覆面記者の目

FXSC vs.横浜FM 埼玉(2/8 13:35)
  • HOME横浜FM
  • AWAY神戸
  • 横浜FM
  • 3
  • 1前半2
    2後半1
    2PK3
  • 3
  • 神戸
  • マルコス ジュニオール(36')
    扇原 貴宏(54')
    エリキ(73')
  • 得点者
  • (27')ドウグラス
    (40')古橋 亨梧
    (69')山口 蛍


日本サッカーのシーズン開始を告げる一戦にヴィッセルが初登場し、今季初の公式戦で勝利し、今季初のタイトルを獲得した。昨季のリーグ王者と天皇杯王者が激突するこの舞台にヴィッセルの選手が立っているのを見ると、改めてタイトルホルダーとなったことを実感した。

この日の対戦は、戦前から『矛鉾(ほこほこ)対決』と呼ばれていた。昨季の得点数、枠内シュート数は、ともに横浜FMが1位、ヴィッセルが2位だったためだ。スコアを見れば、攻撃力に特徴のあるチーム同士の対戦らしい結果だったといえるだろうが、両チームの指揮官にとっては、3失点のいずれもが防ぐべき失点であり、決して満足いくものではなかったようだ。横浜FMを率いるアンジェ ポステコグルー監督は「ナーバスすぎた」と自チームのサッカーを総括し、トルステン フィンク監督はチームのコンディションを「まだプレシーズンのような状況」と評した。この評価はいずれも正しい。ヴィッセルの視座に立てば元日まで試合があったため、チーム始動からまだ2週間余り。トップフォームとは程遠いのは、当然のことだ。それでも昨季から構築してきたサッカーをベースに、シーズン最初の公式戦で昨季のリーグチャンピオンから勝利を挙げたことで、今の進路が間違っていないことを証明した。

試合をトータルに振り返れば、横浜FMが主導権を握る時間が長かった。これは単純に、横浜FMとの現時点でのコンディションの差が表れただけであり、全く気にする必要はないだろう。むしろ押し込まれる時間帯にも集中して守りながら、一瞬のスキをついて得点を挙げることができた点、そして何よりも思うような展開にならない中でも勝利を挙げてタイトルを獲得したという事実を、チームの成長の証と素直にとらえたい。これを前提に試合を振り返ってみる。


注目されたヴィッセルのスターティングメンバーは、昨季の形を継続していた。GKは飯倉大樹。最終ラインは右からダンクレー、大﨑玲央、トーマス フェルマーレンの3バック。アンカーにセルジ サンペール、ウイングバックは西大伍と酒井高徳。2列目にはアンドレス イニエスタと山口蛍。前線には古橋亨梧とドウグラスという布陣だった。実際に試合が始まると、古橋が左に開き気味になると、山口が前に出る形になり、3-4-3のような形に変化していた。
対する横浜FMは4-3-3の布陣。こちらも基本的には昨季のメンバー構成を基本としており、新戦力としてはオナイウ阿道が3トップの中央で起用された。
両チームとも中3日でAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)の初戦を控えているため、この試合でチーム状態を臨戦態勢に持っていく狙いがあったのだろう。

この試合を振り返る上で、最大のポイントとなるのはヴィッセルの攻撃だ。この試合でヴィッセルは前からの連動したプレスをかけ続けることで、高い位置でボールを奪い、素早く相手ゴールに迫る戦いを見せた。これはサッカーにおいて最も効率的な戦い方の一つだ。最近ではユルゲン クロップ監督率いるリヴァプールFCがこの戦い方で、イングランドプレミアリーグの首位を独走していることもあり、サッカー界の「トレンド」ともいうべき存在となっている。横浜FMもこの流れに身を置いているチームであり、「ハイプレス&ハイライン」の戦い方で昨季のリーグ戦を攻め勝った。
フィンク監督はチーム始動時から、この戦い方を意識した発言をしていた。確かにドウグラスという攻守に走ることのできる選手を加えたことで、このサッカーに取り組む土台はできた。ドウグラス、古橋に加え小川慶治朗、藤本憲明といった縦に早く、スタミナのある選手が揃っているヴィッセルがこの戦い方を導入すること自体は、極めて自然な流れと言えるだろう。キャンプでもここは重点的に強化してきたのだろう。実際にこのプレッシングからの得点も生まれた。これについて試合後の会見の席上フィンク監督はトレーニングの中で取り組んでいることを明かした上で、「今日はうまくゴールにつながった」と高い評価を与えた。しかし同時に「体力が続かず、ゴールを許してしまった」と反省点も口にした。
問題はここにある。長所のすぐ傍に短所があるというのは、日常生活の中でも度々言われることだが、これはサッカーの戦術についても同様だ。ハイプレスがかわされた時には、一気に局面は逆転する可能性を秘めている。この試合の中でも、何度かそうした場面は見られた。ヴィッセルのプレスを交わした横浜FMは、3バックとウイングバックの間に生まれるギャップをめがけてボールを運んでいった。これに対しヴィッセルは、ウイングバックが下がっての5バックでの守備を基本としながらも、中央にボールを入れられたときは大﨑がボランチの位置までポジションを上げて4バックにするなどの対応を見せた。しかし、最初の失点がそうであったように、選手間の連携がまだ整っていないため、随所にスペースが生まれてしまい、そこを連動して動く相手に使われてしまった。
これを繰り返す中で、ヴィッセルの選手は長い距離を上下動したことによる疲労が蓄積され、60分過ぎから足が止まり始め、試合終盤は一方的に攻められ続けることになってしまった。
この原因について、古橋は「前線の選手が行ったら後ろの選手もついていかないといけない」と語り、全体の距離が間延びしていたことを挙げていた。筆者もこの意見に賛成だ。特に後半、横浜FMが選手交代で遠藤渓太を投入し、左ウイングに入れてから、横浜FMは縦の攻撃が増した。そして、これに対してヴィッセルは徐々にロングボールが増え、それが全体を間延びさせていった。横浜FMのハイライン、そして前線にいる古橋やドウグラスのスピードを考えれば、前に大きく蹴り出すのは理解できる。しかし詰められた状態でのロングボールだけに精度を欠くことも多く、横浜FMを押し返すまでの効果は得られなかった。

攻撃力に特徴のあるヴィッセルがプレッシングを敢行することの意味は大きい。高い位置からの連動が続く限り、後ろの守備の負担は軽減されるからだ。これをより効果的にするためにも、ヴィッセルにとっての基本である「ロンドを形成し、相手をその中に閉じ込める」というベースの部分に重きを置かなければならない。それは即ち、如何にしてサンペールにスペースを与えるかということでもある。イニエスタと並ぶ視野の持ち主であるサンペールがスペースでボールを受けることができれば、そこを扇の要としたロンドがピッチ上に出現する。そしてその形を作ることができれば、自分たちが主導権を握りながら相手を走らせるサッカーが可能になる。こうしてプレーエリアそのものをヴィッセルがコントロール下に置かなければ、プレッシングは体力勝負になってしまい、現実感を失ってしまう。
調整中であることが大きく影響したとはいえ、この試合でプレーエリアのコントロールがあまり見られなかったことは、今後への課題となるだろう。それをやるためには、ピッチ上の選手が同じレベルでの戦術眼を身につけなければならない。幸いなことに、昨季の主力選手がほぼ残っているヴィッセルには「継続性」がある。これこそが、今季の過酷な日程を戦い抜くための最大の武器となるだろう。
横浜FMの攻撃はスピード感もあり、前線の選手が見せるプレッシングの強度は高い。こうした相手に対して、プレーエリアをコントロールするために必要な「引き付けてのリリース」を見せることは相当な「勇気」を必要とする行為だ。しかし、それを遂行するだけの能力を、今のヴィッセルの選手たちは持っている。ありきたりな表現ではあるが、昨季築き上げたサッカーに自信をもってプレーするしかない。 
試合後、フィンク監督は「我々はプレッシングのサッカーをしたいと思っていますし、この戦い方を続けていこうと思います」と明言した。この背景には、ロンドを形成することで、プレーエリアをコントロールできるという、昨季に作り上げたものに対する自信があるはずだ。今季初の公式戦ということで、体力に頼ったプレッシングのようになってしまったが、これまでのサッカーとの融合に成功した時、ヴィッセルの攻撃がさらに強力なものになることは間違いない。


ヴィッセルの攻撃力は、今年も大いに期待できそうだ。中でもドウグラスはJリーグ屈指の選手であることを、得点という形で示してくれた。27分にイニエスタからのパスを受けて、先制点を挙げた場面では、能力の高さを示した。イニエスタからのパスが来る寸前、左に流れることで相手の視界から消えていた。この動きは、ドウグラスが相手選手の動きを冷静に読むことのできる選手であることの証左だ。ボールを受ける際には、左足のトラップで進行方向にボールを置き、得意の左足でシュートを打てる態勢を作り出している。そしてシュートを打つ際には、シュートコースへの軸を変えることなく、自らの身体を倒してシュートを放っている。これは相当に高いシュート技術の持ち主であることを示している。シュートを放つ際、確実に枠をとらえたいため、身体の中心線を保とうとしてしまう選手が多いのだが、実はこれは不正解だ。ビリヤードをイメージしていただくと解りやすいのだが、手球を狙った位置に運ぶためには、身体を正対させることではなく、キューを意図する進行方向に向ける必要がある。ドウグラスのシュートは、身体の中心線はボールから外しているが、蹴る足はゴール方向を保っている。もちろんボールに変化を加える形もあるため、全てがそうというわけではないが、ドウグラスはボールを狙った方向に蹴るための術を理解している。試合後には「イニエスタからのパスをゴールできたことが嬉しい」と、素直な感想を口にしていたが、このホットラインからのゴール量産も期待できそうだ。

ドウグラスの初ゴールを演出したイニエスタは、さすがの存在感だった。特にドウグラスに通したパスは、相手選手二人の間をピンポイントで抜いたものだった。映像で見直してみたのだが、そのスペースは正にボール一つ分といったところだった。動いているボールをあれほどまでに正確に蹴ることができるのかと、その才能には改めて畏敬の念を抱く。それ以外の場面でも、複数の相手を引き付けてのドリブル突破や、正確無比なパスなど、やはりこの選手はピッチの支配者と呼ぶに相応しい存在だ。1年半Jリーグを経験し、自分をそこにアダプトさせている。メジャーリーグへの扉を開いた野茂英雄氏が一流選手の条件として「アダプトさせる能力」の有無を挙げていたことがあるが、イニエスタを見ているとそれを実感する。今季もヴィッセルの絶対的な存在として、チームをさらに高みに導いてくれることだろう。

今年から背番号を11に変えた古橋は、今季もその成長速度には緩みがなさそうだ。得点シーンではチアゴ マルチンスのGKへのバックパスが短くなったところを見逃さず、瞬時に奪い取り判断よく無人のゴールに流し込んだ。それ以外の場面でも、古橋がボールを持つと、かなりの高確率でゴール前までボールを運ぶことができる。さらにどんな体勢でもボールを受ける技術も持っている。爆発的なスピードに加え、高い得点能力を持つ古橋とドウグラスの2トップは、相手チームにとって脅威でしかないだろう。

この試合で最もタフな仕事をこなしたのが、左ウイングバックの酒井だった。昨季の得点王である仲川輝人を封じ込めながら、前に出て右サイドバックの松原健を押し込んでいったことで、左サイドの攻防はヴィッセルが優位を保っていた。昨季、ヴィッセルに加入以降、練習での厳しさをチーム全体に要求し続けたことで、ヴィッセルの選手はデュエルの部分で大きな成長を見せた。それがあるからこそ、短い期間でプレッシングがチームに浸透したといえるだろう。

フェルマーレンはさすがのプレーを見せた。1対1の場面では、横浜FMの前線に突破を許さなかった。そしてボールを持った時には、何度もオーバーラップし、時にはペナルティエリア付近まで上がっていく積極性を見せた。大﨑、ダンクレーとのコンビネーションが高まってきたことで、守備についての計算が成り立つようになったのだろう。試合終盤のピンチには、一気に戻りゴール寸前でシュートをブロックして見せた。正確なフィードは、今季も期待十分だ。

前記したプレーエリアの限定という意味で、筆者が特に期待をかけているのが西の存在だ。センスの塊のような選手であるだけに、相手の急所を見つける能力に長けている西は、この試合でも中央に絞りながら攻撃に参加したかと思えば、タッチライン沿いを上がり、クロスを入れるなど変幻自在のプレーを見せていた。ゲームを読むことのできる選手であるだけに、5バックになった際は、西のところから攻撃に移るというオプションも有効だろう。


3得点目を挙げた山口は、この試合では前線に入る場面も多く、試合序盤はゲームに入り切れていないように見えたが、時間経過とともに存在感を増してきたのはさすがというべきだろう。3点目を決めたシーンでは、イニエスタとのコンビネーションの良さを感じさせた。試合終盤はボランチにポジションを移し、横浜FMの攻撃を食い止めるなど、終わってみれば攻守にわたっての活躍を見せた。PKの場面では、場を支配していた嫌な空気を振り払うべく、自ら名乗り出て勝利を手繰り寄せたように、メンタル面での安定感もさすがだ。今季も山口の活躍に期待したい。

その山口が決めたPKでは、前代未聞の9人連続失敗という『異常事態』が見られた。「PKの失敗は連鎖する」と言われるが、これほどまでに入らなかったPKは、筆者の記憶にはない。メンタルがサッカーに及ぼす影響の大きさを改めて感じた。
そんな中でヴィッセルが勝利をつかみ取った意味は大きい。かつてフランツ ベッケンバウアーは「強いものが勝つのではない。勝ったものが強いのだ」と言い放ったが、どんな形であれ、タイトルを二つ連続して獲得したことで、ヴィッセルは強者へのスパイラルを歩み始めた。今は、この流れを大事にして、勝ち続けることにこだわってほしい。この勝利によって『夢の5冠』に挑戦する権利をつかみ取ったのだから、ぜひともそれを目指してほしい。19世紀の評論家ウォルター バジョットは「『君には無理だ』と世間が言うことをやってのけることこそが、人生における最大の喜びだ」という言葉を遺している。誰もが無理だと思うからこそ、5冠には挑戦する価値がある。

最後にビデオ・アシスタント・レフェリー(以下VAR)制度について触れておく。この試合でも何度かVARが適用された。それによって判定が覆ったものはなかったが、試合が寸断されたことは確かだ。前半のアディショナルタイムが5分取られたように、これまでとは、試合のテンポは異なってくる。今季のリーグ戦では全試合で導入されるだけに、このテンポに慣れる必要はありそうだ。

次戦はいよいよACL初戦。マレーシアのジョホール・ダルル・タクジムを、ノエビアスタジアム神戸に迎えての戦いだ。未知の領域への突入を前に、この勝利はヴィッセルに勢いをもたらしてくれた。平日のナイターではあるが、この歴史的船出の瞬間を見逃すわけにはいかない。筆者もサポーターの皆さんと一緒に、アジアの頂点を目指す戦いを見届けるつもりだ。

今日の一番星
[飯倉大樹選手]

どんな捻くれ者でも、今季初の一番星はこの人を選出するだろう。それは試合中に何度も1対1のシュートを防ぎ、PKでも好セーブを見せ、ヴィッセルに富士ゼロックス スーパー杯をもたらした飯倉大樹だ。古巣対戦ということで、気持ちも入っていたであろうことは容易に想像がつくが、前半に仲川と衝突したにもかかわらず、その後も前に出続けた勇気には拍手を送りたい。フィールドプレーヤー並みのボールスキルがあるため、バックパスを受けた際、相手に詰められても、動じることなくしっかりと相手をかわしてからボールを蹴ることができる。この飯倉の存在がなければ、ヴィッセルのサッカーは成立しないといっても過言ではない。試合後のインタビューでは、育ててもらった横浜FMへの感謝を口にしたように、実直な人柄も愛される所以だろう。移籍後初の古巣との対戦を勝利で飾り、気持ちの上でも一区切りついたような表情が印象的だった。「港町育ちの、港町の守護神」に文句なしの一番星。