覆面記者の目

明治安田J1 第21節 vs.湘南 ノエスタ(7/3 18:03)
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  • 3
  • 2前半1
    1後半0
  • 1
  • 湘南
  • 古橋 亨梧(17')
    山口 蛍(46')
    中坂 勇哉(63')
  • 得点者
  • (12')タリク

後半戦初戦を快勝したヴィッセルは、暫定ながら3位へと順位を上げた。これによって今後は、今季のチームの目標でもある来季のAFCアジアチャンピオンズリーグ出場権獲得を意識しながらの戦いができる。そしてこの日の試合は、今季のチームを見極める上で、非常に興味深い一戦になったと同時に、この先の試合で対戦相手が狙ってくるであろうポイントを整理する上で意味のあるものとなった。今回の項は、今季のチームについての整理から始める。

 試合前日、山口蛍は湘南について、個人的な感想と前置きした上で「J1リーグの中でも上から数えた方がいいぐらいに厄介なチーム」と評し、湘南独特の粘り強い戦い方に対して警戒感を露わにしていた。また、酒井高徳はその湘南の最近の戦い方について面白い表現を使って説明した。「一番効率よく点を取れる方法を徹底してやってきている」。これは湘南の怖さを的確に表している。そしてここ数年、ヴィッセルにとって湘南は、決して相性のいい相手ではなかった。それはヴィッセルが志向してきたサッカーのスタイルと密接な関係がある。
 昨季までのヴィッセルの基本コンセプトについて、筆者はよく「ボールを握りながら、試合の主導権を握る」という表現を使ってきた。しかしこの湘南戦を前にすると、もう少し丁寧な説明が必要であるようにも思える。ヴィッセルが志向してきたのは、試合の主導権を握ることではなく「試合をコントロールすること」だったと言うべきだった。一見するとニュアンスの違いのように思えるかもしれないが、この両者には決定的な違いがある。それは、後者には「相手を動かす」という目的が含まれているということだ。動きに規制の少ないサッカーの試合において、相手の動きをコントロールするというのは、ある種究極の戦い方でもある。ヴィッセルが志向してきた戦いにおいては、自分たちがボールを握り、パスワークを繰り返す中で、ピッチ上に巨大なロンドを作り出す。そして相手をその中に閉じ込め、自分たちのボールの動きによって相手を翻弄する。この目的を達成する過程では、高いポゼッション率が記録されることが多い。しかしこれはあくまでも結果であり、ポゼッション率を高めることそのものは、必須条件ではない。大事なのは、相手に対する位置的優位をあらゆる局面で確立することだ。だからこそ、このサッカーをヴィッセルに持ち込んでくれたフアン マヌエル リージョ元監督は、正しいポジションを取ることを選手に求め続けた。

 このスタイルは、ヴィッセルが取り組むまでJリーグでは見られなかったものだ。ボールを握り続けることにこだわったチームは幾つかあったが、この場合、目的はポゼッションすることそのものにあり、「相手を思い通りに動かす」という狙いは含まれていない。ボールを奪いに来る相手に対して、正確なパスを出す能力と足もとで受ける能力で対抗しようとする。だからこそそうしたチームでは「止める・蹴る」といった能力の強化がテーマとなっており、選手には高いボールスキルが求められた。
 これに対してヴィッセルが志向したサッカーにおいては、正確に局面を把握する目と頭が必須となる。ボール、相手、そして味方の位置を常に意識しながら、位置的優位を確立するための手順を瞬時に理解する頭脳が求められたのだ。当然このサッカーの難易度は高く、だからこそ、ヴィッセルの挑戦はJリーグの歴史に新たなページを書き加えるものとして、サッカー関係者の注目を集めた。このスタイルにおいては、全ての選手が同じ絵を描くことが求められた。そこに一人でも異なる絵をかいてしまうと、そこが蟻の一穴となり、全体をを瓦解させてしまう危険性を孕んでいた。脆さを秘めた美しさとでも言うべきものが、そこにはあった。前々回の天皇杯準決勝や決勝で見せた相手をコントロール下に置き続ける美しい勝利を挙げたかと思えば、格下と思われるチームにオープンな展開に持ち込まれ苦戦したのはそのためだ。
 こうしたヴィッセルの戦い方に対して、湘南スタイルと言われる戦い方は、真逆とも言えるベクトルを持っている。ボールホルダーに対して厳しく寄せるという作業を90分間、全ての選手が続ける単純さが、ヴィッセルのパスワークに乱れを生じさせ、思い通りの戦いをさせなかった。


 そしてこの試合だ。今季、三浦淳寛監督が作り上げたチームは、これまでのヴィッセルとは大きく異なる方向に育っていることを改めて感じさせた。選手の高いボールスキルを活かしたパスワークこそ健在だが、それは相手を自分たちの手の内に閉じ込めるのではなく、そのパスワークで相手の動きを上回ることを目的としている。守備においては前からのプレスを基本とし、弛むことなく走り続け、高い位置でのボール奪回を試みる。この戦い方はJリーグでは決して珍しいものではない。むしろJリーグではオーソドックスの部類に入るとも言えるだろう。エッセンスだけを抽出した場合には、湘南と同じ分類に入るサッカーであるとも言える。このオーソドックスとも言える戦い方の精度を高めることで、上位を狙うというのが三浦監督の方針なのだろう。オーソドックスとはいえ、昨季まで積み上げたものを捨て去ったわけではない。アンドレス イニエスタやセルジ サンペールに代表される優れた個人による局面でのアイデアや高いレベルのパスワークを加えることで、相手を上回ったことがこの試合でも勝利をもたらした。

 こうしたことを踏まえてこの試合を振り返ると、見どころの多い試合だったことが解る。ヴィッセルの中盤をダイヤモンド型にした4-4-2に対して、湘南は3-5-2の布陣で試合に臨んだ。湘南の狙いは明らかだった。
 まずヴィッセルの最終ラインに対して、2トップを中心にプレスをかける。この時の鍵は、サンペールへのパスコースを切ることだ。湘南の2トップはプレスをかける際、ここを意識していたため、それほど深い位置までは追わず、サンペールへのパスを通させないことに重きを置いていた。
 こうなるとヴィッセルの最終ラインは酒井と初瀬亮の両サイドバックを、ボールの脱出経路として選択する。ここまでが湘南の狙いだった。ヴィッセルのサイドバックにボールが入った瞬間、同サイドのウイングバックがインサイドハーフやアンカーと連携しながらプレスをかける。これによって高い位置でボールを奪うことを目的としていた。そしてボールを奪った際は、シンプルに中央にクロスを入れる。ここでの目標は、言うまでもなく、ヴィッセルにも在籍していたウエリントンだ。無類の高さを誇るウエリントンならば、直接ゴールを狙うことも、味方に落とすこともできるという信頼感があればこそだろう。
 そして、この湘南の目的は、サンペールの位置を下げることにあった。中盤の底から決定的なパスで局面を打開してしまうサンペールの能力を高く評価した上で、ディフェンシブサードまで下げることで、チーム全体を前に向けておきたいという意図があった。サンペールの位置を下げることが目的であるため、サンペール自身に対しては、前に前進させない狙いの守備を敢行したため、サンペールに厳しく寄せる場面は少なかった。厳しく寄せた場合、サンペールが引き付けた上でそれをかわし、位置的優位を確立してしまうことを重く見ていたためだ。そしてこの湘南の守備が、試合序盤ヴィッセルにリズムを作らせなかった。
 この時間帯に湘南に先制を許した。12分に小林からのボールを受けた初瀬がミドルサードに入った辺りで中央のサンペールにパス。これを受けたサンペールは外にいた山口とのパス交換で位置的優位を確立しようと試みたが、これは読まれていた。サンペールのパスに対して、山口の背後からタリクが飛び出し、ボールを奪う。そして山口とサンペールの間にいた町野修斗にパスを出した上で、自分は前に上がっていった。これに対して町野が正確にボールを出し、タリクにシュートを決められてしまった。

 ここまでの湘南の見せた戦い方は、定番のヴィッセル対策とも言うべきものだ。ヴィッセルの攻撃を遮断する上でポイントは2つだ。前記したようにサンペールを低い位置に下げることと、両サイドバックの前進を防ぐことだ。そこに至る過程こそ異なるが、これは福岡が見せたヴィッセル対策と同質だ。これに対してヴィッセルが取るべき手段はいくつか考えられる。
 サンペールをディフェンシブサードに下げないためには、GKを含めた最終ラインでのボールの動かし方を変えることだ。具体的に言えば、GKがセンターバックの間に入ってボールを受けた際、センターバックは前を向ける位置を確保することが望まれる。そしてボールを受けた後は、相手のプレスを引き付けてからリリースする、若しくは自ら前進する。サンペールの位置はボールによって決まるため、センターバックが前に運ぶことができれば、自然とヴィッセルの攻撃開始位置は高くなる。同時にGKももっと角度をつけたキックを蹴る必要がある。相手をかわすだけではなく、そのキックで味方の位置を動かすことを意識しなければならない。


 ここで筆者が特に成長を求めたいのが、左センターバックでプレーした小林友希だ。トーマス フェルマーレンがベルギー代表としてユーロ2020に出場するためチームを離れる中、小林はよくそのポジションを務めている。年齢やキャリアを考えれば、恐ろしいほどにそのプレーの質は高い。そして成長も著しい。この試合ではウエリントンと競る場面もあったが、そこで怯むことなく立ち向かい、最後まで得点を許さなかった。守備の部分ではもはや、十分にJ1のレギュラーとしての力があることは間違いない。その小林に今望まれるのは、ボールを持った際、もっと前に上がっていく能力だ。ボールスキルは高く、両足から正確にボールを蹴ることができる選手であり、技術的には問題はないはずだ。恐らくセンターバックとして、背後へのケアを優先しているためなのだろう。小林は球離れが早い。そのため同サイドの初瀬は上がり切ることができず、低い位置からスタートすることになる場面が目立つ。ここで小林が自らの動きで高い位置を取ることができるようになると、初瀬の位置も高くなり、ヴィッセルの攻撃は活性化する。「相手が来なければ前進。相手が寄せてきたら、引き付けてリリース」という基本的な動きだけでも取り入れることができれば、ヴィッセルのサッカーは攻撃的な方向に変わるだろう。

 そして両サイドバックへのプレスを回避するためには、サイドハーフのポジションを調整する必要がある。この試合でサイドハーフに入ったのは山口と郷家友太だった。両者ともハーフスペースに立つことで、サイドバックの走路を確保しようとしていたが、相手の狙いがサイドバックの前進を防ぐことにあるため、効果は薄かった。セオリーからは外れるが、敢えてサイドハーフが幅を取ることで、サイドバックへのマークを曖昧にする方が、酒井や初瀬の走路を確保できるのではないだろうか。

 この試合ではヴィッセルのベンチワークは素早かった。三浦監督は巧くボールがまわらないのを見て、最初に前線の並びを修正した。2トップの一角であるドウグラスを左サイドハーフのような位置に出し、山口をサンペールの近くに下げたのだ。これが最初の得点につながった。16分にドウグラスがヴィッセルの左サイドでボールを追い、中央のタリクにボールを入れざるを得ない状況を作った。そしてタリクに対してはトップ下の位置からイニエスタが追走し、ボールをリリースさせた。タリクがヴィッセルの右サイドにボールを出したところで、相手の背後から酒井が飛び出しこのパスをカット、そのまま中央にいたサンペールと合体するような形でボールを預けると、サンペールはピッチ中央を縦に通すスルーパスを通した。これに走り込んだ古橋亨梧は追走する相手を振り切り、最後は左足で強いシュートを放ち、同点ゴールを決めた。このエースの3試合連続ゴールによって、試合が振出しに戻ったことで、ヴィッセルは落ち着きを取り戻した。

 そして、前半の飲水タイムに、さらにポジションの修正が加えられた。特に右サイドハーフの郷家に対しては、ハーフスペースを捨ててサイドに出ることで、相手の動きを制御するように指示が出たのだろう。湘南を率いる浮嶋敏監督は「先制した後、プレスが緩くなり、下がってしまった」と語ったが、プレスが緩くなったのではなく、ヴィッセルのベンチワークによって狙いが曖昧にされたためと見るべきだろう。
 このヴィッセル対策を掻い潜ることができると、ヴィッセルはいつもの形を取り戻すことができる。ここからヴィッセルがいつものペースを取り戻すかと思われたが、この試合では思わぬ落とし穴が潜んでいた。

 話はここで一旦プレーから離れる。この試合でヴィッセルはイニエスタ、郷家、菊池流帆、前川黛也と主力選手が4人も負傷するという「異常事態」となった。昨日、Viber公開トークで配信した速報版において、「両チームの選手やベンチ以外に責任がある」と書いたのはこのことだ。
 この試合で主審を務めた家本政明氏は、現在のJリーグにおいて最も信頼すべき審判の一人だ。試合中、絶えず選手とコミュニケーションを取りながら、試合を円滑に進めるテクニックは高く評価されている。しかしこの試合に限っては、この「コミュニケーションを取る能力」が、試合を難しくしてしまったように思う。湘南に対するリスペクト持った上で言うと、湘南のファウルはいわゆるアフタ―と言われるものが多かった。前の監督時代から、厳しく相手に寄せるプレーは貫かれており、それを「湘南スタイル」と呼ぶ人もいるほどに定着している。これがボールスキルの低い相手であれば、すぐにリリースするためイーブンのぶつかり合いになることが多いため、さほど問題にならないのかもしれないが、ヴィッセルのようにボールスキルの高い選手が多いチーム相手には「悪質」とも映りかねないファウルが増えることになる。
 ウエリントンとの競り合いの中で足を捻った菊池は別として、他の3選手に対してはアフターに見えるファウルが多かったことは事実だ。湘南の選手がケガをさせようとしている訳でないことは承知しているが、それだけにこれを制御すべきは家本主審だったように思う。負傷交代した3選手以外にも初瀬や途中からGKに入った飯倉大樹に対しては、「結果として」悪質なファウルが複数回見られたことは事実だ。家本主審はそうしたプレーを見逃すのではなく、コミュニケーションを取りながら制御しようとしていたが、この試合に限っては逆効果だったのではないだろうか。そのコミュニケーションのおかげで両チームの選手がエキサイトする場面こそ見られなかったが、カードを提示しなかったことでファウルの基準が下がってしまった感がある。やはり早い段階でカードを提示し、ファウルの基準を選手に知らせることで、負傷者の発生を防ぐのも審判の務めであると思う。
 以前のJリーグのように選手が接触したら、のべつ幕なしに笛を吹くのはどうかと思うが、激しいプレーの中に秩序を持ち込むことは絶対に必要だ。審判はゲームを円滑にコントロールするだけではなく、「選手を守ることのできる唯一の存在」でもあるということに、もう一度考えを巡らせてほしい。


 負傷者の発生は、チームの戦い方を一変させてしまう危険性があるものだが、この試合におけるヴィッセルに関して言えば、控え選手の質の高さを見せてくれたといえる。中でも前半、イニエスタに代わって急遽の出場となった中坂勇哉のプレーは見事だった。試合後、中坂は「自分はアンドレスのようなスーパープレーはできないですが、しっかり守備から入って自分のできることをやろうと試合に臨みました」と語っていたが、イニエスタとは異なる個性をチームに加えた。中でも63分のゴールは、試合の趨勢を決定づけたという意味において非常に価値のあるものだった。自陣で古橋が相手のボールを奪い、前に上がっていくのに合わせ、中坂も自陣からロングスプリントを見せ、古橋が左サイドで時間を作っている間にファーサイドに入り込んだ。そして古橋からのボールを、ダイレクトに右足で合わせ、ゴールに流し込んだ。このシュートについて中坂は「振らずにボールに当てることを意識した」と語っているが、決して容易いプレーではない。古橋からのボールの質も高かったが、インサイドに当てた場合、面が広いだけに当てる角度を間違えれば打ち上げてしまう。練習ならば兎も角、試合の中でそれを遂行できるのは、中坂が高いテクニックの持ち主であることの証左だ。昨季の途中、三浦監督が就任以降、出場機会を増やしている中坂だが、随所で見せるそのテクニックはヴィッセルのアカデミー出身者の中では異質なものを持っている。それが如何なく発揮されたのは76分のプレーだ。自陣左コーナーの近くでボールを持った中坂に対し畑大雅がボールを奪おうとしたが、これを前に中坂は身体の向きを変えるだけで、相手を振り回した。こうしたプレーができるのは、中坂が相手の動きを正確に見抜く目を持っているためであり、さらに自陣深い位置でも落ち着きを失わない性格の持ち脱いであることを示している。このプレーを見る限り、中坂はイニエスタやサンペールと同じ流れの中にいるプレーヤーであると思う。もちろんまだ彼らほどの安定感はないが、この個性は日本人選手としては珍しい。こうした個性に、チームへの献身性が加わったことで、中坂は存在感を増している。
 この中坂に代表されるように、この試合で途中交代で出場した選手が輝いたことは、この先の戦いに向けての福音でもある。上位での生き残りを果たすためには、全ての選手が戦力とならなければならないことは間違いない。

 そしてもう一人特筆すべきは飯倉だ。前川に代わって飯倉がピッチに入って以降、ヴィッセルの最終ラインでのボールの動きには安定感が生まれた。フィールドプレーヤー顔負けのボールスキルを持つ飯倉だが、ポジショニングのセンスも抜群だ。相手のプレスの方向を見ながら、味方の位置から逆算して正しいポジションを取ることができるため、飯倉が入って以降、ヴィッセルは最終ラインからのボール脱出がスムーズになった。またロングボールの精度も高く、味方が動きやすい位置を計算してボールを出していける。ペナルティエリアの中でボールを預かるプレーは危険と隣り合わせだが、それだけに正しく脱出できた時には、局面を裏返すことができる可能性が高い。飯倉はペナルティエリアの中でもボールを持ちながら、相手を動かすことで、味方にスペースと時間を渡している。加えてGKとしての技術も高い。ウエリントンのシュートをセーブした場面などは、飯倉が傑出したセービング能力の持ち主である何よりの証拠だ。


 決勝点となった2点目を挙げた山口は、この試合でも抜群の存在感を示した。同じサイドハーフの郷家がコネクター役であるのに対し、山口はもう少し自由を与えられている。そしてピッチ上のスペースを埋めながらも、自らチャンスを創出し、前に出ていくことができる。前半のアディショナルタイムに挙げた得点シーンでは、山口の類稀なセンスが発揮された。左サイドで自陣方向を向いて初瀬からのボールを受けた時点で、山口にはいくつかの選択肢があった。湘南が最も警戒したのは、左タッチライン方向へ反転して山口が抜け出すことだったはずだ。しかし山口は迷うことなく、背後のサンペールにボールを戻した。これによって湘南はベクトルを逆に向けなければならなくなった。この時、山口は前でドウグラスがボールを受ける体勢が取れていることを把握していたのだろう。サンペールからのボールを受けたドウグラスが戻すことを信じて、前に走り出し、寄せてきた相手から逃げるような姿勢でドウグラスを外に走らせた。湘南がボールの動きに引っ張られることを見越した上で、外にボールを出せばニアが空くと判っていたのだろう。ここで前に走りながら、ドウグラスにボールを返すよう指示していた。そしてドウグラスがニアに入れたボールに相手選手と並走しながらも頭で合わせ、ゴールに流し込んだのだ。この先を読むセンスこそが、山口の真骨頂だ。

 負傷者の発生を除けば、概ね完璧に近い試合運びを見せたヴィッセルは、これで公式戦4連勝を飾った。しかし負傷者がイニエスタを含む主力選手ばかりであるという点が、今後も続くであろう厳しい戦いを予感させる。しかし光は射している。前記したように、この試合で代わって出場した選手たちが存在感を発揮したということは、チームとしての力が備わっていることを示しているからだ。飯倉が投入された後、湘南がプレスをかけ続けたのに対し、それを包み込むようなロンドに似た形が形成されたことは、昨季までの経験が選手たちに遺産として残っていることを示している。
 次戦は中3日での天皇杯。ポジショナルプレーで存在感を示している徳島との一戦だ。どのようなメンバーがピッチに立つのかは予想もできないが、アジアへと続くこの大会を再び制するためにも、ここは結果だけにこだわってほしい。中坂が試合後口にしたように、総力戦となるということは、多くの選手にチャンスが巡ってくるということでもある。そのチャンスを活かすという強い意志とプロならではの外連味溢れるプレーで、勝利をつかみ取ってくれることを信じて応援したい。

今日の一番星
[セルジサンペール選手]

決勝点を挙げた山口と最後まで迷ったが、2得点に絡む活躍を見せたサンペールを選出した。1点目の場面ではサンペールの前に相手選手は4人いたが、その真ん中を通す見事なスルーパスを通し、古橋の得点を演出した。このパスはスピード、コースとも完璧であり、スーパーと呼ぶにふさわしいものだった。今のサンペールはどんな位置からでも、パスコースを見つけることができる。Jリーグのリズムにも慣れた今、サンペールはそのテクニックを正しく発揮することができている。チーム全体は縦に速いサッカーに寄っているが、その中でボールを握りながらスペースと時間を渡すことのできるサンペールの存在は、ヴィッセルのサッカーが縦一辺倒になるのを食い止める防波堤ともなっている。逆に言えば、サンペールがいるからこそ、三浦監督は縦を強調したサッカーに移行することができたのかもしれない。2点目のシーンでは山口からのボールを受けた時、サンペールは迷いなくドウグラスにパスを通している。山口と同じ絵が描けていたのだろう。チーム全体の得点への道筋が、サンペールには見えている。イニエスタをゴール近くでプレーさせることができるのは、アンカーの位置にこのサンペールがいればこそだ。ピッチ外では人懐っこい笑顔を絶やすことのないサンペールが見せる凄みの利いたプレーは、今やJリーグ1の「ギャップ萌え」というべきだろう。常にヨーロッパの基準を示してくれる「ヴィッセルの羅針盤」に文句なしの一番星。