覆面記者の目

明治安田J1 第1節 vs.磐田 ヤマハ(2/24 13:03)
  • HOME磐田
  • AWAY神戸
  • 磐田
  • 0
  • 0前半1
    0後半1
  • 2
  • 神戸
  • 得点者
  • (5')汰木 康也
    (49')佐々木 大樹

試合後、先制ゴールを決めた汰木康也は「開幕戦には、普通の試合と違う難しさがある」と口にした。
 全てのチームが横並びで迎える開幕節には、様々な野心が潜んでいる。チーム事情に応じて目標とすべき地点は異なっているが、開幕節で勝利し、先の戦いに向けて勢いをつけたいという思いは、全てのチームに共通している。その思いは複雑に作用し、時に戦力や経験値の差を乗り越えることがある。古い話で恐縮だが、2006年の開幕節で、ヴィッセルはそれを痛感している。前年の成績によって戦いの場所をJ2リーグに移したこの年、ヴィッセルは「J1昇格争い」の本命と目されていた。開幕節の対戦相手は、JFLから昇格したばかりのザスパ草津(ザスパ群馬)だった。戦前はヴィッセルが圧倒的有利と思われていたが、蓋を開けてみれば0-3での完敗を喫した。敗因は様々あるが、1つには「勝って当たり前」という雰囲気がもたらすプレッシャーがあったと思われる。


 その意味では、この日の試合は似通った図式の一戦でもあった。ディフェンディングチャンピオンとして連覇を狙うヴィッセルを、今季も上位争いの中心的存在になると予想する人は多い。中心選手が揃ってチームに残留し、戦い方も昨季のものをベースに先鋭化されてくると考えれば当然だろう。これに対して磐田は、今季がJ1復帰初年度。多くの補強を行っているとはいえ、まずはJ1のスピードや強度に慣れる必要がある。戦前、多くのメディアや評論家がヴィッセル有利と予想したのも無理はない。しかし「古豪復活」を狙う磐田には大きな野心があり、2年ぶりのJ1リーグを楽しみにしていたであろう磐田サポーターの後押しもある。それだけに難しい試合になる可能性もあると思っていたが、それは杞憂に終わった。ヴィッセルの選手たちは状況に応じて試合の流れをコントロールしながら、昨季のJ1リーグを制したスピードと強度をもって、終始磐田を圧倒し、スタジアムを埋め尽くした観客にディフェンディングチャンピオンとしての強さを見せつけた。

 試合を通じてヴィッセルが主導権を握ることができた要因は、一言でいうならば「自分たちの戦い方に徹した」ということになるだろう。佐々木大樹は試合後、「1週間前に行われたスーパーカップでの敗戦が今日の試合につながったのか」という問いに対して、「あの試合がよいきっかけになったと思いますし、もう一度自分たちのサッカーは攻守においてハードワークすることだと気づかされました」と答えた。このやり取りだけを見ると、非常にシンプルな発想だったように思われるかもしれないが、ここにはヴィッセルのチームとしての成長が潜んでいるように思う。
 「自分たちの戦い方」によって好結果を得た場合、当然のことながらライバルたちは対策を施す。シーズン中は大きな戦術変更が難しいため、それでも乗り切れることが多いが、シーズンを跨いだ場合、ことは一気に難しくなる。前のシーズンと同じ戦い方をしているにもかかわらず、全く結果が出なくなるケースも多々見られる。テクノロジーの発展によりデータ分析が精緻になった昨今、その傾向はより顕著だ。しかし一方では、基本となる戦い方を維持しつつ、毎年のように安定した好成績を残すチームもある。その差は何かといえば、「本質をつかむ」ということになるだろう。
「自分たちの戦い方」という言葉は、サッカーにおいて頻出する語彙ではあるが、その本質をつかんでおかなければ、漠然とした「自分たちの」という言葉によって自縄自縛に陥る危険性を秘めている。
 これをヴィッセルを主語にして考えてみる。昨季、ヴィッセルは「ハイライン・ハイプレス」によって、栄冠をつかみ取った。攻撃時には前線の大迫勇也を目標にして蹴りこみ、そこを起点として武藤嘉紀や佐々木大樹、汰木らの攻撃陣が相手を押し込むように動いた。そして守備時には前線から連動したプレスを敢行し、高い位置でのボール奪取を試みる。そしてボールを奪った際にはショートカウンターを発動し、一気に攻め切る。これが基本的な戦い方だった。この戦い方はインパクトがあった。多くのサッカー関係者が、「ヴィッセルの優勝で国内サッカーの流れが変わった」と口にしていたほどだ。それゆえに、ヴィッセルはライバルが見せる「ヴィッセル対策」を乗り越えなければならなくなった。その象徴が1週間前に行われた川崎Fとのスーパーカップだった。
 あの試合で川崎Fが見せた対策は2つだ。1つは大迫への徹底マーク、そしてポゼッションの放棄だ。大迫には常に複数のマークを付けた上で、ボールを蹴り出し、ヴィッセルにボールを押し付ける戦いを見せたのだ。その結果、ヴィッセルのポゼッション率は高まったが、大迫という「目標」が使えない中でボールの動きは緩やかになり、川崎Fを攻め切れない時間が続いた。失点自体は事故のようなものであり、ショックを残すものではなかっただろうが、ボールを握りながらも攻め切れないことで、ヴィッセルの選手たちにはフラストレーションが溜まったことだろう。試合後、ほぼすべての選手が「自分たちらしい戦いができなかった」と悔やんだのは、当然の反応だった。

 そうしたことを前提にこの日の試合を振り返った時、評価すべき点は、スーパーカップからの調整力だったと言えるだろう。佐々木は「テンポよく回して、シンプルに大迫くんにロングボールをタイミングよく入れる」という言葉で、この日の試合の戦い方を語ったが、ここにプレスという単語を入れていないことに注目してほしい。プレスに行くことが目的ではなく、プレスを発動できる条件を整えることにフォーカスしていたのだ。ボールを押し付けられる可能性を認めた上で、テンポよくボールを動かすことを一義とし、その上で相手陣内にボールを入れる。ここが主目的だ。その上で大迫の状況を確認し、勝負できる場面では躊躇なくロングボールを使う。こうすることで相手にボールを押し付け返し、プレスを発動できる状況が生まれる。これこそが「本質をつかむ」ということだ。
 スーパーカップの試合後、吉田孝行監督は「十分に修正は可能」と報道陣に答えたが、昨季の戦い方をトレースするのではなく、戦い方をシンプルに分解した上で、ポイントを定めたのだろう。これこそが連覇を狙う上で最も大事な部分であり、ここから続く戦いに向けての明るい材料だ。戦い方の本質が整理されたことで、昨季は苦手とされた「ボールを握った戦い」にも克服の目処が立った。この試合におけるポゼッション率はヴィッセルが53%だった。トータルではそれほど大きな差はなかったが、前半だけに限れば、ヴィッセルのポゼッション率は60%近くに達していたと思われる。それでも行き詰ることなく、狙いをもってテンポよくボールを動かし続け、磐田に反撃の糸口さえつかませなかったことは評価に値する。加えて試合を通じて強度を調整し続け、90分間チームとしての形を崩さなかったことも高く評価したい。これについて吉田監督は「時間帯や状況に応じて、コンパクトにするところ、プレスに行くところ、つなぐところを、選手たちが巧く使い分けてくれました」と語ったが、戦い方についての共通理解が進んだことで、チームとしての統一感が高まってきたのだろう。これは日常、効果的なトレーニングができていることの証左でもある。


 この試合を動かしたのはスーパーカップではベンチ外となっていた汰木だった。5分に初瀬亮が蹴った右コーナーキックは一度は相手選手にクリアされたが、そのクリアボールの落ち際を汰木が右足でとらえ、ダイレクトシュートを放った。これがゴール左に突き刺さり、ヴィッセルの2024シーズンファーストゴールとなった。この場面でシュートを放つ際、汰木はフリーだったとはいえ、落下してくるボールを浮かさないよう、正確にまっすぐ蹴りこむのは相当に難しいプレーだ。卓越した技術を持つ汰木ならではのゴールだったと言えるだろう。
 この得点場面以外でも、汰木は際立った活躍を見せた。左ウイングでプレーした汰木だが、確実に攻撃のアクセントとなっていた。対面する相手と距離を取りながら、スピードを調整しつつ一気に抜き去る技術や、密集の中でボールを握り、時間とスペースを味方に渡すプレーは、これまで以上のキレを見せていた。
 これ以外にも汰木に関しては、特筆すべき点が2つある。1つは球際の強さだ。対面した磐田の右サイドバック植村洋斗は、ルーキー特有の勢いを持った選手だった。サイドバックは本職ではないが、その勢いを評価されての起用だった。植村はその起用に応えるべく、怯むことなく球際で勝負してきたが、汰木はそれを上回る強さを見せていた。以前から球際でも勝負してきた汰木だったが、この試合ではそこに力強さが感じられた。もう1点は守備の意識の高さだった。4バックでセットしたヴィッセルではあるが、昨季同様、攻撃時には右サイドバックの酒井高徳が高い位置を取り、最終ラインはセンターバック2枚と左サイドバックの初瀬が3枚で守る形となっていた。当然、左サイドは初瀬と汰木の間に距離があるのだが、守備に際して汰木は何度も左サイドの深い位置まで戻り、強度の高い守備を見せていた。昨季以前も守備に手を抜く選手ではなかったが、球際での勝負同様に力強さが加わっていた。
 また汰木が左ウイングに入ることで活きてくるのは、右センターバックの山川哲史だ。山川は左に大きく対角線のボールを蹴ることが多いが、汰木はこれを巧く受けることができるため、そこからも攻撃に移ることができる。ポジションを争うジェアン パトリッキほどのスピードはないが、足もとの技術では汰木に軍配が上がる。パトリッキがボールを止めてから動かすのに対し、汰木はボールを受ける際、止めるのではなく、自らが次にプレーする方向にボールを動かすことができる。そのため、後方から来たボールの勢いを保ったまま、次のプレーに移行することができるのだ。この試合では70分にパトリッキと交代したが、その直前の動きを見る限り、余力を十分に残しているようだった。オフの期間に徹底して身体を苛め抜いたことで、スタミナも強化されているのだろう。
 試合後、吉田監督はスーパーカップで汰木をメンバーから外したのは、汰木の奮起を促すためだったことを明かし、汰木への期待を語った。ドリブルで勝負できる汰木は、今のヴィッセルにおいては貴重な存在だ。ボールを運ぶことができるだけではなく、この試合で見せたように自ら勝負することもできる。汰木の復活は連覇への大きな力となる。

 もう一人この試合で素晴らしい活躍を見せたのが、右ウイングで先発した佐々木大樹だった。酒井がいる関係で右サイドの攻撃回数が多い中、佐々木は広いエリアをカバーしながら、ボール周辺に顔を出し続け、攻撃を牽引した。前記した汰木による先制点につながったコーナーキックも、佐々木が右サイドの深い位置で勝負して獲得したものだった。そして49分には自ら追加点を挙げた。自陣の左サイドから中央にかけて何度かボールが行き来する中、センターサークル付近で大迫がボールを受ける瞬間、佐々木は中央を上がっていった。そして完全に相手の裏を取り切った状態でボールを受け、そのまま持ち込み、最後は元日本代表のGK川島永嗣の股を抜くシュートをゴールに流し込んだ。大迫を信じればこそのプレーではあったが、同時にチャンスを自ら捕まえに行く佐々木の貪欲さが生み出したゴールだった。
 攻撃面でチームを牽引した佐々木のプレーは、大迫を活かすものでもあった。昨季見せた活躍が鮮烈だったがゆえに、大迫には徹底してマークがつく。そうなると、いかに大迫とは言えども、シュートまで持ち込むことは決して容易いことではない。しかし大迫にマークがつくということは、どこかにスペースが生まれているということでもある。これを佐々木のようにうまく使う選手がいると、大迫のもう一つの能力である「決めさせる力」が活きてくる。
 大迫という切り札を持っているのはヴィッセルの強みだ。しかし大迫の能力が高すぎるがゆえに、ともすると依存度を高めてしまう危険性を孕んでいる。これでは大迫を活かすことにはならない。大迫を正しく活かした時、ヴィッセルの攻撃力は最大限に高まる。この試合で佐々木が見せた動きは、その大きなヒントとなったように思う。


 攻撃に関してもう一点付記すると、宮代大聖の使い方も、ヴィッセルの連覇にとって大きな意味を持っている。シュート技術に優れたものを持つ宮代だが、まだその使い方は定まっていない印象を受けた。その理由は宮代のプレーエリアだ。この試合では大迫との交代で80分に投入された宮代だが、ボールを受けるために低い位置でプレーする姿が散見された。2点のリードを守る局面に入っていたことも影響しているのかもしれないが、得点を奪うという視座に立って見た時には、もう少しプレーエリアを前に上げた方がいいように思う。宮代のプレーを見る限り、ペナルティエリア付近でボールを受けることができれば、どこからでもシュートを狙う技術があるためだ。これは宮代個人の問題ではなく、チームとして解決すべきものだ。守備の強度を保った上での話にはなると思うが、宮代のシュート技術を活かすことができれば、得点力は大幅に向上する。ここは吉田監督の手腕に期待したい。

 繰り返しになるが、試合を通じてヴィッセルは主導権を握り続けた。この状況を作り出したのは、ヴィッセルの守備力だった。押し込んでいる時間が長かったこともあるが、ヴィッセルは全体がコンパクトに配置されており、それがセカンドボールの回収率を高めていた。さらに攻守の切り替えも非常に素早くできており、加えて全ての選手が正しいポジションを取っていたため、局面が磐田のボール保持に変わっても、ヴィッセルを脅かすには至らなかった。さらに球際の強さでも磐田を凌駕していたため、磐田の選手は仕掛けるタイミングを見つけることができていなかった。これが磐田の中村駿が試合後に語った「怯んだ状態」だ。
 こうした守備の強さを支えているのは、全ての選手のスタミナと強さだ。走行距離でも磐田を3km近く上回っていたが、息切れしていたのは寄せ続けたヴィッセルではなく、寄せられていた磐田だったように見えた。さらにボディコンタクトに対しても、基本的にヴィッセルの選手は強く、それが球際での強さに直結していた印象を受けた。昨季のプレースタイルの継続を選択したため、選手個々が強化すべきポイントを把握しやすかったためだろう。前記した汰木などもそうだが、全ての選手がスタミナやフィジカル面で昨季以上のものを見せている。
 さらに昨季からの継続の中でチームが成り立っているため、選手の動きが整理されていた。磐田の心臓部は中村とレオ ゴメスという2枚のボランチだったが、ここに対してヴィッセルはインサイドハーフの山口蛍と井手口陽介がそれぞれの前に立ち、ここに汰木と佐々木の両ウイングが絡み2対2の状況を作り出した。時にはここにサイドバック、或いは中央の大迫までもが加わり3対2にした上で、サイドに引っ張り出して囲むという動きがスムーズに行われていた。この動きこそが、磐田の前進を阻んだ最大の要因だった。


 守備面で目立っていたのは酒井、そしてマテウス トゥーレルだった。
 酒井は試合序盤から、強度の高い守備を見せ、磐田に強烈なプレッシャーを与えていた。攻撃に出る時間も長く、プレーエリアは比較的高かったが、自陣での守備に際しては誰よりも早く戻り、右サイドに起点を作らせることはなかった。昨季の終盤辺りから、酒井のプレー強度は高くなっているように思う。それが周囲に好影響を与えているのではないだろうか。
 そしてトゥーレルだが、こちらは完ぺきともいえる仕事ぶりを見せてくれた。スーパーカップの川崎F戦ほど後ろに引っ張られる場面はなかったが、それでもサイドバックの裏に流れたボールに対しても迷いなく走り込み、前進を止め続けた。さらに自陣の低い位置でボールを持った際には、前にスペースがあれば自らボールを運ぶことで、チーム全体のプレーエリアを前に移していた。Jリーグのスピードや強度にも慣れた今、トゥーレルはJリーグ屈指のセンターバックへと成長したように思う。

 Jリーグ史上6クラブ目となる連覇に挑む今季、無事に白星発進できたことは喜ばしい。しかし開幕節を見る限り、ライバルたちも力をつけている。今季もJリーグ特有の「難しさ」は健在のようだ。この厳しいリーグ戦を勝ち抜いていくためには、自分たちの根源を見失わないことだ。これこそが何かあった際に「立ち戻る場所」であり、これが崩れない限り、チームの成績は安定する。

 次節はいよいよホーム開幕戦。昨季、唯一白星を挙げることができなかった柏をノエビアスタジアム神戸に迎え撃つ。逞しさを増した選手たちはスタジアムを埋め尽くすであろうヴィッセルサポーターの前で、「一致団結」して「連覇」に挑む気構えをプレーで表現してくれるものと確信している。

今日の一番星
[井手口陽介選手]

先制点を叩き出した汰木、90分間攻撃を牽引し続けた佐々木、守備の要として安定感のあるプレーを続けたトゥーレルと迷ったが、無尽蔵のスタミナでボールを奪い続けた井手口を今季初の一番星に選出した。井手口のこの試合における走行距離は13km。これは両チームを通じて最長だ。さらにスプリント回数でも佐々木(29回)、山口(21回)に次ぐ19回を記録し、試合を通じて動き続けていたことが判る。インサイドハーフでスタートした井手口だが、そのカバーエリアは広く、味方の最終ライン前から前線の後ろまで広い範囲をカバーし続けた。これまで広いエリアをカバーする役割は山口と齊藤未月が担ってきたが、齊藤が負傷により戦線を離脱した後は、山口が独力で続けてきた。山口と同等か、或いはそれ以上のスタミナを持つ井手口がチームに加わったことで、山口の負担を軽減することができる。そうなると山口が攻撃に参加する時間も増えることとなり、ヴィッセルの攻撃には厚みが生まれる。井手口はカバーエリアが広いだけではない。ボール奪取能力も高く、ピンチの芽を事前に摘み取ってくれる。その能力の高さはG大阪ジュニアユース在籍時から評判であり、関係者の間では「怪物」と称されてきた。そしてその能力を、この日の試合でも存分に発揮した。井手口の加入は、ヴィッセルの守備力を一段階引き上げた。90分間走り続けても顔色一つ変えない「港町のダイナモ」に、さらなる活躍への期待を込めて一番星。