覆面記者の目

明治安田J1 第2節 vs.柏 ノエスタ(3/2 13:03)
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  • (83')木下 康介


 連覇に挑む今季、シーズンを前にしてヴィッセルの選手たちからは「チャレンジャーの気持ちで」という言葉が頻繁に聞かれた。戦いに臨む心持ちとしては、極めて正しいと思う。しかし、それを体現することは決して容易いことではない。

 試合後、酒井高徳は「チームとして当たり前にやってきたことを、当たり前にやらなければいけない」と語り、プレー全般の強度やボールへの執着の不足を敗因として挙げた。吉田孝行監督の体調不良による欠場など、試合前から様々なトラブルが発生した試合ではあったが、敗因を選手のプレーだけに向ける酒井の対応は素晴らしい。言葉だけではなく、心の底から自分たちを「チャレンジャー」と位置づけ、体現することこそが連覇を達成するための最大の鍵となる。

 「常にチャレンジャーの気持ちで戦う」。

 この言葉は競技の枠を超え頻出する言葉ではあるが、体現することは難しい。チャレンジャーは「対策を施す側」であり、今季のヴィッセルが「対策を施される側」であることは事実だからだ。そうした状況下の指導者は、冷静な対策を施しつつ、如何に選手たちに新たな戦う姿勢や意義を植え付けていくのかという点に難しさを覚えるという。ここで、以前に話を伺った学生スポーツの指導者の言葉を紹介する。

「モチベーションには2つの種類があります。1つは直接的なモチベーション。そしてもう1つは精神的なモチベーション。継続的な強さを手に入れるために指導者は、如何にして後者に導いていくかが問われます」

 これについて少しだけ詳しく説明すると、前者は優勝によって得ることのできる実利ということになる。学生スポーツで言えば、就職や進学に際してのアドバンテージということになるのだろう。プロスポーツの世界は、もう少し解りやすい。そこには金銭的な評価が存在するためだ。これに対し、後者では得られるものが抽象的になってしまう。それがゆえに難しさも伴う。かつて3連覇を達成した鹿島は、クラブの精神的支柱であるジーコ氏の「鹿島は強くなければならない」という、傲慢とも思える思考を全ての選手・スタッフに植え付けることで、勝利へのモチベーションを維持していた。

 昨季は「一昨年味わった苦しみ」に「自分たちの強さを証明する」という思いが加わったことで、ヴィッセルは優勝まで走り切ったが、今季は「奪う戦い」から「守る戦い」への転換を余儀なくされている。ではヴィッセルにおいて、連覇へのモチベーションはどこに設定すべきなのだろう。「負けたくない」という思いは、全てのプロ選手に共通する特徴であり、特別なものとはなり得ない。月並みではあるが、指導者が選手に与えるべきモチベーションのひとつは「名誉」であるように思う。

 スポーツにおいて、個人に関する記録や記憶は永遠ではない。後年、強烈な個性が登場すれば、それは全てを上書きしていく。このことはプロ野球の世界における大谷翔平選手の登場を見れば解りやすい。しかしそこでも色褪せることがないのが、そこに至る流れを作った先人の存在だ。メジャーリーグにおいては野茂英雄氏やイチロー氏がそれにあたる。大谷選手が活躍すればするほど、その先兵となった彼らの存在はクローズアップされ、やがてはレジェンドへと昇華していく。綺麗事に過ぎるかもしれないが、この先、ヴィッセルがリーグを代表する強豪に成長していく過程において、金銭的評価とは別の部分にモチベーションを与えることができれば、選手たちはそこに意義を見出すことができ、勝利に向けて走り続けることができるのではないだろうか。

 ここまで書いてきたことは、あくまでも精神的な話だ。これは勝負において小さくないウエイトを占めてはいるが、決して全てではない。冒頭で紹介した酒井の言葉のように、敗因は自分たち自身のプレーに求めるべきだ。そして今、ヴィッセルのベンチに求められているのは、相手が見せる「ヴィッセル対策」に対する冷静な対処であり、その理屈を選手に落とし込むことだ。しかし残念ながらこの日の試合では、柏が見せた「ヴィッセル対策」に嵌まり込んでしまったように思える。まずは問題点を列挙してみる。

  柏の「ヴィッセル対策」には、2つのポイントがあった。1つはロングボールの阻止、そしてもう1つは極端なハイラインだ。これらはいずれも、ヴィッセルの前進を阻むための策だった。

 まず前者だが、ここでの狙いは左サイドバックの初瀬亮、そして左センターバックの山川哲史だった。ヴィッセルの攻撃を考えた時、強みの一つに「手数をかけずに素早く前にボールを送る」ということが挙げられる。前線に強力なタレントが揃っているからこそ、戦場を前に移すことで優位性を確立できる、「ヴィッセルならでは」の戦い方だ。そして最終ラインにおける起点となるのが初瀬と山川だ。ヴィッセルは攻撃時、右サイドバックの酒井を前に上げることで、中盤に厚みを持たせる。そのため最終ラインは初瀬を左、山川を右とした3バックのような形になる。ここで「疑似両サイド」ともいうべき初瀬と山川からのフィードは、そのまま攻撃のスイッチともなっている。そしてこの両選手に共通している点が2つある。1つは対角線のボールが多いということだ。初瀬であれば、右サイドを上がった酒井や右ウイングの選手を狙うことが多い。対称的に山川は左ウイングを目標とすることが多い。特に初瀬のキック精度は高く、昨季はここからの攻撃が一つの形になっていた。これを受ける選手が、酒井、武藤嘉紀、佐々木大樹など、ボールを握り続ける技術のある選手が多いため、このボールが通るとヴィッセルは一気に攻撃のスイッチが入る。これは左の山川も同様だ。まだ初瀬ほどの精度はないが、試合を重ねるごとに蹴るタイミングや精度は向上している。

 そしてもう1つの共通項は「ダイレクトキックが少ない」という点だ。これは、正確なロングボールを蹴ることのできる選手に多い特徴でもある。育成年代からトレーニングにおいてロングボールを蹴る際には、いったん足もとに止めてから目標地点を定め、蹴ることが多い。ダイレクトに蹴ることもできるが、その場合は精度が下がる。そのためクリアするためのボールはダイレクトに蹴るが、前に意図をもって送り込むボールに対しては一旦足もとに止めて、その上で狙いを定める時間を要する。そこに生まれる時間こそが、この試合における柏の狙いどころだった。試合序盤、初瀬のキックをブロックするように相手選手が立ったプレーが、その後の試合展開に微妙な影響を与え続けたように思う。これは山川についても同様だ。柏の選手はボールを奪うことを目的とせず、自由に蹴らせないことに徹したことで、ヴィッセルの最終ラインのリズムを奪い取った。非常にシンプルだが効果的な策だったと言わざるを得ない。

 そしてもう1つのポイントであるハイラインだが、これはヴィッセルの前線における起点である大迫勇也のポジションとも密接に関係している。大迫に複数のマークをつけるところまでは他のチームと同一だが、柏は最終ラインを大迫の近くにセットさせることで、大迫が見せるポストプレーからのつながりに対処しようとした。これもヴィッセルの基本である「相手陣内で試合を進める」という部分に対する一つの回答だ。この形であれば、大迫に競り負けたところで、セカンドボールの回収は見込める。さらにオフサイドラインが高いため、周りの選手の飛び出しも抑制できるという利点を持つ。大迫のパス技術であれば、こうした中でもスルーパスを通す可能性は残るが、飛び出す選手のタイミングの測り方を含め、難易度は高くなる。こうした場合、最もオーソドックスなのは大迫を囮として使うという方法だろう。大迫に複数のマークがつくということは、周りの選手には勝負するスペースが生まれているということだ。そこで期待できるのが武藤の存在だ。今季の公式戦初出場となった武藤だが、大迫との阿吽の呼吸は健在だった。高い決定力を誇る武藤が入ってからは、大迫へのマークも緩みがちになった。この両者の関係を考えれば、武藤の戦列復帰は大きな意味を持っている。

 この試合を苦しいものにしたのは、こうした柏のヴィッセル対策だけではない。ヴィッセルの交代策も試合を膠着させたように思う。それはジェアン パトリッキの投入だ。汰木康也の負傷交代に伴い、32分にヴィッセルベンチはパトリッキを投入した。ここが勝負の分かれ目だったように思う。開幕戦でゴールを決めた汰木がプレー続行不可能になったことそのものがヴィッセルにとっては大きな不利ではあったのだが、そこで登場したパトリッキのプレースタイルとチームが求めるプレーとの間に微妙なズレがあったように思う。

 卓越したスピードが武器のパトリッキだが、その性質は生粋のフォワードだ。相手の裏に抜け出すスピードで一気に勝負をつけるタイプのプレーヤーであり、得点をお膳立てするタイプの選手ではないように思う。そしてその特徴を考えれば、試合終盤、相手の体力が落ちてきた段階やオープンな展開に陥った時には最強のカードとなるが、試合を組み立てている段階においては、その特徴は活かしきれない。柏が自陣からボールをつなぎながらヴィッセル陣内に入り込もうとしている以上、そこで望まれるのは相手に対する的確な守備のアプローチだった。ここでいう的確なアプローチとは、相手のパスコースを切るように動き、背後の味方に対して選択肢を限定し、時間をも渡すことでボール奪取をお膳立てするプレーだ。しかしパトリッキがこうした場面で見せるアプローチは多分に直線的であり、ボールをつなぎたい相手にとっては、それほどの脅威とはならなかった。これが柏の右サイドを押し込めなかった理由であり、ヴィッセルが狙う高い位置でのボール奪取からの攻撃を繰り出せなかった一因だ。

 誤解してほしくないのだが、パトリッキが際立った個性を持つ素晴らしい選手であることは間違いない。昨季も、パトリッキが見せた前に行く力がチームを救った場面は、何度もあった。要は使いどころだ。この試合では柏のビルドアップを阻害する必要があり、時間帯を考えれば守備力を重視すべきだったように思う。

 そこで筆者が期待したいのが、この試合ではベンチに控えていた広瀬陸斗だ。サイドバックでのプレー経験も豊富な広瀬は、相手の前進に対して的確なアプローチをとることができる。さらにサイドからのクロスを入れる際も、GKと守備ラインの間を狙って蹴るセンスの持ち主だ。まだ大迫を中心とした攻撃陣との連携が不足しているという評価なのかもしれないが、この日の柏のような相手に対しては、一旦、広瀬の投入でバランスを整え、試合終盤にパトリッキのスピードを投入という戦い方もあったように思われる。

 もう一点、この試合で鍵を握っていたのは井手口陽介のポジションだったように思う。左インサイドハーフで先発した井手口は、この試合でも圧倒的な運動量でボールを追い続け、柏の最終ラインに対してプレッシャーをかけ続けた。このプレーそのものは素晴らしかったのだが、問題はプレーした位置だ。特に攻撃時、井手口のポジションが高すぎたため、柏の最終ラインはボランチへのパスによって局面を打開するシーンが散見された。そのほとんどの場面において、アンカーに入った扇原貴宏が巧く対応し、柏の攻撃を食い止めていたが、これが扇原の体力を削り取っていった。守備時、インサイドハーフの井手口が前に行き2トップの一角としてボールにアプローチするのは正しいのだが、攻撃時には少し控え、セカンドボールへの対処を優先してほしかった。ひょっとするとここは「一気に押し込む」というベンチの狙いがあったのかもしれないが、広いエリアをカバーしつつ、チームに方向を与えることのできる扇原を活かすことは、ヴィッセルが優位にゲームを進める上での大きなポイントだ。試合終盤、扇原を下げて以降、井手口をアンカーの位置に下げたが、井手口の特徴はエリアを潰す守備ではなく、ボールホルダーを潰す守備にある。結果としてエリアを潰す役割は初瀬やマテウス トゥーレルも分担することとなり、ピッチ上のバランスは崩れていたように思う。そしてそれが失点につながってしまったように思う。

 井手口は試合後、ビルドアップ時のポジショニングを問題点として指摘したが、まさにその通りだ。昨季はビルドアップにこだわることなく攻め切ることができたが、対戦相手がヴィッセルのストロングポイントを消す戦いを見せる以上、ある程度ビルドアップしながら攻撃の態勢を整える技術も求められる。

 ここまで挙げた問題点は、あくまでもこの試合に於けるものではあるが、ヴィッセルに少しばかりの変革を迫るものでもあったように思う。昨季、J1リーグを制したヴィッセルに対して、相手チームは「ディフェンディングチャンピオン」としてリスペクトした上で、そのスタイルを崩すためのアプローチを試みている。柏がビルドアップを重視してきたのは柏の主体的な取り組みだが、最終ラインへのアプローチ、大迫へのハイラインの守備などは、確実にヴィッセルを意識したものだった。それに対してヴィッセルのアプローチは、交代策を含め、昨年と同様のものだった。これが悪いわけではない。しかし、連覇を狙うために、変革は不可避だ。そして、それこそが、この試合での収穫だったように思う。

 自分たちの強みを最大限に発揮する基本の方法は大事にしつつも、そこに至るアプローチには変化を加えなければならない。プロ野球の世界で三冠王を三度獲得するなど、圧倒的な実績を持つ落合博満氏は、初の首位打者を獲得して以降は、自分の狙い球を如何にして投手に投げさせるかという点に腐心したという。自らの狙いを変えるのではなく、そこに至るアプローチを工夫したということだ。ヴィッセルの攻撃が持つ鋭さは、今やすべての対戦相手が警戒するところだ。だからこそ、それを繰り出すための土台作りに工夫を凝らすことが求められる。その大前提には、冒頭で紹介した酒井の指摘のように、ボールや勝負に対する執着がある。その上で見せるアプローチの変化こそが、ヴィッセルを一段階前に進める。

 この試合では吉田監督の体調不良によって、菅原智コーチが暫定的に指揮を執った。敗れたというのはあくまでも結果論に過ぎず、菅原コーチは落ち着いて指揮を執り続けていたように思う。試合後には、自分の経験のなさとマネジメントを敗因として挙げたが、むしろこの大役に果敢に挑んだことを評価すべきだ。この経験は指導者としての菅原コーチにとって、貴重な財産となったことだろう。吉田監督にとっても、この試合を外から見たことにより、気づくことも多々あったのではないかと思う。優勝監督として連覇を狙う中で、何かを変えるということは、大きな決断を伴うものだが、もしその必要性を感じたのであれば躊躇うことなく取り組んでほしい。そしてこうした状況を2節という早い段階で迎えることができたということは、ヴィッセルにとっては福音だ。前日、川崎F、そして横浜FMといったライバルチームが、磐田、福岡といったチームにそれぞれ苦杯をなめている。また昨季、シーズン終盤まで優勝争いに加わっていた名古屋が、J1昇格初年度の町田に敗れるなど、J1リーグはこれまで以上の混戦の様相を呈している。わずか2節消化時点で連勝チームがないという事実が、その証左だ。そんな中で戦う上では、昨季のサッカーがベースにあり、それを遂行できる選手が多く揃っているヴィッセルは、依然として優勝争いの中心的存在だ。

 この強みを活かすためにも、この日の敗戦を真摯に受け入れ、分析してほしい。そこから連覇への道はスタートする。

 最後にこの試合については、判定についても触れておきたい。問題となるのはやはり汰木へのファウルの場面だ。27分に初瀬が蹴った浮き球に対して、汰木はその落ち際をコントロールしようと試みた。そこにアプローチしてきたのが、柏の右サイドバックの関根大輝だった。跳ばずに足もとでボールを受け、ターンしようと企図した汰木に対して、関根は迷うことなく跳んだ状態でアプローチしている。結果として汰木の脇腹から腰にかけてのあたりに関根の膝がもろに入る格好となり、汰木は起き上がることができず、そのまま交代となった。映像で見直してみると、この場面で関根は膝より先に、肘を汰木の後頭部付近に入れている。もちろん意図的なプレーではなかったと信じているが、結果としてアプローチの姿勢としては避けようのない極めて危険なものになってしまった。関根にとってはハイボールに対して汰木も跳ぶと予測した上でのプレーであり、多分にアクシデンタルな要素が強かったとは思うが、結果的には警告以上の対象となるべきプレーだったようにも思える。プレーに対する警告は、プレーそのものに対して下されるものであり、意図の有無は無関係だからだ。

 この試合は、日本サッカー協会のプログラムによって来日中のアメリカ人審判団が担当した。接触に対して寛容な姿勢が目立ったが、それによって戦う姿勢を両チームに期待したのだろう。しかし試合序盤から柏のアプローチはアフター気味のものが多く、背後から肘を入れたプレーが目立っていた。柏の選手に悪意はなかっただろうが、危険防止の観点から、そうしたプレーに早めに警告が与えられても良かったように思う。インテンシティが高くなっている昨今、選手の危険度は一昔前とは比較にならないほど増している。その中で選手に戦うことを要求する以上、審判団はより選手の安全を守ることに注力しなければならない。これはサッカー選手という特殊技能を持つ人間を使って興行を行うJリーグ、そしてそれを管轄する日本サッカー協会に課せられた大きな責務でもある。

 同時に各メディアにもしっかりとした検証をお願いしたい。昨日、試合後に三木谷浩史会長がX(旧Twitter)に選手の安全管理を訴える投稿をした件に対しても、「三木谷会長激怒」などとゴシップ的に扱うのではなく、選手の安全管理の視点からこのプレー、そしてジャッジを検証してほしい。それが日本サッカーの発展につながるという意識をメディア関係者には強く持ってほしい。

 現時点で汰木の状態は不明だが、軽傷であることを祈るばかりだ。

 繰り返しになるが、変革の必要性を早い段階で実感できたことの意味は大きい。好調を維持していた佐々木大樹の状態も気になるが、今のヴィッセルの選手層であれば、以前のように一人の負傷によって全てが変わってしまうという事態には陥らないだろう。Jリーグ屈指のタレント集団であるヴィッセルが、その持てる力を存分に発揮することができれば、Jリーグ史上6クラブ目となる連覇達成は現実的な目標となる。そのためにも、次節では結果が求められる。かつては「鬼門」とも称されたアウェイのFC東京戦だが、今のヴィッセルならば恐れる必要はない。自分たちのストロングポイントを発揮するためにも、選手たちはボールと勝負に執着し、ベンチは変革を恐れず戦ってほしい。今のヴィッセルには、それに応えるだけの力が十分に備わっている。