覆面記者の目

ACL MD1 vs.ジョホール 御崎公園(2/12 19:00)
  • HOME神戸
  • AWAYジョホール
  • 神戸
  • 5
  • 2前半1
    3後半0
  • 1
  • ジョホール
  • 小川 慶治朗(13')
    古橋 亨梧(28')
    小川 慶治朗(58')
    ドウグラス(65')
    小川 慶治朗(72')
  • 得点者
  • (27')サファウィ ラシド

待ちに待ったヴィッセルのアジアデビューは、持ち前の攻撃力を遺憾なく発揮した試合となった。終わってみれば5-1の大勝。ヴィッセルアカデミー出身の小川慶治朗がハットトリック、ドウグラスと古橋亨梧がそれぞれ1得点ずつを挙げ、先発したFWの選手が全員得点を挙げるという、理想的な結果となった。試合後、主将のアンドレス イニエスタは「まだ始まったばかりであり、優勝云々には早いが」と前置きした上で、「グループリーグ突破に向けては大きな一歩になったかもしれない」と、この勝利を受け止めていた。

天皇杯決勝を戦った関係で、他のチームよりもシーズンオフ期間が短かったヴィッセルにとって、このシーズン序盤の戦い方は難しいものになると筆者は予想していた。昨季の主力メンバーの大半が残留しているとはいえ、昨季と同じ戦い方で勝てるほどJ1リーグは甘くない。ましてやアジアの頂点に挑むヴィッセルとしては、進化の速度を緩めるわけにはいかない。それに対するトルステン フィンク監督の答えが、4日前のFUJI XEROX SUPER CUP(以下FXSC)で見せた「プレッシングサッカー」への取り組みだった。チーム始動から約2週間という短い期間の中で、フィンク監督はその原則をチームに落とし込んできたことは、FXSCの戦い方から見て取れた。しかし、その練度はまだ決して高くはない。ポゼッションしながらロンド(パス回し)を形成し、相手を一定のスペースの中に閉じ込めながらプレッシングを敢行するという原則が守られない時間帯も多く、それがFXSCでは後半のスタミナ切れを引き起こしてしまったことは紛れもない事実だ。
本来であればキャンプの中で練度を高め、さらにトレーニングマッチによって課題を顕在化させ、その解決を図っていくという循環の中でリーグ開幕戦を迎えたいところだが、タイトルホルダーになるということは、そうした時間的余裕を与えられないということでもある。となればある程度の準備不足は想定した上で、公式戦を戦いながらチームの練度を高めていかなければならない。かつてヴィッセルを指揮したスチュワート バクスター氏が「育てながら勝つというのは、背反する二つのことを同時にやるという意味で、非常に難しい挑戦」と語ったことがあるように、これは言葉でいうほど簡単なことではない。だからこそ、この「公式戦2連勝」という結果の意味は大きい。勝利することで得られる自信は、成長を加速させる。事実、この試合で見せた戦い方は、わずか4日間でもチームの練度は高まるということを証明していた。ヴィッセルがベンチマークしているF.C.バルセロナをはじめとした世界の強豪クラブが勝利に対して貪欲なのは、それを実感し続けてきた歴史があるからなのだろう。

上記のような視座とは別に、試合単体で見ても収穫の多い試合だった。登録できる外国籍選手の数が3人と限られているため、ヴィッセルはその枠をイニエスタ、トーマス フェルマーレン、ドウグラスの3人に充てた。それに伴い、この試合では選手の配置にも変化が見られた。フィンク監督が採用したフォーメーションは4-2-3-1。最終ラインは西大伍と酒井高徳をサイドバックとして、フェルマーレンの相方には大﨑玲央を起用した。3列目には郷家友太と安井拓也のダブルボランチを配し、イニエスタは2列目でトップ下の役割を担った。そして小川と古橋をサイドに配し、前線にはドウグラスをワントップで起用したのだ。
フィンク監督はこのシステム変更について、イニエスタをより前線に近い位置で起用するためという意図を明かしたが、同時にこれはジョホール・ダルル・タクジム(以下ジョホール)が4-3-3でこの試合に臨むことを想定した上での布陣でもあった。最終ラインを4枚として、サイドバックが上がった際にはボランチを落とす、GKを上げるといった対応で相手の攻撃に対する優位性を保つ狙いだ。
今季のヴィッセルは、対戦相手に応じた戦い方ができる「幅」を身につけようとしているように見える。昨季のサッカーの象徴だったロンドすらも一つの手札として、いくつかのフォーメーションや戦術を持ちながら、試合の中でそれらを状況に応じて繰り出していこうとしているようだ。それができるだけのボールスキルや戦術眼を持った選手だけが、今のヴィッセルのユニフォームに袖を通すことができる。そう考えると、フィンク監督が目指している高みは、我々が想像している地点よりも、遥かに高い位置にあるのだろう。



また、この日は山口蛍が、前日の発熱したため、大事をとってメンバー外となった。当初は山口のアンカーを想定していたと思われるが、結果として最終ライン4枚にダブルボランチという4-2でのテストを行うことができた。その中で勝利という結果を残すことができたことは、戦い方の幅を広げる意味においても大きな収穫だったといえるだろう。
試合開始直後はややぎこちなさも見られたが、時間経過とともに動きはスムーズになっていった。ここで大きな役割を果たしていたのは、西と酒井の両サイドバックだった。試合後、西が指摘したように二人の若いボランチコンビは前に上がりすぎる傾向が見られた。そのため試合序盤は、センターバック前の中央が空いてしまう場面が散見されたのだが、それを見て取った両選手が中央に絞り気味にすることで、守備のバランスを整えたのだ。両者が何度となくピッチサイドのフィンク監督にポジションを確認する姿が見られたが、そこで確認していたのは、自身のポジション(高さと幅)だったのだろう。さすがに百戦錬磨の選手たちだ。安井と郷家に対して下がるよう指示をするには、タイミングが重要であることを理解している。郷家と安井にとっては、久しぶりの先発出場ということで、期するところがあったことは間違いない。それは決して悪いことではない。むしろ歓迎すべきことだ。その意識を活かしつつ、正しいポジションへと導いていくために、彼らが落ち着いて試合に入れるようになるまでは、ベテランの二人がその穴をふさぐことで時を稼いだのだ。こうしたサポートがあったからこそ、郷家と安井は自分の持ち味を発揮することに集中できたともいえる。

西と酒井は、攻撃面でも見事な動きを見せ続けた。酒井の縦に抜ける動きと、ネガティブトランジション時の守備に戻るスピードは、ジョホールの右サイドを沈黙させていた。イニエスタが左に流れて起点となった際は、ハーフスペースに入り、イニエスタからペナルティエリアに入ってくるボールを意識し続けていた。それが小川の2得点目を生み出した。この場面で酒井は、自らがペナルティエリア内に切れ込みながらも、マイナス方向の味方を確認している。狭い局面でもボールをコントロールできる能力があればこその、視野の広さだ。守備時に見せるデュエルの激しさは、チームにそれを浸透させただけのことはあり、Jリーグのレベルを遥かに上回っている。



一方の西は変幻自在なプレーで、相手に狙いどころを絞らせなかった。「ボール周りの雲行き」を察知する能力に長けているため、相手が出てくるときには引き付けて後ろに戻したかと思えば、相手がステイすると見るや浮き球で裏を狙うなど、常に相手の思考を外し続けた。サイドのスペースだけでなく、時には中央まで入り込むなど、ピッチの右半分を自由に使いながら、ヴィッセルの攻撃を活性化した。古橋やドウグラスの得点は、そんな西のセンスがもたらしたものだ。非凡なセンスの持ち主である西は、ゲームのリズムを変えることのできる貴重な選手だ。



この試合で先発起用された郷家と安井だが、この試合で見せたパフォーマンスは見事だった。両者とも最後まで運動量は衰えず、試合終盤も全力で守備に戻る姿を見せたのは、ベンチに好印象を与えたはずだ。攻撃面でも、ヴィッセルのポゼッションに必要な「引き付けてリリース」を意識したプレーを見せていた。両選手とも、レギュラー争いでは高い壁の前にポジションをつかむには至っていないが、その実力は十分にJ1のレギュラークラスであることを証明して見せた。

中でも郷家の活躍は、ひと際目を引いた。何度も中盤から前線への鋭いパスを見せていた郷家は、イニエスタをはじめとする周りの選手との意識の共有ができているように見えた。この試合では前線近くまで進出し、相手選手との競り合いの中で起点となる動きを頻繁に見せていた。課題とされてきた「対人の強さ」も身につけ、守備面でも球際に強くいけるようになったことで、力強さも感じられるようになってきた。元々傑出した能力の持ち主ではあったが、いよいよその才能が花開く時が来たのかもしれない。



安井は狭い局面の中でも怯むことなく、ボールを握り続け、攻撃への舵取りを意識していた。しかし視野の確保に手間取った感もあり、大きくボールを散らす場面が少なかったことは、次戦以降への課題だ。セーフティーにプレーすることは大事だが、安井の能力ならばもう少し大きく展開させることも可能だろう。プレーは十分に合格点ではあったが、持てるポテンシャルを考慮すれば、もっとチームを動かすことができたのではないだろうか。昨季以降、成長著しい安井ではあるが、この成長期の間に一気に突き抜けてほしい。ヴィッセルへの強いこだわりを見せる選手であるだけに、この先長い期間チームを支える存在へと成長してほしい。

繰り返しになるが、郷家と安井はどちらも、この試合の中では十分な働きを見せた。それについては、フィンク監督も試合後に言及していた。しかし彼らには、さらなる進化が要求されている。アジアの頂点を見据えながら戦うためには、彼らがイニエスタや山口を、戦術眼などの面でも、キャッチアップしなければならない。そのためのバロメーターとして考えてほしいのが、イニエスタをどう活かすかという課題だ。前記したように、彼らが試合序盤、前に上がりすぎた時間帯には、イニエスタが最終ライン前まで落ちて、ゲームを組み立てていた。超一流の技で、そこからも得点を演出していたが、本来はもう少し前で余裕を持ったプレーをさせたいところだった。イニエスタの運動量を抑えながら、攻撃に力を発揮できるよう周りが組み立てていくことが、現在のヴィッセルにおける最適解だ。自分の動きで、どうやってイニエスタにスペースと時間を与えるか。それを考えて動くことができれば、試合の中で輝くことができる。

守備面ではフェルマーレンが圧倒的な存在感を見せた。何度かジョホールにカウンターを許したが、その多くでフェルマーレンが立ちはだかった。ジョホールのエースであるジアゴを止めたプレーは圧巻だった。相手の進路を正確に読み、そこに誘うようにして一瞬で止めてしまう懐の深さには、改めて驚かされた。そのジアゴの切り返したボールがペナルティエリア内で手に当たってしまい、PKを献上してしまった「事故」ともいうべきプレーはあったが、それ以外は完ぺきだった。60分のシュートチャンスを迎えた場面では、迷うことなく前線まで上がるなど、攻撃にも怖さを発揮できるフェルマーレンの存在は、イニエスタと並ぶ「反則級」であることを、改めて認識させられた。

この試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた小川の活躍は圧巻だった。先制点を含む3得点で、ヴィッセルに記念すべきACL初得点と初勝利をもたらした。昨季、最も成長した選手の一人である小川だが、この試合でもかつてのような一直線のプレーではなく、膨らむようにコースを取ることで、相手守備にギャップを作り出す動きを見せていた。それでいて爆発的なスピードは健在なのだから、対峙する守備の選手にとっては非常に厄介な選手へと成長した。小川の1点目と2点目は、かつて自身が「おもちゃ」と自嘲気味に話した左足から生まれた。一昨年までの小川は右足からの強いシュートにこだわるあまり、シュートチャンスを逃すこともあった。しかし現在では、この試合で見せたようにコースを狙ったシュートも打てるようになっている。これは小川の弛まぬ努力がもたらした成果だ。アカデミー時代、冷水入浴をするために一人で三木谷ハウスの水風呂に氷を運び続けたというひたむきさを失わず、上を目指し続けたことで、漸く開花の時を迎えようとしている。



古橋のゴールには、今のヴィッセルの強さが見えた。シュートそのものは、自身が「入っちゃった」と評したように、再現性は低いのかもしれないが、失点直後であったことに注目してほしい。今のヴィッセルを見ていると「必ず得点は取れる」という自信を、チーム全体が持っているように見える。それを象徴する選手である古橋には、「何かを起こしそうな」雰囲気が漂ってきた。ヴィッセルに加入以降、その歩みを止めることなく成長を続けてきた古橋も、ワンランク上の選手になったと言えるだろう。

攻撃陣が軒並み結果を出す中、チャンスを逃したのが、ドウグラスに代わって途中出場した藤本憲明だ。87分にはイニエスタからの絶妙のスルーパスに抜けだし、GKとの1対1を迎えたが、シュートは相手GKにセーブされてしまった。藤本はその前にも、西からのスルーパスをシュートしたが、これは枠をとらえなかった。藤本はこの決定機を逃したことを悔やんでいたが、筆者としては、むしろ限られた時間の中でチャンスを創出したことの方を高く評価したい。質の高い動きを見せていたからこそ、チャンスが生まれたのだ。大舞台に強い藤本だけに、この先の戦いの中でさらに大きな仕事をやってくれると期待している。

後半は気候の差が影響したのか、ジョホールの足が完全に止まったため、ヴィッセルの一方的な展開となった。最後まで落ち着いてACL初戦を戦うことができたことは、この先の戦いに大きな影響がある。それは「判定」への慣れだ。試合を通じて判定基準は解り難いものだった。古橋に出された警告などは、ラフプレーを見せた相手に対して握手を要求した動作にしか見えなかった。また、サイドでの攻防においては、高く足を上げたプレーに警告がなされないなど、Jリーグとは異なる基準を感じたことは事実だ。とはいえ、何度か指摘しているように、審判を相手とした戦いは不毛だ。それよりも警告2枚で、次節出場停止になるというレギュレーションを意識しながら戦わなければならない。そういった意味でも、ホームで余裕を持った状態で実戦を経験でき、「判定」を体験できたことは大きいと言えるだろう。

次戦は1週間後、アウェイでの水原三星との戦いとなる。韓国でもヴィッセル人気は高いようで、チケットの売り上げは好調だと聞く。審判の判定や強度の高すぎる相手選手のプレーに戸惑う可能性もあるが、大事なのは「自分たちのサッカー」を貫く姿勢だろう。この試合では、FXSC時よりは、確実にロンドを作り出す時間も長かった。プレッシングサッカーが陥りやすい「オープンな展開」にすることなく、自分たちでゲームをコントロールするためにも、日々のトレーニングの中で、昨季自分たちの積み上げてきたものの精度を高めてほしい。次戦での勝ち点3は、グループステージ突破に大きく前進させる効果がある。ぜひともアウェイでの貴重な勝利を挙げ、その勢いで23日のリーグ開幕戦に臨んでほしい。今の勢いを大事にスタートダッシュを決め、リーグ戦も優位性を保ちながら戦っていけるよう、健闘を祈る。

今日の一番星
[アンドレスイニエスタ選手]

当たり前のことだが、やはりイニエスタはイニエスタだった。圧倒的な技量で、試合を通じて中心に位置し、ヴィッセルの勝利を演出した。味方選手の走力をも考慮した、神業のようなスルーパス、複数の相手を簡単に翻弄してしまうボールキープ、狭いスペースでも自在に動くことのできるドリブルなど、その全てが世界最高峰であり、他の追随を許さない。小川の3得点目のシーンでは、ゴール前で相手守備陣を無効化する浮き球で、ファーサイドに走りこむ小川の高さに合わせたパスを見せた。得点にはならなかったが、42分には後ろ向きに出したヒールパスをドウグラスに当て、その戻りをワンタッチでディフェンスラインの裏へ絶妙のスルーパスを通すなど、理屈では説明できない視野の広さを見せた。イニエスタはピッチ上に散っている両チームの選手の位置取りを、高さを含めた空間として認識できているのだろう。その技は衰えるどころか、さらに磨きがかかっている。試合を観戦した三木谷浩史会長は「彼は魔術師だから」と言ったそうだが、正にそんな存在だ。この名手をサポーターとして応援できることは、サッカーを愛するものとして、喜び以外の何物でもない。ヴィッセルを高みへ導いてくれる「世界最高の伝道師」に心からの敬意と最大限の賛辞を込めて一番星。