覆面記者の目

ACL MD3 vs.広州恒大 ハリファ(11/25 19:00)
  • HOME広州恒大
  • AWAY神戸
  • 広州恒大
  • 1
  • 0前半1
    1後半2
  • 3
  • 神戸
  • オウンゴール(55')
  • 得点者
  • (44')古橋 亨梧
    (74')ドウグラス
    (84')アンドレス イニエスタ


 新型コロナウイルスの影響による9か月の中断を経て、漸くAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)が再開された。まずはヴィッセルにとって、今季最大の目標であったこの大会が無事に再開されたことを喜ぶと同時に、全ての関係者の尽力に敬意を表したい。

 ACL初出場のヴィッセルは、2月に行われた2試合を勝利していたことで、グループステージ突破に近づいていた筈だった。
しかし、初戦で対戦したマレーシアのジョホール・ダルル・タクジムが渡航制限によって参加辞退となったため、この試合が無効試合となってしまった。この結果、ヴィッセルは5得点と勝点3を失っただけではなく、水原三星(以下水原)、そして広州恒大(以下広州)という強豪チームとの三つ巴を勝ち抜かなければならなくなった。
しかし、先日行われた水原と広州がスコアレスドローに終わったことで、状況は好転。ヴィッセルは残り3試合のうち1勝すれば、グループステージ突破という、圧倒的に有利な位置を獲得した。
この状況をもたらしたのが、2月に行われたアウェイでの水原との戦いに勝利したことであることは言うまでもない。試合終盤に古橋亨梧が挙げたゴールが、ここへ来て大きな意味を持つこととなった。
 そしてこの試合で、ヴィッセルは広州を撃破。見事に初出場にしてグループステージ突破を決めた。
優勝を目標に掲げている以上、グループステージ突破は当たり前という考え方もあるだろうが、これが相当な難事であることを我々は過去の事例から学んでいる。これまで多くのJリーグクラブが、アジアの壁に阻まれ、グループステージで姿を消してきた。Jリーグとは全く異なるリズムのサッカー、未知のスタジアム、そして慣れない判定基準など、多くの要素が、Jリーグ勢を苦しめてきた。そこを一気に突破した今季のヴィッセルは、やはり力のあるチームであることを証明したと言えるだろう。

 とはいえ、試合前は不安の方が大きかったのは事実だ。リーグ戦では5連敗と、悪循環に陥ってしまっていたことに加え、同時に大会の形式が「ホーム&アウェイ方式」から「セントラル方式」に変わるなど、これまでの想定が覆されたこともその理由だ。
しかし、筆者が思う以上に、ヴィッセルの選手たちは「プロフェッショナル」だった。まだ1試合は残しているが、リーグ戦には区切りをつけ、完全に気持ちを切り替えて、この試合に臨んでいた。転地療養というわけではないが、戦いの地が遠くカタールになったことで、環境が一変し、気持ちを切り替えやすかったのかもしれない。しかし、それ以上にアンドレス イニエスタをはじめとする実績のある選手たちが、リーグ戦での屈辱を晴らすべく、気持ちのギアを数段上げてきたことが大きかったように思う。
 全てのスポーツでプロまで行くような選手は、総じて負けず嫌いではあるが、実績のある選手ほどそれが強い。浦和戦後、イニエスタが見せた表情からは怒りを感じた。おそらくそれは、自分自身に向けられたものだったのだろう。それだけに今回のACLは、F.C.バルセロナ、そしてスペイン代表で世界の頂点に君臨することで築き上げた「イニエスタブランド」を守る戦いでもあるのではないだろうか。そしてこの感覚は、イニエスタだけではなく、全ての選手に共通している筈だ。リーグ戦で失ったプライドを取り戻すためにも、今回のACLは絶対に勝ち抜く。そんな強い意思を感じるような戦いぶりだったように思う。

 こうした思いは選手だけのものではない。三浦淳寛監督も、このACLに向けて相当に考え抜いたのだろう。リーグ戦の最中からACLにフォーカスした戦いを続けていると公言していたが、そこで見極めたものを反映したメンバー構成だったように思う。そしてその構成は、想像だにしないものだった。
 試合前、発表されたメンバーを見た時、筆者は3バックを予想した。トーマス フェルマーレン、菊池流帆、山川哲史という3人のセンターバックが入っていたためだ。そして西大伍と酒井高徳がウイングバックに上げることで、攻撃力を担保するのだろうと考えていたのだ。しかし実際の布陣は4-2-3-1だった。山川を右サイドバックとして、左サイドバックは酒井。ボランチは山口蛍と郷家友太。2列目はイニエスタを中心に左に古橋、そして右に西という並びだった。この布陣は、三浦監督がリーグ戦での結果を踏まえて考え抜いたものだと思う。広州の攻撃スタイルが、前からのプレスでボールを奪い、そこからのショートカウンターで仕留めるというものであるだけに、バランスを取りたかったのだと思われる。結果的に、同じ布陣で戦うミラーゲームとなったため、ヴィッセルの選手が守りやすかったことは間違いないだろう。
配置によるギャップは、相手の裏をかくこともできるが、それは返せば自陣に穴がある状態でもあるからだ。力で制圧できる相手であれば、それでも押し切ることもできるのだろうが、この試合のように力のあるチームが相手の場合、それはそのままリスクとなって返ってくる。試合前から守備を強調していた三浦監督は、守備が破綻しないための安全策としてこの布陣を採用したのだろう。


 この布陣の中で最大のポイントは、2列目の右に入った西の存在だった。
右サイドバックとしては、日本人有数の存在である西だが、かつては中盤の選手でもあった。この試合でも、高いボールスキルと、独特の攻撃センスの持ち主であるだけに、このところ停滞気味だった攻撃におけるアクセントとなっていた。
ドウグラスの得点をアシストしたシーンだけではなく、試合の流れを決定づけた先制点の起点となるなど、変幻自在のプレーでヴィッセルの前線を活性化していた。この試合における西の平均ポジションは、中央に近い位置だった。広州のバイタルエリアの中央を西が制圧したことが、広州の攻撃と守備を分断した格好になった。イニエスタとタイプの異なる個性を持つ西は「天才肌」と評されることがあるが、実は緻密な計算に基づいて動いている。それが解るのは、この試合における山川との関係だ。
 試合後にヒートマップを見てみると、山川はこれまでに比べて高い位置を取ることができていた。そしてその走路は、本来相手が塞ぐべき外側のラインだった。試合を見ていると、西は山川がボールを持った際、同サイドの相手の視界に入る位置を取り、そこから少しづつ中に入ることで山川の走路を確保していた。これは閃きだけでできるプレーではないだろう。相手の強度と山川の速度が頭に入っているからこそ、可能だったプレーだ。ノックアウトステージでは、1回限りの対戦であるため、相手は西の特徴を把握することはできないと思われる。低い位置でのプレーもできる西を、どのように使うかということが、この先の戦いにおいても重要なポイントになるに違いない。

 その西に引き出された山川だが、リーグ戦での経験が活かされた格好となった。広州がサイドの上がりを武器としているだけに、ここに蓋をすることを期待されての起用だったと思われるが、その役割は十分に果たしていた。この起用法は、かつてヴィッセルで指揮を執っていたスチュアート バクスター氏に学んだのかもしれない。2006年にバクスター氏は、現在はコーチを務める北本久仁衛を右サイドバックで起用し続けた。決して走力のあるタイプではない北本のサイドバック起用には、当時驚かされたものだが、結果としてそれがサイドからの失点を食い止める役割を果たしたのも事実だ。監督就任以来、守備にフォーカスし続けている三浦監督にとって、センターバックを本職とする山川のサイドバックでの起用は、守備を固めるための策なのだろう。左の酒井が上がった際には、山川がやや絞り気味になり3バックのような形になることもあり、相手のカウンターに対してはボランチを下げることで4枚で対応するなど、動きは決して簡単ではないが、山川はこれによく応えたと思う。ゴール前では、大きなピンチを防ぐなど本来の動きで勝利に貢献した。その平均ポジションが、左の酒井よりも高い位置を取っていたのは、西が如何に巧く山川を引き出したかが判る。得点には結びつかなかったが、斜めにいいボールを配給する場面も作った。試合を重ねるごとに成長を感じさせる山川だが、ルーキーイヤーにこうした大舞台を経験できたことは、この先のサッカー人生において貴重な財産となるだろう。

 この試合における唯一の失点は山川のオウンゴールではあるが、これは山川の責に帰すものではない。この場面では左コーナーキックに対してGKの前川黛也の飛び出しが中途半端だった。前に出ながらボールは全く触ることができなかったことが、結果的に失点につながってしまった。とはいえ前川にとっても、このACLは初の大舞台だったことを勘案すれば、トータルではよくやったと評価すべきだろう。ゴール前では広州の迫力ある攻撃陣を相手に、ハイボールの処理も見事にこなし続けた。緊張からかキックミスも何度か見られたが、最後まで緊張を顔に出すことなくプレーし続けたことが前川の成長だ。この試合を経験したことで、この先の戦いではいつも通りの安定感を発揮してくれるだろう。

 この試合を進めやすくしたのが、古橋による先制点であったことは言うまでもない。試合前の時点で、ヴィッセルがグループリーグ突破に最も近い位置にいることは、広州は認識していた。最近の戦いで調子が上がっていないことも、スカウティング済みだったことは間違いない。それでも、最悪引き分けでも前進できるヴィッセルに対し、広州は是が非でも勝利が必要だった。
試合開始直後から、前線の迫力あるプレスと素早いショートカウンターにヴィッセルは手を焼いていたが、この先制点によって局面は一変した。
広州は後半2点以上を取るため、後半開始から3人を変え、圧力を強めようとしたが、これが裏目に出た。プレスの連動性が落ち、ヴィッセルにとっては、ボールを動かしやすい状況が生まれたからだ。
 本項でも再三書いてきたことだが、攻撃と守備は不可分の関係にある。広州のプレスに対し、ヴィッセルは最終ラインを中心としたボール回しでこれをいなし続けたことで、広州の攻撃陣にストレスをかけていった。そして後半開始から、広州がより攻撃にシフトしたことで、ピッチ上にはスペースが生まれ始め、ヴィッセルの攻撃にリズムが生まれた。広州を率いるファビオ カンナバーロ監督にとって、これは計算外だったのではないだろうか。しかしサッカーにおいては必然でもある。巧くいっている時は、攻撃と守備のバランスは取れているものだ。先制点こそ許したが、広州にとって前半は決して巧くいっていないわけではなかった。しかしメンバー交代を機に、そのバランスが崩れ、布陣そのものが伸びていった。試合後に発表された平均ポジションで見てみると、ヴィッセルが4-4-2に近い形でバランスが取れているのに対し、広州は完全に崩れている。これは前線の動きと後ろの動きが、時間経過につれて合わなくなっていったためだ。
 ヴィッセルの視座に立てば、この試合を巧く運べたのは守備が良かったためではない。守備の際に、そこから攻撃へとシフトチェンジする意識をチーム全体が持ち続けたためでもあり、攻撃の際に守備の意識を持ち続けたためでもある。どちらか一方にフォーカスし続けるのではなく、常にピッチ上の全ての選手が「攻守不可分」を意識し続けることができれば、自ずとチームのバランスは整う。

 攻撃の起点という意味では、フェルマーレンと菊池のセンターバックコンビは見事だった。
 菊池は戻りながらの守備の際に、ポジショニングの不安は覗かせたが、それは気持ちが先走り過ぎていたためだろう。一度は危険な位置でのフリーキックを取られたが、この場面では山川の「顔面ブロック」に救われた。それでも迫力ある広州攻撃陣に対して一切怯むことなく、最後まで身体を張り続けていた。菊池の強さはアジアの舞台でも、十分に通用することを示した。前半はミスを恐れてか、パススピードが弱い場面も散見されたが、それも守備と同じように時間経過とともに姿を消した。そして何度か最終ラインからボールを前に運ぶ動きで、広州を押し込んでいったのは見事だった。毎試合思うことだが、菊池の成長速度には驚かされる。気持ちを前に出すプレースタイルの裏側で、着実に技術を身につけていっている。ヴィッセルにはフェルマーレン、大﨑玲央、渡部博文といった、それぞれ違う個性を持った実力者が存在しているため、菊池にとっては学ぶことが多いのだろう。


 そのセンターバックの師匠ともいうべきフェルマーレンだが、身体のキレを感じさせる素晴らしい動きを披露した。そのプレーにミスはなく、広州の寄せに対しても動じることなく、引き付けて裏を返す動きで、広州の前線から体力を奪っていった。シュートに対しては間に合わなくとも、その視界に入ることで動き難さを与えるなど、常に「最善の次の手」までを考えているプレーは、まさに世界基準だった。フェルマーレンやイニエスタといった選手は、こうした大舞台で調子をピークに持ってくることができる。これこそが、ヨーロッパの最前線で戦い続け、タイトルを獲得してきた選手の凄みなのだろう。

 広州の心を折ったのは、途中交代で入ったドウグラスの得点だった。ヴィッセルの選手を奮い立たせ、広州の盛り上がりに水を差す見事なゴールだった。西がフリックしたボールに対し、相手と巧く入れ替わって落ち着いて左足でニアを撃ち抜いた。前にスペースさえ作ることができれば、ドウグラスは確実に仕事をする。この相手と入れ替わる技術は見事だ。イニエスタが決めた3点目のシーンでも、きっかけはドウグラスが長い足を活かして相手と入れ替わったプレーだった。ゴール後に見せた、何かを吹っ切ったような表情は、苦しんだ今季の鬱憤を晴らしたようでもあり、この先の戦いでもドウグラスが大きな戦力になることを予感させるものだった。


 この勝利によってグループステージ突破を決めたヴィッセルは、グループステージの残り2試合を余裕をもって戦うことができる。1位通過のためには勝点1が必要になるが、これをどの様に奪うかに注目したい。
中2日で迎える広州との対戦が象徴するように、今回のACLは「超過密日程」の中で行われる。例年以上に調整は難しい。それだけに早々とグループステージ突破を決めたことで、ヴィッセルはターンオーバーさせながらの戦いが可能になった。何もかもが勝手の違う大会だけに、一人でも多くの選手にこの舞台を経験させて慣らしておかなければならない。
幸いなことに、広州、水原ともグループステージ突破のために一つも落とせない状況が続くため、強度を落とすことなく試合に臨んでくる。つまり、勝敗に囚われ過ぎることなく「ガチンコ勝負」をすることができるのだ。この先起用されるであろう選手たちは、この本気モードの強豪を相手に戦うことができる。ここで得られる経験値は計り知れない。

 クラブ全体を成長させると言われるACLの舞台に最後まで立ち続けるためにも、ヴィッセルの選手たちにはこの日の気持ちを忘れないでほしい。攻守一体という意識さえ持ちづけることができれば、ヴィッセルは本来の力を発揮することができる。そして今季のヴィッセルは間違いなく強い。その強さを証明する今季最後にして最大のチャンスを大いに活かしてほしい。
 奇しくも同日、日本では川崎Fが「史上最速」でJリーグ優勝を決めた。
川崎Fの選手、スタッフ、サポーターにお祝いを申し上げると同時に、心からの拍手を送りたい。
今回のACLは、ヴィッセルが来季あの場所に立つための最初の戦いでもある。ここで結果を残し、来季への弾みとしてほしい。

今日の一番星
[アンドレスイニエスタ選手]

前線で際立った活躍を見せて、攻撃力を蘇らせた西とどちらにするか最後まで迷ったが、やはり今回は1ゴール1アシストの活躍を見せたイニエスタを選出した。最高のコンディションに仕上げてきたイニエスタだが、この試合でも一人だけ異次元の動きを見せ続けた。複数の相手にマークされても難なくこれをかわし、相手がファウル覚悟で倒しに来ても、それを鮮やかにかわし、相手の勢いを利用して入れ替わるなど、圧倒的な技術を見せ続けた。パスも正確で、相手がギリギリ触ることのできないコースにボールを入れ、味方を走らせ続けた。仕上げとなった3点目のシーンでは、一度はシュートが相手に当たったが、そのリフレクションを自ら拾い、これをゴール右上に決めた。このシュートを放つ際、相手選手が身体でブロックするため、猛然とスライディングしてきたが、イニエスタは全く動じなかった。これすらも計算していたかのように、相手に当たらない高さでシュートを放っている。「年齢を重ねても技術は衰えない」と言われるが、その言葉を体現したプレーだった。この大舞台に立ってもイニエスタはイニエスタであり、ヴィッセルの最大の武器であることをアジア中に印象付けた。浦和戦後のセレモニーで「皆さんの事を考えて、皆さんのためにプレーをして、トロフィーを神戸に持ち帰りたいと思います」と言葉を発した主将の本気が、ヴィッセルをさらなる高みへ導いてくれるだろう。ヴィッセルにかかわるすべての人の誇りでもあるイニエスタに最大限の敬意をこめて一番星。