Jリーグ開幕前年の1992年に始まったJリーグYBCルヴァンカップ(以下ルヴァンカップ)。昨年までの31回の歴史の中で様々な名勝負が繰り広げられ、幾人もの選手がこの大会を機にスターダムへと駆け上がっていった。2013年には「同一企業の協賛により、最も長く開催されたプロサッカーの大会」として、ギネス世界記録にも認定された本大会だが、32回目となる今回、大きなレギュレーション変更が行われた。最も大きな変更は、これまでのJ1クラブ中心の大会から、全てのJクラブが参加するトーナメントとなったことだ。さらには「U21枠」の廃止、そして試合へのエントリー人数上限の引き上げといった変更も同時に行われた。これらは各監督にとって「歓迎すべき変更」だったのではないだろうか。若手選手にこだわる必要がなくなったことで、チーム事情に応じた選手起用が可能になったためだ。またベンチ入りの選手枠が7から9へと増えたこともあり、各指揮官は「やれること」が増えたと感じているように思う。
吉田孝行監督は4日前の町田戦から全選手をターンオーバーさせて、この試合に臨んだ。その理由として、フィールドプレーヤーに負傷者が多いこと、そして中2日で湘南とのリーグ戦が控えていることを考慮したためと試合後の会見の中で語ったが、結果として極めて「野心的」なメンバーが先発に名を連ねた。
我々の日常生活の中で「野心」という言葉を使う時、必ずしもポジティブな意味ではないことが多い。「野心家」というと、自分の目標達成のためには他人を押しのけることも厭わないようなイメージがあるためだ。しかし「野心」という言葉は本来、極めてポジティブなものだ。そこには「大きな望み」や「新しいことに挑戦する」という意味がある。この日、先発起用された選手たちは、リーグ戦連覇を狙うチームの中で存在感を高めていきたいと思っている。それを象徴するのが、試合中何度も好セーブを見せ、チームを救ったGKのオビ パウエル オビンナのコメントだ。オビは「この勝利でリーグ戦に出られるとは思ってないですが、今日という日が意味のあるものになるように、日ごろの練習からレギュラーを脅かせるようなプレーをしたいと思います」と試合後に語った。若い選手たちにこうした気持ちを抱かせるのは、大迫勇也や武藤嘉紀、山口蛍、酒井高徳らがトレーニングで見せる本気と試合でのパフォーマンスに他ならない。正直に言って、この日の試合で課題に直面した選手は少なくない。しかしどんな形であれ、公式戦で勝利を挙げたという事実は残っている。この結果をポジティブに捉え、「大迫たちを超えたい」という「野心」を捨てることなく、日々の鍛錬に励んでほしい。彼らが実力でリーグ戦の出場を勝ち取った時、ヴィッセルは新たなステージに歩を進めているはずだ。
1980年代から90年代にかけて、プロ野球界で圧倒的な強さを誇った西武ライオンズを率いていた森祇晶氏に話を聞いたことがある。9年間の監督生活の中でリーグ優勝8度、日本一6度という成績を残した森氏だが、強いチームの条件を「若い選手が切磋琢磨し、ベテランが高い壁となりそれを跳ね返す。これが日常的に行われているチーム」と語ってくれた。この言葉を信じるならば、今のヴィッセルは「強いチームへの道」を正しく歩んでいると言えるだろう。
対戦相手の今治は、直近のリーグ戦から7人の選手を入れ替えてこの試合に臨んだ。試合前、新井光は「僕らは失うものは何もない」とコメントしていたが、彼らもまた、野心をもって試合に臨んでいた。試合後、白井達也は「ヴィッセルの主力選手を引きずり出すぞと、全体ミーティングでも話していました」と明かしたが、その言葉通り、ヴィッセルを追い込むような戦いを見せた。吉田監督も認めたように、今治はつなぐところと蹴るところの使い分けもはっきりしており、戦い方はチーム全体で共有されていたように感じた。
これに対してヴィッセルは、選手間の連携という点に問題が見られた。その原因は本多勇喜が試合後に語ったように、試合に出ていない選手が多かったためだろう。しかしそれが全ての原因ではない。昨日の試合後にViber公開トークで配信した速報版にも記したように、戦術的なミスマッチがヴィッセルの選手たちに戦い難さを与えたという面もある。
J3リーグ戦における今治の戦い方を見ると、基本布陣は4-4-2となっている。しかしこの試合では3-4-2-1に布陣を変更した。今治を率いる服部年宏監督はその狙いを、ヴィッセルの幅を使った攻撃への警戒だったと明かした。ヴィッセルが最終ラインから対角線のロングボールを使うことを見越して、5バックでサイドに蓋をすることを選択したのだろう。今治がこの布陣にするのは、今季初めてだったという。ヴィッセルの選手たちが面食らったとしても、それは無理からぬところだ。この今治の布陣変更によって発生したミスマッチは、試合の流れを左右した。
ヴィッセルの布陣は4-1-2-3。並び自体はリーグ戦と同じではあったが、機能という点では異なっている箇所がいくつかあった。1つはサイドバックからの斜めの展開だ。この試合でスタート時にサイドバックを務めたのは、右が日髙光揮、左が寺阪尚悟だった。彼らの本職はサイドバックではない。両者ともフィジカルは強く、守備力は計算できるため、最終ラインでの守備を期待されての起用だったと思われる。
この起用そのものは理解できるが、その結果としてサイドバックの立ち位置は大きく変わった。リーグ戦であれば、ボール保持時に右サイドバックの酒井は高い位置を取る。逆に左サイドバックの初瀬亮は低い位置に落ちる。これによって最終ラインは右から山川哲史、マテウス トゥーレル、初瀬という並びとなり、3バック気味に立つ。しかしこの試合では日髙、寺阪ともディフェンシブサードの出口付近に立つことが多く、両者の高さは比較的揃っていた。これが意図したものか、それとも流れの中でそうなったものかは不明だが、この高さの取り方が試合序盤、ヴィッセルが攻撃に移行できなかった要因の一つではある。
サッカーはピッチ上の11人が有機的につながりながら進行していく競技だ。今のヴィッセルのスタイルも現在の形になるまでに、何度も微修正が加わっている。その結果として、今やどんなチームと対峙してもそのスタイルが変わることはないだけの、確固としたものになっている。であればこそ、サイドバックのスタイルが変わっていたこの日の試合では、並びを含めた戦い方も変えるべきだった。しかし、それが行われなかった結果、今治は左サイドで人が余る形が頻繁にでき、そこからヴィッセル陣内に攻め入る形が生まれていた。
この歪みをもろに受ける格好になったのが、アンカーに入った櫻井辰徳だった。ボールを散らすことのできるアンカーとして大きな期待を背負っている櫻井ではあるが、この試合では大きな展開を作り出す場面はなかった。加えて、前記したように両サイドバックがそれほど高い位置を取らなかったこともあり、櫻井のポジショニングは難しいものになっていた。これを理解するためには、センターバックに課せられた役割を理解する必要がある。
この試合でセンターバックを務めたのは岩波拓也と本多だった。ボール保持時、この両者のファーストチョイスはロングフィードだった。主にそれを任されていたのは、フィードに定評のある岩波だった。そのため、最終ラインでボールを握った際、この両者がパス交換をしながらやや前進し、最後は岩波が左サイドを狙ったロングボールを蹴るシーンが目立っていた。
こうなると櫻井は最終ラインの前進と呼応して前にポジションを取らなければならなかったのだが、櫻井の近くには今治の前線の選手がいることが多かった。今治の前線は1トップ2シャドーのような形を基本として、それが3トップになったりと、状況に応じて細かく変化していたのだが、いずれにしてもそれほどプレスをかける場面は少なかったため、櫻井の近くが主戦場となってしまった。これは前記したように、サイドに蓋をしていたためだろう。今治は5バックで守っているため、サイドの守備の数は足りていた。そのため前線の選手には、中央へのボールを警戒するよう指示が出ていたものと思われる。櫻井にとってはボールを受けるスペースが与えられておらず、それを自分で作り出さなければならなかった。櫻井は左右に細かく動きながらボールを受けようとはしていたが、そこには相手の前線の1枚がマークについているため、ボールの脱出口にはなれなかった。
この櫻井を救出することができたのはサイドバックだったように思う。日髙と寺阪のどちらかがボール脱出の選択肢となれるように内側に入ってくることができれば良かったのだが、両選手ともそういった動きは見せなかった。両選手とも専門ではないためだ。そのため、櫻井はスペースが作れず、窮屈なプレーになってしまった。櫻井にとっては如何ともし難い展開が続き、本来の武器であるボール捌きを見せるシーンはほぼないままだった。櫻井にはセンターバック2枚の間に入って、そこで捌き役を担うという選択肢もあったが、その場合は2列目の選手がボールを引き出すように動かなければならない。しかし2列目以前にそうした動きは見られなかった。その状況でボールを受けに下がってしまうと、そのまま守備ラインに吸収されてしまい、チームの重心が後ろに傾いてしまう。櫻井にとってはもどかしい時間が過ぎる中、前半だけの出場に留まった。今季からヴィッセルに復帰した櫻井は、この試合に相当な決意で臨んでいただろう。昨季まではレンタル先の徳島(J2)で試合経験を積み、そこで学んだことを披露したいと思っていたはずだ。この日は巡り合わせが悪かったとしか言いようはない。
こうした場面で櫻井が取るべき選択は、周囲の選手を動かすことだったのかもしれない。両サイドバックは、強い意図をもって高さを決めているようには見えなかった。であればこそ、櫻井が指示を出し、サイドバックを動かしてほしかった。この試合では厳しい結果に終わってしまったが、櫻井にはまだチャンスはある。ボールを握ってチームを動かす「司令塔」タイプの選手がそう多いわけではないヴィッセルにとって、櫻井は貴重な存在だからだ。徳島で実戦経験を積む中で身につけたものを発揮する機会は、この先必ず訪れる。そのチャンスが巡ってきたときにこそ、櫻井らしい球捌きでチームを牽引してほしい。今は雌伏の時だと思い、さらなる鍛錬を積んでほしい。
この試合では鍬先祐弥が、ヴィッセルでのデビューを飾った。昨季までJ2の長崎でプレーしていた鍬先は、インサイドハーフとして先発出場した。この試合を観る限り、鍬先は球際で勝負できる選手であるようだ。試合序盤は、チームがペースをつかみ切れていなかったこともあり、存在感を発揮できなかったが、ヴィッセルがペースをつかんだ後は、巧く相手の出足を潰すプレーが見られた。ボールサイドに絡む回数はそれほど多くはなかったが、延長を含めた120分間をフルに戦い抜いたことは評価できる。特に74分に本職であるボランチに移って以降は、相手の動きを先読みして潰しに行くなど、本来の動きを見せていた。
鍬先がこの先、出場機会を増やすためには、ボール保持時の動きの質を高める必要がある。ヴィッセルのサッカーにおいては、ボール保持時にはボールを運ぶことはもちろんだが、それと同等に、味方に時間とスペースを渡す意識が求められる。前線には決定力のある選手が揃っているため、如何にして「いい形」で彼らにボールを届けるかが、中盤の選手には求められている。ここでいう「いい形」とは、前線の選手がシュートを放つためのスペースを確保した上で、ボールを受けられるということだ。そこからの逆算で考えていくと、鍬先がプレーする中盤では、ボールホルダーは一人でも多くの相手を引き付けなければならないことが判る。決して易しいプレーではないが、期待はできる。この試合を観る限り、鍬先は試合の中で修正する能力の持ち主であるようだからだ。この試合を機に出場時間を伸ばし、自らのプレーを確立してほしい。
鍬先とインサイドハーフでコンビを組んだ井手口陽介だが、「井手口の使い方」を確立することが、ヴィッセルが連覇を達成するための鍵であるように思った。開幕戦では先発した井手口だが、最近は試合に絡む機会が減少している。これは井手口の能力に問題があるのではなく、チームの中で井手口を活かす方法が見つけ切れていないためだろう。井手口の特徴は、無尽蔵とも思えるスタミナと高いボール奪取能力だ。この試合でも、ディフェンシブサードの入り口付近で相手の起点を潰すなど、試合の流れを左右する場面での好プレーが見られた。しかし現時点では、井手口は「潰し屋」的な使われ方に留まってしまっている。攻撃にベクトルを向けた試合運びを目指すヴィッセルにおいては、単なる「潰し屋」ではない。そこから攻撃にベクトルを反転させるプレーが求められるのだ。
井手口がG大阪でプロデビューを果たした頃、ある代理人から面白い話を聞いた。能力の高さが既に話題になっていた井手口に興味を持ったその人は、井手口についてG大阪の中心選手である宇佐美貴史に訊ねたという。すると宇佐美は一言「怪物っす」と答えたという。当時の井手口はボール奪取から攻撃への移行が早く、試合の流れを反転させるプレーが目立っていた。今でもスライディング成功率は高く、インターセプトの回数も多い。しかし攻撃面での役割が不明瞭であるように感じる。井手口は自身について「ハードワーカー」という自覚は持っており、それが守備的な場面に色濃く出ているのかもしれないが、攻撃への反転についてもアグレッシブに仕掛けてほしい。決定的なスルーパスを狙うなどではなく、ボール奪取からチームのベクトルを前に向けるまでの役割を担ってほしいのだ。それがスムーズにいくようになれば、今でも十分に代表を意識できるだけの選手であると思う。そのためにも、まずはボールを握る時間を伸ばす意識を持ってみてはどうだろう。もちろん試合の流れの中では、ボールを再奪取されるようなことは避けなければならないが、余裕のある場面では自らボールを前に運ぶことを意識してみることで、そのプレーの印象は大きく変わるように思う。若くして代表に召集されるなど、その能力の高さは折り紙付きであり、ヴィッセルで輝きを取り戻してほしい。
浦十蔵は右ウイングとして先発出場を果たした。試合開始直後、浦は深い位置でボールを奪取するなど、爆発的なスピードを披露した。相手の背後からスタートし、そのまま相手を振り切ってしまうスピードは驚異的であり、魅力的でもある。プロの世界で最初に目立つのはスピードのある選手と言われるように、足が速いということは、それだけで武器となる。まずはこの試合で見せたように、相手の裏側にこぼれたボールを狙うだけでも、浦は存在感を発揮できるだろう。またこの試合で浦は、セットプレーキッカーとしての能力も備わっていることを証明した。ジェアン パトリッキのゴールを呼び込んだキックは、スピード、コース、高さとも完ぺきだった。
この先、浦が出場機会を増やすための鍵は、ボール非保持時の対応だろう。右サイドが押し込まれる時間帯に、浦は自陣まで戻っていたのだが、立ち位置を定められず、ピッチ内で浮いている場面が散見された。右サイドバックとして守備に入っていた日髙のプレーエリア、ボール奪取後のプレーを考えた結果だったのかもしれないが、やはり相手選手の動きを少しでも停滞させる程度の守備は見せてほしい。また相手に寄せた際は、まずは最後まで行ききるという意識も、併せて持ってほしい。素材としては面白い存在であるだけに、今は課題の克服に全力で取り組んでほしい。
この試合で筆者が期待していたのが、左ウイングで先発した中坂勇也だ。昨季はケガもあり、なかなか思うような結果を残すことができなかった中坂が、今季にかける意欲は一方ならぬものがある筈だ。感情を表に出すタイプではないだけに、淡白なイメージを持たれがちではあるが、決してそんな選手ではない。そんな中坂だが、この試合では存在感を放つことはできなかった。もちろんそれは中坂個人だけの問題ではなく、チームとしての問題も大きいのだが、それでも中坂にはもっとやれることがあったように思う。その1つが守備だ。試合序盤のボール非保持時、中坂の寄せ方は甘く、相手の脅威とはなっていなかった。距離的にはそれなりに動いてはいるのだが、強度が不足していた。そして何よりも守備に行く、若しくは行かないの判断が早すぎたように思う。今のヴィッセルのサッカーにおいては、ボール非保持時の動きはボール奪取からの反転を目的としているため、常に相手を追い切るという動きが基本となる。もちろん持ち場を離れ、チームのバランスを崩すことは禁物だが、この判断は周りとの連携が基本になければならない。残念ながらこの試合における中坂は、そこの連携が取れておらず、中坂が離した相手に対して中盤、サイドバックとも対応が遅れていた。これが試合序盤、今治にペースを握られた一因であったことは否めない。
ルーキー時からその才能が高く評価されていた中坂も、今や立派な中堅選手だ。ボールスキルや攻撃センスは高いクオリティーを持っている。もう一度、自由な発想を活かしたプレーでピッチを沸かせてほしい。かつてサポーターがそのプレーへの期待感から名付けた「わくわくライオン」の真価を発揮してくれることを期待している。
延長までもつれ込む試合となったが、後半からはヴィッセルがペースを握り、試合を進めていた。その流れをもたらしたのが試合途中で投入された宮代大聖、初瀬、山川、佐々木大樹といった「レギュラーメンバー」と、前の試合でゴールを決めた山内翔だったことは間違いない。彼らが見せたクオリティーは、両チームを通じて別格だった。試合終盤、相手選手3人に寄せられながらも、コーナー付近でボールをキープし続けた佐々木のプレーは、その象徴だった。彼らが勝っている点は複数あるが、最大の違いは判断スピードだ。ボールを受けた瞬間の動き、こぼれてくるボールへの反応といった点で、彼らは一歩先んじていた。これは厳しい試合を戦ってきたという経験のなせる業でもあるが、同時に彼らが頭を休めていないことの証左でもある。
過去に何度か書いたことがあるが、日本サッカー協会の会長を務めていた岡野俊一郎氏(故人)は、かつてテレビで解説を務めた際、なぜサッカーにはダブルヘッダーがないのかという質問に対し「頭が疲れるから」と答えたことがあった。サッカー選手のレベル差とは、考え続ける能力の差に他ならないのかもしれない。
この試合に勝利したことで、ルヴァンカップは無事3回戦に駒を進めた。試合後、吉田監督が漏らした「できれば90分で終わりたかった」という言葉は本音だろうが、出場機会の少ない選手たちが貴重な経験を積むことができたという意味において、収穫の多い試合だったと考えるべきだろう。
次戦は中2日という過密日程でのリーグ戦だ。湘南とのアウェイゲームは、決して容易い試合にはならない。現時点で17位の湘南ではあるが、ここまでに喫した4敗はいずれも惜敗であり、強度の高い守備は相変わらずだ。さらに浦和との試合のように4得点を奪う攻撃力もある。ヴィッセルの選手たちは順位表のような流動性の高い情報は一旦遮断し、これまでと同様、目の前の相手に集中して戦わなければならない。そしてここで勝利を挙げることが、この日、120分を戦い抜いたチームメートへのねぎらいであり、感謝となる。