覆面記者の目

ACL MD2 vs.水原三星 水原(2/19 19:30)
  • HOME水原三星
  • AWAY神戸
  • 水原三星
  • 0
  • 0前半0
    0後半1
  • 1
  • 神戸
  • 得点者
  • (90')古橋 亨梧

改めて「よくぞ勝利をつかみ取ったものだ」と思う。戦前、ヴィッセルにとってこの試合は、AFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)の厳しさに直面する最初の試合になると予想していた。前節のジョホール戦も決して楽な試合ではなかったが、選手個々の力量でヴィッセルが上回っていたことは事実であり、加えて戦い慣れたホームスタジアムでの試合であったことを考えれば、(ACLにしては)戦いやすさがあったことは事実だろう。しかしこの試合で対戦した水原には、現役を含む代表経験のある選手も複数在籍しており、豊富なACL出場経験もある。そして何よりアウェイでの戦いということを考えれば、ヴィッセルにとって難しい試合になるであろうことは十分に予想された。

ACLを体験した選手は、異口同音にその難しさを口にする。情報の少ない外国のチーム、不慣れなピッチ、普段とは異なる試合運営、特徴の解らない審判団、そして独特の雰囲気を持つアウェイのスタジアムなど、その全てがストレスの原因ともなりかねない要素を孕んでいるためだ。そして、この試合も例外ではなかった。

試合後にトルステン フィンク監督もコメントしたように、この日のピッチ状態は悪く、ボールをつなぎたいヴィッセルにとっては不向きなコンディションだった。さらに気温も1℃と、同時刻の日本よりも5℃以上低く、選手はコンディション調整にも気を遣わなければならなかった。そして試合前には、国際試合にはつきものともいえる「アウェイの洗礼」も受けた。前日練習の際、試合時と近いピッチコンディションを作るため、水を撒くことを要求したが、それは叶わなかったのだ。スタンドは大勢の水原サポーターで埋め尽くされていた。現地での報道に拠れば、韓国でもアンドレス イニエスタ人気は絶大であり、「イニエスタが来る」ということで、前売りチケットが2万枚以上売れたという。「イニエスタは見たいが、水原に勝ってほしい」というスタンドの空気は、当然ヴィッセルの味方ではない。平日の海外での試合にもかかわらず、大勢のヴィッセルサポーターも韓国に駆けつけていたが、水原サポーターの数は、それを圧倒していた。

こうした厳しい状況下ではあったが、これこそがACLであり、国際舞台で戦うということなのだ。そしてこうした状況を乗り越えないことには、ヴィッセルが目指す「アジアナンバーワン」の座をつかむことはできない。幸いなことにヴィッセルには、そうした国際舞台を経験してきた選手が大勢在籍している。イニエスタを筆頭に、トーマス フェルマーレン、酒井高徳、西大伍、山口蛍、飯倉大樹、ドウグラスといった経験者がチームを牽引していることは、この先も続くACLを戦う上では、大きなアドバンテージとなる。

この試合にフィンク監督は、前節と同様の4バックで臨んだ。前節を発熱で欠場した山口蛍が、郷家友太に代わって先発に復帰した以外にメンバーの変更はなかった。布陣としては、試合後にフィンク監督が語ったように、水原の5-4-1を予想した上での4-1-4-1を採用、アンカーの位置には山口が入り、2列目のインサイドにはイニエスタと安井拓也、ワイドには古橋亨梧と小川慶治朗を配し、ワントップにはドウグラスを置いた。ヴィッセルとしては相手の3センターバックに対してドウグラス、古橋、小川でプレスをかけながら押し込んでいく狙いがあったと思われる。

この試合がシーズン初の公式戦となる水原は、守備的な戦いを選択した。低い位置で5-4に近い形のブロックを形成、前線には昨季Kリーグで得点王に輝いたアダム タガートを残す形にして、シンプルなカウンターでの攻撃を狙っていた。シーズン初戦ということで、慎重に入るという狙いもあったのだろう。その戦いぶりには、無理をしないという意思が貫かれていたように感じられた。

試合開始直後や後半開始直後には水原が攻め込んでくる場面もあったが、ヴィッセルがポゼッションを高めながらボールを動かし始めると、程なくして「攻めるヴィッセル」、「守る水原」という図式に収斂していった。そして試合を通じて、この図式はそれほど変わることはなかった。試合を通じてヴィッセルのポゼッション率は60%を大きく超えていたが、この数字がそのまま試合の様相を表している。

「攻めるヴィッセル」とは書いたが、最後の部分で攻め切れない時間が続いたことは事実だ。水原の守備は集中力も高く、堅牢だった。イニエスタには複数人のマークをつけることで決定的な仕事をさせないように試み、かわされた際には深追いすることなくゴール前を固めるという約束事も、徹底されていた。そのためヴィッセルはペナルティエリア付近で様子をうかがう場面も多くなり、フィニッシュの形まで持ち込む回数はそれほど多くはなかった。

試合を支配したいヴィッセルにとっては、昨季から積み上げてきた「ボールを握る技術」が大きな武器となっている。この試合では相手が前から取りに来ている時には山口がポジションを落とし、センターバックを務めた大﨑玲央とフェルマーレンの近くでビルドアップに参加し、逆に相手が引いた場面ではセンターバックが高い位置を取り、その近くにGKの飯倉が進出する形でゲームを組み立てていった。相手の圧力をかわしながら、ピッチ上にロンドを出現させ、相手をその中に閉じ込めていく戦い方で試合の主導権を握っていったのだ。セルジ サンペールが不在のため、中盤の底から大きく展開する場面は少なかったが、ピッチ上の全ての選手が落ち着いて相手の動きを外しながらボールをつなぐという基本が徹底されているため、水原を自陣に押し込める時間帯を長く作り出すことに成功していたのだ。

これに加えて、今季の特徴であるプレッシングも機能していた。低い位置から組み立てようとする相手に対し、前の3人を中心に圧力をかけていったことで、自由なビルドアップを許す場面はほとんど見られなかった。ロングボールに対しても、最終ラインを中心に相手選手を管理できていたため、その守備は安定しており、シュートチャンスすらほぼ作らせないままだった。

攻撃に特徴のあるヴィッセルではあるが、ここへきて守備の精度が高まっていることが、その攻撃力をさらに高めている。ボールを握る技術に加え、切り替えの早さを追求出来ているため、守備を「攻撃の始まり」に転換させているのだ。これこそが、今季にかけての最大の成長だ。その裏側には、攻撃は「守備の始まり」であるという意識の浸透がある。この試合の中でも、フェルマーレンがペナルティエリア付近まで上がった際は、サイドバックやボランチが背後に生まれるスペースを自然に意識していた。そのためボールを奪われても、相手に付け入る隙を見せなかった。

この成長を象徴しているのが、2試合連続で先発起用された安井だ。この試合で安井は、攻撃面においてはイニエスタにスペースを作るということを意識した動きを見せ続けたが、それ以上に目を引いたのが守備時の動きだった。ボールを奪われた際に相手の攻撃を止めるという意識も強く、カウンターでボールを運ぼうとする相手選手に対して、何度も球際で勝負をしかけていった。元々ボールスキルの高い選手ではあったが、守備の強さをも身につけたことで、攻守の起点になれるまでに成長しつつある。まだペナルティエリア付近での選択肢が少なく、攻撃を操るところまでは至っていないが、年齢や経験を考えれば十分すぎるほどの成長を見せている。

決勝点はドウグラス、田中順也のスペースを作り出す動きがもたらしたものだ。

ドウグラスは試合を通じて、相手が固めたゴール前での駆け引きを続けた。得点にはならなかったが、この動きが伏線となっている。得点シーンでは左から酒井高徳がクロスを入れる際、ドウグラスはニアで逃げる動きを見せたのだが、そこまでの90分間、ドウグラスを意識し続けた水原の守備陣がこれに引っ張られるのは、必然でもあった。

そして逆サイドでは、小川との途中交代で登場した田中がドウグラスの動きに呼応して、ファーサイド側に動くことで、マークする相手の目を引き付け、古橋への注意を外している。この両者が古橋の動きを熟知していればこそ、作り出せたスペースだったのだ。レベルの高い3人が、それぞれの役割を果たすことで、水原の守備に穴を開けた。そこに至るまでの流れを考えても、素晴らしい得点だった。

値千金のゴールを決めた古橋だが、この試合では厳しいマークに晒され続けたこともあり、得点シーン以前は持ち味を発揮しきれていたとは言えない。今や誰もが認める攻撃の核に成長した古橋だけに、今後も相手からの厳しいマークを受け続けることになるだろう。それでも数少ないチャンスを見逃すことなく、決定的な仕事をしてのける辺り、古橋はワンランク上の選手になった印象を受ける。試合後にはゴールを喜ぶよりも、反省を口にするように、向上心も失っていない。この先、古橋はどこまで成長していくのだろうか。楽しみで仕方がない。

その得点をお膳立てしたのは、やはりイニエスタだった。後半、時間経過とともに左タッチライン際でのプレーを増やし、相手の裏を突いていった。複数人に囲まれても、全く動じることなくボールをキープしてしまうテクニックは、文字通り世界最高峰だ。このマエストロがヴィッセルの成長を実感しているというのは、ヴィッセルにとって最大の福音だ。

この試合で特筆すべきは、後半からフェルマーレンに代わって登場した渡部博文だ。普段はなかなか出場機会が巡ってこない渡部だが、久し振りとは思えない安定したプレーで、チームの勝利に大きく貢献した。そして何よりも驚かされたのが、テクニック面を含め確実に成長しているという事実だ。元々対人守備や高さには定評のある渡部だったが、課題はビルドアップ時の動きにあった。キックに特徴を持つ選手ではないだけに、セーフティーにプレーする姿が以前は目立っていたのだが、この試合で見せた姿は、以前の渡部とは全く異なるものだった。苦手とされていた左足からも安定したキックを見せ、前が空けばスムーズに上がり、ビルドアップの起点になっていたのだ。この試合で渡部が見せた姿は、ヴィッセルが日々素晴らしいトレーニングをしていることの証左でもある。もちろん、新しいものを吸収した渡部の努力は称えられて然るべきだ。前記した田中もそうだが、彼らのような実績あるベテラン選手が己のスキルを伸ばしつつ、チームを後ろから支えているということが、今のヴィッセルの強さを象徴している。この眉目清秀なベテランの力は、ヴィッセルが上を目指す上では欠かすことができない。

最後に、対戦した水原についても触れておきたいことがある。ACLにおいては、激しすぎるプレーに注目されることが多い。特に韓国のクラブとの試合では、両国のライバル関係も影響しているためか、危険なプレーが見られることもしばしばだった。しかし、この試合に関して言えば、そうしたラフプレーは非常に少なかった。激しくもクリーンなプレーの連続であり、実に爽快な試合を見ることができた。この素晴らしい試合を演出してくれた水原の選手たちにも拍手を送りたい。

これまで数多くのスポーツ指導者に話を聞いてきたが、チーム(あるいは個人)の成長に話が及ぶと、多くの人が「勢い」という言葉を使っていた。どの競技にも共通なのだが、成長するときの「勢い」は、言葉では説明できないという。成長期に入ったアスリートは、不思議と結果を出し続けるというのだ。

その一方で「内容は良かったのだが」という言葉を、我々は耳にすることも多い。試合内容は悪くなかったが、勝利という結果だけは手に入らなかったという事態は、サッカーに限らず、頻出している。これを乗り越えてしまうのが、成長時の「勢い」ということなのだろう。そしてこれを繰り返すうち、選手には自信が芽生え、やがてはその強さを本物にしてしまう。彗星のごとく飛び出してきて、あっという間にスターダムに上り詰める選手というのは、この循環の中に身を置いていることが多い。そして今のヴィッセルが、正にそれなのではないだろうか。

ヴィッセルはこの日の勝利で、昨季からの公式戦連勝を8に伸ばした。この間の全ての試合で、内容も相手を上回っていたかと問われれば、答えは否だ。しかし、最後に勝利をつかみ取ってきたことで、チームには自信が芽生えている。さらに勝利という結果を残すことができていたため、内容に対しては素直に反省することもできている。そしてその反省点を踏まえてトレーニングを積むことで、成熟度を高めてきた。これこそが、今のヴィッセルに「勢い」を感じる所以だ。

ヴィッセルの歴史を紐解いていけば、「強くなってきた」と実感できる時期は何度かあった。しかしそれは必ずしも結果を伴っているものではなかった。好ゲームを見せながら、試合をクローズすることができずドローに持ち込まれたり、或いは逆転を許してしまうこともあった。そのため、今のような成長速度に達することはなかった。

しかし、歴史が「点の連続によって形成される線」であるように、そうした時期があったからこその今であることは間違いない。大事なのは、この間、頂点を目指し続けるというクラブの姿勢が揺るがなかったことだろう。「どのクラブも頂点を目指している」という反論もあるだろうが、大事なのはその本気度だ。ヴィッセルは本気で頂点を目指し続けていたからこその大型補強を含むチームビルディングであり、その成果として今がある。

この試合の勝利によって、ACLのグループリーグ突破に大きく近づいたヴィッセルだが、次戦はいよいよJリーグの開幕戦だ。対戦相手は13年ぶりにJ1の舞台で戦う横浜FCだ。若手選手が中心になっているようだが、その後ろには三浦知良をはじめ、中村俊輔、レアンドロ ドミンゲス、松井大輔といった経験と実績を併せ持つベテランが控えており、侮ることのできないチームだ。J1復帰初戦、タレント揃いのヴィッセル相手に存在感を示す戦いを見せようと腕を撫していることは間違いない。しかし今のヴィッセルならば、この相手の勢いを飲み込むような強さを見せてくれると期待している。

次のACLの戦いは4月。そこまで続くJ1リーグ戦では結果を残しつつ、チームの成熟度を高めていってほしい。幸いなことに、今回の日程変更により、4月までは比較的落ち着いたペースで試合を戦うことができる。試合で結果を残しながら4月、5月と続く過酷な連戦を戦い抜くためのコンディション調整を続けるというのはいかにも厳しい条件だが、それを求められるのが今のヴィッセルの立ち位置なのだ。さらなる強さを身につけ、ヴィッセルの新しい歴史を切り開いてくれるものと期待している。


今日の一番星
[酒井高徳選手]

得点をお膳立てしたイニエスタ、途中出場で見事な動きを見せた渡部も候補だったが、試合を通じてサイドを制圧し、決勝点をアシストした酒井を選出した。試合序盤から積極的に前に上がり、左サイドを制圧した。マッチアップした、韓国代表経験もある元鳥栖のキム ミヌに付け入る隙を与えず、水原の右サイドを機能不全に追い込んだ。さらに83分にキムとの交代で入ったハン ウィクォンにも走り負けない走力を披露するなど、圧倒的な存在感を放っていた。デュエルでも相手選手に勝利し、酒井がボールを奪ってからの攻撃を何度も見せた。得点シーンではイニエスタからのボールに反応よく飛び出し、左から切れ込みながらも、古橋の走路を見つけピンポイントでパスを通した。ヴィッセルがプレッシングを敢行する上で、最も大事な能力であるデュエルの強さは、酒井の加入をきっかけに強化された。誰に対してもはっきりとものを言う酒井の存在は、ヴィッセルを戦う集団に変えた。チームメートにも強く要求をするが、それ以上に自分に厳しいため、その言葉には重みが伴う。「港町の闘将」に文句なしの一番星。