンスの数そのものが減ってしまう。守備の部分では問題がないだけに、連覇を狙う上では、ここをアップデートする必要がある。
 攻撃面を考える上で最も重要になるのが、大迫の使い方だ。この試合でも大迫に対してはセンターバックの荒木隼人を中心に徹底したマークがついていた。サイドに流れた際は、そのサイドのセンターバックが見る形で、アタッキングサードで大迫に一切の自由を与えないという動きは徹底されていた。スキッベ監督はヴィッセルの攻撃陣について「日本で最もレベルの高い攻撃陣」という評価を与えていたが、その中心にいるのが大迫であることは当然承知していたはずだ。そのため、大迫に対しての徹底的なマークを指示したのだろう。試合後半、両チームに疲れが見え始め、オープンな展開になってからは大迫に自由が生まれ、そこからはヴィッセルが押し込む時間が続いたことを思えば、大迫の状況がそのままヴィッセルの攻撃の状態になることが、改めて証明された。
 試合中、大迫がミドルサードまで撤退し、そこでボールを受けた際は、大迫へのマークは緩んでいた。前記したように広島の守備は「アタッキングサードにいる大迫から自由を奪う」という約束事があったようだが、これは逆に言えばアタッキングサードから大迫を追い出した場合は、そこまで厳しい対応はしないということでもある。そして大迫がミドルサードでボールを受けた際、そこから前線に出すボールに可能性が見えたことも事実だ。そう考えれば昨季、ボールの終着点になっていた大迫を経由地に変えることができれば、ヴィッセルの攻撃に新しい形が生まれる可能性は高いように思う。


 では大迫を経由地とした際は、どのように攻めていくべきだろう。ここで大きな力となりそうなのが宮代大聖だ。この試合でも宮代は、球際での強さを存分に発揮していた。広島の守備も球際に強いが、それを縦に突破していく力強さと密集の中でボールを握り続けるテクニックの持ち主であることを改めて証明した。力強く正確なシュートが注目されがちな宮代だが、ボールを前に運ぶ役割も担える選手だ。時間とスペースを味方に渡すことのできる大迫がミドルサードでボールを受け、アタッキングサードの入り口の宮代にボールを渡す形が整えば、そこから相手のブロックを崩していくことは十分に可能であるように思う。そうなると前線でスペースに走り込むことのできる武藤嘉紀を活かし、ゴールを狙っていく形が整うのではないだろうか。そうした形が整えば、相手は宮代へのマークを厳しくすることになり、今度は武藤に走るスペースが生まれる。大迫、武藤、宮代という破壊力のある3人の位置を少し入れ替えることで、ヴィッセルには新しい攻撃の形が生まれる可能性が見えた試合でもあった。
 こうした形が有効だと思う根拠はもう1つある。それはサイドと2列目以降の形が整っているということだ。この試合でも右サイドは酒井、左サイドは広瀬陸斗が、それぞれ広島のマークを何度も搔い潜り、クロスを入れる形を作り出した。両者ともボール非保持に変わった瞬間、即時奪回を狙う強さもあるため、サイドを1枚で担うことができる。そして背後から飛び出してくる役は、もちろん山口だ。スペースを見つけ飛び出してくる山口だが、優れた嗅覚により、相手のカウンターコースを消しながら飛び出してくることができる。常に背後へのケアを考えながら動いているためだろう。さらに山口が飛び出した際は、山口と絶妙のコンビネーションを見せる扇原が巧く相手の起点を潰しながら全体を前に押し上げてくるため、ヴィッセルは厚みを保ったまま、相手を押し込んでいくことができる。これは筆者個人の考えに過ぎないが、重要なのは相手が「大迫が前線での起点となる形」を想定した守備をしてくるのであれば、それを逆手に取ることなのではないだろうか。

 大迫の位置を下げるのであれば、ビルドアップについても若干の変化が必要なように思う。今のヴィッセルは最終ラインから対角線を狙ったロングボールや、アンカーの扇原から前線に立つ大迫を目標としたボールによって攻撃のスイッチを入れることが多い。これらは相手を引き付けた上で繰り出されているため、相手のベクトルを逆に向けることにはつながっているが、布陣を崩すには至っていない。しかしミドルサードにいる大迫を経由地として使うのであれば、ビルドアップの段階で相手の布陣を崩していく仕掛けが必要になる。それを考える上では、広島のビルドアップの方法は参考になる。広島は3バックだが、ヴィッセルも攻撃時には酒井を高い位置に上げ、左サイドバックとセンターバックの3枚で最終ラインを形成する時間が長いためだ。
 広島は相手のプレスの強度によって、ビルドアップの形を変えている。相手のプレスが弱い場合は、3枚のセンターバックが開き、ボランチの1枚を加えた4選手で菱形を形成する。その上でボールの出口は、菱形に関わっていないもう1枚のボランチに定め、そこを起点に攻撃に移行する。逆にプレスが強い場合はボランチの2枚を使い、センターバック3枚との間で台形を形成する。そして相手の前線をその中に閉じ込めた上で、走らせていく。ここで重要なのは両サイドのウイングバックの位置だ。基本的にウイングバックがビルドアップに関わることは少なく、ハーフウェーライン付近に構え、ボールの出口としての役割を担っている。そしてそこを起点として攻撃に移行していく。これをこの日のヴィッセルに置き換えれば、最終ラインでは本多、トゥーレル、山川で幅を取りながら、相手のプレスの強度に応じて扇原、そして山口を加えてビルドアップを開始する。そして出口役は酒井と広瀬が担う。その上で、相手のプレッシャーを逃れた大迫を経由させて、前線の武藤と宮代にボールを届ける形だ。繰り返しになるが、これが正解というわけではない。しかしヴィッセルの攻撃に新しい形を作り出すことは、この先の戦いで勝ち続けていくためには不可欠な作業だ。吉田監督以下、コーチ陣が見せてくれる回答を期待したい。

 攻撃面について一点付記すると、この試合で広瀬に代わって途中出場したジェアン パトリッキに与えるタスクは、もう一度徹底する必要があるように思う。この試合では72分に広瀬との交代で登場したパトリッキだが、正直に言ってその能力を活かしきれているようには見えなかった。言うまでもなく、パトリッキの持ち味はその爆発的なスピードだ。パトリッキを投入した時間帯はオープンな展開になりかかっていたことを思えば、吉田監督はスピードを活かし、相手の守備を混乱させるという狙いがあったと思われる。しかしパトリッキはボールを受けることを優先していたためか、相手を押し下げる動きは見られなかった。そのため広島の守備に対応されてしまい、チームに新しい力を与えるには至らなかった。そのスピードが相手を圧倒していることは事実であり、それを活かすためにも、ボールのないところで相手を押し下げるように動くなど、動きにもう一段階工夫がほしい。

 冒頭でも書いたが、スコアレスドローとはいえ、最後まで緊張感を保った実に面白い試合だった。選手とすれば様々な思いがあるだろうが、観ている我々はヴィッセルのベースである守備の強さを実感できる試合でもあった。こうした面白い試合になったのは、広島がヴィッセルと同等の力を持つチームであったためだ。この素晴らしい試合を作り出してくれた両チームの選手たちに敬意を表する。
 次節はホームでの札幌戦だ。今季はまだ未勝利と調子の上がっていない札幌ではあるが、次節までの2週間で立て直しを図ってくることは間違いない。それを確実に上回るためにも、この2週間で攻撃の可能性を広げてほしい。次節で今季のホーム初勝利を挙げ、そこから続く連戦に向けて勢いをつけてほしい。